IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第三十七話

 

 

「これにて、終了です。お疲れ様でした。お嬢様、明日乃様」

 ヴィクタ―家直属のメイドたちに、終了宣言をされるまで、明日乃とペアのクラウンはゴミをまとめていた。

 すっかり火が付いてしまい、終了の合図があってからも少し片づけていた。

 私とクラウン、入谷にリリスの四人と+αのセシリアと紫阿の計六人は各フロアに分かれ掃除をし、その主な作業内容はトイレ掃除、モップ掛け、窓ふき……各教室の掃除なんてのもあった。数えれば多い。でもいざ始まれば案外愉しめるものであった。最初の一時間は。

 まず始めたのが、トイレ掃除だ。馴染みのある個室の空間にメイド姿の私とクラウン。ぼちぼちメイドさんたちがいる。それに、なにか泣いている。……おそらくクラウンの晴れ姿を見て感極まっているのだろう。こんなに祝福されるのであれば羨ましい限りだ。

「はぁ~~、つっかれたなぁ……あちこち痛いや…ははは」

「お疲れ様。明日乃」

「なんか、ぜんぜん余裕そうだね?」

「ええ。普段のトレーニングに比べれば、余裕ですし、明日乃と働けたことが何よりのスパイスでした。ほんとにかわいくて、もぉ~~ごちそうさまでした♪」

 なんか良くわからないけど、喜んでくれたら、それはそれで嬉しい。

 クラウンが身をくねくねして、その姿が彼女の父親の姿に似ていて少し可笑しくなった。

「なにか、変ですか?」

「え、…ああ、いやね、理事長に似てきてるなぁって……」

「え~~、そうですか?!」

 その姿も似てますよっと、言いたかったが彼女の為に言わないでおこう。

 掃除道具をロッカーに戻し、メイドたちとも別れ、とりあえずこのメイド服をどうするのか分からないから一旦理事長室に行くことにする。

 手慣れた手順で、理事長室に到着。チョコレート色のドアにノックを二回。返事と同時にノブを捻る。抵抗もなくスッと開いてその空間に身を投じる。

 中には私たち以外のメンバーが集まっていて、既に制服に着替えていた。

「ごくろうさま。随分と時間が掛かっていたみたいだけど、そんなに大変だったかい?」

「ええ、まぁ」

「そう。では、二人が来たことだし、解散!明日も宜しく」

 一番最初に部屋を出ていったのは入谷であった。次いで、リリスとセシリア。リリスは身長差があるので腰辺りにワンパンチをかまして、セシリアは手をひらひらと振るなり出て行ってしまった。

 紫阿に関しては、『疲れたね』の一言に肩に手を置いて、去る。

 二人と白い紳士が部屋の残る。

「さ、君たちも着替えなさい」

「服はそこにハンガ―があるから、掛けといて」

 白い紳士は、左の方向を指す。倣え左、二人は左を見やる。すると空きのハンガ―が二本。それに、他のメンバーが着ていた服が掛けられていた。

 白い紳士は椅子に鎮座したまま、動こうとしない。だから、そのハンガ―の所で二人は着替え始めた。なにせ覗きに来るわけではないと信じているからだ。

 二人はすぐに下着姿になった。明日乃はこの姿になった瞬間に、背中に何かが走るのが分かった。

 背後を振り返ると、クラウンが恍惚とした表情で私をてっぺんからつま先までを舐め回すように見つめていた。私はすかさず両腕でとりあえず胸を隠す。脚は内股気味で。

「な、なに……」

「………」

 クラウンは返事をしない。もしかして、気を失ってる?まさかね。

 とりあえず、顔の前で手を振ってみた。本当に気を失っていた。あらら……そんなに刺激が強かったのかな……?

 明日乃は自分の体をまじまじと見渡した。たしかに、アビリティの影響もあるのだが、女っぽくなったのは実感がある。でも、そんなに?と思うところもある。これで私が本当にいい女になったらクラウンは昇天してしまうのではない・と、少し心配してしまった。彼女の人生的に。

「あ、ごめんなさい」

 ここでクラウンが、意識を取り戻す。……よかった。

「そんなに刺激的かな?」

「はい♪とっても!!」

「あ、そう……」

 赤面を隠せないクラウン。それを目を逸らしたり、手で覆ってみたり、忙しそうにしていた。

「クラウン」

「は、はいぃぃぃ!!」

 ただ、名前を呼んだだけだったのだが、素っ頓狂な返事をかましてくれた。

「私、髪切るから、手伝って?」

 私は間髪入れずに、そう彼女に伝えた。返事は……。

「はい。切っちゃうんですね?―――分かりましたお手伝いします」

「少し、だけね?」

 口約束とはいえ、私は真剣だ。今日一日体験して、髪が重いし、邪魔だなということに気が付いた。やはり長さは肩か最高で腰の辺りだな。

 私は早々に制服に着替えるつもりであったが、あちこちが悲鳴を上げている。なので、脚がもつれ、前に転倒しそうになるが、寸でのところで、クラウンの胸に飛び込む……でも、だめだった。

 純白の下着に顔を埋めてしまった明日乃。手から解放される制服一式を余所にそれから逃げようと体が無意識に動いた。

「ごめん。クラウン」

 つい、姿勢を立て直した時に上目使いになってしまった。それがまた、クラウンにダメージを与えるきっかけになってしまった。

 そしてもう一度彼女の胸の内にインすることになった。今度はクラウンが勝手にやった。

「か、かわいい………!!!」

「く、くるしい……!!」

 もれなく、クラウンの胸の内で息絶えてしまうところだった。

 クラウンの左腕を二回叩く。すると慌てて、手を離し、私は解放される。そして、肺に空気が満たされる喜びを、全身を以て感じた。

 うっすら涙眼になりつつ、クラウンを明日乃は焦点に捉えた。

「だ、だいじょう…じゃなくて、ごめんなさい!!」

「いいよ。いつつ……」

 急に動いたことで、痛めた筋肉が悲鳴を上げる。ピキッと、脇腹辺りに稲妻が走ったのだ。明日乃は一瞬顔をしかめる。

「本当に……」

「大丈夫!!大丈夫!!」

 筋肉痛の痛みは良くわかっているつもりだが、急に来るとなんの耐性もないから、びっくりするものだ。

 脇腹を押さえながら、明日乃は理事長室を出て、エレベーターに乗った。

 口では何ともないように振舞えるが、顔は正直である。

「はぁ~~~、落ち着いたぁ~!」

 部屋に着き、一息のあったかい紅茶を一口含み口中に広げたことで、ようやく安心を実感した、そんな時だった。

 椅子に腰深く座り、全身から力を抜いていくと、行儀の悪い格好に落ち着いてしまうが、これをクラウンは可笑しそうにはにかんでいた。

「ん?どしたの?可笑しいかな?」

「はい。とっても。―――そろそろ、お夕食と行きませんか?」

 丁度、紅茶を飲みほした明日乃はすこししかめながら、立ち上がる。

 クラウンが自身の腕時計を見やり、そういうので、私は壁に埋め込まれた時計に一目。時間はとっくに六時を回っていた。今から行けば、空いているだろう。

「そうだな。行くか―――てえい!」

「本当に大丈夫なんですか?明日乃」

「あちこちが痛いよ……」

 私は涙眼になって、少しアピールした。それにサムズアップもしといた。

 差し伸ばされた手を掴み立ち上がった明日乃は勢いと共に、部屋のノブを引いた。

 すると、どこから嗅ぎつけたのか分からないが、ここぞというタイミングで生徒らが待ち構えていた。―――どうやら、少し修羅場になりそうです……。

 

 

「はぁ~~くったぁ!!でも筋肉痛であちこち痛いぃ~~~!!」

「食ったではありませんよ?!明日乃。頂きましたです!」

「いいの!私はこれで!クラウンったら、お母さん見たいだぞ?」

「明日乃のお母様だなんて、照れますわぁ♪」

 両頬を手で覆うクラウン。本当に理事長に似てきたな、と明日乃は内心でそう思った。しかし口にはしなかった。

「いや、そこ照れなくていいよ」

 明日乃は適当に相槌を打った。それでもクラウンは身をくねらせながら、ひとりでに妄想の世界に浸っていた。

 そんな彼女を一人にし、明日乃は制服を脱ぎ、風呂の方に向かっていく。

 風呂に入る前に、髪を切りたかったからだ。クラウンの手を借りたい気もあったが、あんな感じだから、しょうがなく一人で始めると思う。まずは髪を濡らし、前髪から……。

「案外、明日乃はぶきっチョさんなんですね?そこも可愛いですけれど。貸して下さい」

 そういい、背後に立っていたクラウンに明日乃は何のリアクションもなくハサミと櫛を手渡した。すると、彼女は何のためらいもなく、後ろ髪を濡らし、カットしていく。

「明日乃は最大でどこまで伸ばしたことあります?」

「唐突に言われても、なぁ。ん~~、ちっちゃい頃に、少しね。妹もいたし、見分けがつかなかった。まさに瓜二つってな。だから、私はその時を境に髪を伸ばすのを止めた。その意思は妹が継いでくれてると思う。最近はどこっほついてんだかわからないけど、早く帰って来いっての……あ、ごめん。愚痴っちゃったな?」

「……構いませんよ。よかったら話してくれませんか?」

「まぁ、その時が来たら勝手に話すから、よし、暗い話はここまでな。そういえば、クラウンだって、あの綺麗な髪切っちゃたみたいだけど、どうして?」

「黙秘権を使います。―――なんて、イメチェンです。イメチェン。―――もしかしたら、貴女を少し投影したのかも……」

「え?水の音でよくきこえない……」

「後ろはこんな感じでどうですか?」

 自動で回る奴ではないので、自力で回る。すると自分の後ろ髪を鏡に映されている…まぁ単純思考の動作で、それを確認すると、髪は肩胛骨辺りに髪が収まっている。束ねれば、楽と感じる程度だろう。

「いいじゃん」

「じゃあ、周りのボリュームを少し落としていくね」

 櫛を上手いことに使いこなし、あっという間に、横に広がった髪は暴れるのでなく、シュッと縦に流れていた。指心地もよく、何度か遊んでしまった。

「トップはどうしようか?」

「あんま、落とさなくていい。少し梳いてくれ」

「かしこまり」

 それから、思考錯誤の末もの三十分ほどで私の髪は完成系を迎えた。

 そのまま、手入れまでしてくれたクラウンには本当に感謝だ。もう頭が上がらない。

 でも、あの時水の音で聞こえなった言葉が少し気になった。でも、私もそうだが、時が来たら話してくれそうだ。その時まで待とう。

 就寝の時間があっという間に訪れて、ベッドに入るなり、睡魔がやって来て、すぐ闇夜の中に意識を溶け込ませていくのだった。

 

 

「つててて……!!」

 筋肉痛で目が醒めたのは、朝方五時のこと。

 目覚まし時計より早く目覚めた朝は、あちこちが筋肉痛で悲鳴を上げている最中であり、ベッドから起き上がる勢いがまた衝撃を走らせる。

 顔中の筋肉を派手に使う。もう、既に泣き顔であった。

 楽な姿勢を見つけ、そこで落ち着ける。睡魔よりも痛みが勝った時だった。

 隣ですやすや眠るクラウンを尻目に明日乃はただただ痛みに泣かされていた。

 すっかり睡魔もどこへやらな状態で、目覚ましが鳴る時間がやってくる。

 きっちり時間通りに目覚めたクラウンにあいさつを交わし、明日乃は一人奮闘する。

 まずベッドから降りられず、降りたとしても、ふくらはぎが痛い為、歩くたびに悲鳴を上げていた。―――もう、挫折しそう……。

 辛いながらも、きっちりと準備を済ませると、少し眠気が襲う。欠伸をするとクラウンにも映った。初笑いをその時に治め、早めに食堂に向かうことにした。

 動きにおぼつきが目立ち、これまた周囲の的になったことは今日だけだ。普段から動いているつもりではあったが、思いのほか動いていないのかもしれない。だから、こうして苦労をしているのかも……。

 朝の長い奮闘劇は、無事に終わると、今度は放課後に流れる。

 授業中での行動が結構目立ったり、実技の時はぎこちなく、もう散々だがそれはそれで、いい思い出に変わった。みんなと笑い、その度に腹筋の崩壊を起こしそうになったが、人といることになんらかの影響が出ることくらいは知っていたが、案外いい環境なのかもしれない。―――と、しみじみ掃除に奮闘を強いられている時に脳裏の傍らで明日乃は感じていた。

 痛い筋肉痛も少し慣れた気がした。身体は重いが気持ちは結構前の方向を向いているし、これが楽しいと心のどこかで思えてきた。

「そんなに、楽しいかね?藤崎君?」

「ええ、実はこういうの好きなのかもしれない。入谷先生は嫌い?」

 一瞬の間こそあったが、嫌いとはっきりと言われた。

「じゃぁ、これを期に……」

「嫌だね。無理だ」

「いや、まだ言ってないし……」

「好きになりましょうと、言おうとしたはずだ。だから、私は嫌だと言った。わかるかい?」

「へぇ……どうしてわかったんですか?!」

「いや、大体わかるだろ?こうなりそうとか、ああなりそうだなとか」

 私は、口を開け、納得の意を入谷に見せると、呆れた顔をした。しかも額に手を当て、あからさまなポーズを一つして。

「先生って、なにかやってるんですか?」

「……。過去に相手の心を読んでいた時があった」

「えっと、かりちゅらむ……じゃなくて、えっと……」

 間が空いた。静寂の間がやって来て、二人の空間を凍てつかせた。

 それっぽいこと大声で言った時には入谷は彼方の方向にいた。でも、ちゃんと掃除をしていた。嫌い嫌いなんて、人前だけで本当は好きなんじゃないのかなって、明日乃は内心そう思った。

 すごい静かな時間が流れた。その甲斐あって物凄い集中力が発揮されて、いつの間にかそのフロアの端から端までを明日乃は綺麗に掃除していた。そう、一息つくまで。

 額に浮かぶたまころを腕で拭い、外を見ると綺麗な茜色をしていた。

 それと同時にこつこつと廊下に響き靴の音に耳を傾けると、闇の中から本物のメイドさんが姿を現した。これは終了宣告の時間を告げに来たパターンだろうか。

「見てください!綺麗に掃除で――――!!!!!」

 刹那、明日乃の表情は引き攣った。

 メイドさんは、低姿勢に身を構えると、姿を消す。次いで、背中に違和感を覚え振り向く!すでに背後になんらかな形で回り込まれていた。明日乃の顔は強張ったまま、そう思考する。

 今は軽い守りしか出来ない。三手目に一回反撃をする。しかし、軽々しいのと私自身でも相手の反応より遅れを取っていることを悟り、怒りを内に宿す。

 大きく腕を空振り、バランスを崩したのと同時にメイドさんが割り込む。

 伊達に、ヴィクタ―の名を背負っていない!と明日乃は――――刹那!綺麗なバク天を決めている最中にそう思う。

 舞う銀髪は茜の赤を受け、艶やかに染まっていた。それは私のことではなく、メイドさんのことであった。今の言葉に偽りがるのなら、美しいのは私たちなのかもしれない。

 いやはや驚くところは、彼女も君が銀であること。ここまで身内に銀というのはいささか不思議な気持ちにさせる。

 先は、薄暗い廊下を歩いていたメイドさんのことなど、はっきり分かるはずもなく、対峙した時に初めて知るものだって沢山ある。今がそれだ。彼女の顔に面を被せ、銀色の髪をストレートに流していた。メイド服は今明日乃が纏っているミニスカートタイプで、黒色の二―ソックスは黒光り、そしてほんのり茜色だ。

 スタイル面は細く大体百五十センチ台、それでいてがっちりとした攻撃を放ってくる。なにかやっていたのだろうかと余所身。

「いい反応です。クラウン様から聞いていた通りのお方ですね?」

「そりゃ、どうも!!」

 ふざけた面を被り、その中から籠った声音が聞こえた。可愛い声音だった。しかし、明日乃の思考はこの一言のこともアリ、吹っ飛んで真っ白になった。

 彼女の腕をがっちりホールドした上でのこのワンシーン。

 メイドさんが手を振り解く仕草をし、思いがけない力加減に、明日乃は素直に振りほどかれる。身軽なのは明日乃もだが、それよりもメイドさんは上を行くくらい俊敏であった。

 空いた隙間にアドバンテージを仕掛けるメイドさんに、明日乃もすぐさま臨戦態勢を整えた。再び二人が拳を交えた所で、攻手のメイドさんが懐から武器を自然な流れで手中に召喚した。

 それは一体どうすれば、懐に収まるのかわからない代物が出てきた。T字の箒。それを棒術の要領で操ると、明日乃に襲いかかる。

 明日乃は紙一重で回避運動をこなしていく。少し少しと、細かな動きが彼女からスタミナを奪っていく。

 最初のような勢いは失いつつも、それでも明日乃はダメージを最小限に抑えていた。

 相手側……メイドさんが明日乃にとって、だんだんと脅威的存在に変わりつつある。そんな中で明日乃は後退している自身に鼓舞を打ち、当て身の体勢で前に出た!

 薄手の明日乃は防御から一転、攻めに行った!

 先よりダメージの蓄積は酷くなるのと、メイドさんが容赦なく箒を突いて来るのと、筋肉痛なんかもあり、正直しんどい。かなりしんどい。しかし、それでもメイドさんから武器の箒を取り上げることに成功したという功績を導き出した。

 箒の先端を捕まえ、綱引きの要領で引き寄せ、それでも抵抗をしてくる。目線は下に向きがちで私にはあまり向いていないというチャンスが舞い降りた。だから私は、メイドさんの方に大きく一歩踏み入れると、ついで先端から中間部に手を滑らせる。少し摩擦で熱いが、でもこれで簡単に彼女から武器を取れる範囲に潜入することに成功した。後は力一杯に箒を後ろ目掛けて引っ張る。すると、あっという間に後方部で箒が床に打たれる音に滑る音の両方が明日乃の耳に入る。

 その踏み込んだままの明日乃が、拳を引き、一発拳をかます!!

 メイドさんは、回避運動が間に合わず、明日乃の猛進に成す術なく、当たってしまった。殴った時の手応えは確かであった。それにメイドさんは床を滑り、五メートル先で止まり、沈黙。

 止まったまま、ピクリとも動かない。―――もしかして、気を失ってしまったのだろうか?でも、近寄ろうにも何かがあるだろうし、―――明日乃は、ファイティングポーズを解き、楽な姿勢。でも、いつでも動けるように、気持ちは作っていた。

 ―――こわい。でも、暴いてやる。という気持ちに駆られていた明日乃はメイドさんの方に恐る恐る近付いていた。

 メイドさんを目と鼻の先に捉えた明日乃は、膝を折り、仮面に手を掛けた―――刹那!腕に激痛が走った。痛みは背後からのものだった。

 そして、私が地を這い、メイドさんが立ち上がっていたのだ。

「攻守逆転です」

「そうみたいだな。参った――――ってか!!」

 刈り技を図るが、軽々しく飛び越え、そのまま反撃を私に食らわす。

 明日乃も何も考えてはいなかった。しかし、筋肉痛が突然襲ってきたのもあり、全てが無に帰す。振り出しに戻ったのだ。

「なぁ、さっき普通じゃ考えられないところから箒を出したが、あれはなんのマジックだ?」

「なんだろうね?君がよくわかってるんじゃないかな?」

「天華奏蘭?―――というのか?」

「原理はね?大体察しがつくんじゃないかな?」

「じゃぁ、君の髪の色も、天華奏蘭と同じような作用があるって……じゃあ、ジェイル・ヴィクタ―は何をしようとしているんだ……」

「さぁ、旦那さまにしか分からないですね。既にお嬢様も貴女と同じ様態です」

「クラウンもか……、じゃあ、私たちはどうなっちまうんだ……」

 だらりと、腕を降ろし、立ち上がるほどの力がこの時は入らなかった。

「喋りすぎですよ?メアリー」

 彼方のほの暗い廊下から現れたのは、クラウンであった。

 既に、外は夜の帳が降りようとしていた。

「お嬢様……申し訳ありません!」

 私の時とは百八十度別人で、深々と頭を下げた。その頭を垂れる姿勢も無駄な動作が無く、むしろ美しいとさえ思った。

 メイドさんの名はメアリーという。これからはメアリーと呼ぼう。

 夜色の世界になろうか、ならないかの狭間でクラウンもとい我ら三人は銀の髪をその色に染めようとしていた。

 しかし、クラウンも自分に置かれている様態にまでは気が付いていないようだった。それは彼女の表情を見れば一発である。

「いいえ、謝らなくて結構ですわ。いずれ、明日乃もこれを知らされるはずですから。正直、私からしても知られざる事実に驚きを隠せないでいるんですのよ?」

 クラウンはウインクをし、話を続けた。

「ですが、私が聞きたいのは明日乃に手を出したことです。説明をしてもらいましょうか?メアリー」

「申し訳ありません。あれほど、お嬢様が明日乃様のことをお慕いしていましたので、ぜひともお力の方をと思いまして……」

 はぁと、クラウンは軽く溜息を吐いた。しかし、呆れた様子ではなく、なんというのだろう。昔からそれをよく知っていて、度々それが出てくるのをまたかという様子で、頭を抱えている主人的な?―――そんな姿だが、愛を感じるのは長い付き合い故なのか、それとも私にも見えるほど息が合っているからだろうか。

「またですのね」

「すみません」

 明日乃は頭の上に?を浮かべた。まったくというほど、話が見えないことに、だ。

「そうでしたわね。メアリーは昔とからっきし、人が変わってしまったのです。それは今からほんの前の話です。ちょうど、私たちがISに触れた頃。会社に貢献をしていた、今でも貢献してますけれど、本当に最初の右左が分からない時でした。我が社のISは人と人とのつながりを強く望むものでした。なので、最初のタイプはパイロットとオペレーターの二人体勢の機体の開発に成功し、そこから今に至るようになります。明日乃はISに他の魂が宿っていると考えたことはありますか?」

「ああ、現に見えている」

「そうですか。だから、明日乃は強いですのね」

「見えると強くなれるのか?」

 クラウンは無言で首肯。

「少し、前の話をしましょうか。では、なぜ今のようなISに至ったのか教えましょう。それは今からISのテスト運用時のことでした。ここでは神白……貴女のお母様と久我遠子の二人が試験を行っていました。久我遠子がパイロットで、明日乃のお母様がオペレータ―でした。元々久我遠子は不思議な子で、研究メンバーの中で一番適性が高く、持続、運動能力、空間把握、理解力、何事に関しても適性が高かった。しかし、欠点がありました。力をもつものは寿命が短いという惜しいものです。人類で初めてワンオフアビリティを開花させ、世に知らしめた。しかし、彼女はその試験中に消えてしまった。それも異常な数値を叩きだして」

 珍しくクラウンが熱くなっていた。

「じゃぁ、久我遠子っていうのがいなくなったから、それは中止に終わった、と?事故が起きたからか?」

「それから父は彼女を捜索するも結局行方を暗ましたそうですが、未だに発見できないようです」

「ちょっと、待って……もしかして、桃色の髪してないか?それで、背も小柄で……」

「やはりそうですか。久我遠子は何年も前から明日乃と接触している。それがどういう意味か分かりますよね?」

「じゃぁ、私は死ぬのか?」

「いいえ、死なせません!今ここで、貴女から久遠を引き離します!」

「おっと、生徒がそんな物騒なモノを持っているとは、感心しないな……」

「いりや……」

 忽然と姿をくらませた入谷が、この時を待っていたかのようにタイミング良く出てきた。

 クラウンは手に持ちかまえていたのは、ISを引き剥がすものだ。

 善良なクラウンはそうならまいと、気持ちを決めた矢先ではあった。しかし、それは違反に当たると入谷は言う。

「私の大切な人を私は失いたくありませんわ!!」

「だからと言って、それを使うのも良くないね?それは一度使えば、二度と効力を発揮しなくなるという欠陥品だ。仮に今それを使用したとして、明日乃君がすぐに身につけたらどうする?」

「させません!絶対に!」

「やれやれ、気が立っているのかもしれないな」

「私は、やりますよ?たとえ、先生でも……」

「これは休学か退学かの二択だな……」

 クラウンがファイティングポーズを決める。呆れた様子の入谷も一様構える。

 クラウンの表情に迷いもなく、殺気が立っていた。眼元に力が入り、睨むだけで、人が死にそうなくらいの眼力を発揮。既にその瞳から光が消えていた。

「はいはぁ~~い!!―――まったく……、この学園の生徒は血の気が多くて困るんだよね……。どうしてだろう?まぁ、いいや。私が怒らないうちに、たいさ~ん!」

 手を二度叩き、掛け声とともにこちらに近付いてきたのは、クラウンの父こと、ジェイル・ヴィクタ―である。

 すぐさま、メアリーは頭を垂れるのを明日乃は見逃さなかった。二人も、大人しく拳を降ろし、ジェイルはクラウンの元に駆け寄り、パチンッと頬を引っ叩く!

 反動で、後ろに押されるのも踏ん張ることに成功したクラウンはキッとジェイルを睨んだ。

「これは、没収と……。罰はどうしようかな……」

 はらりと、クラウンの手から剥離剤を取り上げる。

「………して、………うして……父さんは明日乃に何をしようとしているのですか!!?」

「はぁ……もう少し、大人だと私は思っていたけれど、いつからガキみたいになったのかな?彼女に情が湧いた?――ふふ、かわいいけれど……弱くなった」

 ジェイルはクラウンから、私――明日乃に目線を切り替えた。その視線に武者震えを覚えた。

「私が、私が、私のどこが弱くなったと言うのです!!」

「うん?全て。お前は鏡をちゃんと見たことはあるか?その甘え切った表情はかつてのクラウン・ヴィクタ―とはまるで変わってしまった。彼女に牙を抜かれたか?彼女に忠誠でも誓ったか?はは、ならそれでいいが……君はもう進化は出来そうにないね?残念だ!」

 クラウンは耐えていた。怒りを。沸々と煮える自身の怒りを。必死に押さえていた。

「ぜ~んぶ、明日乃君君のせいだ?」

「えっ……」

「おっ、怒れる獅子は強いってか?温い、温いんだよ?そうやって、すぐに喰らいつくところがね?」

 クラウンはジェイルに手を上げた。でも、手首を掴まれ、それでもって、軽々しく持ち上げられてしまう。それは、木の枝を持ち上げるように簡単に。

 クラウンとジェイルの身長の差は頭一個と半分。明日乃だと顔半分だ。

 クラウンは、犬歯を剥き出し、今まで見たことのない表情をしていた。鬼のような形相で彼を睨みながら、空をじたばたし、必死の抵抗を続けていた。

 明日乃からしては、これには無理があると心中で悟っていた。それでも、必死に抗うクラウンの姿に胸が痛い。

 どんなに足掻いても、ジェイルには何ら意味をもたらず、全てが裏目に出、終いには床に投げ出されてしまう。

「――――かはッ!!」

 床に叩きつけられてしまったクラウンは、背面から着地。同時に、空気の抜ける音。しばし、クラウンは息が出来ずにむせ込む。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 メアリーに肩を借りて、立ち上がった明日乃は話に終止を打つ。筋肉痛が痛む。

「この話に、私が絡むのは分かった。でも、私はどうなろうが正直、気にしていない。それが私の運命だからだ。そこでくたばるのであれば、それはそれでいい―――!」

「あ……す……のぉ……!!」

「大丈夫!私は、割と……これを楽しんでいる。う…!」

「だとさ?――彼女は受け入れているみたいだよ?娘よ?」

「で、も……」

 クラウンは、仰向けからうつ伏せにひっくり返り、這いずるような姿勢で、辛そうに口を開いていた。か細い声音を吐き続けた。

 諦めの悪いクラウンの態度にジェイルは、やれやれとジェスチャー。

「なぁ、理事長さんよォ……一体私は、どうなっちゃうのかな?」

「君には、起動者になってもらいたい」

 唐突ではあった。

 しかし、私は既にその運命から、逃れる術も、また新たに知ることも得ることもなく、運命の時がやって来たのだ。

 

 

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