IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第十一話 一難去ってまた一難

 

 織斑先生が保健室から出たのち私は傷元から走る痛みと闘いながら再びベッドに背を預けた。

 最初に比べれば明らかに痛みの方は引いている。正直、楽になってきている。明日くらいには動けるとは思う…とは、言っても正確の診断結果を言われたわけじゃないので何とも言えない。

 頭を枕の定位置に預け、休むことなく首を左右に向ける。

 まず、栗毛の少女―――妹の綾陽の方を見やった。次いで、灼熱の炎を連想させる濃い赤毛の少女の方を向いた。

 今更ながら、火織の髪の毛の色を確認した。なぜ、こんな目立つ色なのに気がつかなかったのだろう。多分注意力の問題なのだろうな。だから、気付いた時の衝撃というのは大きかったりする。

 けれども、こうして互いの顔を覗き込んだって、互いに目を伏しているのでは話相手にはならない。一瞬死んでるんじゃないの?なんて思ってしまうのだが、保健室にはこれといった阻害物が置かれているわけではない。その上外部からの部活動の声援なんてのも今日に限っては(新入生だから部活のスタイルがわからんのよね)聴こえたりはしなかった。だから、妨害されることはなくむしろ物に反響して彼女らの寝息は少し盛大に聴こえたりする(私的にだけど)。

 阻害というか妨害というか強いて言うなら真中に囲まれている私がうるさいように感じられる。落ち着かないのではなく心配性なだけだ。

 ある程度二人の事を眺めた後、外の方が気になった。

 窓ガラスを反射した光は保健室を紅色に染め上げつつもどことなく黒色が混じっているような複雑な色。もう直日が暮れて夜が来る前触れを表しているようだ。

 まあ、そんなものを見ていたとて明日乃はこの部屋が真っ暗になったら大変なことになるんだろうな……と至極どうでもいいことを思いつくが眼を伏し、シャットダウン。

 頭の後ろで腕を組み、眼を開き天井を見た。何度も見ていると見なれるんだな……。

 

 

「それにしても、暇だな」

 ベッドに長時間居続けるのはいつ振りだろうか?小学生の中学年くらいが最後だ。季節性のウイルスに掛かって散々な思いをした記憶が強く焼き付いている。

 そのときよりも今の方が時数的に少ないがその時に比べればとても長く感じられた。

 少しづつだが、苦が大きくなってきている。

 私の治療法といえば汗を沢山かいて悪いものを出すというシンプルなやつなのだが、今回のはどうしたらいいのだろうかという領域だ。

 こんな大きな怪我をするのだって初めてだし。沢山汗を・・・という言葉のループはいいとして。いかんせん寝ているより、動いている方が実は私らしいのだ。

 ベッドが柔らかこうとも硬くともこう、筋肉が少し落ちたんじゃあないの?とかいう話だったりする。別にガチムチ系が好きとかそういうのじゃあない。むしろちょっと引くくらいだ。

 こういうことになった発端があるのだ。まあ、一言で言い表すのであれば、自業自得。

 自分で蒔いた種が育ちすぎるほどに芽を息吹させ、どうしようもできなくなり仕舞には妹までに手を出させてしまうという行動力、判断力、注意力の無さがそして今に至る。

 保健室に横たわるのも実に情けない有様だ。体中に巻かれた包帯が自分の行動の末路の結果を雄弁に訴えていた。

 先ほどは織斑先生と話していたときは気付かなかったのだが、実は裸だ。というのもなんだが、傷の具合からする(肌の露出より包帯の巻かれている方の面積が広い)にパイロットスーツを脱がした方が効率が良かったのだろう。あっちの考え的に。

 それと全身打撲が付いているわけで。説明するよりとにかく体が痛い。

 私は深いため息をその場に吐いた。自分のブレス音を聴くほど静寂しているとは本人も分かっていた。それに次ぐように控えめな寝息がついてきた。

 外は先ほどよりも暗くなってきており、一層部屋が物哀しくなってきた。

 出入り口のドアやその上のガラスの小窓が対になる方を見やると、パッと廊下に蛍光灯の明かりが宿る。人通りが多いのかな?まあ、夜の廊下が怖いっていう生徒も居るのかもしれない……って、全寮制だからそれはないか。

 窓の小窓から蛍光灯の明かりが漏れて入ってくる。正直、これくらいしか明かりがない。かといって、ベッドから二十mもない場所にわざわざ明かりと付けに行くのもなんだか気が引ける。というかめんどくさい。

 正直、学校の保健室で一日過ごすのも悪くはないのだけれど、なんだか損した気分になる。保健室の醍醐味は風邪を偽って、ベッドで寝ることではないだろうか(個人的に)?平日の平常授業しかも二時間目あたりにやってきて熱計って、様子見て。なんていう手順じゃなかったっけ?

 私の場合はそうだったんですけどね。で、その時に気付いたのが自分がベッドで寝ていられなかったこと。意外と落ち着かないのだ。

 なんか変に申し訳なくなっちゃって、一時間休んで教室に戻った。

 それ以来は、保健室に行くことも無くなっちゃったわけ。で、久々と思ったらこの有様。

 できれば、これからもあまりお世話になりたくはないんだよなと明日乃。

 そこに、コンコンと二度ノック音がドアを叩く。荒々しいわけじゃあなくむしろ丁寧なくらい。

(織斑先生か……?)

 そう連想してドアの方を集中した。スライドするタイプのドアが開くと、織斑先生とは違うシルエットが部屋に少し入る。

 止まった位置からすると、電気のスイッチのある場所だ。

 カチッと、ボタンの押す音が鳴ると、明かりが薄暗い保健室を照らした。

 明日乃は眼を細め、視線を逸らした。

 眼を閉じている間にコツコツと足音がこちらに歩み寄って来ていた。軽快に踵の音を床に奏でながら。

 光に馴染むなり明日乃は眼を開いた。すると眼前には白衣を着た女性教員が佇んでいた。二十代後半から三十代前半くらいの落ち着いた雰囲気があり、一つ一つの仕草に何か惹かれるようなものがあった。どちらかというと両親より……が、気のせいだろう。ほら、学校で先生のことをお母さんと呼び間違えるみたいな・・・?違うか?

 いつの間にか、その女性は私の眠るベッドの隣へ近寄って来ていた。私が反応を促す前に先制攻撃を仕掛けてきた。

「体調はどう?良い?悪い?というか私の声は聴こえているか?」

「………分かります。分かりますけど、その一辺に質問しないでください」

 私は掌をバリケードのように胸の前で構えた。

「その様子からするに元気みたいだな。よかったよかった・・・」

 人を本当に心配にしているのだろうか?…と、疑いたくなるような言葉の抑揚の無さ。

元々、ハスキーの掛かった声なので少し惹かれるが、上記のとおりに抑揚がないのと淡々と話されてその上、どこか違う方向を向いているのだからなおさらだ。第一印象はマイナスからと。

「ごめんなさいね。わざわざご心配をかけさせて・・・」

 少々引きつった笑顔を明日乃は無理に歪ませ、心にもないことを言った。仕返しとかじゃない。断じて。

「二人の様子はどうかな?変わったことは無いとは思うのだけど?」

「はい、特になにも……これといったことは無かったですけど」

「そう」

 短く返事すると、先生は隅に設けられた机の方に踵を返す。

 机は銀色のシンプルな作り。その上には厚いファイルが何冊か並ぶ。きちんとまとめているのですね。ペン立てには数本のボールペンにシャープペンが刺さっている。見る限り必要最低限の品しか置かれていない。あまりここにはこないのか?

 とまあ、詮索の仕様もないことを明日乃は思うが、すぐに忘れることにする。

 先生は机に就くことなく、机の脇に突っ立ていた。小刻みに肩が揺れていたのでなにか書類に目を通しているのだろう。

 集中しているような空気が先生の周辺から漂っているのを感知した明日乃は適当に目線を配る。

 けれど、どこを見ても落ち着かずで、結局先生の背中に落ち着いてしまう。

 何というのだろう、どことなく両親の背中を彷彿させるようなものがある。匂いか?哀愁?―――多分後者は無いだろう。前者もまだよくわからない。

 そういえば、今頃何をしてんだろう?両親たち。

 昔から職種に関しては何にも話してくれないし、そろそろ知りたいんですけどね。

 今度帰ってきたら聞いてみるかな。

 無意識に胸の前で腕を組んでうんうんと首を縦に頷かせていた。

 ぎゅるる~。

 なにか歯止めが切れたような感覚がした。

それにしても、腹が減ったな。いつから腹にものを入れてなかったっけ?朝以来か?

 あちゃ~。と心中で恥じるのを余所に、隅の方からくすくすと小さく笑う声が聴こえた。気のせいじゃなくて、本当に。なんせ、体をよじらせながら笑っている人がいるのだ。もちろん、犯人は一人しかいないわけで・・・。

よっぽど、おもしろかったのだろうがこっちは何が何だかさっぱり。

「そんなに面白かったですか?先生?」

「ああ、とってもね」

 笑い成分が混じったような声がすると思ったら、そんなことはなかった。残念。

 急にけろっと、今の光景は何事もなかったみたいに淡々と話した。

「腹が減るのは元気な証拠さ。よかった。よかった」

 その〝よかった。よかった〟はあなたの口癖ですか?変なキャラ設定を作らない方がいいと思うのですが、人それぞれだからこうも言えないのですけどね。

 今更になってあの情けない音のことを思い出し、急に体温が上昇を通り越して逆流するのではないかと疑うくらい明日乃の毛穴の毛穴から汗が噴き出す。ついでに耳の先まで真っ赤に染めて。

 パタパタと掌を内輪のようにして煽ぐが決して清涼感が訪れたとかそういうのはなかった。

「なにか、持ってこようか?」

「いえ、一人で……どうに、か」

「その格好で?行くのなら、別に止めはしないが、なかなかの趣味だとは言っておこう」

 クイッと、先生の指が私の全体を指す。

 釣られるように下に目線を落とすと、ああ。なるほど・・・・。これって……。

「わすれてたぁぁぁぁぁあ」

 そう。自分が全裸だということを。正確には全裸というより包帯がほとんど肌の露出を防いでいるが実際のところ全裸。

言い換えれば、ミイラみたいな恰好をしている。決してやましい事をしているわけじゃあないよ。

 わわわわと、私はテンパリながらも近くにあったシーツを剥ぎ、体に巻きつけた。

「別に、女同士何だし気にしなくてもいいような」

 先生はまいったなと言わんばかりの渋面を作り、無造作に髪を搔き上げた。

 瑠璃色の髪を搔き上げた事により妖艶さが増し、本人は無意識にやっているとは思うが明日乃はドキッとしていた。毛の質が違うのだろうか?と、明日乃は肩口にくすぐるぐらいの長さしかない栗毛の毛先を弄る。

 そんなどこか呪文めいていた明日乃を尻目に、

「適当に何か持ってくる・・・」

 ただ一言を添えて保健室から出て行った。

 

 

「あれっ?先生は?」

 ぐるりと一周見渡すと、そこには蛍光灯の明かりと静かになった(元々静かだったのだが、更に静かになった)物気のない空間に置き去りされた私たちしかいなかった。相変わらず外は真っ暗であった。

 なぜ、気付かなかったのかは一人妄想に励んでいたわけで・・・。

 一言何か言ってくれれば、良いのに。多分言ってたとは思うんだけど。

 ぎゅるる~~~。

 はあ、腹が減った。多分先生はなにか食べるようなものを持ってくるだろう・・・。

 腹の虫がさきより旺盛に泣いている。分かってるんだけど、この姿じゃあ無理なんだよね。

「早く、先生帰ってこないかなぁ~」

 ガクッと、頭を垂れて愚痴もたれた。

 退屈―――しのぎなんかに保健室を何度も視線を回した。…がほとんど見終わって、今は絶賛シーツとにらめっこ中。勝敗ところかこの白さが、良からぬ方向に進んでいる気がする。

 ぎゅるるる~~。ほら、食欲に繋がっちゃったよ。多分、今ならこれ食べてと差し出されたらなんでも食べ得る気がする。・・・これ食べたら、どうなるのかな?症状は優しいのかな?などと明日乃は眼下、絶賛にらめっこ中のシーツに視線を集中させていた。

 なんでだろ、よだれが、止まらない。

「早く先生戻ってきて……」

 

 

 

 

 保健室担当の新人教員の入谷(いりや)理恵(りえ)が何事もなかったように保健室に戻ってくると、ベッドで思いつめたような表情に歪ませていた藤崎明日乃が口に何かを含もうとめい一杯に広げ突っ込んだのは、案の定真っ白な布―――シーツだった。

 何というか、一瞬焦燥感に駆られた。この一瞬を返してもらいたいくらいだ。

 と、茶番を止めにかかるとして……いや、このまま続けてもらうのもアリだな。私に気付くまで。

 ドアの片隅に身を潜ませ、しばし明日乃の様子を観察した。

 本人は全く気付く気配なし。むしろ、真剣にシーツに喰らいついていて少し引け気味な感じがした。

相当、精神的に来ているわね……?

 理恵が引くのも無理はなかった。明日乃はシーツを舐めては、吸い、伸ばし・・・言語的表現を否定したくなるような本能を剥き出しにした野獣のような眼でそれを喰らいついていたのだ。正直、止めにかかるのはやめにしようかこちら側が悩まされるくらい生生しい。というか恥ずかしい。見ているこっちが。

 これ以上あんな姿を見るのは願い下げだ。

 理恵は一歩踏み込んだ。ふっきれたような清々しさとはまた違った感覚だったが、そのまま見続けるのも後々めんどくさいし、片付けよう。

そのまま勢いがついたようにまっすぐと明日乃のベッドへ向かす。

 明日乃は理恵に気が付いていないのか、無我夢中にシーツに喰らいついていた。

 一旦、盆を適当なところに置き、自らの手をピッと、伸ばす。俗に言う手刀というやつを作った。

 適当にスイングを二、三回行い。理恵はターゲットを見定めた。狙うところは明日乃の側等部。

 胸のあたりまで手を掲げ、そのまま降下。ひゅっと、風を切る音とともに綺麗に明日乃の側等部目掛けて軌跡を描きながら何の躊躇いの無い痛恨の一撃を繰り出す。

 ゴン!!!

 なにも変化がない。もう一発。

 ゴン!!!

 もうい・・・・。と、理恵の手は三発目を繰り出そうと構えるが、そこで気がつく。

 当の藤崎明日乃は泡を吹き、体は痙攣を起こし、眼は白目を向いていた。仰向けに倒れていたのでそう判断することが出きたが、もしうつ伏せだったらどうだっただろうかなんて理恵は慈悲の考えを持たず、これどうしようか?と、目線を持ってきた食事の載る盆の方へ移した。

 タイミング良く、腹の虫が鳴く。

「まあ、私が持ってきたんだしいいか」

 苦笑を浮かべた理恵は、持ってきた食事のやっつけにかかった。

 

 

 

 

 闇色の空はいつしか青色にバトンタッチをして薄暗くながらも世界を照らし始めていた。

 入谷理恵はそんな頼りない空を保健室の窓枠から眺めていた。

朝は良く冷える。淹れたてのコーヒーが少し特別に感じられる季節になった。白い湯気がゆらゆらと天に昇る。

適当にマグカップを回し、口に含む。鼻孔をくすぐるコーヒー豆の挽きたての香ばしい匂いを楽しみ、今度は口中に広げ転がす。酸味と苦みが程よく混ざっていておいしい。どれも絶妙なバランス。おいしくできている。85点。上出来、上出来。

ついつい理恵は滅多に笑わない口の端を上へ傾かせる。

「今日のこれ。配合がちょうどよい」

 カラになったマグカップを机に置き、ノートを拾い上げる。慣れた手つきでページをめくる。ペンを白衣の胸ポケットから取り出し、綴る。

「むぅ……もう少し、まったりとした味わいが楽しみたいな」

 これが今回85点の意味だった。出来栄えは良かったが、求めているのと少し的が外れていたり温度が温かったりとその日の気分によって求めているものは変わって結果このようになるのだ。

「ああでも、まったり系を出したいのなら、やはり……」

 一言自分に宣言すると、再びノートに綴る。筆が止まらない。止まることを知らない。ペンが止まるころにはページが4ページ目を終えようとしているところだった。いつの間にか図まで丁寧に描いているとは思いもしなかった。

次回のテーマはまったり系と・・・書き忘れることなく次回のテーマを書き綴って理恵はノートを閉じた。

 パタン―――。

「結局、また朝になってしまった」

 ため息交じりの吐息が窓にかかり、その場を白く染めた。

 彼女は新米職員というのはここだけで、ここ十数年前は地元の教師で担任を受け持っていた身だ。といっても、田舎町の方だが。

 田舎の方では、色々あって、色々あって、色々あったのだ。

 で、ここの理事長と名乗る人にここに来ないかと言われたので言葉に甘えて現在に至る。急な出来事で住む場所がなかったところを、ここを住み込み場所として構わないという懐の大きさに感動して、保健室を拠点としている活動している。理事長の方から部屋を用意してくれるとは言っていたが遠慮しておいた。だって、めんどくさいじゃないか年頃の餓鬼って。

 それにしても、なぜ起きているって?簡単。不眠症だから。田舎の時は自然と寝れたんだけど。やはり環境の違いというやつだ。眠らない街なんて言われてるくらいだからな。

 理恵は小さく欠伸をした。

 しょぼしょぼする眼を擦り、窓枠からベッドの方へ方向を変える。

 ベッドに眠る三人は静かで、実にうれしい。こうして仕事がはかどっている。といっても趣味の方でだが。

「昔はこういうのをかわいいと思えていたのだが、はていつからめんどくさいと思えるようになったのかな?」

 理恵は小首を傾げ、考えるが見当たらない。環境の問題だろう。さっきも似たようなセリフを言ったような?気のせいか。

 ふっと、鼻で小さく悪い、先ほど机に置いたマグカップを手に取り爪先をドアの方へと向き直す。

「もう一杯、コーヒーでも楽しもうかな……?」

 言下とともに、理恵はドアへ歩み寄る。

 ガラガラと、滑らかにドアがスライドし、開門する。

 給湯室まで遠いなと、愚痴りながら理恵は保健室を速足で出て行った。

 

 

 

 

「ううん……。―――ううん!」

 私が眼を醒ますと、柔らかい感触が背中を優しく包み込んでいて心地が非常に良い。昨日はなんとも思わなかったはずなのに不思議なことに今日はすこぶる良好だ。ああ、気分がね。

 寝起きもすっきりで、疲れが無い。けれど、気分とか身体的には問題無いのだが、反対に視界が揺らぐ、頭もぼーっとしていて気持が悪い。寝起きだからしかたない。

(さて、っと。起きるかな……?)

 よこいしょっと、少し年寄りくさいところを言語披露してしまったけれど、私は気を取り直して腕に力を集中させた。

 ―――持ち上がらない。いやいや、おかしいな。もう一回だ。

 腕をもたげようと力をこの上なく入れる。なのに、持ち上がらない。持ち上がらないのだ。はて、なぜ?

 私は眠り眼で視線を腕の方へ落とす。そこで私は気付く。というか、驚きで眠気が吹っ飛んだ。

 そこには二色の玉―――いや、玉ではなく髪の毛が腕に載っていた。右に赤。左に茶色。まさかと思い双方のベッドを見やる。正解。

 私の予想は案の定外れてはいなかった。彼女たちだ。綾陽と火織の二人が腕に添い寝しているのだ。実際頭の部分しか見えないのが残念なところと、かわいい寝顔を覗けないという意味と二十の苦。

 私は気持ちよさそうに寝ている二人に挟まれすんごくドキドキしていた。

 心拍数の上昇。現在進行形で右肩昇り。心臓から送られてくる血液が体中から溢れんばかり。

そして私の顔を赤色に染め上げた。

 ―――まずは、落ち着こう。こういうイベントはゲームとかマンガとかでしか楽しめないものかと思っていたが……じゃあ、なくて、深呼吸をしよう。

 ―――スーハー。スーハー。ん~~~良い香り。うん、落ち着かない。落ち着くわけがない。

 だって、こんな夢みたいなことが現実であってたまるもんか!!?

(私が女子にモテるわけがないっ!!!?)

 そう叫びたかったが、吐きだす寸でのところで、無理に喉に押し込んだ。

 夢だと思うんだったら、どこかをつねればいいんだ!―――って、両手塞がっているから無理だぁ~~~!

 この短時間で喜び、怒り、悲しみ、楽しんだ。まさに喜怒哀楽という四字熟語をやってのけた。て、こんな事をしている場合じゃあない。

 結局、私は何をしたいのか分からなくなったのが現状。彼女たちを起こしたいのか。眠らしたいのか。

 すると―――

「………ぅううん。……ん、ん……」

 唸り声というか寝言に似つかわしいものがうっすらと明日乃の耳を打つ。その声の主は右の腕を陣取っている火織のものだった。初めて、寝言を聴いた感想はかわいい声をしているんだなという素直なものを私は感想として上げてしまう。

彼女は黙っていても、黙っていなくてもかわいいという得するをタイプなのだ。彼女と第三アリーナで丁々発止中にひそかに気付いてしまった。ま、そこまでの余裕はこちらにもいかんせん無かったのだが、たまたま見れたみたいな感じだ。

 火織は私の腕の中で寝がえりを適当にしたのち。

「あ~す~のぉ~~~!」

 と、とても幸せそうな顔を浮かべた火織は寝言で明日乃の名前をゆっくりとだが呼んだ。―――一体どんな夢見てるんだか、しかも私夢に出ちゃってるんか。

 突然後頭部が痒くなったので搔こうと思ったが、二人が寝ていることを忘れていたのでその場しのぎでどうにかすることにした。枕で誤魔化すのが関の山か。

 実際やって見ても、枕がふわふわしていてあまり効果が出なかった。このかゆみをどうにかしたいから早く起きてくれないかな。かといって、自分から起こすのも気が引けるし、機嫌が悪いのはもっと太刀が悪いし―――。

 溜息を一回。意識を二人に集中し過ぎたせいで、周りが見えていなかった事に私は気づく。部屋がそもそも薄暗かったのだ。カーテンが昨日とは違って完全に閉まりっきりで、カーテンの裾から零れる朝日の光が保健室の床を照らすのと、籠る光で外が明るいということが分かった。つまるところ朝になっていた。もしくは昼時か。

「もう、朝なのか…」

「そうだよ」

「う、ん?」

 こちらに顔を覗かす赤毛の少女火織が、今まさに眠りから醒め私の眼前で楽しそうに微笑んでいた。正直なところ不意打ちを食らった。

こちらは受け身を取っていなかったので生返事を余儀なくされる始末。

「おはよ」

「え、あ、……おはよ」

「明日乃寝ぼけてる?」

「いや、ああ、今起きたばかりだからな」

 「お前も今起きたんだろ?」と返すと、火織は首を縦に頷かせた。

 にゃあといって、火織は自分の楽な格好に直し、明日乃に密着した。特に体と体を密着させてきて、火織は明日乃を抱きついてきた。徐々に力を入れていき離さないと言わんばかりの強さになった時、明日乃は心臓を酷く跳ね上がらせた。このとき非常に心臓に悪いということが分かった気がする。

まず、障害でこんなに人に抱きつかれることはあるのだろうか?多分ない。あっても一回。そもそも彼女の抱き方には特徴がある。何も目的のない空っぽのタイプではなくて、意図的にかつ驚異的パワーを秘めていたのだ。甘え慣れているとしか言う得ざるを得なかった。本当に驚異的だった。抱きつかれることに慣れていない私的には。

「どうしたの?明日乃?汗がすごいよ?」

「だ、大丈夫、だいじょうぶだから」

 身振り手振り…は出来ない上動くと綾陽が起きてしまう。火織はキャッキャッと、こちらの様子を半笑いでテンション高く、こちらの様子を探る。

「へ~そっ」

 短く吐き捨てたと同時にくるりと、反転。今度は内側に潜り顔を確かめることが出来なくなったが、時々眼をこちらに向ける彼女の行動に私の心は再びドキドキしていた。

「それにしても、火織。元気そうで良かった。昨日の姿が嘘のようだ」

 お前はどこの両親だ!って、自分が自分に突っ込んでしまった。それでも、八割近くは本当に心配していた。見ている当初はもやもやがひどかったけど、今となれば少しモヤが晴れた気がする。こうして今笑っているのだから。

「明日乃、お母さんみたい」

「そうか?火織のところもこんな感じだったのか?」

「ううん。私、その施設にいたから、これといったお母さん像はないけれど」

(悪いこと聞いちゃったな…)

「気にしないで。明日乃は何にも悪くない。悪くないんだよ」

 すっかり気が沈んでしまった私に励ましの言葉を送る火織の方が明らかにお母さんよりだった。彼女は私のおでこに手を添え優しく撫でた。

「お前の方がお母さんお母さんだぞ?」

「えっ、そうかな?」

「ああ、マジだったぞ!?火織はそういう器質があるのかもな。将来が楽しみだ」

 私は優しくそう言った。

 互いに正面を向いていて、今も彼女の掌が私の額の上にある中で私は真剣な面立ちで唇を震わす。真に受けた彼女は少し硬直し、我に返ったと思ったら、慌てて背をこちらに向けた。背中から恥ずかしさが蒸気とともに噴き出していた。なんでだろ?

 多分、あちら側からすれば不意打ちだったのだろう。無意識に行っていた行動がそうだと指摘されれば、誰だって恥ずかしくなるだろう。私もそうだ。

「不意打ち…不意打ちだぞ。あすの…」

「悪い」

 私は先ほど、火織がしてくれたように今度は私が火織の頭を撫でた。そしたらぼっと、何かが彼女の頭で着火した。まるでマンガみたいに。

「にゃっ、にゃに。な、なななにしてんの」

「いや、悪いなと思って。ほれ」

「にゃっ!?」

 もう一度、火織の頭を撫でる。撫でることは慣れているから何度でも撫でてやることはできる。こんくらいしかしてあげられないのが残念だ。

 受けの火織は借りてきた猫みたいにやけに大人しくされるがままな状態を保ち続けてきた。途中途中ビクンと体を震わす様子を伺うに慣れていないのがよくわかった。

「嫌だったら、嫌って言ってもいいんだぞ?」

「嫌じゃない。明日乃手はあったかいし気持がいい」

 そうかと私は短く返事をして、撫で続ける。

 こうしてる分、あの時の出来事が嘘のように感じられてくる。本当に人が変わったようだ。そう錯覚してしまう。

「火織……?」

「……ん?」

「生きていてよかった。本当に」

 世の中には変わった人間はいくらでもいるということを改めて私は知る。要するに人生楽しんだもんが勝ちっていうやつだ。

 一人うんうんと頷く中、一人プルプルと小刻みに揺れ、揺れが大きくなったと同時に彼女は勢いよくその場に、上半身を起こした。私はあまりの出来事に目を大きく見開いていた。

「どうした?」

「どしたもこうしたも、関係ない。どうして、私が死ななければならないのよ!?」

 そう、火織は背中で語った。

「いや、だから、そのまんまの意味だって。私の大事にしていた人が、物が眼の前で無くならなくて良かったって、言ってるんだ。……火織だって嫌だろう?眼の前でたった今出来た友人を失うのは?―――私は嫌だ。大切なものをこれ以上は失いたくはない。欲張りだけど出来れば全部守りたい。それが、火織に突き当たった理由。もしかしたら、この娘と仲良くなれるんじゃないかって、……そう思ったから、今がこうしてあるんだし……、火織と友達になれて良かったって・・・!」

 いつの間にか、真剣に話している自分がいた。つい拳まで握っちゃって熱弁している。振り上げた拳を見つめ、再度火織に視点を変える。

 先ほどまでの勢いは既に落ち着いており、どこか遠目で、思いつめた面立ちへと変わっていた。

「私は、明日乃に酷いことをした。もしかしたら、明日乃は死んでたかも!?―――知れないんだよ?」

「だから、どうしたんだって話。今ここに居るのは私。本物。偽物じゃあない。過ぎたことは仕方がないのさ。受け止めないと。失敗は誰でもする。失敗をしなくちゃ分からないものだってあるんだよ?……でも、火織はそれに気づけた。……でしょ?―――だからお互い様」

「―――――本当に許してくれるの?私なんか……?」

「ああ。まず私がお前を許す。それから、今回の被害者に謝罪をするんだ。本気で謝れば、分かってくれるって」

―――こういうのも青春、なんだよな。笑ってはいけないような場面でもあるが、私は思わず、小さく笑う。それを見かねた火織がプイッと、さらにそっぽを向いてしまう。

「ごめん。でも、これからは楽しい思い出をたくさん作っていこう?私がいるんだ。お前を不幸にはさせない。私はお前の最後の希望になる」

 一瞬火織の方が揺れた気がした。

「……く、……そ…、………約束だよ……!?」

「おう……」

 私は小指だけを立てた状態の手を前に突き出した。彼女は依然後ろを向いたまんまだったが、ちゃんと手を返してくれた。そして二人で指切りをした。

 彼女の指の感覚が残るうちに指を切った私は少し名残惜しいが、彼女との約束を守ることを誓った。―――最後の希望―――。なんか、恥ずかしいな。

 

 

 

 

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