IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第二十九話 見える所と見えない所

 

 

 クラス対抗戦一日目の夜がやって来た。昼間の島原百花との対戦は反響を呼んだらしく、終わった後、特に夕食中は色々とせがまれるという現象があった。握手をしてくれだとか、サイン貰っていいですか?とか……隣に座るクラウンの眼も恐かったが、断るのも忍びないので全てに応えるとさすがに疲れるものだった。だから今こうして一人夕闇の天が支配する屋上で夜風に当たりながら、色々と物耽るのだった。

 五月に入ってまだ日は浅いものだが、時を早く感じるのは充実している証拠なのか唯忙しくてそう感じるのか分からないのだった。六月に入れば学年別トーナメントや授業の方だってそれなりにハードにもなる。身体持つかな……。正直心配かなって、心中でぼやいてみるが、気を確かにして弱音を飲み込む。後で、クラウンにでも話してみるかな、溜めこむのは良くないし。

 少し湿っぽい風が頬を撫でる。

「夏が近づいてきてるんだよな」

 手すりに肘を預け、点々と灯る街々に目を配りながら、ぼそりと季節の移り変わりに一言添える。日中はそれなりに暑くなってきている。そろそろ半袖の時期ですかね。衣替え……は出来無いな。部屋がまず違う。

 ふと脳裏に妹の綾陽の顔が一瞬過った。この頃あまり見ていないから元気というか様子がはっきりと分からない。気になっちゃうのが姉というか家族としての務めみたいなものがあるからだ。後で顔でも出すかな。謝りたいし。

 力なく天を見やると、ポツンと浮かぶ真ん丸な月が神々しく漆黒の空で唯一自己出張をしている。続いて手を伸ばし、届くはずもない月を何度も虚空で掴む。自ずと小さく笑ってしまった。

 掴めもしないはずのものを必死に掴もうとする意気込みで不可能を可能にするとでも言いたいのだろうか今の自分は。綾陽とのいさかいもなかったことにでもしたいのだろうか。本当に今日は疲れているなぁ、部屋戻って風呂入って、早めに就寝と行きますかねぇ。

 くるんとゆっくり身体を反転させ、ドアの方に身体を近付ける。夜風で冷えた手をポケットにしまおうとワンステップの間でやってみせるが、すぐに出すことになる。

 丁度反転した時、明日乃は眼を閉じていた。瞼を瞬かせる間に縦状の薄暗い影のようなものが明日乃の顔を射とめていた。

 天には雲が確かに流れてはいるが、こんな縦状なものなど見たこともないし、聞いたことが無い。その時明日乃は思う。―――違う、私狙われてる!!?

 前に飛び込む勢いで受け身を図る。刹那、金属の独特の鈍い直接腹に響く音がした。

 ほんの数秒前まで私がいた場所に、人の足。特に女子のものが踵落としらしきものを決めた姿が明日乃の眼に映った。そして網膜に強くその姿が焼きつけられる。

 手すりはアルミ缶を連想させるかのようにぐしゃぐしゃに拉げていた。ゆっくりと足を下ろし、身体をこちらに向け、力なく歩んでくる。

 明日乃は受け身に成功したが、先ほどの像が脳内に強く焼き付いているせいで、身体が縮こまり、小さく震えていた。自身の野生の感が危険を知らせているが、腰が抜けてしまい、それどころではなくなった。

 おまけに月は雲が重なったことで遮断され、更に薄暗くなり相手の顔を見るどころか視界は悪くなる一方で、足元を確認するのが関の山だった。

 いつ攻撃されるか分からないという緊張感に神経を集中させるので精一杯だった。幻聴かもしれないがこの光景を嘲笑する声が聞こえる。

 手は汗ばみ、脂汗が纏わりついて気持ちが悪い。乱れた呼吸が相手に場所を教えているかのようで、さらに混乱状態に陥る。逃げたい一心で手を使って後退するが、これは明らかに悪あがきにすぎず有限が決まっていることだ。逃げ切れるか、壁に背をぶつけゲームオーバーか。

 足跡は近く、一歩一歩と確実に近付いてきている。まるで蛇か何か?と彷彿させる。

 乱れる呼吸に、恐怖で身体が言うことを効いてくれないので空回りしている。

 どんと背中に小さな衝撃が走る。―――どうやら壁に行きついたようだ。一気に込み上げる汗がもたらす物凄く気持ち悪い感触など二の次三の次だった。まずはこの状態をどうにかしないと……。

 こんがらがっている思考を落ち着かせるためには深呼吸をする必要があったが、いかんせん脳がパニックに陥り、それどころではなくなった。けれど、瞬刻、私は嫌でも落ち着きを取り戻すことになる。

 雲が流れたのか月は再び輝きを取り戻した。と、同時に隠れていた顔も晒されることになる。広がる視界。探究心を胸に宿し、明日乃は顔を上げ、晒された顔を見やった。

 固まった。目を見張りながら。一瞬時が止まったかのように明日乃は錯覚する。

 足を止め、堂々と顔を晒したその娘は口角を最大限に吊り上げ、下衆いた笑いを喉の奥で鳴らしていた。

 ―――そんな、はずは……。

「く、ひひひひひひぃぃぃひ」

「どうして……」

 問うが、答えはない。

 また一歩。一歩と足は引きづるようにしてこちらに向かってくるのだ。

「あ、……どうしてなんだよッ!!?あ、綾陽!!」

「――なぁ~~にぃ。お姉ちゃん?きひひひぃ」

「帰ってこない……腹いせ、か?」

「待ってたんだよ?ずっと。お姉ちゃんのこと」

「ごめん。でも、今のこれはなんだ!!」

 謝って済むのなら、最初からそう言えば良かった。こうなる前に。

 多分、綾陽がこういう方法に行きついたのも気になるところだが、一番苦しめたのは他でもなく私だろう。それなりの罰は受けてもいい、というネガティブな考えに至るまでさほどかからなかった。

 小刻みに揺れる身体を壁を使って起こす。これだけの動きなだけなのに身体がバテている。

「でも、ね。今そんな過ぎたことなんてどうでもいいんだよね?元が無くなれば、全てチャラになるわけだし―――だからね、お姉ちゃんには!!」

「カハッ!!?」

 綾陽の空を切るパンチが鳩尾に当たり、肺の空気もろとも吐き出す。

 膝をつき、肩で息をしていると、間髪入れずに顔に中段蹴りを喰らう。綺麗に入った反動、私は何度もコンクリートの上を跳ね、柵に身体をぶつけようやく落ち着く。

うつ伏せの状態で、何度も力を入れるが、その度に力が抜け伏してしまう。

 綾陽が近付く音がして、相変わらず下衆いた笑いを披露している。聞いていて非常に腹が立つ。不愉快極まりない。

 明日乃は近付いてくる綾陽に向かって、力のない睨みを利かすが、彼女の光のない瞳に圧倒され言葉を失う。それは綾陽の心の深淵を書き写したかのように現れていた。

 眼を細め、極上の笑みを張り付けている綾陽の表情は先ほどとは違った含みのある妖艶な笑みをしていた。まるで、快楽に目覚めたかのような楽しみを見つけたみたいな。

「そんなに立ちたいのなら、起こしますよ?」

 胸倉を掴まれ、腕の力のみで持ち上げられる。女子の膂力とは到底思えない力を発揮していた。

 腕に捻りを加えた綾陽は私から酸素を奪う。次第に頭がぼーっとしてきた。

 宙空に持ち上げられた私は足を何度もバタつかせるも綾陽はちっとも気にするようなことはなかった。むしろ私の苦しむ顔を見て喜んでいるようだった。―――これが夢であってほしい。そう刹那に願った。

「そ、……そんな…風に、そだて、たつもり、はねぇ」

「ううん。全部お姉ちゃんがイケないんだぞっ♪」

 より力が加わり本当に死ぬのではないかと思った。走馬灯も流れた。今までたいして姉らしきことした事無かったなぁ。ここにきて悔いの念が出てきた。これじゃあ、成仏できないじゃあないか――――悪い。父さん。母さん。私、先に行くわ……。親より先に死ぬのは一番の親不孝だっけ……。

 いつしか明日乃の瞳から灯は消え、諦め、眼をゆっくりと閉じ、静かな最後を―――。それは、来なかった。そうそれは新参者の手によって阻止されたからだ。

「明日乃ッ!!!?うぉぉおおおおおおオオッ!!」

 突然、屋上へと繋がるドアがけたたましく開いた。その刹那、私は解放されコンクリートに尻餅をついた。肺が空気で満たされる喜びを初めて知った。

 まだ荒く呼吸する胸に手をついた私を置いて、あちらでは激しい闘争を繰り広げていた。

 綾陽と見覚えのある紅い髪を結った少女は余裕があるのかこちらに顔を向けた。

「よう!元気してっか?!明日乃!!?」

「かおり……」

「悪い。明日乃を巻き込まずに済めば良かったが、眼を離した隙にそっちに行ってしまった。本当にすまない」

 火織は綾陽をあしらいながらもこちらに謝罪の旨を伝えてきた。

 それよりも火織の話し方が変わっていた事が何よりも驚きであった。前は甲高で、ちょっと鼻につくような感じだったはず。私がいなくなってから綾陽の身に何かがあった事を物語っているように思える。それに制服も所々破れていたり、ダメ―ジを追っていてかつてのような面影を思わせるものは残っていなかった。一言で言うなら逞しいと言うべきか。

「どいつも、こいつも、うっさい!!」

「一番うるさいのは他でもなく、お前だぜ?綾陽!!」

 足を刈ろうとした火織。それを寸でのところで回避した綾陽は更に距離をあけ、身を縮め自身を弾丸かのように前に発射した。瞬く間に距離は無くなり、そこに待ち構えた火織のカウンターをすれすれのところで回避し、滑り込むように背後をとり、バックドロップを図った。けれど、その勢いを逆に利用した火織が足をコンクリートにしっかりと着地し、腕のロックがゆるんだと同時に後方に跳躍。

 スタッと、私の横に並び立った火織は、ニッと笑った。

「私も成長しただろう?」

「ああ、すごいな……」

「明日乃。お前はここにいたらだめだ。とりあえず部屋に戻って大人しくしていろ?いいな?」

 火織の真剣な瞳が、胸を打つ。冗談ではないというのは分かる。こんなときに冗談を言ってなんになるのだろうか。けれど、ここで大人しく逃げるのはいささか胸が痛む。

「今の綾陽は明らかにおかしい。これは何か憑いているのかもしれないな。その表情から知っているみたいだが、聞く気はない。問答無用でここで始末する予定だからだ。もし、ここで戦うような真似をするようであれば、ただではおかない。だから、行け!明日乃」

「でも……」

「何度も言わすな!お前は私が倒れた時の保険。そして切り札だ。ここで共倒れなどという失態を犯したらどうする?!どう責任を取る?今のやつならここの生徒を皆仕留めることができる力を持っている……。だから」

 火織が苦渋な面を張り付けている。ぴくぴくと肩を何度も痙攣させ、眼を強く瞑っている。見開き、眼力のある瞳をこちらに向け直し、口を開いた。

 あの眼を閉じていた一瞬は、多分私に対する怒りを変換するのに必要な時間だったのだろう。

「だから、行け!!?今は逃げるんだ!!」

「どけ!雑魚が!!」

「どかない。一緒にいてやる」

 横目で、明日乃が屋上から降りて行くのを見守ってから、綾陽を剥がす。

「さて、ここからが―――本番だ!!」

 身体を何度か弾ませてから、ファイティングポーズを構えて、ステップを刻み、そして戦闘の火蓋が切って落とされたかのように火織は前進した。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 あれからどれくらい走っただろうか。息の切れた私は、フラフラになりながらも辛うじて走っている。そう辛うじてだ。

 その途中で足を解れさせ、何度も転倒しただろうか。今の私には数えるどころではなかった。後ろからいつ追いついて来るかわからない私の血を分けた肉親、藤崎綾陽のことを考えると自ずと身体が強張ってしまう。走っていないとおかしくなってしまいそうな気がしたからだ。けれど、何度転んでも痛みを覚えることはなかった。それはアドレナリンが分泌されて興奮状態になっているからだろう。落ち着いた時が何より一番怖かった。

 鎮まりを次第に覚えてきたこの身体は、私を部屋に辿り着けると同時に眠りへと誘った。霞む視界に、短くドアがバタンと閉まる音を残して私は傾いたままの記憶が最後であった。

 

 

 ―――バタン!!!

 

 そのドアの強く閉まる音は他でもなく自室から聞こえたものであった。

 クラウンは明日乃が戻ってくるまでの間、テレビでも見ていようと思って、つけていた。

 消灯までも近く、短く区切りが良いと言ったらやはりニュースとなるのが適当なところだろう。聞き流しにしてもよしだし、何より見なくても大抵想像がつくからだ。鼻歌でも歌いながら、寝巻きに着替えようと制服を脱いでいた時―――ちょうど、ブレザーを脱いだ辺りに、その音は唐突にやって来た。盛大というよりも自身の事を知らせようとしているというのであろうか力強さが一瞬だけ感じ取れた。

 何事かと思ったクラウンはちょこんと顔を覗かせると、項垂れる茶髪に男性みたいな容姿をした人がドアに背を預けて寝ていた。

 脱ぎかけのスカートがパサッと、力なく落ち、弾かれたようにその場に項垂れる生徒に近付いた。すかさず、自身の肩にその生徒の腕を滑り込ませて、持ち上げる。

 一呼吸置いて、立ち上がる。予想以上に重く何度も身体が持って行かれそうになる。その生徒が重いとかそいうのではなく、人は本気で気を失うととても重いのだ。実際に今一人で持ち上げているのが何よりの奇跡と称してもいいくらいにだ。

「明日乃。もうすぐ、ベッドですよ……」

 ドアに項垂れていたのは他でもなく、明日乃であった。だから、条件反射のように身体が無意識に動いたのだろう。彼女を失いたくない一心に。そして女子の膂力とは思えない程の火事場の馬鹿力を発揮させた。

「よいしょ……!!」

 正直この際、明日乃を投げてしまった。

 けれど、着地場所は彼女のベッドだからなんの問題もない。―――というよりまず人を投げるのはどうかと…。

 そして、微調整を加えて、介抱できる体勢にすると、ブレザーを最初に捲るともちろんブラウスが顔を出すわけだが、クラウンにとってはそれだけで実のところ大興奮だった。

 人肌に己から触れたことが少ない初心なクラウンは、一つ大人への階段を上った気がした。

 先ほどよりパニックに陥っているクラウンは、次にズボンを脱がすと、可愛らしいボーダーの下着に、シュッとした太ももを含め総称して脚部が露わになる。所々に痣のようなものが腫れあがっていた。

 思わず生唾を飲み込む。

 呼吸も早くなっているし、心の臓も激しく血液を送っている。夥しく送っていそうなので爆発しないよね?なんて、初歩的な考えをするので一杯だった。

 ぐるぐると視界が回る。頭中は真っ白。考えてはすぐに消えの繰り返しで一向に答えに行きつかない。とりあえず、その肌に触りたい……。

 ブンブンと頭を被る。心頭滅却すれば明日乃の肌はすべすべと・・・。だからダメだって。

 歯止めの利かなくなった私はブラウスのボタンに指を掛け、一個一個外していく。プチンプチンとリズミカルにボタンが外れ、露わになる小ぶりな双丘。それと、下と違ったブラジャー。元々が肌白い明日乃なのだが、一際際立たせる。それは普段から彼女の肌を見ていないからだろうか。括れた腰つきには妖艶さがあり、無駄な肉が付いていない理想的な腹部には輝きがあって、抑えきれない何かが込み上げてくる。

 触るくらいなら、と。小刻みに震えたクラウンの指が明日乃の腹部に着陸した。吸い付いて剥がれそうもない。できれば触ってい続けたいそんな気持ちにさせる彼女の安心感が纏う腹部であったのだが、そこに―――。一滴の滴。純血。ピチャン……!波紋が広がるみたいにその一滴は彼女の白い肌を汚した。

 クラウンはそこで我に返り、近場のティッシュを抜き、身体に付いた鮮血を拭う。

 急に興奮が冷めたクラウンは、包帯を近くに持ってきて、彼女から衣類を剥ぐ。なるべく刺激しないように身体を持ち上げて、ブラウスとブレザーをベッド下に投げる。続いてズボンに関しては足を軽く持ち上げてその隙に抜き、同じくぽいした。

 そこからは授業で習った応急手当てを予習感覚でやってのける。手際がよく、瞬く間に明日乃に湿布や絆創膏に包帯が巻かれるが、色々とクラウンの考えた範囲でやるに布の面積大目というミイラみたいな容姿になった。

 治療の最中に何度か苦しげな声が上げていたが、一つ気になることがあった。「あやひ」というワードだ。彼女は明日乃の妹と聞く。何かがあった時ようにデータを拝見させてもらったが大したスキルもない一般生徒というのがクラウンの評価であった。

 それが、今の明日乃をしたというのであれば、場合によれば、手を出すかも知れない。明日乃は優しいから彼女を守る。そう韻を踏むクラウンは、すやすやと寝息を鳴らす明日乃の頭を優しく撫でた。

 

 

 

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