計算し尽くされたいくつもの光の筋は、まるで意志をもつように空を走る。隊員たちのなかで「鳥篭」と恐れられる
これは脚を止めたら確実に終わり、などと考える暇もない。グラスホッパーを加速に利用し、弾丸に取り囲まれる前に線の先へと走っていく。位置的に躱せない弾のみを
障害物として設定した街並みの隙間を抜け、鳥篭をかわしきった
仮想戦闘モードにトリオン切れはなく、じっとしていても埒は明かない。確実に近づき、隙を作り、急所に弾丸を撃ち込む。それのみに全神経を集中させ、余計な思考は消去した。雑念をもって勝てる相手ではないことは嫌というほどに理解している。
街並みの地形は鳥篭から逃げる際に把握した。機動力に優れる
再びバイパーの全方位攻撃が待ち受ける。鳥篭に穴を開け、シールドで最低限を守りながら走り抜けるも、彼女の姿はまだ見えない。相変わらずの防戦一方に、悔しさはあるが問題はない。たった一発、その一発さえ当てることができればいい。
猛攻のなかのある一瞬、攻撃の手が弱まった瞬間に檀野は高く跳んだ。障害物の隙間から、光のキューブに囲まれる彼女の姿を捉える。
ぱち、と視線が交わったことが合図だった。
檀野が
距離は十分に詰めた。銃声が響く。
彼女の目がわずかに見開かれ、重みに負けた彼女の腕が下がる。檀野は即座にメインのハンドガンの弾を切り替え、両手の銃口を彼女に向けた。
頭と、心臓と。たとえグラスホッパーで加速し、空中で不安定な体勢であったとしても、狙いを外すことは決してない。
獲った、と確信して引き金を引くと同時に、背後から身体を貫かれたのを感じた。
*
「―――待って最後のっていつ撃ったやつ? おれ全部捕捉してたつもりだったんだけど」
「ふふふ」
「イケたと思ったのにな~~~
そう悔しげに唸る檀野の隣で、淑女は口元を隠して微笑むばかり。ちくしょうその顔も可愛いなと思いながら、彼女にスポーツドリンクを差し出した。
礼を言ってそれを受け取った彼女―――那須玲は、でも、と言葉を続ける。
「私も驚きました。檀野さんがレッドバレットを使うの初めて見ましたから」
「トリオン食うし多用はできないんだけどね。メテオラと混ぜていこうと思って」
「ええ、戦略の幅が広がりそう。私もちゃんと対策立てなくちゃ」
次は同じ手は食いませんよと言われれば、その一回でも相討ちにしか持ち込めなかった檀野は苦笑するしかない。舐めないでくれるのは嬉しいのだが、戦略を考えるのが下手な自覚のある檀野としては頭が痛い。
檀野が頼み込んだことから始まったこの模擬戦は、那須の体調の良いときを選んで一ヶ月に数度行われていた。バイパーを自在に操り「鳥篭」で相手を仕留める那須と、機動力にものを言わせて相手の隙を突く
那須は特に気にした様子もないが、檀野としては正直放っておいてほしいと心から思っていた。純粋に勉強のために観戦にきている隊員は別に構わないのだが、それだけではない連中がいることを知っているからだ。
今回もまた檀野の視線の先、ちょうど那須からは見えない位置でにやにや笑う野次馬たちが控えている。
まあ頑張れよという生ぬるい目で見ている荒船と穂刈はまだ良い。が、ハイハイ邪魔はしませんよ野次馬はしますけど~~~という顔でにまにま笑っているA級の三バカはあとでドタマぶち抜いてやると檀野は堅く心に誓った。それを顔に出さないまま那須との談笑を続けてみせたのは、ひとえに「那須さんにガキっぽいところを見せて引かれたくない」という歳上としての意地のため。
荒船の口が「あいつ忍耐強くなったな」と動き、隣の穂刈が大きく頷いたのを見たときはさすがに口元が引きつりかけたが、ぎりぎりで堪えた。やっぱり荒船と穂刈の頭もぶち抜こう、と檀野は決意を新たにする。
「? 檀野さん?」
「何でもないよ。あ、それおれが貸したヤツ?」
「ええ、お返ししようと思って。いつもありがとうございます。これもすごく面白かった」
良かった、と檀野は差し出された袋を受け取る。中に入っているのは檀野チョイスの映画のディスクが何枚か。
幸運にも「映画」という共通の趣味があることを知った檀野は、こうしてときどきお勧めの映画をやりとりしていた。本当なら映画デートにでも誘いたかったところだが、病身の那須を外に連れ出すのは気が引けたのが三割、距離感の微妙な今の関係で誘って困らせたくないのが三割、何より断られたら真剣にへこむというのが四割と言ったところか。
いやいやこれは家でゆっくりしているときや作戦室で隊のみんなと一緒に楽しめるようにという配慮であって別におれがヘタレなわけでは、と内心で言い訳しながら熱心に感想を語る那須の言葉に丁寧に頷いていく。
「最後のアクションがすごくて」
「わかる~~~あれ絶対にグラスホッパー使ってるよな」
「本当に。なのに実はスタントも使っていないってお話でしたよね?」
「そうそう、そういう監督の方針らしくてさ。あ、じゃあ今度これの続編と、同じ監督の作品もってくるよ。そっちもすごいから」
「ふふ、楽しみにしてますね」
そう言って目を細めてくれるのが嬉しい。声を弾ませてくれるのが嬉しい。ひたすらに緩みそうになる頬を引き締め、でもやっぱり笑みがこぼれるのを止めることはできず。
「那須さんが勧めてくれたのもすげー良かったよ。ラストのヒロインの台詞が刺さるよな、主題歌のイントロが入るタイミングもすげえいい」
「良かった。私もあのラストが大好きなんです」
またお勧め教えてよと檀野が言えば、目を輝かせる那須。じゃあ、と改めて口を開こうとしたところで、あ、と檀野の後ろに目をやった。つられて檀野も首だけで振り返ると、その先に立っていたのは那須の親友。
あー、と少し申し訳なさそうな顔で熊谷が歩み寄る。
「ごめんなさい、話の邪魔しちゃって」
本音を言えばまだまだ話していたかったが、あまり本部に顔を出せない那須の時間を独り占めするのはよくない、と檀野は苦笑して身をひく。
「いやいや、こっちこそごめん熊谷さん、おれが引き止めちゃったから」
「ごめんねくまちゃん、もう時間ね。すみません檀野さん、今日は失礼します」
「うん、また連絡する。次の模擬戦は絶対おれが勝ち越すからね」
「ええ、私も負けません」
軽く会釈して背を向けるふたりに笑顔で手を振り、声が聞こえないほど離れたことを確認して口を開く。
「……おう三バカ、笑いがおさまったらそこに並べよ。その頭風通し良くしてやる」
ぶっは、と背後で盛大に噴き出す音が三つ分。
遠慮なく床で笑い転げる三バカに、マジでこいつら、と檀野の指が引き金にかかるのをまあまあと穂刈が止める。
「堪えていたじゃないか、一応話が終わるまでは」
「そういうこっちゃねーんだよ。というかお前らもだわ、訓練室入れコラ」
「ガラ悪いなオイ。ま、レッドバレットは良い感じだったんじゃねえか」
「……いや練習付き合ってくれたのはありがとうなんだけどさ」
檀野はどの隊にも所属していないB級野良隊員だが、趣味が同じで高校のクラスが同じという縁もあり荒船とは仲が良く、彼の隊に所属する穂刈ともよく連んでいた。荒船隊の訓練に付き合うこともあれば自身の訓練に付き合わせることもよくあり、その点については檀野も感謝はしている。だから彼らに多少冷やかされる分には仕方ないと思えるのだが、完全に面白がっている後輩たちのことまで見逃してやれるほど心は広くなく。
「いやだってさー、那須といるときの檀野さんマジ別人すぎて面白いっつーか」
「口が悪いの頑張って直してるしずっと笑顔だし?」
「いつもボコボコにされてるのにマジで檀野さんて那須さんのこと大好きだよね!」
「おし緑川からだな。訓練室入れ、的にしてやる」
そう言って緑川の小柄な身体を抱え上げると、けらけらと笑いながら緑川は身をよじらせた。だいたいいつもお決まりのパターンである。
笑いの波がようやく収まった出水は、それにしても、と緑川を肩の上で押さえ込む檀野に言う。
「檀野さん、もうほぼ『鳥篭』には捕まんなくなりましたね。俺も対策考えねーと」
「いや毎回必死だけどな。グラスホッパー必須だし、となると両手撃ちは出来ねーから墜とせる弾は限られるし」
「つっても躱せない弾だけ選んで墜とすなんて芸当ができるひとは少ないっしょ」
どうかな、と米屋の言葉に檀野は苦笑する。確かに現段階ではそうかもしれないが、これで「鳥篭」を攻略したなどと宣う気にはなれない。
「たぶん次くらいには那須さんも対策打ってくるだろ。そんなに甘くねえって」
確実に「鳥篭」で捕らえられるように策を立ててくるか、そもそも「鳥篭」を躱されても仕留められる流れを作ってくるか。
那須さんならどっちも考えてくる気がする、と檀野は遠い目をする。もっとも、そんな彼女だからこそこうして何度も模擬戦を頼んでいるのだが。
「でも檀野さん頑張るよね」
「あ? 何がだよ」
いつのまにか肩車になっていた緑川のほうに視線をあげる。檀野の頭の上に両手をのせた緑川は、だってさ、と少しばかり大人ぶった様子で続けた。
「那須さんキレイだし人気あるって聞くけどさ、たいていのやつはランク戦見て引き下がっちゃうんだって。バンバン自分で点獲るシューターのひとって少ないし、那須さん強いから自分じゃ守れないーって。でも檀野さんは毎度蜂の巣にされてもめげないじゃん」
「毎度蜂の巣は余計だ」
「事実だろ」
「荒船うるさい」
というか何をくだらねえことを、と檀野はため息をつく。彼女が強くて好戦的だから何だというのか、むしろそこがいいんだろうがと思ったがさすがに口には出さなかった。
檀野が那須を知ったのは、トリオンと健康の関係を探る研究についてテレビで特集されているのを観たときだ。といっても、そのときはトリオン体で元気に飛び回る彼女の横顔に「へー良かったね」と思った程度のもの。容姿が可愛いくらいの印象はあったかもしれないが、はっきり言えばそのときはたいした興味もなく。
彼女から目が離せなくなったのはB級に上がってきた彼女の戦いを見たときだ。
テレビで特集されてた子だ、というのは一目見てわかった。が、画面の向こうで無邪気にトリオン体での運動を喜んでいた彼女とは思えないほどの存在感が彼女にはあった。
コントロールの難しい弾を自在に操るばかりか、都度バイパーの弾道を引いてみせる機転と冷静さ。しかし瞳は爛々と燃え、絶対に自分が点を取るという気迫に満ちている。
そんな彼女を見た檀野の口から漏れたのは、素直な賞賛だった。
『うっわ、かっこいー……』
それに加えて初対面で模擬戦を頼み込む男に丁寧に対応してくれた人当たりの良さもあり、檀野としては「格好良くて可愛くて強くて性格良いとか最強では?」とは思っても、彼女を敬遠する理由にはならなかった。
「強かろうが弱かろうが、戦場に出れば守り守られは当たり前。一方的に『守る』とか考える必要ないだろ。モチベーションとして否定はしねーけど」
一緒に戦うんだし、と肩に乗る緑川を持ち上げて首から外し、そのまま訓練室に放り込む。あ、と目を丸くした出水と米屋の首根っこもさっとひっつかみ、首だけで振り返って荒船と穂刈を見た。
「仮想訓練モードで
「面白そうじゃねえか、やる」
「祭りだな、つまり。いいだろう」
「え、六人なら三対三で良くないっすか?」
「そしたら荒船と穂刈の頭ぶち抜けねえだろ」
「やっべ檀野さん全員
「トーゼン」
那須に模擬戦を頼んだことに下心がなかったとは言わないが、下心だけで頼んだわけでは決してない。進歩のないまま模擬戦に挑み続けるなんて格好悪いこともしたくはなかった。
進歩のためには特訓あるのみ。出水、と檀野は彼女と同じシューターである彼に目を向ける。
「いろいろ対策考えるからバイパー遠慮なく撃って来いよ」
「おっ蜂の巣ご希望すか? 喜んで!」
「返り討ちだこの野郎」
「じゃあ今日は全員檀野狙いで行くか。緑川、檀野に機動力で負けるなよ」
「任せて荒船さん!」
「乱戦っつーか一対五? うわ檀野さんマジ男前じゃん」
「さすがだな。いいと思うぞ、あえて自分を追い込みに行く姿勢は」
「いや俺そこまで言ってねえんだけど」
まあいいけどさ、と出水と米屋のふたりも訓練室に放り込む。荒船と穂刈も中に入ったのを確認して仮想訓練モードを設定し、両手にハンドガンのグリップを握った。
「んじゃ、十秒カウントでスタートな」
す、と息を吸って頭を切り替える。ざ、とトリオンの床を強く踏みしめた。
強くなりたいと思う。負けたくないと思う。それは別に彼女のためではないが、彼女の存在が理由のひとつであることには違いない。檀野は、那須との出会いに感謝をしていた。
自分を支える柱は何本あってもいい。揺らがず強固であるならばもっといい。檀野とって那須への気持ちはそういうものだった。
カウントがゼロへと近づく。グリップを握る手に力を入れ、グラスホッパーの起動を用意する。引き金に指をかけ、最初の流れを決めた。
もっと訓練を重ね、考え、弛まぬ努力を重ねたその先で、―――いつか。いつか彼女にも、この弾丸が届けばいい。
カウントゼロと同時に檀野は床を蹴る。宙を駆る
*
じゃあ今日は相討ちだったんだ、と熊谷が言えば那須はどこか嬉しそうに頷いた。
「檀野さんはいつも何か新しいことを考えるけど、レッドバレットで来るとは思わなかったわ。今思えば最初のうちにメテオラを何度か見せていたのもわざとだったのね」
「レッドバレットは弾速が遅いけど、檀野さんならグラスホッパーで距離を詰められるからカバーできるもんね。メテオラと織り交ぜられたら手強そ~」
「ええ。
頑張るじゃん、と那須の気持ちを知る熊谷は愉快そうに言う。もちろん、と那須はかろやかに頷き、ふふ、と口元を隠すように両手で覆った。
だって、と柔らかく頬を染めた彼女は無邪気な少女の顔で口を開く。
「好きなひとに格好悪いところなんて見せられないでしょう?」
売り言葉に買い言葉で「私にだって恋愛ものくらい書けらァ!」という話になり頭を抱え、フォロワーさんからネタを募った結果、バトル描写+恋愛描写という苦手二大巨頭を詰め込むことになりました。
……いや、頑張ったんですよマジで。