「事務局って、何時までやってんだ?」
「日が暮れる前には、閉めてしまいそうですわね?」
「そうだな。なるべく急ぐとしよう!」
「そうですわね!」
今朝の遅刻の件で、グラウンドを走ることを選んだ私、それにクラウンは一時間ほど掛けてメニューを消化させ、そのままの勢いを殺さずに事務局へと向かうことにした。
用件はもちろんクラウンが汚したベッドの件についてだ。
廊下は走るなと教員に見つかるとそう念を押されそうなので、早歩きで歩いていた。本来なら制服で、のところを学校指定のジャージのままで向かうのは大丈夫だろうか?二人して制服の中に生徒手帳を入れっぱなしで、事務局の時間帯が――――多分書いてあると思うが―――分からずじまいで、結局とりに行く時間も惜しいという意見も二人の中であったのでそのまま向かうことになったのだ。
盲点だった。一月もいるはずなのに、事務の空いている時間も把握しきれておらず、クラウンを困らせてしまった。―――彼女はどこか楽しそうな雰囲気を醸し出している。
「クラウン。ごめんな?」
「なぜ、謝るのです?」
「君をリードできなくて―――」
「それでしたら、私もですわ!―――特に今日は明日乃を酷く困らせてしまいました。その点においてはおあいこでどうでしょうか?」
これからは気を付けていこうと改めて再認識をする一瞬であり、彼女の器の大きさを確認する一瞬でもあった。
私は歩む速度を落とし、一度俯き、顔を上げると微笑んだ。
「はぁ。クラウンは器が大きいな……。本当に」
「そうでしょうか?」
小首を傾げ、手を顔に付くところからすると自覚がないようだ。それを見て微笑をした。
昇降口から事務局までの距離はまずラウンジを抜けるとT字に分かれる。左手の方まっすぐ伸びた廊下を進むと私たちが使用している教室より少し小さめの部屋が現れる。
カウンターがあり、半面をガラス張りで覆っている。その中で、動く人影が私たちのきている制服とは違う、ブラウスやラフし過ぎない恰好を身に纏っているところからここが事務局であることを頭が理解した
さっそく、近づきコンコンと軽く二度ノックした。
中では手の離せない―――電話への応答。書類の整理。PCで書類を作成している―――が音には反応して見せたが忙しいと言わんばかりにわざとらしく振舞っている。その中で一人がこちらに向かってきた。―――女性で、年は二十代後半と思わしき容姿の人だ。ここで私が初めて見た人でもあった。
「どうかなさいました?」
「あの~~」
「明日乃。―――私が説明しますからいいですわ」
「お、おう」
女性のハスキーがかった声に反応しようと前に出たのだが、クラウンが一言私に添えると前に出た。
私はそのまま、後ろに下がりなるべく彼女の邪魔をしないように遠ざかった。
二人で話すよりかは合理がいい。と判断したのだろう。
小さいながらにも彼女の声が聴こえていた。腰は低めで相手に下手で要望を連ねていく。
相手も何度か頷いているから脈ありと見ていいだろう。
やはり彼女の性格は相手を怒らせないタイプらしい。なるべく平和的に済ませたいのだろう。それがこちらにも伝わってくる。―――数分ほど時間が立ち、話し合いがついたようだ。そして、これから部屋を視察に行くといい私は二人の後ろに付いて行くことになった。
「これですわ」
「これは、酷いですね……」
「この場合って、どうなりますか?」
三人が部屋に入るなり、まずお出ましになったものは干からびたベッドだった。これはくどく言うがクラウンが一人で出した血の量で染めたベッドだ。
丸一日放置というわけで、少し匂う。
事務の女性―――確か三嶋さんと言っていた―――が訝しい表情でベッドの周囲を徘徊していた。時に、シーツや毛布をめくってみたり、何かを確認している素振りが見受けられる。それをメモに取り、数分間ぶつぶつと唸りながら、一人頷いていた。そして、なにかの区切りがついたかのように息をふぅと吐いた。
「―――どうでしょうか?三嶋さん」
少し遠くから見詰めていた私たちはタイミングを待って聞いてみた。
「そうですね……」
目線はあくまでメモにとどめたまま、ペンを何度か顎に当て私の質問に厳しそうに答えた。
「シーツも、その下のマッドも結構やられていて、ベッドを代えなければなりませんね……。どうしますか……?」
想像から現実になった。無理もないか……。ベッドを代えるとなると費用だってかかるし……ここはクラウンと相談しないと―――。
「ベッドを取り外してくれませんか?三嶋さん」
「はぁ―――それで、よろしければ、可能ですが。でも、一つで大丈夫ですか?」
「はい!大丈夫ですわ♪」
「……ちょっ!―――クラウン!?」
「一つでも構いませんわ!」
「ですが、一つを二人でとなると危ないのでは?」
「そこは、問題ありませんわ!既に実証済みですので!」
その言葉を聞いた瞬間に、私の脳内でその出来事がリプレイされる。
「そ、そうですか・・・?」
三嶋さんの表情が引き吊ったように見えたのは私だけだろうか?
それに対してクラウンがほくそ笑んだのもまた私の見間違いなのだろうか?―――ということははなからこれが目的だったのだろう。あえて、汚し、そして回収させるために巧妙な罠を仕掛けたということなのか―――どうして、こんなことを?……なにか裏がありそうだ。
そのあともトントンと話が流れて私の干渉が聞かなくなったことで、部屋に黒服を纏った大男たちがベッドを片づけていった。流れるように持っていかれたベッドとこのことを報告しなくちゃと三嶋さんの部屋から出て行ったしまった。―――残ったのはそのベッドの跡とスペースだけだった。
とりあえず、落ち込んでいる間もないのでこのことを保留とし、次は職員室に、と思ったのだがまずは更衣室で着替えなくては―――。
「あ~、結局ベッドは一つのまんまか、というわけか~~」
「なにか、御不満でも?」
「いえ、なにも~」
―――それは数時間前に起きたこと。クラウンが汚したベッドがこの部屋から無くなり、すっきりとした。ベッドの跡地で残った跡を撫でながら感傷に浸っていたが、それは数時間前のことで、今は一つとなったベッドを見つめるばかり、もちろんこの部屋の主がクラウンだから文句は言えないのだけれども。それに他にもやることがあったのだからもちろん保留となった。―――そういって、部屋を出た。まずは制服に着替えに行ったわけだけど。
―――更に遡って、グラウンドにてメニューを解消していたとき、隣に肩を並べ一緒に走っていたクラウンに相談事をしていた。
一つは学級委員を決めるために私とセシリアが決闘をすること。
もう一つはそのセシリア戦に向けて、一緒に手伝ってほしいことがあると誘いをしたことの二つだった。
あとは彼女の返事を待つだけだ。
けれど、返事をもらう前から答えは彼女の行動に出ていた。
制服に着替え終わると私が何も言わずとも職員室に向かい、ISの使用許可をとりに行ってもらたり、色々と歩いてくれた。おかげで予定していた時間を大幅に削減できたのには間違えがなかった。
そして、夕食はさすがに何から何までやってもらったお礼に私が奢ることになった。せめてもの感謝の表れだ。
私と同じ焼き魚定食を頼み、席に着くと焼き魚の焼き目が食欲をそそる。
「さ、食べようぜ!?」
「「いただきます!!」」
両手で合唱をし、いただきますと唱和。
箸をとり、焼き魚をさっそくつつく。
流暢に箸を扱うクラウンの姿は何度見ても新鮮だ。ここで本人にポロっと言ってしまうと動揺して食べれなくなる。―――私なりに言葉には責任と学習を持ち合わせた結果だ。つまり黙って、見てるんだけど。
動いた後ということもあるので、食事はすぐに片付いた。
食後のお茶ということで彼女に渡すとおいしそうに飲んでくれた。これもまた、不思議と新鮮なのだ。
少し落ち着いたところで、私は先ほどの相談の件を持ち出してみる。
「クラウン。さっきの件なんだけど……」
「わざわざ、聞く必要ありますか―――?」
クラウンは口を濡らすようにお茶を飲んだ。
倣うようにして私も飲む。
「―――って、ことは。OKでいいんだよな?」
「もちろんですわ♪明日乃にはこの際学級委員にでもなってもらいたいですし」
「だよな……!」
相槌を何度か返していると、クラウンが協力してくれる。と首を縦に頷かせてくれた。―――これほど、嬉しいことはなく、つい口元がゆるんでしまう―――。
「そんなに嬉しいですか?」
「もちろんだよ!―――ありがとうクラウン!!」
「明日乃は思っていることが顔に出て、分かりやすいですわ!」
「あはは……。本当にうれしくて」
「そう」
「こんなにうれしいことはないくらいにな!」
「―――でも、やるからにはちゃんと勝って下さいね?」
先ほどから冷ややかな氷を思わせるような彼女の態度とは裏腹に、手元を見やるとその手は震えていた。―――なんだかんだで本人も楽しみにしているようだ。あくまで私の見解だけれども。
「じゃあ、さっそく!」
「今日は座学です」
「くっ―――。お手柔らかに」
クラウンがお茶を一気に飲み終えると―――。
「何を甘えたことを言っているのですか?私のは我流です。―――我流であなたを強くして見せますわ」
部屋に戻って来た私たちはさっそく座学を始める。
特に必要なものはなく、一対一の対面方式をきっかけとし、会話の中でイメージを掴み取れとのこと。
四の五の言わずとも、既にそれは始まっていて、問題を出すのはもちろんクラウンで応えるのはもちろん私だ。その会話の中で時々質問を返せとのこと。――授業の復習にもなるし、一石二鳥だ。ただただこうして教科書を見つめているだけでは頭に入らない私でもこれなら頭に入るかもしれない。それほど、彼女の口は巧く、引きこまれるものだった。
ついつい話し込んで、消灯時間まで残りわずかとなった時。
「―――そろそろ、終わりにしましょうか?」
「ああ、そうだな」
「明日は座学と使用許可の出たISを使ったことをしようと思います」
「わかった。ありがとな?」
彼女は一言述べると、浴室に吸い込まれてしまった。つまり、考えずとも風呂に入ったということが分かる。
腰をベッドに下ろし、背中を預け、寝転がった。
「ISは物ではなく、パートナーか……。そういえば授業でもそんなことを言っていた気がする」
その言葉を口ずさむと、山田先生の授業風景が蘇る。なぜなら、先生の授業を受けているからだ。当たり前のことを言えるようになったものだと自分でも感心してしまった。―――ここ最近は授業に参加しているのだ。少し前は綾陽や火織なんかと付き合っていたのもあり参加より寝ていた方が強い。そのたびに織斑先生の名簿が頭を打って…。
―――今は少し懐かしいことで、いつかは元に戻る日が来ると信じて。
セシリア戦まで残り三日―――。
昨日予告されていた通り、ISを使った実戦形式でクラウンと交えた。
朝と放課後の二回アリーナを使って特訓をしている。まだ一回もクラウンに勝てず、一日が終わろうとしていた。
二日目になるとギャラリーが付いてきた。
それでもお構いなく、刃を交える。今日は根を詰めて、あちこちが痛い。
けれど、その時その時にクラウンは私にアドバイスをくれた。悪いポイントが圧倒的に多く、直すまでは時間がかかりそうだ。
さすがに一朝一夕で力は手に入らない。無理にオーバーワークをして身体を壊すのも心配の元になってしまう。だから、無理はせず、クラウンから言われたことに気を付ければ多分―――いや、大丈夫だろう。
三日目。今日がセシリア戦に向けての一区切りとなるわけだ。
今しがた緊張してきた。
「明日乃?―――今日は用事がありまして、特訓に参加することが出来ませんの」
「そっか、残念だな……。わかった、私の方でも出来る事をやってみる」
「くれぐれも無茶はしないでくださいね?―――約束ですよ?」
そう言い残すと、走ってどこかに向かっていくクラウンを見送って、私もやるべきことに努めることにした。