【完結】おいしいおにくがたべたい   作:Leni

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18.食欲旺盛な悪の華だよ

 月村家の敷地に次元転送施設が設置された。屋敷から少し離れた場所の別邸として驚異のスピードで建てられ、時空管理局の建設作業員達はその建ったばかりの施設で本局に帰っていった。

 そして、本日その施設が本格稼働する。施設に常駐する者はいないため、ハナコが管理責任者の一人として運用していくことになるのだが……初回ばかりはさすがに時空管理局から担当者が付いて、ハナコを無人世界に案内することとなっていた。

 

 その担当者は、イギリスでも会ったグレアム提督の使い魔の一人、ロッテことリーゼロッテだ。

 そして夏休みも残り少なくなってきたある日、ハナコはロッテと一緒に転送施設を使って無人世界へ飛んだ。

 他の同行者はいない。無人世界の危険度をまだハナコが確認していないためだ。すずかは一緒に来たがっていたが。

 

「到着ー。第三十四無人世界マウクランだよ」

 

 無人世界側の転送施設に出ると、ロッテがハナコを先導しながら施設を移動していく。

 

「大気成分なんかは地球と同じなんだよね?」

 

 その場で呼吸をしながら、ハナコが問う。

 

「そうだね。地球とか第一管理世界のミッドチルダなんかとは似た環境らしいよ。だからか、入植地としての価値を見いだされていた世界なんだよね。そこをハナコが横から奪っていったわけだ」

 

「入植地……よくそんなところ借りられたね」

 

「そんだけ管理局の上はグルメ研究に期待しているってわけだねー」

 

 ロッテの先導で施設を移動していくと、建築途中の建物に足を踏み入れることとなった。

 人はおらず、空を浮くロボットが無数に行き交っており、手早く内壁を整えていた。

 

「これは……研究所を建ててくれているのかな?」

 

 再びハナコが問うと、ロッテは振り返って手を横に振った。

 

「管理局は関与してないよ。ハナコの共同研究者が自主的にやっているみたいだね」

 

「共同研究者……」

 

「うん、今、その共同研究者のところに向かっているとこー」

 

 なるほど、時空管理局側からも人員を出したということかと、ハナコは納得する。確かに、一人でこなすにはいろいろ大変だと彼女は考えていたところだ。時空管理局の気づかいに、「ありがたやー」と内心で拝むハナコであった。

 

 そして、建築中の建物内部を進み、やってきたのは食堂らしき場所。

 そこの厨房にロッテが遠慮なく入っていくと、流線型のヘルメットを頭に被った白衣姿の長身男性が、料理をしている姿を見つけた。プレゼンで妙に鋭い質問を何度もしてきた人だ、とハナコはその特徴的なヘルメットに注目した。

 

「ドクター、連れてきたよー」

 

「ん? ああ、やっと来たか。少し待っていてくれたまえ。昼食を作っているんだ」

 

 ヘルメットの男は、どうやらスパゲッティを茹でているようだ。

 ハナコ達が厨房の隅で待っていると、ヘルメット男は茹で上がったスパゲッティをフライパンに入れ、オリーブオイルと絡めていく。どうやらペペロンチーノに似た料理を作っているようだった。

 

「よし、乳化が上手くいったね。……さて、終わったよ」

 

 完成したスパゲッティが載った皿を手に持ちながら、ヘルメット男はスタスタと歩いて厨房を出ていく。

 それを慌ててロッテが追い、ハナコも付いていく。

 

 ヘルメット男は食堂のテーブル席に着き、フォークを手に取ってスパゲッティをスルスルと食べ始めた。ヘルメットはフルフェイスではなく、口元が開いているため飲食が可能なのだ。

 

「で、ドクター。この子が月村ハナコね。後のことは任せていいかなー?」

 

「ああ、構わないよ。全てこちらに任せたまえ。……ふむ、味は及第点といったところか」

 

 そんなロッテとヘルメット男のやりとりをハナコはぼんやりと見守っていたが、とりあえず初対面の相手なので自己紹介をしようと思い立つ。

 

「初めまして。月村ハナコです。第九十七管理外世界の並行世界出身です」

 

「……うむ。よろしく。私はDr.(ドクター)ゼロだ」

 

 ゼロと名乗ったヘルメット男は、ハナコにチラリと顔を向けてから、再びスパゲッティの皿に注目を戻す。

 ハナコは食事の邪魔をするのも悪いと思い、ゼロがスパゲッティを食べ終わるまで待った。

 そして、ゼロは皿の中身を全て平らげ、満足そうに息を吐きながらハンカチで口元をぬぐった。

 

「さて、あらためて、私はDr.ゼロだ。君の共同研究者として名乗りを上げさせてもらった」

 

「追加人員はいくらでも大歓迎です。衣食住の食だけなら不足させない自信があります」

 

「そうかい? それなら、今度から私の助手達も連れてくることとしよう」

 

「助かります」

 

 食堂のテーブルで向かい合って座りながら、ゼロとハナコが言葉を交わす。

 

「ちなみに、なんでヘルメットを被っているか、聞いてもいいですか?」

 

 と、ハナコが唐突にそんな研究に関わりがなさそうなことを聞く。横で聞いていたロッテは「やっぱり気になるよねそこ」と内心で吹き出した。

 すると、ゼロは口元を釣り上げて、ハナコに向けて答える。

 

「ああ、これか。顔を隠すためだよ」

 

 男は指先で黒いフェイスガードを叩いて示した。確かに、口元以外の頭部は流線型のヘルメットと黒いフェイスガードで覆われており、どんな顔をしているかが分からない。

 

「趣味とかではないんですね」

 

「そうだとも。私は悪のマッドサイエンティストでね。悪い研究をいっぱいしてきたから、方々で恨みを買っているんだ。だから、正体がばれないようにしているわけだ」

 

「あー、そういうタイプですか。了解です」

 

「おや? 受け入れるのかね?」

 

「私ももといた研究所では、倫理観とかあってないようなものでしたし……さすがに悪のマッドサイエンティストは自称しませんが」

 

 ハナコの表情はどこか楽しげだ。自分からマッドサイエンティストを名乗る相手が、よほど面白かったのだろう。

 彼らのやりとりをロッテはげっそりとした顔で眺めていたが、二人の話が専門的な方向へ行きそうになったため、さっさと帰ろうと席を立った。

 

「じゃあ私はこれで帰るよ」

 

「あ、はい。おつかれさまでーす」

 

 ハナコは、ロッテに手を振って見送ろうとする。気持ちはすでにゼロとの議論に向いているようだった。

 そんなハナコに、ロッテは眉をひそめ、足を止めて告げる。

 

「あのさー、一つ忠告」

 

 ロッテの言葉に、手を振っていたハナコは不思議そうに首をかしげる。

 

「あまりこの仮面男に気を許しすぎないでね。最高評議会の推薦だから深く突っ込めないんだけど、私の推測が当たっていたら、この仮面男、明確に法に触れている研究者だから」

 

「そりゃまた、すごい人を寄越してきたんだねぇ」

 

 ハナコはゼロに向き直り、ヘルメットの黒光りするフェイスガードを見つめ、その下の表情を推測した。ゼロの口元の表情は、笑みだ。

 

「おやおや、ずいぶんと警戒されているね。でも、私は最高評議会が大注目している研究に投入された、肝煎りの人材だ。虎の尾を踏みたくなかったら、捕まえようなんて考えないことだ」

 

 そんなゼロの言い様に、ロッテはイラッとしながら「余裕だねぇ」とつぶやく。

 すると、ハナコが再びロッテに振り返って言った。

 

「まあ、ヤバい研究を始めようとしたら止めるよ。腕力で」

 

「ああ、その時は頼むよー」

 

 ロッテはそう言って、手をヒラヒラとさせてから食堂を去って行った。

 さて、関係ない人員はいなくなった。研究について大いに話そうか、とハナコが気張ったところで、ゼロが出端を挫くように言う。

 

「まずは互いのことについて紹介し合おうか。長い付き合いになりそうだから、隠し事はなしだ。互いに理解を深めて円滑なコミュニケーションを取ることが、今後の研究には必要と見るが、どうかね?」

 

「あー、そうですね。そうしましょうか」

 

「では、ハナコ君からよろしく」

 

 そう促されたので、ハナコは自分のこれまでの経歴を語っていった。

 

 グルメ時代の地球にある〝人間界〟が、美食會と呼ばれる組織の首領三虎(ミドラ)によって荒廃したこと。

 荒廃した地を再生するために、グルメ細胞を植え付けたデザイナーベビーとして生産されたこと。

 植物を自在に操る能力を持って産まれてきたこと。

 役目を果たす前に〝人間界〟が三虎によって再生されたこと。

 生きる意味を失ったが、IGOという国際機関の会長がハナコを育て、スクスクと成長したこと。

 こちらの地球にやってくる直前は、IGOのグルメ研究所で植物研究員をしていたこと。

 

 そんなことをハナコはゼロに語った。

 

「なるほどなるほど。では、次は私について少し話そうか」

 

 ゼロは、食堂のテーブルの上で手を組みながら語り始める。

 

「私もなかなか複雑な出自をしていてね。時空管理局によって造られた人造生命なのだよ」

 

 人造生命か。最近聞いた話だな。そう考えたハナコは、脳裏にとある金髪の少女の姿を浮かべた。

 

「あの脳みそどもは、延々と研究をさせたかったのだろうかね? 私は飽くなき探究心、無限の欲望を持つようプログラムされて生まれてきてしまった」

 

 ハナコ自身も、〝人間界〟の再生に必要な植物操作能力を意図的に持たされて産まれてきた。造られた命というものは、なんらかの役割を持たされるものなのだな、とハナコは内心で思った。

 

「そして、私は悪のマッドサイエンティストでね。無限の欲望を持たされたのなら、世界征服でもして自由に研究できる世界でも作ってやろうと、日頃から暗躍していたんだ」

 

「それはまた、コテコテですねえ」

 

「ああ。それが私の欲を満たすために、一番必要なことだと思っていたからね。……だが、それは誤りだった。私は満たされていなかった。世界征服などをしても、この欲と探究心が満たされるはずがないなんて、分かりきっていたことなのにね?」

 

 自嘲するように言うゼロをハナコはじっと見つめる。

 己の不明を恥じるようなゼロの言葉に、大人でも道に迷うことがあるのだな、とハナコはしみじみと感じた。

 

「それに気づいたのは、ある出会いがあったからだ。……そう、私は出会った。二つの缶詰と、一つの瓶に」

 

 缶詰と瓶。リンディ提督に渡した例のお土産だと、ハナコはすぐに気づいた。

 

「初めて味わったその美味に、私の欲望は生まれて初めて満たされた。食欲という誰もが持っている欲望がね」

 

 ゼロはヘルメットから覗く口元を釣り上げて、言った。

 

「その日以来、私は食欲を満たすためだけに生きると決めた。……この欲のためなら、なんでもしよう。誰にも邪魔はさせない……!」

 

 ゼロはそう言いながら立ち上がり、強く拳を握った。

 なるほど、食欲が行動原理なら、付き合いやすい人間だ。ハナコはそう思いながらゼロの顔を見上げた。

 

「……というわけで、もっと美味しい物を食べて食欲を満たすために、君の存在が不可欠なんだ。これからよろしく、ハナコ君」

 

 テーブル越しに手を差し出され、ハナコは立ち上がって満面の笑みでその手を握りかえした。

 

「行動原理が食欲なら、グルメ研究にはこれ以上ない人材です。共にお腹を満たしていきましょう」

 

 ハナコのその言葉に、ゼロは握った手を上下に振りながら、口元を大きく釣り上げた。

 

 ここに、悪のマッドサイエンティストと、世界唯一のグルメ細胞研究者が手を組んだ。

 このことがこの次元世界に何をもたらすのか……未来はゼロにも、ハナコにも分からない。ただ、この研究の先に美味しい食材が待ち受けていることだけは、ハナコは十分理解していた。

 




パソコンのBDドライブが壊れたので、サウンドステージのCDは……プレステ2で聞く!
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