IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

33 / 40
第三十二話 双方の望

 

 五月の終日。早朝五時。

 藍色のまだ薄暗い空が天を支配している時間。目の前には昇る日があり、無意識のうちに伸びでもしたくなる。―――ただ人影が無ければの話なのだが。

 この時間帯は部活動の朝練と被ることはまずないだろが、ぽつぽつと人影が目視できる。なので、変なことが返って目立つことになる。別に変なことをしようとかは今のところ考えていないのが、もしかしたら出てしまうかもしれない。……かもしれない。

このIS学園の敷地内で、ぽつぽつ疎らな中にも一際目立つ生徒がいた。

 ―――セシリア・オルコット。海外からここ日本にやって来た西洋人の留学生だ。独特の色素の薄い出で立ちに、小金に輝く縦巻きの髪。それをポニーテールにまとめ、全身をブルーのジャージで決めている。頬は走って火照っているせいか桜色を示し、息もそこそこ上がってきていた。

 現時点で、学園の周りをぐるりと三周。息が上がりきっていないのは、日々の賜物に違いない―――のだが、ここ最近は安静な日々を送っていた。なぜなら、話で聞くところの【きおくそうしつ】とかいう症状らしく―――現時点では詳細不明―――。

係り付けの入谷(保健室の先生)とほぼ一緒にいることが多く、放課後になると顔を出す「あすの」は今日起きた出来事や適当なおしゃべりに花咲かす。彼女の部屋と化す保健室は入谷が使用を許可しているためにセシリア専用のベッドがあり、そこで生活をしていた。

 これがおかしなことに、楽しい。入谷の見た目から陰湿そうな性格かと思ったら、意外なことにユーモラスな一面を魅せる。だから彼女といて笑わない日なんてない。

 そんなある日のこと、入谷の口から運動の許可が降りた。日々の様子を見て、記憶の回復する兆しが無いとみたからだ。だからといって、彼女のことを諦めたというわけではないのだ。

 学園の方針にのっとりこれ以上の遅れをとらせないためにもと思いのことだった。

 かつて、彼女がISに乗っていたように、再び彼女がブルー・ティアーズに触れれば何かしらのヒントで思い出すかもしれないと入谷は慮った。―――まずは、基礎体力が落ちている可能性が高い。他の学生と混じって運動でもすれば、友と体力、視野が広がるだろう―――と。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 四週目が終わろうとしていた。

 息も上がり、少し苦しそうな一面を見せるセシリア。走るペースは落ちたが、走るフォームは綺麗で、周囲の視線を集めていた。五週目に差し掛かろうとした―――その時!

 視界の飛びこんで来る真っ白な布。

 疲労感があるのか他に気を取られてしまったのかはさせておき、反応があからさまに後れをとってしまった。その瞬間に顔面に真っ白な布が覆い被さった。

 突然の出来事にパニックに陥るも基本動作は身体が勝手にしてくれた。徐々にスピードを落とし、ジョギングと同じくらいの速さになった時、それは落ちてセシリアの手に収まった。足は止まり手元に集中。これはタオル?

「―――昔は、お前がこうして私に、タオルを渡してたんだぜ?覚えてるか?セシリア。まぁ、全部とってたけどな。今のお前みたく顔面でキャッチした事はさすがになかったけどな……!!!」

「…………?」

「なんだ、返事も忘れちまったか?セシリア」

 セシリアが手に取ったタオルを見つめ、頭を垂れていた。ぱっとみ、相手の物言いも考慮すると一方的に攻められていると感じ取ることが出来る。だから、朝練をしている生徒たちも足を止めるものや横目で流すもの、各人がリアクションをとっている中で、セシリアの眼前で仁王立ちする少女は、セシリアと同じようにジャージを纏う。それでもって私と同じく色素が薄い出で立ちをしていた。ただ、一つ言うなればこんな幼女と関わりを築いていたかという疑問点。だけれど、話からすると私を知っているということが分かる。

 だが、それは過去の自分であって、今の自分ではない。―――何も知らないし、知らないままだ。でもこのタオルの温もりはどこか懐かしさを感じさせるも、頭が知らないと一点張り。

 分からないものはわから――――!!?

 頭に片隅にある記憶、それを引きずりだそうとしないばかりに、熱を持ち始めた。

 額に手を覆うように抱え込む、次第に苦しそうに唸り声のセシリアに、少女は血相を変え迅速に近寄って来た。

 セシリアが膝から倒れる瞬く間、彼女の肩に身を預けた。

「……あな、たは――――誰?」

「―――っ!!本当に忘れちまったのかよ……!」

 セシリアを抱きしめる少女、リリス・R・ペンドラコは次第に彼女を抱きしめる力を増していく。それと同時にある一人の人物に怨嗟を覚える。

 自分が彼女に負荷をかけ過ぎたばかりに……。リリスは、ほんの冗談を言ったつもりなのだが、捉え方によれば混乱させるものがあったのかもしれない。リリスは、セシリアを抱きかかえて、その場から去ったのだった。

 リリスはすぐさまに立ち上がり、身を収縮させたかと思うと跳躍し壁を目指す。そして蹴ってはまた蹴ってと交差させるように、並ならぬ身体能力を披露し、ものの数秒で頂きに達し、いなくなってしまう。

 痛い程に抱きしめられたセシリアは宙を舞うリリスに身を任せ、次第に遠くなる意識の中、明日乃を脳裏に宿した。

 

 

「―――ん。眼を醒ましたか。セシリア」

「――――ここは?」

 見なれた一室。独特な匂いはアルコールだろう。頭上には二本の蛍光灯があるが点灯はしてない。就寝の際は白いカーテンが敷かれるのだが、敷いていない。両脇で束になっているからだ。

 上半身を起こすと、視界のど真中に本を読む入谷がいた。私に気が付いたのか、本をパタンと閉じ、こちらに近づいてきた。セシリアは入谷の無意識の優しさにどこか安堵を覚える。

 無抑揚な声を聞き、更に安堵した。

「君は倒れた。それは覚えているか?」

「―――はい。でも、よくわからないです。ぐにゃぐにゃってなって……気が付いたら少女……って、いないですよね。その子の肩で寝ちゃって…」

「その彼女は、さっきまでいたんだけどね。帰ってしまったよ」

「その子の名前って……」

「リリス・R・ペンドラコ……」

 入谷のかたことによれば、イギリスの貴族中の貴族だということ。

 ―――とは、言われてみても、セシリアにはこれといってピンとこないみたいだ。小首を傾げて悶絶していた。

「そんなに難しく考えなくていい。記憶に留めておいてやれ。それだけでいい今はな。セシリア、もう動いてもいいぞ?ただ、時間が、な……?」

 入谷に倣い、時計のある方を見やると、時間が時間を言っていた。セシリアは一拍置くと急に我に返ったのか、準備をし始めた。―――ドッタン、バッタン!!!!

 忙しない。だが、準備は出来ていた。ただ一ついうならば、嵐の後は毎回どうにかしてもらいたい。言っても、あれなのだが……。

 入谷は溜息を吐き、彼女の後始末に掛かるのだった。無意識にどこか小さく笑う自分がいて少々気味が悪かった。

 記憶を取り戻したわけでもなく、それでいて恐いだろう。それでもセシリアは前に進んでいる。今日みたいな旧知に会おうならば毎回倒れてしまうのもあれだし、どうにかしてあげたいものだ。

 教室に何ら抵抗はなく、笑顔で帰ってくる。―――やはり思い入れの違いなのか?

 リリス・R・ペンドラコは幼馴染だという。そこは長年友情を育んできたからだろう。生憎と思考している私にもそのような人材は皆目いない。故に、分からない。

「……よし、片付けはおしまい……。ひと眠りするか」

 そう一人ごちると、デスクに突っ伏せ、眼を閉じた。もの数秒で吐息が寝息に変わり、上空にはZZZマークが昇天して行く像が見えるくらいはっきりとした後姿がそこにあった。

 

 

 

 

「ふぃ~~。すっきりした……」

 そう言い、浴槽から髪の毛をごしごしと乾かしながら出てくる明日乃の姿はどうにもこうにも男の娘であった。実際のところ、一糸纏わぬ生まれた姿をしてそこら辺を歩いていた。ここらでクラウンが鼻血を垂らしながら、女の子なんだからと実に幸せそうな顔で物を言ってくるのだが。その本人が今朝から見当たらない。置き手紙を一つも残さずに行ってしまった。だからといってこのままはなんだか……恥ずかしい気がしてきた……。

 慌てて、下着に、制服を纏うと、髪をちょちょっと分けると部屋を後にする。時間にして八時を少し過ぎている程度で生徒が登校するのには何ら問題はない。

 今一度、明日乃は箒との今朝の稽古という名のプライベート特訓について、思い返していた。できるだけ今日手に入れたイメージは物にしておきたいものだ。だから、いつものように屋上に赴くのだった。あそこなら今以上のイメージが期待できるだろう。

 屋上に繋がる扉に手を掛け、思いっきり引くと一天の蒼穹がこれでもかと広がっていた。明日乃は眼を眇め、手で陽を覆った。じりじりと照りつける陽光は既に夏季のそれを含むもので長時間陽に当たったら日焼けでもしそうだ。だから日陰に隠れるように動いた。

 日陰に腰を落とし、楽な姿勢で精神統一を計る。深呼吸を三回。すぐに自分の空間に入り込めた。

 

 

「………ふぅ!」

「精神統一は出来た?―――藤崎明日乃?」

「せ、―――セシリアじゃない。お前は!!」

 明日乃は立ち上がらんばかりの勢いで、その声の主に接近した。

 が、それも束の間でトンっと軽く押されると素直に後方で尻餅をついた。

 眼前で仁王立ちするその少女は、金髪碧眼。まるでセシリアの像を彷彿させるほど、美しいという言葉より、可愛いとか可憐という部類の方が似合う気がする。それは容姿が原因だと思われる。身長にして150~155センチくらいで、まな板、吊り目。――どう言ってもロリボディそのものである。私もそこまで胸があるかどうかなんて言ったらない……かも、あぁなんか悲しくなってきた。

 話は脱線したが、私がセシリアと彼女の名前を口にしたことで、進展はあった。

「セシリアだと……、貴様が容易く呼んでいい名ではないぞ!!!」

 彼女の口から出た反応は明日乃の予想を遥かに上回るもので、彼女の鬼迫は明日乃の総毛を奮い立たせる程の威力を併せ持っていた。鬼迫は思いもよらぬ出来事を引き起こし、明日乃は数刻意識が定まらなかった。

「それって、どういうことだよ……」

「どうしたもこうしたのも、全てはお前のせいだって言ってんだよ!!藤崎明日乃ッ!!」

 ズキッーーー!!!

 明日乃は胸を痛めた。彼女の言う通りで、あの『クラス代表』を決める時に初めてセシリアとぶつかって、何らかの衝撃で彼女から記憶を奪った。今は普通に、いや記憶があった以上に彼女と接しているのだが、あの時のことはもちろん忘れてもいないし、もし本人がそれを思い出して私を怨むようなことがあったとしても、私はそれを受け止めるし、逃げもしないで向き合おうとあの時にそう決めた。

「私は、確かにセシリアに取り返しのつかないことをしたと思っている。原因は未だに分かっていない―――」

「――いくら御託を並べても、それはお前が犯した過ちにしかすぎない!!懺悔感覚でセシリアに近づくな!!そういうのが一番目障りなんだよ!!」

「私は……!」

「お前は私に切られ、ここを去る!!ここに私は貴様に決闘を申し込む!!」

 明日乃は口出しを許されず相手の言いように頷くことしかできなかった。

 その表情には物凄い剣幕がここに張られていたのだから。息することを忘れ、いやな汗を背中で感じさせられた。言うなれば蛇に睨まれた蛙に近かった。

「ふん――貴様には、有無も言わせない。なぜなら、今日この後貴様と闘うからだ」

 ―――この後、ということは。クラス対抗戦しか考えられない。しかも決勝戦。私と彼女――。

「お、お前、名前……!」

「あ?そう言えば言ってなかったな。藤崎明日乃。その身に刻め、我が名はリリス・R・ペンドラコ。貴様を地獄に落とす者の名だ!!」

 リリス。彼女はそう言下した後、スカートを翻し、屋上から姿を消した。

 反して明日乃は膝を折り、その場で息を上げていた。幾粒の汗の玉がぽたぽたと床を濡らしていた。

 

 

 朝の出来事から、数時間後。

 明日乃はすっかりと落ち着きを取り戻し、更衣室で着替えていた。がらんとした風景にこう思っていた。

 決勝。なんていい響きだろうか。この言葉を聞くとそのあとには優勝というのが待っているが、正直自身がここまで昇って来られるとは思ってもいなかった。――運が強い、かな。

 リリス・R・ペンドラコ。彼女と刃を交え勝利することで初めて優勝という文字に辿り着けるが、今のところその言葉に深いこだわりはないし、どちらかといえば私は彼女と話がしたい。

「―――あすの?」

「お、おぅ。どうしたんだよ?セシリア」

 がらんと空いた更衣室に現れた金髪の少女ことセシリア。不安げな表情一つ、胸の前で手を握っていた。微かに揺れる手は、不安を物語る。それに倣うように私も声が上ずった。互いに小さく笑いあった。心なしかセシリアの顔が少し赤い気がする。

「セシリア。今日、リリスというやつに出会った。様子からしてお前の旧知だろう。君のことで酷く怒ってて、決闘を申し込まれた」

「私も、わたしも……!!リリスに会いました。――本当にこわくて、でもわたし、そのあとに寝ちゃったみたいで……。眼を醒ました入谷がいました」

「うん。それで、入谷先生はなんて?」

「リリスという名前と、彼女のことを覚えておいてやれって……それだけで」

「そっか。セシリアと、こうしてまた顔が見れて良かった。もうちょっと、時間あったら教室に顔だそうかと思ってたんだ」

「皆、明日乃を応援してます。勝って来てください!」

「ああ。言われなくとも。約束だ!セシリア」

 堅く握手を交わしたセシリアと明日乃はそのままアリーナの方に赴いた。

 

 

 Bピットに行くように明日乃に促されたセシリア。ごく自然のように入り込み、モニターに目を落とすとBピットの控え室をモニタリングしていた。明日乃が一人いる中で、縦横無尽に動いている。そう一人で。もしかしたら体操をしているのかもしれない……。

 一瞬眼を疑った。もしかしたら電話しているのかも……?でも、手は自由で、それもひらひらと。このマイクを使えば、あっちにアナウンスを促せるが、なんか楽しそうに見える。邪魔するのもなんか悪いし……。

「ちょっとごめんね……」

「あっ、はい……!」

 オペレーターの一人が、セシリアに一声かけ、マイク前に流れるようにキャスターの付いた椅子が割り込む。慣れた手つきでそれを使い、アナウンスを始めた。

『藤崎さん。スタンバイ宜しくお願いします』

 返事のような身振り手振りを一つ、IS装甲を展開。

 明日乃の肢体は発光。次いで、蒼穹を纏う少女がモニターに映った。そして流れるようにハッチから明日乃は吐き出された。

 何も言えず、ただ、少女は戦地に向かったのだった。

 少女への祈りを胸に、セシリアはモニターを強く見つめた。

 

 

『藤崎明日乃。発進する!』

 蒼い装甲を纏った明日乃は、ハッチから覗く蒼穹を一望し、カタパルトが前進。無重力で何も感じないけど、気持ち的にGを感じながら、ハッチから放たれた。

コーン状のスラスターを翻し、体勢を整える。その数刻の後、上空に黒を主体とした機体が日輪を背負いながら舞い降りた。そうそれがリリスの機体〝レムフォント〟の姿であった。

 〝レムフォント〟……〝久遠〟と同じくヴィクタ―社の識別コードを持つ。

同じく第四世代。黒を主体とした装甲に、副装甲は金色。骨骨しいフレームを邪魔しない最小限のパーツ創りで所々刺々しいのが目立つ。それは相手を引き寄せないためなのか…理由はどうあれこれだけは言えた。それがスタイリッシュでかっこいい。男子が好きそうな創りであること。ハイパーセンサーはヘッドフォンみたいで、でもそれも上記と同じように刺々しい。

 

 

『藤崎!!さっきの約束忘れてないな?!』

『――ああ、ってか、ほんのちょっと前の出来事を忘れるかっての!』

『ふんッ。さっきより喋るようになったな?だが、その口も今日で塞いでやる!』

 相変わらずの強気で、腹の底がきゅうっとなる。これが緊張。いままで感じたことのないプレッシャー。プライベートチャンネルだというのに。物凄い剣幕だ。

 リリスと対峙すると尚身体が強張る。それでも戦わなければ……。

『私も、私も条件がある。私が勝ったら……ダチになれ!!』

『戯言をッ!!!!!!』

 リリスが前傾姿勢となった頃時、ブザーが鳴った。その刹那!眼前から少女は姿を消していた。

 ガキンッ―――!!!

 手中に広がる鈍い痛み。風花を瞬間的に呼び出して、盾のように構えたのも束の間だった。それにこれが正解だった。だが―――

リリスの打点を相殺しきれず、明日乃は後方に風花が持ってかれた。離したいという気持ちが若干あった。けれどだ、今の自分に風花以外の武装は積んでいない。だから、離さなかったのは意地に近い。

 ある程度宙空を彷徨うと、明日乃は風花をハンマー投げの要領で軽く一回転した後、推進器とミニブースターで姿勢制御を行う。だが、リリスに手加減という文字は存在しなかっただろう。眼が血走り、眉間に深く刻まれた皺が嘘ではない本気であることを示していたからだ。

 追撃&連撃。身体が追い付かない。守っている所とは違うところが痛む。まるで今見ているのが幻で本当の攻撃は軌道をずらした上に、致命打になるところばかりを狙っているようだ。それでもその致命打を更にずらして半殺し近いように仕向けていることも読める。

殴られるたびに漏れる息が、だんだん苦しくなって来ている。

 展開されているのがただの一方的な殴られている映像で、観客のざわめく声が、ガラスを通して聞こえた気がした。そう気がしただけで実際はどうだかわからない。

 最後に入った拳が右頬にしっかりと入ると慣性に従い、飛距離を伸ばす。降下を始め、適当な所で、閉じていた眼を醒まし、明日乃はその身を翻す。頭を被り、意識を正す。後少し遅かったらどうなっていたことか。というよりもこのブラックアウトシステムが無かったら本当にやばかった。

 流れる時間は全てが一瞬の出来事。時間にして数秒。長く感じられたのは、身の程に起こりえるモーションを脳がゆっくりに魅せている……のかもしれない。

『大したことないな……。まるで赤子か何か、いや赤子に失礼な発言をしてしまった……』

『騎士っぽいやつかと思ったけど、唯の……人をばかにするような奴だったとはね!』

『弱い奴を弱いと言って何が悪い?――ふっ、いやここは……。お前は強い。だが、その強さに、私は屈しなかった。なぜならそれ以上の力を兼ね備えていたからだ、とでも言えばいいか?藤崎明日乃?』

『人をどこまで、蔑めば気が済むんだ!?お前は!?』

 上にリリスがいて、私が下で彼女を睨む。この開いた距離が実力を示すようなものであれば、私はそれを認めないだろう。ムキになって激を飛ばすだろう。それでも距離は縮まらない。そうそれを知っていながらも私は抑えることのできない怒りを前に、握り拳をして堪えて見せた。

『ふん。ほざけ!その程で偉そうなことを言うな。人なんて、優しいのは最初だけだ』

「はぁ?――お前何言ってんだよ?」

『貴様は、大事なものを失ったことはあるか?――その調子だとなさそうだな。なら、一つ教えといてやろう。この世で何かを守ろうと講じるとかえってそれが離れていく、とな。私はセシリアを貴様に奪われた。あれほど大切にしてきたのに、だ。それなのに貴様のようなぽっと出の極東の女に全てを持っていかれた!これは許させ難いことだ。それをと思い彼女に接近したら、むしろ傷をつけしまった。どういうことだ!!なぜ家族の次に彼女を失わなければならないんだ!!答えろ!!この悪魔がッ!!!!!』

『―――ふっ、ざけんなッ!!!!お前、セシリアのことを物でしか認識してないのか!?なにが、彼女の為だ!このエゴイストが!!全部自分のことしか考えていないじゃないか!――あの時のことは悔やんでも、懺悔だろうが、何をしようが報いることはできない。だがな、私だって好きで記憶を奪ったんじゃない!それくらいお前でも分かるんじゃないのか。少し頭冷やせよ……。過去がどうであれ、未来がどうであれ、彼女は今を歩んでるんだ。それを素直に応援できないのか?リリス!!?』

『なにィ、綺麗事言ってんだ……!?過去がどうでもいいって?じゃあ、それで死んだセシリアの両親と私の両親を思いは誰が受け継ぐんだ!!――他の誰でもなく私たちだろうが!!貴様のような生温い湯の中で暮らしてきた奴とは生き方がまず違うんだよ!!身の程を知れ!!」

『クソッ!!この分からずや!!』

 際限のない二人の攻防は、本心を据えての本気のやり取りだった。

互角の鍔迫り合い。その度に宙に散る火花の芸術に、互いの口を元に繰り出される言葉という名の弾。そして先ほどとは違う盛り上がりを見せる会場の観客席からは黄色い声が怒号のように飛び交い、会場の熱気はピークに達していた。

 明日乃の右手がリリスの頬に見事にヒットした。それを境に殴り、蹴りなどの応酬劇に移り、いつしか体力の消耗戦へとなっていた。

 ―――ズドンッッ!!!!

 盛大な地響きと、観客は一時アリーナを黙視することが出来ない程の砂塵が空中を渦巻くように立ちこめる。それでも二人の掛け声と、生々しい骨の鳴る音だけはピット、観客席、モニターからはっきりと聞こえていた。

『はぁ、はぁ、はぁ…!』

『はぁはぁ……、最初こそ見誤っていたが、どこにそんな力が……だが、この一撃で!!』

 ハイパーセンサーであっても、この眼中を漂う砂塵をクリーンに写すことはできなかった。だけど、本能が、野生の感が前方に殺気を感じ取った。条件反射。明日乃はファイティングポーズの構え。その刹那!!

 身を屈めたリリスが案の定のごとく砂塵を裂いて、明日乃の眼前に躍り出た。両拳を胸の前で構えているのはすぐにカウンターが出来るようにか、一瞬逡巡するが止めた。明日乃も前に肉迫する。

 互いが対面し合う中、右ストレートを互いに振るった刹那、二人のいる方とは違う方向からけたたましいいや、それ以上の破壊力を持った言葉のたとえようのない何かが天から、降って来た。それは視界が悪い今を更に状況悪化をさせる程のもので明日乃、リリスの二人は急な出来事により、迫りくる巨大な砂塵に一瞬にして飲み込まれたのだった。

 アリーナのグラウンドは灼け、そこから黒煙が狼煙を上げる。開いた天上の穴から黒煙が漏れていた。それが全ての始まりを告げる警鐘のようであった。

 

 

 この事態を生徒が理解するまでに要した時間は意外と速かった。否、間接的にそれを知ったのだ。アリーナの中心から巻きあがった砂塵の猛攻は、明日乃、リリスだけではなく生徒のいる観客席にも最小ではあるが被害は起きていた。巨大地震を彷彿させる程の地響きが中心を震源地として波打つ。第一波。ついで第二波がIS学園を襲う。

 それに伴いアリーナ天井が突き破られたことにより発動した遮断シールドダメージレベル4。観客席の防護シャッターが全て降り、扉を締め切ってしまう程の厳重体勢を敷くものであった。だが、シャッターを降ろしたところで生徒たちはごった返したかのように余計パニックになってしまう。だがそれはいたしかたない。全ては生徒を守るためなのだ。

 ――ぽりぽりぽり。ぽりぽりぽり。

「ポップコーンは塩に限るねェ~ぽりぽり」

「理事長。貴方も少しは緊張感を持って下さいよ……!」

「え?どうしてさ?逆にこの雰囲気を楽しむのも面白い気がするんだけど?」

「―――はぁ、これは遊びではないんですよ!?実際に被害が出てるんです!!」

「そう怒らないの?なんなら、君も生徒たちと一緒にパニックにでもなってればいい。私はこれを食べ終わるまで何もしませんので!……まだ半分もあるな―――ぽりぽり」

 完全に光がシャットアウトされた空間。観客席。非常用の赤色ライトが灯るが、それは反って逆効果になった。生徒たちは忙しなく動き回っている上に集団パニックに陥っている。こういうときは誰かが冷静でなければならないのだが。私の助手の彼女もパニックに陥っているし、無論私はポップコーンを食すに呈しているから無理。

 ブ、ブ、ブ、ブ――――。

 一拍ずつ切れるバイブレーションが彼の羽織っているジャケットの内ポケットで小さく遊んでいる。入っているのはもちろん携帯端末で、マナーモードの上に着信相手は来賓様である。その来賓客等は別室でモニタ二ング中だ。それで電話が掛かってくると言うのはあちらも映像が中断された可能性が高いとみた。それと苦情か…。

 とりあえず、彼は携帯端末を操作し、電話に出た。

「はーいこちら生徒たちとにこにこ戯れていますIS学園理事長のジェイル・ヴィクタ―です!!」

「ジェイル。ふざけている場合ではなかろう!この状況でよくそんなことを……、まあいいモニターが消えた。現場はどうなっている!?」

「ですからー。こちらも――――ツー、ツー、ツー……あれ、切れちゃった」

 受話器から耳を離すと通話終了の文字がディスプレイに表示されていた。更に斜め右上を見やると圏外。詰まる所それが原因で電話が強制終了したらしい。ジェイルは目線を周囲に向けるとあちらこちらで携帯端末らしきものを大事そうに握りしめ、何かやっている女生徒たちの姿が見受けられる。おさらくいや確信的にSOS発信だろう。

 ジェイルはやれやれと席に座り直し、ポップコーンの入ったバケツタイプの容器に手を突っ込んだ。中を探るが、すかすか。ジェイルは顔を覗かせるとそこにはものポップコーンの姿は無かった。

「やれやれ……。ほーら皆ぁ、一回深呼吸をしてみよう!!すーはーすーはー。ねぇ?落ち着かない?」

 ジェイルは二度手を鳴らす。パンパンと渇いた音がバケツの水をひっくり返したかのようなこの観客席に驚くくらい綺麗に響いた。それは叩いた本人が一番いい反応を示したのだから。ついで、一つ目の提案が飛んできた。深呼吸をするという最も簡単で、効果が早く出る方法だ。

 それを今一度生徒たちの眼の前でやって見せる。三回目に差し掛かるころには生徒たちがジェイルを倣うように深呼吸をするというなんともシュールな光景を描いていた。それもジェイルからすればこれも計算通りのことだった。

「皆、一旦携帯の使用を遠慮してもらいたい。見ての通りこの空間は閉鎖されてしまっている。なにが出来るかは二つ、自力で出るか外部との連携で外に出るかだ。そのためにも是非とも協力願う。外部と連絡できるのは私のみにしたい。この危機を逸脱しよう!」

 よく響く声だな……内心関心気味のジェイル。

 すると彼女らの手は次第に下に力が抜けたように沈んでいく。困っている時だからこそ誰かが指示を送らなければならない。それがジェイルであっただけのことで実際にだれでもよかった。

 ジェイルは携帯端末に視線を落とす。ふぅ、電波が戻っていく。

 早速外部との連絡を試みる。相手は―――。

「――――頼むね?」

 生徒たちに思いっきり背を背けるジェイル。その長身の背中からも語るものが生徒たちには見えたもので、通話が終わって踵を返すとそこには子犬のような眼差しを向ける視線の山があった。それにはサムズアップと、にこっと返してその場を丸く収めた。のちにその子たちが彼のファンとなる存在だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。