動く。―――――動くぞ。ISが私の身体の手足のように。
肌の上を直接何かが走り、鉄灰色の装甲が形成される。肌を走った感覚と言えば鳥肌が立ったような感じだ。―――皮膚装甲(スキンバリア)展開…完了。
突然体が軽くなった。重力という概念から開放された気分だ。―――推進機(スラスター)正常稼働……確認。
知覚精度が急激に高まる清涼感。視野が拡がったような感覚だ。死角がない。全てが見通せる―――ハイパーセンサー最適化……完了。
両手に重みを感じると、その手には光が発光し、刀のような形をした武器が形成される―――近接ブレード……展開。
――凄い。これがIS。インフィニット・ストラトス!
覚醒する。
目を幾度も瞬かせる。
そこには突き上げた拳に、見知らぬ白い天井があった。
明日乃は突き上げたままの拳を引き下げ、胸のところに当てる。トクン、トクンと心臓が脈打つ音が聞こえる。少し、早い気がした。
一回、深い呼吸をする。高鳴った脈は次第に落ち着きをみせた。
明日乃は寝たきりのまま、首を曲げ、隣に寝ているはずの綾陽の方をみやった。
やはり、彼女は寝ていた。すうすうと寝息を立て、未だ夢の中といったところだ。妹の寝顔が幸せそうなら、一日が平和だろうなと明日乃は毎回思う。
(疲れているから、もう少しだけな………!)
明日乃は上半身を起こし、髪をかき揚げる。少ししてベッドから下り、立ち上がった。
起こさないよう抜き足差し足忍び足と泥棒のような動きで、面台の方へ向かった。
ドアノブを回すとすんなり抵抗なく開き、着替えと洗面用具を持ち中に入った。
フローリングと浴室の間には数十センチの段差があり、転ばないように気をつけた。
中は浴槽とトイレ、洗面台が一緒になったタイプで、ここもやはりホテルかと明日乃は小さく呟いた。
洗面台の前に立ち、鏡に自分の姿が映る。用具に目を向け、少し悩む。流石に顔だけを洗うのは汚いよな?一日変な汗かいてたし………。皆にこれ以上変な目で見られるのもちょっとな………。
そう思うと、服を脱いで浴槽に入っていた。何も考えずに、しかもシャワーカーテンを閉めて。
シャワーノズルから温かいお湯が、明日乃の肢体のラインをなぞりながら、冷たい汗が流れていく。
―――気持ちがいい。さっぱりする。
体が暖まり始まる。それが生きている実感というものを与える。
シャワーを止め、タオルを探す。少々、手こずったがしっかりとこの手に握る。
お湯で滴った髪の毛をかき揚げ、オールバックの形にする。
タオルで滴った身体を拭っていき、髪の毛を特にりゅうねんに乾かしていく。
ポカポカと湯気が上っているのが分かる。
服に着替え、首にタオルをかけて浴室から再びこっそりと出てくる。
カチャ――――。明日乃はドアを開け、首が通れるがどうかわからない程の隙間に首を少し出し、左右を見回った。
静寂の間は笑えるほど何もなく、正直つまらないというのが明日乃の率直な意見だった。
以上はない。綾陽もすやすやと寝息を立てて寝ている。可愛い。―――よしっ!
って…、別に悪さわけじゃないし堂々と歩けばいいような………。反省。
浴室の床からフローリングに足をつこうとした時、一瞬段差のことを忘れていて、カクンと落ちた時は心底びっくりした。
すたすたと化粧台の上に置かれているドライヤーの前に立ち、手に取ったところで一時停止。はて、このままドライヤーを起動していいのか?そしたら、綾陽を起こしてしまう。もうちょっと夢の時間を楽しんでほしいし、別に迷惑とは思ってはいない。純粋に独りの時間が欲しい。……参ったな。
ドライヤーを見つめたまま、ある程度よく乾いている髪を触り、考える。
ドライヤー。濡れた髪。寝ている妹。複雑な姉の心情………。
(………はあ、ドライヤー…………使わなくて………いいか……手動で)
明日乃の思考の中で、ピンポンとなんだかのボタンが素早くはたかれ心中の私が答えを言う映像が写し出される。
そしたら、ピンポンと正解らしい効果音が流れる。どうやら、中の私はこれを答えと導いたらしい。
ドライヤーをもとの位置に戻し、肩にかけたタオルでわしゃわしゃと髪を乱しながら、拭いていく。気持ちとか正直、早く乾かさなければ風邪をひくとなれば、もともこもないただの馬鹿になってしまう。それが明日乃自身の答えだった。
…………へぷちゅ!
いわんこっちゃない。普通にドライヤーを使えばこうはならなかったぞ!―――心中の自分が腕を組み、仁王立ちで、呆れた様子を浮かべながらものを言う姿が脳内ヴィジョンで想像化されていた。不思議なことに。特に眉間にシワを寄せる姿からしてものすごく怒っているのが一目で分かるが、最初の方しか言葉の方が聞き取れなかったが、言いたいことは大体分かる。お説教という堅苦しいあれだ。まともに聞いたら、大変なことになってたんだろうな………恐ろしい。
明日乃は苦笑を浮かべ頬を軽く掻いた。
心中の自分は目を閉じ、真剣に話している模様。
エンジンが掛かってしまい止めることは………できるが、あえてやらない。最早違うことを考えて気を紛らせるしかないようだ。驚いたことはこんな自分がいるということだった。
……へぷちゅ!へぷちゅ!……。
花粉症…?
違うでしょ!―――それを強く否定する私は漫才なんかで言うツッコミというやつをノリで行っていた。指をピンと伸ばし、相手の胸を軽く叩く感じを一人虚しく空を切る。もちろん相手などはいない。ツッコむ相手は私自身なのだから。
誰もリアクションをしてくれないと思っていた、束の間。後方からクスクスと笑い声が聞こえる。
聞き覚えのあるやさしい人を馬鹿にしない屈託のない笑い声は妹が寝ているはずのところから聞こえ、明日乃は慌てて踵を返し、目視する。
目が合う頃には既に上半身を起こし、毛布で声を殺してこちらを窺っていた。頬を桜色に染めながら笑う姿は………
「…………にゃ、にゃあ…?」
なんだかもうどうでもよくなってくるのだ。別に怒っているわけではないのだけど。
「いつから見てた………?」
「……えっ…と、変わった動きのところからかな?」
綾陽は手をしゅっしゅっと振るう。見よう見まねに真似する姿は猫がおもちゃで遊んでいる姿に少し似ていた。
明日乃は微笑を浮かべる。
「そっか、なんか恥ずかしい姿を見しちまったな…!」
「そんなことはないよォっ!充分可愛かったよ!」
「あ、ありがト………!」
身体の体温がカーァっと、はい上がる。
ずっと立ってるのも不自然なので椅子に座り背もたれに体重を預ける。
少々の静寂が訪れたが、話を切り出したのはやはり明日乃だった。
「…………そうだ!綾陽も早く着替えて軽く学校を案内してくれよ?」
「私、方向音痴だよ?お姉ちゃん……!」
綾陽は毛布を口元に当てていたが、さらに鼻ところまで引っ張りあげ、照れている顔を彼女なりに隠した。
何気なく質問をしたつもりが違う意味で申し訳なく思えた。
「悪い。………忘れてた。でも、食堂位は………」
「それくらいは覚えたよ!」
鼻元の毛布を剥いで、自信がありますよとベッドの上に勢いよく立ち上がり明日乃を見下ろすような形で堂々と宣言をした。特に眉を逆ハの字に立て雄弁にものを語っているのが何よりの証拠だと思われる。
眉だけじゃなく、綾陽は背筋を伸ばし偉そうに反らす。豊富な胸が寝巻きをはち切るのでないのかと入らぬ心配の念を送る明日乃。
―――微笑ましくなってくるのはなぜだろうか?……これが娘の成長を喜ぶ父親の気持ちなのか?
―――妹が成長し、たくましく私の前を先陣切っていく姿を想像すると姉離れかなとちょっぴり心が痛くなるのも気のせいなのだろうか?………綾陽ももう大人だしな。少し遠くに置くというのもいいかもな。社会の学習という一環(いっかん)でな。
「分かった。じゃあ案内してもらおうかな~~~?………昨日の罰として?!」
にししと良からぬ笑いを浮かべながら明日乃は綾陽に道案内を依頼した。
もちろん答えは二つ返事で了解と敬礼をしてみせたが明日乃はキョトンとしてみて突っ込みを密かに入れてみる(影で………)
(いや、ここは敬礼じゃなくないか?!)
疑問を抱いたが、まあ、気にしないことにした。彼女なりの意味があるのだろうと自己解釈を交えて。
「だったら、早く準備しな……!」
明日乃の腕が浴室の方へ伸びるが、表情はやや苦笑を浮かべていた。
うんと、いい返事をするやいな素早く身支度を済ませ、扉の向こうに綾陽は吸い込まれるように入っていった。
明日乃は綾陽がいなくなってから、両足を座っていた椅子に載せ、体育座りの形にして膝小僧に顎を載せ、浅くため息を吐いた。
実に三十分後のことだった。