時は進み七月下旬。学校が夏休みに入ったハナコは、相も変わらず月村邸の家庭菜園をいじって日々を過ごしていた。
そんなハナコに、ある日、ユーノ・スクライア経由で時空管理局から連絡が入る。
なんでも、グルメ研究の申請が局のトップに渡ったので、一度プレゼンをしてほしいとのことだ。
すぐさまハナコは了承し、月村夫妻に買ってもらったノートパソコンでプレゼン資料を作り始める。グルメ食材を推したい気持ちをグッと抑えて、時空管理局から要請されたグルメ細胞の資料を多めに用意した。
そして完成した資料を使い、月村家の人々に向けてプレゼンのリハーサルを行ない、準備は万端。ハナコは時空管理局の指示に従って、イギリスへと飛んだ。なんでも、イギリスには時空管理局の提督を務める人物の邸宅があり、時空管理局本局への転送施設があるというのだ。
月村俊を保護者としてイギリスにやってきたハナコ。ちなみに英語は喋れない。ハナコの世界の言語には英語に似通った言語も存在しており、その言語由来の単語も世界共通語に採用されていたが、その言語自体はハナコは未習得だった。
俊と共に空港に降り立ち、待ち合わせ場所に向かう。すると、そこには一人の少女が待ち構えていた。
「おっ、来たねー。君が噂のストレンジャーガールね」
「ハナコです。よろしくお願いします」
相手が日本語で話しかけてきたため、自分の分かる世界共通語で返すハナコ。
すると、相手の少女も自分の名前を名乗る。
「リーゼロッテだよ。ロッテって呼んでねー!」
ロッテが握手を持ちかけてきたため、応じるハナコ。そしてロッテは、ハナコと俊を連れて駐車場に向かい、車に乗りこむ。車を運転できる年齢よりはいくらか若い姿に見えるが、そこら辺は対策がしっかりしているのだろう。ハナコはロッテの運転するクラシックカーに身を任せた。
「ご飯食べにどこか寄ってく? あー、でもあんな美味しい缶詰を作れる子からしたら、ここらのランチは物足りないかな? 君の研究でこの国も美味しい食材に溢れると嬉しいんだけどなー」
運転席でハンドルを握りながら、ロッテが会話をし続ける。
どうやらロッテは、ハナコがリンディにお土産として持たせた缶詰を口にしたらしかった。缶詰の数は限られていたため入手困難なはずだ。ただ、これから向かう場所は時空管理局の提督の家なので、彼のおこぼれに与ったのかもしれないと、ハナコは考えた。
「ちなみにお土産とかあるかなー? 美味しいお肉があると嬉しいんだけど」
「その美味しいお肉を作るための今回のプレゼンですよ」
「なるほど!」
そんな会話をしつつ車は進んでいき、やがてロッテの運転する車はとある街の郊外にある屋敷に到着した。
そこでハナコと俊はロッテに先導され、屋敷に入る。すると、背筋の伸びた白髪白ひげの初老の男性が、ハナコ達を迎えた。この屋敷の主である、ギル・グレアム提督だ。
「やあ、いらっしゃい。すぐに本局へ飛ぶのでゆっくりしていってくれとは言えないが、歓迎するよ」
日本語でそう挨拶をしてきたグレアムと、ハナコ達は自己紹介を交わした。
「ハラオウン提督から缶詰を食べさせていただいたが、あれほどの美味にはお目にかかったことがなかった。グルメ細胞とやらには個人的な興味はないが、あの味を今後も楽しめるなら、個人的な援助は惜しまないつもりだよ」
「無人世界を借りられなくても、地球で畑を作って野菜を流通させるくらいはしますから、その時はお願いしますね」
物腰の柔らかいグレアムの言葉を受け、ハナコも丁寧な言葉を返した。
「そうかい。それは老後の楽しみができたというものだ。まあ援助と言っても、あの月村重工が背後にいるなら、私の支援などささやかなものにしかならないだろうけれどね」
グレアム提督はそう言って、俊の方を見ながら柔らかい表情で微笑んだ。
話を振られた俊は、恐縮するようにして告げる。
「いえ、私のところはなにぶん食料品関係は専門外でして。お力添えいただけるなら、バニングス家とも合わせて協力していければと」
俊は月村家の家長で、月村重工と月村建設という二つの会社の経営者だ。しかし、食品部門は持っておらず、専門外のその部門を単独で設置するつもりも毛頭なかった。
これ以上、家業を増やしては過労死してしまう。そういう懸念もあって、アリサ・バニングスの実家の協力を取り付けていた。
バニングス家は日米二カ国で展開する企業グループを経営する一族だ。そこへグレアムの協力で欧州にも足掛かりができれば、ハナコが言うそこらのレストランで極上の料理を食べられる世界が実現するかもしれないと、俊は思った。
「ふむ、そのあたりの話は、後日また連絡させてもらうとしよう。さて、では本局でお偉方がお待ちだ。早速、転送施設で向かうとしよう」
そうして、ハナコと俊はグレアムに案内され、屋敷の一室に足を踏み入れた。洋風の古めかしい建物だった屋敷が、その部屋だけ妙に未来的な様子にあふれていた。
大きな機械が置かれ、空中に何かの画面が投影されている。おそらく時空管理局の魔法科学技術によるものなのだろうと、ハナコは推測した。
その部屋の真ん中にある大きな円筒状の機材が転送施設のようで、ハナコと俊、そしてグレアムはその円筒の中に入る。そして、円筒内部の壁面にあるパネルをグレアムが操作すると、ハナコ達の足元に魔法陣が輝きながら展開し……ハナコ達は光に包まれた。
光が収まると、ハナコ達は円筒の中ではなく、広い一室にいつの間にか移動していた。
すると、間を置かずに、グレアムが部屋から出ようと歩き出す。ハナコと俊がそれを追い、グレアムに遅れるようにして部屋のドアをくぐると……そこには、多数の人々が行き交う大きなホールが見えた。
「さあ、到着したよ。ここが次元世界の中枢、時空管理局本局だ」
ハナコのいた世界では、宇宙は五つに分かれているとされていた。だが、それとはまた違う次元世界の概念。時空管理局はそんな次元世界を渡って世界間の移動を可能としている。
それは確かな魔法科学によって管理されているものであり、その科学力でハナコはこうして次元を超えたのだ。今度は、空から落下することもなく。
◆◇◆◇◆
「それでは、プレゼンを始めさせていただきます」
そうして、時空管理局本局内にある会議室の一つを使って、ハナコのプレゼンが開始された。
居並ぶのは、時空管理局の将官達に技術開発部門の将校の面々。さらには映像を通じてだが時空管理局のトップである最高評議会の三人も参加していた。
そんな大御所が注目しているとも思わず、ハナコはプレゼンを進めた。
彼女が説明したのは、まずはグルメ細胞について。
食材の味を飛躍的に高めるものであり、生物の能力を飛躍的に高めるものでもある。そして、グルメ細胞に適合した者の中でごく一部は、『グルメ細胞の悪魔』という存在を身に宿す。
「悪魔とは……穏やかではないですね」
将官の一人が、眉をひそめるように言う。
「悪魔と言っても、宗教的な悪の存在ではありません。その正体は、宇宙にかつて存在した強力な生物達です。それらが死後、グルメ細胞の食欲エネルギーによって具現化した存在……もし『グルメ細胞の悪魔』をその身に宿らせることができれば、非常に強力な能力を身につけることができます」
ハナコはそう言いながら、右腕を『グルメ細胞の悪魔』のそれに変化させた。無数のツタが編まれてできた、強靭な腕だ。
ハナコは『星のフルコース』と呼ばれる食材のうち、食王エアと呼ばれる野菜を食べたことがあった。それにより、『グルメ細胞の悪魔』の〝右腕〟を実体化させることができるのだ。
ちなみにハナコは、『星のフルコース』のうち、前菜のセンター以外の全てを食したことがある。
センターを食していないのは、これを食すると『グルメ細胞の悪魔』の〝心臓〟が復活し、『グルメ細胞の悪魔』が完全に復活してしまうからだ。そうなると、ハナコは復活した『グルメ細胞の悪魔』に食われてその身を支配されてしまうことになる。
『グルメ細胞の悪魔』に支配されないようにするには、己に適合する『人生のフルコース』を決め、それを食すこと。それがあれば『グルメ細胞の悪魔』と自分が一体化し、より強力な力を身につけることができるのだ。
しかし、ハナコの『人生のフルコース』は全ては埋まっていなかった。彼女はまだ九歳。世界に存在する多くの食材を己に適合するか試してみるには、時間が足りなすぎたのだ。
だからハナコは決めていた。この世界でグルメ研究を進め、新たな食材を生み出し、その中から『人生のフルコース』を探そうと。
もうハナコには、センターを食す機会は巡ってこないだろう。それでも、ハナコは新グルメ時代を生きた人間の一人として、誰にでも誇れる『人生のフルコース』を用意しようと考え……そのために必要な無人世界を確保するため、将官達へ懸命に説明を続けた。
そして、プレゼンは最後まで進み、質疑応答の時間が取られた。
時空管理局の幹部達、すなわちエリートの鋭い質問にハッキリとした口調で答えていくハナコ。特に多かった質問が、犯罪者側にグルメ細胞が渡ることの懸念に関するものだ。
そんな質問にハナコは、グルメ細胞に適合した者は個人に適合する美味しい食材がなければ力が成長していかないことを話し、美味しい食材の供給元、すなわちグルメ研究所を時空管理局で押さえることの重要性を説いた。
グルメ細胞が研究所の外に漏れ、複数の次元世界でバイオハザードを起こす懸念も上がってくる。
バイオハザードに関しては、ハナコがこの世界にやってきた時点で自然界への微量のグルメ細胞の拡散は止められない状況にある。放っていても数百年数千年のスパンでグルメ細胞は各地に定着するだろうと、ハナコは見解を示した。
ハナコの抜け毛や垢などを微小な生物が食べ、その生物をより大きな生物が食べていく。その連鎖で、グルメ細胞は着実に地球で増殖していると思われる、とハナコが告げると、一同は騒然となった。
グルメ細胞を持つハナコが並行世界を渡った時点で、こちらの世界はグルメ細胞に汚染された。そう考えることができるとハナコははっきり告げる。そうなると、次元世界への汚染を止めるには、秘密裏に行なわれている地球との交流を完全に断つしかない。
それを止められないなら、よりよい方向でグルメ細胞を活用することを考えるべきだ。そう、ハナコは皆に主張した。
それぞれの者達が考え込む中、映像通信でプレゼンに参加していた中の一人が、ハナコに質問を投げかけた。
『専門外だがよろしいかね?』
「ええ、どうぞ」
顔を覆うヘルメットを被った白衣の男性が、映像越しに言う。
『美味な生物が勝手に増えて得しかないバイオハザードよりも、私はグルメ細胞の有用性に着目したよ。それで、グルメ細胞に適合した人間の身体能力が上がるのは、理解した。では、その上がった身体能力はどれほどのものなのか。数値上のデータはあるが、実際に見てみたい。よろしいかね?』
「現在、適合しているのはわたし一人で、わたしはまずこの世界の人では到達できないような強化段階にあります。美味な食材が圧倒的に不足しており、この世界の人間では強化の段階が進まないからです。それでもよろしいなら、試験でもなんでもしてください」
『うむ。食材が不足しているならば、今後の研究で増やせばいいだけだね。なので、その最大の強化値というものを見せてもらおうじゃないか』
ということになり、質疑応答の後にハナコの体力測定を行なうことが決まった。
そこで始まるベンチプレス。魔力を用いて行なう者もいるため、トン単位で重りは用意されていたのだが……。
「重さが足りませんね。わたし、小山くらいなら持ち上げられますよ?」
トレーニングルームで用意できる最大の重さを軽く持ち上げてしまい、周囲にどよめきが走った。
次に行なわれた握力測定も、握力計の限界値を突破してしまい、持ち手が歪む始末。
跳躍力も施設の天井に達してしまい、測定不能。足の速さを測ろうとすると、施設の壁に激突しないよう抑えた状態でも常人の肉眼に追えない速度を叩き出した。
ハナコは内心で、本局はなんでこんなに狭いんだと愚痴をつぶやきながら、体力測定をこなしていった。ちなみに本局は次元の海の中に漂う巨大な建物であり、野外というものが存在しなかった。
やがて、測定不能という結果ばかりを叩き出したハナコに、技術将校達は戦闘も行なわせてみるべきと主張を始めた。
しかし、それを映像で見ていたヘルメットの男が通信越しに止める。
『ハナコ君は研究者であり、武装局員のような戦闘技能者ではない。優れた身体能力の持ち主が優れた戦闘技術を持つとは言いがたく、彼女の戦闘能力を見てもグルメ細胞の力は計れないよ』
それはごもっとも、ということで技術将校達は引き下がり、ハナコの体力測定は終わった。
そして、プレゼンの全日程は終わり、ハナコは再び俊とグレアムの二人と共に地球へ戻っていった。グルメ研究が認可されるかどうかは後日決まるということで、ハナコと俊はイギリス観光をしてから海鳴市へと帰っていった。
そして、八月初旬。月村邸に、グレアムが複数の管理局員をともなって訪ねてきた。
こんなに大勢で何事か、と思ったハナコだったが、グレアムが口にした言葉は吉報であった。
「おめでとう。グルメ研究が最高評議会の名の下に認可された。これにより、第三十四無人世界マウクランを月村ハナコ君に貸与することが決まり、ここ海鳴市にマウクランとの転移施設を設置することとなった」
借用申請が通った。その事実はハナコの頭の中を駆け巡り……彼女は一緒に話を聞いていたすずかに飛びついて、グルグルとダンスを踊り始めた。
その最中にも、グレアムは月村家の大人達と転送施設を設置する場所の話し合いを始めていた。これにより、月村家は次元世界との関わりをより一層強くする結果となるのだった。
小説版魔法少女リリカルなのはが届いたので読みました。てっきり本編をそのまま小説化したいわゆるノベライズだと思っていたら、漫画版と同じく本編を補完するサイドストーリーで……これSSの無印編書く前に読んでおかなくちゃダメだったやつだ!