「ぐっ……」
頭上に走る痛みは激しさを増し、意識が持っていかれかける。よろけた身体は次ぐようにその場で両足から崩れ、四つん這いの体勢になり、黄褐色のグラウンドに写る自分の影を明日乃は見つめた。
近付く、推進機(スラスター)の駆動音に耳を傾けるつもりだったが、意識朦朧として身体に自由が利かなかった。
辛うじて動かせた瞳を向かってくるなにかを一瞥するや否、そこで意識が無くなっていた。
私は昔から変わった夢を見続けている。
この変わった夢には少し悩むところがあるが、予知夢(よちむ)という分類に入る。
この言葉の元を辿るとなると、予知夢という言葉は予知と夢の二つを絡めたものだ。
言葉は未来のことを夢の中で見ることや、夢で見たことが現実となることだ……ということを小さい頃にフリップかなんかで簡単に教えられた記憶が微かにあるが、なぜか病院が嫌いなのである。
私が見る夢は、決まって“天使のような少女”と“私”が手を繋いで、空をただただ観ている夢だ。客観からすれば至極つまらないだろう。
けれど、私たちはその時間をとても楽しんでいた、満足していた。堪能していた。
そんな時間が私は好き。
この時間がずっと続くのであれば、続いてほしかった。
時間はいつまでもというものではない。無限ではない、有限なのだ。――――私が目覚めるまでの有限の時間。
――――――それを告げるように―――――。
彼女は決まって繋いだ手を離れて、蒼穹の空に吸い込まれて行くようにどこかに消えてしまう。
それを、掴めるはずもなく虚空を虚しく仰ぐのみ私にその子は不意に毎回違う言葉を紡ぐのだ。
それが、今日の出来事を暗示し、予知夢に変える。
過去にも何度も助けられてきた言葉。
でも、私はその子を知らない。顔もよく分からない、容姿も、性格も………。知っている、分かっているのは彼女の声と温もりだけなのだ。
天使のような優しいソプラノのかかった声に私は安堵を覚えるのだ。
眠たくなるような。彼女の温もりを身体を伝って感じる。柔らかい……それは人本来が持つ優しさにも似た感触。
そして、うつらうつらな私に囁くように、彼女が唇を震わす。
―――――諦めないで………。諦めないで、ちゃんと前を見て………。
―――――ハッ――――!
(今、私はどうしていた………?何をしていた………?)
明日乃は一方的に自問をし、思考を揺るがす。
ブンブンと頭を左右に振る。それに伴って栗色のポニーテールが乱れるように揺れる。
眼が醒めるまでに数秒を有した。
今、自分が何をしようとしているのかに理解が要されたが、それは眼前で余裕をこいて私を挑発する打鉄の姿ですべてを思い出せた。
まだ、終わっちゃいない。そう思えるのはなぜだ?なぜ、意識を別のところに移す余裕ができたのか。どうして夢のことを思い出すのだ。
自然と先ほどの痛みは消えていた。
関係があるのはわかるが、このような時に。明日乃の頭は熱くなり今にもパンクしてしまいそうだった。
再び自問自答をする。一瞬でいい。時を止まってくれ…………!
そんな時だった。
一瞬、景色(ヴィジョン)が反転したように思えた。
カチッと、時計の針が刻んだような感覚が襲ったのち、体が無重力を体感しているはずなのに対し、重力を感じるようになった。
同時に時も止まったように感じられた。
全ては気のせいだと、そっぽを向きたかったがこれはリアルであった。
景色は写真にあるポジとネガのように、ネガの方が強調される感じに写し出され、次ぐように周囲を見渡すとどれもこれも反転し、さらに人も時間が止まってマネキンのように静止し誰も動こうともしない。否、動けないのだ。
実に不可解な体験をしている。
それを体感した明日乃は吐き気さえ覚えた。
(私が願えば、叶うのか…………?)
もはや明日乃は自問を止め、過去を振り返っていた。思い出すためには朝から。朝から思い出すことにした。
確かに朝に何か変な感じはしたのは事実。でも、こんなことを予想の範疇に入れた覚えはない。というか予想の範疇をすでに超えていた。
あまつさえ時間が止まり、ポジがネガになるなんて誰が予想したもんか。出来ても神くらいか?――――それすらも危ういか。
「一体どうしたら、戻るんだよっ!!」
明日乃は心中の内をこの場におもいっきり吐いた。吐いて、吐いて、吐いて。嗚咽が出るまで吐きに吐いた。
息を切らし、明日乃はネガになった打鉄を睨んだ。「なんで、こんなことになるんだよ。あんたがいたから狂った、どうしてくれんだよっ!!」
明日乃はその場で地団駄を踏む。
次第に威力は無くなり、その場に落ち着き、拳を血が出んばかりに力一杯に握った。
そんな、時・・・
『眼の前のやつ、なんか腹立つよな?』
「確かに、ね。…………って、だれ!?」
明日乃は顎に手を当てて、質問に対して冷静に答えたのと同時に、右側面から何かがにゅっと顔を突き立てていた。人の顔をしたなにか・・・?
冷静に考える前に明日乃は身を跳ね上がらせんばかりに驚いた。
そこには反転も、時も止まっていない自由に動き回っているなにかがいた。それでいて私に手を振って、笑っていた。
私は再び、不快を感じた。
ぞわぞわと背筋が逆反るような感覚が襲うのは何なのだろうか。
彼女があまりにもこの空間で奇抜だからだろうか。あまりにも特別というか。
綺麗に指が流れるであろう黒髪は右側だけを輪っかに纏め、左側をストレートな感じに流していた。奇抜とは違う感情が脳裏を過るがまあ、受け流すことにする。
視線を代えようとすると、目と目が合う。こちらをジッと見つめてきた。
夜空色の瞳は大きく見開かれていて、ブラックホールのように吸い込まれてしまいそうだったので、慌てて視線を違うとこに移した。
真珠のような白い肌は少し血管が透けて見え、無駄な肉がついていない腕、太股は大胆に披露され、私は同姓なはずなのにも関わらず、胸が高鳴っていた。
服装に私は疑問点を感じていた。そう、布切れ一枚だったからだ。色は褐色。所々が焼き焦げていた。辛うじて服と言えるラインだがもう少し焦げていたのなら危ないという領域だった。
なりふり構わず彼女は動き回るので少し華奢な肩と浮き出た鎖骨が布越しからちらちらと覗かしている。無意識にそこに眼が行ってしまい、挙句。眼を逸らすも何度も何度もそこに眼が行ってしまう。
非常にドキドキしていた。
理由はともあれ、彼女はここの世界の住人に違いないと明日乃は確信を得ていた。
不意に彼女の声が耳に届く。
彼女の声のトーンは夢の少女の波長と少し似ていたが彼女ではない。
『おーい。聞こえてるー?』
「わっ!?」
『わっ!って、こっちを驚かしてどうするよ?』
「ごめんなさい」
………って、なんで謝ってるんだ?しかも平謝り。
「ところで、ここって…………?」
まずはさり気なくこの空間のことを聴いてみた。
ここと、彼女はジェスチャーで示した。人差し指を両方下に向けて。
『君、名前は?私は…………あれっ?なんだったっけなー………』
言下とともにやってきた静寂という風に明日乃は武者震えを覚えたのと同時にズコッと、その場で転ける明日乃。
(ボケているのか?………私にツッコミを期待しているのか?)
けれど、表情は真剣そのものだ。けれども・・・・。
「名前が、な………い?」
呟くように口にした。
今だ、必死に眉間にシワを寄せて考えている姿を見ると………やはり。
何か閃いたような明日乃はこう言う。
「じゃあ………えっと、神楽『かぐら』なんてどうかな………?」
彼女は一度見開き、そしてすぐに瞼を閉じ笑った。
嬉しかったのか嬉しくなかったのかはよく分からないけれど。
この風景でなければ、私も心から喜べだろうか。気分は名付け親みたいな気分だ。
その刹那、拍子抜けしたような声が耳に届く。
『いいねー。神楽か………!』
「気に入った?」
『うん。………私は名前決めてもらったけど、君の名前はまだ聞いてなかった』
「私は明日乃だ」
よろしくと明日乃は次いで、右手を差し出す。
『ああ、よろしく』
と、掌と掌を絡め合わせた。
少しだけ、神楽に強く握られたような気がした。
「………で、いつになったら出られるんだ?」
明日乃はついに不安に達してしまった。
あれからどれだけの時が過ぎたのだろうか。否、この空間では時間がない。あったしても体内時計くらいだろうか。・・・と、そんな茶番はどこかに置いといて。
今は怖いのだ。このネガの世界が。
―――時も動かず。
―――ダークカラーが気持ちを沈ませ。
―――そして極め付けが神楽と名付けた彼女が時間に干渉、制限されていないのがなによりも奇妙でほかならなかった。けれど、話しているうちになんとなく解消されていくのだが、ここを出るということは解消できず、こうして愚痴を吐いているのだ。
彼女はただ何も言わずに話を聞いては補足や解説などを時々挟んできてくれるので、少し明日乃は嬉しくなった。
寡黙な少女じゃなくて良かったと、胸を撫で下ろした。
だが、この言動を聴いた神楽はシュッと顔を引き締め、明日乃に囁くように言った。
『君はそう願うか?―――外に出たいと………出たい。出た後どうするのさ?君はこれを見て打開できるほどの力が備わっているのか?』
「分からないな………。でも、ここに居続けるのはなにもできない気がして」
明日乃は俯き、地を見た。やはり、気を沈ませる色は気を沈ませる。
視線が足元に落ち着くと学校指定のスニーカーが見えた。というか履いていた。
いつの間にか、身に纏っていたはずの打鉄がどこかに消えていた。いままで違うところに意識を配らせていたせいだろう。どうりで、体が重いわけだった。
あたふたと、明日乃は自分の肢体を何度も見直した。パイロットスーツに四肢に纏うサポーター。 ただそれだけを身に纏っていた。
視線を神楽に向き直す。すると、彼女は全てを知っているような表情を浮かべ、口元を動かす。
『今の君を見ていると、どうしても焦っているようにしか見えない。焦る気持ちはわかる。不安を感じる気持ちもわかる』
「本当に分かっているのか。君には分からないと思う。……私がここに居たくない理由が・・・」
『そうだね、私には分からない。外のような知能が発達した人とは違うから。でも、私がここに君を読んだのは今の明日乃が危険だから』
「危険?……これのことか?」
クイッと、親指をネガの打鉄を指差した。
『それもだけど、これからあなたはもっともっと、危険に晒される。それを防ぎたいの。見た感じあなたは優しいから、なんでも快く受け付けちゃうと思う』
「それが何だって言うんだ?眼の前に困っている人がいたら助けるだろう?」
『それが逆に自分を殺す。君は自分が変わろうなんて考えてはいないだろうね?……もし考えているのであれば、考えを変えた方がいい』
――――自分を殺す?考え一つで、か?いくらなんでもそれは大袈裟な気がする。
でも、この胸騒ぎは何なのだろうか?まるで、私が変わろうとしていたのを見抜かれたような気持ちだ。
「なら……なら、どうしたらいいんだ。私が救われるのは」
『気が変わったの?明日乃』
神楽は口端を歪ませ弧を描いていた。その笑みはほくそ笑んでいた。
「あくまで聞くんだ。それが参考程度になるのであればだが・・・ね?」
『今の君の使っている打鉄つまり私なんだけど、もうじき量産型ではなくなる。理由は明日乃、あなた自身がプログラムをとっさに書き換えるの』
「書き変える・・・?この私が・・・?」
そんなセンスが私にあるのだろうか。人生で私は機械に触るような時はパソコンくらいでネットを見る時のみだ。それ以外にパソコンをいじるなんて。
「ばかな……、別人じゃないのか?私が君を書き換えるなんて」
『できるんだよ…。人間には誰にも潜在能力が存在するのは君にだってわかるはず、君の潜在能力はプログラミングなんだよ』
彼女の熱弁を聴いていると本当に自分にはそのような力があるのではないのかとそう思えてしまう。
「――――そんな、そんなことがあるんだな……。っくく、あははははは」
『?――――何がおかしいんだよ?こっちは真剣に話してるっていうのにさ』
「ごめんごめん。急におもしろくなっちゃって、あー腹痛てェ」
左手で腹をさすり、右手で神楽にごめんとジェスチャーでアピールした。
「…でもさ、これが私だからな・・・。いくら忠告を言われようがな・・・、でも嬉しかった。初対面の娘にここまで言われるとはさ。ビックリさ…」
明日乃は照れ臭そうに笑みを浮かべ、双眸をどこかに彷徨わせる。
次いで言う。
「そんな神楽の忠告を踏まえて、私はたった今決めた。私は運命を受け止める。さっきは自分を変えようって言葉に動揺したけど、今思えば何も変えようだなんて最初から考えていなかった。今更変えようだなんて事はしない。やっぱり、変えるにも変えられないんだよ。私の場合は眼の前で困っている人がいると助けたくなっちゃう病気なんだ、持病なんだよ。治らないんだよ、これは。だったら、一緒にこれからも歩いて行くしかないんだよ」
『それが明日乃の、たたか、い……?』
少し困惑の表情を顔に出す神楽。様子から察するに予想外のことを解答されて混乱している。そんなような顔をしていた。
眉根を引き寄せ、眉間にシワを浅く刻んでいた。
「……それは、どうかな?でも、あの状態は打開できると思う。ていうか、やんないと。物語がいつまで経っても進まないでしょう?」
視線を一回、神楽から打鉄に向き直す。相変わらず嫌な顔してんな。
明日乃はその嫌な顔にパンチを食らわしたくなった。……が、今は堪えた。
『だ、だったらここにいればいいでしょう?それなら安心だし……!』
「確かに、安全だな…。でも、こんな薄暗い所にいつまで、もってのはあまり好かないし、人間として腐っちゃいそうで、ね。こんな色より明るい色見てる方が私はいい」
それに、と明日乃は言葉を続かす。
「私にはプログラムを書き換えるっていうすばらしい力があるんだろ?んで、神楽。お前を書き換えてしまうんだろ?こんなすごい能力があるんなら、逆手にとっちまうしかないだろ。有利とか不利とかは関係ないはずだ。要は使うか使わないかなんだよ」
『だから、私を……使うのか?』
「や、てか何その顔?さっきまでまるでわかりきってますーみたいな口調だったのに、どうしたんだよ?……もしかして怖気づいてます…?急にこんな話をしだしたから……?」
『か、かかからかわないでほしいなっ!!!』
神楽は頬をにわかに桜色に染め、照れ隠しの為にそっぽ向いた。
気のせいか、言動にもそれが影響されているような気がする。
「意外と、冗談じゃないんだよね、……真剣だ」
冗談じゃないんだよねと真剣だ、の間には一瞬の沈黙があった。その時の顔を神楽はたぶん一生忘れないだろう。
決意の眼差し。今日この空間で初めて見た明日乃の気持ち。それが彼女から発せられる風に乗って神楽の心中を射止めた。
彼女の思いに対して、何をしてあげればいいのか。実のところ神楽には悩ましいことだった。
彼女が外に出たいと訴えている。それを素直に帰すべきか、と。もしかしたらもう会えないのではないかという気持ちが神楽の首を縦には頷かせなかった。かといって横にも振ることが出来ずにその場に突っ立ていたまんまだった。それがしばらく続く。
頭中に渦巻く不安。
いつの間にか明日乃は笑顔を浮かべ、神楽を優しく見守っていた。
まるで、彼女の意志、決断を待っているかのように。
「大丈夫。大丈夫だから。焦らずに……」
神楽は明日乃の言下ののち視線を下へ落とす。
まだはっきりとは決まっていない。七割は彼女を信じること。二割はここに留めておくこと。一割は分からない、
『もう、いっそのこと賭けてみようか・・・?』
眼を細め、体中を引き締める。
そして、右手に念を込める。すると掌に粒子が集まり、形を成していく。
みるみると粒子は長い長方形の少し反りがある何かに変わった。
構築完了と言わんばかりにはっきりと姿が肉眼で見れるようなった途端、重量が片手中に広がる。
鉄灰を中心としたカラーリングに縁取るように走る赤の鞘。少し反っているライン。勇雄しい突起した鋼の柄。
神楽はこれを一瞥し、ゆっくりと右腕を前に持っていく。
鞘をこちらに、柄を明日乃の方へ差し出す。
沈黙が再びこの場を支配した。
『なら、これを引き抜け、明日乃。お前の覚悟とやらをみせてくれ…!?』
「――――えっ…!?」
明日乃は驚愕の声を漏らした。
なぜなら、
「刀……」
そう。そこには刀があった。一本の刀。
見覚えのある形状に、色使いをした刀が…。
刀と言っても、形状は打鉄の近接ブレードにとても似ていた。――――それを私は知っていた。
それが彼女の掌に収まっている。柄をこちらに向けて、それを引き抜けるようにしてある。
勇気の試練というべきであろうか。
明日乃はおもわず生唾を飲み込む。
なぜ―――?ここに。これがあるのだ?
明日乃は運命のイタズラか、何かかと、疑った。こんなことをして、何が楽しいんのだろうかと。
一度刀から、神楽の方を見やった。
彼女の顔からは先程までの元気な姿は何処かにいき、古風のような印象を受ける顔立ちになっていた。
彼女は一文字にきゅっと結んでいた。
瞳はとても鋭く、こちらを試している。
明日乃の手は震えていた。
打鉄に乗れば、こんなものは当たり前のように振る舞えるが、生身ではとんだ臆病になるんだなと、滑稽に思えた。
口元が緩む。まさかな……………。
「これを抜けば、元に戻れるんだな?」
『うん。確かに戻ることはできる。……が、本当にいいのだな?』
神楽は止まったネガの打鉄に指を指した。
明日乃は振り返り見やった。
確かに戻さない方がいいのか?――――と、さっきまではそう鑑みてはいたが今は、多分違う。
再び刀に視線を落とす。
じりっと、額から汗が流れる。
一度眼を閉じ、暫し考える。
一瞬の間、綾陽の顔が横切る。
そうだよな。
「そうだよな…綾陽。お前があっちにいるんだもんな」
覚醒し、開口一番に吹っ切れた様子でそう言った。
「私は、今帰るから…待ってて」
呟くようにその場に唇を震わした。
「いくよ…?」『いつでもいいぞ。抜け、明日乃』と二人のやり取りが続いた後、ガシッと、近接ブレードの束を鷲掴みする。
一瞬、重みが腕を支配する。
綱引きの要領で、刀を後ろに向けて引き抜く。カシャンとかん高い重い引き抜けた音が聞こえ安堵を一瞬覚えた。
刹那、光が鞘の中から迸り、明日乃を襲う。次いで、体中に取り巻く。
なんだ、と、少し動揺交えた明日乃が自分の体を眺めるようにみやった。
取り巻く光は打鉄の装甲(アーマー)を形成し、四肢、胸部、脚部に装着されていく。
それはほんの一瞬で完了し、最後にヘッドギアがつくはずなのだが、変わったことに神楽が眼前にいた。
『明日乃(あすの)と出会えて良かった。楽しかったよ』
そっと、彼女は寄り添い額に優しくキスをした。
それが合図となり、彼女は粒子化し、ヘッドギアとなった。
右手に重みを感じた明日乃は手を見やると、鋼色の刃が握られていた。刃は鈍く照り返り、明日乃の白面(はくめん)を映す。
その刃の光の反射によって、神楽が刃の中に映し出される。
鏡や反射するものに中の世界は存在しない。そんなことはあり得ないはずだと、明日乃は思うが、 それを察した神楽は口元を緩め、次いで言う。
『ここはまだ、私の世界だよ。私がどこにいたって、どこに行けたって、不思議じゃないでしょ?』
「まあ…………、確かに」
『ふ……。ちょっと幻想的でしょう?』
神楽は言下とともにその場でくるりと一周回る。
ふわりと、結った黒髪が宙を遊ぶ。それでいて彼女の頬には紅潮の色に染めていた。
「に、似合ってるよ。不思議なくらいに……ね」
頬をポリポリと掻きながら明日乃は言った。
刀に向けて明日乃は微笑を浮かべ、すぐに口元を真一文字にきゅっと結ぶ。
「さてと、神楽。ここから出してくれ」
『釣れないね。………分かった。分かったよ。今の君には冗談が通じそうにないや…』
神楽は一人で、何かを悟ったように会話を進め、それを終始無言で明日乃は聞いた。
独りでに落ち込んでいる姿が印象的だった。やれやれと両手を挙げお手上げのポーズをとる。
明日乃はネガの世界を一瞥し、溜め息がこころの底から出た。―――どうにかしないと。
そして刀をもう一度見やると、こちらが見ているのを気づいてないのか、憂鬱な表情(かお)を刻んでいた。
「そんな暗い顔すんな。また、ここに来るから。――――今は、今だけは頼む。あっちに戻してくれ」
『……。また来てくれるのか………?』
眉を八という形に歪め、怪訝の表情を浮かべる神楽は明日乃に問うたが、明日乃自身はこう返した。
「ああ、お前が私を望むなら、それは立派な招待状みたいなもんじゃないか。断る理由なんてない」
『本当か?』
「ああ、本当だ」
『本当に、本当か?』
まるで子どもがオモチャを買ってもらうように何度も何度も聞き返してくるのを明日乃は言葉を噛み締めながら、返した。
「本当の本当だ。………だから、私を信じろ」
『――――分かった。信じる、………信じるよ。で、最後に言い残すことは?……あるか?』
「なに、ベタな死亡フラグ立ててんだよ。言うことなんてない。―――――また、な。神楽」
最後にほほ笑みを浮かべた。
いつの間にか、意識もなにもかも、無くなっていた。
それは夢が覚めるという感覚にとても似ていた。それが最後の夢での感覚だ。