16.ハナコのスクールデイズだよ
ジュエルシードをめぐる事件が収束してから、少しの時間が過ぎた。
春が終わり、梅雨に突入しそうな六月上旬。ハナコは生まれて初めて、学校の制服を着込んでいた。そう、今日はハナコの私立聖祥大学付属小学校への編入日。彼女にとっては簡単だった試験を合格しての編入だ。
月村家の夫妻に笑顔で見送られ、スクールバスですずか達と一緒に学校へ向かい、すずかに同行してもらって職員室へ入ったハナコ。
ハナコは担任となる女教師に挨拶をし、そのまま教師に連れられ三年一組の教室へと向かった。
教室の児童達に注目されながら、ハナコは教卓の横に立つ。
「月村ハナコです。よろしくね」
ハキハキとした声で、クラスメート達に向けてハナコが言う。
教室内に座っていたすずか、アリサ、なのはが笑顔で小さく手を振る様子が、前に立つハナコからよく見えた。
「ハナコさんは月村すずかさんの親戚ですが、家庭の事情で学校にあまり慣れていません。皆さん、ハナコさんが困っていたら助けてあげてくださいね」
教師にそう説明され、児童達が「はーい」と返事をする。
ハナコが学校に慣れていないことは事実であり、そのカバーストーリーとして月村家に保護された無戸籍児だったという嘘半分の話を用意してある。ハナコはこれについて隠すつもりが全くなく、担任教師にも児童達へ情報公開してもらって構わないと話してあった。
そして、ハナコは教室最後方の席をあてがわれ、そのまま一時間目の授業が始まった。
授業内容はハナコにとって特に難しいということはなかった。元々、編入試験で学力面は問題ないと分かっていたが。
国語は元々日本語と同じ言語が、前の世界の世界共通語として使われていた。
理科と算数は、研究者をやっていたので高水準に修めている。
社会科に関してだけは未知の領域だが、すずかから教科書を借りて勉強したため、これも問題はない。
初めて受ける集団授業にハナコが新鮮さを感じているうちに、午前の授業が過ぎていき、やがて昼休みとなる。
聖祥小学校は給食が出ない。そのためハナコは持参していた弁当をカバンから取り出し、すずか達と一緒に机を合わせて昼食を開始した。
「ハナコちゃんのお弁当は、すずかちゃんと同じかな?」
母親の桃子が作った弁当を机の上に広げながら、なのはが問う。
すると、ハナコはニカッと笑って自分の弁当箱を開けた。その中身は、すずかの弁当とは見た目が全く違うものだった。
「せっかくだから、みんなと料理を交換して食べられたらなと思って、すずかさんとは違う料理にしてみたよ」
ハナコがそう言うと、アリサとなのははワアッと歓声を上げた。
「すずかのお弁当は美味しいから、品が増えるのは嬉しいわねー」
「本当に美味しいよね、すずかちゃんのお弁当」
アリサとなのはがそう言って、ハナコの弁当を覗き込んだ。そこには、取り分けやすいよう一口サイズのおかずが並んでいた。
「ちなみにわたしとすずかさんのお弁当は二人での合作ね。これは四月からそうなんだけど」
ハナコのそのセリフに、アリサとなのはがすずかを見る。
「初耳なんだけどー?」
アリサがからかうような声色ですずかに言うと、すずかは恥ずかしそうな顔で答える。
「まだ上手に作れないから、秘密にしていたの」
「すずかちゃんが作ったのはどれ?」
「これとこれと……これかな?」
「わー、じゃあわたしのミートボールと交換ね!」
「わたしも玉子焼きと交換してほしいな」
「お嬢さんがた、わたしの作った料理はいらんのけ?」
「もちろんいるわよ」
と、ハナコ達はキャッキャウフフと盛り上がって昼食を終えた。
その後の昼休みはハナコにクラスメート達が群がり、質問タイムに。学校に通ったことがないとハナコがあけすけに話すのを見て、すずかはハナコがいじめられないか心配になっていた。だが、すでにすずか、アリサ、なのはの三人で脇を固めているからか、そのような傾向は一切見られなかった。
そして、やってきた五時間目。授業は体育だ。
「うーん、困った」
体操服に着替えたハナコが、外のグラウンドで悩ましげにうなっていた。
それを見たすずかは、何かあったのかと心配そうに尋ねる。すると……。
「この世界の子供の水準が分かんない。どれくらい動けるの?」
「あー……」
「何メートルもジャンプできるもんね、ハナコちゃん」
「バラの壁を飛び越えていたわね」
なのはとアリサのコメントを聞いて、ジャンプ力がすごいどころか空の上から落ちてきても平然としていたよ、とすずかは内心で思う。
そんな会話をしている間に授業が始まり、運動前の柔軟体操をすることに。
ハナコはすずかと組み、開脚ストレッチを始めた。
「うわっ、ハナコちゃん体柔らかすぎ……」
すずかの驚き声が、ハナコの後方から聞こえた。
後ろから押されるまでもなく前に体を倒したハナコは、べったりと体の前面を地面にくっつけていた。
「柔軟というか、体を動かすこと全般は、向こうの保護者的な人に徹底的に仕込まれたからね」
ハナコは、自身にスパルタ的戦闘教育をしたIGO会長マンサムのことを思い出しながら言った。マンサムがスパルタになったのは、ハナコが迂闊に、将来は美食屋をやってみたいと言ったことが原因だが。
そして柔軟体操が終わり、男女混合のドッジボールをやることとなった。
「ハナコちゃん、ドッジボールって分かる?」
「いや、知らないなー」
すずかの問いに、ハナコは正直に答えた。
ハナコがいた世界にドッジボールが存在しなかったわけではない。
ただ単に、ハナコが普段触れていた世界が大人の社会だったため、子供同士で遊ぶことの多い球技を知る機会がなかっただけだ。
「じゃあ、ハナコちゃんはわたしと同じチームで。教えてあげるから」
すずかがそう言うが、それに割り込む声があった。
「ちょっと待ちなさいよ。すずかとハナコを一緒にしたらチームのバランスがおかしくなるわ。あんたら、別のチームね」
アリサがそう指示し、ハナコはアリサと同じチームに。すずかはなのはと同じチームになった。
そうして試合が始まり、ハナコは内野でボールを徹底的に避けて、競技内容を見ることに専念した。とりあえず、すずかを参考にしておこうと。
すると、すずかはエースとして豪速球を連発し、バッタバッタとアウトを取っていった。これ参考にしていいやつなのかな? とハナコは思ったが、平均的九歳児の身体能力など知るよしもない。
そして、ハナコチームの内野がだいぶ数を減らしたところで、アリサから指示が出る。
「ハナコ! そろそろやっちゃいなさい! ボールをキャッチして、内野に投げるのよ!」
その言葉と共にハナコは素早く動き、逃げ続けていた男子に向けて外野から投げられた球を軽々とつかみとる。
「よっし! そのまますずか以外を狙うのよ!」
アリサの指示通りにハナコは動き、ハナコは動きのいい男子を狙ってボールを投げた。それはすずかと同等の豪速球であり、男子は避けることもできずにアウトになった。
そのハナコの活躍に、クラスメート達が沸く。
謎の転校生が、男子顔負けの抜群の運動神経とあり、クラスメート達の興味は一段と大きくなった。
その後、すずかとハナコをエースとして試合は進み、やがて内野にはすずかとハナコだけが残された。そして、そのまま二人のラリーとでもいうような豪速球の投げ合いが続き……教師の水入りにより、そこで終了となり試合は引き分けとなった。
試合終了と共にハナコはクラスメート達、特に男子に囲まれる。
すごいすごいと男子がはやし立てる中、ハナコは微妙な居心地の悪さを覚えていた。それは、砂場で遊ぶ子供に大の大人が割って入って山を崩すような、大人げのない行為をしているような感覚だった。
その気になればハナコは、プロスポーツ選手を軽く超える運動性能を発揮できる。そのため、子供にまじって運動することは一種の気恥ずかしさがあった。
そんな精神ダメージを受けての体育の授業が終わり、制服に着替えて六時間目の学活をし、放課後。
ハナコはすずか、アリサ、なのはと一緒に教室を後にした。
「なのは、今日は一緒に遊べるの?」
廊下を歩きながら、アリサがなのはに問う。
「今日はユーノくんと例のお勉強」
「なのはは遊べないのね。仕方ないから、今日は家でゲームでもやろうかな」
心底残念そうにアリサが言った。そして、ハナコも隣を歩くすずかに問う。
「すずかさんは今日どうするのかな? 習い事なかったよね」
「図書館で料理の本を見たいかな」
「了解。じゃあ、遅くなるなら、今日の晩ご飯はわたしが作っておくね」
「一品くらいは手伝いたいから、早めに帰るね」
そんなやりとりをしていると、前を歩くアリサが振り向く。
「すずか、すっかり料理にハマっているわね。機械いじりするのはやめて、将来、料理人でも目指すの?」
「うーん、それも悪くないかな」
すずかのその返答に、ハナコは目を輝かせる。
「もしそうなったら、私がグルメ研究で作った美味しい生物を捕獲してくるから、すずかさんには料理をしてもらおう。美食屋と料理人のコンビだよ」
ハナコのコンビ宣言を聞いて、すずかは嬉しそうにやってみたいと答えた。
すると、ハナコは気をよくして自身の持つ料理技術を全て伝えると言い、アリサが「試食は任せて」と言って場は笑いに包まれた。
それから四人は、アリサの家の黒いリムジン、キャデラック・フルストレッチに乗りこみ、仲良く下校していった。
こうして、ハナコの学校生活一日目は、大きな問題が起こることなく終わりを告げたのだった。