「藤崎。これ(HR)が終わったら、理事長室に行け。お前に話があるそうだ。もちろん、お前には拒否権なんてない。これは絶対命令だ」
「――はい。藤崎さんにはこの後理事長室に行ってもらいます。用件は、理事長が藤崎さんとお話がしたいと……」
HR(ホームルーム)がテンポよく進んだおかげで、いつもより早く終わった。ところが突然私の名前が呼ばれた。
用件は以下の通りで、私には心当たりがある。というよりもいつ呼ばれるのかという点で昨日の夜から考えていた。やはり、早めに手を打ってきた。この耳飾りの件について。
窓側に私の席はあり、差し込んだ陽光がこの耳飾りを一際輝かせた。
子犬のような目線を浴びせる山田先生を横目に私はそんな事だろうと、軽く返事を済ませ、席を立つ。
なにより動揺していたのは私より周囲の女生徒たちだった。多分皆気が付いているのだろう。私の異変に。そして自然と耳飾りを撫でる。
やはりそれは昨日が原因であった。
倉庫にて久遠と呼ばれるISを起動させ、まんまと操縦者になり、フィッティング、パーソナライズを済ませた。ともに調整を行ってくれたのは他でもなくクラウンであった。どうしてあの場所に現れたのかはあの時感じてしまったがそれは日が経てば聞くチャンスは自ずとやってくるものだ。
そして待機モードが左耳にイヤ―フックとして収まった。蒼く輝く重厚な作りはなぜだかしっくりとくる。だが、今日はなぜだか髪をアップにしてしまったためにか教室、いや色々なところでお披露目となってしまった。あまつさえ校則上ではアクセサリーを身につけるのは禁止となっている。―――だからだろうか。
「さあ、藤崎さん。準備は良いですか?」
「ああ、はい」
いつもはあまり頼もしいという感情はないのだがこの時は少し、頼もしいと思ってしまったが、すぐに撤回をせざるを得なかった。
それは性というのだろうか。ドアのレールに足を引っ掛け、転んだのだ。さっきまでの勇ましい姿はどこへやら。クスッと笑う。
「笑いましたね?」
「はい。クスッ。すみません」
「恥ずかしいので笑わないでくださいね!」
「はーい……」
よほど恥ずかしかったのだろうか、顔を真っ赤にして、少し俯き気味でせかせかと教室を出ていく。それに無言で付いて行くついでにドアを閉めた。律儀ではない。
教室を出るまで、あちこちから聞こえる喧騒は私一色だったのは言うまでもなかった。
周囲のガヤが無くなると、少し身体が楽になった。どうしてクラスメイトが茶地を入れてくるのか正直分からなくもない。もし同じような立場なら私も似たようなことをしているだろう。
長い渡り廊下を歩き、階段を昇る。最上階まで行って、そこからエレベーターを使用し、またまた最上階まで昇ると、理事長室がエレベーターのドアが開いたと同時に眼前に現れる。
さらに香ばしい匂いも対となって、明日乃と山田先生の鼻孔をくすぐる。
「いい匂いですね。藤崎さん」
「そうですね。山田先生」
二人して共感を得ていたのも束の間で、この匂いの発信源はどうやら理事長室から発せられていると私とおそらく山田先生は印を踏んでいるようだ。
とりあえず、まずは部屋を入ることから始めなくては。
そう思い至った後、最初に行動に出たのは山田先生だった。さすが教員。
チョコレート色のドアにノックを二回。間もなく返事が返って来て山田先生が謙遜気味に部屋へ。
「失礼します」
「……失礼します」
ドアを開くなりまず目についたのが、男性がいたということだ。もちろん彼の存在を知ってはいるがまさか本物に出会えるとは思ってもいなかった。―――ジェイル・ヴィククターがそこにいた。
執務席を立ち、鼻歌を歌い、適当に揺れていた。そんな人物が眼前にいた。
「お待ちしていたよ!?藤崎明日乃君!?」
「ど、どうも」
白いスーツを身に纏ったジェイルが歓喜の声を上げて、腕を天に捧げながら、私の歓迎をしてくれた。
チン!
「おや、ちょうど焼けたみたいだ」
長身が一瞬にして、机に隠れてしまった。すると、鋼色の型を緑色を主とした鍋つかみらしきもので掴んで、むくっと立ち上がる。その型を専用のナイフで中身を削ぎ落とす。大きめな皿の上にその型を落とすと香ばしいにおいとともに金色のスポンジケーキが現れる。彼のそのあとの行動は実に圧巻とするものだった。
そこに現れたのはホールのショートケーキであった。
「すまないね。今日はお客さんが来るという―――より、私が呼んだのだけれど、何もおもてなしをしないのは失礼かなと思ってね。私の趣味であるスウィーツ作りでも、と思って。どうかな?」
棒立ちになった山田先生と私は顔を見合わせて、笑い合った。それに答えも出ていた。
「「いただきます」」
見事にハモったのだ。理事長もクスクスと手を口元に添えて上品に笑っていた。
彼を改めてみると、クラウンの父というのが全面的に出ているような気がする。この気さくな感じがとても彼女と重なるところがある。
外観でも目立つのは髪だ。白銀の髪は肩をくすぐる程の長さをもち、それでいてさらさらと流れている。揺れる度にそれが強調されるからだ。
続いて、漆黒色の瞳は白銀とは対照的でどこか神秘的に思えてしまう。吸い込まれそうなその瞳はやはり彼がかっこいいからだろうか。
甘いマスクに、長身、そして紳士と聞くに情報は誤ではないことがよくわかる。
しばし、見とれてしまう。
「どうしたのかな?」
「すみません」
「こちらにどうぞ。山田先生もどうぞ?」
一度謝ると、彼に促されるように案内された席に着いた。真っ赤な絨毯の上を歩くと、気分は女優になったようだった。
「飲み物は……コーヒー?それとも紅茶かな?」
「じゃあ、私はコーヒーで」
「私もコーヒーで」
二人からのオーダーを聞いたジェイルはウェルダーを呼ぶかのように天に腕を預けるとパチンと指を鳴らす。綺麗な音が響いた後、奥から物音がした。かちゃかちゃとカップが揺れる音、それが徐々に近づいてきて、持ってきた人の正体がそこで判明する。
「ごきげんよう。明日乃」
「クラウン?―――クラウンじゃあないか?!」
勢い余って、立ち上がってしまう。ついでに席も倒してしまった。クラウンは動じず、一つ笑うと私たちに飲み物を淹れてくれた。コーヒー豆の香ばしい匂いを思い切り肺に吸い込む。それだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
カップに口を付け、一口頂くと―――。
「おいしい……!」
その一言に限る。
普段はあまり苦味があるものは避けてきたのだが、今日ばかりは少し見栄を張り、頼んでしまった。後悔をしていたのだが、それを巻き返す味であった。
口中に広がる苦味はコクがあって、後味はすっきりとしていた。これはもしかしたら、決め手の一杯かもしれない。
「クラウン。おいしいよ」
「良かったですわ!明日乃に喜んでもらえて♪」
そのあともコーヒーだけで一杯を飲みほしてしまった。それほど、この一杯は私の中でコーヒーという概念を捻じ曲げた逸品であった。
コーヒーに興味が湧いてきたところで、隣に座る山田先生がクスクスと笑うのだった。
「どうしました?」
「藤崎さんはそういう風に笑えるんですね?」
「私、変な風に見えてました?」
「多少は……。でも、今は新たな一面も見れて嬉しいです」
(嬉しいですか……。ちょっと照れるな)
照れ臭くなった私はカップを視点に黙り込んでしまう。
それから、時が過ぎて。山田先生がそろそろと、席を立った。私も釣られて立とうとしたが理事長の言葉で、私は席に再び腰を下ろした。
「理事長。私はここでお暇させてもらいます」
「ありがとう。楽しかったよ」
「では、失礼します」
山田先生は腰を折ると、部屋から出て行ってしまう。
「あのぉ、私は―――?」
「ああ、用件がまだだったね。これから話すとしようか」
ケーキが載っていた小皿はからであった。もちろん食して無くなったのだが。
「私も席についていいですか?」
「もちろんだよ」
コーヒーを入れた透明なポッドを私たちが座っている丸机の中心に置き、空いた席にクラウンは席に着いた。
全面ガラス張りに覆われているこの空間は、やはりこの学園に位置する最高の場所である。故にそこから眺める景色はさぞかしきれいであろう。私たちが座っている丸机の配置場所はまさしくそんな景色の一部を一人占めできる場所に設けられていた。特に私の席は格別であった。
「さて、君を呼んだのは他でもない。君がここにこうしているのは分かるかな?」
「―――はい。それは、これですよね?」
彼の言いたいことを汲み、左耳に飾られたイヤ―フックを見せた。きらりと一回輝く。それは返事をするかのように。
「分かっていたんだね。こうなることも?」
「はい。昨日の段階でこうなることはある程度予想は付いていました」
「ふふっ。さすがだね。藤崎明日乃君!――彼女の見込んだ通りだ」
ジェイルの手はクラウンを指していた。それを眼で追う。
「じゃあ、彼女が私に近づいてきたのは、あなたの策の一手ですか?」
「いいや。彼女の意志だよ。―――まあ、私は君が入学をする前から気にはしていたがね」
「それは嬉しいですね」
二人とも変化はない。落ち着いた様子で、口元を濡らしていた。
ジェイルは子供のような表情で、私が質問をしてくるのを今か今かと待ち遠しくしていた。
「他には?」
「えっと……。そういえば、どうして私を知っていたのですか?」
そういえばと言葉を拾い、投げ返した。
「君の両親は何をしているか知っているかい?」
「はぁ……?」
「その感じだと、知らないととった方がよさそうだね。君の両親のことだけど、実は私の社で働いているんだ。もちろん、設計から色々と幅広い活動してもらっているよ」
「そうだったんですか?」
「そう。二人はかなりの熱心家でね。そのせいで君たち二人と接する時間が取れないみたいだけれど」
「まったくです。でも、知れてよかったです。そっか―――」
少し呆れた感じで、でもなんだか嬉しくて、この気持ちは何だろうか。
とりあえず心当たりが無いので、コーヒーを口に含む。ちょうど、カラになって、クラウンが席を立ち、注いでくれた。湯気が上がり、コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。
「明日乃の顔、少し緊張がほぐれましたね?」
コーヒーを注ぎながら、クラウンは私の感情を肌で感じ取ったのか、聞き返してきた。
言われてみれば、確かに気にはしていたが、理事長から事情を聞いたとなると、少し安堵感に包まれる。
「理事長。もしかしてなんですけど―――これと関係アリますか?」
私が耳飾りを理事長に見せつけると、首肯した。
「ああ。それを作成したのは藤崎夫婦だよ。それが出来上がったのは君が入学する前の―――ー週間ほど前かな」
「本当に最近なんですね」
「私にもおかわり」
「はい」
ちょうど理事長のカップにコーヒーを注ぎ終える頃にはポッドの中身がカラになっていた。クラウンはカラのポッドを手に、部屋から一時姿を消した。そんな時だった。
「明日乃君。君に娘を任せていいかな?」
「クラウンをですか?」
「私も、いつもここにいるとは限らない。時には長く席をはずすこともある。彼女は寂しがり屋でね。君と出会ってから、笑顔が増えたんだ。君と出会ったことで、彼女は変わろうとしている。これから一皮も二皮もむけるだろう。それを共に歩んではくれないだろうか?―――私のささやかなわがままだ。君の両親と同じく少し不器用だ」
「もしかして、私を呼んだのはこれを?」
「そうだ。君にはきっと引き受けてくれるだろうと信じてここに呼んだんだ。分かってくれるかい?」
「ちょっと、無責任ですね。――でも、その願いは引き受けます。私だって、彼女に頭上がりませんから」
作り笑顔を浮かべ、席を立ちあがった。そして手を差し伸べる。少し私も偉そうになったなと心中で呟く。
「ありがとう」
彼は私の手を握ってくれた。これは約束。そして理事長からの試練でもある。
少々照れ臭い感じもするが、これもまたいい。
「コーヒーの追加入りましたよ―!」
奥から出てきたクラウンが小首を傾げる。
「何やっているのですか?二人して握手して?」
「ああ、少し頼みごとをしたんだ?」
「どのような?」
「ナイショ!」
「内緒さ」
「二人して、いやらしいですわ!」
クラウンがぷくーっと頬を膨らませ、そっぽ向く。やっぱ、かわいいって思ってしまう自分がいる。
明日乃はジェイルの手を解き、そっぽを向くクラウンに詰め寄った。背後から、優しく彼女を全身で包み込む。
「あ、あすの―――!」
たじろぐクラウンの表情が何とも言えない。
「私がお前を守ってやる」
彼女の耳元で、彼女だけに聞こえるような声でそっと囁いた。
その刹那、彼女はぼっと、顔を真っ赤にし、明日乃の馬鹿と口を尖がらせぼやいた。
その一瞬が甘く、明日乃にはそのやり取りがどこか懐かしく思えた。