IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第十話 其ノ瞳ガ直視ル世界

 

 

 

 ガシンッ!と、鈍い音がなった。そして火花が散る。それは正面で刃と刃が激しくぶつかり合い、まるで鍔迫り合いのような形になった。

 徐々に上段から、下段へと刃を落としつつ両者は犬歯をチラつかせながら唸っていた。

 両者共に退くという文字が無く、互いの力を万遍なく近接ブレードに行き渡らせ力だけでその場は成立させるような光景を演出をしてみせた。

 けれど、明日乃は刃を交え通して薄々と気づいてしまったことがあった。―――力量の懸隔。それが存在していたのだ。―――そもそも力量とか玄人、素人以前の問題になるのだが、まず気持ちの持ちようが違った。

 私は怒りに狩られて今に至る。

 相手は初めからこれをやろうと決めていたのだろう。だから、今に至ることを実に楽しんでいるのだ。真剣なやり取りをしている最中なのに笑顔にさえなれるのだ。こういうタイプのことを戦闘狂とか言うのだろう。実に不思議だ。気持ち悪かった。

 奥歯を食い縛り、腹に力を更にいれる。

 顔は鬼の形相に似、シワを数多刻んでいた。

 それを見て。

「怖い顔しないでよォ~。これは遊びなんだからァ」

「ふざけんなよォ!遊びでこんなことをしていいわけないだろッ!?」

 明日乃は心底怒り、そして吼えた。

 けれど、明日乃の声は相手をむしろやる気にさせ、言下の後にスピードを上げ乱撃かのような物理攻撃を明日乃に襲撃する。

 明日乃はこれに衝撃を受けた。攻撃的にではなくて、行動的に。

 刀を通して痺れが手中に、次に体へとダメージを蓄積させていく。一発一発のダメージがデカイ分に対し、明日乃は後退を余儀なくされる一方、打鉄は笑みを絶やさずに進撃を繰り返してきた。

 明日乃は苦虫を噛み潰したかのような顔を全体的に表現し、尚も勝気という名の一握りにもならないチャンスを窺っていた。

「くっ…………!」

「いいねェ。いいねェ~~~~。たまんないなァ~その顔!」

「気持ち悪いんだよッ!」

 明日乃が怒りに任せた薙ぎの一閃。けれど、これといった手応えはなく虚空を裂いた。  

この攻撃をあちらはひらりと舞い踊るように避けて見せた。

「危ないなぁ~~~。当たったらいたいじゃんかッ!?ダメだぞォ~!メッ!」

 打鉄のパイロットは人のいけないところを諭すような言い種に明日乃の怒りメーターは上昇した。

 人にものを言うくらいな自分から直せッ!ってね。

「くくっ!くひひひ……!」

「なにが……………、なにが、おかしいんだよッ!?」

「えっ?!………それはね~~お前が良いようにリアクションしてくれるからだよ」

「あっ………!?」

 一瞬凍りつくような痛覚が身体を支配した。なぜだろうか。いままで笑っていたようなやつが急に笑わなくなると気持ちが悪い。いろんな意味で心配になってくる。

そのようなことを眼前でしかも、間近で目の当たりにしたのだから尚気持ち悪い。というか気持ち悪いを通り越して、憎悪に切り変わっていた。

「好きあり」

「しまった!」

 そっちのけに意識を集中させ過ぎたせいで、完全に武器の存在を忘れてしまっていた。

だから――――

「うっ………!」

 一突き。しかもかなりきつい攻撃を受けた。

 幸いオートガードというなの絶対防御と自動姿勢制御が同時に働き攻撃を受けた最終地点のところから少し動いた程度で済んで良かった。少し体が振り回され嗚咽がする。

「なんだ…まだ粘るんだ~?早くドロップアウトしちゃいなよ。ユ~?」

「生憎と、こちとら諦めが悪いんでね」

「ふ~ん。じゃっ!」

 刹那、身体に感じたことのない衝撃が胸部にヒットし、ついで体が何か固いものに衝突した。言うのであればコンクリートらしかぬものに物色。傷みは面に背中と胸部。背中が五割、胸部が三割、その他に二割。

 最初にパニック。次に呼吸が出来ないことを思い出し咳が止まらなかった。その吐き出される息の中に鉄の味が混じっていた。勢いよく背中から接触したためにか血液が逆流したのかもしれない。次に胸が圧迫されて息が出来なかった。

 そして膝から崩れて、またしても笑顔が絶えなかった打鉄のパイロットを下から眺め、悲痛の声を声にもならぬ声で吐き出した。そして鮮血を吐き出した。

 赤い血が地面を濡らす。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 今にも吐き出したい気持ちがある。そこをなんとか押さえつけ明日乃は自分の今の姿を黙視した。

 微量ながらも息はできている。身体中に力が入る。手中には近接ブレードがある。

 なら、意識がなくなるまで戦ってやる。

 キッと、明日乃は瞳をすがめた。

 あちら側としてはどういう気持ちでこちらを見つめているのだろうか。一瞬怯んだ?ないな。そんなこと。

「よっこいしょ…………。なん、か………年寄、り臭いな………まだ若いってのに。ははは………」

「むしろ、感服しちゃうな。いや、惚れちゃう………?でも、ここまで立ってたんだもんね。じゃあ、特別に私の名前を教えてあ・げ・る♪………まあ、意識があるかはどうでもいいだけどね♪ただ、言いたいだけだから、独り言と認識してもいいよ♪」

「……………」

「私の名前は吉音(よしね)火織(かおり)って言うの。まあ、聞こえてないと思うけどね」

「よしね…………か、おり………?」

「へぇ~~~。立ったまんま気絶とかいうオチじゃないんだ。いっがーい!!」

「棒読みだぞ………火織」

 明日乃は近接ブレードを地に差し、杖のようにして突っ立っていた。ついでに左脇に違和感があるので押さえている。

 一様、オートガードが守るとはいっても、先程は死ぬようなシチュエーションではないも関わらず不可視なバリアが守ってはくれた。けれど、先程の時は発生しなかった。という判断ミスがかなり痛手についてはいるが、先程のことでは死なないと判断されたのではなんにも言い返すことはしない。今になって裏方をチラッと一瞥をしたが言葉が詰まってなんとリアクションをしたものかと少々混乱した。

 なんたって、人形のクレーターが彫刻のように深々と刻まれていたのだからリアクションも戸惑うだろう。なにか言えなんて無茶を強いられてもイマイチのことしか言えない自信がある。

 相変わらず火織は笑みを浮かべ、こちらの様子を窺っている。というより、観察されている………に近い眼差しを向けていた。

 大体はそうなりますよね。だって、あんな彫刻を刻んでもこうして息して、―――まるで二次元の主人公みたいだって、なんつって。

 こうしてボケられるほどの余裕がどこにあるというのか。それすらも分からない。

「おーっ!ツッコミまでしてくれるなんて!君って本当は人間じゃないんじゃないの?」

「私は、私は藤崎明日乃だ。どっから見ても人形をした人だ。ただ、傷の治りや人より体力がある一人の人間だ」

 火織は小首を傾げた。

 明日乃は彼女が首を傾けた瞬間に気がついた。普通に話せていると。

 もしかしたら、話で解決できるかも………。

「なっ、分けないじゃん。明日乃はこっこでおっしまーぁい!なんだから!?

(まさかっ!心話を盗み聞きしてたのか?!)

 またもや、隙を憑かれ火織に攻撃をされかけるというイベントを立ててしまった。

 今度は背後。ハイパーセンサーなどという優れたものが頭部に装着され、死角というものが存在しないというのは有りがたいのだけれども、反応速度はあまり変わらずという感想だ。

 だが、人間は学習する。一度あることは二度ある。もしそれが奇襲というものであるのならば私が混乱を起こしたときだ。

 それが今。

 動揺を誘い込んだとき。

 明日乃は少し踊り出、そして振り向き際に刀を流すように構える。

 そこに吸い込まれるように火織が一閃。

 刃と刃が擦れる音が鳴り響く中で明日乃は火織の近接ブレードを捕まえた。

 空いた手を力強く握り、打鉄目掛けて鉄拳を放る。

 オートガードが彼女を守るとさえ思ってはいたのだけれど、案の定、死への別状はないと判断したのだろうか作動されず、物理的攻撃は彼女を引き下がらせた。

「人は学習するんだよ!覚えておけッ!火織」

「あはは♪本当だね藤崎明日乃。君はタフだね。普通なら壁の下りから降参するはずなんだけど。気に入った」

「お前。人のことをフルネームで呼ぶタイプなのか?………そんな堅苦しい呼び方は止めて、明日乃でいいんだぜ」

 口の端が上向きに引き吊っていた。悪い意味ではなく、良い意味で。つまり、私は火織と同然のように笑っていた。

 けれども私は刀、近接ブレードを力強く握りしめていた。

「火織。お前とは良い友になれそうだ。だが、一つ悔しいのがこうして、こうしてぶつかり合う方じゃなくて、言葉と言葉で分かり会えたら良かった。それが、私のミスだ」

 それに、と明日乃は口を止めずに話した。

「お前の笑顔を、もっと見ていたから………。だって、火織の笑顔、屈託がなくて素敵なんだぜ?見たことあるか?自分の笑顔を……」

「気持ち悪いな………!知った気になって、私を語るな!」

 火織が無理に力を入れ、振りほどく。無論こちらも振り回され姿勢を立て直す。

 明日乃がロックしていた近接ブレードは自由になり、目と鼻の先にいるはずなのに遠く感じた。肩を怒らせ、こちらを睨む火織を見ている限りに闇が潜んでいるのはわかった。瞳に濁りがあったからだ。

「それがお前なんだな。自分を偽って、嘘を嘘で塗り固めて………」

 ―――――本当に残念だよ………。これでしか分かり会えないなんて、本当に―――。

「だから、だから私が火織の友達になってやるんだ。悪いことは悪いって、今まで言ってあげられる人がいなかったから。好き放題に暴れる化け者を作り上げてしまった。それなら、私が全身全霊を以てお前の中の化け物を駆逐する」

 明日乃自身もなぜこのようなセリフを発しているのか分からなかったし、それにこれまでにないくらいの清涼感。指先までクリアが行き渡っていた。

 自分が握るのは刀なんかじゃない。自分自信の想いを具現化したものだ。

「藤崎明日乃並びに〝神楽〟――――いざ、尋常に。参るッ!」

 

 

 

 

 明らかに先程とは違う太刀捌きを披露する明日乃に火織は少々焦りの顔を浮かべていたのと同時にワクワクが込み上げてきていた。

 先まではこちらが打ち込んでいたにも関わらず、今ではあちらからの乱撃が火織を襲うというスタイルが続いていた。

 まるで別人のようだった。

 やる気になってくれたのなら、こちらも嬉しい。その行動に私も全部をぶつけよう。

 藤崎明日乃か―――。おもしろいッ!

「今度はこっちのターンだ」

火織は新しいおもちゃを買ってもらったような子供のようにひどくあどけない笑みを顔全体で表現した。

 

 

 

 

 体が軽い。―――いままでにないくらいに。

 全てが、透き通って鮮明に眼に映る。

 火織の息使い、太刀筋、癖、行動が手に取るように分かる。

 そして、彼女の動きが見える。見えるのだ。気持ち悪いくらいに。何もかもが包み隠さずにとも丸裸だ。

 上段から下段にかけての一振りが明日乃を襲うが、素早く横へスライドするように動き、振り下ろすよりも早く鉄拳を腹部に目掛けて放つ。またしても守ることなくダメージは火織を苦しませる。

 正直に言えば力加減を入れたつもりはなく、顔の歪ませ具合からするにキツいのを一発咬ましたらしい。

 火織の顔に曇りが表れてきた。――――あと少し。

「たァッ!」

「クソッ!クソッ!」

 火織が悔しがるのも無理もなく、近接ブレードをやたら乱暴に振り回す。

 それらの軌道が見える。残像が先走るのが見える。

 明日乃は頭より高い位置に近接ブレードを横に構え、体重を全身に掛ける。

 そこに流れてくる火織の近接ブレードを受け止めたと同時に、回し蹴りを籠手の部分に見舞い。

 予想外にうまく決まった。手ごたえ……足ごたえは彼女から武器を奪ったのだ。

 虚しい音を地面に叩きつけながら火織の近接ブレードは粒子化した。

 明日乃は止まることなく更に攻撃を仕掛けていく。

 武器が無くなったのをいいことに拳が放たれる。一発、また一発。

 明日乃は完全に自分の中でリズムを作ったのだ。火織のリズムを読み取ったことによって、それを上回るようなものを産み出したのが今の動きなのだ。

「降参は………?しないのか?」

「嫌だね。……………待ってるんだ、アイツを………」

「あっ…………!?」

 あとの言葉を呪文のようにゴニョゴニョと籠るようなしゃべり方をしたのに疑問を感じた。

 できることなら、早くどうにかしないと。

 明日乃の中で焦燥感が渦巻くのを感じた。焦りからか先程のような澄んだことはできないようになっていた。けれども、攻撃をやめというのには至らなかった。だから、闇が出るまで殴り続けたし、火織も何も言わずに殴られていた。

 

 

 

 

 第三アリーナを脱け、更衣室に設けられたモニターから中の映像を拝見しているときにハッと、驚愕の面に歪ませたのは藤崎綾陽一人くらいだろう。

 藤崎綾陽はあの第三アリーナで、ISの基礎動作をクラスごとに行っているときに、起きた事故をきっかけに避難をするよう言われ、更衣室に逃げ込んできたのだが、何やら一人の新入生が勇敢に立ち向かっているという情報を聴いた。それと同時に綾陽は胸が圧迫されそうな苦痛を感じた。一瞬息が思うように出来ず、脳裏に姉――明日乃のことを想い描いた。

 嫌な予感が背中を舐めるような感覚がし、変な汗が額から幾条の粒を浮かばらせた。

 そして、モニター越しから映るあちらの風景に綾陽の予想は的中した。

 栗毛をポニーテールに纏めた女生徒。一房に纏め上げられた髪は動くに連れて激しく揺れた。

 刀を振るわす姿なんかもちろん見たことなんてない。でも、顔を認識するのには十分のパフォーマーではないかと綾陽は考えた。

 端正な顔立ちは本人が否定するよりも美しく、獲物を捕らえるような野生の力は眼光が既に答えを導いているのだろうか。そしてなんにでも首を突っ込む悪い癖は幼い頃からで、それをひっくり交えてもなにをしても行動力があるのはどう考えても姉しか考えられなかった。

「おね…………ぇ、ちゃん……!」

 誰かに聞こえるか聞こえない程度の声がポツリと響く。同様が隠しきれない綾陽は一線の涙をただ流すだけ。

 体が縮こまって、その場で崩れ震えた。

 ――――涙が止まらない。

 その言葉の通りに幾条もの熱い涙が、第三アリーナのフロアを濡らす。粒が幾つもの泣いた跡を残していた。ひどく慟哭していたのだ。

 そんなとき――――。

『何泣いてんだよ?!姉貴が死んだわけじゃないんだろ?』

 肩がひどく震え、声もそのせいか、しゃっくりが返事代わりになっていた。

「………ひ、ひっひ、ひか……げ………っ?!」

『モニター見てみろよ。姉貴は何やってるかはよくわからないけど、戦っているのは一目瞭然だな?!………なら、お前はどうする?私は加戦したい気分だが………?』

 泣き止まぬ涙が落ち着いた後、深呼吸を適当にやって気が紛れたので、綾陽は会話に入ることにした。

 というより、こんな大事な時にただ黙って日景の愚痴を聞くのは御免被るからだ。

「突然、そんなこと言われたって…………」

『まだ………、まだ第三アリーナ「あっち」にはあれっ、あるんじゃないの?』

 クイッと、親指を立てて日景はそれを指した。

 日景―――。彼女はもう一人の綾陽だ。いつの日にか生まれ、今までこうして暮らしてきている。追い出す気にもない。もう一人の私というのなら、仕方がなかった。私の片割れ―――ブラック綾陽。

 動力原は綾陽のストレス。今のところ分かっているのは空腹、当たり前のように日常の理不尽や差別その他諸々に対するものが多い。

 さて、日景が指を指したのは明日乃や反乱者が所有している〝打鉄〟のことだ。

 加戦したいという気持ちは分からなくもないが、果たして本当に現場に打鉄は残っているかどうかなのだ。

『なに、ごちゃごちゃ悩み更けてんだよ………!やるんだよ!』

「はいっ?!」

 ―――――たくっ!ものわかりが悪いな!という愚痴を次ぐように日景は綾陽に怒鳴るように言い、ボサボサと髪を掻き上げた。

『変われっ!』

「嫌だ!」

 はぁ!?―――怒り成分MAXと言わんばかりの声は正直勘弁願いたかった。

 大体、状況整理ができてないからおかしくなるんだ。整理しよう。

 

 

 ①、私達新入生はISの機動動作を学ぶために第三アリーナに集まって実技を各々行っていた。

 ②、テロ紛いの事件が発生。

 ③、姉がテロ紛いと交戦中。

 

 

 という感じになる。③は未だ続いている。

 綾陽はモニターを覗き込んだ。状況はやはり姉が不利な場面が多い。表情も曇りが続いている。

 返ってテロ紛いは不適な笑みを浮かべて姉を苦しめていた。

 モニターを眺めている女生徒達の顔も曇り、不安という言葉が更衣室中に漂っていてとても息苦しかった。中には泣き出しているものや怒声、罵声をモニターに浴びせるものもいた。

 そんな中で私はどうしたら良いのか思考が停止して、その場に佇んでモニターを見ていることしかできなかった。ここで指を組んで祈るほど私は姉を信用をしていないわけじゃない。ちゃんと場を弁えているここではそんな軽いものではないのだということを綾陽は理解していた。

 だからこそ、その瞳、表情には色々な思いが含まれていた。

「おねえちゃん……」

 ぼそりと呟き、唇を少しだけ噛んだ。そんな時、戦況は大きく動いていた。

 

 

 

 

 姉は昔から負けず嫌いで、頑固で、常に面白いことをして私のことを笑わしてくれた。そしてなにより優しかった。

 けれど、今、私の眼前で目の当たりにしている光景はとてもとても違和感を覚えさせるものが多かった。

 

 

 遡ること、数分前――――。

 

 

 モニター越しから映る第三アリーナは既に修羅場であり、戦場でもあった。

 刃を交える二人の武士。

 緊張が常にそこにはあって、私の胸を絞め続けてきた。

 一瞬、胸が楽になったのだ。姉が負ける―――そうエンディングが見えた。多分、私の思い込みだ。

 姉から武器がなくなって、地に伏して、隙があらばそこに一線を刻まれて試合終了。―――我ながら皮肉だ。

 本当は負けてほしかった?―――それすらも分からなくなっていた。感情がどこかに流されてどこかで楽を得ようという思考が極限に達した時に描いてしまった斬殺未来【デッドエンド】。

『あほくさっ!』

「えっ………?」

『アホ臭いって言ってんの……!言語機能まで狂っちまったのか?バカッ!』

「ば、バカって、言った方がバカなんだよっ!」

 つい頭に来て、怒鳴ってしまった。

『お前、水やら風だの嵐だの、流され過ぎ………。でも、――――戻ってきたからいいか』

 うん………?最後の方あまりよく聞こえなかったけれど、顔色を見る限りに照れていた。―――なんだか、よくわからないけど、ありがとう―――。

 綾陽は日景と、小さく呟いてモニターから踵を返して歩き出した。

 向かう場所――――足を進める先は、第三アリーナ。ただ、一点。

『おいっ、どこ向かってんだよっ!?』

「どこって?……第三アリーナに決まってるでしょ?」

『はぁ!?―――なにしにいくんだよ?!』

 綾陽は口を真一文にきゅっと結んだ。自然と眼も習うようにシュッと、見違えるほどに細め気合いを身体中に送る。

 心なしに足が早くなっていた。

「お姉ちゃんを助けにいくの。なにか疑問でもあるの?―――最初に言い出したのは日景だよ」

『ちょっ、ちょっと待て!綾陽。お前なんかが行ってどうにかなんのかよ?大体………』

「やってみないとわかんないでしょっ?!」

 日景が続けるところを綾陽が食いかかるように怒鳴ったのだ。日常風景ではけしてない光景に日景は口ごもりをしてしばらく終始無言であった。

「まさか……遊び半分で言ったの?」

『………………』

 図星か………。

 綾陽からすればがっかりだった。冗談半分で物事を口にしたのだから、尚更。なにか大きな物を踏み潰されたという表現が今最も適切ではないかと思えた。

人それぞれ感慨は違うけれども、綾陽には何が正しくて、何が間違えているのかなどというのは今は分からなかった。

 綾陽はさらに足を早めて進む。

 大股で、とてもはしたないなという気持ちがあるが、今日は多めに見てほしかった。

 更衣室を真っ直ぐ歩いて、二つ目の角を右に曲がると第三アリーナがあるのは知っていた。

 曲がって真っ直ぐ綾陽は足を進めた。けれど、一歩、また一歩足を進めるに連れて息苦しくなってくる。肌にピリピリと緊張感が触れる。

 一度は眼を伏したが、ここまで来たのだ。行かなければ、いつ行くのか?

 綾陽は眼から熱い何かが零れる前に手の甲で拭った。そして前を見た。

 眼前には光りが満ちてむしろ溢れていた。

 四角い長方形のドア。それを型とるのは向こうからの太陽の光。

 見てとれるのはドアだけ。教員の姿がなければ影らしきものもなかったので綾陽は無意識に安堵をしていた。今このやる気満々の綾陽が教員に捕まったら、喧嘩騒動になるかやる気を根刮ぎ持ってかれて虚しくモニターで姉の苦しむ姿を指をくわえながら見る。という展開が五分五分で予想することが綾陽にはできていた。だからこそいなくて安心している。

 だが今、手の空いている人はいないのではないだろうか。各々担当しているクラスの教員は女生徒が危険行為をしないように見張っているだろうし。逆に手の空いている教員は待機を命じられていつでも動けるようにしていたりなんてのも考えられる。

 現時点での第三アリーナは未だ交戦中で、教員側も思うように指示が出せないはずだ。なんたって、こんな非常なことを一人やってのけようとしている者がいるのなら教員側もそちらに賭けているように私には思える。隙が生まれればいつでも捕まえることができる………とかだろうか?

 けれども、前者のことを述べていたとしてもそれらしき動きがなくむしろ返って気持ちが悪かった。

 廊下に響くの靴の踵がコンクリートの床に当たって響く音と綾陽が出す息音くらいだ。

 足は先よりかなり落ち着いた。太陽光が綾陽を照らす。

眼が眩む。眼を少し細めた。

でも、綾陽は自分が改め〝人間なんだな〟と、実感が湧いた。切実に。

 そう、一歩で、あと一歩で別世界に入るわけなのだ。だから自分が本当に人間なのだよなという疑問が脳裏を過ったがそれは思いすごしなのだと思った。

 綾陽は豊富な胸に手を当て鼓動を確かめる。早まっているのは元々押さえようのないもの。それを抑えるのはおもしかしたら、死に繋がるのではないかと綾陽は思ってしまうのは変な年頃のせいだろうか。

 そこまでは疎いから後でお姉ちゃんに聞く事にしよう。そうしよう。

 足を踏み入れた場所は本当に現実なのだろうか。

 張り詰められた緊張感。それはまるで私が感じていたものとは比にならないくらいに。

 身体を突き抜ける風。それはとても人が立っていられるのがやっとのことで、全身で風を受けたせいか身体中が震え上がって大笑いしていた。

 傷み、殺気、妬み、怨み…………とにかく言葉にできないなにかがその風には含まれていた。

 脚が無意識に一歩また一歩と退くていく。

 野生の勘が訴えているのが分かる。分かろうとしていないのに分かる。

「逃げろ…………っていう、警告だよね……?」

 喉に何かが、張り付いている。それはなにか―――なんてわからない。

 網膜や神経系にはもうだましは効かない。これは既に恐怖以外の何者でもなくなってしまった。

 もし、もしだが。日景がこのギクシャクしているなかで急にしゃべりましたら、なんと言うだろうか。

 ―――なに考えてんだ。お前がやりたいことをしろ。

 ………とか、なに俯いてんだ。前を見ろ。そこはまた変わった世界でワクワクしないか?

 ―――とか、お前には何が見える?絶望か?希望か?―――なんだ?

 なんて――――。

『…………おしいなァ。二十点だ』

「え……………に、にじゅってん…………?!」

 ――――えっ。どういうこと―――?

 綾陽は頭なしに単純に考えた。………日景とはさっき喧嘩をした。それに酷いことも言った………と思う。

 綾陽は内心忸怩たる思いをしていた。

 けれど悩みがあろうがなかろうが、日景はついで口を震わす。

『そうだ。なんか文句あんの?ないだろ?―――じゃあ認めろ……!』

「待って、待ってよ。何が〝二十点だ〟よっ!何を基準に点数決めてるのよ!もう、もう、も………ぅ、ばか―――」

 ――――なんだが、スッキリした。と、綾陽が思えたのは吐き溜めて出すことのできなかったストレス源を吐き出すことができたからだった。

 そういえば、どうして仲が悪いときになるとやたら顔会わす機会が多くなるのだろうか?という疑問がどこからか転がってきたが、そのままスルーすることにした。でも、少し気になってたりする綾陽がいたりする。

『バカっていう方がバカなんだろ?』

「日景………?」

『?………どうした?いつもならそれなりに言い返すはずなんだけど……?』

「今は場所が違う。だから、悪ふざけはできない。日景も、私のなかで見てたんでしょ?なら、話は早いからすぐに話に入らせてもらうけど……」

『だから、ちょっと待て!?お前本気なのかよッ!?大体さっきも言ったけど、悪いがお前一人じゃあ何にも変わんねェんだぞ?!』

 必死な日景は血管をこめかみに何個も浮かんでいる。

 私を必死に説得をしようと試みているのは分かる。血管だけじゃない、全身全霊で今の私を説得しようとしている。

 言葉を聞いている限り、未だに私を臆病者かなにかと間違えている。

 私は、臆病者じゃない。臆病者は過去の私だ。

 ――――確かに、恐い。怖くて逃げたしたいよ。けれど、お姉ちゃんが無理をして戦っている。そんなのを見てられないし、なにもできないのももっとなにもできないと思う。

 日景の言葉は確かに正確かもしれない。私のことを考慮している言い方だ。でも逆をつつけば、自分が危険な眼に合いたくないとも摂れる。

 さっきは日景の言葉を利用して後ろに下がりたがった。

 甘い蜜を吸い続けたかった。

 姉にすがりたい。甘えたい。私を構って。

 だけど、今は我慢だ。我慢が必要なんだ。それは譲る。今だけ我慢。

 けれど、今は譲れないものだって私にはある。

 だからこそ。

「それでも、守りたいものがあるから」

『――――分かった。お前の好きな通りにしろ。けどな、逃げ出すなよ。最後までだ』

 言葉返事の代わりに綾陽は笑った。そして、光の扉を大きく足を開き跨いだ。

 歩くその姿はまた勇ましかった。

 

 

 

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