翌朝。
指揮官が大鳳をデートに誘うという驚天動地の大事件から一夜明けて。
大鳳の部屋には三人の人影があった。
「と、いうわけで。作戦会議を始めますわ!」
部屋の主である大鳳が力強く宣言する。
「はっはっはー! この雪風様に任せておくといいのだ!」
「作戦会議は良いとして、どうして私たちなんです?」
大鳳の対面に座って返事をしたKAN-SENは二人。
銀髪と獣耳を持つ快活な美少女、重桜一の“幸運艦”駆逐艦・雪風。
羊のような角が印象的な気品のある美女、幻の八八艦隊計画の未起工戦艦・駿河。
「二人は昨日も近くにいたでしょう?
今は翔鶴さんも瑞鶴さんも母港を留守にしていますし」
「ああ、そういえば。五航戦のお二人は朝から遠征でしたか」
こういった場合に大鳳が真っ先に頼りそうな翔鶴は母港におらず。
代わりに白羽の矢が立ったのがこの場にいる二人のKAN-SENだった。
実は、昨夜のパーティも途中までは三人で一緒に回っていた。
だが、ローンと話すために大鳳が離脱し、二人はその後の流れを離れて見守っていたのだ。
「ローンさん、未起工艦という点では私と同じはずなのに。
やはり特別計画艦は強烈に印象に残る方が多いですね」
「確かに。でも指揮官様の印象に残ることにかけては、この大鳳が――」
「二人とも、話が脱線してるのだ!
明日の大鳳のデートの話なのだぞ!」
話が脇道にそれようとする二人を、雪風の声が引き戻す。
それを聞いた大鳳は慌てて身をただした。
「勿論ですわ。せっかく指揮官様が下さったこの機会。
なんとしても最高のデートにしなくては!」
「気合を入れるのは良いですが、デートプランは指揮官が考えているのでは?」
意気込む大鳳に、駿河が気になっていたことを指摘する。
「甘いですわ駿河。
指揮官様に骨抜きになっていただくためには、この大鳳の魅力を最大限に引き出さなければ!」
「要するに大鳳は、デートに来ていく服の相談がしたいのだ?」
「まあ、それくらいなら構いません。私もデートなんてしたことありませんが」
大鳳が気炎を揚げ、ようやく作戦会議は本題に入ることとなった。
毛色の違う雑誌をいくつも机の上に広げ、三人でのぞき込む。
「指揮官様はパーティでの大鳳の姿に魅力を感じてくださったはず。
やはりゴージャスなセレブのような服装がお好みかしら?」
「うーん? 指揮官はあんまり派手好きって感じはしないのだ」
「そもそも、素面の大鳳さんにあの色気は出せないのでは?」
「うっ」
駿河の指摘はもっともだった。
昨夜の大鳳はしっとりとした色気で指揮官を驚かせた。
だが、肉食モードでデートの作戦を練る今の大鳳にそんな面影は一切ない。
「い、いっそ朝からお酒を飲んで、そのままデートに行けば」
「朝から酔っぱらってるデート相手に魅力を感じますか?」
「それこそ呆れて帰っちゃうんじゃないのか?」
突拍子もない大鳳の案は、二人によって即座に却下された。
その後も、ああでもないこうでもないと議論は続く。
「指揮官様の視線を誘導するためにはだけているこの服。
大人の魅力を出すためには、やはり今以上にインパクトのある格好で」
「普段から肩も胸も背中も全部出しているでしょう。
それ以上は一緒にいる指揮官に恥をかかせるだけですよ」
「むぅ」
やはり大人の魅力という部分がネックとなり、なかなか結論は出ない。
そんな中、大鳳がふと気づく。
「あら、雪風は?」
「そういえば、いつの間にかいない?」
作戦会議に参加していたはずの三人のうち、雪風の姿が忽然と消えていた。
「付き合いきれなくなって帰ったんですかね」
「そ、そんなぁ」
大鳳ががっくりうなだれたその時、ガチャリと扉を開けて雪風が入ってきた。
「ふんふんふーん、うん? 大鳳はどうしたのだ?」
「雪風さんが帰ったのかと思ったんですよ。
一体どこへ行っていたんですか?」
駿河にそう訊かれた雪風は、腕を組み胸を張って答えた。
「指揮官とのデートなんだから指揮官に訊くのが一番!
本人に質問してきたのだ!」
「ししし指揮官様に直接!?
そんな、そんなことはこの大鳳にだってできないのに!?」
「あなたの基準が分からないわ」
取り乱す大鳳にを見て溜息をつく駿河。
そのまま雪風に向き直り、話の続きを促した。
「それで指揮官は何と言っていたんです?」
「ああ! 指揮官にはどんな大鳳が好きか訊いたのだ!
そうしたら『パーティでの姿は素敵だったけど、普段の大鳳もとてもかわいい』
と言っていたのだ!」
「指揮官様、大鳳のことをそこまで――」
「そもそも、翔鶴さんの推薦とはいえ秘書官にするぐらいですからね。
気に入られているのは間違いないでしょう」
雪風の話に感極まった様子の大鳳。
そんな二人を見てしたり顔でうなずく駿河。
結局、無理に大人っぽくする路線は変更することになった。
「とすると、むしろ露出は普段より抑えるほうが良いかもしれませんね」
「それで指揮官様の目をくぎ付けにできるかしら?」
「大鳳はかわいいと思われてるんだから、自信持っていいのだ!」
「し、指揮官様ったら大鳳がか、かわいいなんて」
雪風から伝え聞いた話に再び大鳳が照れ始める。
そのとき、駿河の目がある雑誌のページにとまった。
「これ、良いんじゃありませんか?」
「どれどれなのだ」
「これのことですか? たしかにこれなら――」
◆
そして、デート当日。
母港内の広場にある噴水の前に、指揮官の姿があった。
まず初めにここで待ち合わせをして合流する予定だ。
約束の時間ちょうど、はずむような足取りで大鳳が現れる。
「指揮官様~♡、おはようございま~す♡
お待たせしましたわ」
「いいや、今来たところだよ」
そんな定番のやり取りも予定通りだった。
この待ち合わせに際して、指揮官にはひとつの懸念があった。
大鳳なら待ち合わせの何時間も前に来てもおかしくないということだ。
本人の準備もあるだろうに、指揮官を待たせるわけにはいかないと。
だから、指揮官は待ち合わせ時間ピッタリに来ることを大鳳と約束していた。
大鳳は約束を守り、はやる気持ちを抑えてほんの少しだけ指揮官を待たせたのだ。
「大鳳は私服もかわいいね。そういうファッションも似合ってるし、素敵だよ」
「っ~♡ ありがとうございます。
指揮官様こそ流石のセンス、素晴らしいですわ」
「ありがとう、大鳳」
最終的に大鳳が選んだ服は、レモンイエローのシンプルなワンピースだった。
フリルをあしらった袖と膝下まであるスカートで普段の大鳳とはかなり印象が変わる。
髪型はパーティの時と同じくワンサイドアップだが、その時の雰囲気とも違う。
無邪気さと愛らしさを前面に出した、指揮官が初めて見る大鳳の姿だった。
「やっぱり、大鳳はかわいい」
「もう、指揮官様ったら♡
デートは始まったばかりですわ。
今日一日で、指揮官様は大鳳なしじゃいられなくなりますわよ?」
「ああ、ごめんごめん。出発しようか」
ブラウンのセットアップに身を包んだ指揮官が大鳳の手を引き、二人は歩き出した。
母港の正門で待っていたリムジンは、二人を乗せると音もなく発進する。
幻獣憑きである指揮官のプライベート用にと、宮内省が手配した特注品だった。
続いて、SPたちの乗る車も次々と発進してリムジンを囲む。
「指揮官様、今日はどちらに向かっているのですか?」
「定番だけど、今日は水族館に行こうかと思って。
大鳳は水族館、どう? 好きだったかな?」
「とっても素敵だと思いますわ♡
考えてみればいつも海でお仕事しているのに、魚を見る機会なんてありませんわね」
「出撃中はそれどころじゃないからね」
隣同士、ピタリとくっついて座った二人は今日の予定を話していく。
すると、ある交差点を曲がったところで大鳳が違和感に気付いた。
「あら? 水族館って、こちらの方でしたっけ?」
「ああ、それね」
指揮官が複雑そうな表情で答える。
「庶民院の選挙期間中だからね。
この先で街頭演説会をやってるんで迂回したんだよ。
宮内省の車列で近づくのはあんまりよくないからね」
「指揮官様、ただでさえ軍務で大変なのに。
そんなことまで気を回さなければならないなんて。
お労しいですわ」
「まあ、今日はそんな話はやめよう。そろそろ到着だよ」
そうして、リムジンは音もなく水族館へ滑り込んだ。
運転手が扉を開けると、指揮官が大鳳の手を取って二人で車外に出る。
SPたちは既に周囲に展開し警戒に当たっていた。
「こうやって指揮官様にエスコートして頂けるなんて、夢のようですわ♡」
「まだ今日は始まったばかりだよ、大鳳」
そう言った指揮官が購入済みのチケットを取り出すと、待ち構えていた館長が手ずから入館処理をしてくれた。
二人は館長にあいさつをすると、水族館の中へ足を踏み入れる。
まず目についたのは、サンゴ礁の入った大きな水槽だった。
「まあ、指揮官様! サンゴの周りに綺麗な魚がいっぱいですわ♡」
「本当だ。綺麗だね、大鳳」
色とりどりの魚たちを見て感嘆の声を上げる大鳳。
指揮官はそんな大鳳に賛同すると同時に、普段の大鳳の着物を思い出していた。
だが、今日の大鳳は指揮官のためにいつもと違うワンピースを着てきてくれたのだ。
指揮官は一度首を振ってから、あらためて大鳳に目をやる。
「普段、大鳳たちが海の上にいる時も、海の中にはこんな魚たちがいると思うと。
なんだか不思議な気分ですわ」
楽しそうなその様子を見て、指揮官もほおを緩めるのだった。
その後も様々な展示を見学する指揮官と大鳳。
やがて、この水族館の中でもひと際大きな水槽にたどり着いた。
そこには、重桜でも珍しいジンベエザメが飼育されていた。
「これがジンベエザメ。
すごい大きさですわね、指揮官様♡」
「体長5mだって。これは、本当にすごいな。
間近で見るととんでもない迫力だね」
二人は初めて見るジンベエザメの迫力に圧倒されていた。
自然界のジンベエザメは魚の群れを引き連れ、ときには自分たちが群れることもあるという。
まさしく、この世界の海の雄大さを象徴するようだった。
「でも、大鳳たちの
「そりゃあね。ジンベイザメどころかこの水族館よりも大きいよ」
水槽の中の魚たちを、大鳳はどこかいたわるような目で見ていた。
「セイレーンが暴れて環境がおかしくなれば、魚たちにとっても大変なことでしょう。
守ってあげたいですわね。
あ、でも大鳳が一番守りたいのは指揮官様ですわ!」
「大鳳はやさしいね」
指揮官もまた、そんな大鳳をやさしい目で見守るのだった。
◆
「そろそろランチにしようか、大鳳」
「はい! 指揮官様と一緒の外食、楽しみにしておりましたわ♡」
指揮官が今回、大鳳と交わしていた二つ目の約束が、食事は外食とすることだった。
大鳳なら重箱のお弁当を作って来ても不思議ではないからだ。
大鳳は自分の手料理を食べたくないのかとショックを受けたが、勿論そんなことはない。
手料理ならまた今度、母港で作ってもらうことも約束した。
図らずも指揮官へのさらなるアピールチャンスを手にし、大鳳はご満悦だった。
「ここは、水族館内のレストランですのね」
「ここにはいろんな料理があるんだって。入ろうか」
指揮官が大鳳の手を引いて店内へ入ると、あらかじめ用意された席に案内された。
既に店内にいたSPたちと、すぐ後ろからついてきたSPたちが周囲を固める。
勿論、狙撃できそうなポイントは他のSPたちがそれぞれ警戒していた。
「指揮官様♡、なにをいただきましょうか」
「そうだね、あまりガッツリの気分じゃないけど。大鳳は?」
「ええ、大鳳も軽くにしておこうかと」
もともと二人とも、あまりヘビーな昼食をとるタイプではない。
加えて、デートの雰囲気や水族館という場も考えれば、当然の流れだった。
予想以上に厚いメニューにひと通り目を通し、食べるものを考える。
「このペスカトーレにしようかな」
「大鳳はクラムチャウダーパスタをいただきますわ♡」
偶然にも二人ともパスタを選択しており、さっそく店員を呼び出す。
やってきた店員は緊張の色を隠しきれていなかったが、如才なく注文を取るとあっという間に料理を運んできてくれた。
「「いただきます」」
両手を合わせて料理を食べ始めた二人は、すぐに顔を見合わせた。
「これ、おいしい。大鳳は?」
「本当においしいですわ、指揮官様」
「いや、驚いたね」
ここはあくまで水族館内の、様々な料理を出すレストランだ。
専門のサディア料理店にも負けないパスタが出てくるとは思っておらず、二人は目を見張る。
「最初は、大鳳がお食事を用意したかったですけど。
指揮官様と一緒にこんなにおいしいものが食べられて、今度あらためて大鳳の手料理も味わっていただけるなんて。
幸せすぎてたまりませんわ♡」
「喜んでもらえて嬉しいよ、大鳳」
そうして二人は昼食を終えると、同時にごちそうさまと声をそろえた。
◆
「指揮官様~♡、次はどこへ行きましょう?」
「大鳳が期待してるところだよ」
さっきから大鳳の視線が、ある案内ポスターに吸い寄せられていることに指揮官は気付いていた。
それを聞いた大鳳は思わず赤面する。
「うふふ、お恥ずかしいですわ」
「ステージエリアはこっちだね。行こう」
指揮官は大鳳の手を引くと、ショーが行われるステージの方へ歩き出した。
観客席ではあらかじめ決められた区画に案内され、再びSPたちに囲まれる。
ちょうどタイミングよく、二人が席に着くとすぐに開演時間となった。
「指揮官様、イルカとアシカですわ!
あんなにたくさん、いっぺんに出てくるんですわね!」
「ああ。かわいいね、大鳳」
この水族館のショーはかなり大規模で、開始と同時に現れたイルカとアシカの群れに大鳳は大興奮していた。
無論、そんなかわいい大鳳の隣に座る指揮官も、高揚を隠しきれない。
その後に続く演目も、どれも見ごたえのあるものだった。
例えば、アシカとトレーナのキャッチボール。
「あんな風に口でキャッチできるものなんですわね!」
イルカのスピンやハイジャンプ。
「水中からあんな高さまで!?」
アシカとイルカの群れによる、連続同時輪くぐり。
「すごい! すごいですわ指揮官!」
最後はイルカたちがふたたびハイジャンプを披露し、アシカたちがトレーナーに合わせて観客に手を振ってショーの終わりを告げた。
「みんな可愛らしくて最高でしたわ!
指揮官様もそう思いますよね!」
「ああ。本当にかわいくて、すごかったね。
それにあのトレーナーも、かなりの指揮能力だった」
指揮官としての視点からそう評すると、大鳳は突然わなわなと震えだした。
「し、指揮官様! かわいいってあのトレーナーのことですの!?
大鳳とデート中だというのに他の女性に!」
「違う、そうじゃない」
幸い、大鳳の誤解はすぐに解くことができた。
最後に二人はショップエリアへと足を踏み入れる。
ここにも多くのSPたちが、あくまでさりげなく配置されていた。
「指揮官様~、限定のキーホルダーがありますわ♡
買っていきましょう」
「そうだね。イルカにする? アシカにする?」
「ええと、ひとつずつにすべき? それともどちらかをおそろいで?
ええと――」
大鳳はキーホルダーを前にしばらくうんうん唸っていたが、結局指揮官とのおそろいを優先した。
「指揮官様、イルカとアシカだったらどちらがお好きですか?」
「じゃあ、イルカのキーホルダーを二つ買おうか」
「はい、ありがとうございます指揮官様♡」
そして二人は再びリムジンに乗り込むと、大満足のうちに水族館を後にするのだった。