IS―インフィニット・ストラトス―IXA   作:理十日

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第五話 眠り姫

 

 

 静かに覚醒する。

 

 薄暗い部屋に、見知らぬ天井。そして見知らぬ温もり。

 

 頭には柔らかい弾力を感じ、体躯には布のようなものがかけられていて、お尻には弾力かつ優しく、体を包むような何かがあった。

 

 手が布を何度も握り、手で弾力の何かを軽く押す。―――柔らかい。何かのツボに入りそうだと、明日乃は微笑する。

 

 これは自分が夢にまたいるのではないかと思えたから握ったり、押したりすることだった。―――だが、夢ではない。実に現実的で、自分が寝ていることを分からせてくれた。

 

 この時、自分が気を失ったことを思い出したのはほぼ同時だった。

 

 ハッと、体を素早く起こして、周囲に目を向けた。

 

 体を急に動いたせいか一瞬目が眩み、力が抜けて、 その場にとっ伏せた。

 

 静止から体を何かに引っ張られるようにゆっくりと持ち上げる。朧気な視界に一瞬目が悪くなったのかと疑った。

 

 その時、予期せぬ方向から光が入り込む。

 

 ――――光。光だ………!

 

 明日乃は目をすがめた。自分は目を悪くしたんじゃあないと確信を得た。

 

 自分が欲していた光。光と言っても、太陽のような自然のような光ではない。人工で作られた光だ。

 

 明日乃は思わずその光を見やった。

 

 なんだが、それがすごく嬉しくさせた。

 

 この慣れ親しんでいない部屋の設備は皆無と言ってもいいほど知らず、暗黙の部屋に一人と寝ていた部屋に射す光なのだからそれはとても嬉しかったし、その光を上手く使いたかった。

 

 自分の他にも光を射す周囲は明るくなり、そういえばと、思い出させるものばかりだった。

 

 家具の位置や、フローリングに敷かれた淡い桃色の絨毯が光る。

 

 フラッシュバックが明日乃を襲うが、悶え苦しむような感じではない。うっすら、ボヤけた映像が回想されるのだ。

 

 

 

 

 当時見たものと言えば、適当に周りを見ただけなのであんまりにも曖昧すぎる記憶しか焼き付いていない。

 

 きちんと見とけばよかったと、後悔を強いられた。

 

 光がなければ、もしかしたら、光を求めて部屋中をさ迷っていたかもれない。と、言っても迷路にいるわけではないので、安易にクリアできると思うけど。

 

 ものの数分いや、数時間前のことだ。綾陽が飛び付いてきて、頭を何か硬い物に当たって…………。

 

 無意識のうちに明日乃は後頭部に左手を添えていた。もしかしたら、思い出せるのではないかと思えたからだ。

 

 痛みを思い出しつつ、その光の先を未だに見つめていた。

 

 少し不可解なことというか気になるようなことが起きていたからだ。

 

 それは光が、いつまでも射していることだった。それはとてもありがたいことなのだが、なんというか、不気味なのだ。

 

表現するのならば、怪奇現象。普通ならば、電気を付けるなり、声を出してみたりと、することは何通りもあるはずだ。私の場合は今の二つがまっ先に上がって来たのだが…。

 

 光が射した=(イコール)部屋のドアが開いたのは誰もが思う事、でも人が入ってこない。これはいたずらか怪奇現象かコンコンダッシュかの三択になる。いや、最後の一つはいたずらの分類に入る。というか今時コンコンダッシュと言うのだろうか?―――話がずれた元に戻そう。

 

この奇妙な現象なおかげで今助けられているようなもので、誰にも責めることもできないが、かといって感謝するようなわけでもない。このパターンからしていたずらと言うより誰かがこの部屋に入ろうとして、ドアを開けたが入ることを躊躇っているうちにドアが開きっぱなしにしていしまった。なんて事があるだろうか?

 

―――そんなドジを踏むような奴はいるだろうか?せめて、部屋を間違えたりするとかだろうか?

(まあ、混乱するよな…!こんな真っ暗な空間をいきなり見たならさ…!)

 

誰もがこの高級ホテルのような空間に一日と経っていない状態で完璧にこなすのは無理なことではないだろうか。この空間はほとんど同じ構造でできているのではないだろうか?あくまで推測だけれど。もしそうであるのなら迷うのも無理もないし、心配もない、これから慣れればいいとしか言えないし、源に私がそれなのだ。だから自分に言い聞かすわけで…。

 

自然と左手が後頭部から顎に手を添えていながら物事を考えていた。

 

目を閉じたまま考えている姿を他人が見たのならさぞかし滑稽であろう。

 

目を開き、光を見つめた。んッと、明日乃は眉をしかめた。眉間にしわがより、うどく事のない光を睨みつける。だけど、光はしゃべることはしない。分かっている。なぜなら視点を会わせているのは、黒い影がそこに佇んでいたからだ。

 

―――なぜ気付かなかったんだろう?

 

答える事のない自問自答をした。

  

  でも、なんとなく自覚したのは光に目を囚われて影に目がいかなかったことだと悟った。

その影は人の形をしている。影は動かない。染みや雨漏りのように自然とできた淀んだなにかと思わせるほどの存在感。動かないことに少しばかし奇妙さを覚えた。

 

 言葉を発するべきだろうか。君は誰と?

 

 もしかして、こちらの様子を窺っているのか?―――わからない。

 

 明日乃は目を細め、様子を窺う。自然と手に力を入れ、毛布を握りしめる。

 

 何を緊張をしているのだろうか?悪さをしたわけでもないのに…。

 

 手が、汗ばみ握っている毛布が濡れる。

 

 言葉を出すにも出せない。

 

 静寂の間が不慣れな空間中に漂う。

 

 明日乃は背中に冷たいなにかが流れる感覚を覚え、早くこの空気を打開しなくてはと、心中でぼやき、願う。

 

 だが、明日乃が願うと、瞬きもせぬまに静寂の間にピリオドが打たれた。

 

 黒い景が手を伸ばす、その手がどこを目指すのかはすぐにわかった。

 

 パチッと、電気のスイッチに指が行き着き、すかさずに電気が部屋中に灯り、明るくする。

明日乃は条件反射で、手で目元を覆う。目が慣れ、手を目元から退かし、明りの灯った部屋を目で一巡した。

 

 その時ニュッと、映らなかった視覚から顔が恐る恐る顔を覗かせた。

 

 一瞬、明日乃はどきりとした。何たって、

 

「………お姉ちゃん?入るよ~~~?」

 

  そこには美少女がいた。いや、確かにこんな出会いもしてみたいとは思うが、これはうちの可愛い妹の綾陽だった。

 

  小声だが、この空間中には充分な音量だったが、今更それをいうかと明日乃は肩を竦めた。

 

  この声には覚えがある。の前に、この世で私を姉と呼ぶ人間など一人しかいないことを忘れるわけがなかった。

 

(………なんだ、綾陽か……変に緊張して、疲れた………)

 

 綾陽はすたすたとフローリングを音を出すこのなくこちらに向かって歩いてくる。

安堵した瞬間、身体中から力が抜け、あまつさえ急に笑い出したくなったので抗わず素直に応じた。

 

 部屋中にこだまする笑い声。小首を傾げる綾陽。

 

 何をこんなに真剣になっているのだと、馬鹿馬鹿しくなった。

 

 そもそも単純に考えたら、私の居場所を知るのは綾陽くらいだ。たとえ、ユウであっても、この場所にたどり着くのは到底あり得ない。まず、私より先に行き姿をくらましたのだから、私の居場所を知るはずがない。知るなんてことは多分できないと思う、無理だろう。何たって、私以外誰も外にいなかったのだから、私の姿を見るのは希(まれ)なことで、その情報を聞き出すのはクラスメートと仲良くなることだと私は荒削りだが、予想する。

 

「……悪ィ、……悪ィ」

 

 はあ、はあ、と笑いすぎ、息が上手くできず、手をパタパタと辛いとアピールするために扇いだが、その効果はなかった。

 

「―――?」

 

 一旦足を止めて綾陽はこちらを一瞥し、小首をかしげる。

 

 と、言っても本人はわかるはずがない。話の大半はよくわかってない様子だ。どちらかと言うと手に持った盆を慎重に運ぶことに集中をしているようだ。

 

 私も何にたいして謝っているのかすら分からなかったが、綾陽がそこまで気にしたようも様子もなかったので、話を誤魔化すことにした。

 

「………あー、そういえば、綾陽はどうしてすぐに部屋に入んなかったんだ?――一通り、見てたけど、あれはかなり不気味だったぞ?」

 

 綾陽が盆を壁際に設けられている机に置く姿を見ながら明日乃は訊いた。

 

「お姉ちゃんが、もし寝てたらと思ったら、どうしようかなと……」

 

 盆を置いた綾陽がくるりと身を翻し、こちらを見て、言葉を濁しつつ、戸惑いながらそう言った。

 

「いや、不気味だったから!……それにしても、お前と同じ部屋でよかったよ……」

 

「…………本当に?」

 

 頬を朱色に染めた妹が明らかに照てるだろう仕草をしながら、聞いてきた。

 

「ああ。これは本当な。本音いっちゃえば、お前じゃあなかったらどうなるんだろうって!」

 

 綾陽に焦点を合わせていたが、目線をやや下に落とす。淡い桃色の絨毯に焦点を合わす。

 

「………な、何っ、言ってんだかなぁ!あはは……!」

 

 明日乃は自分の栗毛を荒く掻いた。

 

 そして明らかに言葉に抑揚がないことを知り、顔が熱くなるのが分かった。

 

「私も、嬉しいよ…!……お姉ちゃんと一緒の…その、同じで、さ!」

 

 明日乃は手をパタパタと風を送るために扇いだが先程のように効果はなかった。綾陽を見ていないはずなのにイメージが出来てしまう。私と同じように、互いに目線を合わせようともせず、目を泳がせるのみの姿が。

 

 この新婚生活真っ盛りの淡紅色のオーラが出ているこの空間はなんだ!?

 

 明日乃の腕には鳥肌が満遍なく立っていた。よっぽど、シュールなシチュエーションなのだろうか。二人でいる事がこんなにも珍しいからか?いや、そんなことはないはずだ。まず第一に家では大半は行動は同じだ。ただし、部屋は違うがね?だからと言って、同じ部屋にいることに疑問を覚えているのか。これも違う。

 

 綾陽は私の部屋によく出没する。なんせ、物事をするのに私に見てもらっている方が気合が入るという奇妙な性癖を持っている。別に気持ち悪いとか引くということはないだろう。これは慣れというものだろうか?家族だから当たり前なのだろうか?ここに関しては何とも言えない。人間はそういうモノと認識しているからだろう。人それぞれだからだと。

 

 ―――うん。慣れた。慣れた。

 

 ―――ダメだ、分からない。

 

 こういうことに慣れてないせいか、頭が少し痛い。

 

 考えすぎだからか?空腹だからか?―――どちらかといえば両者かもしれない。

 

 昔の事というか今も時々思い出すのだが、母にこんな事を言われた事を思い出す。『頭が痛いのは腹減ってん証拠!!無駄に酸素吸うとそうなんのよ!?』

 

 と、成長期の私はよくそう言われたものだ。別に家が貧しいわけではなく、少し贅沢をしている家族なのだ。両親が二人してISに関係した仕事に就いているわけで、私は必然的にもここに入学した。今は時々帰ってきて私たちを抱きしめては直ぐにどっかにしまう人たちなのだが、どこで何をしているのかまでは言ってはくれない。あまり知っても得になりそうな気もしないので、聞きはしないが。

 

 とにかく、酸素の吸い過ぎはという話はどういうことか原理はよく分かっていないのだ。――まあ、素直に腹が減ったと認めれば安易に越したことはない。

 

 空腹で先程から目が綾陽の持ってきた黒く塗られた木製の盆に視線がいきっぱなしなのだ。見よう、見ようと思えば簡単に分かるはずなのだができれば自分の目で確かめたいという好奇心があるのだが、見ようにも先程から綾陽がちょろちょろと体を揺らすことにより妨害されて結局見る事が出来ないのだ。この気持ちはまるで、楽しみを待てと言われた子供の気分だ。とにかく気になるのだ。なんなのか知りたい。

 

 ………ぎゅるるる~~~~~~~!

 

 ―――ほら、言わんこっちゃない。綾陽が邪魔するからだ。

 

 お腹の虫が不機嫌そうに空腹の訴えのうねり声を上げる。綾陽には十分に聞こえる距離と音量。その瞬く間、音を聞いた綾陽が条件反射で目を細目笑った。

 

 一瞬、明日乃はドキリとした。無意識に口を開け、声にならない声で唇を震わす。急に体温の上昇、頬は真っ赤なリンゴの様に赤く染まり、額には無数の滴が浮かび、この場から逃げ出したくなるほど、恥ずかしくなった。綾陽はそんなことも知らず、近寄りハンカチをスカートのポッケから取り出し何も言うわずに拭った。

 

「お姉ちゃん、すごい汗だよ?!」

 

「……青春の汗だよ、綾陽」

 

 ふーんと、半分受け流しながら、優しく拭う。拭き終えるとそっと離れる。

 

 離れるところまでは良かったものの、そこから思い出すように綾陽が笑いだす。

 

 姉は再び、頬を朱に染めて、こう言った。

 

「…わら…ったな?」

 

 むすっと、明日乃は不機嫌そうにそっぽを向いた。プくーと、膨らました頬が変な音を奏でながらしぼんでゆく。

 

「ごめん、お姉ちゃん。可愛かったから、つい反射で……」

 

 綾陽も違う方向に向いて、そう言った。

 

 ポリポリと頬を照れながら掻きながら言った。気のせいか綾陽も顔が赤い気がするが気のせいか。

 

「あっ、お姉ちゃんにと思って、食堂から貰って来たよ!!」

 

 綾陽は視線をずらしたことをいいことに、踵を返し、机に置いた盆のネタに触れた。

 

 明日乃はおお、ここで拝見かな?といわんばかりにパンと手と手を叩く。明日乃もこの瞬間を実のところすごく気になっていた。ただ、タイミングが計れなかった。それだけなのだ。

 

「そっち、いくからいいよ」

 

 待ちわびた食事にたどり着くと思ったら、体が反射的にベッドから机に向かっていた。これで、盆に乗った持ったものが分かるという面でも確認がとれるから一石二鳥だ。

 

 綾陽を突っ立ったままにするのではなく、明日乃は見た目も実際にふかふかしているであろう椅子に少し強引に座らせると、ひゃうと言う声が聞こえたが、気にしないことにした。そして明日乃も椅子に腰を下ろし、背中に体重を預けた。

 

 一呼吸後に盆の上に乗っている物に視線を落とす。

 

 そこには白い円形の皿に載る三角の白いおにぎりがあった。しかも3つ。それと黒い長方形の何か―――いや、海苔だ。それが別々に盆の上に置いてあった。

 

 視線をおにぎりから綾陽に向けると綾陽はにこにこしてこちらを見ていた。

 

 笑ったままの綾陽が掌をこちらに向けて、食べて食べてと手の甲を見せ、差し出されたので明日乃は素直に別々に別れたもの通しのおにぎりに海苔を巻いて、いただきますと言ってから、何も疑わずに口に含んだ。

 

 感想を言うよりもまずはとにかくパクつくことが第一だった。―――それほど腹を空かせていることも分からなかったとは…。

 

 3つあるうちの1つを無言で食べ終わる頃、眼前には綾陽はいず、部屋の奥の方から物音が聞こえた。何かしているらしい。残念ながら何をしているのかまでは分からなかった。

 内心はそっちが気になるが、まずは腹ごしらえであり、皿に載る二つ目に手をかけ、二つ目に食らいつく。

 

 するとコトと、眼前に湯飲みが置かれる。

 

 明日乃は思いっきり、匂いを吸う。鼻を抜ける緑の芳醇の匂いが心地好い。茶には色々な種類があるが特に好きなのが、目の前に置かれたこの緑茶だ。

 

 でも、1つ気になるのが、綾陽はうちからこの緑茶を持ってきて作ったものなのか、それともこの部屋の茶道具から作ったものなのかが凄く気になった。別に茶にはこだわるようなことはしないが純粋に気になったのだ。

 

 明日乃は空いた手で湯飲みに手を伸ばし、掴み口に運ぶ。ずずずと、音を立てて口内一杯に茶を含む。苦くなく、薄くなく、なんとも熱くなく飲みやすいお茶である。鼻を抜ける爽やかな飲み口はつい感嘆を漏らす。もう一口、もう一口とつい手が動いてしまう。気がつけば、中身は空で、もう一杯綾陽に注いでもらっていた。

 

「はぁ~~~~!」

 

 つい、ほころんでしまう。これを縁側かなんかで飲んでいたら………と、思うと自分は年よりかと、ツッコンでいた。内心で………。

 

 と、湯飲みを机に置き、代わりにおにぎりを手に取り頬張る。

 

 米独特の甘い風味が口一杯に広がるなか、目を閉じ、味わう。程よく食べたところで、ここで緑茶を流す。また頬張り、適度に緑茶を流すという動作を繰り返してうちに、皿どころか手にもおにぎりは無くなっていた。

 

 つい夢中になって、食べてしまったのだ。

 

 なんかもの惜しいような気持ちだ。だが、完食より腹八分目の方が後が楽と考えたらこの考えがどうでもよくなった。

 

 綾陽にお願いして、緑茶を作ってもらってる間に明日乃はまだ、ぎこちないこの部屋を見渡す。今はなんとも感じなかったのは無我夢中で食事を摂っていただけで、神経は違うところに集中していたわけだし、今空腹から開放されたとなると何故か体が落ち着かない。

 

 明日乃は体をモジモジとぎこちないように動かした。椅子から立ち上がり、動いたりもした。どうしても落ち着かないのだ。と、思うと綾陽はもう慣れただろうか?そのような疑問が脳内をよぎる。

 

 私より起きている時間の方が長いんだから、使いこなしているに決まっている。私の心配も必要ないのだろうか?はたまた、私の思いすごしなだけだろうか?

 

 明日乃は一息つくと肩の力を抜き、体を楽にする。さらに背もたれに体重を掛ける。自然と伸び、欠伸が出る。つられるように腕も伸ばす。瞳には大きな玉が浮かび、今にも流れそうだ。まるで、今思う些細な疑問の様に。

 

 真っ逆さまな世界にはたまたま緑茶を運ぼうとしている綾陽のきょとんとした顔が描かれて、そして姉のアホ面を全開に出した顔、目が綾陽は慈悲めいた目と合った。

 

 綾陽はニコリと笑みを浮かべ、明日乃はゆっくりと体を持ち上げ、散らばった髪を直し、振り返り綾陽の顔をいつもの優しい顔で迎える。先程の顔を忘れされるために。

 

 毎回見るたびに笑みを浮かべる綾陽に明日乃は不信と不安を感じた。もしかしたら、悩んでいるのではないかと、―――何故このような時にそう思えたのかは別として、笑みで何かを隠しているのでは?などと改めて綾陽を眺めるとそう思えてしまう。無理に笑っているのではないかと。これは姉として出来ることを尽くしたいと思う気持ちから明日乃を突き動かした。

 

 コトと湯飲みと机が互いに音を立て、湯飲みが机に置かれると同時に綾陽も椅子に腰を下ろすと、栗毛が揺れ、女の子独特のシャンプーの甘い匂いが鼻をくすぐり、明日乃は一瞬ドキリとした。

 

「にゃ、にゃ、にゃにゃうにゃ………」

 

「?………お姉ちゃん?」

 

 ろれつが回らず、変な言葉を口にしてしまった。明日乃は何を言おうとしたのか素で忘れてしまうほど、恥ずかしくなる方が強かった。

 

 綾陽は小首を傾げ、再び髪の毛が揺れる。それを直す仕草をする綾陽に再び明日乃はドキリとした。なんというか凄く魅力的で、誘惑されてる感があったからだ。男なら飛び付いていそうな光景というべきだろうか。わからないけど…

 

 ―――綾陽とは姉妹で、家族で、妹で、でも目を離すとどこか危なっかしくて………。

 

 明日乃はどこか危なっかっしい(邪『よこしま』)気持ちを呪文のような言葉で落ち着かせた。意外と効くものなのだ。

 

 目を瞬き、顔を引き締める。大したことではないけど………。気合を注ぐ

 ―――こう、自然に聞けば教えてくれるはずさ。

 

「なあ、綾陽はもう慣れたか?」

 

「ふぇ?―――何に?」

 

 気が焦りすぎた。内容を抜いてしまった。

 

 気を取り直してもう一回。

 

「………ああ、学校にだよ…!少なくとも私よりは活動時間の方が長いんだから、一通りは目にしたんだろ?」

 

 綾陽の瞳を見ながら、そう問うた。

 

 彼女の瞳は一瞬曇ったように明日乃は見えた。気のせいではないかと思う。少なからず。

 

 だが、曇りは本当に一瞬で、その後は私のギンギンに冴えた瞳の瞼が重たくなるまで、綾陽は事細かく説明をしてくれた。

 

 左目の瞼が既に閉じ、見えている右目はかろうじて起きているが、後、数分が限界といったところだろうか。綾陽も喋り疲れたのか、柔軟運動を軽くしていた。

 

「もう、寝るか?」

 

 明日乃の口からそう切り出した。

 

 言った途端にゆっくりと口が開き、欠伸が出る。つられて綾陽も欠伸をする。連鎖反応だ。

 

「欠伸、うつちゃった………」

 

 少し照れ臭そうに綾陽が口を尖らせながら、そう言った。

 

「今日は色々あったからな、さっ、寝よ!寝よ!!」

 

 明日乃は椅子からゆっくり立ち上がり、使用済みのベッドにゆっくりな足取りで向かう。

 

「そのまま寝るの?」

 

「ん?あ………」

 

明日乃は寝ぼけた調子で答えた。

 

 明日乃はベッドに片足を載せたところで動くのを止め、下を眺めた。

 

(今更、着替えるのはめんどくさい。どうしようか?………寝るか)

 

 一瞬立ち止まるものの動きだし、毛布にくるまり、ちょこんと枕のところから頭を出し、綾陽の方を見詰めた。

 

 綾陽は寝る支度をしているのか鏡で髪を解いていた。そこに明日乃の顔が映り、振り返った。

 

 綾陽は明日乃と目が合い寝るからと雄弁に訴えた後、伝わったと思ったら有無も言わずに壁の方に寝返りをつき、暫くすると寝息を立てて寝ていた。

 

(なんで、おやすみって、言わないんだろう?)

 

これは姉妹感を試しているのだろうか?信頼関係?以心伝心?姉妹感の愛?

 

 顎に手を添えて、綾陽は考えた。こんな考えが答えに導かれるのかどうかを……。

 

 まず、姉妹感の愛ってなんだろうか。仲良しかどうか……とか?一緒にお風呂に入った回数とか?―――違う、違う!!!そういうことじゃあないはずだよ!絶対。絶ッ対に!

 

 むむむと、眉間にシワを寄せたら、口元が緩んで欠伸が出た。

 

「ん~~~~!まあ、いいかな?私も早く寝ようかな~~~っと!?」

 

 寝巻きに着替えた綾陽は未使用のシワ1つないベッドに腰を下ろし、ゆっくり毛布に足を入れ、電気のリモコンを先程見つけたのでそのボタンを押すと、部屋が急に真っ暗になったので綾陽は声には出さなかったが、内心は凄くビックリしていて今にも声が漏れそうだった。手で制圧して声を押し戻すことに成功した。

 

 あたふたする気持ちも、しばらくすると目も安定、落ち着いてきて、なんだかお泊まり会のような気持ちが込み上げてくる。変に興奮してくるのだ。

 

 隣で寝ている姉の姿を一瞥。白い毛布が盛り上がっているのを確認すると寝がえりをうったまま本当に眠ってしまったようだ。肩が微動だに上下に揺れている。

 

 ちょびっと私は疑ってしまった。いたずらな姉の事だからタヌキ寝入りをしているのではないかと…。なんせ、今日は気絶ばかりしているのだから、返って目が冴えているのではないかと予想は立てていた。

 

 …が、うっすらだが、寝息が聞こえる。

 

 本当に今日はよく寝るな。アネゴは…。

 

 内心でホッと、もう一人の私が息をつく。姉から恐れているように。

 

 たまには私がいたずらをするのもいいなと思うが素直な気持ちには敵わない。

 

 目を閉じ、浅く息を吐くとすぐに夢の世界に誘ってくれた。

 

「おやすみなさい。お姉ちゃん………」

 

 綾陽は姉と反対方向に背を向け、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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