Starkest Schwarz   作:烊々

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後編

 

 

 

 生前の月華は、ただの人間であった。魔力を有することも、特異的な能力を有していることもない。

 

「……はぁっ!」

「くぅ……っ」

 

 身体の力の入れ方、重心移動、剣の角度、振る速さ。剣に必要なあらゆる全てを極めたこその『剣神』。

 妖刀と化していた長き時の間も、思考の中で研鑽を続けていた『剣神』の剣技は、女神であるノワール相手にも遅れを取らない。

 

「それっ!」

 

 対するノワールは剣だけでなく、多少は徒手空拳の心得もある。

 弱いモンスター程度なら素手で撃破できる程度には鍛えているし、斬撃に蹴りを混ぜるのはノワールの十八番。

 

「……やるな」

 

 剣一本の月華と、剣手脚のノワール。手数は圧倒的にノワールが多く、月華は思うように剣を振るえない。

 しかし、その不自由さこそが戦いの証。待ちわびた(勝手に)宿敵(と思い込んでいる相手)との戦いを、心から愉む。

 

「……っ!」

 

 ノワールは、自分より膂力が高いモンスターとは戦ったことはあったが、自分より技量のある剣士と戦ったことはない。故に攻めあぐねていた。

 

「『トリコロールオーダー』!」

「甘い!」

 

 守護女神とは絶対の世界の抑止力、敗北は許されない。

 だからこそ、気を抜けば敗北する切迫した闘争に身を投じることで得られる刺激は、ノワールにとって新鮮且つ少しの悦楽を感じられるものだった。

 

「……やはり、戦いは良い。お前もそうだろう?」

「……」

 

 妖刀に遺る月華の意思を、ノワールはなんとなく感じ取っていた。

 この女には、善意も悪意もない。ただあるのは、自らが磨き上げた剣技で、強き剣士と戦うこと、ただそれのみ。

 だからこそ、自らの剣で葬り去ることが、妖刀と成り果てた魂への救済となる。月華の経歴から推理したに過ぎないその考えが、ノワールにとって確信へと変わる。

 

「……そうさ。剣の道を生き、剣の道にて死す。儂の死すべき場所はここにしか非ず! 儂を殺してみせろ、シュヴァルツよ‼︎」

 

 月華は咆哮のような声を上げ、これまで以上の闘志を示す。

 その気配から、ノワールは何かを察知し、少し距離を取る。

 

「秘技『華天月地』」

 

 そして、少しの深呼吸の後、月華は抜刀の構えに戻し、その場で足を止めた。

 すると、月華の間合いに満ちる重圧が、まるで空間を形成しているかのような威圧感を放つ。

 

「……『トルネードソード』!」

 

 威圧感に充てられたノワールは、異様な雰囲気が漂う月華の間合いに身体を近づけず、攻撃範囲の広い技を仕掛ける。

 

「……!」

 

 トルネードソードが間合いに入った瞬間、月華は神速の居合斬りを繰り出し、トルネードソードのエネルギーを切り崩し霧散させた。

 これこそが『華天月地』の真髄。

 己の感覚を限界まで研ぎ澄ませ、自身の間合いに入ったものをその瞬間に斬り伏せる。

 その絶対の領域に、月華以外は存在できない。

 女神シュヴァルツですら、この技を真正面からは抜けたことはない。

 

「……」

 

 しかし、対策自体は容易い。

 距離を取り続ければ、勝つことはできずとも負けることはない。

 だがそれを……

 

「『レイシーズ……」

 

 ノワールの女神としての矜持が許さない。『華天月地』の間合いに、真正面から侵攻する。

 

「ダン……きゃあっ!」

 

 当然、技が届く前に、神速の居合がノワールの剣技を斬り伏せる。

 

「く……ぅ……!」

 

 しかしそれでも、ノワールは諦めない。

 守護女神とは国の頂点、絶対の強者。

 他の国の女神が相手ならば、敵の戦術に応じて此方の戦術を変えることは厭わないだろう。

 だが、自らの国で、自らの民相手に、戦い方を選ぶなど、絶対強者がやることではない。

 

「……『ヴォルケーノダ……ぐ、ぅぅ……!」

 

 何度月華に弾かれようと、立ち向かうことを止めることはない。

 

「此奴……」

 

 月華も、驚きを隠せずにいた。自らの秘技を知って尚正面からかかってきた相手などいなかった。

 女神シュヴァルツでさえ、搦手を使うことで突破を図っていた。

 しかし、過去にシュヴァルツが月華相手に戦い方を選んでいたとしても、ノワールは選ばない。

 それこそが、女神ノワール、この時代のブラックハート。

 

「良き心意気。されど……」

 

 そのような戦い方を繰り返せば、勿論消耗は早い。

 

「……それでは、儚く散りゆくのみだな」

 

 このまま続けばいずれノワールは倒れるだろう。決着が見え始めた月華は寂寥を感じだす。

 

「……む?」

 

 そんな月華とは対照的に、ノワールは異様な雰囲気を放っていた。

 息を切らしながら、身体も傷だらけになりながら、それでもノワールは笑っていた。戦意がつかないどころか湧き上がっているのだ。

 

「まだよ……まだまだ……!」

 

 何度も月華に防がれながらも、ノワールは自身の動きを最適化させていく。

 

「ようやく……見えてきたんだから……!」

 

 月華の『華天月地』を今のノワールが抜くことはできないのは事実。

 しかし、その超えられない壁に挑み続けることこそが、ノワールという女神を新たなるステージへと押し上げる。

 

「な……に……?」

 

 月華は戦慄していた。

 ノワールの斬撃は自分まで届くことはない。しかし、次第に距離を詰めている。

 

「……あ」

 

 ノワールの頭の中に、今まで自分が使えなかった必殺技(エグゼドライブ)のイメージが鮮明になっていく。

 

「……これだわ」

 

 一撃で駄目なら十撃。

 十撃で駄目なら百撃。

 百撃で駄目なら千撃。

 敵を討つまで、無限の斬撃を放ち続ける。

 其の技の名を────

 

「『インフィニット・スラッシュ』!」

 

 必殺技(エグゼドライブ)の完成。それは、女神の完全な覚醒を意味する。この瞬間まで、ノワールはその境地に至っていなかった。

 そして、覚醒を果たした女神は、それ以前とは別次元の強さを手にする。

 "神"として世界を手にしたような全能感。今のノワールには、今まで見えなかったものが見えている。

 

「……ぬぅ⁉︎」

 

 『華天月地』の神速の居合ですら、覚醒を果たしたノワールには、見えるものであり、見てから対応できるものと成り果てた。

 ノワールは、繰り出される月華の斬撃の全てを捌き、自身の斬撃のみを相手に届ける。

 

「馬鹿な……」

 

 『インフィニット・スラッシュ』は、真正面から『華天月地』を斬り伏せた。

 

「トドメよ」

 

 ノワールが最後の一閃を振り下ろす直前、月華の脳内に溢れ出すのは、渇望の記憶。

 

 

──

 

────

 

──────

 

─────────

 

 

『守護女神の座を退くだと……?』

 

『儂との決着をどうするつもりだ⁉︎ 休戦となった後にお前との決着を付ける、その条件で儂はお前の軍門に下ったのだぞ!』

 

『……いや、わかっている。お前の時代が終わることを民が選んだのだろう? それがお前の意志に反していたとしても、それが守護女神の運命だとな』

 

『力が落ちた今のお前と戦ってもつまらん。次の守護女神はお前の妹だったか。奴には興味がない。剣を握らんからな』

 

『戦が終わったならば、儂はもうこの場に用はない。さらばだ。もう会うことはないだろう』

 

 

 

 

 

『何が剣神だ! 何がげいむぎょう界最強の剣士だ! ふざけるな! 奴が守護女神の座を退き、他の守護女神も、今の代は剣を握る者がいないだけだろうが! 儂が勝ち取ったのではない、空席だったに過ぎない……!』

 

『このまま老いて死ぬのか……? こんな虚しい余生を過ごすぐらいならば、戦地で屍に成り果てれば良かったのだ……!』

 

 

 

 

 

『……つまらん。生きていれば最強の剣士の座を奪いに来るものがいると思うたが、どいつもこいつも老いた儂にすら勝てぬ者ばかり』

 

『なんだ羽虫? お前も剣士か? 違うのならば去ね。剣を握らぬ者の名を覚えるつもりはない』

 

『女神に叛旗だと? 剣を握らぬ今の女神どもに叛旗したところで、儂が求める戦にはならぬ。代替わりを待てるほどの時間はもう儂にはない』

 

『妖刀に身を堕とす、か。成程、儂が戦うに相応しき者が生まれるであろう時代を待つ、というわけだな。だが、お前の言う世界の混乱には興味がない。儂は、斬りたいものを斬る。それだけだ』

 

『良かろう。儂の命をお前にやろう』

 

 

────────

 

──────

 

────

 

──

 

 

「……くく、待った甲斐はあったな」

 

 長き渇きが潤い、月華は小さく笑う。

 そして、最後の一閃を受け入れる。

 

「さらばだ、ノワール。強き者よ……」

 

 妖刀は光に還り、消えて無くなった。月華がただ力尽きただけでなく、現世への未練が消えたのだろう。

 身体はただのスライヌに戻り、スライヌは森へ逃げて行った。

 

「……何よ。私の名前、ちゃんと聞いてたんじゃない」

 

 逃げ隠れていた人々が戦いの終わりを悟ると、女神ブラックハートの勝利を讃え、歓声を上げる。

 

「最強の剣士か。けど、そのためには、倒さなきゃいけない奴が一人だけいるわね」

 

 ノワールは、遥か遠くに薄らと見えるプラネタワーを見つめながら、そう呟いた。

 

 

 

 

「────こうして、私が守護女神に"成った"少し後に、あなたが生まれたのよ」

「そんなことがあったんだ……」

 

 時は戻り、現在。

 あまり過去を振り返ることのないノワールの昔話を真剣に聞き込んでいたユニ。

 

「ユニは昔の私以上にいろんな経験積みまくってるから、逆に自分が"成った"と納得できる出来事を見つけるのに苦労しそうね」

「えぇ〜何よそれ〜」

「まぁ、頑張りなさいね。そういえば、シュヴァルツの文献にその次の時代の女神のことも載ってたんだけどね。今思えばユニにそっくりだったわね……」

「え、そうなの? あたしも見たい」

「一緒に観に行きましょう。今また見れば新しい発見もありそうだし、たまには過去について学ぶのも悪くないわ」

 

 当時の比ではない強さを手にしたノワールと、当時のノワールよりも既に強いユニ。

 過去と未来に思いを馳せ、今の女神たちは頂に立つ。

 

 

 

       『Starkest Schwarz』

 

 

           -完-

 

 

 

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