【完結】おいしいおにくがたべたい   作:Leni

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13.なまえをおしえて

 フェイト・テスタロッサに食事を取らせるため、ハナコはアースラへ再び足を踏み入れていた。

 だが、彼女は手ぶら。食材なんて一つも持っていなかった。

 

 そして、なのはの案内で、フェイトが拘禁されている部屋にやってきたハナコ。だが、ハナコは料理を用意している様子が全くなかった。

 

「こんにちは。久しぶりだね」

 

「……あなたは、あの象の時の不思議な人?」

 

「うん、そうだね。今回は……料理人ハナコと名乗っておこうかな?」

 

「料理人……あなたもご飯を食べさせにきたの?」

 

「そうだよー」

 

 おどけた様子のハナコに、フェイトは無気力な表情でつぶやくように言う。

 

「いらない……」

 

「なんで? 死んじゃうよ?」

 

「死ぬ……死んでもいいかな」

 

「なんで? ご飯食べると幸せだよ?」

 

「幸せ……わたしの幸せは、母さんと一緒に過ごすことだから。母さんの……本当の子供じゃないわたしには、幸せなんて最初からなかったんだ」

 

 フェイトの自虐的な言葉を聞き、「こりゃ重傷だ」とハナコは肩をすくめた。

 

「君の気持ちは良く分かるよ。でもね、人はどう生まれるかより、どう生きるかだよ。幸せはつかみとるものだぞー」

 

「わたしの気持ちなんて、他の誰かが分かるわけないよ……」

 

「そうかなー?」

 

「作り物の命だった……偽物だったわたしの気持ちなんか……」

 

 沈んだ顔で言うフェイトに、ハナコがカラカラと笑った。

 

「お、なんだ? 不幸自慢合戦始めるかぁ? 複雑な生い立ちなら、わたしもそうそう負けないぞー」

 

 ハナコのその言葉に、ピクリと眉を動かすフェイト。

 そんなフェイトに、ハナコは一方的に語っていく。自身の出自を。

 

「わたしの出身世界は昔、荒廃していたの。そして、それをどうにかしようという人達もいた。食の再生屋っていう職業の人達。でも、その人達でも大地は再生しきれなかった」

 

 まくし立てるように言うハナコをフェイトはぼんやりとした顔で見つめる。

 

「そこで、その人達は考えたの。自分達で再生が追いつかないなら、よりハイスピードで再生ができる人間を作ろうって。そして人工的な技術で作られたのが、このわたしってわけ」

 

「……あなたも、人造生命?」

 

「デザイナーベビーってやつかな? 試験管の中で生まれたよ」

 

 ハナコ曰くの不幸自慢はフェイトの関心を引いたのか、やや強い口調でフェイトが言う。

 

「あなたは……その役目を果たせたの? わたしは……母さんの望むアリシアにはなれなかった」

 

「役目? 果たせなかったよ? わたしが再生する前に、世界が別の人に再生されちゃってね」

 

 あっけらかんと言うハナコに、フェイトは顔を歪ませる。

 

「じゃあ……」

 

「ん?」

 

「じゃあ、今、あなたはなんのために生きているの? アリシアになれなかった私は、生きる意味があるの……?」

 

「それはさっき言ったじゃない? 幸せはつかみとるものなんだよ。やりたいことは自分で見つけるんだよ」

 

「私は……」

 

 フェイトの目が泳ぐ。やりたいこと。つかみたい幸せ。それは、彼女にとって……。

 

「あなたはアリシアじゃない。そのうえで、どうしたいの?」

 

「わたしは……」

 

 ハナコに問われ、フェイトがかすれた声で言う。

 

「わたしは、アリシアじゃないフェイト・テスタロッサとして、母さんに認められたい……」

 

「おっけー。生きる理由が見えてきたところで、ご飯を食べないとね」

 

「食べたくない……」

 

「そっか。そうだよね。言葉でいくら言ったところで、簡単に分かり合えるはずもないか。じゃ、なのはさん、例の件よろしく」

 

 急にハナコに話題を振られ、二人の会話をじっと見守っていたなのはの肩がビクンと跳ねる。

 

「え、えっと、本当に行くの?」

 

「行くよ。料理をするために必要だからね」

 

「あそこには、料理に使えそうな物なんてほとんどなかったけど……」

 

「いいからいいから、さ、フェイトさんも用意して。出かけるよ」

 

 ハナコにそう言われて、フェイトは「食堂?」と問い返した。

 だが、ハナコはそれを否定する。

 

「向かう先は『時の庭園』。料理に必要なものを取りにいくよ」

 

 そう言ってハナコはフェイトの背中を無理やり押して、彼女を動かした。

 そして、フェイトの監視としてクロノ・ハラオウン執務官を名乗る者が同行した状態で、ハナコ達はアースラが押収した『時の庭園』へと跳んだ。

 

「本当にフェイト・テスタロッサの体調回復に必要な物が、ここにあるんだろうな」

 

 クロノ執務官がいぶかしげにハナコへ問う。

 

「うん、何も食材だけが料理に必要なわけじゃないよ」

 

「で、それは一体なんだ?」

 

「レシピ」

 

「レシピか」

 

「うん、レシピがないと料理はまあ、作りにくいかな」

 

「レシピ帳でも取りに来たのか。確かに、気が滅入っていても、馴染みの味だったら喉を通るかもしれないな」

 

 そう言ってクロノ執務官はなんとか自分を納得させ、先を進むハナコに付いていく。

 ハナコはまるで道を知っているかのように『時の庭園』を進んでいく。いや、ハナコは知っていた。彼女が辿る道筋は、家宅捜索時の映像でなのはが辿った道だからだ。

 そして、ハナコはある一角で足を止める。そこは、プレシア・テスタロッサがなのはに捕縛された場所だ。

 そこでハナコは虚空に視線をさまよわせ、そして一点を見てニヤリと笑った。

 

「やっぱりまだ居た。これは、いったい誰の食運のお導きだろうね」

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

 クロノ執務官がハナコに問いかけるが、ハナコはそれを無視して虚空に向けて話しかけた。

 

「初めまして。わたしはハナコ。こちらはフェイト・テスタロッサさん。あなたのお名前は? まだ、自分の名前を覚えていますか?」

 

「お、おい……」

 

 クロノ執務官の困惑の声を背後に聞きながら、ハナコは空中に手をかざす。

 

 そして、ハナコは確かに聞いた。『アリシアだよ!』『リニスと申します』という二つの声を。ハナコの目には、虚空に立つ両開きの門扉と、その前に浮かぶ今にも消えてなくなりそうな小さな灯火が映っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「娘さんからお届け物です」

 

 拘禁された部屋でぼんやりと壁を見つめていたプレシア・テスタロッサは、突然開いた部屋の扉の向こうからそんな声を聞いた。

 部屋に入ってきたのは、緑髪の小さな少女。ハナコである。

 

 自分を捕縛した魔導師にしろ、この少女にしろ、ずいぶん幼い子供を局員として抱えているものだ、とプレシアは思った。だが、当然ハナコは時空管理局の局員ではない。

 そんなハナコの手には、何やら料理用の蓋であるクローシュが被された皿があった。

 

「あの人形から? 別にいらないわ」

 

 娘、すなわちフェイトからの食事の差し入れだろうと思って、プレシアはにべもなく断った。

 

「まあまあ、食事時ですし、ご飯がいらないわけではないんでしょう?」

 

 ハナコのその主張をプレシアは嫌そうな顔をしながら受け入れた。

 アルハザードへの渡航に失敗して無気力になっているが、餓死するつもりはないからだ。

 

 そして、ハナコは部屋に用意されている机に皿を置き、クローシュに手をかける。

 

「あの世の存在を見られるようにする食寳(しょくほう)ペアや、忘れていた食の記憶を思い出させてくれる魚宝アナザは、わたしには用意できません」

 

 そう言いながら、ハナコはクローシュを開け、プレシアに中の料理を見せた。

 

「でも、思い出の料理を用意して、食の記憶を目覚めさせるくらいは、私にも」

 

 そこにあったのは、ただの変哲もないサンドイッチ。プレシアはハナコの言い様に不信感を抱きながら席に着き、添えられた布巾で手を拭いてサンドイッチを手に取る。

 そして、サンドイッチを口へと持っていこうとしたところで、その香りがプレシアの記憶を刺激した。そう、この香りは、よく知っている香りだと。

 脳裏に様々な記憶が蘇ったプレシアは、顔を歪めながら言う。

 

「これは……あの人形から、作り方でも聞いたの?」

 

 湧いてくる記憶に不快感を覚えたプレシアは、ハナコをにらみつける。対する、ハナコは笑いながら肩をすくめた。

 

「いいえ。これは、リニスさんに教えてもらいながら作りました。どうぞ、『テスタロッサ家の定番サンドイッチ』です」

 

「リニス……!? 生きているはずが……!」

 

 リニス。それは、プレシアのかつての使い魔。素体となったのはアリシアが生きていた頃に飼っていた山猫。プレシアの手によって使い魔となった以降は、教師としてフェイトに魔導師としての教育を施した。

 フェイトが魔導師として一人前となった時点で、プレシアは使い魔の契約を解除した。その時に、リニスは消滅したはずだ。

 だが、プレシアの目の前にあるサンドイッチは、そのリニスが作るサンドイッチと非常に似通っていた。

 

 ということは、どこかで魔力を補給して生きながらえていたのではないか。そう考えたプレシアだが、次のハナコの言葉でその考えは否定された。

 

「はい、リニスさんは亡くなっていますね」

 

 ではこの料理はなんだ、とプレシアはハナコをにらむ。

 

「実はわたし、交霊能力があるんですよ。世間一般的に言われる幽霊、ではなく食霊という、生前の食の記憶を持つ霊と会話することができます」

 

 食寳ペア。そう呼ばれるスープを飲んで以来、ハナコは『魂の世界』を認識するに至っていた。

 

「食の、記憶……」

 

「はい、あなたに関係がある食霊から、あなたとの食事の思い出をたくさん聞きました。まあ、とりあえず食べながらわたしの話を聞いてください」

 

 ハナコはプレシアを促し、プレシアは渋々とサンドイッチを口にする。

 

「……これは、確かにあの人形が作る料理の味ではないわ。リニスの味ね」

 

 ゆっくりとサンドイッチを食べ始めたプレシアに向けて、ハナコが語り始める。

 

「あなたはジュエルシードを使って、時空に穴を開けました。でもそれは、アルハザードなんていう場所への扉じゃなかったんです。開いたのは、『食霊の門』。そこを通って、アリシアさんとリニスさんの食霊が『魂の世界』からやってきました」

 

 ピタリと。プレシアの手の動きが止まる。

 

「魂……死者の魂の行方は、現代の魔法技術では解明されていないわ。だからこそ、私はアルハザードを目指した」

 

 魂自体は、管理世界の魔法技術でも存在を確認されている。使い魔は、人造魂魄を動物に憑依させて作り出すのだ。

 そのあたりの事情は全く知らないハナコが、プレシアに言う。

 

「わたしは管理世界の出身ではないですから。食霊を見ることは、この世界の人達には叶いません」

 

「……私には、でまかせを言われているようにしか思えない」

 

 動揺で震える手を押さえるようにして、プレシアは食事を再開した。そんなプレシアに、ハナコが再び語る。

 

「では、お話ししましょう。アリシアさんから聞いた、食の記憶を」

 

 ハナコは、かつてアリシアがプレシアと共にした食事にまつわる話を次々と語っていく。

 それは、アリシアの脳内の記憶を転写されたフェイトですら覚えていない、ささいな食の記憶だった。

 

 歪んでいくプレシアの顔。思い出に触れ、アルハザードへ行けなかったことを悔やんでいるのだろうか、とハナコは語りながら思う。だが、失敗してよかったのだ。アリシアの食霊は、自分の生に満足していた。周囲に迷惑をかけてまで蘇らなくてもいいと言っていた。

 代わりにアリシアは、一つだけプレシアに伝えてほしいと、ハナコに頼み事をした。

 

「ある日、そうですね、プレシアさんが得意のサンドイッチを用意して、ピクニックをした日」

 

 ピクリとプレシアの肩が震える。プレシアは確かに料理経験者だ。サンドイッチを作ることは得意だった。プレシアに基礎知識を与えられた使い魔のリニスも、そのレシピを共有していた。リニスの作る料理の味とは、すなわちプレシアの作る料理の味だった。

 

「その日、プレシアさんは誕生日プレゼントに何が欲しいかとアリシアさんに問いました。その返答は、『妹が欲しい』でした」

 

 プレシアの脳裏に、その光景が蘇る。口にしているサンドイッチの食の記憶と共に。

 

「……一つだけ、アリシアさんの食霊から伝言です。『わたしより大きい、わたしの妹を大切にしてあげて』、だそうです」

 

 サンドイッチの皿はいつの間にか空になっていて、まっさらな白い皿に涙のしずくがポトリとこぼれ落ちる。

 そんなプレシアに、二つの小さな食霊が寄り添う姿をハナコの目は、確かに映した。

 

 食霊を見る力がないプレシアは、ハナコがこれまで話した事実を信じないかもしれない。

 だから、今回のこれはただのハナコの自己満足。『魂の世界』からはるばるやってきた二人の食霊のために、リニスから教えてもらった料理をフェイトとプレシアに食べさせて、食の記憶を思い出させた。たったそれだけの話である。

 




本編で明かされない裏設定:なぜ『食霊の門』が『時の庭園』に出現したのかというと、「アルハザード? そこがどこにあるかは知らんけど、アリシアを取り戻したいなら、前にハナコちゃんの記憶から読み取った『魂の世界』にいるんじゃね?」とジュエルシードシリアル14さんが頑張って光を超えた結果、『食霊の門』が新たに開通しました。
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