日は落ち、すでに深夜とも言える時間。巨木の前が一瞬光り、そこに人影が現れた。その人影は少しの間空中に浮いていたがゆっくりと降下しだした。人影は身動きせず、まるで眠っているようだった。降下を続け巨木、この地に住まうものからは世界樹と呼ばれる物の前に作られた広場に降り立つ。
浮遊感が無くなり足が地に着く。遠のいていた意識も覚醒しだすが目覚めたばかりだからか頭は鈍い。目を開け正面を見てみると西洋風な町並みであり、どこかで見たことがあるような風景だった。ところどころ記憶が抜けているようで思い出せないことがある。
「ここはいったい・・・・っ!」
目前に広がる町並みを思い出そうと記憶を探っていたが、全方位から急接近してくる魔法使いの気配に気づき臨戦態勢を整える。この場から去る事も考えたがすでに補足されているだろうしこの状況が分かるかも知れない。『完全なる世界』は自分の幸福を見せる世界。ならば状況が分からない何てことは起こりえないだろう。なのでこちらに向かってくる魔法使い達から情報を手に入れればいいと判断した。念のためフードをかぶり解除していた変身魔法をかけ直す。そろそろ見えると思ったとき懐かしい気配が混じっていることに気がついた。この気配はたしか。
「こんばんわ。ここでは見たことないんだけど一体君は何者なのかな?」
そう彼は高畑・T・タカミチ。『赤き翼』のメンバーで一緒にいた時間は短かったが友人と言える人物。そして麻帆良学園の最高戦力の一人。その周りには見覚えのある魔法使い達。ただし記憶よりも若いが。それにしても何者かとはどういうことだろう。いくらフードをかぶっているとはいえ麻帆良襲撃時に戦った相手の事が分からないのだろうか。
「分からないのか?」
「ん?分からないのかとはどういう事かい?君とは初対面のはずだけど。よかったら顔を見せてもらえるかな」
やはりおかしい。それにタカミチがいるということはここは麻帆良のようだ。オスティアのゲートが誤作動でも起こしたのだろうか。考えても埒があかない。別にルキだとバレても問題はない。彼らを相手にしても蹴散らすくらい容易い。
「俺はルキです」
フードを下ろし素顔を晒す。それを見たタカミチは一瞬驚いた顔をしたがすぐに戻る。
「ルキ君か。僕はタカミチ・T・高畑。この麻帆良学園の教師だよ」
どういうことか俺の顔に反応したが、名前には反応しなかった。あの時も名乗っていたし俺の名前は自分で言うのもなんだが有名だ。剣闘士として、賞金首として。他の魔法使い達も特に反応していない。さてどういうことか余計に分からなくなった。俺のことを知らないということはまさか過去か別の世界にでも来てしまったのか。
「えーと、ルキ君?聞こえてるかい」
「え、ああ。すみません、少々考え事をしていました」
「なら、あらためて聞くけど一体何の用でこの麻帆良に?ここに直接転移することなんてできないはずなんだけど」
「すみませんが俺もよく分からないんです。信じられないでしょうが気がついたらここにいたので」
「うーん、困ったな。すまないが学園長のところまでついて来てもらえるかな?」
「な、高畑先生!このような不審人物を学園長のもとまで連れて行くなど危険です!」
「高音君、危険があるかどうか確認するため学園長のところに行くんだよ」
「そ、そうでしたか。すみません」
「すまないね。一緒に来てもらえるかな?」
恐らく影使いだろう魔法使いの一人が食い下がってきたがタカミチに止められた。もし考えてる通りの状況ならそこまで危険はないだろう。周りの魔法使いが気になるがタカミチなら悪いようにはしまい。
「分かりました。こちらとしても状況把握をしたいので」
「じゃあ行こうか」
そう言って歩き出すタカミチの後ろを付いて行った。途中電話で何か話しているようだったが学園長にでも連絡しているのだろう。夜なので昼間と比べると少ないだろうがそれでも十分人がいる。タカミチに西暦を聞くと不思議そうにしていたが教えてもらうと約9年前のようで、信じられないがやはり何らかの事故で過去へ戻ってきているようだ。しばらく歩き学園長室と書かれたプレートがある部屋の前に着いた。
「さぁ、着いたよ」
タカミチはそう俺に話しかけ扉をノックする。
「高畑です。ルキ君を連れてきました」
「入りなさい」
入室を許可する声が聞こえたため、扉を開け部屋に足を踏み入れる。するとそこには金髪の少女とどう見ても日本の妖怪であるぬらりひょんにしか見えない老人がいた。
「ヒョ、お主何か失礼なことを考えてはおらんかの?」
「気のせいでしょう」
鋭い老人だ、さすがは関東魔法協会の理事。それにしても金髪の少女は何に驚いているのだろうか。目を擦って再度こちらを確認してきたが。襲撃時には遭遇もしなかったはずだし、恐らく過去に戻ってきた今の自分の姿を知る者はいないはず。
「まあよい。さてルキ君じゃったな。何故ここにいるか分からないと言っておったが、これだけは確認しておくぞ。この麻帆良に害をもたらすつもりはあるのかのう?」
先ほどの好々爺とした態度から急激に鋭い歴戦の猛者といった雰囲気に変わったがもう麻帆良に用は無いし過去に戻ったのだとしても再度彼らに協力するつもりはない。なので目を逸らさずこちらも見返す。とっさに彼らと出たが誰のことか思い出せないがこれも『完全なる世界』ではなく麻帆良に現れたことに関係あるのか。
「有りません」
「フォッフォッフォ。そうかならば信じよう」
「学園長、いいんですか?」
「構わん。ルキ君の目は嘘をついてはおらん」
「そうですか。学園長がそういうなら」
「すまんの。それではルキ君についてじゃが。本国に問い合わせてみたがお主の情報は何一つ無かった。これはどういうことかのう?」
「っ!そうなんですか学園長」
「ああ、そうじゃ」
その言葉を聞いたタカミチはこちらに鋭い視線を向ける。そもそも偽名で名乗っているだけだから調べられば分かることだ。しかし本名を名乗るわけにはいかない。ここが過去だとするならネギ・スプリングフィールドが二人いることになる。英雄の息子と同姓同名など余計に怪しい。とりあえずは誤魔化すしかない。
「まぁそうでしょう。ルキとは自分で名乗っているだけなので。本名は捨てました。今更名乗るものではないので」
「捨てたって、何があったのかい?」
心配そうにこちらを気遣うタカミチに変わらないなと思った。
「まあ色々と。それにいくつか思い出せないことがあるんで。だから答えようがないです」
「・・・・記憶喪失か」
「そのようです」
「ふむ、ならばルキ君。ここで働いてみないかのう?」
「どういうことですか?」
「なに、困っている若者を助けてやるのも大人の仕事じゃ」
恐らく監視も兼ねているのだろうが嘘をついているようには見えない。タカミチの方も特に反対は無いみたいだ。
「ちなみに、何の仕事を?」
「警備員と今度やってくる新任教師の補佐じゃな」
「警備員はともかく新任教師の補佐なんてやったこと無いのですが」
「なーに、心配はいらん。その教師はまだ若く足りないところがあるだろうからその辺を補佐してくれれば構わんよ。もちろん両方とも報酬は払うぞい」
「・・・俺は18歳なんですけど」
「うむ、問題ない。なぜならば新任教師は数えで10歳じゃからの」
10歳に教師をやらせるってどういうことだ。しかも数えで10歳ということは実際は9歳か、正気の沙汰とは思えないんだが。しかし生きていくためには金がかかる。多く貰えるならそれはそれでいい。
「分かりました。二つとも受けます」
「そうかそうか。ならば住むとこr「おい、じじい」なんじゃエヴァ」
いままで黙っていた金髪の少女、エヴァンジェリンが学園長の言葉を遮りルキを指差す。
「こいつを警備員に入れるのはいいが実力も試さずにどうする」
「そうじゃのう。ならばガンドルフィーニ君にで相手してもらうか」
「アホか。あのガングロではこいつの力を測ることなんてできんだろうが」
こちらの実力は大まかに分かっているみたいだ。さすがは『闇の福音』。最強クラスの魔法使いは伊達じゃない。
「ふむ、ではどうするんじゃ?」
「私が直々に相手をしてやろう」
「それは良いが、何故じゃ?」
「こいつの顔を見るとなんだかムカつく奴を思い出す。だからボコる」
なんて理不尽な。だが負けるつもりは無い。それにしても『闇の福音』とはこんなに子供っぽいのか。直接姿を見る初めてだが伝え聞く姿との差に驚いてしまったが精神は肉体に影響を受けるのか。少々子供っぽい気がする。
「エヴァよ。それはちと理不尽じゃないかの」
「ふん、ムカつく顔をしているのが悪い」
「仕方ない、タカミチ君。ついて行ってくれんか」
「分かりました。エヴァもやりすぎないでくれよ?」
「死なない程度にはな。とりあえず私の別荘に行くぞ。あそこなら私の魔力もある程度は戻るし被害を気にしなくていい」
そう言って歩き出したエヴァンジェリンを追いかける。森を抜けログハウスに着いた。エヴァンジェリンはこちらを振り向くことなくそのままログハウスに入る。中に誰かいたようで彼女は誰かと話している。
「お帰りなさいませ。マスター」
「ああ、今帰った。だがすぐ別荘に向かう」
「分かりました」
彼女に続き中に入るとそこにはロボがいた。
「ロ、ロボ?」
「ん?ああ、こいつは私の従者で茶々丸だ」
「初めまして、マスターの従者で絡繰茶々丸といいます。どうぞよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、俺はルキです」
「挨拶は終わったか?なら行くぞ」
エヴァンジェリンと共にログハウスの地下へ向かうとそこには建物の入った巨大なフラスコ
があった。
「では魔法陣の上に乗れ」
「分かりました」
彼女の指示に従い魔法陣の上に全員が乗ると魔法陣が光り、塔の上に転移した。奥の広場に続く道はあるもののこの高さで手すりが無いのはどうかと思う。彼女に続き広場まで移動じた。
「さて、殺るぞ!」
振り向きざまに魔法の射手を無詠唱で打ち込んできた彼女の顔はいい笑顔をしている。
「いきなりですね」
もちろんそんな魔法では傷一つ付けられないが。魔法の射手を障壁で防ごうとしたが障壁に衝撃は来ず霧散した。そのことに違和感を覚えたがとりあえずは戦闘に注意しようと何食わぬ顔で佇むルキを見てエヴァンジェリンは更に笑みを深める。
「このぐらいただの挨拶だ。それよりもその顔でその言葉使いは違和感がハンパない。敬語を使うな。イライラする」
顔と言葉遣いに何の関係があるんだ。丁寧に話して何が悪い。流石に酷くないか?エヴァンジェリンの所業を見ていたタカミチはやれやれの苦笑している。今更仕方ないということか。
「そう言うなら。しかしそれは差別じゃないか?」
こちらも挨拶変わりに魔法の射手を無詠唱で打ち込むが障壁に防がれる。
「ふん。私の勝手だ。それよりそろそろ挨拶は終わりにして本番と行こうか!」
エヴァンジェリンは無詠唱の魔法の射手で牽制し後方に距離を取りながら呪文を詠唱する。詠唱の内容から闇の吹雪と判断し多重障壁を展開。こちらも呪文詠唱に入る。先に詠唱を終わらせたエヴァンジェリンが闇の吹雪を放つが、アーウェルンクスシリーズの障壁以上の強度を誇る俺の多重障壁を破るには至らず、直撃によってできた吹雪に紛れ上空に移動する。今度はちゃんと衝撃を感じたことに先ほどの事は自分の勘違いであると判断し忘れることにする。吹雪の動きでどこに移動したかすぐに分かるだろうがその一瞬の隙に上から奈落の業火を叩きつける。それに慌てず瞬動で回避したエヴァンジェリンの出現位置に虚空瞬動で一気に距離を詰め蹴りかかる。ガード自体は間に合い障壁で軽減されたものの生身で受ければ肉塊に変わるほどの威力で放った為、衝撃を受け止めきれず広場に叩き付けられた。さらに1001柱の魔法の射手・火の矢で追撃する。追撃に放った魔法の射手・火の矢のせいで広場がボロボロになり砂埃が立った。かの『闇の福音』ならばこのくらい耐えられるだろうとさらに呪文の詠唱に入るがタカミチにより止められた。
「ストップだルキ君」
何故かと問う前に理由が分かった。砂埃が晴れるとそこには目を回しているエヴァンジェリンが横たわっている。どうやら思っていたより封印は強力のようだ。急ぎ彼女の元へ向かい抱き上げ、身体を確認すると怪我自体はかすり傷のようで、魔力枯渇により気を失ったようだった。
「・・・・うん、やりすぎたか?」
いかに『闇の福音』といえど気を失い腕のなかで眠る姿は真祖の吸血鬼ではなくただの少女にしか見えず、流石に罪悪感が湧いてきた。とりあえず魔法で傷を直し声をかける。
「おい、大丈夫か?」
ダメージは軽かったからか声をかけてすぐ彼女は目を覚ました。
「・・・・う~ん・・・・・ナ、ギ?・・・・ん?」
目を瞬き、ぼーっとこちらを見る彼女は確かにナギと言った。その言葉を聞いた瞬間ビクッと身体が反応してしまったが自分は父ではない。もしかすると自分の顔は父に似ているのかもしれないがルキとして生きてきた自分にそのようなことを言う人物が居なかったため自分では分からない。タカミチは彼女の言葉が聞こえていたのか何か考えているようだ。
「・・・・・何を言ってるんだ?」
俺の言葉で意識がはっきりしたのか彼女は顔を真っ赤にして声を荒らげ腕の中から飛び出し距離を取った。
「うおぁぁぁ!?貴様!一体何をするつもりだったんだ!」
赤面し自身の身体を両手で抱きながら逃げる彼女がどんな勘違いをしているのかなんとなく分かるが、それは冤罪だ。タカミチは苦笑してないで説明しろ。
「何か妙な勘違いをしているようだが、治療をしただけだぞ?」
「ふん!どうだか。治療にかこつけよからぬ事でもしようとしてたんじゃないか?」
「そんなつもりは無かったんだが、まあ誤解させたようで悪かった」
「・・・・はぁ。そんな風に謝られると拍子抜けだな。まあいい、戦闘能力に関しては文句無しだな。無詠唱、魔法の威力、堅牢な魔法障壁、油断せず追撃する容赦の無さ。実戦経験豊富もなのだろうな。そこらの魔法先生より使えるだろう。封印され力が弱まっていたとはいえ私を倒すことができたのだからな」
先ほどの態度から一変し落ち着き払った態度で評価する。自身を倒したとのところで語気が強くなったのはやはり悔しかったからだろうか。
「そうだね。まさかエヴァに勝つだなんて思ってもみなかったよ」
「どうも。だがマクダウェルは封印されている身だ。これで勝ったとは言えない。全力の彼女と戦い、下した時こそ勝利と言える」
その言葉を聞いたエヴァンジェリンは楽しそうにニヤリと笑う。
「ほう?全力の私に勝つ算段があるとでも言うのか」
なのでこちらも笑い返す。
「まだこちらも切っていない札がある。あれで全力だと思われても困る」
「ククク、面白い奴だ。気に入ったぞルキ。お前は確か住むところが決まってなかったな?」
「ん?ああ、そうだよ」
「ならば、ここに住め!」
その言葉にルキとタカミチは驚いた。ルキは何を気に入ったのか分からず、タカミチはエヴァンジェリンが他人を近くに置くことに。
「珍しいね。エヴァが他人を気にするなんて」
「ルキはどこかヤツに似ている。それに“自称”正義の魔法使い側では無くどちらかと言えば私側に近い様な気がする、ただそれだけだ」
少し顔を赤くしそっぽを向きながらエヴァンジェリンは言う。
「いいのか?」
「私が許可しているのだから問題無い」
「だ、そうだよ?」
「・・・・分かった。ありがとう、お世話になるよマグダウェル」
そう言ったルキは少年らしい年相応の笑顔だった。今まで憮然としていた表情だったのが急に笑顔のなったのでタカミチは微笑み、エヴァンジェリンは少し顔を赤くした。
「エヴァだ」
「ん?」
「エヴァで良い」
「分かったよ。エヴァ、これからよろしく」
どうやら過去に戻っているようでどうするべきかは定まっていないが今度は後悔しないように生きていきたい。エヴァを見ながらそう思った。