指揮官と大鳳のヤンデレ日和   作:キズキ

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第三話

KAN-SENのもとになった艦の戦歴を、カンレキと呼ぶ。

そもそもKAN-SENとは、メンタルキューブから生まれるもの。

いずこかの並行世界で戦いに身を置いた艦船の記憶を継ぐもの。

それは彼女たちにとっての重要なアイデンティティであると同時に、

フネの記憶とヒトの肉体のギャップはしばしば彼女たちを苦しめる。

また、一部にはカンレキを持たない例外的なKAN-SENも存在している。

 

 

二日後。

午後の執務室。

今夜に迫ったパーティの準備で、指揮官と大鳳は最終チェックに追われていた。

 

「指揮官様~、厨房の進捗は予定通り。問題は無いそうですわ♡」

「ありがとう大鳳。装飾も既に完了したと報告が入った所だよ」

「これでひと通りの確認は終わりましたわ。お茶を淹れますから休憩にしましょう♡」

 

だがその仕事もようやくひと段落付き、二人はしばしの休憩に入る。

 

「指揮官様~、お疲れじゃありませんか? 大鳳が癒して差し上げます♡」

「ありがとう。でも大鳳こそ、慣れない仕事で疲れたんじゃないか?」

 

前任の秘書艦である翔鶴が段取りを終わらせ、引継ぎもきちんとしてくれたから何とかなった。

具体的なことはほとんど既に決まっており、残った仕事はその進捗の確認ばかりだったのだ。

それでも秘書艦三日目の大鳳はてんてこ舞いだったことに違いはないのだが。

その証拠に、大鳳が見せる笑顔の中にも疲労の色が混じっている。

 

「そうだ。せっかくだから、ここでひとつ。ちょっとした手品を見せてあげようか」

 

そういって指揮官は、両手で大鳳の手を包み込んだ。

 

「ひゃっ!? し、指揮官様!?」

 

驚く大鳳の手がじんわりと温かくなり、やがて二人の手がボウッと炎に包まれる。

 

「あ、熱っ! ――く、ない?」

 

鳳凰のケモノ憑きである指揮官が持つ力のひとつ、疲労や傷病すら祓う“浄化の炎”である。

当然ヒトを傷つけるようなものではなく、大鳳は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「なんだかこれ、指揮官様に抱きしめられているみたいですわ~♡」

「そうかい?」

 

それは、指揮官にはわからない感覚だった。

以前にも同じ感想を言われたことはあるが、指揮官自身は自分の炎に触れても何ともないのだ。

 

「それより大鳳、調子はどう?」

「はい! 指揮官様のおかげで大鳳は元気百倍ですわ♡」

「なんだか意味が違うような――?」

 

指揮官はあくまで、肉体的な疲労が消えたかどうかを訊いたのだが。

今の浮かれた大鳳には正しく伝わっていないようだ。

 

「まあ、元気になったならよかったよ。

 今夜のパーティには大鳳も出席するんだからね」

「ありがとうございます指揮官様♡

 そのお気遣いだけでもう、大鳳は幸せですわ~」

 

笑顔があふれる大鳳の様子を見れば、元気になったことは間違いないようであり。

指揮官もほっと胸をなでおろした。

こうして二人の休憩時間は過ぎていくのだった。

 

 

その夜。

パーティ会場にて。

一番大きく目立つテーブルに、たっぷりの銀髪を二つに結んだドレス姿の美女がやってくる。

鉄血からやってきた重巡洋艦、プリンツ・オイゲンが指揮官に話しかけた。

 

「本日はお招きありがとう。久しぶりね、指揮官」

「ああ、久しぶり。

 “紅き同盟に祝福を”、プリンツ・オイゲン」

 

レッドアクシズの定型句となっている挨拶を指揮官が返すと、オイゲンは拗ねるように口を尖らせた。

 

「そういう堅苦しいのは良いじゃない。別に上層部に見られてるわけでもないんだし。

 今日は楽しく飲みましょう?」

「俺がいるんだけど?」

「主賓は私。私が良いって言ってるんだからほら、合わせて合わせて」

 

そういってオイゲンは2つのグラスを手に取り、片方を指揮官に押し付ける。

 

「ほら、指揮官。乾杯(ツム ヴォール)!」

乾杯(ツム ヴォール)!」

 

グラスをかかげた指揮官を見たオイゲンはニンマリと笑い、シャンパンを一気に口の中へ流し込んだ。

 

「あ~おいしい。ねぇ指揮官? 今日はいくらでも飲んでいいのよね?」

「勿論、オイゲンが喜ぶと思って色々用意したからね。

 今日はひっくり返るまで飲んだってかまわないよ」

 

会場を見渡せば、用意されているのは色とりどりの料理。

そしてそれ以上に目につくのが、世界中のアルコールだ。

ワイン、ビールは言うに及ばず。

シードル、ウイスキー、ブランデー、ジン、ウオッカ、ラム、テキーラ、ベルモット――その他多数。

勿論、重桜酒や焼酎も数限りなく並べられている。

 

「最高よ指揮官♪ 私も指揮官ちの子になりたかったな~」

「おいおい、お酒くらい鉄血にだってあるだろ?」

「エウロパのパーティで重桜のお酒なんて並ばないわよ。

 まあ? 重桜でもここまで揃えてることはなかなかないんでしょうけど。

 指揮官様々ね~♪」

 

大量のアルコールに囲まれ上機嫌のオイゲン。

酒癖の良くない自分にイヤな顔一つせず指揮官が用意してくれたとあって、すっかり有頂天になっていた。

普段のミステリアスな面影は微塵もない。

 

「私が指揮官ちの子になれないなら~、指揮官が鉄血に来れば良いじゃない♪

 それなら同じことよ?」

「いや、流石にそれは」

「――そこまでにして頂けますか? お久しぶりです、プリンツ・オイゲン」

 

突然、話に割り込んだのは、いつの間にか現れた栗色の髪を持つ狐耳の美女。

この母港の頭脳とも呼ばれる、巡洋戦艦の天城だった。

 

「あら天城、冗談よ冗談。

 相変わらず神出鬼没ね、久しぶり」

「指揮官様に捧げたこの身、おそばにあるのは当然です。

 このような場ではなおのこと」

 

実際の所、天城は別にいつも指揮官に張り付いているわけではない。

むしろ、その頭脳を生かして単独で活動していることの方が圧倒的に多い。

だがオイゲンが指揮官といると、いつの間にか天城もその場にいるのだ。

 

「命の恩人なんでしょ? もう耳にタコができるくらい聞いたわよ」

「指揮官様がその身を削って私を救ってくださったこと、もう一度語って差し上げましょうか?」

「削ってない削ってない。“浄化の炎”を全力で使うのは初めてだったから。

 まあ、加減出来ずにひっくり返ったのは事実だが」

 

かつて病床にあって死を覚悟した天城を、救い上げたのが指揮官だった。

その身に宿る権能を振るい、ヒトでありフネでもある彼女の命を黄泉の淵から呼び戻したのだ。

以来、天城は指揮官に無私の忠誠を誓っている。

 

「指揮官様こそ重桜の至宝。

 よそへ奪われるようなことがあっては困ります」

「ふぅん、“あってはならない”とは言わないんだ?

 一番大事なのは指揮官の気持ちだものね」

「それは勿論です。言われるまでもありませんわ」

 

それが、天城がこの場にいる理由だった。

天城にとって指揮官の意思が最優先、だが万が一にでも他勢力へは行ってほしくない。

だからこそこうして、指揮官がオイゲンに口説き落とされないよう見張っているのだ。

本当にそれが指揮官のためか迷いながら――。

 

「そこのところ、どうなのかしら指揮官?」

「惑わされないでくださいませ、指揮官様」

「いまごろ蒼龍たちは鉄血に着いたかなあ」

 

指揮官は窓の外を眺め呟いた。

現実逃避したともいう。

 

 

「あら? たしか大鳳――でしたよね?」

 

パーティ会場で大鳳が一人グラスを傾けていると、柔和な笑みをたたえた金髪の美女が声をかけてきた。

鉄血の中でも“特別計画官”と呼ばれる特殊なKAN-SEN、重巡洋艦のローンだ。

 

「指揮官の秘書艦がこんなところで一人ですか?」

「接待もお仕事のうちですから、邪魔はできませんもの。

 それに、一人になったのはたった今ですわ。

 あなたの方こそ、遠巻きにされてますわよ」

 

先ほどからローンの様子が目に入っていた大鳳がそう返す。

駆逐艦をはじめ、多くのKAN-SENがローンに興味を持ちつつも、近寄りがたく感じているようだった。

 

「こっちに着いてすぐの合同作戦で、怖がらせちゃったみたいですね。

 でも、私たちの使命は戦場で殺し合うこと、でしょう?

 敵を木っ端微塵にして殺す感触が好きでも、別におかしくありませんよね?」

「それを公言したら怖がられるに決まってますわ」

 

はあ、と大鳳は溜息をついた。

そもそも今日の宴は、鉄血KAN-SEN達を歓迎するためのもの。

こんな問題児でも、一人で放っておくわけにはいかなかった。

 

「なんですか、良いじゃないですか。

 敵を殺せば殺すほど、私は私の価値を証明できるんですから」

 

そう、ローンが破壊と殺戮を愉しむ戦闘狂であることには、理由がある。

彼女には、本来KAN-SENの拠り所となるべきカンレキがないからだ。

だからこそ、戦いの愉悦で空虚な心を埋めてようとしている。

 

特別計画艦。

メンタルキューブが人々の強い願いを映し出し、実在しない艦船さえも呼び覚ましたもの。

1938年にクルップ社から出された、アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦の三連装砲化設計案。

実際には建造どころか採用されることすらなかったこの設計案こそが、ローンの正体だった。

 

「――」

 

ローンの事情に思い至った大鳳は、思わず押し黙った。

彼女のカンレキは、ローンとはほぼ真逆と言っていい。

 

大鳳は、翔鶴型空母から発展した最新鋭装甲空母として建造された。

“浮沈戦艦”大和と対をなす、“不沈空母”大鳳。

第一航空艦隊を率いてあらゆる戦場を巡り、無限の栄光を手に入れる――はずだった。

 

大鳳は初陣のさなか、潜水艦アルバコアの雷撃を受ける。

たった一発の魚雷が引き起こしたのは、ガソリンタンクの損傷。

航空機燃料に引火した大爆発によって、彼女はあっけなくその生涯を閉じた。

竣工からわずか三か月。

すべての栄光は夢と消え去ったのだ。

 

「カンレキ、が――」

 

ヒトとして在る今の大鳳にとって、何より恐ろしいのは必要とされないこと。

所詮はカタログスペックだけの――“期待外れ”の艦だと失望されること。

もし指揮官からそんな目で見られたらと思うと、それだけで心臓が止まりそうだ。

 

「もし、カンレキがなければ――」

 

自分ももっと普通の女性のように、指揮官に接することができただろうか。

そんな風に考え込んだ大鳳の様子の深刻さに、たまらずローンはグラスを差し出す。

 

「飲みます? 私もさっき飲みましたけど、美味しいですよ」

「あら、ごめんなさい。考え込んでしまって」

 

顔を上げた大鳳は、ローンの差し出すグラスを受け取る。

が、すぐに首を傾げた。

 

「これは、トマトジュース?」

「ウォッカとレモンを加えたブラッディメアリーですよ。

 バーカウンターで作ってもらったんです。

 元々はお酒好きのオイゲンのために用意したんでしょうけど、ね」

 

ローンは満面の笑みを浮かべて説明した。

 

「両手にこれを持って歩いてたら、避けられるに決まってますわ」

 

何しろ、一見すれば血で満たされたグラスのようにも見える。

戦闘狂を公言するローンが抱えていれば、それはそれは恐ろしいことだろう。

しかし、カクテルに罪はない。

大鳳はブラッディメアリーをゆっくり口に含んだ。

 

「――美味しい。ありがとうございましたわ、ローン」

「気にしないでください。

 わざわざ()()()()()()()()していてくれた分でチャラですよ」

「気づいてたんですの?」

 

ローンはその問いには答えず、言葉を続けた。

 

「良いじゃないですか、カンレキは今更変えられませんけど。

 私は仲間たちを本当に大切に思ってますし、みんなもそうだと信じてます。

 だから、戦いに酔うことはあっても悩みはしないんです。

 あなたにだって、そういうものがあるでしょう?」

「勿論。そんなこと、言われるまでもありませんわ」

 

即座に言い返した大鳳は、無意識に指揮官の方へ目をやった。

つられてローンの視線も、指揮官とオイゲンがいるはずの方へ向く。

 

「!?」

 

二人は思わず目を見張った。

 

 

「し~き~か~ん~♪ ひっく、飲んでる~?」

「飲んでるよ、オイゲン」

 

そこには、全身でもって指揮官に絡みつくオイゲンがいた。

顔は耳まで真っ赤に染まり、目の焦点も合っていない。

古今東西のアルコールをちゃんぽんし続けていれば、当然の結果だった。

流石に歓迎会中にまで監視のようなことは、と天城には一度席を外してもらっている。

 

「はははは、たのし~わね~指揮官」

「オイゲン、ちょっと離れない?」

「うふふ、何をするつもり? す・け・べ♡」

 

そう言って笑うオイゲンだったが、流石に酔いすぎたのだろうか。

ずるり、と指揮官の体から滑り落ち、床に手をついた。

慌てて指揮官もしゃがみ込み、様子をうかがう。

 

「大丈夫? オイゲン」

「――うぷ」

 

その瞬間。

指揮官は瞬時に“浄化の炎”を放ち、()()()()()()()()()()()を消し飛ばした。

 

「指揮官様、どうなさったのですか」

 

そこに現れたのは、先ほどまでローンと話していた大鳳だった。

ローンの方はと言えば、酔ったオイゲンに近づきたくないらしく遠巻きにしている。

 

「ああ、ちょっとお酒をこぼしてね。もう綺麗になったよ」

「そうでしたの。安心しましたわ」

 

そう言って大鳳は艶然とほほ笑むと、うずくまるオイゲンにも心配そうに声をかけた。

 

「そちらも大丈夫なんですの?」

「――ふぅ、大丈夫よ。ありがとう、二人とも」

 

そういってオイゲンは、若干青い顔で立ち上がった。

それを見た指揮官が心配して声をかける。

 

「どうする? 今日はもうお開きにする?」

「そうね、残念だけど今日はここまでにしておくわ」

 

そういってオイゲンは、ローンと一緒に会場を出て行った。

ローンも酔ったオイゲンを一人で帰すのは心配だったらしい。

 

「心配ですわね」

「ああ、いくらでも飲んでいいと言ったのは俺だしね」

 

そこまで言ってから指揮官は違和感に気づいた。

指揮官のイメージする大鳳なら、オイゲンの距離の近さに怒ってもおかしくない。

相手の体調を慮ったにしても、自分も自分もと過度なアピールをしてこないのは妙だ。

もしや、大鳳もかなり酔っているのか?

思わず大鳳の方へ目をやる。

 

「――」

 

ほう、と息をつく彼女の気だるげな横顔は、今まで見たどんな女性よりも艶やかだった。

 

「指揮官様、どうかなさいましたか?」

 

大鳳から声をかけられて、指揮官は自分が大鳳に見とれていたことに気づいた。

 

「大鳳、飲むかい?」

「いただきますわ」

 

指揮官はそう言ってワインを二つ取り、揃ってグラスを傾ける。

大鳳のかすかに動く喉から、指揮官は目が離せなかった。

 

「大鳳、あさって進水日だったね?」

「? ええ、そうですけれど」

 

指揮官は熱に浮かされるままに、そこから先の言葉を口にした。

 

「――デート、しようか」

「はい」

 

えっ。

 

「「「え~~~!?」」」

 

ちょうど二人の会話が聞こえていたパーティ会場のKAN-SENたちが、一斉に声を上げた。

KAN-SENから指揮官を誘うことはあっても、その逆など前代未聞のことだった。

 

騒然とする会場の中心で、指揮官と大鳳は変わらず見つめあっていた。

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