指揮官と大鳳のヤンデレ日和   作:キズキ

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第五話

水族館を後にした二人は再びリムジンに乗り込み移動した。

少しずつ日が傾いてく中、辿り着いたのは都市を一望できる展望台だった。

 

「まあ指揮官様! 綺麗ですわ~♡」

「そうだね大鳳。間に合ってよかったよ」

 

二人は展望台から景色を見渡す。

街はオレンジ色に美しく照らされ、夕日はその姿を半分ほど隠しつつあった。

しばらくして、大鳳が指揮官の腕を引いた。

 

「指揮官様」

 

大鳳が指揮官の目を覗き込む。

 

「今日は本当に――ありがとうございました。

 今まで生きてきた中で一番幸せな一日でしたわ」

 

そう言って大鳳は、嬉しそうに微笑んだ。

 

「――」

 

指揮官は息をのんだ。

夕焼けの中でなお赤く、赤く輝く大鳳の瞳。

指揮官の視線を吸い寄せて離さない。

それは、指揮官の胸に宿った初めての熱だった。

 

「指揮官様? どうかなさいましたか?」

 

もう一度呼びかけられ、指揮官ははっとしてかぶりを振った。

 

「ああ、いや。大鳳に喜んでもらえてよかったよ。

 また来よう」

「ええ、また♡」

 

そうして二人は、沈んでいく夕日をいつまでも眺めていた。

 

 

翌週。

指揮官の執務室にて。

ざあざあと雨が降りしきる中、秘書艦の大鳳が書類の整理をしていた。

さらに、その場には一航戦の赤城と加賀の姿もある。

 

「せっかく赤城が母校でゆっくりできる日だというのに、指揮官様の方がいないだなんてツイてませんわ」

 

流れるように書類を処理している赤城がそう愚痴をこぼすと、すかさず大鳳が反応した。

 

「そんなに不満なら、指揮官様のお部屋から出て行ってくださってかまいませんよ」

「指揮官様がいないからこそ、少しでも指揮官様の負担を減らしておくんでしょうが。

 これが内助の功というものよ」

「秘・書・艦・の! 大鳳がいるのですけど!」

 

余裕そうに笑って見せる赤城に、大鳳が気炎を揚げる。

すると、それまで黙々と書類をさばいていた加賀が見かねて声を上げた。

 

「二人とも、それくらいにしておけ。

 今日は留守中に指揮官の仕事が増えすぎないように、私たちで出来る分は済ませてしまおうという話だっただろう」

「わかっているわよ」

「わかってますわ」

 

加賀の言葉を聞いた二人はすぐに書類に視線を戻した。

この場の全員、文武両道の優秀なKAN-SENではあるのだ。

軍務においては抜かりない。

 

それから数時間の間、三人は無言で書類と格闘し続けていた。

だが、ふと顔を上げた加賀は時計を見ると一度休憩を入れようと提案した。

 

「流石に(こん)を詰めすぎだな。

 これ以上は効率も下がるばかりだ。

 私が茶を入れてこよう」

「あら、もうこんな時間? お願いして良いかしら、加賀」

「ありがとうございます、加賀さん。助かりますわ」

 

そして執務室を出た加賀は、すぐにお盆を抱えて戻ってきた。

 

「ついでに羊羹も持ってきたぞ。

 ちょうど作ったばかりのものがあったからな」

「あら嬉しい。さすがは加賀、気が利くわね」

「ええ、加賀さんの和菓子は絶品ですもの」

 

戦闘狂でありながら和菓子作りを特技とする加賀の言葉に、部屋に残っていた二人が喜色をたたえる。

ちなみに。

加賀の好物は強者と和菓子だが、赤城の好物は指揮官と「加賀の和菓子」である。

指揮官以外にも大概に情の深い女であった。

 

「「「いただきます」」」

 

三人はそれぞれのペースで、ほうじ茶と羊羹に口をつけていく。

 

「そういえば」

 

そうして半分ほど食べ進めた頃。

まるで今思い出したかのように、赤城が大鳳に話しかけた。

 

「貴方、指揮官様とデートに行ってきたのよね?」

「ええ、最高の一日を過ごしてきましたわ」

 

ふふん、と胸を張る大鳳だが、赤城は意に介さない。

それに違和感を覚える大鳳に対して、赤城はさらに言葉を重ねた。

 

「ふーん、“一日”ねぇ」

「何が言いたいんです?」

 

ここにきて大鳳も、赤城が自分を羨ましがっているだけではないことに気付く。

今度は赤城が胸を張って続ける。

 

「別に、大鳳は夜も更ける前に帰ってきて“一日”なんでしょう?

 一緒に温泉旅館に泊まった赤城とは違うのね、と思っただけよ」

「お泊り――!?」

 

戦慄する大鳳に対して、今度は赤城が勝ちほこる番だった。

赤城の趣味は温泉なので、付き合いの長い指揮官が同行した経験があっても、それほどおかしくはないのだが――。

 

「ふふ、これでは指揮官様のお相手はもう、決まったも同然ね」

「そんな、そんなものは、大鳳にだってまだまだチャンスが」

「これを見なさい。

 赤城たちでは処理できないたぐいの書類よ」

 

既に三人とも、湯呑も皿も空っぽになっている。

赤城は先ほど確認したばかりの書類を取り出した。

 

「“指揮官とKAN-SENのケッコンについて”、ですって――!?」

「指揮官様はメンタルキューブとの共鳴に耐えられる、世界で唯一のキューブ適正者。

 そんな指揮官様とKAN-SENの間に特別な心の結びつきが生まれれば、限界を超えた力が得られる。

 ずっと進められていた研究の結論がとうとう出たようね」

「指揮官様が、すぐにケッコン相手を決めると?」

 

わなわなと震える大鳳に、赤城は余裕そうに返した。

 

「どうかしらね。

 セイレーンとの戦いは小康状態とはいえ、決して油断できる状況ではないわ。

 その上アズールレーンとも対立しているのだから、戦力はあるに越したことはないでしょう。

 あとは指揮官様の判断よ」

「くっ」

 

確かに、指揮官は色恋についてはハッキリ「よく分からない」と言っている。

ともすれば、自身のケッコンさえも戦力増強のためにおこなってしまうかもしれない。

勿論、ケッコンには相手の意思も必要だが――残念なことに、指揮官と結婚したがっているKAN-SENは世界中にいくらでもいるのだ。

 

「そう考えれば、一番可哀想なのはアズールレーン側の娘たちかしら。

 彼女たちが指揮官様と結ばれるチャンスなんて、万に一つもありはしないのだから。

 もっとも、誰にチャンスがあったところで勝つのはこの赤城だけれど」

 

ふふふ、と笑みを浮かべる赤城とは対照的に、大鳳の胸中には焦りが渦巻いていた。

指揮官からデートに誘われた、確かにそれはアドバンテージではある。

だがデート自体は一度だけだし、赤城のようにお泊りもしていない。

そもそも根本的に、大鳳はこの母港に着任したばかり。

指揮官と知り合ってまだ1か月も経っていないのだ。

 

「大鳳は、大鳳、は」

 

すっかり意気を失った大鳳がうなだれていると、流石に加賀がフォローに入った。

 

「まあ、そう気を落とすな。

 まだ何も勝負がついたわけじゃあない。

 私だって“加賀が好き”だと何度も言ってもらっているしな」

 

加賀がお茶のお代わりを注ぎながらそう言うと、赤城からツッコミが入る。

 

「それはこのお茶の名前でしょう。

 赤城たちの艦名が地名に由来するからって、一人で良い思いをして」

 

赤城が思わずジト目になるが、一方の加賀はどこ吹く風だ。

そんな二人のやり取りに、大鳳もほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 

「ともかく、今日の所はこの書類を片付けてしまいましょう」

「言われるまでもないわ」

「ああ、あと一息だ」

 

そうして、指揮官にしか処理できない一部の書類を除き。

その日の書類仕事を全て片付け、三人は夕食前に執務室を後にした。

 

 

同日。

東京、宮城(きゅうじょう)にて。

この日の指揮官はKAN-SENたちの指導者として、この場所を訪れたわけではなかった。

ひとりで歩を進める指揮官は、やがて最奥部の会議室へたどり着いた。

 

「失礼、お待たせしてしまいましたか」

 

音もなく室内へ滑り込んだ指揮官が周囲を見渡すと、既に他の参加者の姿が揃っていた。

ただし、それは会議室へ集まっていることを意味しない。

指揮官以外の席には水鏡が置かれており、その上に出席者たちの姿が立体映像のように浮かび上がっていた。

 

“構わぬ、刻限までまだ猶予がある。

 そもそも、一人だけ生身で移動せねばならんのだ。

 遅れさえしなければ責め立てたりはせぬよ”

“鳳凰公も到着したことです。

 少々早いですが始めてしまいましょう”

 

バサリ、と指揮官が翼を広げ、巨大な鉤爪で床を踏みしめる。

見れば他の参加者たちも、紺碧のウロコや白銀の虎耳などを誇示している。

会議の出席者たちは全員、重桜のケモノ憑きの中でも特別な存在――幻獣憑きなのだ。

 

すなわち、重桜最高権威。

重神会議。

 

“まずは俗世の問題を片付けねばならんな。

 今回の庶民院選挙、第一党の保守党が過半数の議席を獲得した。

 よって、憲政の常道にのっとり党首を首相に指名し、組閣を命ずるものとする”

“““異議なし”””

「異議なし」

 

そのほんの短い、一瞬ともいえるようなやり取りによって。

重桜の行政の、表向きの代表者が決まった。

 

“最近は話が早いな。

 庶民院選挙も、もはや会議の切っ掛けに過ぎぬか”

“我らがあまり手を出さずとも済むのなら、それに越したことはありますまい”

“左様。特に幽世に在る我らと違い、現世の鳳凰公をあまり呼び出すわけにもいかぬ”

「お戯れを。

 上位世界にてエックスの進行を食い止めておられるお歴々に比べれば、私のごとき若輩者の働きは苦労のうちにも入りません」

 

指揮官はそう謙遜するが、他の参加者からは一笑に付される。

 

“何を言う。

 お主とて力の大半を幽世に送り込んでおろう。

 その上我ら重桜にも浸透しようとしていたセイレーンどもの蠢動をひとりで焼き払ったではないか”

“左様。我らの留守を狙う不届き者どもより重桜を守りし功績、忘れはせぬぞ”

「恐縮です」

 

指揮官はこの会議の参加者たちの中で桁違いに若いが、身分の上下はない。

自分より100倍長く生きている者すらいる会議の中で、いつも言葉遣いに苦慮する指揮官だった。

 

“ところで鳳凰公よ、お主にケッコンの話があるそうではないか”

「え、ええ。確かにそのような話が上がってきております。

 KAN-SENが限界を超えた力を得るための切っ掛けになりうると。

 ただ、人間同士の物とは意味が違うようですが」

“何も違いはせぬ。

 今更あの娘たちをヒトとも思わぬものなど重桜にはおるまい”

“左様。そして鳳凰公、我らにとって結婚とは特別な意味がある。

 市井のそれとは比べ物にならぬほどに。

 それはわかっておろうな”

「カミである我らの伴侶となる者は、我らとともに永遠を生きる者となる。

 もちろん承知しております」

 

そう、幻獣憑きは現人神であり、寿命がないのだ。

そしてその伴侶となる者もまた、神性を宿すこととなる。

だからこそ、幻獣憑きは極めて重大な意味を持つのだ。

 

“そもそも戸籍もない我らのこと、手続き上の違いなど何の意味もあるまい。

 相手がKAN-SENであろうと、ケッコンした時点でお主の半身となるはずだ。

 そうだな――武蔵などはどうだ。

 お主もよく懐いておったろう”

“よさぬか下世話な。

 KAN-SENは『死』さえも状態のひとつに過ぎぬのだ。

 普通の人間相手ほど深刻にとらえることもなかろう。

 そもそも人に言われて伴侶を決めた幻獣憑きが一人でもおったか”

“左様。鳳凰公も時期が来れば、自然と相手が分かろうて”

 

参加者の言うとおり、幻獣憑きの結婚は薦められてするようなものではない。

伴侶となる相手は自ずから理解できるものなのだ。

 

「時期が来れば、自然と――」

 

思わず呟いた指揮官だったが、それを他の参加者たちは聞き逃さなかった。

 

“ほう! その様子では、もう心に決めた相手がいるようではないか”

“これは目出度い! 久方振りの慶事である”

「はっ! い、いえ、それは」

 

動揺する指揮官だったが、周囲からはすっかりほほえましく見られていた。

 

“鳳凰公よ、本当は自分でも分かっておるはずだ。

 ただ初めての感覚に戸惑っておるだけであろう。

 とはいえ、相手のことは早く安心させてやるべきぞ”

「――はい、必ず」

 

何かを決意したようにうなずく指揮官に、他の参加者たちも満足げだ。

その後も対エックス戦略、対セイレーン戦略について話し合いがもたれたが。

最後まで、指揮官を見守る生暖かい視線が消えることはなかった。

 

 

同日、深夜。

母港の自室でうたた寝をしていた大鳳は、はっと目を覚ました。

 

「いけない! 指揮官様をお出迎えしなくては」

 

夜更かしが苦手な大鳳が無理に待っていることはないと、指揮官が事前に言い含めたのだが。

それを聞いて、はい分かりましたと一人で寝ている大鳳ではないのである。

うたた寝はしてしまったが。

 

「指揮官様! ただいま大鳳が参ります!」

 

そう言って部屋を飛び出した大鳳だったが、すぐに急ブレーキをかけて立ち止まる。

彼女の視界の隅に映ったのは。

 

「指揮官様、と――赤城、さん?」

 

二人が連れ立って、部屋の中に消えていく光景だった。

大鳳は茫然自失してその場に立ち尽くす。

 

次の日。

大鳳は部屋から出てこなかった。

 

 

「大鳳ちゃん、出てきてください。

 秘書艦の仕事を誰かに取られちゃってもいいんですか?」

 

廊下から翔鶴が呼び掛けているのだが、大鳳の部屋からは物音一つしなかった。

 

「せめて具合が悪いなら悪いと言ってくれればいいですから」

 

それとも、それすらできないほどの非常事態なのか。

翔鶴の中で悪い想像が膨らんでいく。

大鳳を心配しながら執務中の指揮官に連絡して許可を取ると、駆け足でマスターキーを持ってきた。

 

「開けますよ、大鳳ちゃん――」

 

ガチャ。

翔鶴が扉を開ける。

明かりひとつない部屋へ踏み入り目を凝らすと、大鳳がベッドの上で丸くなっているのが見えた。

 

「大鳳ちゃん、大丈夫ですか?」

 

翔鶴が改めて声をかけると、大鳳はのそり、と顔を向けた。

 

「――!」

 

翔鶴は絶句した。

大鳳の表情が見たこともない――まるで世界が既に終わってしまった後のような――幽鬼のような表情だったからだ。

 

「ど、どうしたんですか!? やっぱりどこか悪いんですか!?」

 

慌てる翔鶴をよそに、大鳳がかすれた声でつぶやく。

 

「――指揮官様、が」

「指揮官様が、どうかしたんですか?」

「赤城さん、の、部屋に――」

「は?」

 

思わず怒気を交えた声を上げてしまった翔鶴は、慌てて大鳳をいたわりながら事の次第を聞き出した。

 

「深夜に? 二人で? 先輩の部屋に?」

「きっと、二人はケッコンするんです。もう、全部おしまいだわ」

 

どんどん表情が険しくなっていく翔鶴とは対照的に、大鳳の顔は絶望に染まったままだ。

 

「大鳳ちゃん」

 

翔鶴は大鳳の目を見つめ、改めて告げる。

 

「私は、大鳳ちゃんになら指揮官を任せられるんじゃないか――その可能性に欠けて秘書艦を譲りました。

 その判断は、今でも間違っていなかったと思っています」

「翔鶴さん」

 

うつろな表情のままの大鳳に、翔鶴が続ける。

 

「確かに赤城先輩は、指揮官とは長い付き合いです。

 穢れの影との戦い以来ですからもう10年、15年にもなるでしょう。

 でも逆に言えば先輩は、それだけの時間があっても指揮官の心を射止められなかったんですよ。

 大鳳ちゃん。

 指揮官は私たちの大切な指揮官で、私たちは指揮官の大切なKAN-SENですけど。

 指揮官はどこか儚いというか、ときどき、まるでここにいないような――瞬きした拍子に消えてしまいそうな気がしますよね?

 だから私、指揮官が大鳳ちゃんをデートに誘った時、本当に驚いたんです。

 そんなこと、今まで一度もなかったから」

 

翔鶴はそういうと、部屋を出ようと立ち上がる。

そして扉を開ける直前に、再び大鳳に声をかけた。

 

「まだ何も終わってなんかいません。

 だから希望を捨てないで」

「希望、を。大鳳が、本当に――?」

 

翔鶴は力強くうなずくと、そのまま部屋から出て行った。

しかし、大鳳はまだ迷っている。

絶望するばかりではなくなっても、今度不安に押しつぶされそうで。

胸が苦しくて苦しくて、起き上がることができない。

つまるところ。

この部屋から大鳳を連れ出す役目は、他の人物のものなのだ。

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