無人世界マウクランを借り受けてからというもの、ハナコは夏休みを活用して毎日そこへ通った。
黒草の種を撒いたところに生えそろったブラックカーペットの生態系を観察したり、グルメ細胞の培養環境を整えたり、一人でこの地に住み込んだDr.ゼロの食生活を整えるために小規模な畑を作ったりと、楽しい日々を送っていた。
そんな充実した毎日を過ごしていると、ハナコはある日、居候先の月村家ですずかに詰め寄られた。
曰く、一人で楽しそうにしていてずるいと。
自分も無人世界に連れていってとすずかに懇願されたハナコは、時空管理局に確認を取ってから、すずか達をマウクランへ連れていくことに決めた。
そう、すずか〝達〟である。
夏休みも終わりが近づいてきた八月中旬。
ハナコはすずかとアリサ、なのはとユーノの四人を連れて、マウクランへと訪れていた。
「転送施設ねえ……魔法なのにずいぶんとSFね」
月村邸からマウクランへの転送が終わると同時に、アリサがそんな感想を述べた。
「魔法って言っても、科学の一つだから……」
ユーノから魔法を教えてもらっているなのはが、そんなコメントをアリサに返す。
なのはは最近、魔法のデバイス『レイジングハート』に頼らず、一から魔法を組むことに挑戦していた。そこで彼女は、魔法というものは数学で成り立っていると知った。
そう、数学である。算数ではない。小学三年生の算数力ではいろいろ足りないと分かり、なのははこの夏休みを使って徹底的に数学を勉強していた。
そんななのはの夏休みの苦労が皆に語られ、ハナコは「へー、思ったよりも学術的」と魔法の仕組みに感心した。
「なんで魔法の施設を管理しているハナコが、魔法について不勉強なのかしらね?」
アリサの突っ込みを受けるが、ハナコとしては魔法を勉強するつもりは毛頭もなかった。
「だって、使えないし? 先天的な才能が必要なら、勉強するだけ時間の無駄だよ」
ハナコのそんな言葉に、なのはは反論する。
「時空管理局の魔法技師の人達は、魔法を使えない人も多いよ?」
「わたしは魔法技師を目指していないからいーのいーの」
ハナコは手をヒラヒラと振りながら、なのは達を研究所の内部へと案内していく。向かう先は、食堂。ゼロがここにいると連絡があったからだ。
食堂に辿り着くと、そこではゼロが複数の女性達と一緒に黒草料理を食していた。
そんなゼロに、ハナコは近づきながら言う。
「おはよう、ゼロ博士。今日は友達を案内してきたけど……その女の人達も初顔さんだね?」
「ああ、おはよう。うむ、君が部外者を連れてくると言ったから、私も関係者を呼んだのだよ」
「前に話していた助手かな」
「ああ、私の娘達だよ。紹介しよう」
ゼロは、黒草料理をモリモリと食べていた女性を一人一人紹介していった。
全部で四人の女性だ。ウーノ、チンク、セイン、ディエチとそれぞれ名乗った。
「博士って結婚していたんだね」
十歳くらいの小さい子供から二十歳くらいの大人の女性まで、見た目の年齢はバラバラだ。
この子達の父親と言うのなら、ゼロは割と歳がいっているのだろうか、とハナコはフェイスガードの下の顔を想像する。
「いいや? この子達は造ったんだよ。人造生命だね」
あっけらかんと言ったゼロのその言葉に、ハナコ以外の子供達が絶句する。
「それはまた、助手にするために造ったのかな?」
なのはやアリサがドン引きしている横で、ハナコは物怖じせずにゼロに問うた。
「言っただろう? 私は悪のマッドサイエンティストなんだ。悪い計画のために造ったんだよ」
「そっかぁ。まあ、ちゃんと娘として扱っているなら、文句はないけど」
「安心してくれたまえ。悪い扱いはしていないよ」
ゼロがそう言うと、娘達はどこか嬉しそうな表情を浮かべた。
この様子なら大丈夫そうだな、とハナコが思っていると、ハナコの腋を肘でつつく者がいた。アリサだ。
そのアリサが、小声でハナコに言う。
「ちょっとハナコ、この人、大丈夫な人なの?」
「うん? ゼロ博士は大丈夫か大丈夫じゃないかで言うと、大丈夫じゃない人だけど?」
「ちょっとー! 変なことされたらどうするのよ!」
小声から大声に変わったアリサに、ゼロがやれやれといった様子で反応する。
「私は何もしないさ。第一、魔法の才能の欠片もなさそうな君に、何かするとでも?」
「失礼ね! あなたこそなんなのよ。ウーノにチンクにセインにディエチって、イタリア語で数字の一、五、六、十じゃないの! あなた娘を番号で呼んでいるの!?」
「立派な名前だよ。分かりやすいだろう? 全員まとめてナンバーズという」
そんなアリサとゼロの言葉のぶつけ合いを見ていたすずかが、人の名前にあれこれ言うのは失礼だとアリサを止めに入った。そんな中、ハナコがポツリと告げる。
「新種の食材がこの世界で完成しても、博士に命名を任せるのはやめておくね」
「なぜだい!?」
アリサに向けていた顔をハナコに向け直し、ゼロがショックを受けたように叫ぶ。
「いや、だって、安直なネーミングセンスの人は、ちょっと……」
「合理的だろう!?」
「いやー、美味しそうな名前付けるの絶対無理でしょ」
そんなことを言うハナコだが、ゼロの娘達が反論する様子は見えなかった。彼女達も内心では何か思うところがあったのかもしれない。
さて、そんな漫才じみたやりとりを終えた後、ゼロ達は食事を再開した。
黒草料理を美味しそうに食べる娘達、ゼロがいうところのナンバーズは、表情豊かにワイワイと楽しそうにしていた。それを見たなのはが何か考え込んでいたが、ハナコはきっと裁判中のフェイト・テスタロッサへ、思いをはせているのだろうと察した。
やがて食事は終わり、ナンバーズが食器を片付けている間に、ゼロとハナコは今日の予定について話し出す。
「さて、見学者がいるなら、今日の研究は本格的にはできそうにないね」
「まあ、そうだね。とは言っても、見るものはまだ何もないんだよねぇ」
「ブラックカーペットも生えそろったが、見た目はただの黒い草原だからね」
「ふーむ、そうなると……ああ、博士。ナンバーズの皆さんは今後もこの研究所に住み込むの?」
「そうさせるつもりだよ。ちなみにこれが全員ではない」
「となると、食糧の増産が必要だね。うん……博士、農園を経営してみるつもりはない?」
「ほう? 詳しく」
ハナコが思いつきでした提案に、ゼロが即座に食いついてきた。
そんなゼロの様子に笑いそうになりながら、ハナコが説明を始める。
「今ある研究所の畑を拡張して、野菜や果樹を大規模に育てるんだ。ブラックカーペットみたいな野生動物のための植物じゃなくて、人間のための食材作りをするの。それも、外に出荷できるほどの量を」
「出荷か。目的は、外貨獲得のためかな?」
「外貨って、ここは国じゃないよ……まあ、研究費獲得のためだよ」
「このマウクランは、すでに私とハナコ君の国だよ?」
ゼロのそんな戯言をハナコは、はいはいと受け流す。
そうして、ハナコ達は研究所の近くに農園を造ることに決めた。早速、ハナコは子供達と一緒に外に行き、豪快に開拓を始める。一方のゼロは開拓用の機械を即席で組み上げ、ハナコの横で動かした。
そんな非現実的な開拓風景を子供達は見て喜び、ハナコが「今日の分」と言って促成栽培した野菜と果物で作った食事を楽しみ、無人世界への訪問を満喫した。
「それじゃあ、農園は任せたよー、ナンバーズ!」
そして、半日経過したところで、ハナコはすずか達をともなって地球へと帰っていく。
ナンバーズの娘達はそれを見送りながら、世界の転覆をするはずが農園経営とは、ずいぶんと方針が変わったものだとしみじみ思うのだった。