IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第三十八話

 

 

六月の夜風には、少し湿っ気が含まれている。その風を体全体で受け入れると夏がすぐそこまで近づいてきていると、感じられるものだった。日中も夏に劣ろうこともなく日差しが肌を射すように照り付ける日々が続いてきている。しかし、このご時世の環境の変化は定まることもなく、気温の変化に対応できずにバテる生徒もいた。うち一人に私、藤崎明日乃もいたのは少し情けない話だ。

 

実はほんの3日前にバテてしまった。原因は上に挙げた通りなのだが、詳しくはわからない。多分夏風邪だろう。急に雨が降ったり、風が強かったり、思いの外室内と室外の温度差に敏感に反応してしまったのだろう。それと疲れがたまっていたのかもしれない。うん、そうに違いない。そう三日前が本当に大変だったから。

 

ーーーーー3日前。

晴天でありながらも、暑くもなく寒くもなく心地よい日中を満喫したのだが、問題は放課後にあった。

校則違反をした私たちは、罰則として校内掃除をすることになったことは割と最近の話だ。しかし、3日前はいつもの雰囲気と異なるものだった。

掃除に関しては、普段と変わらず行っていた。自分でもわかるくらい成果が出ていたし、逆に楽しいとさえ思えた。この感情に掃除嫌いの入谷はわからないと首を傾げたり、どことなく罰さえ除けば良い感じに学園生活をエンジョイしているように見える。

 

掃除の途中で姿を隠す入谷。そんな折りに、銀髪の髪を靡かせる入谷とは似つかわしいメイドがふざけた狐のような面を被り、渡り廊下の真ん中を歩みながらこちらに近づいてきたのだ。それは、廊下の中央線を仕切る白線をぶれずに歩む。その姿はモデルか何かを彷彿させるものであった。

コツコツと、廊下に鳴り響く踵は心地良く、一定のリズムを刻み、私を魅了させる。しかし、私は自身に迫る危機感を一旦忘れていた。

 

その束の間も僅かである。明日乃との距離およそ十メートル手前の所で歩みを止め突然体勢を低くしたかと思えば、姿を消す。煙のようにスッと、霧散したのだ。だが、今日の私は冴えに冴えていた。

怪しく茜色の空に染まる教室に、銀が映えると同時に私の回し蹴りが炸裂したのだ。

 

そのメイドの名はメアリー。クラウンに仕える一人であった。メアリー彼女に言わすと私の実力を知りたかったと言っていた。危うく死ぬところだったが……。この時クラウン本人の制止がなければ、本当に収集がつかないことになっていたかもしれない。だけど、明日乃はおかしいとこの時思った。どうして彼女がここにいることに違和感を覚えなかったのか、と。それは疑うことを忘れるくらい自然であったからだ。

 

わざわざ、こんな手の込んだことをしたのにはこういう訳があった。

 

「明日乃は、私と同様に、残り時間がありません。薄々と気がついていると思いますが、私たちの体にどれだけの影響を与えているか、全て父が作り出したISが絡んでいて、それでいてアビリティを解放させたものだけにしか起こらない症状。それがKO現象。以前にも話したかもしれませんが久我遠子のこと、そして彼女の頭文字を取った名前の症状。彼女のことは私もよくわからないことばかりです。だから怖いのです!どうなるのか…。だから、こんな手の込んだことをしてまでも、明日乃に知って欲しかった。非常に残念ですけれど、貴女から久遠を引き剥がします!!」

 

懐から取り出される剥離剤。手には銃の模したアタッチメントがクラウンの手中には収まっていた。

クラウンは泣き出す手前。その眼には涙の玉が浮かび上がる。一粒の涙が頬を濡らし、零れた。

同時にメアリーが私の背後をガッチリと取り付き、クラウンの迫る剥離剤を逃がさまいとがっちりと押さえつけた。身動きのできないことに焦りが生じる。この時私は確かに確かに怖いという概念はあったのだ。それでもクラウンが私を思っての行動なのだろうというのは一瞬にして理解したし、これは彼女の断腸の思いというやつなのか。しかし、彼女の行動にいかんという者が出てきた。

 

タイミングはバッチリと合わせ、クラウンが事を起こそうとした時にそれはやってきた。そう、それは姿を消した入谷である。それと同時に、理事長も現場に参加した。こうして役者は揃ったのは藍色の空が支配する夕刻の時であった。

 

一触即発の場面。クラウン、入谷とエメリーに私と理事長の濃い面々が揃ったことで何かが起こるのは、一目のことだ。しかし、意外なことに現場は割れた。対峙する入谷とクラウン。無条件で解放される明日乃。エメリーは急に動かなくなり、一点のクラウンに視線を預けていた。

私はすかさず彼女らを止めるようにと理事長に、お願いしてみた。

 

「理事長!現場を、なんとかしてください!!このままだと……」

「怖いかい?人が傷つくのは?」

「ええ!怖いです!!ですから……」

 

私は半分切れたように、相手を誰がかを弁えずに強く発言をしてしまった。

理事長の反応は無。子供の喧嘩に親が口出しをする年頃かい?と小さく吸った息を吐くみたいに言った。

 

「でも、これ……!!ぁーーーー!!」

 

ジェイルの視線がこれまで感じたことのないくらいに冷たく痛々しいものだった。条件反射の要領で明日乃は言葉を飲み込む。

大人が仲裁に入らないのなら、子供がこの事態を解決に持ち込まなければならないと悟った明日乃は、意を決して会話に参加した!!

 

「二人とも!!誰のことで揉めてるのは分かるけど……!止めないか?私は大丈夫だから。大丈夫だから…………さ!」

「わかってない……明日乃はことの重大さをまるで分かっていません!!何が大丈夫だ?そんな泣きそうな目で強がらないでください!!貴女だけの問題じゃないんです!各国の……」

「それくらいにしておきなさい。クラウン。君が今一番未熟なことを口にしている!それがなぜわからない?ーーー少し買い被り過ぎたのかな。我が娘だからと。少し頭を冷やしなさい。入谷先生。よろしくお願いしますよ?」

「はい。理事長」

 

入谷は淡々と返事をし、一瞬にしてクラウンから自由を、剥離剤を奪うことに成功した。床に叩きつけられたクラウンから普段は考えられない行動がしばしば展開される。

唸り声を上げ、犬歯を剥き出し、野生そのものにでもなろうとでも言うのか目付きも言葉使いも全部が百八十度別人に変わり果てていた。

 

「藤崎君。君はKO症状を知っているか?娘から聞いていると思うが、KO症状の先に何があるかは聞いていないだろう?では教えよう。それは、人外を超えた存在。すなわち、起動者。それを育成するのが我が教育の最終成果にして、目標だ。しかし、その目標ももう少しで達せられる。なぜなら目の前に逸材がいるからだ。もっとも器に適用し、その彼女からも目を付けられている、それが君だ!!藤崎明日乃君!!!ぜひ、君には我が国を代表とする起動者の一人になったもらいたい!!」

 

只々、理解ができなかった。

明日乃には到底理解ができない。というよりも、なにを言っているのかがまずわからなかった。

起動者?ーーーはて?

ジェイルはなにを言っているのだろう?

KO症状?ーーーダメだ……。しかし、今の私には、でも症状からするに着実に近づいてきているのは、それだけなら分かる。

それと、この状況は仕組まれていたということも。つまり、クラウンの思考を先読みした結果が今だ。敢えて、娘を泳がせ、確信かつ目的を探る行為はさすがであろう。見事なまでにクラウンは翻弄されていた。

 

「ダメです!!父さん……。明日乃を、彼女と同じようにしてどうするんです?!」

「そうだ。それで、世界は救済されるのだよ?戦いの絶えない世界に平穏をーーー」

「創って、どうする?」

 

明日乃は、そう言ったがジェイルは明日乃のことを横目に見る程度だった。

しかし、その瞳には冷徹で冷やなものがあった。一瞥を送っただけなのに、こんなに体が強張ってしまうなんて……、正直驚きを隠せないでいた。ものすごい重圧で、今にも押しつぶされそうなくらい。

その中でもクラウンは、入谷に抑えられながらでも、必死にジェイルに食いついていた!!まるで、彼のやることなすことが、気に入らないみたいに。そうだ!!反抗期を迎えた娘みたいだ。

その瞳には明らかに怒りを表してはいるが、体は昔から抵抗できないように仕組まれた何かが働いているのかもしれない。なので、クラウンの様子に明らかな変化がある。痙攣を起こしながらも、入谷を引き剥がそうと試みている。が、度重なるアクションは無駄な抵抗で終わるも、クラウンの持続力があるために、少しずつ形勢に変化が出始める。まるで、もう一人彼女がいるかのように、パワフルで野生的だ。

彼女の起こす痙攣は、おそらく彼に仕組まれた何かが作動しているからだろう。それを必死に抗っている彼女のポテンシャルは計り知れない。そうこうしている内に、変化がまたも起こる!!

ついに、入谷を引きがしたクラウンは、その勢いをジェイルとの間合いに変換させ、実の父に拳を突き出した!!

尻もちをついた入谷は呑気の一言であるが、それよりも、今にも襲いかかろうとしているクラウンを止めなくては!!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「やめろォォォォ!!!」

 

咄嗟の判断で、明日乃はジェイルの前に立った!!間に合ったという安堵感はない。あるのは、恐怖のみ。

私の体が動いたのは別に彼を守るわけではないが、一瞬のビジョンに取り返しの付かないことが起きてしまうのではないかと悟った明日乃が行動に出たのだった。

案の定、クラウンの突き出した拳を、野生を全面的に解放した彼女に最早、止める術はなく、明日乃の頬に硬い拳が当たった!

反動で、後方にグラついた明日乃に、獰猛なクラウン。吐く息が荒い。

 

「なぜ、邪魔をする!!明日乃!!」

「バカだ、バカだよ!クラウンは!!もし、本当に理事長を殴ったらクラウンは後悔する!!それに、傷が付く。一生癒えないほどの傷を!!」

「その通りだ。藤崎くん。しかし、君もバカだ。君がそこまで傷つく必要もなかった。なぜなら、クラウンは私を殴れないからだ」

「っ……!!やっぱり、な。ISが絡んでいるのと同時に、なんらかの施術をクラウンに施してもいる」

 

先ほどのクラウンの痙攣を見て、鑑みる限り、明日乃もそうだろうと心の隅に追いやっていた。しかし、それが確信へと姿を変えた。それとよくわからない感情が湧き上がってきた!

 

「本当に、人を離れた存在に・・・しようとしているのか?」

「ああ。悲しいけれどね。これが現実だ。何かを得るためにはそれ相応の対価が必要なのだ」

「おかしい。おかしいよ。こんなことのためにこの学園は、ここに通う生徒は実験台ってことか・・・・・・」

「怖いかい?私の目的の一部を知った感じは?しかし、これで驚いてもらっては困る。私にはまだやりたいことがある。そのうちの一つなのだよ?」

「天災・・・・・・、あんたは、いるだけで世界を混乱に陥らせる権化になるだろう、ううん、既に篠ノ之束と同じように世界になんらかの影響を与えているんだ」

 

憤りを感じる。明日乃は腹に力を入れ、拳を血が出るような勢いで固める。今すぐにジェイルを殴りたいと心のそこから願ったが、言うまでもなく叶うわけがない。なので、顔を俯かせ、何もできない自分に叱責を心中で吐露した。

 

「ま、その様子だと、抗おうと思っているみたいだね?でもね、残念なことに君はおかしなくらいに私の手中で踊っているのだ。もう、爆笑が止まらないくらいに、ね」

「私は、ーーーー私は、少しでも人として、生きたい、1秒、1分でも多く。憶測だけど、久遠を取り除いても私のIS化は止まらないだろう。だから、力の抑止力にでもアビリティを封印する!!」

「ふん。かわいいね?でも、君は自分の意思問わずアビリティを使いたくなる。それはIS同士の共鳴が鍵になるだろうね。最近の君の力の振る舞いに久遠のリミッターは緩くなりつつあるからね。あー、楽しみだ。何分間抑えられるかなぁ?」

 

ジェイルの挑発を飲み込めず、明日乃は今にも怒髪天を迎え、ジェイルを断ちたかった!それは、逆に彼の思う壺になる。

 

「クソッ!!どうしたらいいんだよ!!」

「まずは、抗え!ーーー抗って、抗って、壊れて、真の意味で救世主へと昇華するんだ。それは美しい。さぞ、美しいだろう。考えただけで、体の震えが止まらないだろう!!?」

 

ジェイルはそっと、明日乃の顎を軽く持ち上げ、急接近。その距離10センチ足らず、まるでキスでもするかのようなシチュだ。しかし、こんな嫌悪感を孕む明日乃にジェイルは離れ、言下とともに体をクネクネさせながら、自身を抱きしめるような仕草を掘ろうした。一色離れた光景に改めて、身が引くのを肌で感じた。

しかし、この光景に一石を投じたのは意外にも彼女である。

 

「父さんは、この世界が、嫌いなのですか?」

「ああ、嫌いだ。こんな世界」

「こんな世界?ーーーわかりました……。父さんにとっては、こんな世界か……。でもね、あなたの感情だけが全てじゃない!!気に入らない?はは、笑わせるよ!まるで何様だよ?神?神様にでもなったの?ーーーじゃあ、そんな神は、無価値だね?」

 

思い切ったクラウンの言動に、明日乃は小さく口を開けたままであった。

 

「わからないものか?君の方が無価値だと思うよ?ーーーいや、わからない方が幸せか?わからないうちに変えてしまうのも悪くないか?もっとより良い世界に誘おうではないか?」

 

ジェイル自身に火がついてしまったかのような言動が見受けられる。しかし、クラウンも堪えることはできない様子で、既にくらいついているが、更に牙を押し込んでいきそうな様子だ。今はアマガミな状態を示唆させる。

このままでは、収集がつかないだろう。ならば、こうする他ない。

 

「ちょっと、ちょっと待って⁉︎」

「なんだね?これは私たちのーー」

「そうです。これは私たちのーー」

「二人だけの問題じゃないだろう!はぁーー元に私を巻き込んでるあたりから、話は単純じゃないだろう?なんか、よくわからない親子喧嘩されても、実際に皆真実を知ってるのか?その事実を言われた国民はなんか言ったか?私なら、反発する。私たちを騙したなって!」

「だが、永遠の命を授かると言われたら?どうする」

「永遠の命?違う、愛する者がいなければ、永遠なんて無価値だ。逆にそれ失ってからの方が地獄だろうに⁉︎何故だ?何故、自分が神であろうとする?近くで、クラウンは泣いているんだぞ⁉︎貴方を止めたくて、でもうまく伝わらなくて!」

「明日乃」

 

クラウンの湿っぽく、声音には綻びが解け、涙の成分を感じさせる。クラウンはすすり泣く。

情の増した明日乃は言葉を続けた。

 

「それすらも気付けないのなら、私は貴方を撃つ!!」

「撃てぬさ。創造主を」

「撃てない?もしかして、ああ、コアに何らかな仕込みがされてるみたいだね。こういうことをされない様に、いやこうなることを楽しみにしているみたいに思える。子供のイタズラかい?私にだって…」

ジェイルが何らかの仕込みをしているのは百も承知。創造主を撃てはしない。しかし、ジェイルはいずれかこういうことが起こることを視野に入れていたはず、もしかしたらアビリティでそれを無効化することができるのではないだろうか?

「策はある。しかし、それが本当に正解なのか?と、考えてるね?君はアビリティで無効化を図ろうとしている。それはいい。実に機転を利かしている。ハッキリ言えば、君はいい感を持ってる。しか〜しぃ、アビリティを視野に入れたというのは、君の寿命を食らうという結論にも至る。まあ、実力行使なんてのもあるけど、それはやめた方がいい。なぜなら、君を指名手配に上げることが簡単にできるからね。あ、因みに私を殺したら、ISは鉄屑に変わるからね?!」

 

彼の守りは堅い。それに高い。

現段階では無理だ。到底登りきれない。しかし、このままだと、私は彼の言う存在になるということになる。いやーー

 

「次に君はこういう。いっそ、人外になれば彼を止められる、と」

「っ……!」

「明日乃、もういいです!?」

「クラウン?」

 

明日乃はクラウンの方を見やる。

時既に遅し、クラウンの涙腺は崩れ、暖かい何かを流していた。そう。それは、他でもなく涙である。

もういいと、言わんばかりに、苦しそうに胸を押さえていた。

 

「彼にあれこれ言ったって、堅物に変わりはありません。明日乃の言葉も届かなかった。だったらーーーー」

 

クラウンは今一度、眼を閉じた。涙を拭い、ギンッと開眼した!

開眼させた、クラウンには光が宿る。その宿る光も神神しくも儚い力を感じさせ、クラウンから歪な空気が漂わせるも、どこか妖艶で引かれる。いやはや、そんな空気を肌で感じた明日乃はクラウンの肩を両の手でしっかりと掴んだ。

 

「クラウン!お前まで、変わらなくたっていいんだ⁉︎その瞳の代償は、お前から大事な物を奪ってしまうんだぞ?おい!」

 

ーーーーーーーーパチパチ。

 

背後で聞こえた乾いた手の鳴る音。

ついで、素晴らしい!と、はち切れんばかりの場を支配するジェイルの声音に驚愕よりも怒りが勝る明日乃は、クラウンの気を取り戻そうと試みる。

 

「ちくしょぉ……。おい!おい!」

「無駄だ。その瞳は鏡架粋月。ありとあらゆる感情を一定量以上保ち、高め、そして爆発させる。すると、こうなる」

「こうなる、じゃない!?自分の娘に何してんだよ!感情を爆発?そんなことしたら、クラウンは壊れてしまう。いや、もう遅いかもしれない。でも、彼女が壊れる前に救い出す!」

「君は先ほどから矛盾を言っている。しかし、心変わりもしている。君は、そうだな。優柔不断ではないか?君の本当の気持ちは?どうしたい?」

 

自分の言っていることのメチャクチャさは今から始まったわけじゃない。前からそうだ。ああしたいでも、これだから、と何かと訳を付けて退けて来た。いや、逃げ出していたんだ。うまくいかなかったら?と、後先のことを考えると怖くなるし、そんな自分が嫌になる。ヒーローに憧れてはいないけど、でも飛び込んでいける勇気が私にはないし、逆にそれを渇望してたはずだ。ほんの少しの後押しという名の勇気が私には必要だったんだ。

 

「メアリー、クラウンを」

「はい。旦那様」

 

結局は何もできなくて。

膝から崩れ落ちるクラウンを受け止められず、口を開け、呆然としか私にはできなかった。

 

「君は臆病者だ。しかし、それでいい。ーーーー今日は引き上げる。いい物が手に入った。メアリー、後は任せる。私は非常に興奮している。少し、出かけるよ」

「はい。旦那様。」

 

メアリーがいつの間に私の眼前に現れ、慣れた手つきでクラウンを担ぎ出し、淡々とジェイルに深く頭を垂れる。

ブレない彼女に明日乃は心の底から恐怖を込み上げさせた。

 

「明日乃様。良き判断でした。貴女はまだ、人です。迷い、泣き、恐怖。貴女から感じられる感情は美しいです。私もそうでありたかった。今宵は冷えます。お身体にお気をつけて下さい。では」

最後までブレることなかったメアリーの後ろ姿を見つめる明日乃はいつしか惚けてしまう。

「藤崎。これが、現実だ。知ると怖くなる。だから、人は耳を塞ぎたくなるんだ。しかし、まだ先が暗くなるわけじゃないだろう?今は暗くても、いずれは光が差す。今は悩め」

「入谷先生……」

「そんな顔をするな。今は立て。話はそれからだ」

「はい……」

「今日はもう休め、疲れただろう。何も考えず、目を閉じろ。そして、また私のところに来い。話なら聞いてやる」

 

入谷に支えらるながら私は自室まで向かった。程なくして部屋につき、言われたまま私は着替え、横たわるとすぐに眠気が襲ってきた。

いつ寝たのかまでは覚えていない。

次に目を醒ますと、朝が近くに来ていた。

 

 


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