IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第三十六話

 

 

 放課後のアリーナ。午後四時を越し、生徒たちのギャラリーも増えてきている。今日は生徒たちを沸かす程の演芸が開幕されていた。

 リリス・ペンドラコ。クラウン・ヴィクタ―。セシリア・オルコット。入谷理恵。

 その四名によるタッグバトルが行われていたが、実際に戦っていたのは、リリスと入谷であった。

 そもそも入谷は教員。保健室の先生だ。

 驚きはその入谷が専用機を持ち、リリスを負かしている像。

 一見は生徒に稽古をつけているかのような映像ではあるが、入谷が一方的に仕掛けているみたいな、言葉を悪くすれば虐待、いやこの場合、体罰に当たるのかもしれない。そんな情景だ。

 力量をあからさまに相手に分からせているそんなシーンだ。一昔前の教育方針みたいで、なぜだか時代感を漂わせる。それでもこの情景に変化は生まれない。

リリスが何度目かの横転をし、その度に立つが、見ていてわかる。満身創痍だ。

 リリスは体形に似合わず、タフだ。負けん気が強いがそろそろ体力の限界を迎えようとしていた。

それに伴いギャラリーからも阿鼻叫喚が鳴り続けている。

 私とセシリアはこの緊迫とした空気に身体の自由を完全に奪われていた。言葉を発するところか、何もできないなんて……。

 諦めかけたその時―――!

 一条の眩い光がアリーナを支配した。それは明くる夜空に昇る太陽のごとく神々しくも儚く、美しい……。私にとって、手に届きそうで届かない存在だ。それに一人、その座に到達しそうな人物に心当たりがある。彼女ならその壁すらも簡単に越えられるだろう。

 眩い光に目を眇めたクラウンが覚醒すると光は落ち着き、聴覚に風の音を覚えた。優しい風ではなく、暴風。まさしく嵐。そう。アリーナ内で嵐が巻き起こっていた。特徴なのは四つの首を持った翡翠色の竜巻。中心にはリリスや入谷のようなシルエットではない者が浮遊。

 蛇に睨まれた蛙。それとの距離は大体二十メートルは離れている。それなのにその瞳に、寒気を覚え、それと殺意、なにより憤怒の念が強かった。睨まれ続けていれば、圧に潰されてしまうだろう。まるで鬼。

 それがゆっくりと、ゆっくりと、こちらに近付いて来ているのは、やはり彼女であった。

 この状況に割って入って来たのは、そう。藤崎明日乃であった。

 

 

 栗毛の彼女は、隣に一深紫阿を連れ、ひとりでにISを起動させ、アリーナの強化ガラスを突き破り、自身のワンオフアビリティーの開放による作用で、ガラスを修復。そして、エメラルドの風が、アリーナを一瞬にして包む。

 この時、明日乃に異変が起きていた。

 アドレナリンが爆発し、明日乃がその異変に気がつくのはまだ少し先の話だ。

 栗毛が一気に伸びる。新しく伸びる毛先は白髪。それが徐々に色を彼女から奪っていくようだった。元々の栗色の髪も白くなり、その大きな黒眼も左から金色にカラーチェンジ。

 そこにいたのは従来の彼女ではなく、新しくなった明日乃であった。

 そんな彼女が、手を伸ばす。両手をクラウンとリリスの方を範囲に押さえた。刹那、リリスとクラウン、入谷、セシリアから武力を奪う。それは手品のように一瞬だった。皆が自身の手を眺めているという光景を広げていた。しかし、明日乃には関係ないことだった。

「これはどういうことだ!?リリス!クラウン!セシリア!入谷先生!!?」

 明日乃は吠えた。しかし、反応はない。

 天華奏蘭の発動時中。

 この時、明日乃の瞳には憤怒の念が宿っていた。今にも煮えくりかえりそうになるくらいに滾っている。もう自分では抑えられないくらいに溜まっていた。

 過去より今、それは明日乃を鬼に変化させようとしていた。

 それと同時にある指数が異常に上昇の値を示していた。―――シンクロ率。

 それは久遠と明日乃の二人を紡ぐ生命線のことだ。一定の波を刻み、平常の指数を先までは示していたのだが、今は今だ。その波が一気に酷く荒ぶり、大きな波が明日乃を深海に沈めた。

 シンクロ率百パーセント――――百二十パーセント、……百五十、……百七十、二百パーセント、更に上昇。

「ぐぅ……ぅ、はぁはぁ……」

 顔の堀が更に深く刻むほど明日乃は、息苦しく悶えていた。一瞬にしてこの様態の変化に動揺を隠せない。どんな痛みよりも先に、胸に物凄い圧迫感を覚えた。

 力が全身から抜け、汗が止まらない。呼吸が出来ぬほどに圧迫し、焦点が合わない。姿勢も前屈みで、今にも膝を折りそうだが、猫背のままを保っていた。

 明日乃はぼんやりとした意識の中で脳裏に過ることがあった。

 この感じは今一度、このアビリティを使用した時の事を思い出す。リリスと初めて戦ったクラス対抗戦・決勝の一場面。あの日の痛みを忘れはしない。それをもう一度体現している自分がいた。でも、でも今ここで止めなければ、何が起こるか分からない。そんな後悔に悩まされるのなら、私はどんな痛みでも味わってやる

 ――――でも、今日の痛みはその時よりもずっと重い、押し潰されそうだ……。

「―――ぅう……ぐッ!!」

 いつのまにか、アビリティを制御出来ない程に、力が暴発していた。

 言葉にすれば、暴力。そんな暴力を制御できないとは……少し情けない。

 エメラルドの翠嵐が、四本の竜巻を現出させ、文字通り暴れていた。

 各々に意思があるように、好き勝手に、暴れていた。

 それを明日乃は泪の玉を浮かばせながら、悶え苦しみ、うずくまっていたのだ。既に膝を折り、正座で、言葉を悪くすれば土下座のような体勢だった。

「あーぁ、こりゃあ、酷いねぇ……。アリーナのカメラに異常な映像が映ったから…って、管理の人に言われて来たけどぉ……、予想外だね。でも、美しいではないか?えッ?!藤崎くぅんッ!!?」

 身悶える明日乃にはこの声が届かなかった。しかし、他のメンバーにははっきりと聞こえていた。

 その声の主は、この学園の理事長で、クラウンの父親である。ジェイル・ヴィクタ―であった。

 入ってくるなり、早々に一人ミュージカル開演。

 騒がしくも迫力のある実に目の離せない口回しで、他の面々を引き込んでいく。

 というよりも意思の持った竜巻を対処するので精一杯であった。

 この光景は外には映っていない。なぜなら、エメラルドの嵐が強化ガラス一面を完全に支配していたのもあるが、これが彼からしたら絶好の機会であった。

 この後に起こる彼のワンアクションが、全ての問題を一瞬にして解決をもたらすが、 その反面、少しややこしい事態も呼ぶこともアリ、その光景が実に気味が悪く、意地汚いものになってしまうため、明日乃のアビリティは目隠しのような役割を担うことになる。

 そのシーンまで、三、二、一―――。

「悪しき姿を、少し見せることになるが、忘れたまえ……セシリア君」

 ジェイルはポケットに手を突っ込み、スイッチを取り出す。

 実にコンパクトで典型的なスイッチであった。

 それをジェイルは、躊躇いもなく、道端に落ちたごみを拾い上げるかのような感じで押したのだ。

 すると、セシリアを覗く、明日乃、リリス、クラウン、入谷の四名が急に踏ん反り返る。

 糸の絡まったマリオネットのように狂った舞いの宴の開幕。その姿は実に見苦しく、ジェイルを奮い立たせる。彼のその瞳は恍惚としていた。

 奇声を上げるもの。

 白目を剥くもの。

 泡を吐くもの。

 痙攣を起こすもの。

 汚物を撒き散らすもの。

「――――――――!!!!!!!!!」

 次第に、各々が独自の現象を治めると、ばたばたとグラウンドに顔から突っ込んでいく。

 断末魔のような叫びを上げた後ISは霧散。四人は瞳孔を引っ込ませ、その場で伸びていた。

 魂が抜かれた少女、女性の精巧に再現された人形がそこに転がるように錯覚した。

 それは本当に糸の切れた操り人形のように見えて、セシリアは胃をガシッと掴まれる感覚を覚えた。

「……………」

 一瞬の間にセシリアは、口元に手を当てたまま、小刻みを揺れていたのがいつの間にか意思とは関係なく笑っていた。背筋に寒気を覚え、過呼吸になりそうなくらいに荒い呼吸。次いで、吐き気を催し、その場で胃の中の汚物をその場に撒き散らしてしまった。

 セシリアの様態など意に介しないジェイルは、はぁ―――と、溜息を吐き、四人の所に向かう。実に軽い足取りでその場に向かう姿から、まるでこの状況を理解していない、いや、このような情景を常に見続けていることが今のジェイルを築かせているのかもしれない。つまりは、彼はこの光景を好き好んでいるようだった。いや、彼とて辛い光景だろう。

 場違いな白い紳士は振り向きセシリアにこう言った。

「セシリア君。君の使っている〝ブルー・ティアーズ〟は最小限にもダメージはある。その結果が、それだけで済んでよかった。君には今しがた手伝ってもらいたい。この四人を保健室に運びたいのだ」

「………」

 セシリアは小さく首肯。

 まだ、力の入らないその体に鞭を打ち、立ち上がらせる。

「君にも手伝ってほしい!!一深君」

 いつものジェイルの口調とは違う印象。どこか悲しい瞳を向けていた。そんな彼をセシリアは放って置けなかった。彼女らを救うにはそれなりに理由は他にもあった。それが彼の慈悲の心なのかもしれない。

 それと、アリーナ口から姿を現す一深という生徒。

 彼女には何にも影響が無いらしい。すたすたとこちらに寄ってきて、クラウンを抱いた。

 ジェイルは明日乃と入谷の二人。となるとセシリアはリリスになる。

 思ったほどに重くなく、晴れない霧の中で焦る気持ちもあり、私らは早々に保健室まで行きつくのだが、保健室の前には織斑先生と山田先生の二人がいた。

「理事長。これはどういうことです?」

「子供の喧嘩に親が出た?みたいな―――悪いんだけど、そこをどいてくれないか?」

「子供の喧嘩ならまだ可愛い。しかし、それに教員が出てくるのはどうなんだ。これは体罰に当たる。一方的な絵面であったと生徒から情報が届いている」

「君は実際に見たのかい?」

「はい。アリーナの映像を見させていただきました。これは居た堪れないものを感じます。ISは現在スポーツの域に留まっていますが、今のはただの暴力でしかない。そんな教員をこの学園に置いておくのはどうなのですか?理事長」

「君は生徒思いでいい先生だ。だがしかし、君が見ていたのは、最初の方だ。リリス君はよく噛みついていました。負けん気があってよい。それでいてわんぱく。相当自身の力に過信を抱いているようなクソみたいな映像でした。私はこんな風に力を使ってほしいとは思っていません。だから、プログラムを一時的に切りました。その結果がこれです。どんなに優秀でも力の使い方が分からなければ、ただの破壊者でしかない。私は争い無くすためにこのISを作りましたが、がっかりです……がっかりでしかない。よって、この四人にはそれ相応の罰を与えようと思います。いいですね?入谷先生もです。分かりましたか織斑先生」

 物凄い剣幕に、この織斑先生もたじろいだ。押切り、ジェイルは保健室に入っていく。倣うようにセシリアも中に入っていった。

 

 

『―――ちょっ、ちょっと……待って!!』

 がばっと、上半身を勢いよく起こす。

 明日乃は息を上げながら、虚空を掴もうとする右手に、よく伸びた腕に視点を置き、荒げた息使いを整える。

 ここまではっきりとした像に、明日乃は驚愕していた。なにをしても痛くはないという利点に少し興奮気味だが、それと同時に恐怖感もついて来る。

 真っ白の空間。それは雲の上、或るいは天国?―――は、ないとして。

 よく見る夢によく似ているなぁ……程度の感動しかなかった。

 あの桜色の髪をした女性がよく語りかけてくるそんな夢。どこか現実味のあるような、無いような、アイマイなどう形容したらいいか、多分この先はっきり答えられないもどかしい気持ちに苛むこと絶対的な、よくわからない話なのだ。

 桜色の女性で思い出した。最近、久遠を見ていない。

 久遠というのは、白銀の髪を肩口でくすぐるくらいの女の子で、藍色のドレスを纏っている。笑うと可愛らしいそんな子だ。最近じゃあ、毛先が癖のある髪質になっていることを知った。それに私たちと一緒で成長もしている。そんな彼女に私は会っていない。

 まるで、私が大人になるにつれて、見えなくなってきているのかもしれない。あくまで憶測だが、可能性はあるのかもしれない。

『やべぇ、なんだか泣けてきたぞ?まるで、走馬灯を見ているみたいで……』

 泪がポロポロ、意思に関係なく流れてくる。拭っても拭っても、止まらない。

『あー、久遠どこにいるんだよ!!』

 そう、こう隣に自然と温かみがあってだね………。

『って―――いるじゃんか!?もう、どこに行ってたんだ!?見ないから心配したんだぞ……』

 あー泪、止まんないしぃ……。

 明日乃は思う存分に、久遠をかわいがった。頭撫でたり、頭撫でたり、それでも嫌がらないのだから、育ちがいいんだなと、関心した後、上記を繰り返す。主に頭した撫でないのだが。

 久遠はどこか思い悩んだ目をしていた。どこか遠くを見つめ、じっとじっと耐えていた。

 どうやら、彼女と入れるのは時間が限られているみたいだ。

『久遠。行っちゃうんだな。お前も』

 明日乃は久遠と同じ方向を見やり、小さく囁いた。すると、久遠の表情も一変。

 眼を思い切り瞬かせていた。―――なんとなくそんな雰囲気だろ?私間違ってるのか?

 よくわからないけれど、話を進める。

 更に、久遠が泣きだす始末。

 私は物凄く驚いていた。彼女が泣いていたのだ。感情を表さない彼女が、今こうして泣いているのだ。私は呆けて、次いで彼女に取り付いた。

『久遠。やったじゃないか!?お前、お前、感情が……私は今猛烈に嬉しい!!最後にお前の新たな発見が出来て、さ!!』

 私は立ち上がり、最後に久遠の頭を思いっきり撫でた後に、幻想の空間を歩み始めた。答えはどこにあるのかわからない。分からないけれど、とりあえず、歩む。これは基礎中の基礎にあたるのではないだろうか。

 そんな行き先分からない、私の手を後ろから取ったのは、別れを告げた久遠である。どうやらついて来いとでも言わん感じだ。

 平行に手をつなぎながら歩むこと、どれくらい経つだろうか……。

 まだ、よくわからない。定まらない。なにをしたらいいかすらわからない。それでもここが始まりラインらしい。カッコよく言えばの話だ。

『おい、っちょ!久遠。ちょっと、どこ行くん……あ、そういうことか』

 これはさっきのデジャヴだったのだ。誰かとの別れ、それが久遠。いやそうなのか、だめだ、全く分からない。でも、この別れは……。

『あ、行っちまった』

 すると、夢なはずなのに、急に眠気が襲ってきて。瞼が物凄く重たい。眠り眼を擦るも、それより速く睡魔が勝り、明日乃は膝から、突っ伏す。

 ―――コツコツ。

 あれ、久遠じゃん……。

 膝を折り、片目の瞑った明日乃の前に再び現れた久遠。

 なにかいい忘れたのか?いや、彼女はしゃべれない……はずだった。

 口をパクパクと動かしていた。

 

 

 ――――さ・よ・う・な・ら――――

 

 

 すると立ち上がり、久遠はどこからか持ってきた鈍器……そのシルエットは馴染みのある風花。それを天に預け、上段で構える。なんともおかしな姿だ。

 その光景は死刑囚にギロチンを落とす、まさに処刑のワンシーン。拘束具に身の自由を奪われ、最後の時を待つかのような。

 ―――あ、そういうことなのね。

 明日乃は悟る。自分の置かれた状態を。でも私はこの情景を案外良しとしている。ほら、悪い夢は吉夢に変わる、って聞いたことがある。だから、これは私の悪いものを断ってくれると信じているからだ。

 だからこれが、私の一回目の死。

 全く、夢くらいゆっくり見させてくれよ。

 風花が落とされるまでの時間はすこしヒヤヒヤさせられる。

 ――――時間が来たようだ。

 久遠自身の意思が固まったのだろう。こんな子にまで、大変な思いをさせちゃう私はまだまだ子供なのだろう。

 痛みもなく、あっさりと断たれた気分は、睡魔のおかげなのかもしれない?

 あれこれ考えたとて私は、この時完全にシャットダウンしたのだ。

 お先が真っ暗で、考えることすらできなかった。

 

 

「―――ん、んん……」

 明日乃の目覚めは案外、すっきりとしていた。

 ゆっくりと覚醒し、身体を起こしながら、頭に手を突きた。

 一瞬の思考。

 明日乃は夢をはっきりと覚えていた。いや、これは一時的に覚えているもので、時間が経つにつれて忘れていくものなのかもしれない。だがしかし、私は時が経とうとこの夢は忘れないのかもしれない。はっきりしないところがもどかしいが今はこれがいいのかもしれない。

 夢の中で、久遠にサヨナラと言われて。

 そのあとに、私は自身でも愛用している風花によって、何かを断たれた所で、夢は途切れてしまう。つい首元を手で確認してしまった。

 それでも、寝覚めは良く、少し身体が軽く感じる。また、はっきりと言えないが悪夢って、ストレスからくるものらしい……、でも私は、いや、無意識に人はストレスを感じるもの。それが塵のように積もり、案の定山となってしまった。で、話はここからで、それを断ってくれたのが、久遠で……と、私は都合よくこの事態を受け取りたい。サヨナラってのは悪夢に対してで―――、私と久遠とあの人との縁はそうそう切れそうにないと心得ているというか、悟っている。

 ともあれ、私は一度深呼吸をして、暗い気持ちをリセットしたのだった。それにしても、なんか違和感があるぞ?

「賢者タイムかね?」

「うわぁ!!?―――けんじゃ、たいむ?」

「まぁいい。お目覚めかな?藤崎」

 盛大にふんぞり返っていた明日乃の真隣で、腕を組んで立っていたのが、入谷であった。そんでもって、隣で良くわからない単語を言われた。なんだよ、けんじゃたいむって―――。

「はい、ここって、保健室だよね……?」

「ああ、君が最後に目覚めた」

 寝ぼけ眼で、ぼんやりとしていた視界がはっきりとそれを写す。

 いや、私が周囲に目を配らなかったせいでもある。実は皆、リリスにクラウン、セシリアに紫阿、最後に入谷の五人が私を取り囲んでいた。

 皆、パイロットスーツに身を包み、その上に各々の上着を羽織る。もちろん入谷も。

 ただ、私を見る目が悲観じみていて、疑問を感じた矢先、入谷が手鏡をこちらに向ける。柄がこちらに向いているということは、これを見ろと言うのだろう。だったら、見てやる。

 明日乃は言葉に詰まる。

 この時、鏡に映った少女。真っ白の髪は、雪化粧を施した山のようで、この場合ゲレンデでのたとえも可。

 それにしても、一瞬でこんなに老けるとは……。

 ベッドを覆うほどに伸ばされた長髪は自身の性格じゃあ到底かなわないだろう前代未聞の長さだ。それにさらさらしてる。え、これどういうケアしたらなるの?やっぱりいいトリートメント使ってるのかな?

 一瞬思考の停止が生じた。(注釈)一見ふざけてるのか思うところなんだけど、本人はいたって真剣です。―――え、どちら様?え、なにかのドッキリ?ウィッグ?もしかしてこれウィッグだな?さては―――。

 明日乃は、この時、静かに冷静を失っていたし、正常ではなかったと思うし、髪を引っ張って見たりもした―――。

 ―――でも、身振り手振りに、一秒の狂いもなくて、仕草も癖も同じで……。ただ、髪を引っ張ると物凄く痛くて、人類のテクノロジーを思い知った瞬間だった。

「――――これが、これが私。これが今の私なんだ……」

 少し、落ちつきを手に入れること十分。もうこれでもかってほどに鏡を睨むように見つめ、舐め回すように見た。それで納得した。もう納得せざるを得ない。どこをどうしても私なんだって。

 それにしても、綺麗な瞳だ。金色って―――。まるで久遠みたいだな、ここまでくると。でも、クラウンにも似てるよな……。もしかして私って美人なんじゃあ……。じぶんで言ってて照れてくる。

「ううん!!そろそろいいかな?」

 咳払いをする入谷。どうやら、話があるみたいだ。しかもお堅い話だろう。入谷の眼が真剣そのもの。

「では、話すぞいいな?――――」

 入谷が一呼吸空いて、今母音を発するであろう時に閉まったカーテンシャッターが一斉に開く。

「おはようぅお~~~!!」

 端から始まり、端までのカーテンをまとめ。一息吐いたのが、ジェイル・ヴィクターである。実に爽やかで少し、イラっとした。

 質の高そうな髪を靡かせながら歩くジェイルは、各々散る面々をまとめ、おチャラ気た雰囲気を一変させ、今まで見たことのない表情をして見せた。

 緊張感が張り詰め、開口してもその雰囲気は解けることはなかった。

「随分待った、と……。どうだい?君たちの力を奪われた気分は。あれ?もしかして気付いてないのかな?」

 セシリア、紫阿以外は呆けた。眼を見開き、各々がISアクセサリーに触れてみる。無論明日乃も無意識に、左耳の久遠を撫でる。

 ――――もしかして、あの時のサヨナラって、これを示唆させるものなのか?

 そう思うと、背筋に嫌な何かが、まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃を明日乃はこの瞬間に肌で感じられた。

「おっと、藤崎明日乃君は心当たりがありそうだね……、まぁ、その格好が何よりの証拠だもんね。それにしても久我遠子に君は良く似ている」

 久我遠子?―――明日乃はその名前に、心当たりが無い。というよりも私が彼女に似てきたと言われても、その答えに疑問であることに変わりはないし、聞こうにも周囲の面々が再びまじまじと見てくるのだから、なんかこう、もういいかなって。いずれかはその久我遠子という人物を知るきっかけがあるはずだ。その時まで閉まっておこう。

「えと、私……。小さい頃から、よく同じ夢を見るんです。しかも場面は変わるんだけれど、登場人物が私と桜色の髪をした女性のみで、いつもいいところでその女性はバリエーション変われど、姿を消してしまう。それを追ってると、いつの間にか現実に……あはは、信じてもらえないかな?」

「すばらしい。実にすばらしい!!そうして君は導かれるように、久遠を手にしたと。ぅうんッ!?まさにシンデレラストーリーだァ!!?」

「バカなッ!?最初からこうなることを明日乃は悟っていたのか?」

 首を突っ込んできたのは、意外にもリリスであった。私的には理事長の言ったシンデレラストーリーにツッコみたいところではあったのだが、いかんせんタイミングを失った。

「悟ってたわけじゃないし、こうなることも分かっちゃいないんだ。でも、リリスの言う通り、無意識になんらかな情報があって今の自分がいるのだったら、私は、操り人形じゃあないかな?」

「別にそう言ったんじゃなくて……、そうだったら、こわいなって……」

 リリスの表情が崩れちゃったぞ……。

「おいで、リリス」

 そう、呼ぶとリリスは素直にこちらに寄って来て、胸のところですぐに泣き出してしまった。背中を擦りながら、彼女を宥める。この場合落ち着かせるだろうか。とりわけ、それ以外の出来事もないが、周りの視線がやけに痛々しいのが、記憶に残っていた。

 胸にリリスを宿しながらも議題はまだ完結していない。話を終わらせなければ―――。

「私は、私です。そのなんでしょう。よくわからない事を言われても、今、ここにいるのが私なんです。髪が伸びようと、目が金色になっても、それが私だと言うのなら、それは現在の私の変化なのではないでしょうか?」

「随分と、成長したみたいだね。でも、君たちには罰を与えなくてはならない。そう、罰を」

 罰。それは間違った行動に、命令無視、上官に逆らう行為など、訳ば広いが、まとめると二度と過ちを犯さないための躾だろう。

 私たちが今回犯した過ちは……。

「決闘罪かな。まぁ、色々とおかしいんだけど、ここは決闘をしていい場所じゃない。君たちにはいざとなったら最前線で頑張ってもらうかもしれないが、今は平穏な時代でこれは戦争ごっこじゃない。そんな教育をした覚えはないし、モラルに反している。よって、君たちには一カ月間のIS使用許可の剥奪に、放課後はこの学園内の掃除を命ずる。いいね?あと、授業でのIS使用許可は可。それにことあるイベント事には率先して出てもらう。これもいいね?―――返事は?」

 はい、と保健室内に唱和されるお通夜のような、聞きざわりの悪い返事。

 その時は、皆素直に返事をしてみたが、よくよく思い返すと、彼の趣味が混じっている気がして……、あとあと体感してみると、いいトレーニングのようなものであったと思えた。ある一点、いやこれも今となればいい思い出になった。

 

 

 IS使用許可の剥奪から一日目の朝。

 いつもと変わらない朝が来た。天気は快晴。午後から気温が上がる模様らしい。これもいつも通りのルーティーンだ。

 歯を磨いて、髪を櫛で解く。唯一転、変わったことがあった。髪の長さだ。

 すっかりと脱色した上に髪色まで変わってしまった。驚くのはその長さだ、昨日の時点では、あれは寝ていたからさほど気にしてなかったのだが、膝くらいまであるように思えて、でも実際は太ももの長さまであった。驚きはその髪を維持するのに要する時間だ。ここではドライヤ―と言わざるを得ない。今までそこまで伸ばしたことのない長さが、私から時間という自由を奪っていく。

 櫛で解きながら、流していく。あぁ、いっそ切りたい。じゃあ切ろうとすると、同居人のクラウンがダメと一点張りを貫く。仕方なく、今日一日くらいはね、という口約束。それと手入れがしたい~~と、クラウンが駄々をこねるので、了承した結果が朝、七時頃を指し、椅子の上でテレビを見つめている自分と鼻歌を歌いながら私の髪を手入れするクラウンの二人がそこにいた。

「機嫌がいいな?」

「ええ、今が一番幸せかも……」

「いいのか?こんなことで幸せを感じちゃって」

「うん。もしかしたら、今日髪切ろうとしてたりするでしょ?だったら、この髪を触れるのって、レアだと思わない?」

「いつでも、触らせてやるよ?」

「なまいき……」

 二人は、笑いあった。この光景を明日乃は久々に見た気がした。ここ最近彼女とはまともに会っていないことに気がつき、この光景を肌で噛みしめていた。

 こんなに笑ったのはいつ振りだろう。お腹が痛い。

「はい。できましたよ」

「おっ、早速みようかな~~」

 明日乃は椅子を立ち、足早に鏡の前に向かった。

 すると、昨日の自分とは見違える変化だ。アップされた髪。襟足が掻き揚げられていて、首元が涼しい。

「あ、かわいい。これも私なんだな?ありがと、クラウン」

「いいえ、私もうれしいですわ。明日乃が喜んでくれて、やりがいがあるってもんです!」

 クラウンが胸を反らす。あぁ、いつ見ても大きくて羨ましいです。そうそう、うらしいで思い出したんだけど、私も少し大きくなっていたんだ。肩が凝るって、大きい人は皆言うけど……まだわかんないや……。

「どうしました?」

「ううん。それより腹が減った。飯でも食いに行くぞ?」

「はい!」

 本能も赴くままに。なんて、言葉があるが実際昨日の今日だ。

 女子らの噂の広まり力は恐ろしい。

 そう、部屋の前には、今の私を一目見ようと群がっている女子たちが待ち構えていた。現在待機中!

「お人形さんみたーい!!」

「噂以上に可愛い!!」

「女子力高めで、ファンになっちゃいそう!!」

「もっと、近くで見させてよ~~」

「え~、昔の藤崎さんの方が私は好きだな」

 それ、同感。

「さて、お嬢様。ここを抜けましょうかね?」

「明日乃……?」

 急に明日乃がカッコよく見えた。いえ、いつもですけれど……今日はそれ以上に輝いてみえます!!

 クラウンは興奮を抑えられない。そして、興奮冷めやらぬまま、明日乃はクラウンをお姫様抱っこし、軽く膝を曲げると、あっという間に、最後尾まで跳躍していた。柔らかく、廊下に着地し、そのまま食堂までダッシュだ!

 クラウンは喜びと羞恥と空腹とが混じり合い結果、幸せそうな顔に行きついた。

 食事を終え、教室までに行くまでも、女子たちは私を囲む。まるで、包囲網を掛けられたみたいだ。ここで言うなら、明日乃包囲網が布かれている。これは全学年にも知り渡っているみたいで、放課後までにかなりの生徒たちと会話をした。その中で、印象に残っているのは、―――結婚して下さいだったかな?

 明日乃は今日一番の深いため息を吐き、机にぐでーっと身体をナメクジみたいに吸着させた、その時だった。

 アナウンスが私たちを、理事長室まで来いと誘う。

 リリスに、クラウン、入谷に、私だ。

 もちろんこのことも知られている。人気者であり、もっとも危険な人物が私だろうか?よくそれでも寄ってくるな、感心する。

 あ、その件でも、新聞部から取材と面じた軽いセクハラを強いられたものだ。まぁ、これも無事回避できたわけで。

「明日乃?」

「あ、クラウン……」

 そんな事を言っている間に、クラウンが迎えに来た。

 長い道すがら、私たちは今日のことを語り合った。主に上記の件だが。それでもおもしろかったから良いかなって―――。

 それから、誰とも遭遇するわけでもなく私たちは、理事長室まで不気味なぐらいに一瞬恐怖を覚えた。

 特設エレベーターから降りて、見慣れたチョコレート色のドアの前に二人は息の合ったように立ち止り、ドアをノックした。

 返事を待つより先に、ドアを開いてしまった。開いたのは明日乃である。

「『失礼します』」

 静寂の部屋に二人の声は大いに反響した。

「いらっしゃい。明日乃君に、クラウン」

「遅いぞ、二人とも」

「やっと、それったか……」

 既に、リリスと入谷の二人がいて、それと話した順番だ。

 二人とも速くない?お堅い空気が周囲を漂っている。息苦しい……。

「遅いぞ?これデートだったら私帰ってるよ?」

「はい、こういうのって、五分前に着いてるんだよ?あすの」

 これまたびっくり。

 右に入谷・リリス。

 左にセシリア・紫阿の四人が仁王立ち。

 セシリアと紫阿は関係ないのでは?明日乃はすこし考えた。

「はいはぃ~~!時間押してるから、巻き気味で行くよォ~~」

 ジェイルが手を叩く。すると、部屋の隅から人が湧いてくる。床に魔法陣でも描いてあるのかってくらい、スムーズに人が流れてくる。その数、十~十五人はいた。

 その出てきた人物等が纏っていたものは……。

「メイドォッ!?本物だよ!本物だよ!?ねぇ!ねぇ!」

 子供みたいな反応を示した明日乃。その手手はクラウンの腕をがっちし掴んで離そうとしなかった。

 左手を握られたクラウンの心臓は今にも爆発しそうで非常に困惑した。

 警鐘の早鐘を知らせる程の血液の奔流に、クラウンは口元に手を当てる。そう、今にも体液を吐き出してしまう可能性がそこにあったからだ。

 隣の明日乃は、頬を真っ赤にして、メイドたちに興奮の意を示していた。

 このメイドたちは、ヴィクタ―家に仕える方々で、今いる面々は各国の代表。つまりはその国のメイドの顔ともいえる存在がこのIS学園に集結しているのだ。これは正式に行われているメイドの全国大会に出場していたメンバーをいくらの額で雇ったのかは知らないが、とりあえず父に良いように利用されているが、由緒ある人たちには変わらない。

 こうして、一声で集まるのだから相当なものだ。その中に同学年でその地位に立った娘がいた。その娘もこの中にいて、小さく手を振ってくれた。私はすこしはにかんだ。

 落ち着きを取り戻したのは、明日乃が手を離してからだった。

 その頃には、皆がある衣装に着替え終わっていた。

 メイドたちが私たちを取り囲むようにして、三分も掛からないうちに皆のサイズ感を完全に把握し、ぴったりサイズの完全演出を完了。

 メイドたちが再びジェイルの元に戻る。

「綺麗です……明日乃」

「そう、かな?それにしてもぴったりで動きやすい……感動してる……」

 明日乃がその場を一転。

 明日乃が纏っているのは、ミニスカートタイプのメイド服。紺よりの黒。膝上五センチ短い。

 それでいて装飾が少なめな使用から仕事着に適した作りである。これこそジャパニーズメイドと総称するのがいいのではないかと私は思う。

 明日乃の二―ソックス姿を網膜に強力目に焼き付けたい。出来ることならば、今すぐ撮影会を開きたい!それでもって、連写したい。連写したい。終始明日乃の表情と仕草を逐一細かく記録に残したい。それでもってポーズの注文、恥じる仕草を肌で感じたい。もう、今死んでもいい。それくらい私は幸せだ。声を大にして言いたい!!明日乃はかわいい!!明日乃は私の嫁!!

「ぐふっ!!」

「大丈夫か!クラウン?」

「明日乃……その仕草も、ぐっどです……」

「ほう、藤崎はこういうのを履いているのか……」

「入谷!なに見てるんだ!?」

 明日乃が赤面。慌てて、スカートを手で隠す。その姿が初々しくてクラウンは直視できず、目をそらす。

「お~~い、もぉ、理事長も何とか言ってくれェ……!?」

 それから、十分余りの時間が流れた。ざっくり言えば、撮影会となった。昂進的に動いていたのはクラウンであった。

「そろそろ、服と馴染みを得てきたかな?さて、説明しようかな。君たちにここに来てもらったのは他でもない。堅い話はなし。君たちには一カ月間メイドとして、放課後働いてもらう。外部者も手伝ってもらっていいのかな?」

「おっけ!」

「はい。こんな私でもお役にたてれば」

 いつの間にかセシリアと紫阿もメイド服に着替えていた。スカートはロングタイプ。てか、私以外皆スカート長いぞ!?

 クレームもさておき、私たちはメイドたちと一緒に各ブロックに分かれて掃除することとなる。普段から彼女らが掃除しているのは知っているが、まさか自分もこうして学園の為に貢献するとは予想もしなかった。

 

 

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