IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第三話 日常な風景

 ほんの少し前に変わった夢を見たが、あまり深くは覚えていない。

 いや、正確にはほんの少ししか覚えていない。風景や夢か夢じゃないかくらいまでは把握できている。

 でも、思い出せない事がある。なんというか靄がかかっているようなはっきりとしない気持ち悪い感じ。

 あやふやな記憶からして女の人がいたような、いなかったような…。

 私はそこにいて何をしていたのか?――分からない。

所詮夢は朝になれば、ほんの少し残っているか、いないかの中途半端で紙一重なものにすぎないものと知っている。

 私もあまりに不思議な夢過ぎてあまり印象が残っていない。残っていてもとびとびで。例えるならDVDなんかを見ている時に急にスキップして違う場面に飛んでしまう、そんな感じの事が起きている。重要なところが見れないというストレスと言ったら何とも言えない。

 だが、ただこの言葉だけが深く印象に根強く絡み付いている。そして反響し続ける一言。優しい天使のような声が言った。

 

 

『――――また、会えるから…』

 

 

 という一言だけが、靄がかかっているわけでもなく、とびとびになっているわけでもなく、澄んだ空のように何の曇りもなくただ鮮明としか言えないほどの夢の言葉。

 つい聴き惚れてしまった。そんな夢も言葉。たぶんの忘れることのない言葉。

 

 

「起きないと、皆が心配するよ…」

 

 

 その子は次いで言った。

 分かっているよ。

 言葉にしない籠もった言葉。少しうんざりとした気持ちで受け止めた。

 その子の記憶はないのに、接してないのに、姿も分からないのに、どうしてだろう。

昔から一緒にいたような、この親近感。

でも、やはり分からない。思い出せない。そこにいるのは分かっている。――でも、手が出せない。

 まるで、雲を手で掴むように。そんな不可能のような、出来事なのだ。

 いつか、いつかは必ず。必ずその手を掴む。掴んで…どうしようかな?

 

 

 まあ…、後でいいかな?

 

 

 今は素直に声に従う。

 起きなくてはここに居付いてしまいそうだ。と、いうのもあるが先程から呼ばれている。「お姉ちゃん、お姉ちゃん」ってね。

 さすがにまた不機嫌な綾陽を相手にするのは所掌手を焼くのでな。

 よしっ!戻るか!

 

「……えちゃ……ん。おねえ…お姉ちゃん!?」

「はいっ!起きてます!?」

 起きるやいな、座っていたソファーから飛び、フローリングに躍り出た。

 もちろん綾陽も目をぱちくりさせながら怪訝そうにこちらを見ていた。漫画やアニメで言ったら、びっくりマークと?マークが一杯頭の上に浮んでそうだ。

「あっ、ごめん!驚かせて悪かった!」

 ガタガタと身ぶるいをし、次第に涙が零れ出した。しかも大粒の。

 持っていたハンカチをポッケから取り出して、涙を拭う。止まるまで拭き続ける、まるで子供をあやす母親のように。

 やけに今日は忙しいなと、この時微かに思え、つい微笑む。特に綾陽の方だけど。夢だの、ツンだの、時計だの、なんのって。

 どっと疲れが出てきてもおかしくない。……たぶんだけど。

 綾陽の涙は一時的に乾き、涙でハンカチはもうこれ以上はもう濡れないだろう。グズっと、鼻を軽く鳴らす。それに対して無意識にティッシュの箱を差し出していた。それに反応して数枚引き抜きチーンとかんだ。

 少し目が赤くなっているが直に治るだろうし心配はいらないな。

 いつの間にか二人して、ソファーに腰を下ろして、無言。

 私は背中を丸め前かがみに座って、綾陽の顔をなるべく見ない様にしている姉なりの気遣い方。ちなみに綾陽の顔色を覗えないというデメリットも付いてくる。

 あくまで、あくまでだが、綾陽は頭を垂れて自分の顔色を見せないというスタイルが癖として馴染んでいるから、顔色を覗わずとも分かる。―――あくまで、あくまだけれど、ね。

「………」

「………」

 喧嘩したわけでもないのにこの息苦しさは体に毒の様な気がして仕方がないと思う明日乃。

(まあ、綾陽は意外とナイーブなんだよな…!)

 前かがみだからできる苦笑。こんな時だからこそ出来るのかもしれない。もし、面と向き合ってはできないな。綾陽は真剣に反省しないと引きずるというか機嫌を悪くしてしばらくの間無視だのガンを飛ばすだの、いろいろ忙しい奴なのだ。

(この忙しいというフレーズを今日で何度思ったことだろうか?)

 二人してどこかに焦点を合わせることなく視線を泳がせるのみ。無声や沈黙、静寂だのその情景にあった言葉が浮かび上がる。

(これって、ゆくゆく考えたら私が悪いな。驚かしたりしたせいもあるわけだし…)

 気まずいとか話題がないのではなく、静かに待っているのだ。彼女が落ち着くまで待ちたいんだけれどもいかんせん多分時間が間に合わなくなってきているような気がするし、さすがに黙り続けるのも私自身があまり得意としていない。趣味とか我慢強いわけでもないし、思った事は言っちゃうしタイプだから……つまり、しゃべりたい。しゃべらないとキツイが心情なわけだけど…

「ごめん…な…!」

 ぼそりと呟くようにそっと言葉を言った。性に合わない謝り方に顔をそっぽ向ける綾陽はついだ。

「もっと、大きな…声…で!」

ああ…と、小声で明日乃も優しく言った。

「ごめん。ごめんな…!綾陽」

 そっぽ向く綾陽の背中を優しく右手が置き、左足で前に踏み込み続くように右足、体が追い綾陽の顔に自分の笑みを浮かべ、様子を覗う。暗かった顔色が次第に薄らだけども笑顔になった。

私も笑った。満面の笑みを。

 

 

 

 

 トン、トン…!

 

 

 日常風景じゃ、あたり前のような、響き。

 玄関の敷き詰められた灰色のタイルに褐色のローファーのつま先が二回ほど軽く叩かれる。

 それがどことなく心地よい。昔から憧れていたシチュエーションなのかもしれない。

 見慣れた玄関に、真っ白な制服に身を包ませる妹。こちらを振り向きざまに一本一本きめ細かに、ゆっくりゆっくりとまとめた髪が揺れる。

(できるなら、少し急ぎ気味の方がお姉さんは萌えるけどな~!)

 そんな叶いもしない出来事をつい夢見、脳内に思い浮かぶ美少女と綾陽を無意識に照らし合わせ、口元が緩みに緩みついイケナイ目線を送っていた。

 そんなことも知らず綾陽は分からなそうに小首を傾げた。

 純粋に分からないくらいに素直に育て上げた自分に涙が出そうになった。一瞬だけど。

 

 

 イケない、イケない。

 

 

 思いッきり首を振り、いやらしい思考を断ち切り、現実に引き戻し、綾陽の頭をポンポンと適当に叩き、素早く靴を履き、玄関のドアノブを握り外に思いッきし押して、空の世界にゆっくりと赴いた。ついで、綾陽にこう問うた。

「んじゃ、まあ行くか?」

 背を向けた綾陽に踵を返し、右手で彼女を呼ぶ。すると釣られた魚のように綾陽はこちらに向かってきた。

「うん♪」

 よってや直ぐにとても良い返事をしたことに無意識に頭を撫でていた。少し照れた表情を見せたがまたそれが可愛くて仕方がなかった。姉馬鹿とはこのことを言うのだろう。分かる気がする。うん。

 

「お姉ちゃんくすぐったいよ~!」

「ああ、悪いな。つい…」

 綾陽の頭から手を離し、その勢いで自分の頭を掻いた。かゆい訳ではなく照れ隠しで目をそむけながら。

 綾陽は変なお姉ちゃんと言葉を吐くと、身を翻し、ゆっくりとだが前に進んでいった。

すぐさま追いかけたかったが、鍵の施錠がまだだった。すかさず鍵を閉め、着々と前に進む綾陽の後ろを追いかけようとしたが、視線は綾陽よりも頭上に落ち着いた。

 

 

―――空は晴天なり。

 

 

 その言葉がぴったりなような気がする。

 日差しを手で覆いながら、見とれていた。蒼穹の空には二色の青が満遍なく塗りたくられていた。

 一つは群青色のような濃い青色で、もう一つは水色な薄い色だった。

 その青を背に飛び回る小鳥たちはどことなく楽しそうに見えた。

 空を飛ぶのはどんな気持ちなんだろうか?ふと、そんな純粋に思った気持ちを考えてしまった。

 一度は考えた事のある疑問。―――さぞかし気持ちが良いのだろうか?そんなことは私にはわからないが、たぶん……。

「……おっと…!こんなこと考えてないで綾陽を追いかけなくちゃ!!」

 空から地上に視線を落とし、一呼吸。ついで、一歩足を進めてその勢いで走りだした。

 足がまっすぐ、まっすぐと体を運ぶ。

 きしきしとスポーツバッグの肩かけが音を奏でると同時に肩に痛みを感じたが、お構いなしに進み続ける。

(それにしても、綾陽はどこにまでいったんだ?)

 

 

 

 

 しばらくの間が空いたせいか綾陽との距離はかなり離れてしまった。

 おまけに先程から走り続けていたせいか少し疲労を感じ、足が次第に止まり、その場に止まる。

 呼吸が乱れて、肩で荒々しく息を吐き、あっちこっちに視線を送るが、見覚えのある少女は見当たらない。

 昔から目は良いのだが、その視力を使っても映らなかったということはかなり先に進んでいるのか、人ごみにまみれてるかの二択か。それともここを通らずに向かっているかになるが、三者の考え方はむしろないと考えられる。なぜなら、ここを通らなくてはいけないというよりここから通った方が近いのだ。

 ただでさえ時間が無いのに、わざわざ遠回りをするだろうか?普通はしないのが妥当だろう。

 私の場合でもその手段はとらない。なぜ、遠回りをする?わかってて、やる馬鹿はいない。そう、読む。

 彼女の心を。―――一様姉として。

 呼吸が落ち着き、落ち着いて物を見渡すことが出来る様になった。

 すれ違う交通人は買い物に来た主婦や短期休み中の学生が多かったが、思い当たる人物はやはりいなかった。

 少しだが、足を進ませ、人ごみの中を視線だけで選別する。

 見覚えのある人物には適当に声をかけ、情報を聞き出すも皆答えは見ていないそうだ。

 彼女を一人にしていても問題はないのだが、こちら側としては心配になった。

 だから、走ることにする。いち早く会うためにはこの手段以外何もないと言えたから。

 そう決めると肩かけのスポーツバッグを斜め掛けに直し、態勢を低くする。

 掛け声はよーいどん!とお決まりの言葉を口にし、その場から何かに弾かれたかのように勢いよく走りだす。

 周りの反応はあまり気にしていない。私の発した言葉に便乗して一緒に言ってくれたのはちょこっと嬉しかった。

 トップスピードを保ったまま、障害物になる者を次々に避けて行く事から、明日乃はアスレチックか何かと思わせた。

 日ごろから鍛えていたおかげか、体力の消費も少なく、前へ前へと気持ちと体が赴くままに進む。

 見慣れた風景が時と同じように流れる。風が体を突き抜け、それに従う様に褐色の髪が流れる。

 この時本当に動きやすい服装でよかったと思えた。学園の制服で走るとなれば、それはそれは見せられない物を世の人にお見せするわけだし。そんな羞恥なプレーは承っていない。第一制服が届いていないのだから着たくとも着られないのだ。

 残念で仕方がないが、でも、なにやら、もらえなかった人たちは学園内で二泊三日以内に直接渡されるらしい。ちなみに情報源は綾陽だ。本当に頼りになる。

 そうこう噂をしている間に景色は変わり、商店街に入っていた。風景は何とも言えないくらいの懐かしさを演出していて、声をかけてくる肉屋のおじさんや魚屋さんのおじさんに綾陽はここに来た?と質問をするとああ、通ったよと笑顔を交えた返事が両方から返ってきた。

 お互い向かい通しなので、よく意見の食い違いで喧嘩をしているのが、どことなく楽しそうに感じていた。それはショートコントを見てるみたいで肉屋のおじさんがボケて、魚屋のおじさんがツッコむ単純なスタイルが面白い。意外とこの商店街では有名と言ってもいいくらい人気がある。

二人とも性格も考えも違うからこそできる事なのかもしれない。

 その二人の関係は昔も今もそして未来もそれは変わりそうにない。喧嘩をするのは仲の良い証拠なんて言うし、本人たちが楽しそうにやってるんだから、下手に手を出すのも悪い気がする。

 噂をすれば目の前で喧嘩という名のコンとが始まった。でも、今日は面白半分で止めてみよう。

「はいはい!おじさんたち~!今日は止めさせてもらうよ~!ほら!私がここ通るんだから退いた!退いた~!」

 明日乃は喧嘩する二人の丁度真ん中に立ち、右手で二人の間を払うように手で宥めた。

 それが効いたのか。二人は一歩下がった。

「おおっ!悪ィ悪ィ~。明日乃ちゃん。あれ、そんな荷物持ってどこ行くんだ?」

 肉屋のおじさんのボケが炸裂。

「IS学園に行くんだよ。二泊三日のお泊まり会があるからさ!」

「あ~、そういえば春日(はるひ)のやつ妙に張り切っていたからな~ァ。なるほどな~!」

肉屋のおじさんがなるほどと、ぽんと手のひらに拳を置くジェスチャーするとそれを見た魚屋のおじさんがこう言う。

「アンタ~、そんなことも知らなかったのか?年がら年中暇そうにしてるくせに娘のことも分かってないのかい!?」

「う…」

 図星のようで、言葉を濁し肉屋のおじさんは一歩引いた。

 魚屋の言うことには間違えはない。だが、一つ分かった事がある。それはまた喧嘩が始まろうとしていることを予兆していたようだった。

 だが、再び喧嘩になられるのもめんどくさいのでまた、火を揉み消すことにした。そして、行動に出した。

「そういえば、春日とまつりはもう行っちゃった?」

「「ああ、二人並んでな!」」

 おお、ハモッた。

 向き合っていた二人が急に私の方を向き、同時に発声したこととハモッたことに驚いた。一字一句間違えることもなく、はっきりと発音してみせた。

 そんなにその光景が印象強かったのだろう。聞いたこっちも驚いたけど、なにより二人とも本当に親馬鹿だなと思えて、でもそれが理想かなって…改めて思わせた。

春日(はるひ)は肉屋の一人娘で小さいころからの長い付き合いで、いわば幼馴染で親友と言えるくらいの仲だ。

 彼女との出合いは私が生まれる前ここに引っ越してきて、この商店街に私が初めて来たときに肉屋の前で張り切っている女の子を見た。それが春日だ。とても元気に声を出し、声がかれてしまうのではないかと思わせるくらい張り切っている姿を見たとき無意識に声をかけていた。なんて言ったのかは覚えていない。でも、友達になっていた。

 どんな言葉を言ったのともあれ、結果的には長い付き合いになっていたんだから。

 丁度、このような晴天の空だった。ふと、思い出し空を眺める。眩しいから手で軽く覆う。

「どうしたっ?明日乃ちゃん!」

 気を利かせた肉屋のおじさんが熱血的に接してきた。

「いや、春日に出会った日のことをちょっとね…?」

「おお~、懐かしいね~!明日乃ちゃんや綾陽ちゃんと出会ってから春日のやつ結構変わったからな~!」

 しみじみと涙を浮かべ、昨日のように思い出す肉屋さんを傍らに魚屋さんが近寄ってきた。

「ああ、その通りだな。……ありがとな。明日乃ちゃん。これから頼むよ!」

 魚屋のおじさんがぽんと左肩に手を置き、営業スタイルとは違う笑みを浮かべ、私に述べた。

 ついで…

「おれっちも頼む!」

 二カッと熱血的に笑い、グーサインを浮かべる肉屋のおじさん。言うまでもなく暑苦しい。でも、嫌いじゃあない。

 二人して笑顔を浮かべるから反射的に笑ってしまった。

 そこで、輪を現実に戻す一言が双方から正確に飛んできた。

「アンタ、何道草食ってるのさぁ!!早くこっち来な!」

「おまいさんも忙しいのになにやってるのさ!!早く手伝いな~!」

 前者も後者もほぼ同時。少しの狂いしか目立つ事はなく、力強い発言は正確に目標(おじさん)たちを射ぬいていた。ちなみに前者は肉屋の奥さん。後者は魚屋の奥さん、

 その声の主は二人のおじさんの奥さんで、両者ともエプロンが似合うというのでこの商店街で有名である。夫婦して有名なのもどうなのだろうか。正直なところ。後で二人に聞いてみようかな。

 怒鳴られた感想と言えば、さすがとしか言葉が出てこない。私は反射的に双方を見やった。そこには二人の女性が仁王立ちをし、腕を組む姿が描き出されていた。表情は鬼のように険しく、背後には赤くメラメラと燃え盛る炎が…見える。

 一度目を瞑り、目頭をつまむ。数秒放置し、覚醒する。

 見間違いだろうそう思えた。だが、二人の様子を見れば本物だということが分かる。例えば、視線が本人よりも背景を見ていたりとか。

 そんなお二人の反応は…

「「……は、はいっ!!!」

 悪さが見つかった子供のように背を丸め、おっかなそうに背後を恐る恐る見やった。

 先程までの勢いはそうしたよと、ツッコミを入れたいのは山々だったけど、正直のところ私も恐怖を感じていたので、何も言えない。

 私を除いて二人はいそいそと店に戻り、二人の監視のもとで仕事に就いた。

 そんな姿を一瞥し、一息つき、その場から離れようとした時。

「明日乃!これ持って行きな!」

「はいっ!」

 声は肉屋のおばさんのもので声とともに素直に足がそこに向かう。

 半歩で着くと同時におばさんから紙包みを手渡しされた。

 受け取った紙包みに視線を落とし、そこから手に伝わる熱と鼻を擽る香ばしい香りが何なのかを一瞬で思考は答えを導き出した。

 中身が分かった瞬間におばさんに顔に視線を上げ、「ありがとう」と歓喜の笑みを贈った。

「気にしないの!私からのプレゼントだ・か・ら!」

 下言とともにウインクをしてきた。意外と哀愁を感じるウインクだった。でもどことなく嬉しかった。

 薄く笑みを浮べ、その場から離れると同時に四人に手を振ってその場から離れた。

 歩きながら食べるのもいいが、まずは完全に距離を空けてしまった妹綾陽と遭遇しなくてといけない。たぶん一人で小動物のように震えているだろう。周りには顔見知りがいるとは思うが、少し心配なところだ。

 足が無意識に速くなって、離れた距離を埋めようと走り出していた。

時間帯もいい頃あいなので、どこもいい感じ人だかりができていたがお構いなくその中を駆ける。

多少驚く人や私の顔を見覚えのある人は名前を読んだり、人にぶつかりそうになったりと焦る私にはどれも致命的で、つい反応してしまう癖がある。

でも、その行列を掻い潜り抜け、無事に商店街を抜けたところに見覚えのある栗色の髪が目に映った。

 まっ直ぐと姿勢を伸ばし、コツコツと前に足を運ばせながら、両手でキャリーバッグを流す姿は何とも言えないくらい美しく、そして上品だった。もしかしたら妹じゃないかと思えた。

 だが、私の眼は節穴ではない。綾陽の姉だ。彼女を見わけるなんてものは朝飯前だぜ。

 明日乃は走る速度を徐々に落としてゆき、歩くのがゆっくりになった時、口を開け一言発声する。

 それは―――

「にゃ~あん?」

 そう、猫の鳴きマネだ。

 姉妹二人して大の猫好きなのだ。そこで生まれたのがこれだ。純粋に分かりやすいし、声の出し方によっちゃあ、信号や暗号なんかに使えるし、いろいろ便利で二人だけしか知らないってのが都合がいい。昔の自分たちは頭が本当によかったのかもしれない。と心の底から本当に思えた。

 発生した声のトーンは少し濁らせ、心配そうな雰囲気を演出。

猫の声をするのにもいろいろ癖があったり、仕草や、特徴をとらえたりするのにどれだけの時間を掛けただろうか。

分からないが、生半可な気持ちでは決して臨んじゃいない。―――これホントね。

 声の届いた本人は少し身をビクつかせ、そして縮ませたが一瞬の隙に彼女も同じように鳴いた。

反応からしてビンゴ。本当に探している。声のトーンは母親を探す仔猫のように無邪気で心配というものを表さないそんな声なのだが、実によく表現されている。でも、その中に含まれるほのかな恐怖が実に母性心を擽られせる。

 周りを一生懸命見るが一点見落としている個所がある。それが背後なわけで…。彼女は一度も背後を見ていない。

(いちよう背後で鳴いてみたんだけど…。やっぱり鈍いな~!)

 そう思い。サービスとしてもう一回声を出すことにするにあたって、すぅーと呼吸をし、整える。

いつでもイケると思った時、鳴く事をやめて…

「にゃっ・あ!!♪」

 その場でひと飛びし、綾陽の背面に思いっきり、飛びつく。

「おわっ!!!」

 私が飛びついたことに綾陽が姿勢を崩し大きく歩き、落ち着いたところで重心のかかる背後を勢いよく顔を覗かせた。

 そこにはにんまりと笑顔を見せる明日乃の姿があり、綾陽は一瞬思考が混乱しかけた。

 しがみつく姿がどことなく仔猫が物に一生懸命にしがみついているように見えて少し、焦ったため、視線を姉から元の正面に向き直す。

 自分でもわかるが、血が上っていることと顔が火照っていることの二種類が同時に襲う。

 無意識にいたる所から冷や汗が流れて出していることに気づく。悪さをしたわけでもないのにどうしてこんなに汗をかくのか分からなかった。

 姉の香りが、自分の心拍数をやけに高めている。しかも、こんなに密着して、ここを通る人はどんな目で見るのかな?……やっぱり、姉妹とかかな?恋人とかかな?もしかして……

(はっ!いけないいけない…!!)

 自分の自問自答の変さに驚き、慌てて我に帰るように自分に説得した。もれなく、頭が爆発するところだったのだ。

 考えすぎるとロクなことに繋がらないと分かっていた。経験上、何度もこの橋を渡ってきたからこそ言えることもある。ちなみにすべて姉関係なんですけど…。

(―――なに、考えてるんだろう!私!?いくら私がお姉ちゃんが好きすぎるからって、いけないこんなのこんなこと!!)

 その時、タイミング良く、風が吹き抜けた。

 まだ北風くらいの背筋が伸びるほどの風だった。でも、私の火照った体には丁度良かったが、後ろにいる一匹の猫が寒そうに身振りをした。

 一拍の間が空いて。後方からぎゅっと、背広を握られた。一瞬、綾陽もぞくっと背を伸ばした。

 なぜなら、握られた後に体をさらに密着されたからだ。先程までは我慢できる余量だったが、こんなにも密着されたのでは、何も考えられない。考えたくはない。頭が熱い。ボーっとする。焦点が合わない。

(どれも重傷だな…)

 どことなく、この時間を堪能している自分に苦笑した。綾陽は薄らと口元に弧を描く。

いつまでも続いてほしい時間。これが彼女の望み。希望。幸せの時間。そして私の最愛の家族。

 姉はいつも私の事を第一に考えてくれて、楽しませてくれて、飽きることのない新鮮な毎日に充実観を感じて、これから通うIS学園だって、一緒に通って、笑って、思い出をいっぱい作って…。

 いつしか苦笑から笑みに変わっていた。

 楽しい事を考えていたら無意識に変なことも忘れて、緊張もほぐれて、自信が持ててきた。なんの自信かは自分もあまり分かってないけど…。

 一呼吸。

「にゃあ~、にゃあ~」

 飽きた姉が退屈そうににゃあにゃあと文字を用いた適当な鼻歌を歌っていた。

 いままでは分かりもしなかったが、ずっと暇してたらしい。

 じゃあ、この姿勢のままより驚かすのだの、呼んでもいいような気がするが、忘れていた。姉は気まぐれ。つまり、自分の力ではあまり動かないナマケモノと同然。または猫でも可。

「にゃあ?」

 考える事ではなかったが猫でも可なら、同じ反応をすればいいこと。

「おっ、綾陽!やっと戻ったか?!」

(やっと、って何ですか!?)

 左手がビシッと、ツッコミをしてしまう。しかも無意識に。だが、ツッコミをしたのは姉のいる上の方ではなくて、誰もいない左の方だった。

「おっ!頭の中でツッコミをいれたな~!?」

 ニヤニヤとこちらの様子を頭上から眺めつつ明日乃は挑発するような口調で言った。

ハッと、綾陽は左の方を見て、我が振りを直す。引っ込めたと同時に綾陽はニャ~~!とごまかすように鳴いた。

 

 

 

 

 IS学園から届いた手紙を適当に目を通しながら歩く。

読みながら歩くのは危険だよと綾陽は言うが、ヘイヘイと聞き流し、やめることはしなかった。

ニャ~!と綾陽がごまかしてから、数分が過ぎて、また二人で肩を並ばせて歩く。行き先はもちろんIS学園。

 歩き進めたことにより、小さく見えていた学園はみるみると大きくなってきているのがわかった。

 近辺になると同じ方角に進む人影がちらほら見えた。

 だが、その娘たちも綾陽と同じく制服を纏っていた。

 

 

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