V.V.と玉城の完結した在り方   作:夜半の月

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コードギアスの二次創作です。とある掲示板でV.V.と玉城が遊んでいる様子の二次創作を目にし書いてみようかなと思いました。
拙作のあり得ないCPシリーズの一つでV.V.と玉城の恋愛のお話となります。
BL要素、ボーイズラブのお話となりますのでご注意くださいませ。

再度の転載となり申し訳ありません。短編集的に連載するかもしれないので再度通常投稿に戻させていただきましたが、一応の完結作品としました。

御批判、御批評、御感想、遠慮なく頂けると嬉しいです。


V.V.と玉城の完結した在り方

 

 

 

 V.V.と玉城の完結した在り方

 

 

 

「V.V.、V.V.それっ、それよそれ、その9パーのヤツっ、くれくれ!」

 

 六畳一間。シンジュクゲットーの小さなアパートに男の大きな声が響き渡る。

 威勢良く逆立てた茶の短髪に顎髭を蓄えた赤いバンダナのその男。

 上は紫のシャツ、下は青のジーンズで身体にフィットした服装の男玉城真一郎は、左手に空になったチューハイ缶を持ちながら次をと要求していたのだ。

 

「9パーもなにも此処にはストロングしかないじゃないか」

 

 やれやれ。呆れた様子で応じるのは表地が黒、裏地が紫の踵まで届く裾のマントを着。

 何処かの宗教指導者が身につけるような、両手両脚の裾部が青、それ以外の全体の生地が純白の、上下法衣服にも司祭服にも似た衣服を着こなす、足首踵にまで届く淡い金色の髪が特徴的な少年V.V.だった。

 厳密には少年では無く少年の姿、身体的年齢が10歳ほどで止まっている特殊な事情を持つ六十代の男性なのだが。

 少年と言えば少年であり、同時に大人と言えば大人の思考を持つ、なんともちぐはぐな少年なのだった。

 

「おうっ、やっすい給金しか得られねえ、そもそも金が手に入りづれえイレヴンが、いいや日本人がよ。安酒で酔っ払うにゃなあ、ストロングしかねんだよぉ」

 

「まあ言われてみれば確かにそうなのかも知れないね。あ、僕のもカラになっちゃった」

 

「カラになったら遠慮せず次いけ次っ、お互いにもう一杯完敗と行こうぜ! の前にこっちももう無くなってるんだから次の早く取ってくれよ」

 

「自分で手を伸ばせば取れるじゃないか」

 

 六畳一間と狭い部屋なのだ、身体ごと手を伸ばせば十分と届く距離にアルコール度数の高めな酎ハイ缶は置いてある。

 冷蔵庫から出してよりまだそれ程の時間も過ぎていない為、ひんやりと冷えたままの状態の物が。

 

「あのなあ~、俺はV.V.に手ずから取って欲しいんだよ、わかれやそのくらい」

 

 手ずから欲しい。それが自分たちの在り方なのだろう。

 自分たちの間柄は何だ? そう問われればありふれた答えが待っているのだ。

 

「俺とV.V.は特別な仲なんだからよ、 特別には特別が付いてくるもんだろ?」

 

 そう熱く語る玉城に。

 

「はいはい分かったよ、分かりました。僕と真一郎の仲だものね。でもただ物を取る一つにまで特別を要求するのかい?」

 

「おうよ! だってよおV.V.。俺たちの仲じゃんかよお、そんなつれない態度取るなよなあ~。俺はV.V.の手で取られた酒が飲みてーんだ」

 

「う~ん、そんなこと言われると照れちゃうなあ~もう」

 

 観念。そんな風に言われたら従わざるを得ないじゃないかと微笑むV.V.は、手を伸ばせば直ぐに届く距離のレモン缶チューハイを取り。

 自身に取ってこの世で一番大切な存在である玉城の目の前に座り込むと、手にした缶酎ハイを彼に手渡してあげた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとなV.V.! 愛してるぜ!」

 

 受け取った缶酎ハイを手に玉城はV.V.を抱き締めた。

 

「んっ、ちょっと、真一郎」

 

 真正面からの抱擁だ。優しくも熱い抱擁だった。

 

 腰を下ろしていることで畳に広がっているマントの裾と淡い色をした長い金髪が波打ち。表地が黒で裏地が紫色をした夜の色の様なマントの生地が玉城の指に圧されて皺を刻む。

 V.V.を抱き締める玉城の指にはV.V.自身の身長ほどもある長すぎる綺麗な金髪が絡みつき、玉城の手指をさらさらと撫でている。

 

「V.V.……いつも俺の、俺なんかの傍に居てくれてありがとな」

 

 僅かばかり見開かれながらも潤うV.V.の紫色の瞳が揺れた。

 

「馬鹿……、そういうの反則だぞ?」

 

「いいじゃんかよ。嫌か?」

 

「ううん、嫌じゃないよ……、キミこそ僕の気持ちを分かりなよ。キミと僕は永遠を誓い合った者同士なんだからね」

 

「それが分かってるからこうしてるんだぜ?」

 

「ああ、それもそうか……嬉しいよ真一郎。いつも僕の傍に居てくれてありがとう」

 

 玉城に抱き着かれてはにかむV.V.。心から嬉しかった。ああ、この子はいつも僕の事を想ってくれているんだと伝わってくる。

 今に始まった仲では無い、もう何年も前からこうして寄り添っているから彼の気持ちは自身が一番知っている。それでもいつも改めて嬉しくなるのだ。これほどまでに深く想われていることを。

 酔いも手伝いとても気分が良いと思う彼も優しい抱擁を玉城に贈り返してあげながら、二人で温もりを分け合う。

 V.V.には玉城が居て、玉城にはV.V.が居る。互い以外を必要としない完結された二人は優しい想いを込めて互いを抱き合い。

 

 そうして静かに身体を離す。

 

「もう少し抱き合っていたいけど……でもそれだとお酒が進まなくなるもんね、……それじゃあ、飲もうか」

 

 抱擁を終えたV.V.は酔いとは違う意味で頬を赤らめながら『後でもう一度抱き締めてくれる?』と可愛らしく問いかけ、玉城との抱擁の終わりに名残惜しさを覚えつつも自分も缶酎ハイを手に取った。

 

「ああ~なんかV.V.の温もりでエンジン掛かってきた感じがするわっ、よしっ、V.V.よお、今夜はとことん飲むぞっ!」

 

「うん。僕もとことんお付き合いするよ」

 

 その少年いや男性V.V.を前に次の酒、次、次、と遠慮も無く要求し、熱い静かな抱擁を以て心を満たし合わせた玉城は暖め合った心をそのままに乾杯の音頭を取った。

 

 V.V.と玉城、二人の関係。

 

 気軽に名を呼び合い、気軽にお酒を酌み交わし、気軽に互いを触れ合う。

 そして生活を共にしている互いが互いに無くてはならない大切な者同士。

 

 それはかなり特殊で複雑、それでいてシンプルで素敵な間柄にある相手同士だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 事の始まりはもう何年も前のこと。

 

 元はギアス嚮団という組織の長を務めていた少年の姿をした壮年男性V.V.。彼は大層弟思いの人物で、弟を溺愛していた。

 しかしある時、弟に本心から愛する女性が現れたことで、通い合っていた筈の兄弟の心に隙間が生まれたと感じ始めたのだ。

 

 自分は弟の全てを知っている、弟には自分しかいない。お互いさえ居ればいい。

 

 それで完結していた……。その筈なのに、弟は他者をその心に迎え入れた。

 

 弟を第一に、弟と共に、弟と二人で、この嘘に塗れた世界から嘘を無くし、嘘の無い世界を作ろう。

 

 そこまで考えていた、深く溺愛し約束を立てていた弟の心が別の誰かに染め上げられていく事。

 

 ある日、これを自身への裏切りと断じて心を苛み始めた孤独感と苦痛に耐えきれなくなったV.V.は、弟の下を自ら去るという決断を下し、組織のことも全て放り投げて極東のある島国日本へと流れ着く。

 

 何処かへ行こう。ただそれだけを考えて旅をし、気が付いたときには祖国との戦争により焼け落ちた、敗戦間もないこの国に居た。そんな感じだ。

 

 そこで、その国で、彼は一人の男。当時はまだ十代だった、元は高校生だったという子供よりかは大人寄りの、青年前の少年だった頃の彼、玉城真一郎という男と出会ったのだ。

 

『どうしたのキミ、一人なのかい?』

 

『誰だよガキ、お前ブリキか? そんな上等な服着てるって事はブリキのお貴族サマのお坊ちゃんか? ブリキがイレヴンに何か様かよ』

 

『うん……寂しそうな顔をしていたからね、何となく……。僕は別に貴族じゃ無いよ。いまはただの放浪人さ……。実は僕もひとりぼっちでね、ああ……そうだね、なんだかキミの姿が僕に似ているなと思ってつい声を掛けてしまったんだ』

 

『お前も一人なのかよ……親とかはどしたよ? うちの日本軍にやられてくたばったか?』

 

『ううん、元々居ないよ。そんなもの、ずーっと昔に死んじゃったから……。ねえ、キミに付いてってもいい?』

 

『ああ、なんだって俺に?』

 

『だって、キミは一人、僕も一人、……ひとりぼっちは寂しいんだ……、ひとりぼっちの先達だと思う僕が保証するよ……本当に寂しいんだよ』

 

 ひとりぼっちは寂しい。簡単な話でその通りだった。

 寂しげに微笑む少年を見て胸が疼く日本人の、イレヴンの少年は。

 

『そうだな……、一人は寂しいよな……、騒げないし、遊べないし、つまんねーし……』

 

 言われた少年も自分も一人だったからこそ、示されたひとりぼっちの寂しさの意味を理解できた。

 

『うん、だから一緒に居ようよ。そうすればひとりぼっちじゃなくなるよ。孤独な者同士、僕らは気が合うと思うんだ』

 

 だから一緒に居ようと申し出ていたV.V.。

 

『ははっ、いきなりだなおい』

 

『僕の名前はV.V.だ。キミは?』

 

『ぶ、ブイ、ツー? 変わった名前だな……。俺? 俺は玉城……玉城真一郎』

 

『一応自己紹介がてらとして、V.V.はこんな字だよ』

 

 V.V.は小さな手で木っ端を拾い、地面にV.V.と字を書いていく。

 

『Vに.を併せて二つくっつけてV.V.か、やっぱ変わった名前だな』

 

『まあ色々と訳ありでそんな名前なんだ。タマキ・シンイチロウ……、キミはどんな字だい? 日本語は漢字名だよね』

 

『ああ、玉城は……、てかブリキ……外人には説明しづれえな』

 

 彼は近くに落ちていた石を拾うと、爆撃でめくれ上がっていた道路だった場所の地面の土に和名、日本名を書く。

 通りには誰も居ない、閑散とした廃墟群と荒れた地面が広がっている。

 そこで幼い少年と高校生だった少年は互いに向き合い、互いの名を交換していた。

 

 がりがり、土の表面に描かれていく漢字の名前。

 

『これが俺の名前だ』

 

 そこにはV.V.と書かれた字と並ぶ形で、玉城真一郎と書かれていた。

 

『ふんふん、丸い玉の玉にお城の城、真っ直ぐの真に数字の一、そして生まれた順序に添えて表す字であり中華の官名にもある郎か』

 

『なんだよお前っ、すっげー頭いいんじゃんっ、 郎の字にそんな意味があるとか知らねえしっ』

 

『育ってきた環境上教養はそれなりにある方かな。まあキミの名の郎は官名からじゃなく一郎とか太郎とかそういう意味での郎だと思うけれどね』

 

 そうして出逢った二人。幼い少年の風貌を持つ男と、青年にならんとしている少年。

 二人の出逢いは必然だったのか。名を交換し合ってより二人は一緒に行動し始めるのだった。

 

 V.V.から見た玉城真一郎という少年は、やんちゃで粗暴、でも底抜けに明るくて調子乗り。正しく適当人間だった。

 その男に、堅い生活の中で生きてきて、堅い人間だった弟と付き合ってきた、そんな自分自身の人生とは逆位置に立つ彼に。

 次第にV.V.は興味を抱き始め、数ヶ月をブリタニアに占領された後のゲットーで共に過ごす間に彼の傍で寄り添うようになっていた。

 

 どうしてそうなったのか。

 そんなの今でも分からない。

 ただこの子と一緒に居たら楽しそうだな。

 そう思ったのだ。

 

 玉城真一郎、彼は彼で学生生活を送っていた中、突如として始まった日本とブリタニアの戦争で親兄弟と友人を喪い。

 たった一人で侵略国ブリタニアへの恨みや憎しみ、やるせなさを胸に抱きながらゲットーと呼ばれるようになった地域で細々とした日々を生きる中。

 偶々声を掛けてきた黒いマントと白い衣服に身を包んだ足首にまで届くほどの淡い色をした長い金髪と、紫色の双眸が特徴的な不思議な少年と出逢った。

 

 名をV.V.といった。初めてその名を聞いたとき、正直なところ変な名前だと感じた物だった。

 

 Vに.を添えた文字を二つくっつけただけの名前だという。

 

 日本人の容姿とは明らかに異なる外国人の少年ながら、何処の国の名にもあり得なさそうな不思議な名前の響きと、齢10歳前後としか見えないながらも大人びた様子。

 一方で無邪気な面を併せ持つ不思議な彼に対し、何処かしら惹かれるかのように、行動を共にするようになっていた。

 

 当時はまだ高校生の頃、敗戦間もなくイレヴンと呼ばれるようになった元日本人に対してブリタニアの貴族かお坊ちゃまがお遊びがてらにゲットーに来たのかと訝しんでいたが。

 しかしそんな彼に、『キミ、一人なのかい?』そうして声を掛けてきて『僕も一人なんだ』と寂しそうでいて虚無感に苛まれている雰囲気を持つ彼に、コイツは他のブリキ共とは違うと感じて歩み寄ったのだ。

 

 ひとりぼっちとひとりぼっち。

 

 寄る辺の無い者同士だった。

 

 片や大切な弟と通わせ合っていた心を喪った喪失感に苛まれる少年。

 片や家族と友達を戦争で喪ってしまいひとりぼっちになってしまった少年。

 

 ある意味において孤独という名の檻を持つ似た者同士。

 打ち解けるまでにそれ程の時を要さず、玉城が住んでいたゲットーの古びたアパートの一室で二人は共に暮らすようになっていた。

 

 最初はお互いに友達だったのだと思う。V.V.も玉城も、信頼関係はあったが普通の友達だった。

 出逢って間もない間に友達となったというのは子供の頃を置いて互いに無かったのかも知れない。

 V.V.は玉城に友情と信頼を寄せていたし、玉城もV.V.へ同様の感情を抱いていた。

 

 もうひとりぼっちな孤独人間じゃ無い。

 僕には俺には共に居てくれる相手が出来た。

 

 毎日が楽しかった。

 焼け落ち壊れたゲットーでただ静かに過ぎていく毎日を、この幼い姿の男性と、このまだ活発で思春期たっぷりな少年。

 互いに暮らすようになってからは持ち合わせていた孤独感が喪われていき、二人で居ることの楽しさと幸せを満喫するように。

 共に遊び、共に食べ、共に寝ては日々の生活に彩りを添えていったのだ。

 

 ただ一緒に居れば良い。

 ただ一緒に暮らせれば良い。

 

 一人になりたくないから。

 一人は嫌だから。

 

 そんな思いの下に二人は寄り添い続けた。

 

 毎日を毎日を、来る日も来る日も、時を忘れてただ生きて共に居ることを実感して二人は過ごしてきたのだ。

 

 だがそんな状態はそれほど長くは続かず、次第にそれ以上を求めるようになっていた。どちらがどちらでは無く、どちらともにだ。

 真逆の生き方をしてきた二人は逆位置に居るからこそ一本線となって互いに親愛の情を抱くようになっていたのだろう。

 

 日々はただ静かに過ぎていった。

 

 少年姿のV.V.は玉城に対して嘘は吐きたくないからと唐突に実年齢を告げ、10つ程の年齢の頃に特殊な力を以て年齢が止まったのだと包み隠さず己の身の上を話した。

 奇妙で信じがたい真実。あり得ない話。空想や妄想、SF小説にでも登場するような実年齢とV.V.の永遠という時間。

 

 これを聞かされた玉城少年だったが、V.V.、彼が自分に嘘を吐くはずが無いとしてその言葉を信じた。

 

 そうなのか、道理で大人びてる訳だぜ。大人その物なんだからよ。そんなに簡単に信じがたい真実を受け入れられ。

 

『ふふふ、そんな事だとこの先生きていく中で簡単に騙されるような人間になっちゃうよ』

 

 話を真実として受け入れられたそのことに笑うV.V.だったが、嘘じゃ無いって分かるぜと笑い返してきた玉城に、弟に感じていた物と似たような感情が生まれたのはきっとあの時だろうと今でも振り返ることがあった。

 

 その感情は同時に玉城少年も抱く物だった。家族全て、友達も全て喪い、たった一人になってしまった自分に新しく出来た、ただ一人の友人。

 幼い姿をした自分よりも年上の友人に対しての頼りがいの思いや、親愛の情は日増しに大きくなっていったのだ。

 

 ある時、V.V.は言った。

 

『ねえ真一郎。僕らは僕らだけで生きていこうよ。誰かを頼っても良いし、何処かに属しても良い。でも僕らは僕らとして二人だけで生きるんだ。僕らは二人だけで完結するんだ』

 

 友達も作って良い、いや寧ろ交友を広げて行っていいとも思う。

 こんな世界だ。寄る辺の無い自分たちが二人だけで生きていくのは難しいだろう。

 でも、僕らは僕らだけを深く信じて、お互いだけは裏切らない。

 何処にも行かず僕らだけで一緒に居よう。僕らだけで僕らの存在を完結させよう。

 

 組織に属しても良いし、新たな友人関係を持っても良い。

 だが必ず一線を引いて、そこだけは余人を立ち入らせない自分たちだけでの完結とさせよう。

 

 酷く真剣で切実な感情だった。うんと言わせたい有無を言わさない感情がそこにはあった。

 V.V.の喪うという喪失感と孤独が、強く玉城を求める感情に繋がったのだ。

 

 玉城も玉城で考えた。この大切な友人、大切な存在、今の孤独だった自分にとって唯一となった少年の事を。

 この親友は親友を超えて心友になりたい。いやそれ以上を望んでいるのだろうか。

 

 V.V.の独白に自然玉城少年は肯いていた。

 

『俺も、俺もよ、ずっとV.V.と一緒に居てえよ。俺、ひとりぼっちだしな……、家族も友達もみんな死んじまったしさ……、そんな俺にもお前って奴が出来た。親友、いや心友……ああいや、それ以上の大切な奴だ。俺とV.V.の二人だけで完結する関係……そういうのもいいじゃねーか』

 

 心が通い合った瞬間だった。いや元々通わせ合っていた心の結びつきが今までよりも強固な物となったのだ。

 

 二人は静かにお互いの手を差し出し、手と手の平をそっと重ね合わせる。

 

 それは儀式のようで、それは遊戯のようで、それは誓いを立てる証のよう。

 

『ふふ、ありがとう真一郎。僕らはずっと一緒だよ?』

 

『おう! 雨の日も風の日も』

 

『太陽降り注ぐ暑い日も、鉄錆の業火の中でも』

 

 

 V.V.と玉城真一郎はずっと一緒に二人で生きていこう――二人だけで完結しよう。

 

 

 そんな宣告を交わして微笑み合った。

 

 お互いに浮かんでいたのは純粋な微笑みだった。

 このいい加減なお調子乗りで、でも底抜けに明るくて自身の心を癒やしてくれる男に。

 この幼い少年の姿をした不思議な大人の男に。

 

 互いを全部さらけ出して二人だけで完結していこうと共に誓い合ったのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 それからの生活は少し変わったように思う。

 

 少年姿のV.V.は仕事らしい仕事に就けない。

 

 表地が黒、裏地が紫色をしたマントに、手足の袖口と裾が青、その他全体が白を基調とした見るからにして高級そうな衣服を身に纏う彼だが、だからといって特にブリタニアの貴族という身分を持つわけでは無し。

 自然と普通の仕事にはありつけず、やれる事としたらブリタニア人であり外見も整っているため、疎開の中に自由に出入りしても誰にも文句は言われないからと疎開内部で色んな物を見聞きし、買い物などをするだけだった。

 だからと彼は家事全般を不器用なりにも熟すようになり、家事や買い物、情報収集を請け負う形に落ち着く。

 

 反対に玉城は戦前は学生の身分ではあったが体格としては十分に大人として成熟しており、自然彼が外での仕事らしい仕事。稼ぐことをする。

 

 V.V.が家事と買い物に情報収集で、玉城が一家の大黒柱のように労働をしてくる。

 

 二人の役割分担はその様になっていった。

 

『ただいまーっと』

 

 労働で汗を流した玉城が家に帰ると。

 

『お帰りなさい真一郎』

 

 家事と買い物と情報収集を終えていつも先に家に居るV.V.が出迎える。

 

 時にエプロン姿で。

 

 時に彼自身の長すぎる淡い色の金の髪を後ろで一つに束ねて。

 

 まるで夫の帰りを待つ伴侶のように。

 とたたと掛けてきては玉城を出迎えるのだ。

 

 出迎えられる玉城はそんな幼い少年の姿をした男性の色んな格好に何故か心が揺らされた。

 可愛いし綺麗だと思った。絶世の美少年なのだからそう思ってもおかしくはないのだが、なんだか胸が締め付けられるような感覚を伴って。

 玉城の心を温かく癒やしてくれたのだ。

 

 お帰りと言われて嬉しい。

 出迎えられるのが待ち遠しい。

 だから一刻も早く家へ帰りたい。

 

 そんな玉城を出迎えるV.V.は、彼の姿を見掛けると嬉しくなり。

 彼のことを考えながら日がな一日を過ごし。

 彼が帰宅すると出迎えに出かける。

 

 労働で汗にまみれた玉城を風呂場で洗ってあげるときなど、彼のたくましい身体を目にし、触れては、胸が締め付けられて。

 何だろうこの感じと何度も疑問を抱かされた物だ。

 

 気持ちと気持ちがまた一段深く結びついて重なっていく。

 

 心友以上の存在同士。

 

 そう認識し始めるのに互いに時は掛からなかった。

 V.V.は玉城を求め。玉城はV.V.を求め。二人は二人だけでいつも完結する。

 

 朝食を共にし、一日の終わりを共に迎え、一日が終わると共に一室で夕飯を食べ、団らんの時間にはお互いの事を語らう。

 

 就寝の床は共にして、互いの温もりを肌で感じながら一日の終わりの眠りにつく。

 そうしてまた新しい明日であり今日でもある日を迎え。

 共に起床し、共に朝食を摂り、一日が始まりまた完結する。

 

 無くてはならない存在であり、これからもずっと一緒に居続ける友達以上、親友以上、そして心友以上に大切な相手同士。

 

 そんな関係に落ち着いていった。

 

 玉城は仕事現場で嫌なブリタニア人監督や労働者等から罵声を浴びせられたり、差別されたりする毎日だったが、家に帰ると出迎えてくれるV.V.に癒やされ家庭的な温もりを感じ。

 V.V.はいつも一緒に居てくれる、何処に居ても心は一つの約束と誓いを守ってくれる玉城への親愛の情が、家族愛から更に踏み出したところまで進んでいくことを感じた。

 

 互いに互いが無くてはならない存在に。

 

 どちらがどうでは無く、二人はほぼ同時にそうなっていった。

 

 共依存、最初の頃はそれを疑った。

 

 玉城は言葉で聞いたことがあり、V.V.は知識として識っている。自分達は今その関係にあるのか?

 精神医学的には依存し合う状態を主に指し、自分達が今そうなってしまっているのでは。

 ひとりぼっちとひとりぼっちが出逢い、互いを必要とするのは似た境遇にあるから依存し合っているのではないのかと。

 

 だがどうやら違うと感じたのは、いつもより遅く残業させられた玉城が帰ってきたときの事。

 いつもより帰ってくるのが遅いと心配していたV.V.が、玉城に抱き着いたときだった。

 

 この日この瞬間をこの直後より後々二人は『運命の時・完結と始まりの時だった』と受け取るようになっていた。

 

 その運命の始まりはV.V.の、幼い少年の側よりの抱擁から始まったのだ。

 

『真一郎、僕……心配したんだよ? キミが酷いことをされていないかって。ブリタニア人の僕が言うのもおかしな話だけれど、ブリタニア人はキミたちナンバーズを自分たちよりも下に見ているから』

 

 心から心配だった。差別の塊であり偏見意識の高いブリタニア人が玉城の事を虐めたりしてはいないだろうかと。

 殴られ蹴られ詰られとされていないだろうか。いつも元気だけど実は空元気で、心に傷を負ったりして居ないだろうか。

 

 V.V.は彼が大切だからこそ心の底から心配していたのだ。

 

『大げさだぜV.V.。それよりごめんな……。お前が誰よりもひとりぼっちが嫌で辛いの知ってんのにこんな遅くなっちまってさ……、ごめんな、ごめんよV.V.』

 

 玉城、彼は彼でV.V.が必要以上に孤独を嫌っていると知っていながら帰りが遅くなってしまった事を反省し、また悔やんでいた。

 この大切な少年に寂しい思いをさせてしまった。それが何よりも苦痛で、自分で自分が許せなくて。

 

 ああ、俺は、僕は。

 

 こんなにもお互いに離れられない、お互いを考えずには居られなくなっていたんだ。

 

 それに気付いたとき、互いに無くてはならないという気持ちが、共依存といった言葉ではもう片付けられないところまで来ているのだと気付いたのだ。

 

 親愛?

 

 それもある。

 

 信愛?

 

 それもまたある。

 

 愛?

 

 純然たる、純粋たる愛?

 愛し合うという至高の感情の行き着く果て。

 

 それが、それが最も相応しい感情と言葉なのではないだろうか。それに気が付いて、気付かされてしまったのだ。

 

 互いが互いを必要以上に必要とし、離れた場所に居てもお互いを感じ合える間柄。

 V.V.が心配で玉城が心配で、思うことはいつも同じ。

 

 一緒に居たい。できればずっと離れずにずっと一緒に。

 

 正しくそれは愛という名の感情がもたらした心の情動だった。

 

 V.V.は男で、玉城も男。男と男ながらも唯々純粋に心からお互いを愛し想う。

 

 難解で、複雑。

 

 特殊であり単純。

 

 知らず互いを愛し合っていたのだと思い知らされた。

 ほんの僅かな時間の狂いがお互いの想いに気付き至らせたのだ。

 

『な、なあV.V.』

 

 玉城は自分にしがみつく幼い少年の頭に手をそっと添え、その淡い色をした金色の長い髪を優しく撫でながら尋ねていた。

 

『なんだい?』

 

『へ、変なこと聞くけどよ……、その……、男が男を愛するって……その、あのよ……、あ、ありだと思うか? そういうのってさ、あっていいと思うか?』

 

 尋ねづらそうで、でも勇気を振り絞って。

 

 自分の感情に気が付かされ、思い知らされたからこそ玉城は思い切って聞いていた。

 この時を逃せばこれを問い質す勇気を発現できなくなると意識して感じていたからだ。

 そうなればきっと一生後悔する事になる、そんな気がして。

 

『僕、も……、僕も、逆に聞きたい……、男が……、男を愛するって……、変かな?……おかしなこと、なのかな? 男が男を愛しちゃいけないのかな……?』

 

 V.V.、彼も尋ねづらそうで勇気を持ち紡ぎ出した質問だった。

 

 こんな質問返しをしてもしも拒絶されたらどうしよう?

 半世紀以上を生きてきて初めて必要とされた勇気のいる質問だった。

 だがこれを問い返さずには居られない。この場この時に置いてだけこれを問い質す最初にして最後のチャンスだと思ったから。

 

 そして時計の針を進めたいと思うのだ。逆位置から重なる位置まで反転させたくなったのだ。

 どちらもが思った、6時或いは18時の針の位置を、御前0時か午後0時に変えてしまいたいと。重なり合わせた状態へと。

 

 だからV.V.は玉城は、互いに互いの想いの在り方を問い質さずには居られなかった。

 

 その質問と意図は幾ばくの時も置かず、刹那の瞬間に重なった。

 

『あ、はは……、いや、変じゃないと、俺は思う。だってよ、世の中男と女が半分ずつだけどよ……男、半分も居るんだぜ? ……そんだけ居りゃあよ、そりゃ男に惚れる男だって居てもおかしくねえか? 男が男に惚れたって良いじゃんか』

 

 男は半分も居る。世界にそれだけ男が居るならばこそ、時に男が男に惚れることがあっても良いはず。

 玉城はそう告げた。その想いが向かう先の相手に対して。

 

『ぼ、僕も……ありだと、思うよ……? ……男が、男を、愛したっていいと思う。だって……、だって、誰かを愛するって気持ちは、性別なんかで判断できる事じゃ無いと思うから……、ひとの、想いだから……』

 

 意図する想いと答え。自身が望んだその通りの答えを返してくれた玉城に対して紫色の美しい双眸を涙で潤ませながら、V.V.はただ思いの丈を解き放つ。

 

 決壊の瞬間だった。

 

 出逢ってからそれほど時を重ねた訳では無く、ただ互いが互いにずっと一緒に居ようと誓い合っただけ。

 自分たちは自分たちで、二人だけで完結するのだと約束を交わしただけなのだ。

 

 それがどうだろうか、今は、今となってはそれ以上を求めているのだから。

 

 一緒に居るだけではもう満足が出来なくなっていた。

 

 友達で居るだけではもう我慢が出来なくなっていた。

 

 完結を正しく完結させ合い、互いを離れる物の無きように縛り付け合いたくなっていた。

 

 何故なのか? どうして?

 

 それは互いの境遇と、逆位置の在り方が惹かれ合い成立させた心からの愛情が故だった。

 

『ぶ、V.V.……、気持ち悪ィ奴だって、変な奴だって蔑んでくれても良い。でも、駄目だ俺っ、V.V.のこと愛しちまってるよ……ど、どうすんだよ』

 

 怖々とした告白。締まらない気持ちの伝え方だった。

 ああ、そうだ。この男はこんな奴なのだ。こんなのだから放って置けなくて、気が付いたら心を奪われていた。

 僕だけを見て、僕だけを感じて、僕だけを想う、僕をひとりぼっちにさせたりしない……、そんな愛おしい人間だった。

 

 V.V.も応じる。この瞬間に相応しい在り方で。

 嬉しくて、ただ嬉しくて、止まらない胸の内を。

 V.V.の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

『ふ、ふふふ、それっ、それって、僕の台詞だよ。僕も変だと思われても良いし気持ち悪いと思われて良い、誰にどう思われようとキミが、真一郎が好きだよ……、僕も、僕もキミを愛してるよ真一郎、キミを愛してるんだ!』

 

 これも勇気が必要だった。拒絶されたらどうしよう。

 弟の時のように他の誰かが現れたら僕は今度こそ壊れてしまう。

 悩みに悩んで打ち明けた胸の内。

 

 偽らざる正直な愛情をそのままに玉城へとぶつけたV.V.。

 弟の時と一つ違いがあるとすれば。

 それは弟に抱いていた思いが兄弟としての親愛の情だったのに対し。

 玉城に対して抱いていたのは信愛を超えた恋愛感情であったこと。

 

『ぶ、V.V.も俺のことを? ま、マジか?』

 

『うん、うん、マジだよ? 本気だよ? 僕は真一郎の事を世界で、ううん、この世でもあの世でも、宇宙の果てでだって何処でだって一番愛してるよっ!』

 

 互いの気持ちを打ち明けた二人。

 やり遂げた、完遂させた。初めて本当の意味で完結し始まった。

 

『胸が、胸がドキドキするね、嬉しくって涙がこぼれちゃう』

 

『お、おう……こう、胸が熱いわ。どっくんどっくんしてる……泣くなよ、泣くなよV.V.、お前、俺よりもずっと年上なんだろうがよ、こんなにも嬉しいときに泣くんじゃねえよ。そ、そっか、V.V.も俺のこと好きなんだ……そうか、そっかあ!』

 

 玉城は確認を取りながらV.V.の目元に浮かんだ涙を拭う。

 それでも潤んだ瞳からは次々と涙がこぼれ落ちて、紫色の美しい双眸を涙で濡らすのだ。

 

『泣くなって馬鹿……こんなに嬉しいのになんでこんな、泣くんだよ……』

 

『好きだよ……好きなんだよ真一郎……、僕は玉城真一郎を愛してるよ……、でも、でも変だね』

 

 男同士なのに。

 

 しかし気持ちは偽れない。

 

 溢れた水は返らない。

 

 だから正直になろう。V.V.はそう思った。

 そして出来れば真一郎にも正直になって欲しいと乞う。

 

『ねえ、キス……しようよ?』

 

 V.V.の頬を触りながらこの美しい少年の涙を拭っていた玉城。

 V.V.は、彼は、完結を見たここから始めるために、自分の頬に触れている玉城の右手をその小さな手の平で包み込み、前に足を踏み出す。

 

『き、キス??』

 

 そうだ、踏み出そう。この禁断にして真実の愛の果実を収穫するために。

 完結させた関係を新しい関係として始めながらも改めて完結させるために。

 

『僕は真一郎とキスがしたい……、この瞬間という今を、愛し合って完結させたいんだ……、そうして始めるんだ。僕とキミの新しい今を』

 

 そうV.V.は決めた。お互いを好き合っているのだ。男同士? そんなの関係ないと。

 

 好き合う者同士が好きな気持ちと愛する感情を重ね合わさなくてどうするのだ。

 僕と真一郎の愛の邪魔は誰にもさせない、僕たちの邪魔をする者は許さないと思いながら。

 

『愛し合う者同士はキスをする物なんだよ。僕が真一郎を愛していて、真一郎が僕を愛してる……ほら、さ。条件はもう、成立しちゃってるから、ね?』

 

 頬を赤らめながらはにかみ、こてんと首をかしげる様に折り曲げたV.V.。愛おしい真一郎と口付けしてみたい。小さく咲いた愛欲の我が儘だった。

 純粋に愛を欲する言葉と態度だった。足下にまで掛かるほどのとても長い淡い色の金髪が首の動きに合わせてさらりと流れる。

 それが幼い少年の姿に妖しさを伴う妖艶さを浮かび上がらせ、愛する者の心に触れていく。

 

『で、で、で、でもよぉ、いきなりキスは、その、なんだ、ハードル高ェんじゃねえ?』

 

 玉城は慌てふためく。

 嬉しいか嬉しくないか。そんなこと決まってる、嬉しいに。

 

 愛するV.V.にキスをしようと問いかけられて嬉しくないはずが無いじゃないか。

 愛する彼からキスを求められる事が幸福感を覚えさせずに居られる物か。

 

 だがいきなりの要求なのだ、愛すればこそ動揺も誘う。

 

『しよ? キス。初めてのキス……真一郎と僕との愛の証として、しようよ? ねえ、しようよキス』

 

 可愛らしく迫るV.V.。背丈の差でどうしても玉城の唇には自らでは届かない。

 だから少し無理をしてみよう、思い切り背伸びをして玉城の首に腕を巻き付かせたのだ。

 

『ちょっ……!』

 

 首に絡みつく腕。その両腕の何と小さく細いこと。

 このか細い腕で自分に愛を求めてくる。

 この少年の求愛行動、玉城にはそれがどうしようもなく愛おしいと感じられた。

 

『しようよ、キス……、ね? したいんだ、愛を交わしたいんだよ……、お願い、真一郎……、僕を愛しているなら、僕を受け入れて……』

 

 後は玉城が下を向くだけで良い。迫り来た幼い美貌に玉城の胸は高鳴り通しだ。

 

 愛する者からキスをねだられるという初めての経験。

 それは愛おしくて、切なくてそして、とても可愛かった。

 

 V.V.はとても可愛くて美しかった。抜けるような白磁の肌、子供特有の幼さと美貌。

 足首まで届く淡い色をした綺麗な金色の長い髪は月の色の様に眩く輝いていて。

 夜の色を思い起こさせる黒と紫の色を持つマントに、星の輝きを纏うような白い衣服がとても似合っていて美しかった。

 

 昔美術室で観た絵画のモデルよりも遙かに美しかった。

 この世の美を凝縮させたようなそんな感じが眼前の幼い少年から漂っている。

 

 この綺麗な少年の、この美しくて可愛らしい男の唇にキスをしてしまっても良いのか。

 

 自問自答の答え。それは、自分以外の誰がこの少年の唇に触れられるというのだろうかといった、至極当然の回答に突き当たる。

 この美しい少年の想いに応えずして何が愛だ、何が愛おしい想い人だと。

 

 この少年の唇にキスをしないなど許されるはずが無いのだとして。

 

 V.V.からの求愛に応えないなど許されていいはずが無いのだから。

 

『綺麗だ……、すげェ綺麗だぜV.V.……、俺の愛おしいV.V.……、俺も、お前とキスがしたい、V.V.……、キス、しようぜ、V.V.……』

 

『真一郎……』

 

 無意識に下がる首。下を向く顔。この美しい少年に玉城は魅了され、V.V.の紫色の瞳が静かに閉じられる。

 V.V.は待つ。愛おしい想い人からの口付けを、ただその愛を受け取り受け渡すために待つ。

 

『ん……』

 

 瞬間、重なった唇。

 

 一瞬感じた唇の冷たさ。

 

 一拍置いた唇の温かさを互いに感じる。

 

『ん……、ん…』

 

 ああ、この瞬間の何という幸せな事か。

 これが存在を完結させる者同士の愛なのか。

 完結し合ったまま再び始める歓喜の瞬間なのだ。

 

 互いに互いを感じ合う。互いを求め合う。唇という僅かな接触面の感触だけが互いを満たしゆくのだ。

 

 甘く甘露で芳醇な唇の味と香り。

 

 そして温もりと湿り気。

 

 幼い少年の小さな唇と、青年になろうとしている少年の成熟した大人の唇が優しく静かに重ね合わされていた。

 

 静かで長い愛の口付け。

 

『ん、んんっ……』

 

 くぐもった声は互いの声帯より響き漏れた物。

 V.V.の幼い声が玉城の耳を擽り。

 玉城の男らしい声音がV.V.を感じさせる。

 

『ん……、ん……っ』

 

 本能のままに、気持ちの赴くがままに。

 小さな唇と大人の唇が、本来なら逆位置の年齢関係にある互いを啄む。

 

 片方だけでは無い、相手を欲し、自分の愛も伝えるためだけに。

 V.V.と玉城の唇は吸い付き重なり擦れ合わされるのだ。

 

『ふ、うっ……』

 

 幼い少年の唇は甘く酸っぱく。甘露な味わい。

 

 大人に近づいている男の唇のたくましさと力強さに酸いと甘さ。

 

 V.V.の背中に感じる玉城の大きな手の平とたくましい腕の感覚。その腕に月の色の様なV.V.の長く美しい髪が絡みつく。

 玉城の腕と手に絡みつくV.V.の髪、その下の黒いマントに玉城の指が押さえつけられてマントの生地が皺を刻んだ。

 優しく力強く抱き締められるV.V.は玉城への愛情がどんどん大きく膨らんでいくのがわかった。

 

 ああ、僕、愛されてる……、こんなにも真一郎に愛されているんだ……、幸せ、だよ……、僕も愛してるよ真一郎……。だから、だからずっと僕の傍から離れないで……、僕を離さないで……。

 

『ふ、あむっっ……』

 

 V.V.の小さくか細い手と腕が首とうなじを擽り擦れ。心地良さを感じ。

 小さな唇の温もりと甘酸っぱさ、そしてV.V.の唾液の味に、玉城のV.V.に対する愛が大きく花開いていく。

 

 V.V.、好きだ……、友達だし親愛もある……、けどよ、今はもう好きって気持ちしかねえ……、もうV.V.のこと離したくねえ、一生でもこうしていてえよ……。ああ、俺ってば、こんなにV.V.のことを愛しちまってんだな……。

 

 二人は想い抱く。

 こんな、こんなにも大きくて素敵な幸せと愛情があって良いのだろうか。

 想いを寄せ合う者同士の愛の口付けとはここまで甘美で幸福で、こんな味わいをずっと互いに抱かせ合っていたいなと。

 

 自分が求め、相手も求める、愛を求め合うことの幸せ。

 

 二人の互いを想う気持ちと互いへの独占欲が強くなっていく。

 

 僕は真一郎を二度と離さない離すもんか。永遠に愛し続けるんだ。僕だけの真一郎なんだから。

 

 俺はV.V.を愛し続けてやるっ。こいつをひとりぼっちにはしないしこいつと俺で完全完結してやるんだっ 俺だけのV.V.っっ……!

 

 想いは一つ。互いをどこまでも深く愛する気持ちだけ。

 

『ん、んん……ん』

 

 互いを深く愛し合うV.V.と玉城は、愛し合うが故にどちらからも唇を離すことが出来ずにいた。

 こんなにも互いを愛し合っているのに離れて良い訳がないのだ。

 

 夕飯のこと、団らんのこと、これからの時間のこと、もうそれらは全てどうでも良くなっていた。

 この後も、明日も、明後日も、ずっと永遠にV.V.と玉城は互いを愛し合うのだから。他の事なんて全てが全て些事でしか無い。

 

 もっとキスがしたい。

 もっとずっと口付けを交わしていたい。

 

 終わらせてはダメだ。

 終わりたくないのだ。

 

 愛し合う二人は二人の完結と新たなる始まりを感じ入りながら。

 数十分という長きにわたって愛に溢れたキスだけを、強く優しく静かに繰り返し続けるのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 玉城と二人、楽しく缶酎ハイを飲んでいたV.V.の手が止まった。

 

「もう何年にもなるね」

 

「どしたよ唐突に」

 

「ん? 思い出していたんだ。僕と真一郎が初めて愛を交わした日のことを。あの時の口付けは僕の永遠の想い出なんだ」

 

 アルコールの入った吐息を漏らしながら呟いたそれは、玉城との出逢いから愛し合う間柄となるまでの出来事について。

 それを懐かしみ思い出していたのだ。

 もう何年も前、出逢って間もない頃。愛を交わし合った日のことをV.V.は懐かしげに振り返っていた。

 

「あ~、あん時なぁ。あの時ぁ焦ったぜ。好きだって伝え合ってからいきなりキスしてくれとか言い出すもんだから」

 

「あははっ、僕はこう見えても積極的に動く方だから我慢が出来なかったんだ。愛し合ってるんだもの、キスしたいって思うでしょ?」

 

 照れて赤くなった頬。けして酔いでの赤では無い薔薇のような赤。

 V.V.の顔色を目にする玉城は俺もと言う。

 

「あん時キスして良かった。俺もすっげえ幸せな気持ちだったし……、V.V.の唇も気持ち良かったし……」

 

 V.V.に取り最高の想い出は、玉城に取っても最高の想い出だった。

 しかしそれはまた新しい日々と、日々の完結とを繰り返す中では想い出の一つとして記憶に刻まれた愛の一歩に過ぎなかったのだ。

 

 二歩目、三歩目と踏み出して、歩いてきた愛の軌跡はもう何㎞何十㎞,幾百幾千㎞と歩き来たのか分からない程に二人の中で紡ぎ上げられてきたのだから。

 

「なあV.V.」

 

「なんだい真一郎」

 

 飲みかけの缶酎ハイを近くに置いて、玉城はまたもやV.V.の小さな身体を抱き締めた。

 

「俺たちこれからもずっと一緒だからな。いつでもキスして、毎日愛し合って、毎日楽しく二人で歩いてくんだ」

 

 腰より下の踵まで届く部位の金色の髪の毛が畳の上に渦を作りながら散らばっている。

 表地と裏地、黒と紫、二つの色を持つマントの裾が扇状に広がっている。

 そんなV.V.を抱き寄せ、彼の髪の毛を優しく触り、撫でてあげながら、玉城はV.V.に口づけた。

 

「んっ――」

 

 不意の口付け。これを受けたV.V.の紫色の瞳が少し見開き、そして潤う。

 

 ああ、そうか。僕らは半身なんだ。身体を重ね合わさずには居られない者同士なんだ。

 どんな時だって、何時だって、互いを触れ合わさせずには居られないんだ。

 だから愛し合ってるんだ。真一郎に愛されるといつも幸せで満たされるもの。

 

 唇に湿り気を帯びた温もりを感じながらV.V.は玉城の抱擁を受け入れる。

 

「ん、んん――」

 

 互いの唇から零れ出る口付けよりもたらされた呻き。どちらかと言えば口付けを受ける側となったV.V.の声の方が大きめに聞こえる。

 

 愛し合い、完結し合う二人のキスは愛と共に儀式めいてもいた。

 永遠に一緒に居ること、共に完結し共に朝を迎え、新しい扉を開き続ける。

 そうして二人で一緒に生きていく為の無くてはならない愛の時間。

 

 息を吸うように、吐くように。互いの唇を通して空気を送り合い、静かで優しい口付けを味わう。

 酒を酌み交わしている最中の為にお酒の匂いが鼻につくが、それすらも互いが触れ合わされているのだと強く感じて愛おしい。

 

 啄み合わせ擦れ合わせる唇が気持ちいい。

 

 もっと欲しい。もっとだ。真一郎を感じたい。

 僕を感じて欲しい。僕を感じて僕を真一郎だけの物にして。

 

 そんな想いを愛に載せて玉城へ届けるV.V.の唇。

 

「ん、あむっ、ちゅ、んんうっ」

 

 ちゅくちゅくと、唾液が混ざり合わされ。次第に舌を絡ませ合う深いキスに移り変わっていく。

 ここまでするつもりは無かったのかも知れない。唇を触れ合わせるだけで終わりだったのだろう。

 ただV.V.と玉城は愛し合い完結する間柄。ひとたび手を出せば行為がエスカレートしてしまうこともやむを得ないのだ。

 

 V.V.からキスを求める事もあれば、今のように玉城からキスを求める事もある。

 それがキスだけでは終わらずそれ以上の求め合いに進むことは日常的だった。

 

 僕らの、俺たちの関係は自分たちであっても止められない。

 止めてはいけない関係なのだから。

 

「んっ、んんっ、しんいちろっ、あむっ、キミは、んんっ、キミは僕の物だっ、んっ、僕だけのっんんっ」

 

「あむっ、んっ、ぶい、つー、V.V.っ、あむっ、お前は俺のモンだっ、ん、ちゅっ」

 

「そ、うだよっ、んっ、僕はっ、あむ、真一郎だけのっ、んんうっ、物なんだ、よ?」

 

 V.V.は片手にしていた缶酎ハイが手から離れるのを感じた。玉城からの愛を受けている前で他の何かを手にしているのは無粋だと。

 

 上手く畳に落ちた缶は運良くも倒れることも転ぶこともせずに立ったままだった。

 

 そうして幾分過ぎた頃か。

 体感時間としては十分以上口付け合わされていたようにも思える唇が静かに離れた。

 

 つー、舌を絡ませ合う事で混ぜ合わされたV.V.と玉城、二人の唾液が唇の間で銀の糸を伸ばす。

 

「はあ、はあ、んっ……キス、気持ちいいね……、僕、真一郎にキスをされるの大好き」

 

 頬を薔薇色に染めたV.V.ははにかみながら想いを伝えた。

 

「ふうっ、へへっ、可愛いこと言うなよなこのお」

 

 ぎゅう。優しくだが少し強めの抱擁は玉城の照れと嬉しい気持ちの表れ。

 玉城の指が優しく食い込むV.V.のマントの生地がより深く皺を刻んだ。

 

「ふふ、照れ隠しに僕のこと抱き締めるだなんて、キミこそ子供っぽいよ真一郎」

 

「へ、子供みたいな身体してる癖に俺の親父より年上のV.V.から見たらどうせ俺なんか子供なんだろうよ」

 

 言いながらV.V.の背を抱いていた手でV.V.の髪を掬い撫で、彼の流れるような金髪に指を梳き通していく玉城。

 彼の五指の間を滑り抜けていくV.V.の髪の毛は、その彼自身の体躯と同じくらいの長さがあって、畳の上で渦を巻いている毛先までを指で梳き通すのに中々苦労する。

 でも柔らかい極上の絹のような月の色に近い金色の髪の手触りは素晴らしく気持ち良くて、いつまでも撫でていたい気持ちにさせられるのだ。

 

「馬鹿だなあ、僕らは永遠に完結し合い歩いて行く愛し合う仲じゃないか。真一郎のこと子供として見たことなんか無いよ。キミは僕の愛する人だもの。僕はキミだけの物なんだもの」

 

 自分の髪を撫でられるそのお返しとばかりに、V.V.の小さな紅葉のような手が玉城の頬を撫で摩る。

 自分と同じように上気し赤くなった頬は酔いの赤とは違う、愛の証の朱であると信じたいと優しく静かにすべすべと撫でてあげた。

 

 お互いに愛をささやき合いながら触れ合う二人。

 

 幼い少年の姿でありながらも老成されたV.V.と、一端の青年となった玉城真一郎。

 

 完結された仲であり、永遠の愛を誓い合った仲。そして今という新しい時間を共に歩く二人は。

 身体を触れ合わせたままで缶酎ハイを取ると。

 

「真一郎に」

 

「V.V.に」

 

 

『乾杯』

 

 

 そうして夜の深酒を続けた。

 

 

「しかしすげえな」

 

「なにがだい?」

 

「いやさっきお前とキスしてたとき、お前の持っていた缶酎ハイ畳に落ちたのに倒れもしなけりゃ、零れもしなかったからさあ」

 

 確かに。言われてみればV.V.のてにしていた缶はストンと落ちて立ったままだった。

 中身の一滴さえも零れずに。

 

「ギアスの影響かも知れないね」

 

「ギアス? お前のくれたあの例の超能力みたいなのか」

 

「そう」

 

 V.V.は玉城と愛を確認し合ったあの日、玉城にギアスの力を与えていた。

 それは玉城が何らかの危険やトラブルに巻き込まれたときに、僅かながらでも助けになればと思い与えた力だった。

 

「でも、俺のギアス微妙だろ。あんなんでも発動すんのかよ」

 

「あんなのって、でももしキミのギアスの影響が無ければ今この部屋の畳はお酒で濡れているところだったんだよ?」

 

「まあ、そりゃそうだけどよ。なんか微妙だな」

 

「考え方次第だね」

 

 玉城真一郎に発現したギアス。それは言わば幸運のギアスとでも命名すべき力であった。

 発動条件は無意識の下、危険や危機が迫れば幸運値を増幅させて自身と自身の周囲ある程度の範囲を幸運で守る様な、そんな力であるらしいのだ。

 

「キミにとって危険がつきまとうゲットーや疎開内部では結構役立ってるだろう?」

 

「まあ、な。色々と危ねー状況でも助かったりしてきたのは俺のギアスのおかげなのかもな」

 

「自分と周りの幸運値を上げるなんてある意味では奇跡を引き寄せる事にも繋がるから僕はキミに相応しい力だと思うよ」

 

 自分たちが幸せに生きていく為にも有用ではないだろうか。

 そう伝えたV.V.は。

 

「俺の幸運は全部V.V.に使いたいぜ。V.V.が危ないときにでも役立てられたら良いなって思うんだよな」

 

 愛する想い人である相思相愛の玉城からそう返されて、嬉しくて自然、顔がほころび。幸せいっぱいの満面の笑顔をその相貌に浮かべながらV.V.は恥ずかしそうにしていた。

 

「ああ、もう幸せ者だな僕は。こんなにもキミの愛を受けられてるんだから照れちゃうよぉ。幸せだよ真一郎。僕はキミと二人いつまでも一緒に居られるだけで何も要らないからもう十二分以上に幸せなんだ」

 

「ラッキーのギアス無しでも幸せを掴んでる俺からしたら貰いすぎかもなあ。V.V.が俺の傍に居てくれたらそれで幸せなんだからよ」

 

「ふふっ、なら真一郎。これからもっともっと幸せになっていこうよ。僕のこと幸せにしてよ」

 

「よし、任せとけ。V.V.も俺も一緒に完結して一緒に始まってずっと幸せで在り続けような!」

 

「うん。僕らは二人で完結して二人で始まるんだからね。ずっとずっと永遠に」

 

 愛する二人、V.V.と玉城真一郎。

 

 完結された二人の在り方は今日もまた新しく始まるのだった。

 

 

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