IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第二十六話 揺れる乙女

 

 

「大変だったな……?」

「………」

 会話が続かない。

 カトレアさんと食堂で別れてから、ろくに会話が弾まない。

 食堂から部屋までの空気がとてつもなく重く、足取りも軽くない。

 クラウンは思いつめたように黙ったまま、あれこれと話しかけてもうんともすんとも言わなかった。

 角を曲がり、三つ目のドアまで直進すると私たちの部屋がある。

 いつのまにか着いていた。クラウンは慣れた様子でカギを指し、ロックを外す。抵抗の無くなったノブを捻り、私に入るように静かにドアを開いた。その際にぼそっと、何か言ったらしいが、よく聞き取れなかったのが事実だ。

「……ありがとう」

「…………」

 コツコツと靴音のみが響く中で、部屋に入ってすぐに電気を入れた。

 そのあとも会話はしばらくない。沈黙。肩にのしかかった重し。息苦しい。溜息が自然と漏れる。

 ベッドに腰を下ろし、前かがみに姿勢を傾ける。同じくクラウンも腰を下ろしているが私に後ろの眼はないのだから、彼女のそのあとはもちろん分からない。

 あれこれと考えるが思考は悪い方向に考えてしまうようだった。そもそもこういう思った苦しい空気は嫌だ。それが嫌だから、妹を笑わすと決めたのだったっけ?

 ガス抜き。今度は重い溜息ではなく、気合いを入れるために己に鼓舞を入れたのだ。

 よっこいしょと、ババくさい言葉とともにベッドを立ち上がると同時にクラウンのいる方に踵を返す。

 目を見開き、こちらの行動に少々動揺を表しているようだ。そして申し訳なさそうに目を逸らす。

「ふぅ。―――お嬢様?こんな私目でございますが、出来ることがあったらなんなりと申してくださいね?」

 彼女の眼の前でひざまつき、ウインクと同時に言葉を添えた。執事風に。

 急に肩の怒りが抜けたように、彼女も声をかけてきた。

「ふ、ふふ。どうしたんですの?明日乃。急にざらにもないことを、少し驚きましたよ?」

 そこからクラウンはつぼに入ったらしく腹を抱えて笑っていた。わざとではない偶然が呼んだ一瞬だ。ようやく笑顔になってくれた。それがなんとなく嬉しかった。私は照れ臭そうに笑った。

「ようやく笑ってくれたな?」

「?」

 小首を傾げるクラウン。

「お前、なんか思いだったような顔してたし、私のことなんか思いっきり避けてるし、そんなわけでこれってわけだ」

「でも、何でも言ってくれって今、言いましたわね?じゃあ、早速……」

「あぁ……、そんなこと言ったっけ?」

「………」

「はい。分かりました……」

 笑ったクラウンがそこにいました。でも、眼は思いっきり笑ってませんでした。

「で、用件は?」

「そうですね……」

 顎に手を添えてクラウンは視線を彷徨わす。と、ある一点で眼が止まる。そして口角を少し上がらせる。

「むふー。じゃあ、今日は一緒に寝ましょう」

「一緒に、って時々寝てるだろう?特にクラウンが私のベッドの方に忍び込んでくるのが多いんですけどね?」

「誰に説明してるんですか?明日乃」

「それは、クラウンさんにですよ」

「……」

「すみません」

 眼を線のように細めたクラウンがこちらを見つめていた。まるでこちらが言っていることに茶地を入れるような感じで。

「でもさ、これは―――」

「別に、今日だけなんて言ってませんわ♪」

「と言いますと?」

 あっと、明日乃は彼女がこの後に言おうとした言葉を先に感知した。その時は既に遅く、クラウンは口を滑らせていたのだが……。

「今後しばらく一緒に。私淋しいんですの。人肌が恋しくて、だから明日乃がそう言ってくれたときにピンときましたの」

「まあ、この部屋の主はお前だし、別に嫌じゃない。淋しいなら傍にいてやる。お前が落ち着くまでな?」

「そう言ってくれると、信じてましたわ。本当にお優しいのですわね、明日乃は」

 私は自身のベッドに腰を下ろし、逆にクラウンは冷蔵庫の方へ姿を消した。

 少し出来た個人の時間はとても短く、とても長いようなあるいはそれらの間に存在するのではないかとさえ思ってしまう。けれど、その時間が唐突すぎるのもなにかの縁でたまたまやることが無く、つい唯何も考えずに天井を仰ぐ。すると。

 

 ――――ぐいぐい。

 

 唐突に袖を強く引っ張られた。気のせいではない。それは私が気付いた後も強く引いていたから。

「どうした?久遠?」

 一旦、周りをぐるっと一瞥し、何もないと確認を済ませてようやく彼女の名前を呼ぶことが出来た。

 白銀の髪を靡かせ、小首を傾げる。前髪からくりくりとした瞳を覗かせこちらを逆に不思議そうに見つめていた。その姿は硬直した猫にとても似ていた。

「どうしたんだよ」

 あまりにおかしいと思った私は思わず二回同じことを聞いてしまった。

「明日乃?どうしたんですの?」

 奥にいたクラウンがペットボトルを二本持ちながら、戻って来た。それを受け取り、口を空けちょうど渇いた身体に染み渡らせていく。これでまた喋れそうだ。なんてね。

 ぽふっと、私側のベッドに腰を下ろすクラウンは身を寄せてくる。これといった反応はない明日乃は続けざまに口に水を運ぶ。それを倣うように久遠も身を寄せてくる。双方から温もりが伝わってくる。クラウンは分かる。前に触れた時に暖かいと分かったから。逆に久遠方が暖かいというのが意外だった。どういう原理でまずこの子が見えているかが分からないのだが……。今度理事長に話を聞くとしよう。

 小さな欠伸を一つ。犯人はクラウンだった。けれど、次に私と感染して行く。閉めに久遠が欠伸をして、クラウンの号令がここで発せられる。

「じゃあ、そろそろ寝ましょうか?」「そうだな」「……(こくこく)」

 再び各々が寝巻きに着替えるために、動き出す。クラウンは髪をときに浴室の方へ。私はとりあえず着替えようということで、クローゼットに手を掛ける。

 小さい欠伸を幾度加えながら、寝巻きに着替え終わり、クラウンが戻ってくるまで先ほどと同じような形になる。

「お待たせしましたわ」

「じゃあ、私も歯磨いてくるわ」

 いってらっしゃいとご機嫌な彼女は手を振る。それに促されるように私はふらふらと浴室に入っていった。

 私が浴室の方から戻って来ても彼女は上機嫌を崩さずに私のベッドの上で小さく揺れていた。

「じゃあ寝るか…?」

「はい!」

 そんな調子で寝れるのかな?ちょっと心配になる明日乃。

 ベッドに入り、リモコンで電気を消す。真っ暗になった。当たり前のことだが。

 けれど、今日は色々あった。最後に、二人に囲まれて寝るまでは。

 右にクラウン、左に久遠がギュッと、両腕をロックしていた。左右に感じるものも違うが、互いに温もりを感じられてなんかこう嬉しい。

 しばらくして、眠気が私を支配するが、クラウンはまだ寝てないのだろうかと心配する気持ちも出てきたが、やっぱり眠いものは眠かった。だが、着摺れるような音が右の方から聞こえた。

「――――明日乃?まだ、起きてますか?」

「――――んん?あぁ、まあ」

「良かった。寝てたらどうしようかと」

「結構、眠いよ?用件なら、早く言わないとやばいぞ?」

「わかりました……」

 神妙な声音が、眼を開かなくともニュアンスで感じることが出来た。そんなに真剣に話すことなんかあっただろうか?―――明日乃が思考を巡らす前に答えが口走られる。

「先ほどは姉が失礼しました」

「何だそんなことだったのか……、気にすんな。楽しい人ですぐに打ち解けられたから。あれは私の本心だから……、嘘が苦手そうなのが印象深いよ」

 私はこの際に出来るだけ多く話そうと思いこうして話した。カトレアさんの素直なところに正直、ホッとしている。もし、ああいうのが上司なら気持ちよく仕事ができそうだなと、うつらうつらとボケてきた頭が情報を処理する前に私は暗闇に飲まれた。

 そんなことも知らずに、クラウンはようやくここで熱が入って来たかのように口を滑らす。

 正直、自分でも熱が入っていると認識できるくらいに。

「明日乃は、どう思いますか?」

「………」

「明日乃?」

 暗闇で良く見えないクラウンは思いっきり顔を近付け、その時に明日乃が寝ていると分かった。すぅ~っと、微かに寝息が聞こえた。クスッとクラウンは今日起きた出来事をその顔を近付けたまま走馬灯のごとく思い更けるのだった。

 その距離はまさに互いの鼻息が感じられる位、酷くするのであればキスが出来るくらいの距離。―――いっそしても気づかれないのではないかと悪い考えがクラウンの脳内を支配する。頭を横に振り煩悩を絶つ。―――けれど、ほっぺなら―――。

 更に顔を近付けるクラウンはチュッと、小さく頬にキスをした。

「これは私からのご褒美。なんだから……」

 次いでぽふっと、明日乃のそこまで豊富ではない胸に顔を預け、眼を閉じ安堵感をひそかに味わうのだった。

 

 

「君の部屋はここだ。セシリア君?」

「ここが私の?本当に?」

 まだ日が昇りきっていない朝方。

 セシリアと呼ばれる少女は、頭に何個もの疑問符を浮かばせていた。本来のセシリアならこの小学一年生でも十分に理解できる話を何かに引っかかったように何度も聞き入れる。―――場所は彼女の部屋の前だというのに。

 なかなか話を理解しないセシリア相手に憤りを覚えることもなく接しているのが、入谷だった。入谷は何度も頭を搔き、顔色を変えることはしなかった。その聞かれるたびに話すこと十数回。その眠たそうな瞳は今よりに細くなる。その姿は今にも寝てしまうのではないかと心配をしてしまいそうな状態だった。

 彼女、セシリアは一時的に記憶を失っているに過ぎない。それは昨日に遡るが彼女たちが藤崎明日乃とセシリアが学級委員を決めるための戦いにて彼女は記憶を失った。

 そして、眼が醒めるとまるで別人ではないかと錯覚してしまうほど、天真爛漫な姿を現した。ほとんどの記憶が無いとみていいようだ。人の名前はおろか、自分が誰なのか素で忘れていたのだから。とりあえず彼女の名前、そして藤崎明日乃という唯一覚えていただけを完全にインプットさせたが、そのあとは正直、明日乃君に任せたいところだ。非常に無責任極まりないが、いかんせん私は彼女を知らないからだ。

「とりあえず、入って見たまえ。そうすれば少しは思い出すかもしれない」

「うん、わかった。入ってみる。ありがとう入谷」

 手を振りながら、セシリアは扉に連れ去られてしまった。

「ふぅ……。やっとかぁ……」

 安堵感かに包まれた入谷はその場で骨抜きにあったかのように膝から崩れて廊下にうつ伏せになって寝てしまった。

 しばらくすると、この部屋の前に通る生徒たちは彼女の姿に驚くものはいなかった。なぜなら、これが日常茶飯事だからだ。要は戻るのがめんどくさくてその場で寝てしまうのだそうだ。

 そういう性格なのだ。それがここに入ってから、ほぼ毎日のようにして起こっているのだ。だから、いつの間にか慣れてしまって、静かに見守るものが多くなったのだ。

 

 

 そんなことも知らずに、セシリアは浴室に入り、シャワーを浴びていた。実はこれ、無意識のうちにやっていたのだ。身体が覚えていたといえば説得力はあるのだろうか。

 本人もシャワーを浴び始めてからそのことに気がついた。

 シャワーノズルから熱い湯がセシリアの流形美な身体を弾きながら、身体を濡らしていく。本人もこの姿を見た時少し驚いていた。ここだけの話だが。

 そこらのアイドルよりも仕上がった身体。すらりと伸びた脚は長く滑らかだ。上に上がっていき次に腰部。くびれた腰回り。流れるお湯がそのラインをなぞっていく。更に上がって、胸囲。これは基準が今の彼女には分からないが、形がいいというのは分かる。気を使っているのは分かる。―――ふと、心臓が高鳴った気がした。

 シャワーを止め、纏わりついた滴がぽたぽたと床に落ちていくのを余所に、脳裏に明日乃が現れた。

「ふ・じ・さ・き・あ・す・の」

 クスッと、無意識に彼女の名前を口にした瞬間綻んでしまった。

 胸の高まりは、おそらく、いや絶対に彼女によるものだとセシリアは確信めいていた。彼女の顔が更に脳裏で流れる。

 くしゅん!

 自分の状態を知らずに、セシリアはくしゃみをした。慌ててバスタオルで体をふき、着替え小一時間妄想に浸るのだった。

 

 

 

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