第二十七話 必殺の一撃
「ふぁあ~~あ……」
年頃の女子とは到底思えないほどの大きく口を空けた欠伸。
登校時間をとっくに迎え、いつもより遅めに登校をした。廊下のあちこちで女子たちが話に花を咲かせている姿が見受けられる。
そんな話すパートナーのいない藤崎明日乃は気だるそうにその場を通り過ぎる。
明日乃のパートナー的存在、クラウン・ヴィクターは特別なことに今日は隣にいない。なぜなら、彼女は明日乃より先に部屋を出ていったからだ。加味するのであれば明日乃が眼を醒ましたと同時に一言添えて出て行ったというべきだろうか。だから、明日乃は普段の二十分ばかり遅い登校ということになった。
四月も半ばを過ぎ、ようやく複雑なこの学園のことを理解し始めていた。たまたま窓から見えた桜が早咲きということもあってほとんどが散っている。それと同じように私たちもあっさりとここを出て行ってしまうのだろうかと連想していると、不意に見覚えのある女子らしき影が視界に入った。
踵を返して、その影が消えた方向に歩きだす。
遠目でも分かる位綺麗な金髪は、いつ見ても美しいと思ってしまう。毛先が縦に渦巻いているのがチャームポイントで、この子が……。
「セシリア?」
と私に囁く。
私の声に反応して振り向いて見せたのが、案の定セシリア・オルコットであった。
昨日の一連のことで記憶を無くした少女がそこに佇んでいた。
「……!あすの!!」
「ちょ、ぅおっと、もぅ……ッセシリアまで……」
一瞬は混乱するかもと思ったのだが、思ってのほか私と知った瞬間にクラウン並みの飛び付きを喰らった。
怒ろうかなって、逡巡したが元はと言えば私がこの子の記憶を消してしまったので結局クラウンと同様な対処になってしまうわけで……。私って弱いな……。
そのセシリアは上目使いでこちらを伺っているのだから、私はどぎまぎしてしまう。それと相まって、登校時間がちょうどいいのもあって周囲の目線が痛い。突き刺すというのではなく甘ったるいような目線をこちらに送っているのだ。見返すとそそくさといなくなってしまう。
「セシリア、ところで迷子か?」
「……!」
顔がみるみる真っ赤に色を変える。それを隠すように俯くセシリアの仕草がどこかかわいらしい。その様子から察するに図星か。
「安心しろ。私と同じクラスだから……」
上着の裾をギュッと握ったセシリアがゆっくりと顔を上げた。照れ臭そうな喜んでいるんだか何だかよくわからない表情を作っていた。
安心させるように頭を軽く撫でてやる。それが講じたのか笑顔を返してきた。
「ほらあんまりゆっくりとしていると、織斑先生に怒られちまいから、急ぐぞ?」
「はい!」
「元気でよろしい!」
「えへへ」
ようやく話してくれた。それが今一番の喜びだった。
少し急ぎ気味で、教室へ向かうよう勤しむ。その間セシリアが腕をガシッとロックしていたが今は気にしているような時ではなかった。
教室の前に着いたときは時間に余裕があった。
セシリアのことを織斑先生に話しに行かなくてはならない。昨日は報告することが出来なかったからだ。だから、空いた時間にと思ったのだけれど、職員会議が始まってないよな?という心配する気持ちも出てきた。できれば早めに連絡しないと何かがあった時にはもう遅いのだ。
そんな、数秒後に予期せぬ事態が起きるのは明日乃を含めてセシリア、その他もろもろ知る由もない。
パン!パン!パンパンパン!!!!
私が考え事をしていると同時に教室のドアをくぐろうとしたところに突如けたたましい程の音量が一気に私を現実に引き戻らせた!
私は条件反射で一歩引きさがりファイティングポーズを構えてしまう。次の瞬間に事態を把握した。
まず火薬独特の煙たい匂いが鼻孔を燻ぶる。そこで、けたたましい音の正体を知る。クラッカーだ。クラスのほとんどがそれを所持していた。
「『藤崎さん学級委員就任おめでとう!!』」
「へっ」
あっけらかんとした態度だっただろう。手厳しく守っていたファイティングポーズはだらんと下にぶら下がっていた。それに顔、顔が特にひどかっただろう。呆けてまるで阿呆そのものだ。
「さすが、特別なだけはあるよね?!」
「惚れちゃったよ!!」
「あ、あのこれ読んでください!!」ラブレターもらった。複数の女子から。
「抜けかけはだめだぞっ!!」
一瞬にて、私の周りには女子が群がる。まるで、ヒーローにでもなったような気分だ。
最初に手をとられたのが原因だな。
軽く周囲を見渡したが、綾陽、火織の姿はそこにはなかった。
そんな少し物悲しい気持ちが胸をチクリと刺す。
さも自然に歩み寄って来たセシリアは私の耳に、いや、このクラスの皆にも聞こえるような声量でこう言った。
「ところで、この人たちは誰ですの?」
彼女には悪気はない。本人は知りたかったのだから当然のように聞いてきた。だがそれに関しては、今この現状ではとてもまずい発言であった。
その言葉を聞くまで和気会い合いとなっていた空気が一瞬にして凍った。ピキッと、亀裂の入るような擬音もしっかりと聞こえた。
当の本人には、この状況を把握できておらず、小首を傾げていた。
所々からひそひそと彼女を非難する声が聴こえる。周囲を見やると空気は濁っていて、一歩間違えば対立が起きてしまいそうな緊迫とした空間を作り上げていた。
その空気をようやく読み取ったセシリアは身を丸めるように私の背に隠れる。
よし、こうなったら――――。
「み、みんなごめん!実はセシリアは、昨日の試合の後から記憶が無いんだ。症状的には一時的な記憶喪失なんだ!だから、今の発言は大目に見てほしい。この通りだ!」
両手を合わせ、祈るように深く頭を下げた。眼を強く瞑り、念を飛ばすように強く分かってくれと何度も心の中で復唱した。
セシリアの件の旨が伝わったのか、クラスの皆が分かったと話を理解してくれたのかは定かではないが、できることならそうだと思いたい。
それから、少し落ち着いたところで、後処理に精を出すのだった。
今日一日セシリアと一緒過ごしたが、なんとか無事に放課後を迎えようとしていた。
ただ、一つ言うのであれば、セシリアの件で織斑先生に報告が遅れたことで一回叩かれている。それくらいだ。
セシリアは一人で教室を出て行った場面を目の当たりにしたが、急いでいるようだったから声はかけなかった。だから、私は今一人だ。
私も既に教室から出て、行くあてもないからそこら辺を徘徊していた。
逆にクラウンとは今朝以外顔を合わしていない。
こういう日もあるんだなって、久々に感じた。
(そういえばカトレアさんからの連絡はすべてクラウンなわけだし、実質彼女に会わないと話が成立しないんだよな……)
外は夕焼け色。
いつの間にかこんな時間になっていた。そんな時、私は見覚えのあるシルエットを確認する。
そう言えば、ここは今朝―――。
「セシリア?―――セシリアじゃないか」
「――――あすの?」
「どうした?元気ないな」
「今朝、皆さんに失礼な事を言ってしまったなって…」
結局謝れなくて……。気持ちの尾を引きづっているようだ。
「まあ、確かに。酷いこと言ってたな。うんうん」
「うっ、結構正直に言うんだね。あすのは」
「でも、さ。そうやって気付いたんだろ?……だったら、それで良いじゃん。私はそういうの間違ってないと思うけどな。謝りたかったら、謝ればいいし。とりあえず、悔い残らないようにする…くらいかな?」
巧く言葉にできない自分に少々苛立ちを覚えていたが、なんとか言いたいことは伝えたつもりだ。
くすっと、セシリアが小さく笑う。暗いその顔が少しの間だけ晴れた。
「明日乃~~~!」
セシリアの声とは違う、気品のある感じられる声が後方から聞こえた。反転し、その声の主を確かめる。
白銀の髪を持つ少女が走って来た。綺麗なフォームにほぉと感嘆を漏らす。
「彼女さんですか?」
「そう見える?」
「はい。すごくきれいです」
「まあ、本人にも言っておく。私は見ての通りこれから用事だ。ちゃんと部屋に帰るんだぞ?いいな?」
セシリアの頭を軽く触って、明日乃は何かにはじかれたように白銀の少女の元に向かっていった。
「やぁ、明日乃君」
「カトレアさん。お邪魔します」
「そんな畏まらなくていい。むしろ私が借りているしね。さて、今日呼んだのは他でもないね。君たちには……まぁ、いいや。まずは着替えておいで」
一度軽く挨拶をして、カトレアさんの指示に従う。
私とクラウンはカトレアさんのメールにてここ、第三アリーナ・Aピットに召集された。
Aピットに足を運ぶとまず目についたのが、白衣を纏った女性……カトレアさんがキーボード、コンソールを手慣れたように扱っている後姿だった。その後ろ姿から哀愁を感じたのはどうしてだろうか?―――それと彼女の助手なのか同じく白衣を着た研究員4、5人がそこらへんで何かとにらめっこしているのも印象に深い。
カトレアさんの指示に速やかに答えるように、女子更衣室に足を運ぶのだった。
着替え終えて戻ってくると、先ほどの研究員が手に何かを持ってこちらに近づいてくる。紺色のブレスレットのようなものをこちらに渡してくる。そこに説明を加えるカトレアさん。
「それはね、ISに制限を入れることのできる拘束具だよ。いつまでも解放状態だといずれは一人くらいあやめてもおかしくないからね」
「えっ……」
「姉さん!」
「まぁ焦ることはない。だって今から、それに制限をいれようとしているんだよ?恐い顔はしなくていいよ。軽く君たちには今から一戦交えてもらうけれど。それにはデータを転送する機能と、制御する機能を担っているんだ。まあ、それを付けるとこちらの監視下に入っちゃうわけなんだけど……。今回はお試しということで使ってみてよ」
軽い素材を使っているのか一瞬落としそうになる。この拘束具は全部で四つ。両手首、両手足に二個ずつ。一見アクセサリーのよう見える。カチャンと軽快な音が手、足をロックする音が聴こえた。
「まあ、明日乃君のやつは今はデータ転送しかない。だから、今だけ好きに暴れればいい。こちらもデータがほしいしね。クラウンを殺す気で行かないと勝てないよ?彼女激ツヨだから」
「分かってますよ。彼女の強さは」
「ほぅ…」
ほんの僅かな時間だった。
通り過ぎ様に軽い耳打ち程度の時間だった。
けれど、その瞬間でもひそかに応援してくれているというのがわかる。
なら、その期待に添えなくてはならないだろう。
「クラウンには、我が社の第三.五世代アイシャを使用して頂きたい」
「アイシャ?―――ということはカスタム機で?」
「はい。貴女がかつて使用されていたものですよ」
私はその時、クラウンの曇る表情を目の当たりにした。
その表情は己を嫌悪しているような顔だった。過去に何かがあったというのが何も知らない私にも察することが出来るくらい。
「……分かりました」
「では早速準備をしましょうか」
重く進まない返事が彼女の答えであった。
カトレアはこうなることをさも当然なような表情で、ピット内で叫ぶ。
「さあ、今日は宴だ!!姫が舞うぞ!お前たち仕事にかかれッ!!!」
「「おおぉぉぉぉッ!!!!!」
天高くその拳を捧げるカトレア含めその他研究員は雄叫びを上げて、揚々と仕事に取り掛かっていたのと相対的にクラウンはどこかあきらめたかのような表情を張り付けていた。周りがうるさいだけでそう見えるのかもしれない。
これから何が起きるのか分からないがそれが逆に楽しみへと変わっていく。握った拳を胸の前に持ってきて、気合いを注入する。
いい結果が残せますようにと―――――。
柄にもなく神に祈ってみた。
照明の入ったアリーナを見るのは初めての出来事だった。
外は夜の帳が降り、すっかり夜のムードを醸し出していた。
普段は暗くなる前に出るのだが、今日は少し特別だ。なんたってヴィクタ―社の社員が直々にここに足を運び、データを採りたいというのだから。それは緊張の一つ、二つくらいはするだろう。おかげで手が冷たい。
それにしてもクラウンは相変わらず落ち着いているのが遠目でもよくわかる。ハイパーセンサーの解像度のおかげなんですけどね。
私は視線を前へ。すると、クラウンが忙しなくディスプレイをいじっている姿が目に入った。空中に四枚のディスプレイも一緒に浮かべながら慣れた手つきで一枚一枚問題を
解決しているようだった。そのピアノを奏でるかのような動きに明日乃は感嘆を上げ、見惚れてしまうのだった。
ものの数分後にディスプレイは全て片づけられていた。一息を吐くクラウンの元にさり気なく近づいてみた。
「ふぃ……」
「終わったか?」
「ええ。これでなんとか」
〝アイシャ〟―――たしか、ヴィクター社製の第三世代型ISで、近距離型。武装も話では剣と盾しかなく、持ち手を選ぶ機体としても有名だ(クラウンから聞いた)。元々この会社が作るものがオーバー作品なのだから、どの世代と交えても引けを取らないものだ。そう言われれば納得するものだ。更にそれを仕えるクラウンの勇士がいつもと違う雰囲気を出していてどこか怖い。
ヴィクタ―社の基本カラ―は白を強調としているものが大半だ。追加されるのであれば、内側部品の色を変えることくらいだろうか。現にクラウンが使用している〝アイシャ〟の内部部品がエメラルドグリーンで眩しい。
なにより驚くところがこの機体に特殊兵装があるということだ。
だから私はセシリアの〝ブル―・ティアーズ〟の時のような非固定浮遊部位を連想し。それらしきものが付いてないか注意深くその部位を見やった。同じく浮遊しているそれにはそれらしいものがついてはいなかった。ということは、自然と二択に絞られるわけだ。剣か盾か。
『お二人さーん?そろそろ準備は出来たかねぇ~~~』
突然通信がつながり明日乃は驚愕を露わにする。隣にいたクラウンも声には出さなかったものの態度にもろ出ていた。
『びっくりしましたよ』
『そっちがいちゃいちゃしているのがイケないんだよ?』
『「すみません」』
『まあ、早くしてよ。時間は無限じゃないしね?』
とりあえず、距離を置く事にした二人は互いに背を向け、十メートルの距離を空けることにした。
その間に彼女の後姿を一瞥した。スラリと伸びた白いブーツを彷彿させるアーマー、それに引けを取らない、胸部のアーマーも堅苦しくなくそして麗しい。
『準備完了。いつでもいいですわ。姉さま』
くるりと身を翻すと、倣うように白銀の髪が弧を描き、そして纏まる。彼女のやることなすことがカッコよく見えると明日乃は内心で笑う。
一秒ほど遅れて私も連絡を返す。
『こちらもオッケイです』
通信に応答する二人に、カトレアは軽く息を吐く。
『よし、じゃあ、ブザーがなったら始めるんだよ?』
するとプチンと通信が切れ、天で点読みのカウントダウンが刻まれる。3…2…1
ビーっと、ブザーが鳴る。鳴ったのを確認し、改めて気を引き締め、クラウンを力強く見据えた。
しかし対峙をしたまま二人は少しの間動く事はなかった。
試合は既に始まっている。それはお互いに承知のことだ。
―――リラックスすること。何事も落ち着くこと。焦っていても周りが見えなくなるだけだ。それをここ最近制御できるようになった。まあ、深呼吸するだけなんだけどさ。
私は突然、腕を上げ力なくゆっくり下に落とす。それを三回。…よし、落ち着いた。
それを知っているクラウンはクスッと小さく笑い、前進してくれた。その波に乗るように私も前進した。
勢いを殺さずに、互いの距離が交えた時、組み手の要領でぶつかり合った。
一進一退の攻防線が繰り広げられる。やはりクラウンは強い。専用ISがあるのだからいままでの何倍かの力を軽く出しているはずだ。それを辛うじて避けているのが私だ。
他人事のように言っているが私も一様専用器持ちだ。日が浅いとか言い訳してると、後で絞られそうだから必死について行っているのが今の現状だ。
胸の前でブロックしているが、ドシン、ドシンと腹に響く重い撃。間違えなく後ろに後退している。隙を見つけてパンチを放つが、虚空を切り、そしてその勢いを利用され、一本背負い。
宙空で一旦彷徨い、身を捻り、姿勢を立てなおす。再びファイティングポーズを構え、突貫。今度は私のタ―ンだ。
出し惜しみなく力をもって発揮するが、全て掌で読まれているのか、受け流されるか紙一重で避けられているの二つで、顔は冷ややかでまだ余裕の表情だ。こちらは息が上がり始めている。苦し紛れの上段回し蹴り。
「なっ……!」
クラウンが姿を消した。否、急速にしゃがんだのだ。そして一蹴され、バランスを崩したのと同時に隙を作り、鳩尾辺りにパンチを繰り出す。
めり込んだパンチは重く、そして吹き飛ばされた。不幸中の幸いか絶対防御は発動してはいなかったが、意識がこんがらがっている。多分意識を落とさないためにブラックアウト防止が働いたのだろうか。うつ伏せで、寝転がっている。
手をつき、無理やりにでも身体を起こし、膝を立て、立ち上がる。
『相変わらず、強いなァ……』
『ここまで付き合ってくれたのは明日乃位ですよ?嬉しいです』
オープン・チャンネルを開き、クラウンにコンタクトを図ると快く返してくれた。それともう一つ。
『機体大丈夫か?なんか、調子悪そうに見えて……』
『―――っ、よくわかりましたわね?ええ、結構やばいですわ。明日乃。だから受け止めてくれますか?』
『もちろんさ』
ハイパーセンサーの解像度が上がり、〝アイシャ〟の節節を写す。動きにぎこちがないように私には見えた。特に左側が動きづらそうだ。
私は迷いなく返事を返す。刹那、〝アイシャ〟の左腰部に光が集まり刀剣の形を帯びた武器が現れた。一瞬の爆発。それは一薙ぎすると軌跡を描きながら散らばり粒子がキラキラと舞う。蝶々が舞っているみたいで、神秘的でまたも目を奪われてしまった。
そしてもう一つ。盾がそこに現れた。機体の半分はあろう大きさの盾は地面にサクッと軽音を鳴らし刀剣と同じ要領で出現した。
クラウンはどちらも引き抜き、構えをとる。盾を前に構えるのだ。その力強さは動かない岩といってもいいかもしれない。ずしりとした佇まいに明日乃は一度躊躇いを覚える。けれど、こちらも負けじと風花を展開する。そして中段正面に風花を持ってくる。
明日乃は心の中で三つ数え、動いた。
動いたのは私だけで、彼女は相変わらずビクリともしなかった。脇に構えている風花を打突の出来る状態に構え直し、大きな盾に吸い込まれるように正面衝突を図った。
案の定、ギンッと金属に当たったような感触は掌を伝わり、全身に染みた。
けれど、その衝撃に意に介さないのが彼女だった。後ずさる要素が無く、それは受け止まれられたという結果になった。しっかりとした手応えはあったにも関わらず、押しても逆にこちらに力が働き、宙をさまよう形になってしまう。
もしかしてだが、あの盾になにか搭載されているのではないかと私はふと過った。
刹那、風花が当てもなく右に受け流される。もちろんそれの柄を握っている私も引っ張られる形となり一瞬、そちらに気を取られてしまう。要はクラウンが盾で風花を流したということだった。気を取られているうちに空いたボディに一閃が刻まれる。
その煌めく光刃の軌跡を私はしっかりと捉えていた。ゆっくりとだがこちらに近づいて来ていた。
盾を右に受け流した直後、彼女にも当然隙が生まれていた。だが、それは凡人には一瞬、いやそれ以上の早さだったのかもしれない。
柄に手を掛け、中段腰だめ、力強く踏ん張った両足。それら条件が揃った時、居合切りの要領で抜かれた刀剣は迷いが無く、私の右斜め下から上へ這いずり上がって、天へと昇る。照明に当たったその刀剣は赤く煌めいていた。
そして絡め取られるように私のシールドエネルギーは底を尽き―――。
バザーが鳴り響く。
―――ということは私の負けだ。そう納得するよりも先に膝から崩れ、前に、地面に倒れるの方が早かった。
―――試合が開始されるほんの数分間前。
『真紅。君のお得意技を久々に見せてもらってもいいかな?』
それが入ったのは彼女、明日乃に背を向け、少し進んだところだった。切ったはずの通信回線が繋がるということはよっぽど大事なことかどうでもいいことなのか、そこに分け隔てなく関わってくるのは……。
クラウンはつい溜息を洩らす。相手は姉カトレアと名乗る不知火星羅だったからだ。これが明日乃だったら、どれほどうれしいことかと想像すると自然と出てしまったのだ。
『明日乃君かと思った?残念、星羅お姉ちゃんでした!』
画面前で、両手を顔の前で開くやんちゃな姉が映った。舌なんかだして自分がかわいいとでも思っているのだろうか。
『用件は何ですか?姉さん?』
『一度はお姉ちゃんと呼ばれたい。ねえ呼んでよ?』
『嫌です。早く用件言わないと、嫌いになりますよ?』
『真紅は辛辣だなァ。明日乃君が羨ましいよ』
『なんでそこにあ、明日乃が出てくるんですかッ!!』
『あっ、図星かな?分かりやすいね』
今目の前にいるなら、もれなく殴っている。そんなクラスだ。
画面前で真っ赤を通り越し真っ青になったクラウンが握り拳を一つ、そして笑っている。顔の横にその拳を持ってくると星羅はおお、怖い怖いと、ざらでもないリアクションを返して見せた。
『暴力反対だからね。そんな妹にした覚えはないし、……まあ、当たらないけどさ☆』
反省の色見せない姉に怒りが冷めたクラウン・真紅は拳を下ろしもう一度聞き直した。
『用件は、なんですか?』
『なんだろうね~~~♪』
『……』
『うわっ、ごめんごめん!!』
『……』
冷めたはずの怒りが再び昇り、拳を再び画面前に持ってくるのと同時に少し殺気を混ぜ込んだのが相手にも伝わったのか、真剣な謝りが帰って来た。
冷や汗をかきながら、身振り手振りを返す姉の姿を久々に見たものだ。実に滑稽。たまにこういい目に遭うのも必要だ。
『……で、用件は?』
『真紅。君のお得意技を久々に見せてもらってもいいかな?』
『最初にそう言ってくれたら、気持ちよく受けましたのに、はぐらかす姉さんがこれに関してはいけませんね。でも、明日乃がこれに対してどう返してくるのか気になるところですし……分かりましたわ』
デスクに頬杖をついた姉の姿が実に嬉々としていてなんだかうらめない気持ちになる。
クラウンは溜息を吐き、意識を前の試合に戻す。先ほど姉が言っていた私の得意技。それについて少々考えなくてはならないようだ。
そもそも必殺技なんてものは存在しない。それに見合った言い方を姉はしただけのこと。だが、それの形的には技と言っても申し分はないのかもしれない。なぜならそれで今まで勝ち残って来ているからだ。
必殺技…この世界の言葉で言うのであれば、単一仕様能力と言う。文字通り機体が持っているたった一つの力だ。発動条件は機体とパイロットが最高潮の相性になった時に発動する。そして、基本は第二形態から使用することが可能だが、稀に第一形態から使用できるのも存在する。それが私の使用する〝アイシャ〟だ。
重要なところはクラウンというところだ。量産型の機体を使っての単一仕様能力はおそらくクラウンくらいしか扱えないだろう。ということは他のパイロットが使用しても発動しないということでもある。
おそらくクラウンが使用しているパイロットスーツからISに流れる電気信号が強く、濃いのかもしれない。それと同様に藤崎明日乃も測定不能まで陥らせるほど強い何かを持っているということが伺える。それを調べるのが今回の目的でもある。
それらの作用が功を奏し、形態チェンジを行わずとも発動できるのではないかとクラウンは考えていた。深くはこの後に分かるかもしれない。
月が満ちる時―――これが〝アイシャ〟の能力の名だ。
慣性エネルギーを変換し、その蓄えを刀身にのせることで放つことのできる斬撃。シールドエネルギーおよび対象エネルギーの消失が可能なうえ、相手に直接ダメ―ジを与えることが出来る最大能力だ。けれど、それを逆手にとれば相手に直接攻撃を与える上に怪我まで追わせてしまう可能性もある。そうなる前にシールドバリアーが張られて大幅に削ることが出来るのだが、過去に何度か相手に危険な目に遭わせて以来この能力及びISすら使っていない。そして久しく操るこれは果たしてどのような結果を招くのか。
そのエネルギーを貯める要が、大型の盾満月だ。中心部に外部エネルギーを介することで本体に取り込み、放つというシンプルにして強力な力を確実に使用できるようにチューンアップされているものの、やはり会社の印象のせいかじしつこれを公式ライセンスとして取得するという点についてはあまりおもんぱくない。
今時、剣一本で戦うことが古いのかもしれない。実に銃は剣より強しと言われているご時世だ。そもそもそこまで戦いに固着していないのかもしれない。所詮遊びということなのだろうか。
クラウンは物哀しくなり、いつもの要領で居合の練習に励む。
神経を研ぎ澄まして、己の思いを刀身に込め―――一閃。
ビ―――――――ィ。
ブザーが鳴り響く。と、同時に明日乃はゆっくりと崩れ、クラウンは意識を取り戻す。
剣と盾を投げ捨て、明日乃の元に滑り込むクラウン。地面に顔が付く前に腕が明日乃を優しく包み込む。
『姉さん!!』
『はいよっと!』
同タイミングで白衣を着た人が駆け寄ってくる。星羅の研究員だ。
『大丈夫だ。明日乃君は―――あっ』
強引に通信を切り、研究員の後を追うクラウン。切れた通信に顔をしかめた星羅はすぐにクスッと小さく笑った。
「さて、私も向かいますかね?」
立ち上がり、何度か身体をほぐすストレッチをして、ゆっくりと明日乃の向かう場所に足を引きずるように向かうのだった。
「ううん……」
「明日乃ッ!?」
頭を押さえながら起き上がるとともに何か強い引力に身体が激しく揺れるのだった。
声を知っている。優しい声音。ああ、頭がぼけてて思い出せなかった。
「苦しいよ?」
クラウン。クラウンがまたも抱きついていた。
まいったな。軽く笑い。彼女に優しくお願いする。
「クラウン。私はほら元気だから、ね?一旦離れて」
小刻みに一回揺れ、ゆっくりと離れていく。ベッドから降り、背もたれのない椅子に腰を下ろし、そこで落ち着く。
「大丈夫ですか?明日乃?」
「ああ、本当に強いな。お前は?―――効いたぜ。あの一撃」
最後のあの一撃の下りになるとクラウンの表情があからさまに悪くなる。
「ところで、ここは保健室か?」
無機質な白一色。
周囲一周ぐるりと見てから、クラウンに問うたが、ますます顔色が悪くなったのはここだけの話だ。あちゃー。話題変えなくちゃな…
「そういえば、カトレアさんは?」
「ここだよ。明日乃君。だけどねレディの前で他の女の名前を出すのは御法度だよ?次から注意すること!」
おお、いきなり説教ですか。
カトレアさんと呼んだ瞬間にシャーとカーテンが引かれた。そして顔を出したのが本人だった。そして、間から覗く入谷先生の姿があった。
「カトレア。うるさいから静かにしてくれ」
「えー、酷いな。昔はそんなこと言わなかったのにぃ」
「あの時は、我慢していたんだ」
「ちぇっ!」
ふて腐れるカトレアさんが駄々をこねる子供のように見えるのは私だけだろうか。普段寡黙無言な入谷先生もよくしゃべっているし……。これは夢?
「あー、今これ夢?!とか思ったでしょう?明日乃君は分かりやすい!」
うわぁ、心の中読まれた!って、すごいな……。まるで、分かりやすい顔って言われているみたいだ。
「すごい……なあ」
「もっと、褒めてもいいよ?」
「いえ」
「釣れないね~」
足をガバッと開き、腰に両手をあて、胸を張るカトレア。その姿は実に愚かと思ってしまう入谷。うるさすぎてデスクに集中が出来ないのが彼女の内心だ。
カトレアとは古い付き合いだ。小学生からの付き合いといってもいいかもしれない。
それがこうも成長しないのがおかしいのか、それとも私がおかしいのか毎回悩むところだ。
不思議と彼女の背中を見ていると、悩みが吹き飛ぶような気がする。そう、気がする程度だ。
「なぁ?入谷。お前もそう思うだろ?」
「なんだい?藪から棒に」
「?―――お前話し聞いてなかったのかよ。もう」
両頬をぷくーと膨らますカトレアを鼻で笑う。
「あぁ、笑ったな!?」「あほみたいな顔してたから」「何だと―――!!」
「話し進めてもらっていいですかね?」
謙虚な態度で尋ねてみると、話を切り返してくれた。
「で、私はあの後…」
「まあ、見事に倒れたよね?」
話をクラウンにキラーパス。話の意図に視線を彷徨わすのが関の山。
「まぁまぁ、クラウンは悪くないし」
「君が受けたのはエネルギー刃なのね?わかる」
「刃?」
「そうそう。刃。切れ味のいい刃だね」
「でも、あんなにシールドエネルギーを奪っちゃうのは……」
「おかしいいよね?」
「もしかして、あの盾が絡んできますか?」
「おっ、いい線通ってるよ」
「あれだけの力を出せるとなると、あの盾にエネルギーを変換できる装置が付いてるとしか」
「おっ!でで?」
「だから……ここまでしか」
「八割正解だね」
親指を立てて、グーのサインを私に返してくれた。
「まあ、さ。簡単に言っちゃえば、彼女の使う能力には対象エネルギーを消失させることが出来るんだ。だから、パイロットに危機を感じて絶対防御が発動するんだ。だから、君は負けた。常時に使用可能だけど、シールドエネルギーを喰らってしまうのが問題でね」
「なるほど」
「すみません」
「クラウンは悪くない。指示したのはね私だし」
「で…、ちゃんとデータの方は?」
「ばっちり!…さっき本部の方に転送しておいたし、明日には新作の良い糧になるだろう」
けどねと、少し残念そうにカトレアさんが続けて言う。
「一つ惜しいものを失った」
「私の使っていた〝アイシャ〟が……」
「なるほど、なんというか残念だったとしか」
「まあ、クラウンに専用機を与えたいと思うんだけど~~。明日乃君はどう思う?」
「良いと思いますが、私同様彼女はどの国の……」
「さあ~~」
「それで、戦争の火種にでもなったら」
「ならない。絶対に。けど、後でそれが分かる時が来るよ。……専用機の話はまだ内緒だよ?」
口元に人差し指を当て、ウインクを一つし、高笑いをしながら保健室からゆうかいに出て行った。
「明日乃。私は専用機持ちになっても……」
「お前にはそれを手にするだけの力がある。過去に何があったかは知らない。けど、今は今だ。過去は過去。これからはこれからだ。だから、今を先を大切にしろ。償いはその世界でしか解消されない。それくらいは覚えといてほしいな。わるぃ、くさいセリフだったよな?」
「ありがとうございます」
「いいよ、こんくらしか私には出来ない」
最後に彼女の頭を撫でてやる。今日は自分から頭を差し出してきた。上目使いで頼んできたので、どうしても断れない。だから、撫でてやる。
それを羨ましい顔で見ていた久遠の頭も撫でてやる。ふわっとした感触が何とも言えなかった。
夜はまだ長い。
デスクに就く入谷先生の横顔を見て、そう感じた傷ついた夜のことだった。