月曜の放課後。―――時は訪れた。
私たち、明日乃とクラウンは第三アリーナ・Bピットにて、最終調整をしていた。――何の?ああ、作戦だよ。さ・く・せ・ん!
「藤村さん、藤村さん~~~!」
そこに駆け足でやって来たのが、副担任の山田先生だ。その後ろを追うようにゆっくりと向かってきたのが織斑先生だった。
「そんな慌てなくても私はここにいますから。ね?」
「教員として、先に着いて待ってようかと思ったのですけど、無理でした……」
息を整えながら、山田先生はそういう。走っている時の方がよっぽどハラハラしますよ。
「山田先生、HRが終わった瞬間に捕まってましたもんね?」
遠くの方で聞いているに、今日の山田先生の授業にて、早速課題が出されたのだ。それがHR終了後にワッと、生徒たちの質問攻めが待っていて抜けだすことが出来ず仕舞い。―――思い通りに行かないのも教職の性というものである。見物していて大変だなと内心思うのだった。
それから、開始時間前にわたわたとやって来て息を整えつつも談笑を交わしつつ、本台へと切り替わっていく。
「はい。切り上げるのに少し苦労しました」
「そろそろ、準備をしろ。藤崎」
「はい!」
現実に戻す織斑先生の一喝。背筋が一瞬ビクッとした後に意識が現実に引き戻される。
そして促されるように、私は久遠を起動させる。優しく撫で、深呼吸をして、行くぞと己に鼓舞をし―――そして、久遠が起動した。
イヤ―フックからトクンと鼓動を感じたかと思えば、全身に薄い膜状な物が私を包み込む。展開までおよそ0.5秒。キラキラと輝く膨大な粒子は解き放たれたかのように周囲に散布され、感想を述べるより先にそれは結集して形を成し、久遠というIS本体を成していく。
各種センサーに意識を接続し、世界の解像度が上がる。地面から身体が宙に浮く。十センチほど浮いていた。
何事もなく、パラメーターも正常数値を表していた。気分は悪くないし、不具合もない。―――行ける!!
一度瞬きをすると、山田先生とクラウン二人の感嘆が聞こえた。
そちらに意識を向ける。眼は向ける必要が無い、なんたって全方向がハイパーセンサーを伝わって見えているから。だから見る必要はない。
「どうしました?」
私は依然前を向いたまま、二人に話しかけると、綺麗ですねとかさすが明日乃という声が耳に入ってくる。
深海を思わせるような深い青は、自身に本当にあっているのか正直不安だ。
パーソナライズ、自動調節、フィッティング。それが久遠の弾き出した私色ということだ。
改めて自身のIS、久遠を見やると初期設定のままの凹凸機械染みたカクカクした設計は微塵もなく、それでいて流形、洗礼された美しい装甲へと切り替わっていた。思わず見惚れてしまうのも分かる。
「―――?!」
一枚のウインドウが、何かを知らせる。
―――戦闘待機状態のISを確認。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム【ブル―ティアーズ】戦闘タイプ・中距離射撃型。特殊装備有り―――。
詰まる所、彼女を待たせているということだ。
「藤崎。身体の具合はどうだ?」
「大丈夫です」
「そうか、―――ここを使用出来るのは限りがあるから、気を付けろよ」
織斑先生が一瞬、笑みを浮かべた気がしたが、気のせいだろう。あの人は笑っているより、ちょっと無愛想な顔の方がしっくりくる。
「明日乃……?」
「どうした?クラウン」
人一倍緊張したかのような声音を発するクラウン。どこか落ち着かないのだろうか指をもじもじと弄んでいる。でも、彼女の気持ちは口にしなくとも分かる気がした。自身の直観てやつだ。
「行ってくるや……!」
「勝ってきて―――!」
「当たり前だっての!」
さすがにそろそろゲートの方に向かわないと本気で怒られそうなので、前に姿勢を傾けるとふわっと、軽く前に進んだ。
カタパルトに足を預け、歯を食いしばる。刹那、物凄い勢いで私はピット・ゲートから吐き出された。
何かのアトラクションみたいでスカッとしたのだけれど、タイミングがうまく合わず、宙空で軽く、三回転したのち姿勢を整えセシリアに一言添えた。
「わるぃ。遅れた」
「デートなら帰ってましたわ!―――それにしても随分と派手な登場でしたけれど、パフォーマンスと捉えていいのかしら?」
「まぁ、ざっくりそんなとこ!」
まったく痛いところをついてくる。
それにしても癖の腰に手を当てるポーズは相変わらず、様になっている。それがまったくもって似合っているから嫉妬深い。
満遍な笑みを浮かべたセシリアは皮肉気に口を滑らせた。
「てっきり、怖気づいて棄権したのかと思いましたわ」
「いいや、逃げねぇっての!―――てか、逃げたら退学だし、それこそ生き恥だ。だったら、気が乗らなくても、やるきゃっないでしょ?」
―――ブル―ティアーズ。鮮やかな青色をしたそれはそういう名前らしい。おまけに色が被っている(多分、あっちも同じこと考えている)。けれど、中世の鎧を彷彿させる。その端正な仕上がりからどこかの城に置いてあっても違和感はない気高さを感じる。
まず目に着いたのが、推進器(スラスター)に値する位置に設けられた四つの突起。あれに怪しい匂いが漂っている。
それと、二メートルはあろうか長大な銃器―――六七口径特殊レーザーライフル《スターライトMKⅢ》と検索が上がったライフルが特徴的であり、いつ射抜かれるか分からない緊張感が張り廻られている。もしかしたら、特集装備と謳っているそれはこれらの二つなのかも知れない。
元々ISは宇宙での活動が前提とされているため、原則浮遊している。そのため使用する武器が身の丈を越えることはそう珍しくもない。
試合に意識を戻すと、既にブザーは鳴っている。
それなのにセシリアは撃ってこない。それどころか銃を下ろしている。
なにか、話がありそうだ。そんな笑みを貼り付けている。
セシリアはふふんと鼻を鳴らし、私の範疇通りの行動に出てきた。相変わらず腰に手を当て我もの顔でこう言ってきた。
「これがラストチャンスですわ!」
「一体何の?」
純粋に分からなかった私はあっけらかんとした態度で聞き返した。
「鈍いにもほどがありますわ!―――ううんっ!!今ここで降参すれば、私の僕として―――」
「嫌だね。意見は変えない主義なんでね」
「とことこん食えない人ですわね?!」
交渉決裂と言わんばかりのすっかり呆れた表情で溜息を一つ吐き出す。仕方なくではないが、ゆっくりと銃口が持ち上がって、私を狙う。
―――警告!敵IS射撃体勢にに移行。トリガー確認。初弾エネルギー装填。
刹那、耳を劈くような音がした後、それは一瞬にてこちらを射抜く。
アリーナは直径二百メートル。レーザーがこちらに届くまでおよそ0.4秒。
私は身を捻って回避。その流れた初弾は今まで私がいたところを貫く。
それを見送ると同時に二発、三発と紙一重で避けていく。それでも、セシリアは痛いところを的確に狙って来ていた。
「へぇ、今の攻撃を良く避けれましたわね?」
関心の念が籠った一声だった。まるでこの数発で幾人が倒れてきたのだろうと推察することが出来るものだった。
「もしかして、ビビってんのか?」
「ビビってなどいませんわ!――ふん、むしろこうでなくては!」
ムキなったセシリアは、推進器(スラスター)に着いていた突起を排出。四つの突起がこちらを狙う。
放たれる射撃の雨。辛うじて、反応は追い付いている。
曲芸交じりの回避運動は、未だにダメージを私に与えない。
青いレーザーが網のように張り廻られ、行動に制限をかける。すかさず、空いたスペースに身を捻じらすように回避。
「素敵ですわよ!―――踊りなさい。躍りなさい。この私、セシリア・オルコットの奏でる円舞曲で!!」
「ああ、躍りきってやんよ!!」
私の放った威勢のいい声にセシリアは口角を不敵に吊りあがらせるのだった。
「あら?少し動きに切れが無くなって来ていますわよ?」
「くっ……、うっさい!!」
射撃。射撃の弾雨が降ってくる。
私は未だに持ち前の武器を呼び出し(コール)しておらず、素手で戦闘に臨んでいた。
生憎と相手側の方の隙が見当たらない。一つを狙うとすると、もう一つがカバーし、補っている。それが四器分ときたら、しんどい。
何より驚いているのが、あの突起もといフィン・アーマーの先端に銃器が仕込まれているということだ。《スターライトMKⅢ》よりか発射時の音声が低いが、音の波長からするに同じような特殊なものなのだろう。いずれかはそれに当たる。
けれど、絶対防御と呼ばれる能力が必ずしもISには備わっている。とりわけ、ダメージを受けてしまっても死ぬようなケースはなく、命の保証はついてくる。その代わり、もしそれが発動したら、大幅なダメージを喰らってしまうということ。操縦者を守るというわけなのだが、その判断をするのはやはりIS自身というわけなのだが。
「さあ、もっと激しく!躍るのですわ!!」
「ふっざけんなァ!!」
怒号を吐く捨て、無茶な加速をして見せた私は、レーザーの雨から掻い潜り抜け、眼前にセシリアの姿を収めたと同時に、更に距離を詰めるのだ。これにまでないくらい近づき、渾身の右ストレートを食らわす!
セシリアより速く!もっと速く!
その一撃は彼女の握る《スターライトMKⅢ》を貫いた。
彼女がとっさの判断で撃とうと銃口をこちらに向けたところに私の拳が貫いてしまったのだ。青い稲妻が走り、セシリアはすかさず手を離し、早急にバックステップで私との距離を稼いだ。
ぶんと腕を振り回し、貫いた銃を遠心力で抜き取ると一秒後に爆ぜた。
背中に爆発の衝撃を感じる前に推進器(スラスター)全開で再び距離を詰める。
二度目の右ストレートが、彼女の血相を著しく変化させた。
前後に二器ずつフィン・アーマーは構えていた。けれど、撃ってはこなかった。もし私が回避をしたら、自身に当たると計算したのだろう。
私は勢いを殺さず、そのまま打突。吸い込まれるようにブル―ティアーズに右ストレートが炸裂した。その刹那堅い何かが立ちはだかる。膜状の断面が氷みたいに堅いそれは絶対防御ではないかと私は考える。だが、殺しきれなかった勢いはセシリアを少し飛ばした。その情報が一瞬途絶えたところにフィン・アーマーを潰しにいく。
後方の二器を潰し、前方の二器はセシリアについて行く。
こちらの方が優勢だ。このままいけば勝てる。
放たれるレーザーをいとも簡単に避けてみせ、回転蹴りの要領で、もう一器潰す。
ゴゥと、腹に響くような音だ。残りは一器。ブルーティアーズに残る装備はそれだけだろう。
―――ブル―ティアーズ……。特殊装備は《スターライトMKⅢ》だけなのだろうか?
あの宙空に浮かぶフィン・アーマー。あれは、何なのだろう。もしかしたらあれも特殊装備なのかもしれない。特に《スターライトMKⅢ》と似たような波長を感じた。だとしたら、あのフィン・アーマーに名前が付いていてもおかしくないような気がする。
後付装備を主とするのが第三世代。だとすればあのフィン・アーマーは第三世代の実戦投入初めてということだと判断できる。初めての試みだから名前を付けたってことか……ややこしい。
「おい、セシリア」
「な、なんですの?」
「さっき飛んでたのって、もしかしてブルーティアーズって名前の特殊装備か?」
「それが……?あなたには関係ありませんわ!」
「いいや、答え合わせだよ?――気になったから聞いたんだ」
「まあ、その通りですわ」
「それにしても、実戦投入器に名前つけるのも滑稽だよな」
ぶふっと、吹き出す私。
「調子に乗るなですわ!!」
再び、彼女を逆撫でしてしまったらしい。相変わらず挑発的で困るな、我ながら。
残り一器が切羽詰まりながらも臨戦していた。避けるのも容易い。まるで赤子の手を捻るように。
三度、これで決める。
失速。失速。失速。とことん速度を落としあえて、的になることでフィン・アーマーに自身を見せつける。
これでは相手の良いように的になっている。どうぞ撃って下さいと言っているようなものだ。
「いただきますわ!」
食いついてきた!
フィン・アーマーとの距離は二十メートル。一気に駆ければ確実に倒せる。
チャンスは撃つ時。銃口が青白く発光するその一瞬に。賭ける
その時は来た。
標準を合わせ、青白く発光。
今だ!!
上昇を図る。一秒後に発射され、レーザーの一糸が刻まれる。
ゴンと、フィン・アーマーの上に立ち、踏み台のようにワンクッションを置く、加速の波に乗った明日乃。前には障害物が無い。これは千万一隅のチャンス。
「あっ!?―――なんて、ブルーティアーズは四器だけではないですのよ!」
「なにっ!?」
一瞬の油断。慢性は戦いの後に生まれるもの。その緊張がほどけた時、すなわち今ということだ。これで終わると、頭の中で安堵をしてしまったこの時に生まれてしまった。
ブル―ティアーズの腰部がマウントする。ヴンッと、銀色の突起が現れた!
突起から顔を出したのは、レーザーではなかった。―――弾道型(ミサイル)だ。
初めての後退。けれど、私の反応よりもそれは早く、逃げることを許さなかった。
ドドォォォォオオオオンンン!!!!
爆発。白から黒の黒煙が盛大に舞い上がり、セシリア、明日乃の視界を存分に奪った。
「やりましたの……?」
少しずつ、黒煙が晴れつつある、セシリアは固唾を飲み晴れるのを、半分の期待、半分の恐怖で見守っていた。ブザーは鳴っていない。ということは試合はまだ―――。
「終わってないよ?」
「そうでしょうね―――?予想は付いていましたわ?」
「そりゃあ、有りがたいね」
明日乃が作り笑顔を浮かべ、セシリアにその笑みを張り付ける。
そして、彼女は手に大きな剣を握っていた。
機体を隠せるほどの幅を併せ持つ一・六メートルの大剣。それを盾のように構え、今の攻撃を完全にガードして見せた。
「それが、あなたの武器ですの……?」
「ああ。そうだ」
言下の後に、一閃。空を切る。そして、肩に落ち着かせる。
「風花―――これの名前らしい。素敵だろ?」
驚きの顔が隠せていないセシリア。
「あれ、素敵じゃあない―――?」
小首を傾げ、セシリアに問うたが返事が無い。―――どうして?
「そんな……私のすべてをもっても貴女を倒せないなんて―――!!」
「いや、あんたはすげぇと思う。私の信念を曲げたから。ほんとは今回の戦いでこれを使う気なんてなかったんだけど、これを使わせるきっかけをあんたはしっかりと達成したんだよ」
「貴女みたいな……野蛮人が……考えることなんて………理解できませんわ!!!」
銀色の突起が再びマウントする。そして数多に発射された弾道弾は容赦なく私に振って掛かる。けれど、風花があれば―――。
明日乃は正面に構え直し、一呼吸おいて一閃。
数多の弾道弾が、次々と両断されていく。明日乃には軌道が全て見えていた。そして流れるように剣を振るっていく。唯それだけで、両断された弾道弾は慣性に従い、明日乃を避けるようにして爆散していく。
「今は、分からないかもしれない。けれど、ここにいれば、分かるようになるさ!―――人を見下すようなことさえ、疑わなければ、人は応えてくれる。自分の気持ちに正直と」
だから、と明日乃は続ける。
「だから、私はお前、セシリア・オルコットとダチになるため、お前に勝たなくちゃあだめなんだよ!!」
――――オオォォォォォォォオォ!!!
セシリアの空いた懐に滑り込み、横薙ぎを一つ、その勢いを殺さず止めの逆袈裟切りを風花をわき腹から肩にかけて放つ―――明日乃の思いを乗せた、一撃がセシリアを切り抜けた
再度、絶対防御が作動し、膜状のバリアがセシリアを守るように展開された。風花によってそれが絡め取られていく。
わき腹から肩を滑るように流れた一撃が決め手となった。
―――試合終了。勝者、藤崎明日乃―――。
試合終了のブザーが鳴り響くと同時にギャラリーが沸いた。黄色い声の拍手喝采が明日乃にははっきりと聞こえていた。
試合終了の一声。不思議と落ち着いている。けれど、不思議と胸がはずんでいる。
あまり胸を張って、喜べないが結果として私の勝ちだ。これで、ここから抜けなくていいみたいだ。私は安堵の息を盛大に吐き出し、天を仰いだ。