IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第十七話 悲しきその瞳

 

 

 クラウンの作った朝食は非常に美味で、驚いていた。

 マンガやテレビの影響で、お嬢様は料理が出来ないと、根深く認識をしていた私の歴史は既に古いのかもしれない。そもそも、彼女がお嬢様なのかもわからない。―――残念ながらそこまで深く彼女に対して情報が得る事が出来なかった。

「明日乃?どうかなさいましたか?」

「いや。さっきの、同居人になってほしい話なんだけど……」

 結局、白銀の彼女は一人で生活していた。そこまでは分かった。―――ほかは秘密ですと口を塞がれてしまったが。

 概ね私の予想はあっていたに越したことはない、が……勝手に部屋を変えるのはどうなのだろうか?一様私は一連の事で、監視対象にされている。しかもいつ監視がほどかれるかもわからないと、――――独り言は置いといて。

 とにかく私は、食後にこの部屋の同居人になってほしいと彼女に誘われたのだ。

 ありがたい気持ちがある。とてもうれしい。―――でもそれって、綾陽や火織たちから逃げるみたいでなにか虫が悪い気がする。

 だから、考える時間がほしいという旨を彼女に伝えて部屋を出た。ちなみに一人ではなくクラウンも一緒に。

「突然すみませんわ。明日乃。無理な注文をしてしまいまして……」

「ああ、本当にびっくりしたよ。―――でも、すっごく嬉しかった!ありがとう。クラウン」

「いいえ。一人だとさみしいのです。ですから……」

 隣を歩くクラウンが不安そうな顔をした。口元に添えた掌が艶っぽくてもし私が男なら落ちていただろう。それくらい彼女は魅力的で、かわいいのだ。―――だから。

「そんな不安そうな顔すんなよ!…おりゃあ」

「きゃぅ!?」

 彼女の白銀の髪を撫でてやる。優しくというより少し乱暴気味。でもなんだか嬉しそうで。―――これが少しでも彼女の中のさみしさが和らいでくれたらと私は内心で思う。

「さみしくなったら、いつでもうちの教室来いよ!」

 私の教室に着いた。ついでに親指で教室を指し、強調した。

「わかりましたわ。明日乃。では私は隣ですので、後ほど」

 彼女は手を軽く上げ、隣の教室に飲み込まれるようにして消えた。

 彼女が消えてから私も上げていた手を下ろし、踵を返し教室に入った。というより、入ろうとしたところで私は驚愕し、硬直した。なぜならそこに綾陽と火織がいたからだ。

「よぅ…!」

「………」

 綾陽の虫の悪さは今日にも及んでいた。挨拶を無視された挙句、教室の中に消えていった。後ろ髪を見送りながら、私は背後で謝る火織を見て苦笑した。

 

 

 夕刻の時、私はいくつかの場所を転々と移動し、有り余った時間を潰し、早めの夕食を摂ろうと食堂へ赴くことにした。―――なぜなら、綾陽たちと接触しないためにだ。

 逆戻ること、朝の教室の扉の前――――。

 あれから、彼女とコンタクトを取ろうと休み時間中に声を掛けてみたりはした。だが、綾陽はそもそもご立腹なのか私の存在を完全にシャットダウンしているのか分からない状態だった。なので、声をかける前に火織を連れてどこかに行ったり、急いだ様子を見せその場からいなくなってしまうことがよくあった。詰まる所一回も彼女が引っかからなかったということ。

 昼時、またしても声は彼女に届くことはなかった。

 教室を出ていく後ろ髪が角で靡く姿を見て、盛大に溜息をついた。

(また駄目だった……)

 肩を落とす私に背後から火織の声がした。実の申し訳なさそうで、それでいて彼女自身にも元気がないことから、参っているのだろう。

 そんな私が火織に何と声をかけたらいいのか正直分からなかった。

 でも、最初に声をかけたのは自分でも驚く事に、私の方だった。

『どうした?』

『本当にごめんね……?明日乃。わた、し……』

 今にも泣き出しそうな弱弱しい声音。大きな彼女のチャームポイントである瞳には大粒の涙が今にも零れそうで――――。だから、そんな彼女の気持ちを先読みして声をかけたのではないかと私は思った。

『き、気にすんなよ…!お前にも迷惑かけちまったしさ。はは。―――でさ、あいつ最近どうなんだよ?意地張ってんのか?やっぱり』

 こくんと、火織は指で涙を拭いながら縦に頷いた。―――なるほど、やっぱり意地か。

 なぜ彼女にこんなことを聴いたかというと姉として心配しているのだ。

 学校じゃ顔を合わせる度に適当に声をかけているが、当の妹―綾陽は私を無視して、通り過ぎてしまう。そして後ろで謝る火織の姿を見て笑うという光景が記憶に新しく、記憶に強く印象を与えている。

『ありがとな。火織』

 そう一言お礼を述べ、私は彼女の頭を優しく撫でた。撫でながら、走馬灯のごとく、今まで三人で過ごしてきた記憶が蘇ってくる。常に笑う二人の顔が私の胸を痛める。

 火織は友達思いで、いたずらが大好きで、常に私たちを楽しませようと頑張って来てくれた。そんな火織が今笑っていない。泣きそうで、泣き出しそうで。でも、私はどうしたらいいのかってそれが分からなくて。

 だったら、私はもう一度火織を笑顔にして――――。してしまえばいい。あの娘は元気でなんぼじゃあないか。火織が笑っててくれなくちゃあ、調子が狂うっつうの!!―――私は彼女の笑顔が好きなんだ。

『火織、すまない・・・』

 今に弱っている火織に対してのすまないと、綾陽の存在に気付かなかったことへのすまないという二重の意味を併せ持った言葉だった。―――と、座ったままだが、深く頭を下げ、ゴンと机に頭をぶつけた音が響いた。

『いいよ。…私だって、綾陽を止められなかった、んだし……これって、お互い様って奴じゃあないかな?』

『いいの、か???』

『うん。―――でも、次こんなことをしたら許すものも許さないからね!?』

『ああ、なるべく、綾陽と和解するからさ―――それまで、あ、あいつのこと頼む……!この通り』

 私は綾陽に対する旨を話し、その場でもう一度深く頭を下げた。それに、火織が話している時に背後に現れた般若みたいなのが私の中でなるべく話をつけようと決心させたのはまた別の話だった。

 

 

 午後の授業が始まる前に綾陽は戻って来た。先ほどの火織との約束を果たすために私は綾陽に声をかけたのだ。―――が、彼女は全て分かっていた。否、彼女は最初からこうなることを計算に入れていたと言うべきか。

 高揚した私はいつものような感じで彼女に声をかけた。だがしかしだ。

『私は怒ってなどいません。笑っているでしょう?―――火織に何か拭きこまれたんですね?』

『お、おい綾陽どうしちまったんだよ?!眼が……』

 いざ声を聴くとなると、彼女はいつもの彼女に違いが無かった。が、眼が死んでいた。正確に言えばハイライトが失せていたのだ。私は震えた。武者震えをしていた。―――そこに違和感があったから。

 それでもと両肩を掴んで、旨を聴こうとした――――そんな時、授業の始まりを告げる本鈴が鳴り響く。と同時に織斑先生が教室に入って来た。

 私も仕方なく、綾陽の肩を離すと織斑先生に注意を促された。釈然としない気持ちを隠し、大人しく席に着いた。―――そのあとも先ほどの綾陽の様態を何度も思い出し、その度に織斑先生に叩かれた。

 

 

 放課後。―――綾陽たちはそそくさと教室を出て行ってしまった。結局、あれから昼間の綾陽の様態が何度も脳内でリプレイされ、それが軽いトラウマとなって声をかけられずにいた。彼女のことを考えると手が無意識に震えるからだ。

 それからはというと私は昼間の一件をずっと引きづっていた。あの時何と言えばよかったのか、追求するべきだったのか?―――震える手を強く握って誤魔化した。

 いつまでも教室で黄昏ているのも自分らしくないと思い、教室を出て転々と時間をつぶせる場所を探した。

 

 

 夕食の時間(一般)にしてはまだ早く、周囲を見渡せば、点々と座っているのが目立つ程度で、席には何の困りもなく座れそうだ。

 私は販売機で食券を買い、食堂もおばちゃんに出した。頼んだのは月見うどんと揚げ物の盛り合わせだ。

「月見に揚げ盛りね。はいよ」

 盆を手に取り、出来上がるまで少々待つことになった。この調子だとすぐに出てきそうだ。

 おばちゃんがうどんの玉をゆがき始めるころ、私の横に一組の女子がやってきた。皆目無視で、おばちゃんの後姿を見つめていた。―――ついでに、早朝のクラウンのことを思い出していた。……まあ、クラウンに失礼だな。苦笑。

 ちらつく声音に私の耳は自然と傾いていた。おばちゃんが調理中に歌う鼻歌を聴きつつも。―――会話の内容までは聞き取れないが、声は聞き取れる。そう。聞き覚えのある声だった。

「・・・?」

 疑問符を頭の上に散らつかせた。視線はそのままおばちゃんで、会話を聴いていただけで、なにを動揺しているのだろうか。まだ、顔とか見てないし、そうと決まったわけではない。そう断じて、そう決まったわけではないのだ!!―――もしかしたら、一違いなこともあるし……。

(なんだか、要らぬ気を巡らせ過ぎてしまった……)

「はい、月見と揚げ盛りね!」

 今まで考えていたことを吹き飛ばすくらいのおばちゃんの威勢のいい声だ。それとおばちゃんスマイルに反射的に笑顔を返す。月見うどんは相変わらずとして、この揚げ盛りは一つの楽しみであった。皿に盛られたのは唐揚げ、天ぷら(魚介類や野菜もの)に、高さ十センチはありそうな筒上のかきあげなどの匂いに食欲をそそられる。

 素早く盆に載せ、席に向かおうと足を動かそうとした時に尻目で確認をした。

 どうやら、人違いではなかった。栗色の長髪を腰まで流し、楽しそうに話す姿はどこか愛らしく、立ち姿も背筋が伸びすらっとして見える。元々が細いので尚更だ。

 かわいいというのもあるが、彼女は少女から大人の女性になろうという段階を昇りつつあるのは一目瞭然だった。

 彼女は会話に夢中でこちらに気づくことはなく、それに私は昼間の違和感を思い出しつつ窓側の席で一人食事を摂った。

(綾陽のやつ、楽しくやってんじゃん)

 そう会話をしていたのは紛れもなく私の妹である綾陽だった。決定打になったのは後ろのツンツン頭の火織の存在だった。

 

 

 ―――でもこの時は楽しそうに笑っている顔が偽りの綾陽の顔だということを私はもう少し後に体感することになる。

 

 夕食後、火照った身体を冷やすために屋上に来ていた。

 涼しいとは程遠い風が頬を撫でる。といってもこれはあくまで一般的な感想で私にとってはちょうどいい風であった。

 白い息を吐き、空を仰ぐ。真っ暗な空は眼前に広がる。

 昨日同様、曇りなき良く星が見える空だった。―――ふと、クラウンのことを思い出す。本日二度目だ。

(昨日、ここで彼女と出会ったんだよな……)

 

 白銀の髪を夜風で靡かせ、色白い肌が月明かりで更にほのかに輝く、翡翠色のまさに宝石のようなその双眸は私をしっかりと射止めていた。一言で表すなら―――降り立つ場を間違えた天使。非常に幻想的で緊張感を覚えるほどだった。

 

「明日乃?」

「飽くることのないその容姿、に・・・」

「明日乃?」

 ―――って、何言っちゃってんだろ――――?!

 我に返ると、最初に私の名を呼ぶ声がした。

 聞き覚えのある優しくかつ力強い声音。その声の方向へ身体を向けた。

 月を背に、彼女―クラウンは微笑んでいた。実に絵になる一枚だ。私は指で長方形を作り枠に彼女を収めた。

「どうしたのですか?明日乃」

「クラウンは今日もここで月見か?」

「今宵も美しい月ですこと…!」

「そうだな。昨日と一緒だな」

「なにか、考え事をしていたみたいですけれど?」

「ああ、クラウンのことを考えていた」

 一瞬、クラウンは眼を見開き、驚いたような表情を作り、頬に手を当て、目線を彷徨わせていた。

「わ、私のことを考えていたのですか?」

「ああ、どこか急に、な!」

「そうですか……?」

「ああ――――なんだか、急に恥ずかしくなってきた……言ってることをよくよく考えなおすと・・・」

 私が自分の言動に違和感を抱いたのはクラウンが頬を朱に染め、少し歯切れが悪くなったときのことだった。一字一句思い返すと発した言葉がそれなりに意味を持ち、場合によっちゃあ、誤解を逃れない一言だったりする。今、それを追体験すると顔、耳まで真っ赤になっていた。

 そこで、掌をうちわのように煽いでも何の意味ももたらさなかった。

「そうですわね。今までそのようなセリフを幾度となく聞いてきましたが、やはり明日乃の言葉が一番心に届きましたわ」

「そりゃあ、どうも。……ってか、どんだけいわれたんだよ!!ふふ。あっ、一ついいか?」

 クスクスと口元に手をあて、お上品に笑うクラウンの頬はまだ赤く、それでいて少し艶っぽく見えてしまう。

 私は彼女の笑いが引いたところで、クラウンが言った言葉を拾い、投げ返した。

「なあ、クラウン。今の言葉なんだけれどさ。もしかして、お前はどこかいいところのお嬢さんなんじゃあないかなって、私は思うんだけれどさ……?」

「確かに私は、良いところの育ちですわ!―――私の名はクラウン・ヴィクターですわ。IS学園理事長のジェイル・ヴィクターの娘ですわ」

「――――やっぱり、そうか。だよな~~。こんなにしっかりしてるもんな」

「明日乃はヴィクタ―社を御存ですか?」

 

 

 ヴィクタ―社。――――ジェイル・ヴィクターが創立させたIS関連会社の一つにしてトップに君臨する大手企業会社だ。その方針の主になるのが、天災と称された篠ノ乃束と唯一肩を並べる事の出来るジェイル自身が作るISだった。彼の作る作品はハイスペックにおいて、誰でも使えるのが売りで、注文は十年待ちとか。

 ジェイル自身、甘いマスクを持ち紳士で優しく、そして口が巧妙でこれまで数多くの人の心を鷲掴みにしてきた。

 爆発的ヒットを何度も世に排出し、瞬く間に頂点に君臨した。

 最近では福祉関係にも手を出し、ISに搭載されている機能やシステムを応用したものを五体不満足の方たちに提供している。

 

 

 と、クラウンから聞いた内容をざっくりとまとめてみた。

「にしても、すごいな。社長の娘は」

 クラウンは私の聞きたかった旨を察してくれかつ必要以上に話してくれた。まるで、昨日初めて会ったとは思えない信頼度を指していた。少し申し訳ない気がしたがいつか返さないとな。

 最終的には彼女の愚痴を聴くこととなったが、これが思った以上に面白くついつい話し込んでしまった。

 すっかり冷えてしまった私たちは何発も風を喰らいクラウンの口から提案が出てきた。

「そろそろ、部屋に戻りますか?」

「おう、そうだな―――ここに長いしたら風邪をひいてしまう」

「決定ですわね!」

 言葉の意味が分からず私は小首を傾げた。

 クラウンが口元に手を当てて、片眼を瞑る。

「口は災いの元!……ですわ!明日乃」

「わ、わかった…。今夜だけだぞ―」

 仕方なく、彼女の言葉通りに従う。―――自分でも気づいていたけど、まずこんなところで寝たら即風邪ひく。だから、屋根がある部屋で寝れたらそれはとってもうれしいなって・・・。

 力なく立ち上がり、お尻をはたく。既にクラウンは私の眼に入る距離には姿はなく、その数秒後に私を呼ぶ声がした。とても、歓喜に満ちた声だった。

 苦笑する私の眼前に既に踊り場に立つ人影があった。クラウンだ。

 彼女は笑って、こちらに手をブンブンと振っている姿からに大変ご機嫌なのだろう。またも苦笑し続ける私。まさに相対的にどこか面白くなってきた。

「明日乃~~~。遅いですわ!!早くしないと夜が明けてしまいますわよ~~!」

「わ~~~ってる。てか、まだ夜は始まったばかりだっての!!」

 クラウンは早く来いとジェスチャーで私に早く来いと促してくる。

 吊られるように彼女のもとに行くと、よくできましたーっと、背伸びをして、私の頭を彼女は優しく撫でたのだ。それがどことなく懐かしくて。

 

 

 

 ―――つい、過去に浸るのだった。

 

 

 

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