六月吉日、朝。
母港のとある一室にて。
大鳳は鏡の中に座る自分自身と目を合わせた。
何度確認しても、自分が夢の中にいるように感じてしまう。
コンコンコン
「どうぞ」
「大鳳ちゃん」
ノックの後に入室してきたのは、五航戦の空母・翔鶴。
大鳳が今日という日を迎えられた、立役者の一人だ。
「――綺麗。これが手作りだなんて」
「指揮官様と結ばれるのですもの。私の手で最高の準備をしなければいけませんわ」
そう答える大鳳が纏っているのは、純白のウェディングドレスだった。
背中や肩をすべて出した大胆な上半身に、腰までスリットの入ったロングスカート。
大鳳自身がデザインした、指揮官のための花嫁の衣装。
今日は、指揮官と大鳳の結婚式だ。
◆
母港のホールを利用した結婚式場に、重桜の仲間たちと鉄血の賓客たちが集っていた。
司会兼神父役として待機しているのは、黒髪をサイドテールにした獣耳の嫋やかな美女。
――世にも珍しい航空戦艦の扶桑である。
社家であり宮司でもある彼女だが、洋風の結婚式の進行を喜んで引き受けてくれた。
「新婦の入場です。皆様、盛大な拍手でお迎えください」
大鳳がホールの扉を開くと、祭壇で待つ指揮官が真っ先に目に飛び込んできた。
思わず駆け出したくなるのをこらえ、大鳳を一歩ずつ歩を進める。
当然父親も母親もいないが、大鳳の従姉を自認する翔鶴がそばに付いてくれていた。
左右には、二人を祝福してくれるKAN-SENたちが並んでいる。
バージンロードとは、花嫁のこれまでの人生を表すものという。
無い方がマシだと思っていた過去も、今日という日に繋がったのであれば悪くない。
参列席で微笑むローンとふと目があった大鳳は、自分の中の劣等感が随分軽くなっていることに気付いた。
そして、終点にたどり着く。
「――」
指揮官と大鳳が無言で向かい合うと、扶桑が指揮官に向けて誓いの言葉を読み上げる。
「新郎は新婦を妻とし、
病める時も健やかなる時も、
富める時も貧しき時も、
彼女を愛し、慈しみ、守り続けることを誓いますか?」
「誓います」
指揮官が力強く答えると、次は大鳳の番だ。
「新婦は新郎を夫とし、
病める時も健やかなる時も、
富める時も貧しき時も、
彼を愛し、慈しみ、守り続けることを誓いますか?」
「誓います」
大鳳は声が震えないよう気を付けながら、はっきりと誓いを述べた。
そして指揮官は指輪を取り出すと、大鳳の薬指にそっと嵌めた。
次は大鳳から指揮官へ。
今度ばかりは大鳳も、手の震えを押さえることができなかった。
「――」
指揮官が一歩前に出る。
扶桑が何か言っているようだったが、大鳳の耳には入っていなかった。
そのまま大鳳の肩に手を置くと、指揮官の顔がゆっくり近づいてくる。
◆
気が付くと指揮官は、暗い海底のような空間に立っていた。
「此処は」
確か自分は結婚式の最中、誓いのキスを――。
そこまで考えたところで、大鳳の声が響いた。
(指揮官様、指揮官様!)
「大鳳?」
いや、それは声ではなかった。
指揮官と大鳳の魂が繋がったことで流れ込んだ、大鳳の心の裡だ。
(指揮官様、好きです! 愛しています!
どうか大鳳と一緒にいて!
指揮官様のそばでないと、大鳳は――!)
それは彼女の奥底にある、愛に飢えた本能の叫びだ。
例え過去から来る劣等感が薄まろうと、愛が要らなくなるわけがない。
むしろ指揮官から選ばれた今の大鳳は、さらなる愛を望むようになっていた。
「大鳳、こんなにも、寂しかったのか」
それは、降臨の瞬間から多くの人に愛された指揮官にとって、全くの未知だった。
生まれて初めて心臓を鷲掴みにされるような感覚を味わい、意識が明滅する。
「大鳳、大鳳! 一緒にいる!
ずっと、ずっと一緒にいるから!」
虚空へ――いや、この心の持ち主である大鳳へ向けて叫ぶ。
すると、どこからか暖かな感覚が流れてきて、指揮官の視界は白く染まっていった。
◆
「――っ」
永遠にも感じる一瞬の後、再び指揮官の顔が離れた。
夢見心地な大鳳の意識の中で、指揮官の掌の感触がここが現実だと教えてくれる。
「皆様、新郎新婦に、改めて盛大な拍手をお願いします」
仲間たちの祝福の拍手が、式場いっぱいに鳴り響いた。
「指揮官様」
大鳳を感極まって口を開いた。
「大鳳は、世界で一番幸せです」
「――ああ」
感極まったのは、指揮官も同じ。
それ以上言葉を続けることができず、大鳳をひしと抱き寄せた。
ますます大きくなる拍手の音が、いつまでも二人を包んでいた。
◆
同日。
披露宴会場にて。
ウェディングケーキへの入刀を済ませ、二人は仲良くケーキを頬張っていた。
「指揮官、大鳳。ご結婚おめでとうございます」
そんな二人に祝福の言葉を贈ったのは、鉄血からの客人にして大鳳の友人・ローンだ。
「今日はとっても幸せそう。
大鳳、答えは見つかりましたか?」
「ええ、貴方にもお礼を言わないとね、ローン」
わずかなやり取りで通じ合う二人に対し、指揮官は?マークを浮かべる。
すると、席に戻るローンと入れ替わりに新たに近づいてくる人影があった。
「指揮官様、ご結婚おめでとうございます」
「指揮官、結婚おめでとう」
重桜の仲間である赤城と、鉄血の使節代表プリンツ・オイゲンである。
「ありがとう、二人とも」
この二人は別段、プライベートでそこまで付き合いがあるわけではない。
けれど今だけは、泣き叫びたい衝動を押し殺す同志だった。
それが分かっているから大鳳も、自分の名が呼ばれないことに怒ったりはしない。
そこへ、赤城の後を追って加賀もやってきた。
「お前のことだから心配ないだろうが、末永く幸せにな」
「――大鳳、今回はお前の勝ちよ」
すると赤城が、今度は大鳳へ声をかける。
「必ず指揮官様を幸せにしなさい。分かっているわね」
「勿論。必ず二人で幸せになります」
それを聞いた赤城は、張り詰めていた表情をふっと緩める。
そして三人は、長居することなく席に戻った。
ヤケ酒宣言をするオイゲンを、加賀が必死に止めているのが見える。
それからも、多くの仲間たちが二人を祝福してくれて。
ひと通り順番が回るころには、すっかり日が暮れていた。
◆
同日。
寝室にて。
「すっかり遅くなってしまいましたわね」
「ああ。でも、最高の一日だった」
そう言いつつも、まだ一日は終わっていない。
夜更かしが苦手な大鳳も、今日ばかりは眠そうな様子を見せない。
「大鳳」
指揮官が呼び掛ける。
「今日、大鳳の心を見た」
「――やっぱり。あれは夢じゃなかったんですわね」
大鳳もまた、指揮官と魂が繋がった瞬間を認識していた。
もっとも、指揮官ほどはっきりした意識の中で知覚したわけではなかったが。
「大鳳。これから先、ずっと大鳳のそばにいる。
絶対に離れないし、離さない」
「ありがとうございます、指揮官様。
大鳳は本当に嬉しいです」
そして大鳳は、一日の締めくくりを始める言葉を告げる。
「指揮官様。このドレス、なるべく脱がしやすく作ってあるんです。
脱がせてくださいますか?」
「喜んで」
それ以上の言葉は必要なく。
そうして、二人の影が一つに重なった。
◆
遠い、遠い未来。
指揮官邸にて。
敷地内にある離宮のひとつに、巡洋戦艦・天城の姿があった。
彼女のリュウコツの欠陥は結局完治することなく。
戦争が終わってからずっと、ここで療養生活を送っている。
「天城姉様、お具合はどうですか?」
「天城さん、調子が悪くなったらすぐに言ってくれ」
そして、天城の付き添いとして、赤城と加賀もこの離宮に住んでいた。
今日は春の陽気が心地良いため、中庭でお茶とお菓子を頂いている。
「二人とも心配し過ぎです。
戦いが終わってから、私が体調を崩したことなんて一度もなかったでしょう?」
「それは、そうですけれど」
「それでも心配なものは心配です」
かつて天城が倒れた時、その場にいたのは幼い赤城と加賀だった。
もし指揮官が遊びに来ていなければどうなっていたか。
それを考えれば、二人の不安が言葉や理屈で拭えないのは当然だった。
「お邪魔するよ。天城、赤城、加賀」
そこへやってきたのは、指揮官と大鳳だ。
二人も同じ敷地内に住んでいる以上、日常的に顔を合わせていた。
実は他の仲間たちもひっきりなしに訪ねてくるのだが、今日の来客は二人だけだ。
「いらっしゃいませ、指揮官様」
「ふふふ、私たちは一緒に暮らす家族のようなものじゃありませんか。
そうだ指揮官様、今からでも赤城と本当の家族に」
「――赤城」
赤城の声を遮ったのは、当然ながら大鳳だった。
「い、いやだわ奥様。冗談、冗談よ」
「まったく、油断も隙もない」
違ったのは、その声色。
かつて赤城から小娘呼ばわりされた大鳳だが、今では大和型戦艦にも引けを取らない威厳ある態度を使い分けられるようになっていた。
「そこまでにしてくれ。
ほら、今日も羊羹を作っておいたぞ」
加賀が二人にもお菓子を出してくれれば、緊張した雰囲気はすぐに霧散した。
「ありがとう、加賀」
「ありがとうございます」
二人は加賀に礼を言うとぴったり隣り合って座り、全く同じ動作でお茶を飲み始めた。
その仲睦まじい様子を見れば、誰も割って入れないことは明らかだった。
「ふふふ」
天城が思わず笑みをこぼす。
妹の赤城には悪いが、命の恩人の本当に幸せそうな姿を見るのは、彼女の日々の楽しみだった。
「ずっとこんな日が続けばいいですね」
思わず天城はそう口にする。
キョトンと同じ表情をする指揮官と大鳳に、今度は声をあげて笑ってしまった。
◆
「そろそろ戻ろうか、大鳳」
「はい、そろそろお夕飯の支度をしませんと」
しばしのお茶会の後、天城たち三人は屋内へ戻った。
続いて立ち上がった指揮官が、両腕で大鳳を抱え上げた。
「あ、指揮官様♡」
「飛ぶよ、大鳳」
指揮官は大きな翼をバサリと翻すと、大鳳をお姫様抱っこしたまま空へ舞い上がった。
二人が結婚したころからずっと続いている習慣だが、大鳳は何年たっても慣れた様子がない。
というよりも、慣れてなおイチャイチャしているというべきか。
指揮官もまた、愛おしさを込めてくり返し大鳳の名を呼ぶ。
短い空の旅のさなか、指揮官はふと思いついていつかの問いを繰り返した。
「大鳳。今、幸せかい?」
大鳳は当然、満面の笑みでこう答える。
「勿論ですわ!」
世界をかけた戦いが終わり、愛し合う二人は幸せに暮らしている。
ならばこの日々は、永遠に続いていくのだろう――。