Starkest Schwarz   作:烊々

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前編

 

 

 

 

「ありがとうユニ、助かったわ」

 

 自分一人では手に負えないほどの書類の山を、仕事の満了とプライドを天秤に掛けたノワールだが、そこはやはり仕事の方に傾き、妹の手を借りることで、なんとか終わらせることができた。

 

「これぐらいいつでも手伝うわよ」

「他人に手伝ってもらうのを当たり前にしたくないのよ。あなたも女神になれば分かると思うわ」

「そういうものなの?」

「そういうものなの」

「女神かぁ……あたしもいつか、守護女神になるんだよね」

「なってもらわなきゃ困るわね」

「……本当になれるのか、とか、なれたとしても、相応に振る舞えるのかとか、色々考えちゃって、やっぱり不安かも」

「心配いらないわ。女神なら誰しもが通る道よ。そして、それを乗り越えて一人前の女神になるのもね」

 

 普段ノワールとユニはこういった話はあまりしない。お互いにお互いを良く見せたいという思いが先行し、本音での話し合いができないのだ。

 しかし今は仕事の疲労感がかえって良い方向に作用していたため、二人とも等身大の自分を見せながら話すことができていた。

 

「なんていうか、言葉にするのは難しいんだけど、半人前から女神に"成った"っていう感覚がする時があるのよ」

「感覚?」

「多分、ネプテューヌにも、ブランにも、ベールにもあったと思うし、それがいつかってのも覚えてると思うから、気になるなら聞いてみたらいいわ」

「じゃあ、お姉ちゃんにもあったんだよね? その時の話、聞きたいな」

「そうね。あれは────

 

 

 

 

 

       『Starkest Schwarz』

 

 

           前編

 

 

 

 

 

 それは、ノワールが正式にラステイションの女神になってまだ日が浅い頃の話。

 

「あ〜〜〜〜もぉ〜〜〜〜終わらない〜〜〜〜」

 

 執務室にこもり、誰も見てないのをいいことに、思い切り溜息を吐きながら書類仕事を処理していくノワール。

 

「なんでこんなことまで女神がやんなきゃいけないのよ〜。教祖とかにやらせなさいよもう〜」

 

 想定していた以上の仕事量に圧倒され、不満を撒き散らす。

 

「……でも、あの子も女神になったっていうし、負けてられないわよね」

 

 自分に言い聞かせ、姿勢を正し、書類を処理するスピードを上げていく。

 

「……あら?」

 

 そんな中、一枚の未解決事件の報告書が、ノワールの目を引いた。

 あるダンジョンからモンスターの大群が街の周辺まで降りて来ている、というもの。しかし、モンスターたちは何かに恐怖しており、街を襲いに来たというよりは逃げてきたように見えるらしい。

 そして、事件が起こった近辺の街の少女が一人行方不明になっている、とのこと。

 

「これは……私が調べる必要がありそうね」

 

 『まず行動』を掲げるノワールは、書類ではなく自分の足で情報を集めに行くことを決めた。

 

 

 

 

「さて、モンスターの誘導は無事に済んだし、今度は女の子を見つけなきゃね」

 

 街の近くに現れたモンスターは報告通り敵意がなく、それらを適当に別のダンジョンに逃したノワールは、事件が起こったとされるダンジョンで少女の捜索を開始する。

 

「あんまり考えたくないけど……遺体で見つかってほしくないわ…………ん?」

 

 独り言を呟きながらダンジョンを歩いていると、遠方から微かに何かを聞き取る。

 

「これは……モンスターの鳴き声……?」

 

 それは鳴き声、というよりは断末魔だった。

 

「あっちの方向ね…………え?」

 

 現場に駆けつけたノワールは、驚きの余り声を漏らした。

 行方不明になっている少女が、自分よりも何倍も大きいエンシェントドラゴンを倒していたのだ。

 それだけではない。少女の周りに転がっている素材アイテムの数からして、かなりの数のモンスターを倒していることが確認できる。

 つまり、この事件の犯人は、行方不明のはずのその少女ということになる。

 

「えっと……」

 

 少女は見たところただの街娘だった。鍛えている様子はなく、魔力も感じられない。

 

「その……モンスター狩りをするのはいいけれど、あなたから逃げたモンスターたちが街の近くまで行っていて騒ぎになったのよ。どれだけ暴れればそうなるのか分からないけれど、少しだけ自重してちょうだい」

「……」

「それと、あなたのご家族が心配しているわ。家に帰りましょう」

 

 少女は何も応えず、近づいてきたノワールの顔をジロリと見つめる。

 

「……っ!」

 

 そして、一切の無表情だったその顔は、何かに衝撃を受けたかのような表情に切り替わり、口を開いた。

 

「お前、シュヴァルツか……?」

「はい?」

 

 その少女が口を開いたと思えば、自らを違う名で呼びだす。

 ノワールは困惑し立ち尽くすことしかできなかった。

 

「……いや、奴はとうに死んでいる。だがしかし……これも運命というものか。ふふっ、奴の生き写しと……妖刀に成り果てた儂。遥か未来でこうして相見えるとは……っ!」

 

 敵意ではない、悪意でもない、しかし、目の前の少女は確かにノワールへ闘志を向けていた。

 

「戦わぬ者を斬る趣味はない。しかし、魔物では手応えが無さすぎる」

 

 そして少女は眼光を見開き、刀を構える。

 

「やはり、儂の相手に相応しいのはお前だ。シュヴァルツよ!」

「意味わかんないわよ! 私はノワール! シュヴァルツって名前じゃないわ! とりあえず刀を下ろしなさい!」

「いざ、参る‼︎」

「話を聞きなさいよ!」

 

 抜刀と同時に眼前に迫り来る少女の太刀を、ノワールは一瞬で変身しソードで受け止める。

 本来変身には隙があるのだが、プロセッサユニットの装甲や背部翼を展開しないことにより、その時間を大幅に短縮することができるのだ。

 

「生き写したれど、腕は落ちておらんようだな!」

「何よ生き写しって! 私は私よ!」

「やはり良い! お前と刃を交えることは、何にも勝る悦楽! あの羽虫娘に唆された甲斐があったというもの!」

 

 言葉を発するものの会話をする気はない少女に、ノワールは説得を諦める。

 しかし、思った以上に少女の太刀筋が良く、女神である自分が手を焼くほどの相手だった。

 

「……?」

 

 その最中、ノワールはある違和感を覚える。

 まるで、少女が刀を振るっているというよりは、刀が少女に振るわせているかのような動き。

 そして、先程述べられた『妖刀に成り果てた』という言葉。

 おそらく、この少女は刀に操られている。

 

「これじゃあ……」

 

 このままでは罪もない少女を傷つけることになる。その思考が、ノワールの剣を鈍らせた。

 

「……ちぃ。やはりこうなるか」

 

 (勝手に)宿敵(と思い込んでいる相手)の剣が鈍ったことに気づき、その理由を悟った少女の意識を奪っている妖刀は、心底つまらなそうに刀を下ろした。

 

「女神たるお前が罪もない民に剣を振るえる筈も無し、か。儂とて、刀を握ったこともない娘の身体で、お前との決着を付けたくはない」

 

 妖刀の言葉に、ほっ、と胸を撫で下ろすノワール。

 少女を傷つけずに済むこともだが、目の前の意味不明な存在から一旦離れられるという安堵もあった。

 

「しかし、儂は、儂が望むお前との決着のためならばなんだってするつもりだ。覚悟しておけ」

 

 言い終わると、妖刀は少女の手から抜け、飛び去っていく。

 少女は妖刀が身体から離れたことで意識を失い、その身体が地面に倒れる前にノワールが抱き止める。

 

「……こんな華奢な娘であの強さ、か。気合いを入れないといけないわね」

 

 おそらく、相手の口ぶりから近いうちにまた戦うことになる。

 そして、今度は相応の身体を用意してくるだろう。

 

「とりあえず、一旦戻りましょう。この子を家に届けないといけないし」

 

 

 

 

 少女を送り届け、ラステイション教会に戻り、書物庫に訪れたノワールは、例の妖刀がかつては人だったのではないかという推理の元、妖刀の元となった人物の正体を辿るため、妖刀が口にした『シュヴァルツ』という守護女神に関する歴史書を探していた。

 

「ええと、シュヴァルツ……シュヴァルツ……はぁ、これだけ本があると探すのも大変ね。プラネテューヌみたいに、ウチも電子化を進めたいものね。ルウィーみたいに紙の本への拘りなんてないし」

 

 数代前の守護女神の名前なら記憶しているが、それよりも更に昔となるとわからないことの方が多い。

 ゲイムギョウ界では、過去の女神の記憶は相当強い信仰心が残っていない限り忘れられていく、という理がある。現代の女神の信仰に影響を及ぼさないためだ。

 

「あ、あったわ。相当昔の女神のようね」

 

 目当ての人物が記されている文献を探し当て、中を覗く。

 

「私にそっくり……」

 

 写真という物すら存在しないほど昔であったため、シュヴァルツという女神の容姿がわかるものは肖像画しか残っていなかったが、それでもノワールと酷似したものであった。

 

「『剣神・月華』……?」

 

 文献を読み漁る中、シュヴァルツと関係が深いとされるある人物の名が目に入る。

 

「人の身ながらも"神"の称号を与えられた、ゲイムギョウ界最強の剣士……っ、これだわ!」

 

 その『月華』という人物は、人間でありながら女神であるシュヴァルツのライバルだったことから、当時のゲイムギョウ界では相当の有名人だったようで、名前と出自は書かれているものの、シュヴァルツが守護女神の座を退いた時を境に一切の情報が絶たれていた。妖刀に身を堕とした、というのなら辻褄が合う。

 

「『剣神』、最強の剣士、ねぇ……ていうか、自分のこと儂とか言ってるからお爺さんかと思ったけど、月華って普通に女だったのね……」

 

 文献を読むうちに、ノワールの中に対抗心が芽生えだす。

 ノワールは守護女神の座を継承してからというもの、仕事に追われながらもきちんと鍛錬は積んでいたが、自らの全力を発揮できる相手と戦う機会などなかった。

 女神が全力を発揮できる相手は、同じ女神しかいない。しかし、当時は守護女神戦争が完全に終結していたわけではないが、表立った武力衝突もなかったため、ノワールはその力を持て余していたのだ。

 

「それに、私は……」

 

 ノワールは、月華の言葉と、少しだけ斬り合う中で太刀筋から、月華の孤独と哀しみを感じ取っていた。それに文献から読み取った情報を加えて、自らの全力を尽くせる好敵手だったシュヴァルツとの決着を付けられないままその生命を終えた剣士であることを、なんとなく理解した。

 

「……この国の、ラステイションの女神だからね」

 

 国民の願いを叶えるのは女神の役目。それは妖刀に成り果てた過去の人間のものであろうと変わらない。

 

「受けてたとうじゃない」

 

 

 

 

「持ち主が人でなくてもよい、というのは盲点であったな」

 

 妖刀:月華は、スライヌになっていた。

 正確に言えば、妖刀をスライヌに刺し込み、意識を乗っ取り、強制的に人型へと進化させたのだ。これにより姿を自在に変えることができるようになったため、全盛期の肉体を取り戻した。

 

「青色の身体というものは些か面妖だが、贅沢も言ってられんか。だが、我ながら良い策だ。魔物の身体を使えば、奴も儂に手を抜くことはない」

 

 そして月華はそのまま街の方へ向かう。かつて最強の剣士『剣神』と呼ばれた月華にとっては、ダンジョンのモンスターを倒しながら街に向かい、衛兵を蹴散らしそのまま街に侵入することは容易かった。

 

「……そして、魔物が街に入れば騒ぎとなり、奴の方から儂の前に現れるというわけだ。ふはは、儂は剣の才だけでなく、頭も切れるのだ」

 

 衛兵を倒したモンスターが街に侵入した、という報告がされパニックになる街の人々。

 また、スライヌ特有の半透明な青色の身体とはいえ、鍛え抜かれた見事なプロポーションの青年女性が一糸纏わぬ姿で街を練り歩いていたことから、恐怖の悲鳴だけでなく、ところどころ黄色い歓声も上がっていた。

 

「私との決着のためならなんだってするとは言ってたけど、こんなに堂々としでかすとは思わなかったわ……!」

 

 教会への緊急連絡を耳にしたノワールは、すぐさま変身し、現場へと急行してきた。

 

「来てやったわよ、月華……ってちょっとあなた! 服を着なさいよ!」

「服だと? 今の儂はすらいぬだぞ? すらいぬは服など着ん。知らぬのか?」

「形がスライヌのままなら良いけど、ちゃんと人型になってるから困るのよ! 全裸で剣を振り回す奴の相手なんて嫌よ!」

 

 ノワールは、駆けつけた衛兵に訓練用の制服を持って来させ、月華に着せる。

 

「むぅ……動きやすくてよかったのだがな……だが、お前の気が乗らんのならばしょうがない」

「ご丁寧にモンスターの身体を乗っ取って来たのね」

「そうでなければお前は本気が出せんだろう。儂は本気の果たし合いを望む」

 

 月華は、弱者を痛ぶる趣味もなければそもそも弱者に興味などないが、目の前の(勝手に)宿敵(と思い込んでいる相手)が自分と戦う気を見せないなら、民を攻撃したり、街の一つや二つを消して本気を出させるつもりだった。

 しかし、目の前の(勝手に)宿敵(と思い込んでいる相手)が自分と戦う意思を見せると、そういった雑念は全て消え失せ、純粋な戦意のみを意識に残す。

 

「構わないわ。それがあなたの望みなら」

 

 ノワールも月華の戦いを楽しみにしていた。民の願いを叶える女神としての使命もあるが、目の前の『剣神』と呼ばれた者の真の実力を味わってみたかったのだ。

 

「ゆくぞ……シュヴァルツ!」

「私はノワールよ!」

 

 かくして、戦いの幕は上がった。

 

 

 





 後編はガッツリバトルパートです。
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