IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第三十一話 新たなルート。

 

 

「クソッ!クソクソ!!!―――どうして、どうしてこの私が、あんな奴に負けるのよォ……」

 ―――ほんの数時間前のことだ。

 私――藤崎綾陽は実姉の藤崎明日乃に手を掛けた。結果として失敗。これまでにないくらいの惨敗という苦水を啜る形になり、隙を見て人通りの少ないピット付近の廊下に身を転がしてきたのだ。

 死ぬ物狂いでここまで来たのだから、息は上がり、気分も悪い。

 背を壁に預け、暗闇の天井を睨み、奥場を噛んだ。

 敗因は未だ分からない。どうしてこうなったのかそれすらも分からない。大人しく寝ていれば楽になれたのになどと祭りの後のような戯言を綾陽は誰かに同意を求めるわけではないのだが、誰もいないその空間に独白するのだ。もちろん反応は無い。あってたまるものか……。同意、同情は情けなくなる。

 綾陽は反転し、気が済むまで拳を壁に叩きつけた。それと同じく発せられた怒号の混じった声には、ありとあらゆる怒りの成分が込められている。どのようなことを思ってはいているのかは本人にしか分からない。――今がまさに綾陽が一番人間らしいのかもしれない。

 それではまるで綾陽が今まで人という名の皮を被っていた。それでは彼女を否定してしまうことになってしまう。人と同じように笑い、泣き、怒ることや喜ぶようなことをしてきたはずなのに……。

 ただ、言うならば綾陽は明日乃という存在に依存していただけなのだ。更に言うのであれば甘えん坊なのである。人に頼り、自分は後ろでそれを待つ―――みたいな、けして自分の手を汚さない。そのスタイルを貫き通してきたこの幾歳。それがある時、ちいさなアクシデント一つで、いとも簡単に崩れてしまうものである。

 

―――明日乃が綾陽の前からいなくなったのだ。死亡や行方不明とはまた違う、一言で言えば姉妹喧嘩。仲違い。部屋を出て行ったきり帰ってくることはなかった。

 この手駒を失うこの消失感も、いつの間にか小さなストレスが積もりに積もり、いつしか爆発させてしまった。それが明日乃に対しての攻撃である。昨日の出来事、今日の出来事に後悔はない。―――だって、悪いのは明日乃なんだから―――。

 言葉にならない声を吐きに吐いた綾陽はズルズルと、力なく廊下に倒れてしまう。まるで蛇のように這っているようだった。胸を掴みこのすっきりとしない気持ち悪い感情をどこかに再びぶつけたいのだが、その気力が無いければ、力もない。

 壁に付いた血も、吐いた悪物も、今はどうだっていい。どうだっていいのだ。

 私は誰を憎み、誰を殺そうとしたのだろう。それは本当に誰でもよくて、たまたまそこにいた明日乃に牙を向けてしまっただけで、本当は明日乃を殺めても何の解決にもならないのだろうということを知っていた。けれど本当にやってしまったのなら、そのあとに待ちよせる後悔という念に押し潰されるのが関の山だということも知っていた。

 ではどうしてこれほどに落ち着いているのに、先ほどの憤りは嘘みたいに思えるのに、明日乃に手を出してしまったのだろう。先の見えない自問自答を繰り返しているうちに本当に先が見えなくなってしまいそうな感覚に襲われた。

 結局、私は誰かに見ていてほしかった。そして自分のわがままを聞いてほしかった。――まるで甘えん坊そのものではないと己に軽蔑した。

 自分が悲劇のヒロインでありたい。だから自分を救ってほしい。誰だっていい、私を救ってほしい!今までにないくらい願った。誰でもいいこの手をとって―――。

「では、救ってあげよう――藤崎綾陽君」

「えっ―――?」

 天から聞こえた声。―――幻聴?否、それは間違えである。

 聞こえたのは幻聴だ。では、なぜ眼前に人がいるという新たな問題が発生する?ということは簡単だ。それは幻でもなければ、幻覚でも、幻聴でもない。すなわち、人そのものであり、私に声をかけてきたからだ。実に簡単で、考えるという事をしなくても分かることだ。

 綾陽は天を睨むように見上げた。

 太陽のように輝く、純白なスーツに身を包み、こちらにほほ笑みを送る。

 その笑みに偽りがあって、でもなぜか安心できて、とても不思議な感覚に綾陽は驚いていた。

 無意識に手を伸ばし、助けを請う。それは赤ん坊のように。

「立ちたければ、自身の力で立つんだ。君はもう一人だ。誰かに請うなどという甘えは必要ない」

 払われた手が、廊下に付くなり、綾陽は早速行動に出た。自身の力で立ち上がろうとしたのだ。

「やればできるじゃあないか」

「その胡散臭い笑いどうにかした方がいいですよ。理事長」

「あはっ、そうかな~~。私の渾身のスマイルなんだけれどね!―――さてさて、君が今日したことは分かるよね?」

「はい。退学ですか?」

「おいおい、そんなわけないじゃあないか。君の実力に見込んで面白い話を持ってきたのにぃ~~」

 くねくねと身体の柔らかいアピールしたジェイルは奇妙な動きを披露した。綾陽はそれを意に介さない。なんせ、理事長がこの綾陽に話があると言うのだから。そんな前座よりも中身が気になる子供の心理に元づいていた。

「君の願いは力、だったよね?」

「どうしてそれを……!」

「眼を見ればわかる。その渇きに渇いたその眼。実にいい!すばらしいよ!だから君の欲望を叶えてあげよう」

 胡散臭い。実に胡散臭かった。なにが欲望を叶えると言うのだ。確かに理事長の考えることは強さへと近付くのには容易い。だが、私は楽して強さを得たいのではない。険しい道を渡り、そこに新の力があると信じているからだ。だからなおさら、それは許せないことなのだ。

「だけどね、その君のくだらないプライドは一生強くはならないよ?君見たいのにはとくにね」

「なにが……知ったような口をきくな!!」

「そうやって、自身の意見を否定されたら、まず相手に飛びつくっていうのはねガキがするもんなんだよ!そろそろ大人になりたまえ。いつまでも絵空事では食ってけないんだよ!!現実を受け止めろ」

「ただただ年を重ねただけで偉そうなこと、言うんじゃあない!」

「―――これで、分かっただろう?」

「―――!!」

 飛びついた綾陽はいつの間にか地に抑えられていた。関節を取られ、絞めていく。ジェイルは分かればいいと一言残し、いつもの胡散臭い方に戻った。

「で、話を戻すけど、君には我が社に協力してほしい。テストパイロットとして」

 身体を縛る重しのようなジェイルの体重も、絞まった腕の開放とともになくなり、綾陽は立ち上がる。ぽんぽんと叩きながら聞き流すかのような感じでジェイルの話を聞いていた。なぜなら急な誘いではあるが、概ね予想は出来ていたからだ。

「私なんかより、明日乃の方が何倍もいいかと思いますがね」

「それを言って、どう返してほしいかい?――ああ、そうかいって諦めてほしいかね?全く素直じゃない。もっと素直になりなさい。こんな千載一隅のチャンスを逃すのもどうかしてるけどね。―――さぁ、最後に聞くよ。私の申し入れを受け入れるか受け入れないか?」

「私は、力がほしい。力がほしい!」

「では、承諾かな?」

「はい!」

「ふむよろしい。ではこの後付き合ってもらうよ?」

「分かりました」

 こうして、見えない闇の部分の取引が成立した。

 綾陽は胡散臭い彼の背を追いながら、深淵にも似た空間に連れて行かれるのだった。

 

 

「あ、ちなみに……、君は甘えん坊じゃなくて、ただ汚いだけだからね?言葉を履き違えないでほしいね。わかったかい?綾陽君?」

 そこに綾陽の返事はなかった。

 

 

「ふふ~ん♪ふふふ~ん♪今日は、ツイてるな~~。もしかしたら生涯で一番運がいいのかな??そうだとは思わないかい?!綾陽君?」

 夕焼け色が空を支配し、その一つ向こう側は藍色が夜の帳を降ろそうとしているのが学園越しからでも一目でわかるほど、圧倒的に自己主張をしている。まさに文字通り夕刻と言わんばかりの景色だ。だが、それは夕焼けという現象を眼中に入れ、気付くようなアクションをすれば、また違うのだが、あえて気付かないかそもそも眼中に入っていないのか全く分からない、はたまた見過ぎて至極当たり前のようになってしまったということもあるが、―――ではどうして今、論を述べているかというと私の前をベラベラベラと口うるさく物言う長身の男性がいるのだ。口調は滑り滑って饒舌そのもの。

 暖色とは程遠い、無機質な白。それは、全身にまで影響されている。肩口にまで届くその綺麗な白銀の髪は、ほんの数時間前に自身が手にしたその髪の束を彷彿させる髪質。自身の手中を見ようとすればそれが幻覚として今なら見れそうだと、綾陽はそう思った。

 綾陽は、いまどうしてこの男の背を大人しくついて行っているのか正直、理由があやふやになりつつある。あの時はつい力と答えたが、それがいざ手に入りそうになると躊躇の念が身体を掬わせる。

「力を求めるのは悪いことではないよ。良いじゃあないか、人間らしくて非常に」

「どうして、私の……!」

「君、本当に集中していたんだね?小さくだけど、君のひとりごとが耳に聞こえた。そして、私が話を脱線させた!迷ってるね?って耳打ちしたらベラベラと、ね?」

「貴方は何者なんですか……?」

「私はね、欲望に飢えた人の見方だよ?――なんてね」

(欲望……ね)

「さぁ、着いたよ」

 チンと、エレベーターが最上階を意味するところで止まり、ドアが開く。するとチョコレート色をしたドアが私たちを出迎えてくれた。重量感のあるその妙な威圧感を醸し出しているそのドアの上には理事長室と看板が打ってあった。

 綾陽が少し、ビビっているのを見かねたその長身の男――ジェイル・ヴィクタ―は小さく微笑み、こう言った。

「君に紹介したい人がいるんだ。さあ、私の合図で中に入るんだ」

 手を指し伸ばされたが、綾陽はその手をとることはしなかった。

 ジェイルは落ち込むも立ち直るのもまた早く、上機嫌な様子で、ドアを開けた。

 

 

 

「ただいまぁ~。待たせたね~我が愛娘たちよ!!おっと、時間が少し過ぎてしまったね?」

「ううん、私は今着いたばかりだからいいよ。父さん」

「それは姉さんだけ。私は二十分も待ちました…」

「ははは、こうも性格が違うと、おもしろいね」

「はぁ……何が、面白いですか!?こちらは全然楽しくありません!!」

 ――と、扉を抜けてすぐ左側に真っ白の服――IS学園の制服を纏った少女、クラウン・ヴィクタ―が頬をぷくーっと膨らましながら、愚痴る。

クラウンはジェイルの愛娘である。故に何をしても可愛いのだ。

 続いて右の方は、真っ赤なスーツを着こなす女性が立っていた。これも私の娘だ。名はカトレア・ヴィクタ―だ。今では立派な社会人で、戸籍上は我がヴィクタ―社に置いてある。……そうではあるのだが、我が社よりも世界中のあちこちにいることが多いといってもいいくらい海外の方で活躍の方をしてくれている。だがそれが返って都合のいいことに電話一本でこっちに赴いてくれるので非常に便利であり、頼もしいビジネスなんチャラである。

 左右違う華が揃ったことで、ジェイルがデスクに就くと顔つきが変わる。

 二人も空気を呼んで真面目モードに移行した。ジェイルは頬づえをつき、一呼吸後に本題に入る。

「さて、二人をここに呼んだのは他でもない。君たちの出番だよ」

「ということは、いつものテストのことですか?」

 クラウンが真剣な面立ちで問うた。眉根が立ち、身に力が入っている。それを気迫なんてもいう。気合いが入ってるのは十分だ。だが、気合いが入り過ぎて壊れないでもらいたい。ジェイルは目線だけをカトレアに向けると、クラウンとは真逆の色を醸し出していた。ということは落ち着いているということだ。リラックスしていて彼女がパイロットならいい結果が出せそうだ。

 ジェイルがこの二人を呼び出すときの大概がヴィクタ―社のテストパイロットとしての件である。ヴィクタ―社の今までの功績はこの二人と一人の研究員によって出来上がったものだ。ジェイルの役割は総監督。ただそれだけだ。

 仕事中の父には威厳を感じさせるものがある。一つは家庭的な一面があるその顔が鬼のような形相になること。もう一つは口調。単純にいえば、口が悪い。が、それでも人を見捨てるようなことはしない人だ。冷徹な一面を見せるも的確なアドヴァイスを与え、人人を更なる進化へと誘うヒントをみせるその姿を私たち姉妹は見てきたつもりだ。

 ―――その父の顔つきに今は威厳を微塵も感じさせない――非常ににんまりしていて気持ち悪い――それは私たちよりも先の方を見据えていた。つまり扉の向こうに答えがあるものだと、ヴィクタ―姉妹は感づいた。変な顔をするのはなにかいいことがあった時にこそ出る。喜びに善し悪しは関係ないが、極端な変化は玉に瑕だ。

「まあ、そうなるが今回は協力者がいるんだ。入ってくれたまえ」

「失礼します」

 ジェイルの言葉に一拍置いてからノックする音が聴こえ後に、抑揚のない無機質な声を発しながらそれは入って来た。

 クラウンは顔が引きつり、カトレアはぱあっと、喜びの顔になる。対照的な反応を示した二人だが、クラウンはそれに噛みつくような勢いを隠しきれなかいほどの憤りを感じていた。

「どうして、貴女がここにいるんですか!!!!」

「落ち着きたまえ、彼女が今回の協力者だ。それ以上もそれ以下もない。仲良くするように」

「はーい♪」

 快活そうな声を発するカトレアに対し、クラウンはジェイルの言葉がうまく飲み込めず、感情的になって、吠えた。

「貴女が今日私にしたことをお分かりの上でここにいらしたのですか!?答えなさい!!藤崎綾陽!!」

「………」

 彼女は口を閉ざしたまま、ただクラウンを見つめていた。数時間前までの彼女とはまるで別人であり、今の姿はまるで抜け殻のようであった。無気力そのもので、殺気は感じられないし、眼は暗い。心ここに在らずですって、表現をわざとらしくしている。そこに腹が立つ。拳を固め、感情を押し込めようと勇む。

「や~ん!かわいいィ!!!♪」

 そんなことよりも真隣でくねくね身をよじらす姉のモーションおよびリアクションの方が何倍ものストレスを胃に与える。騒がしくて彼女にあれやこれやとぶつけてやろうとしていた怒りが、姉の行動により行き場を無くし挙句、自然的消滅を果たし、溜息にクリーニングされた。

「この茶髪って、地毛?こんなに綺麗に手入れしてある。指を透き抜けるこの感覚は一級品ね。でもあなた、髪を下ろしているのはどうかと思うわ。長さはある程度あるんだから括った方がいいんじゃないかしら。私だったら、ポニーとか、ツインテなんても王道で燃えるわ!それから、―――それから――――」

「カトレアは気に入ったようだね?クラウンは?」

「私は、私は彼女を受け入れることはできません。やるのであれば、明日乃がいいです!」

「君の言いたいことも分かる。出来ればそうしたかったけどね。世の中自分の主張でどうこうできるとは限らない。では、どうして私が綾陽君を選んだと思う?一つ目の理由は、彼女が藤崎家の系譜に乗っかってるから。二つ目は?」

「彼女が負け犬だから」

「確かにそうだね。彼女は負け犬。明日乃君との戦闘という名の姉妹喧嘩において敗北した。それも一つとしていいんじゃあないかな。正解は彼女には闇がある、からだ。これから我が社で、君たちも体験したことをやってもらうには、綺麗事だけがすべてではないという世界。その中で強くなってもらう。できれば、明日乃君にその世界でいきてもらいたいところではあるんだけど、いづれにせよ、私は敗者にしか興味が無い。かといって復讐のために、っとか言ってるようじゃあもう、結果は知れているんだ。それより強く、志を伸ばしてもらいたいところだけどね。おっと、言いすぎちゃったね。顔が怖いよ?クラウン」

「いつものことです」

「そうか。君を大人しくさせてしまったのは、私のせいだね。他に聞きたいことはあるかい」

「貴方は悪くありません。私が強く生きるためにはできるだけ、冷徹にいることですから……で、彼女は何に協力させようとお思いで?」

「プランBの方だよ。ウェポン担当。とは、考えているけど、両方かな」

「ふ~ん。藤崎って言うんだから、結果は想像通りでいいのかな。父さん!それにしてもこの娘可愛いね!気にいった!」

 今まで綾陽とじゃれ合っていたカトレアは突然会話に割って入って来たのだが、どこかずれている

 カトレアは綾陽の肩を両手でしっかりと捕まえている。そのままの状態で彼女の体躯をてっぺんから爪先まで舐めるように見ながら、ぶつくさと垂れる。

 怯える様子が無い。本当に先程の彼女なのかにわかにも信じ難い光景であった。これが明日乃の妹―――。そもそも明日乃が特別であって、藤崎とは関係が無い。だがしかし、今の言葉には矛盾が生じるのだ、明日乃だけが今は特別ではない。彼女も力に覚醒し、常人離れした身体能力を披露した。故に藤崎という家柄には何らかの秘密があるのではないかとクラウンは一人考察していた。

「まあ、今日のこれを見たまえ。姉妹喧嘩を録画しておいたのだが、それでも嘘とはいえないだろう。まあ、我が娘の髪を失うのは少し心痛いがね…」

 さっと、クラウンが自身の髪を触る。今しがた髪を整えたのだが、あの長かった髪のことを思い出すと隣にいる彼女を今すぐ殺したくなる。

「私は、長くても、短くてもクラウンはクラウンで可愛いよ!」

「もちろん、同意見だよ!!」

 親バカに、シスコンが!!っと、心中で吐き気持ちを整えてクラウンは本題を激しく脱線してしまったので戻すよう努めた。

「こほん、私の髪の話はこれでおしまい。私たちを呼び出したのって、それだけ?」

「そうだ、ね……」

「新作は、どうするんです?」

「クラウン、それなら。基本形は完成済みだ。あとは要領や、武装……上げたらきりがないくらい残ってる。そのときは協力してね」

「はい姉さん。それと、いつ行かれるんですか?」

「そうだね、近いうちさ。彼女の心が出来上がり次第ってところかな」

 そういい、私は綾陽の横顔をこっそり覗くのだ。本当に大丈夫なのかと―――。

 

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