ある日。
晄輪大祭が過ぎ去り、季節はもう冬に。ナギサ様がハスミさんに持たせる手紙をしたためているときの少し意地悪そうな顔をよく覚えている。久しぶりにあなたのその顔を見れてうれしく思いつつも、年末に向けて忙しくなる前に、お休みを見繕った日。
私は休日でにぎわう遊園地に来ていた。今日はモモフレンズの着ぐるみによる奇妙な演劇と、やっぱりグッズ販売がある。
あれから阿慈谷さんと少しばかりは親密になり、予定のめぐりあわせから今日は2人で寸劇を見に行くことに。施設内のサーカス会場でチケットを売って行われるしっかりとした演目のようである。
インターネット上で購入したチケットで遊園地のゲートを潜り抜けると、モモフレンズによるジャック企画が行われている園内は様々な部分に彼等のモチーフがあしらわれている。
入園ゲートを抜けたところにある広場には巨大なペロロ様のオブジェが配置されており、阿慈谷さんにせかされるままにオブジェの前でツーショットを取る。
こういういかにも遊園地らしい場所に来たのはいつぶりだろうか。茶会の席に加入し、ナギサ様のために尽力するようになってからは、なかなか気合を入れて遊びに行く機会もなかった気がするが。
私が送信した写真を自分の携帯端末で確認した阿慈谷さんは、記念にと紙媒体で発券した公演のチケットを大切に握りしめ、飛び切りの笑顔を浮かべてまた私の手を引く。
目の端をモモフレンズの装飾が流れるが、阿慈谷さんから私の視線がそれることはない。
こういった楽しさは少し前にも感じたことがある気がした。
阿慈谷さんに手を引かれるまま午前の公演を鑑賞することになった。普段はサーカステントとして運用されているからか、講演内容もそういったものが多かった。ひときわ印象に残ったのは、ペロロはかせの発明品が炎をまき散らし、逃げ惑うモモフレンズたちのシーンだろうか。あれだけ丸っこく鈍重そうな体躯でよく動いて見せるものだ。
公演に目を輝かせる阿慈谷さんの横顔を見て、じくりと心がうずいているのをちゃんと感じた。
大切な人に、嘘はつきたくないなって。
ホワイトチョコでコーティングされたペロロ様チュロスをかじり、いかにも遊園地らしいメリーゴーランド、あまりにも怖い絶叫マシンは苦手だったので可愛らしいコースターだったり。お土産のショップにはコラボグッズが並んでいたし、夕暮れ時に乗った観覧車なんてまさに、まさに、
本当に楽しくって、
景色を望むその笑顔を抱きしめてしまって
「わたし、本当はナギサ様が好きなんです。だから、ナギサ様に愛されているあなたのこと、本当は
その笑顔を壊してしまったんです。
彼女がとても楽しみにしていた休日の思い出もすべて。
ロールケーキの作り方は、複雑なものではない。もちろん小手先のテクニックだとか、丁寧にまかないと終わりがけにクリームがこぼれてしまったり、フルーツの水分量が多すぎると時間を置いたころにじんでしまったり、少し失敗もしたけど、ようやくナギサ様にお出しできるものが完成した。
思えば紅茶の淹れ方も、茶葉やカップの知識の大半も、あなたにあこがれて覚え始めたのだ。
あなたがいなかったら私にはいったい何が残るのか。
テーブルの、あなたの前にロールケーキの乗った皿とティーカップを並べ、紅茶を注ぐ。
「ナギサ様。私は、もうお役目を果たせません」
あなたは何も言わなかった。
「阿慈谷さんを傷つけてしまいました。だって、あなたの視線をひとりじめにしているんですもの」
あなたは紅茶を含むと微かにうなずいてみせ、ロールケーキをフォークで切り分けると口に運ぶ。
「少し先でも構いませんが。…どうか、お暇を頂戴したく」
もう一度紅茶を含み、飲み下すと、あなたは長く息を吐いた。
今まで私には見せなかった素振りだった。
「とても美味しかったですよ。ありがとうございます」
その瞬間には特に何も感じてはいなかった。いつも通りにあなたに胸がきしんで、緊張して、
夜、自室で眠るときに目を閉じて、どうしようもなくて泣いてしまった。
数日後、ナギサ様から通達があった。一度、会いに来てほしいと。
自分の都合でナギサ様には迷惑をかけた。それに、調子に乗った告白まがいのことまで。ナギサ様のもとを離れることは今でも考えたくないけれど、最後の手続きを何もしないのは不義理だろう。
阿慈谷さんとナギサ様と、何度かお茶を飲んだ部屋の扉を開いた。
「ヒフミさん、逃がさないでください」
「は、はい!」
ナギサ様の冷たい声が飛ぶと、扉の影にいた阿慈谷さんが私の身体を抱きすくめ、有無を言わさず茶会の席に座らせる。ナギサ様が私より幾分滑らかに紅茶を注ぎ、阿慈谷さんとは逆の方向から私を抱いた。
「私は、信じています。ナギサ様との関係で悩んでしまったのかもしれないですけど、ペロロ様のお話をしているときのあなたは楽しそうだったから」
「あなたが喜ぶと思って労う態度をとってしまいましたが、少し勘違いさせてしまったのかもしれません。あなたは都合のいい駒ではありませんよ」
右耳からは阿慈谷さんの声が、左耳からはナギサ様の声が、
「あなたとナギサ様と、お話してお茶を飲んでいるとき、私は本当に楽しかったんです。それはきっと、あなたもそう感じてくれているはずです」
「よく気遣ってくれていると、それだけでは不十分なほど尽くしてくださっていました。あなたが欲するなら、お返しするのもいいでしょう」
ぎゅっと抱きしめられ、脳髄に言葉を注がれる。
「あなたのことが、大好きです」
「あなたのことも、愛していますよ」
もしよかったら、また私たちとお茶会をしてくれますか?
目の前に置かれたティーカップに震える手を伸ばした。
くすり、と小さく微笑むあなたの声と、あはは、とそれを見てあなたが笑う。
カップに口をつけた。
熱が喉を伝って、
きゅんと胸がきしんだ。
ヒフナギに挟まってますが石を投げないでください