IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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あ、お久しぶりでね。

更新はいつ振りか、報告はのちほど書きます

とりあえず、溜まってるの出しちゃいます!


第三十話 後悔という念を

 

『……はぁ、はぁはぁはぁ……』

 闇雲に、ただひたすらに、足を走らせるのはどうだろうか?

 おそらく常人であればある程度走ると、筋肉疲労を起こし走ることを止めてしまうだろう。正直のところ、藤崎明日乃はその上記のとおりに足を止めてしまいたかった。だが、理由はどうであれ、走ることを止めることはできなかった。

 ただ、一つ分かることはこれであった。《走らなければ、後ろから何かが来て掴まってしまう》という心理。なら尚更のことである。が、今しがたこの変わらない情景に私は夢だと心の内から解き放って訴えたかったが根拠なんてものは無い。強いて言えば直観である。

 だから私は一度冷静になってみたかった。しかし落ち着きたいが、落ち着けない。なぜなら走っているからだ。

 次第に足がもつれ、その場に転んでしまう。それも派手に。けれど痛みは無い。アドレナリンによる興奮作用か?思考よりも早く身体が動いて、再び考えることは出来なくなってしまう。

『――っ』

 起き上がってすぐに再び、転倒。今度は横転だ。ようやく落ち着いた時、天を否、……漆黒よりも黒き虚無な空は周囲を支配していた。それほどにこの空間は何もなく、私を一人受け入れることすらなにも感じることは―――。

『つっかまえた~~!』

 胸で息をしながら、少しシリアスチックに物思いにふけっていたときに、私がどうして逃げているのか、その言及がわざわざ足をこちらに運んできた。ご苦労なこって。―――過剰な運動のせいか言葉がおかしい気がする。いやそもそも、私は運動なんかしt(以下略)

『断末魔はどんな声で鳴くのかな?…にゃあ?それともわん?』

『―――それ、は……無いと思、うぜ?』

『明日乃?いくら夢だからって、何もないなんて事は無いんだよ?』

 寝ころぶ、明日乃は南の方向から来た、血を分けた妹、藤崎綾陽と接触していた。

 身動きが出来ない明日乃に対し綾陽はゆっくりとこちらに近づいてきている。それに綾陽が話しながらこちらに向かう際に手に持っているものがあった。

 それは近接ブレード。日本の第二世代IS打鉄の標準装備である。それを片手で軽々と持っているのは夢の影響であろうにもかなりの迫力だ。

 あえてゆっくり来るのはこちらの平常心を狂わすためだろうか。正直のところかなり恐い。急に身体の血液が青ざめていくのが分かるくらいに。

 あいにくとこちらには策というものが無い。もう切られるのを待つくらいか?

『私の顔を見る度に、震えてね♪』

『や、止めろォォォォォォォォオオオ!!!』

 天上まで掲げられたブレードは、彼女の言下と共に振り下ろされ、綺麗な弧と空を切る音、スピード、何においても優れていた。躊躇のない一太刀は、私の胃を境に真っ二つに切り裂いた。

 派手に裂かれた私の胴は臓器を始めとするありとあらゆる部品は、シャワーのような鮮血とともに四散していた。その彼方には私の下半身と思しきものがあった。その下半身であったものはすでに肉塊となり、力なくただただ置かれていた置物に近かった。

 うっすらと意識が混濁する中で、私の鮮血を頬に染めた少女はにたっと極上の笑みを張り付けていた。

 

 

「うわっあ!!!――っ……」

 覚醒するや否や、私は悪夢に魘されたが如く、上半身をこれでもかってぐらいの早さで起こそうとした。だが、それは違うものによってあいまいなものとなってしまう。

 それは身体の節節から伝わってくる痛みであった。

「―――っう……いってぇ」

 ベッドの上で一人うずくまり愚痴を吐くほどに傷が痛む。

「痛みを感じるのも生きてる証拠……」

 どこかで聞いたことがある売り文句をぶつぶつと呟きながら、なんとか落ち着きを取り戻す。

 改めて、周囲を見渡すとここが自室であることを知る。カーテン越しから入ってくる陽光。鼻を抜ける女子独特の甘い香り。なににおいても、ここが私の部屋であることに間違いが無かった。

 落ち着いたことで昨日の件について覚えていることについて整理しよう。―――昨日の出来事だが、私はざっくりな話夜襲撃を受けた。屋上でまったりとしているところにだ。別にいつでも乱入は大歓迎だが、それとは違う要素を含んだもっともっと複雑な上手く言葉にできないわけありな感情を抱いたそれに近い。近いので言えば復讐。―――結果として犯人は妹の、綾陽で随分と様変わりした姿だった。

 そこに現れるのがかつてのルームメイトの吉音火織であった。満身創痍の私は屋上から離れ、ひたすらに歩いてやっとの思いで自室に辿り着いた…らしい。

 各々に思うものは私には分からないが、私がここにいるということはなにかのチャンスであろうものを手にしたのだろう。

「ゆめとは違って、胴は繋がってるしな…!」

 ポンポンと腹を叩くと、足元で何かが動いた。

 ふと、下の方向に目線を落とすとクラウンが猫みたいに丸まって寝ていた。じしつ、腕を組んでベッドの脇で突っ伏しているのだが。

 絹糸のようにさらさらとした髪が揺れる。腕の中で寝返っている。

「ほんと、かわいいやつ。ありがとな…」

 明日乃はクラウンの方に近づき、頭を撫でてやる。

 すると、後方から誰かに見られている気がした。だから、反転。反転した先に久遠が体育座りをしてジ――――――っと、こちらを見つめていた。明日乃は小さく笑い、久遠にも同じことをしてやる。久遠は気持ちよさそうに頭を撫でられている。

 それでもって、更に背後から、つまりクラウンのいる方向から衣擦れの音がした。

 案の定、それはクラウンのもので、眠気眼を擦りながら私の方向をジッと見据えていた。

 次第に眼が醒めてきたのか、その瞳は見開き、私の方にダイブしてきた。

「……あ、すの?―――わぁぁぁぁぁ!!よかった!明日乃が生きてるぅ!!?」

「おいおい……。勝手に殺すなっての?!一様ここに付いたんだしさ」

「でも、でも……、ぼろぼろで……死んじゃったんじゃないかって、ほんとにほんとに。ありがとう」

「ありがとうって、こっちのセリフだっての。心配かけさせちゃってホントごめん」

 クラウンは私の胸の中で、ポカポカと拳を交互に叩いた。私はクラウンの後頭部を優しく右手で包み、左手で優しく背中を抱きしめる。そして耳元で囁くようにこう言った。

「私は、ここにいる。少し距離が開いても、ここにちゃんと戻ってくる。だってお前がいるから。たとえ今みたいのが明日、明後日続いたとしても……」

「明日乃が、明日乃が困ったら、私がいます!傷ついたら、私が癒します。それでこそパートナーってものです!」

「――あ、ははは……。なんかいいとこ持ってかれた気がする。でも言いたいことはそのままだから、クラウンが同じこと思っていてくれてよかった!」

「わかります。明日乃が考えていることぐらいは?」

「そりゃあ、助かるぜ」

 明日乃はクラウンに微笑みかける。クラウンも反射するように微笑んでくれた。

 急に意識しだすと、私はなんてことを言っているのだろうか?……一緒だとか、戻ってくるとか、これではまるで告白をしているみたいではないか?!そう思うと顔が熱い。

 言葉にはしないが、クラウンも顔を覗かせてくる。み、みるな!?

「顔赤いですよ?」

「な、なんでもない!?」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ!?」

 更に際どい動きをしたせいか、眼前に彼女の顔がある。距離は互いの鼻息が掛かる位。一歩間違えばこのまま……っておい。自重しろ!私!

「あすの……ぉ」

「………(ジ――――)」

 後ろからうなじを触られたみたいに、背筋にぞわぞわとした感触が身体を支配する。俗に言う鳥肌とか、悪寒とか。

 とび跳ねた私は後方、おそらく久遠を見やった。

 もう何度も言うが、この部屋には久遠とクラウンしかいない。右向け右、左向け左という感じなのだ。

 とりあえず、逃げる口実が出来たので今日のところはこれで仕舞にした。半強制的に。

 それからのクラウンは少しご機嫌が悪い。それに鼻に付いた血のことは何ともいい難かった。

 

 

 放課後。

 朝の一連の件で、今日はなにかと一人でいることが多かった。休み時間とか昼休みとか。なにより昨日のことを思い出す、否、私がうっかりしていたのだが一人の時はなにかと屋上にいることが多い、ということは必然的に昨日の跡を知ることになるのだ。

 綾陽が踵落としをした―――アルミニウムみたいにいとも簡単に陥没した痕跡が残る――手すり。

 それの記憶が鮮明にフラッシュバックする。奇妙な笑い方をした綾陽。それは常人では考えられないくらいの狂った理性の崩壊を許した笑い方。それが一番強く記憶に残っていることであった。

 そもそも綾陽にはもう一人の性格がある。いや、人間だれしもがもう一つの顔を持っているのだが、特に印象に残っているのが、どうしても彼女の顔である。名は日景という。なにより名を付けたのは他でもなく私である。

 出てくるタイミングが空腹時やストレスが過度の域まで達すると出てきてしまう、つまり機嫌を損ねた時の綾陽なのだ。

 話は変わって、この学園に入って初めの頃。私と綾陽、火織と三人でルームメイトをしていた。ある時に仲違いを起こしてから、私がその部屋から出ていく形でその場を治めたという言い方はよくないが、あやふやな終わり方だったとあの頃からそう思っている。それからおそらく一月は経つだろう。

 ここからは私の推測になるが。そこから日々増しにストレスを溜め込んだせいで、ついに歯止めを利かすことが出来ないくらいの化け物と化してしまったのではないかと思う。今まで傍にいてそこまで酷い姿にならなかったのはやはり私という存在が大きいのだろう。

 言葉であれこれ言う前に誠意で表現しないと……口は災いのもとである。これほどに後悔をするのであれば早めに謝っていればよかったと切実に思う。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、明日乃は力なく教室の方向に歩きだす。

 その間にクラウンと鉢合わせる。が、ふいっとそっぽむいて私を追い越してしまう。

 もうそこから、授業に集中出来ず、散々なことになった。

 ―――という流れで今に至る。

 放課後はアリーナでクラウンとトレーニングと決めている。その習慣により無意識のうちにここにパイロットスーツを纏ってここに突っ立っているわけだ。周囲でもまばらだが使用者はいる。それにギャラリーもいる。いつになく増しでいるように思えるのは自意識過剰か?

 適当に体操を初めて、息が上がっているのとは違う深い深いため息に近いものが発せられる。これは何なのだろう。

 隣で私と同じ所作をする藍色のドレスを纏うクラウンと同じく白銀の癖っ毛の髪を持つ幼女に問いかけた。

「なんなんだろうな?久遠」

「……(?)」

 幼女は小首を傾げるのであった。

 その瞳には答えというより疑問の色を宿していた。まあ、無理もないと明日乃は苦笑して一瞬悩みを忘れた。

 明日乃は時間が気になった。だから時計を探し、見つけては凝視するといつもの待ち合わせる時間帯に彼女は現れなかった。やはり彼女なりにも悩んでいるものがあるのだろう。だからあわせるか、おも――――。ふと、久遠が彼方の方向を見つめている。だから私も倣ってその方向を見やった。

「――――えっ?!」

 Bピットの方からゆっくりとこちらに向かってくる栗毛の少女。長さは腰くらい。それが歩くたびに揺れ、弾む。歩き方一つにも品が見られる。だが、その顔には品などなく、下衆いた、実に酷い笑みを張り付けていた。そう、それは私の妹。藤崎綾陽、本人であった。

 手には、白銀の束。おそらく三十センチはある。この時明日乃はぞっとした。

「やっぱり、こんなところにいた。お姉ちゃん♪探す手間が省けて良かった、良かった。あ、お姉ちゃんが待っている人はここには来ないよ?」

「綾陽……」

 今日一日教室に顔を出さなかった綾陽。なにをしていたとか詮索はしない。だが、一つ気になっている。それは手に握られている束のことで。それに綾陽が彼女がここに来ないという意味深的な発言。明日乃はうすうすとそれに付いて気付き始めていた。だがそれは仮説程度で立証はされていない。先走り過ぎて綾陽に矛先を突き付けて……。

「次にお姉ちゃんはこういう。その束はまさかってね?」

「綾陽、ふざけている場合じゃあない!!?」

「ちぇ、反応が悪いなぁ…。まあいいや。お姉ちゃんが先程から気になっています、これのことでも……教えちゃいます★」

 綾陽が手を離すとハラハラとそれがグラウンドに落ちていく。それは落ちていく上で確信へと変わっていく。あの長さ、絹糸のような質、……あれはクラウンの髪だ。

「それは、クラウンの髪……だよな?」

「へぇ~~良くわかってんじゃん。羨ましいなぁ、このクソアマ。私のことよりもこの女の方がいいって?」

 地に落ちた髪を綾陽は地団駄を踏むかのように踏みつけ、爪先でぐりぐりと更に踏みつける。実に見苦しい光景であるが、上手く言葉に出来ない状態でもあったがこれだけははっきりと言えた。

「それは何だよ?!綾陽!?」

「だめだよぉ……お姉ちゃん。私のことだけを見てくれなくちゃあ…」

「だからといって、そこまでしなくても!?クラウンに何の非があるって言うんだ!」

「それはねぇ、お姉ちゃんに近づきすぎたからに決まってんじゃん♪」

 綾陽の声は低く、それでいて腹に響く。極上の笑みを張り付けていて、女らしい仕草が目立つが、はっきり言えば彼女は狂っている。ここまで酷いとは……明日乃は自分を心底バカな奴だと戒めた。だが、事変わらずましてや覆水盆に返らず。もうこの状態を作りだしたのだから、最後までやり遂げるしかない。

 明日乃が地に膝を落とし、頭を垂れている頃には彼女はこちらに近づいて来ていた。

 耳を澄ますと、ちょきちょきとハサミを閉じたり開いたりなどの仕草をしながら。

「お姉ちゃん。どうして私があのクソアマに天誅を下したのはね。本当にお姉ちゃんに近づきすぎたからなんだよ?」

「どうして………私が、何をしようが勝手だ……ろ、う―――」

 シュッと、左側に何かが切り抜ける。眼だけを動かし左側を見ると髪の端が切り落とされて、はらはらと散る。

「……っ!」

 頬が切られたのか、痛みが生じる。

「そうそう。こんな感じにね?」

 よく見ると綾陽の瞳には光が宿っていなかった。だから、これほどの仕打ちが出来たのかと明日乃は一人納得した。いつの間にか身体は脱力し、震えていた。もしかしたら私も殺られるのではないかと。

「なぁ……一ついいか……?クラウンは、生きてるんだよな?」

「あぁ、うん?いや、抵抗したから手足を適当に刺しちゃったし、もしかしたら出血多量でぽっくり逝っちゃったかも?」

「う、うそ…だ、ろ…?―――お前!自分がしたことが―――!」

 私が話し続けるよりも綾陽の手が私の頬に辿り着く方が先で、明日乃は動揺して言葉を噤む。

「お姉ちゃんは本当に分かりやすいなぁ。大丈夫!!……かも。殺してないけど、どんな姿かは見てのお楽しみってね!?」

「じゃあ、火織は!?」

「結構抵抗したからね。半殺し」

 明日乃は綾陽を突き飛ばした。適当に足踏みをしてから体勢を立て直す綾陽だが、既に明日乃は怒髪天であった。

「なにが、半殺しだ……。いい加減眼を覚ませよ!?綾陽!!お前のやったことはその身を以て償え!!行くぞ!久遠!」

「何向きになってんのよ?バカじゃないの?まあ、頭脳的より直観的なのは今も昔も変わらないか。むしろ好きなんだけどお姉ちゃんのそういうと・こ・ろ」

 明日乃は怒号交じりの口調で、IS久遠を呼び出した。いつも以上に気迫が全体から滲み出ている。おおらかなその表情は鬼そのもので。一瞬綾陽が怯む。だが、むしろそこまで本気になる姉を見るのも久しぶりであった。だからこそ完膚無きにまで倒し、仕舞にはこの手で殺めるのも悪くない。

 綾陽は手が冷たくなってきていた。それほどまでの気迫。腹の底から緊張が伝わってくる。

「そっちから来ないんだったら、こちらから行かせてもらう!!」

「おいで」

 綾陽は生身であった。それでいてなんとも涼しい顔をしている。実に完成度の高いポーカーフェイスである。とりあえず一発殴っとけば眼も醒ますはず!

 明日乃は綾陽との距離を一瞬で殺し、その勢いで渾身のストレートを綾陽に向かって放つ。

 綾陽は後退ということはしなかった。迫るパンチにむしろ肉薄した。そして両腕をクロス。防御の型で迎え撃つ。明日乃は驚愕を面に張り付けた。勢いの付いた拳は急には止められない。だから、それは綾陽に吸い込まれるように当たってしまう。

 当たった衝撃により、宙空へと投げ飛ばされた綾陽。もうちょっとで、壁に当たってしまう。だが、綾陽は身を捻り、むしろそれを足場にし、こちらに向かってきた。反応が僅かに遅れた明日乃は彼女の蹴りを受けしまう。威力はそこそこなのだが、何より驚いたのはその身体能力であった。

「綾陽、お前は一体……」

「お姉ちゃんにもその質問してあげる。《お前は誰だ》ってね?」

「知るかよッ!!」

 クスッと、小さく綾陽は笑う。それは私を侮蔑するみたいに。ほんの少しの迷い。またしても綾陽の良いようにされてしまう。地に伏せている身体を起き上がらせる。

 クスクスと小さく笑いながら綾陽はアリーナの中心部に鎮座している打鉄に身を預けた。

 ようやくこれで、まともにやりあえる。なんて、言ってみたいよな……。ただでさえ、生身で押されているのに。

 明日乃は刹那の間、昨日見たデジャヴュを思い出した。些細なことではあるが、結末がそれになるのではないかと思えてしまえたからだ。だからと言って、ここで素直にやられるわけにはいかない。だから精一杯に抗ってやるさ。

 風花を呼び出し、正面に構える。

 ふと、周囲が静かだなと思い、見てみると人っ子一人いないことが分かった。だから、何気なくうるさいなと思ったわけだ。

「さて、専用機持ちが、第二世代に勝てないわけないよね?お姉ちゃん?」

「ッたりめぇだ!」

 

 

「……っ、うぅん。ここは……!?」

 クラウン・ヴィクタ―は窓から差し込む夕日によって眼を醒ました。

 混濁する意識の中で、身体を起き上がらせようと腕に力を入れるが、それは叶わなかった。言うことを効かないことで、寝ぼ気はどこかヘ吹っ飛び、今起きている現状を確認するために目下を見やった。すると腕部周辺に一本のロープ、脚部特に踝に一本さらに手首と、はたから見たらそういうプレイをしているみたいにとれてしまう。別にクラウンがロープで縛られようが、何をされようが相手が明日乃ならば許してしまうこのMっ気は認めるとしてどこの誰かも分からない相手に縛られるのはさすがに許せない。という話は別としてこの縛り方よりも亀甲縛りの方が――そろそろ話を戻しましょう。

「はて、ここはどこでしょう?」

「ここはね、かつて明日乃がいた部屋なんだよ?」

「へぇ~~。それはご丁寧にどうもって―――」

 クラウンは固まった。まず、人がいるなら教えてほしかったこと。その中で自身がMっ気が強いということをふと思ってしまったこと。あれこれ思っても過去には戻れない。とりあえず、冷静を装い後ろから声がしたので後ろを向いてみることにしました。

 またはや面を喰らいました。泡を喰らいました。なんとそこにいた人も縛られていたのです。何より驚いたのはそのあとにさわやかな顔をして自己紹介をし始めたこと、ついでに私も自己紹介をしました。というよりも相手方が私のことを知っていたのです。

「はぁ~、助かったぁ~~クラウンさんは大丈夫?」

「はい。でも私たちここで何用に?」

「言葉で説明するよりも、君には現状を知っておいてほしいな。綾陽が何をしたかをね!?」

 私は吉音火織さんという人に、背を押されながら洗面台のほうへ向かいました。この時さすがに自身に起きていることに分かっていました。それは髪が肩口まで削ぎ落とされていたことでした。

「あらぁ……」

「あれ、驚かない?髪を大事にしてる子かと思ったんだけど…違ったかな?」

「いえ、確かに髪の毛は大切にしていました。なにせ、明日乃に羨ましいなと言われたくらいですから」

「アンタ、強いな?」

「はい?」

 クラウンは小首を傾げた。先ほどまで吉音さんは無理して笑っているようないないような複雑な表情をしているような方でしたが、今本当の顔を見たような気がしました。

 そのポニーテールに纏めた髪は姉と、いいえ、色素の赤っ気がこちらの方が濃く、灼熱を彷彿させるその赤は今の吉音さんの表情と相まって凛々しく見えたのです。その瞳にも赤く燃えるものも見れますし、彼女なりに確信に行きついたと判断できました。でも、彼女の発言にクラウンが小首を傾げたのは本当の話である。

「誰にだって、譲れないモノはあります」

「アンタにとって、それは明日乃ってか?」

「はい!」

「いい返事だな。明日乃が羨ましいぜ」

「ところで、私たちはどうしてここにいるのでしょうか?」

「君が運ばれてきたのは、ほんの二時間前かな。私は前日の内に捕まっちゃってさ。ほぼ一日中この体勢で」

「私を捕まえたのって、明日乃の妹さんの……」

「そうだよ。綾陽なのさ。彼女がこうなったのは明日乃がいなくなってからなんだよね。前は抑え込めたんだけどさ。最近はこれが日常で。いつの間にか縄解きもお手のものになっちゃって……」

 恥ずかしそうに頬を掻きながら吉音さんは言う。

「それより、早く明日乃のところに行かなくては……?!」

「そうだな。今頃どうなっているやら」

「明日乃は簡単にはやられませんよ」

 

 

「お姉ちゃぁ~ん。こんな生温いことして私が喜ぶと思ってるの?」

「………」

「喋らないとぉ、こうしちゃうぞォ♪」

 綾陽の力は圧倒的であった。

 風花と鎬を削った時に、刃から何とも形容し難い重いものを感じ取った。それから、すっかり身体が縮こまってしまい、今では刃が立たない始末で彼女が私を起こさない限り一人では立ち上がることすらままならない。まるで力を吸われているみたいで、気だるい。

 何度目かの綾陽の薙ぎは、久遠のシールドエネルギーを容赦なく奪っていく。もう少しで底をついてしまうだろう。今の攻撃の反動で私はグラウンドを何回転した後、天を息を切らしながら仰ぐ。息をすることすら面倒に思うくらい、いっそこのまま死んじまうのも悪くない……。明日乃は力なく眼を閉じた。

 

―――いや、ここで諦めるのにはもったいない。もったいなさすぎる!

 

 一度閉じた眼を開き、震えるどうしようもない身体に鞭を効かせ、風花を杖代わりに、明日乃は起き上がった。

 

「ここで、ぽっくり逝くのもいいけど。まだまだ知りたいことがあるんだな。これが!」

「さすが、生命力がゴキブリ並みのお姉ちゃんだね?」

「おうさ、あんま嬉しくないけどその言葉受け取っとくぜ?!」

「私の本気でポックリ逝っちゃえェェ!!」

「はは、もうお前の攻撃は、私には通じない!」

 綾陽の持つ近接ブレードのその打突力は、あまりの軽さからいくつもの残像を残す。この動きはレイピアのようだった。だから、私の風花の幅広の剣との相性が悪く、一方的な展開を広げたというわけだ。いまなら種も分かる。だから、私も軽く。もっと軽く!

 ――――OPEN!―――

 カシュッと空気の抜ける音がしたと思ったら、風花は中心を境目に真っ二つに分かれたのだ。私の要望通りに軽く、そして少し渡りが短くなっている。

「だから、もう同じ手には引っかからないの!?」

「えっ!」

 私も綾陽と同じスピードに付いていける。バトンのように軽々しく操り、そしてアクロバットな曲芸を織り交ぜ、ついに綾陽を後退させることに成功した。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。だんだん綾陽の顔色に余裕の色が無くなってきている。もうひと押し!諦めてたまるか!

 近接ブレードを右手でロックし、左手で脇腹を狙う。綾陽も一筋縄でやられるような奴ではない。宙に身を捻り、二回転するかと思えば、着地し、空いた所に突いてくる。私は小さく唸り声を上げ、後退した。

 すかさず立て直し、剣を天上に掲げるが行き場が無く、躊躇いを私はみせる。振りおろそうと思った時、風花を逆手に持ち替え、屈み思い切り後方に突きだした!

「ば、かなぁ……」

「はあああぁぁあああああア!!」

 綾陽の唸り声、それは断末魔の叫び。彼女の声ではなく悪魔の声綾陽を惑わし、仲間を苦しめた、苦しみの権化。それを断つ!!

 風花は柄と柄をドッキングさせることでナギナタモードへと姿を変える。明日乃は自分でも信じられないくらいの剣捌きで宙に躍り出た綾陽に連撃を噛ました。

「ウラアアッ!!」

 打鉄は地に落ち、綾陽を吐きだすと、糸人形の糸が切れたみたいに、ぴくりともしなかった。

「ざまぁみろってんだぁ……」

 この時すでに息が切れ、意識もままならない中に、飛び込んで来る人影を確認。―――よぅ、クラウン……。

 瞳に涙を溜める少女は果たして幻覚か本物か、明日乃は確認する前に視界が真っ暗になってしまった。

 

 

 

『――君は、また一つ強くなった。これからも精進してほしい……。願わくは私と一つにならんことを―――』

 

 

 

「―――ゆ、め……?」

 明日乃の寝ざめはすっきりとしていてとても清々しいものであった。

 これが、朝であれば、朝日に当たり光合成をしたいものだ。まあ、誰も突っ込んでくれないのでそのままスル―します。

 カーテンの閉まっていない窓から茜色に染まった空がうかがえた。この空からするに、これは今日起きた出来事が、全て夢ではなく事実で、綾陽の心の闇を取り除けたまでは分からないが、思いっきりぶつかったという事実がはっきりと残っている。この手で綾陽を倒したというのも。

 なによりも……。

「久遠。お前がそばにいて私に力をくれたからだ。ありがとう」

「……(こくこく)」

 それに、さっきのセリフは一体誰が。今まで聞いたことのない、知りもしなかった。新たな情報。それがモヤモヤとした感情を引き起こしたわけでもなく、むしろ心地よかったとも思えた。だから……今言えるのはこの言葉を片隅に閉まっておけばいずれかは分かるだろうという心理である。

 そんな一人佇んでいる時、光が伸びる。自然光ではない方、人工光である。それも、浴槽がある方から伸びている。

「まぶしっ!?」

「あ、明日乃。眼が醒めたんですね」

「お、おぅ。お前こそなんで……」

 藍色の空は次第に黒くなり、明かりを灯すのにはちょうどよかった。だが、浴槽の方から出てきた彼女――――クラウンは、濡れた髪に、バスタオル一枚と異性ならこの光景に飛びつくこと間違いなし!……だろう。―――だからとはならないが、いきなり電気をつけるのはさすがに引けた。そんな事よりも私が驚いていたのが、バスタオル一枚とか濡れた髪とかもあるが、一番の変化ともいえる髪の長さであった。今までは腰くらいまで伸ばしていたのだ。私が褒めると本当に喜んでいたという印象が強い。その髪を切るということは、やはり―――。

「クラウン。その髪……」

「あ、気付きました?イメチェンをしようと思って吉音さんに……」

「よっす!明日乃!相変わらず冴えない顔してるな?」

「火織!―――っつ……!お前こそ、バカに元気じゃあないか?」

「うっさい!」

「なんだ……二人とも、無事だったんだぁ……」

 私は二人の顔を暗闇越しから確認した。その安堵感に立っていることが出来なくなり、せっかくベッドから降りたのに、カーペットの上で尻餅をついた。

クラウンは髪が肩口までで整えられていて、短くても美人は美人だ。隣の火織も同じくシャワーを浴びたのか濡れている。顔には傷パッドのような絆創膏が張られていて、ますます少年のオーラを醸し出している。

「なに、泣いてんだよ、明日乃……」

 火織が、照れ困りのどっちつかずの顔でぼろぼろと泣く私に声をかけてきた。なぜだろう。なんで、泣いてんだろう?

「明日乃は優しいですから!」

「やさしいってか、ただのお節介焼きだな。うんうん」

「―――ぐずっ。ばか、そんなんじゃねぇしぃ」

「はいはい。明日乃。ちーん」

「ちーん」

 こんな時間が続けばいいな……と明日乃は口にはしなかったが、内心そう思っていた。本来ならここに綾陽もいて……。でも、今のこの時間も悪くない。この三人で出来ることをしよう。

 

 また綾陽みたいなことが起こらないように。

 

 切なる私の小さな思いを。

 

 

 

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