ドチャッと音がして
「あーあーやっちまった、しくったな...替えねえのに。」
音一つしない森林の、血溜まりで少女は嘆く。
辺りの死体も、血も、臓物も無視して、少女だけが日常を歩んでいる。
喧騒の合間に、小動物は逃げ出して、血と森の香りが凄惨な光景を包んでいた。
眩しい、瞼の裏が赤く染まる。
そういえば、この状況に似た歌があったような?
そんな事を考えながら、少女は体を起こす。
「んん...もう、朝か。」
薄い布を跳ね飛ばし、少女は空間を滑るように石の床に立ち上がった。
事実として、空中を滑っているのだ。
「割と便利だなーこれ。」
飛行魔法。
姿勢自由、速度可変、360度全方向に移動可能、複数対象指定可能。
使い勝手が良く、常時発動も苦では無い。
目を擦りながら、ふよふよと空中を移動する様は、大海を泳ぐ海豚を連想させる。
「これなら歩くより速いな。」
そう言って、出口に突撃する幼女。
扉の類は無く、そのままするりと外に出た。
森の香りが鼻をつく、木々の隙間から朝日が木漏れ出て見えている。
風が木々の葉を揺らす音に混じって、小鳥の鳴き声が聞こえた様な気がした。
「おお...新鮮な空気だ...。」
久方ぶりの外に、若干の興奮を覚えた。
森林には行った事はあまり無い。
最後に行ったのは何年前になるだろうか?
その時と同じ空気で満ちている。
否、一つだけ違う点がある。
耳をすませば聞こえてくる。
草木を掻き分ける音だ。
ザッザッと音のする方を見れば、森に似つかわしく無いパワードスーツと三つの銃口がこちらを向いていた。
「+*÷〆$€々○×<>=!」
機械音に包まれた声で、何やら言っている。
不愉快だ、森林の空気を味わっていた少女は、そこに入って来た異物を睨みつけた。
銃口は依然として変わらず、こちらを向いている。
「○$☆¥°♪=+$♪=÷・°$=☆!」
相も変わらず解らぬ言葉で、何某がを言っている。
3人組の前の奴をA、後ろの二人を右からB、Cとでも呼ぶか...
森の中を散策するだけの、いつもと変わらない任務。
もはや歩き慣れたルートには、かつては遺跡の調査のため、学者連中も歩いたらしい。
だが今の自分には関係の無い事だ、こんな辺鄙な場所に何かあるわけでも無い。
いつも通り、帰った後の飯でも考えながら、警備を続ける。
「なぁ隊長、此処って何か面白い事でもあるか?辺境は退屈でつまんねーぜ。」
こいつはこの前配属になったジョゼ。
「こんな辺鄙なとこにわざわざ厄介事があるわけないだろ?」
「お前も不憫だよなぁ、まだまだ若いってのにこんな所に飛ばされちまって、前の所でなんかあったのか?」
「ああ、ムカつく奴をぶん殴ったら、そいつがギャアギャア喚き出してな、俺に会うたびそうなるもんだから、どっちももう2度と会わない所に配属するー、なんて言われちまったのさ。」
こいつ、結構血の気が多いな。
「そうか、まあ此処じゃ面倒事も特に無いし、そんだけ気力があるなら空回りしちまうかもな。」
その通りである。
警備任務を談笑しながらでもこなせるのだ。
その上給料は出て、飯も出る。
そこで良いとする者には中々の職場だが、出世欲の強い若者には辛い所が有る。
「おい、ソナーに反応だ。」
無口なベンが、珍しく口を開いた。
任務中一度もこいつと口を聞かずに終わる事も有るのに、珍しいもんだ。
ソナーを確認してみると、やや離れた前方に一つの点が確認できた。
「こんな所に誰か居やがるのか?」
「そうらしい、単独の野獣だ、それなりの強さは有る、警戒を怠るなよ。」
「了解、いつも通りに。」
「俺はそれ、知らねぇんだけど...。」
ぶつくさ言うジョゼを黙らせ、草木をかき分け信号へ向かう、そこにいたのは...
可憐な少女だった、森の木漏れ日を反射する様な白髪と、少女の物とは似つかわない端正な顔立ちに一瞬見惚れ、そして左目の花で我に帰る。
「我々は帝国所属の警備隊だ、そこの少女よ、此処は立ち入り禁止区域だ、我々と共について来て貰おうか。」
少女は答えない。
ただ整った顔を歪め、それでも尚美麗な顔で目をこちらに向ける。
俄然、少女は動かない。
奇妙な睨み合いが続く。
「もう一度言う、此処は立ち入り禁止区域だ、我々の指示に従わないのであれば、武力を行使する事も視野に入るぞ。」
変わらず。
立ち入り禁止区域への侵入は、即刻捕縛される事が決まっている。
それでもなお抵抗するか、従わないのであれば...
カチャリ、と安全装置が外される音がした。
二人もそれを合図に、武装を切り替えている。
『相手は魔獣の一種で有る可能性が高い、人形の魔物は直接戦闘能力が低い事が多い、面倒な事になる前に、俺の合図で一息で片付けるぞ。』
『『了解。』』
『3...2...1...今だ!』
そして、目の前の少女に引き金を引いて...
さて、こいつらはどうしてやろうか。
そんな事を考えている間に、Aが向ける銃口から弾丸が発射された。
しかし、遅い。
ライフリングに合わせてくるくると回転する弾が見える。
心なしか周囲の音が遠くなった気がした。
少女はヒョイと弾丸と入れ違いになる様に、Aの内へと入り込み、見事なアッパーを叩き込む。
ワザマエ!と叫びそうな見事な拳と共に、ゴグチャッとという音がして。
Aはそのまま、紅を噴き出す噴水となった。
白い影は止まらない。
ジョゼは固まった。
先輩が目の前で猟奇的なオブジェとなった事が受け入れられないのだ。
何が起きた?俺は何を見せられているんだ?
白い影がこちらに向かう事にすら、ジョゼは気づかない、気付けない。
ボキッという音とグチャリという音が同時に鳴った気がした。
気のせいでは無い、自身の脚は脳が拒否する程の痛みを絶叫するように訴えている。
「 」
声にならない声が響く、その前に。
彼の喉は、最後の音を鳴らして、その役目を終えた。
これで二人。
流れ作業でBを片付けた後、Cを見ると、既に逃走の一歩目を踏み終わっていた。
無論、逃す筈も無いのだが。
先程まで聞こえなかった木々の葉の音が、
今ではやけに騒々しく聞こえていた。
ベンは臆病である。
それは人相手でも、敵相手でも変わらなかった。
だからこその逃走だったのだろう。
もっとも、それが最悪の選択肢だった事は察せないかった様だが。
なんであんなバケモノがいやがる...!
方角も、行き先も、仲間も、只々気にせず逃げる。
兎に角あのバケモノから遠くへ、安全な所に。
ドクドクと心臓の音が聞こえる。
気づけば、そこは何処とも知れぬ森の中だった。
周囲に少女は見当たらず、その安堵からか、いつの間にか腰を地面に付けていた。
足が棒の様に動かず、肺は酸素を求めている。
吹き抜ける風が、上がった体温と溶け合い心地良い。
微風がやがて風となり、丁度良い塩梅は通り過ぎた。
まて、今日の天気は強風なんて聞いてないぞ。
いつしか強風は暴風へ、自身の銃は何処かへ飛ばされてしまっていた。
何が起こって_
浮遊感。
全身は風邪に揉まれ、共に巻き上げられた土と木の葉が体を打ち付ける。
声を上げることすら許されず、重い筈のパワードスーツはおもちゃの様に吹き飛んだ。
緑。
視界に緑が広がっている。
そして、風を感じる。
「落ちて...!?」
避けられぬ死の恐怖と狭まる視界の端に、白い影がみえた様な気がした。
グシャッと音がした。
多分わかると思いますが、Aが先輩、Bがジョゼ、Cがベンです。