ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

95 / 340
誤字脱字報告はナウなヤングにバカウケだそうですわ!


目に見えずとも、そこにある想い

 

 二人きりの牢獄、静かで、冷たい場所で向き合うミカとハナコ。互いに薄らと笑みを浮かべながらも、その空気は欠片も暖かさを含まず、鋭い刃を突きつけあったような緊張感が漂っていた。気だるげにソファへと凭れ掛かるミカは、小さく溜息を吐きながら呟く。

 

「今日はお客さんが多いねぇ? ナギちゃんの次はハナコちゃんか」

「……私の場合はどちらかと云いますと、役割上の都合ですが」

「役割?」

 

 ハナコの答えに、ミカは訝し気な声を上げる。

 

「ん、あぁ、そっか、まぁナギちゃんと一緒に入って来た訳じゃないしね、ならシスターフッドの差し金とか? あ、いや、もしかしてシャーレ代理として、かな?」

 

 ミカから見たハナコの立場は、複雑だ。どこの代理として立っていてもおかしくはないし、その実力も人脈もある。一般生徒のハナコに対する評価は高くないが、各派閥のトップは彼女が意図的に評判を落としていると理解していた。故に、その彼女がどこの派閥に属す事になったとしても、ミカは驚かない。

 そして、今一番彼女が役割として、『似合っている』と思ったのはシャーレの代理だった。

 ハナコは、いつも先生の隣に立っていたから。

 自分と対峙した――あの時も。

 思い返し、思わず口元が歪む。それを止める事が、彼女は出来なかった。

 

「私の云えた事ではないけれど……羨ましいね、堂々と隣に立つ事が出来てさ」

「………」

 

 ほの昏い感情の滲んだ声だった。嫉妬とも、憎しみとも取れるそれに、ハナコは目を伏せる。

 

「まぁ良いや、私にはもう、関係のない事だもん、それより嘘って何? 私がいつ、何の嘘を吐いたって?」

「……個人的に、これまでのミカさんの動き、シスターフッドや救護騎士団から提供された情報を照らし合わせ、推測したんです、あなたの目標や目的、その動機を」

「ふぅん?」

 

 その答えに、興味なさげに鼻を鳴らすミカ。指先を擦りながら、頬杖を突く。

 

「――聖園ミカさんは、何故このような事件を起こしたのか?」

「……それ、当事者の前で語るの? 良い趣味しているね、ハナコちゃん」

「こういう時でもなければ、きっと聞く耳を持って頂けないと思ったので」

 

 棘の含んだ言葉に、ハナコは堂々とした様子で声を返した。実際、ハナコがミカと一対一で話せる機会など、そうはない。個人的な交流もなく、こういう時でもなければ彼女はハナコの言葉に耳を傾ける事はないだろう。これは一種の意趣返しの意味もあった。

 

「……ミカさんはゲヘナの事を憎んだ結果、エデン条約の妨害を為そうとしました、そういう側面は確かにあるでしょう」

 

 ハナコは情報を思い返しながら、自身の推理を述べる。

 ゲヘナに戦争を仕掛ける為――彼女はあの体育館で、確かそう口にした。ゲヘナを打倒する為に、エデン条約を妨害する為に、彼女はこの様な事件を起こした。そう仮定し、話を進める。

 

「エデン条約を撤廃させるのに最も手っ取り早いのは、自身がホストになる事です、どのような形で接触を持ったのかは不明ですが、あなたはアリウスと手を組みセイアちゃん襲撃を企てた」

「……それで?」

「しかし、私が考えるに、当初の計画はセイアちゃんを拉致し、幽閉する程度だったのではないでしょうか? ホストとしての立場を手に入れるのならば、それだけで十分な筈ですから」

 

 果たして、聖園ミカという生徒は其処まで過激な手段を取る生徒だろうか?

 確かに、暴力に訴える可能性が皆無とは云い切れない。しかし、人死にを出すレベルの事柄を、そう簡単に指示する生徒とも思えなかった。ましてやセイアとミカの関係は、同じティーパーティーとして見ても友人と思える間柄。

 関係性としても、単純なメリット・デメリット比較の面でも、殺害命令には疑問が残る。

 

「けれど、アリウスの考えは違った、彼女達は初めからセイアちゃんのヘイローを破壊するつもりだった」

 

 ミカとしての立場からすれば、ヘイローを破壊するメリットなどない。しかし、アリウスの立場からすれば違う。憎きトリニティのティーパーティー、その一角の身柄を確保出来る機会。それも相手は現ホストで、予知夢等と云う才能を持ち合わせている。どう考えても今後の計画の邪魔になると考える筈だった。

 そして、幽閉・監禁よりも確実で、安心な方法がある。

 それこそ――ヘイローを破壊してしまう事。

 

「………」

「その後の流れは様々な見方がありますが、兎に角ミカさんは『セイアちゃんが死んだ』という報告を受けた」

 

 ハナコは考える。

 その瞬間、その時が――聖園ミカという生徒の分水嶺だったのだと。

 

「その時から、ミカさんの在り方は歪んだのではないでしょうか?」

「……へぇ」

 

 ミカはどこか、腹の底から唸るような相槌を打つ。

 それは不機嫌の表れだろうか。ハナコはじっと自身を見つめるミカと対峙しながら、静かにその唇を濡らした。

 

「恐らくパニックに陥った事でしょう、元よりヘイローを破壊する事など考えていなかったのですから、セイアちゃんが死んでしまうなんて、取り返しのつかない事をしてしまったと――自身は、人殺しになってしまったのだと、そう強く思い込んだ」

 

 此処からは、彼女の心情と実際の行動からその思考、感情を割り出していく。もし彼女が本当にセイアのヘイローを破壊する気が無かったのなら、相当衝撃を受けた筈だ。少しばかり幽閉する予定だった筈が、死亡してしまった。それは、ミカにとっては正に寝耳に水で、どう考えても取り返しのつかない事柄だと実感した瞬間。

 

「ならば、もう戻る事は出来ない、徹底的に最後までやり抜くしかない……何を犠牲にしても、どんな結末になっても、最初に思い描いた場所まで進む事でしか、その犠牲を肯定する事が出来ないから」

「――ねぇねぇ、ちょっと待ってよ」

 

 ハナコの言葉に、ミカは思わず声を挟む。

 上体を起こした彼女は、歪んだ口元を隠す事無く声を荒げた。

 

「そんな勝手にさぁ、人の心を推理しないでくれる? セイアちゃんを殺せって指示したのも私、幼馴染であるナギちゃんをどうにかしようとしたのも私、そんな身勝手な推察で――」

「いいえ、私はあなたの云った言葉を憶えています」

 

 そんな彼女の抗議を一蹴し、ハナコは告げる。

 そう、ミカは自分自身で口にしていた筈だ。

 体育館で補習授業部と対峙した時に。

 

 ――『でも、ヘイローを破壊しろとは云っていないよ、私は人殺しじゃない』

 

 その言葉を、ハナコは良く憶えている。彼女は決して、自身の意思でセイアのヘイローを破壊しろなんて命令は出していない。その事を指摘すれば、ミカは露骨に表情を歪めた。

 

「……他にも、幾つか不自然な点があります、私はあの時、トリニティの本当の裏切り者が存在するとは思っていましたが、あの場で姿を現すとは考えていなかったのです――だってそれは、自身の一番の利点を投げ捨てる事になってしまうから」

 

 それは、そもそもの話――ミカが体育館にて姿を現した事に対して。

 彼女はあの時、補習授業部を追い詰めていたとは云え、自らその正体を明かした。

 ハナコにとっては、それがずっと頭の片隅に引っ掛かっていたのだ。

 

「何故なら――戦略的に考えれば、明らかに悪手なのです」

 

 そう、トリニティの裏切り者であったミカが、あの場所で姿を現すメリット。それがハナコの考えた限り到底思いつかなかった。

 仮に姿を現すとしても、それは補習授業部やシャーレ、及びシスターフッドや救護騎士団が既に封殺出来る段階で行うべきだ――或いはそもそも、姿を現さないという選択肢だってあった。

 彼女があの瞬間、姿を現していなければ、疑惑は疑惑のまま、確信に至る事はなかったのだから。彼女はまだ、立ち回れるだけの手札を持っていた筈なのだ。

 そう告げれば、ミカは視線を横に逸らしたまま乾いた笑い声を上げる。

 

「……はは、それはね、うん、私も反省しているよ、もっと上手く立ち回れたら、もうちょっと戦えたのにって――」

「――ミカさんは、ナギサさんを殺される事を危惧していた」

 

 ミカの、吐息が詰まった。

 白々しい彼女の言葉を遮り、ハナコは自身の考えを述べ続ける。

 

「セイアさんの時と同じように、ナギサさんのヘイローをアリウスに破壊されてしまうかもしれない……そう思ったのではありませんか?」

「………」

「だから、あなたはあの場に現れた――自分自身の手で、ナギサさんを確保する為に」

 

 彼女にとって、セイアの死は心に深い傷を残した筈だ。故に、その二の舞を踏む事は避けたいと考える。そして、最も確実なのがアリウスの手によって確保するのではなく、自分自身で現ホストであるナギサを確保する事。

 その後は自身の監視下に置けば、アリウスに手を出される事もない。

 この推論は、決して大きく外れていないだろうとハナコは確信している。

 

「ミカさん、あなたは強い、恐らく純粋な戦闘能力であれば正義実現委員会のツルギさんとも十分に渡り合えるでしょう、勿論、あなたにはそれ以外の強さがありますが……あの時、私達は見た目ほど余裕はなかったのです」

 

 指先で頬を擦り、ハナコは当時の戦力を脳裏に思い浮かべた。

 当然の事ではあるが、トリニティに於いて最も高い戦力を誇るのは正義実現委員会である。人数としても、その練度としても、元々荒事を生業としている組織である為、装備品も充実している。シスターフッド、トリニティ自警団も決して小さな組織ではないが、そもそも前者は慈善活動を主な活動内容とする組織であり、後者に至っては公認された部活ではない。

 シスターフッドの前身であるユスティナ聖徒会の活動(懲罰)を考えれば、未だある程度の武力、発言力を有しているものの、それは過去の話である。戦闘行為に特化した部活ではないのだ。

 そして、あの場にはミカが居た――正義実現委員会トップ(キヴォトス最高峰の個人戦闘力)のツルギとも張り合える、彼女が。

 

「あなたが投降などせず、戦い続けていれば、天秤がどちらに傾くかはまだ分からなかった……シスターフッドと自警団の助力があったとは云え、あの場で最も力があったのはミカさん、あなたです、あなたが全力で抵抗すれば、私はシスターフッドかトリニティ自警団、その全滅すら覚悟していました」

「………」

「けれど、あなたはそうしなかった――セイアちゃんが生きていると知った瞬間、あなたは投降した」

「――もう、良いよ」

 

 返す刃は、あった筈だ。

 そう指摘されたミカは、ソファに身を沈めたまま呟く。

 俯いていた顔を上げた時、その視線は鋭く、冷たい色を孕んでいた。

 

「それで、結局何が云いたいの? ハナコちゃんは、さ」

「………」

「もしかして、私が可哀そうだって? 本当はそんな事をしたくなかったんじゃないかって、同情しているの? それとも、間違った選択をしたおバカさんだって哂いたいのかな?」

 

 まるで悪態を吐くように、自身の顔を覆ったミカはくぐもった笑い声を上げた。声は引き攣っていた、泥の様に纏わりつく悪意が彼女の周囲に漂う。ハナコは唇を一文字に結び、目を細めた。

 

「あはッ、とんだ見当違いだよ……!」

「………」

「私はただの裏切者、友達も仲間も売り飛ばした、邪悪で腹黒な人殺し――」

 

 どんな理由があっても、なくても。

 ミカは自身の指先を握り締め、告げる。

 

「ついでに、最後まで手を伸ばしてくれた先生を傷付けた、冷酷な不良生徒」

 

 あれだけ声を張り上げ、手を伸ばし、最後まで味方で在ろうとしてくれた先生すら傷つけて――そんな自分に、一体何の弁解があろう? ある筈がない、あってはならない。ミカはそう、信じている。真っ黒に淀んだ瞳をハナコに向けたまま、ミカは続ける。

 

「その事実から目を背けるつもりはないよ……どんな理由があっても、現実は変わらない――それに、仮に理由があったとして、それが何になるの? それをどう証明するの? 私の言葉を否定してまで、ハナコちゃんは一体何を探そうとしているワケ?」

 

 聖園ミカは問いかける。真摯に、けれど悪意を以て。

 浦和ハナコは、一体何を求めている? この事件の真相? 本当の感情? そんなものはないと口にするミカ(疑って)まで探すそれを見つけて何になる? 彼女のそれはただの、自己満足だ。

 だって。

 

「――どうしてそこまで、証明しようもない事に固執するの?」

 

 人の(感情)を証明する(すべ)など、ないのだから。

 

「私は、ただ……」

 

 ミカの言葉に、ハナコは思わず声を詰まらせる。

 それ()が証明出来ないものであると、ハナコは理解していた。それでも尚、こんな探偵の真似事までして彼女に突きつけた、証明出来ないものに固執する理由。

 それは。

 浦和ハナコ(わたし)は、ただ――。

 

「……ねぇ、セイアちゃんは今どうしているの? ハナコちゃん、仲良かったんでしょ?」

 

 ふと、ミカは声を上げた。それは先程とは異なる、妙に粘ついた(攻撃的な)感情を孕んだ声だった。

 

「セイアちゃんって本当に無事なの? まさかとは思うけれど、本当は死んだのに嘘を吐いていた、なんて事ないよね? でも、それならどうしてトリニティに帰って来ないの?」

「それは――」

「……それとも、今もまだ私を嘘で虐めているところかな? ハナコちゃんも、結構腹黒だもんね、もしかしてセイアちゃんはもういなくて、安堵した私を嘲笑って遊んでいるの?」

「っ……」

 

 敵意を隠しもしない云い方だった。

 或いは、彼女なりの自己防衛なのかもしれない。それと分かっていても、ハナコは自身の拳に力が入るのを自覚した。

 数度、深く息を吸う。それでも胸に蟠る、粘ついた感情が完全に消える事はなかった。

 

「今日は、これで失礼しますね……ミカさん」

 

 これ以上言葉を交わしたら、必要のない事まで口にしそうだった。そう判断し、ハナコは踵を返す。扉の前まで足を進めた彼女は、肩越しにミカを見つめ呟いた。

 

「今、口にした推測については、誰にも云いません、勿論ナギサさんにも」

「……そ、好きにすれば?」

「そして――先生にも」

 

 先生の名前を出した瞬間、ミカの肩が微かに揺れたのが分かった。

 

「あくまで、推測ですから」

「………」

「それでは、ミカさん――ごきげんよう」

 

 扉を開き、部屋を後にするハナコ。重々しく軋んだそれは微かな光を部屋の中に齎し、そして数秒後、今度こそ頭上の鉄柵が部屋と扉を隔てた。ミカはそんな彼女の去り行く背中を見届け、ソファに深く身を沈める。

 

「私も、大概だけれどさ」

 

 呟き、思わず苦笑が漏れる。丸めた指先で唇を擦り、ミカは目を瞑って天井を仰いだ。

 

「ハナコちゃんも……結構残酷だね」

 

 ■

 

「……と、いう感じでした、万全という訳ではありませんでしたが、体そのものは健康の範疇にあったと思います」

「そっか、ありがとうね、ハナコ」

 

 客室棟、私室。

 先生に割り振られた部屋の中で、ハナコは先生に面会の内容を(つまび)らかに話していた。デスクに座りながら書類仕事に追われていた先生は、そのペンを一度止めハナコに笑顔で礼を云う。何度もミカに面会を拒否された先生は、ハナコに代理としてミカとの面会を頼んでいた。彼女の観察眼は信頼している、一言、二言でも構わない、ミカが体調を崩したりしていないか、中で何か困っている事はないか、ただそれだけを知れたら良いと頼み込みんでいた。

 

「あんな言葉を口にしつつ、こうして先生に全部伝えてしまうなんて……あの時の私は、頭に血が昇ってしまっていた様です、今度謝らないと」

「大丈夫、ミカは分かってくれるよ」

 

 ハナコが後悔を滲ませた様子でそう呟けば、先生は穏やかな口調で答える。ハナコとて、ミカの真意には気付いているだろう。ただ少し、今のミカは他者を突き放しているだけなのだ。

 

「私が怪我をした事によって、多少なりとも風向きが変わったのは……不幸中の幸いかな」

 

 そんな事を口にして、先生は自身の書き留めていた書類に目を落とす。左手を軽く揺らすと、その指先は以前よりも確りとした感触を先生に返した。

 

 ミカが降伏した後の自爆攻撃――あの時、その行為を目撃した者は多数存在した。その行動が彼女の命令ではなかったのは明らかで、アリウスが完全にミカの指揮下にあった訳ではない事は既に皆の知る所である。

 ミカはアリウスに担がれた――そういう風潮を作る土台があったのだ。

 先生は事前にシスターフッドや自警団、救護騎士団にも頭を下げ、事の真相をそれとなく広めて貰う約束をし、それが実を結んだ。

 先生がミカを庇ったのも周知の事実であり、その事からミカに厳しい眼を向ける者は多くとも、元凶としてアリウスを敵視する生徒が圧倒的に多いのが現状だ。無論、ミカに対する責任追及の声が消えた訳ではないが――想定していたものよりも、ずっと少なく済んだのは確かだった。

 

「……不幸中の幸いなどと、仰らないで下さい、先生」

「っと、ごめん、不適切だったね」

 

 ハナコの重く、硬い声に先生は苦笑を零す。直さなくてはと思っているのだが、こればかりは性分だろう。自身が多少の怪我をする事で生徒が助かるのであれば、安いものだと考えてしまう。それは何度繰り返しても感覚が抜けない。そして一番悪いのは、それを先生自身が受け入れてしまっている事だった。

 

「どちらにせよ、ミカさんの処罰内容は、私の考えていたものよりずっと軽くなりそうですね」

「頑張って根回しをした甲斐があったよ……ナギサにも、後で会いに行かないと」

 

 呟き、軽く額を揉む。ミカと面会したナギサは、意気消沈していたと聞く。

 恐らく、彼女の冷たい態度に突き離されてしまったのだろう。十年来の幼馴染にその様な態度を取られてしまえば、堪える筈だ。

 

「……先生は、真実を知っているのですか?」

「ん?」

 

 ふと、ハナコはそんな問いかけを口にした。その目は、どこか迷っている様にも見えた。

 

「ミカさんはアリウスと和解しようとした、その為にホストであったセイアさんを襲撃し、自身がホストの椅子に座ろうとした、しかしアリウス側の暴走によりセイアさんは死亡――実際には生きていた訳ですが、そう報告を聞いたミカさんは後に戻る事は出来なくなり……今回の件へと繋がっていく」

 

 それは、今回ミカが起こした事件に対して説明された一連の流れ。ハナコがミカに語った内容とは始発点の異なるものである。しかし、凡その流れは一致している。

 ミカに語って聞かせたあの考えは、全てハナコ自身の情報と憶測で組み立てられたものだ。そしてコレは先生が組み上げ、広めた事の真実(推測)であった。

 

「恣意的なカバーストーリーですが、大筋は私の推測と一致します」

「うん、そうだね」

「けれど、証拠はありません、彼女がそう思って行動した、それを証明するものは――何も」

 

 そう、ハナコの云う通り――それを証明するものなどない。

 彼女と交渉したアリウスの生徒が出張って来てくれたならばまだしも、トリニティ内で審議を済ませるのならば、彼女の行動を証明する術がない事は純然たる事実。

 しかし――その話を嘘と証明する事が出来ないのも、また事実であった。

 

「論理としては破綻していないでしょう、となれば後は単純な数の力、シスターフッドや救護騎士団、外野ですが自警団からの後押しもあります、ナギサさんもミカさんの減刑には賛成してくれるでしょうし、パテル分派はミカさんの味方、トリニティの首長、及びトップに協力を取り付けた今、議会を納得させる事は出来る筈です、しかし――」

 

 真実が分からないのであれば、後は純粋な多数決で物事は決まる。故の根回し、故の土台作り。聴聞会が開かれる前に、既に趨勢は決まっていると云って良い。だからこそ先生は目覚めてから即日、方々に連絡を取り、手紙を送り、負傷した体を引き摺ってでも協力を懇願したのだ。

 その、先生の懸命な努力を知っているからこそ、ハナコの瞳に困惑が滲む。

 

「先生は、何故そこまでミカさんに……?」

「……何故って」

 

 その言葉に、先生は驚いた様に目を開いた。

 てっきり、彼女の事だから理解しているのだと思っていたのだ。

 その答えはどんな時だって変わらない。

 ナギサに謀られ、危機に陥った時も。

 ミカを庇って、大怪我を負った時も。

 

「先生が生徒の味方をするのは、当たり前の事だよ」

 

 そう、先生の行動する理由はそれだけで十分なのだ。

 生徒が少しでも楽になるのならば、それが生徒の為になるのならば、先生は喜んで身を擲ち、苦労を背負い込む。その生徒が自身にした事だとか、自分がどんな不利益を被っただとか、そんな事は関係ない。生徒の行動によって大怪我をしようが、財布の中が空になろうが、先生の評判が地に堕ちようが、最後まで先生は生徒の味方をする。

 その在り方は、ずっと昔から変わらない。

 

「……今回の件で傷付いた生徒が沢山いる、身体的にも、精神的にも、ナギサだってそうだし、ハナコもそう、ミカを助ける事で悔しい思いをする子が居るかもしれない、何でだと声を上げる子も居ると思う、そういう子には、心の底から謝るしかない、何度でも、頭を下げて、許しを請う事しか出来ない」

 

 どうか、その感情を飲み下して欲しいと。

 どうか、彼女を許して欲しいと。

 先生は何度だって頭を下げるし、個人の範疇で自分に差し出せるものだったら何でも差し出す。生徒がそれで気が済むのであれば代わりに殴られても構わないし、罵詈雑言だって受け止める。

 何故なら。

 

「だって、ミカも同じ位傷付いている筈だから」

「………」

 

 その、ミカに憤る生徒と同じ位に。

 今回、傷付いた生徒達と同じように。

 

 元は、善意だった筈なのだ。

 ただ、過去に因縁があったとしても――手を取り合えるんじゃないかって。

 そんな純粋で、無垢な想いが起点だった筈。

 それがこんな結果になるなんて、彼女も思っていなかった。

 

 だから、機会が与えられるべきなのだ。

 どれ程の罪を犯しても、許されない程の罪悪を背負ってしまっても。

 生徒(こども)が責任を負う世界など――あってはならないから。

 

「とは云っても、押し付ける事は出来ないし、私に出来るのは誠心誠意謝って、お願いする事だけ……情けない話だけれどね?」

 

 そう云って、先生は苦笑と共に頬を掻く。大人としては実に情けない話だろう。けれどそれは先生の根幹を成すスタンスだ、他者に威圧的に、高圧的に、権利や立場を利用して強いる事は極力避けたい。特に生徒という立場の者にそんな対応など、先生は絶対に御免だった。

 

「確かに人の心を証明する事は出来ない、証明出来ないものを信じる事は出来ないと、彼女はそう云った……でも」

 

 いつか、セイアと交わした言葉を思い出す。夢の中で、微睡の中で。

 ハナコも知っている筈だ。五つ目の古則――楽園に辿り着きし者の真実。彼女の聡明な頭脳は即座に古則の情報を導き出し、その目が僅かに見開かれた。

 楽園(他者の心)を証明する事は出来ず、証明出来ないものを人は信じる事が出来ない。

 けれど、先生の答えは違う。

 

「証明出来なくとも、私は信じる」

 

 楽園が在る事を。

 そして、その他者の心(生徒の可能性)を。

 ハナコは先生の言葉を聞き届け、静かに息を呑んだ。

 

「たとえ、その結果……誰かに裏切られても、ですか?」

「裏切られても、だよ」

 

 ハナコの、強張った声に先生は答える。

 その表情は満面の笑みで、清々しい程に淀みなかった。

 

「――私は、先生だからね」

 

 ■

 

 いつか彼女は先生(わたし)に問い掛けた。

 理解出来ないものを通じて、私達は理解を得る事が出来るのか? と。

 その時の私は、確か、こう答えた筈だ。

 

 その心を証明出来なくとも、理解しようとする事を止めてはいけない。

 それが私達に出来る、唯一の事だから。

 だから。

 いつか、例え遠い未来の話であったとしても。

 その長い長い成長(可能性)の果てに、理解し合えると。

 

 ――先生(わたし)は、そう信じている。

 


 

 ミカの処遇ですが、本編よりも幾分か軽くする事にしましたわ。元々ミカって、混乱に乗じて一派の生徒が救出しに来る程度にはパテル分派の面々に好かれているんですよね。正直ミカがティーパーティーの権限をはく奪されたのは、パテル分派の生徒が彼女を首長から排斥しようとした為だと考えているんですの。つまり、ミサイル撃ち込まれて、「クーデター起こしますわ~!」ってパテル分派が活動を始めた時に、ミカが「おっけ~☆」って快諾したらワンちゃん失敗しても首長のままの可能性があったと思うんです(トリニティの存亡は除く)まぁ、ミカがそんな事するワケないのですが。

 

 他学園の事を持ちだすのはアレですが、レッドウィンター何か毎日の様にクーデター起きていますし、何ならナギサ様も間接的にシャーレに喧嘩売って先生殺しかけるわ、無罪の生徒を退学処分にしようとするわ、かなりやらかしていますし。キヴォトスに於いて学籍=国籍みたいな所があるので、学園を退学処分って国外追放レベルの処罰なんですよ、それでティーパーティーに在籍したまま、そんなに大きな処罰があったように思えませんし、後ろ盾(この場合はパテル分派)が存在する状態なら、ある程度議会の意見もコントロールできるのでは? という感じですわ。ついでに先生も頑張って根回しして、ミカは担がれただけで、その善意を利用されたという方向に持っていこうとしておりますの。

 

その分ヘイトはアリウス側に向きますが、全部ベアおばって奴が悪いんだゾ。生徒の責任は全部先生が受け持ちますが、それはそれとしてベアおばは大人なので自分で責任取って下さい。

 また三人で茶をしばきながら談笑する未来が見えますわ……。

 

 は~、早く先生を「前が見えねぇ」状態にしてぇですわ~。

 ミサイル撃ち込まれる瞬間は、皆に居合わせて貰おうね? アビドスも勿論呼んでおくからね。生徒皆の目の前でミサイルに吹き飛ばされて瓦礫に埋もれて血塗れになりながら這い蹲って苦痛に呻く姿を見て貰おうね。その後はヒナちゃん庇ってサオリに穴を空けて貰おうね……大丈夫だよ、痛みなんか感じない位にボロボロにしてあげるからね。先生の体に要らない部分なんてないから、全部有効活用してあげようね。命は大事にしないといけないから……。

 

 あ~、第一発見者ぁ~、誰にしよう……本編ママにしようかしら。

 先生のぉ、腕の取れた美しい姿を最初に見る栄誉を授かった生徒は、本編ならヒナタだし、でもおじさんという線も捨て難い。補習授業部はレストランで駄弁っていて欲しいしなぁ……正義実現委員会、或いはゲヘナ側という案も。

 

 でもヒナちゃんは後で庇われて絶叫するから泣き顔は取っておきたい。ズタボロにされて先生にすら負けちゃう力しか出ない状態で必死に抱きしめられて目の前で先生に鉛玉撃ち込まれていく姿を特等席で見せてあげる訳だから、やっぱり第一発見の栄誉は別の子に上げたいのですわ。うーむ、サクラコ様とか? あ、マリーも良いな……。って考えていくと全員良いですわ~! ってなるんですの。

 

 はーッ、先生の残機が一杯あったら無限に生徒の前で腕捥ぎしてあげられるのにな~ッ! 腕捥げて血塗れになりながら生徒を守る先生の姿美しすぎるだろッ! 反省しろッ! 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。