はやてが入院したらしい。
ハナコがそう聞いたのは、月村家でメイドのノエルと一緒に夕食を作っている最中のことだった。
連絡を受けたのはすずかで、情報の送り主は八神家のシャマル。
どうやらはやては持病の悪化により、家で倒れて救急車で病院に運ばれたらしく、そのまま入院となったようだ。
「お見舞い……は、今からじゃ遅いよね……」
習い事から帰ってきたばかりで制服姿のすずかが、ノエルの顔をうかがうように言う。
「ええ、もう夜ですし、倒れたばかりで駆けつけてもご迷惑なだけでしょう」
ノエルに
それから夜遅くになって眠るまで、すずかは携帯電話を常にそばに置きながら、気が気ではない時間を過ごした。
一方、はやての入院を聞かされたハナコは、自身のグルメ細胞に登録されている植物の中で、病気に使えそうな物がないか確認していた。
いくらか教えられた『食の再生屋』の技術の中には、人を再生する技術も存在していた。だが、〝原因不明の麻痺症状〟をどうにかする手段は、やはり持っていないとハナコは改めて気づかされた。
体が弱っているならば適切な薬膳を与えて快復させられるのだが、はやての症状の原因はハナコが見ても皆目見当が付かなかった。
そして、翌日。
すずかとハナコは学校に登校し、二人の共通の友人が入院したことをアリサとなのはに報告した。
すると、アリサが即座に、放課後一緒にお見舞いしに行くと言い出し、はげましの写真メールを送ろうと仕切りだした。
『早く良くなってね』と書かれた横断幕を用意しながら、すずかとハナコははやてと八神家の面々について、アリサとなのはに伝えていった。
「それで、ヴィータちゃんは町の老人会の人達と一緒に、ゲートボールをやっているんだって」
「ゲートボールって、またのどかな趣味ねー」
「そうなの? ヴィータさんは相手の妨害をしあう、手に汗握る激しいスポーツだって言っていたけど」
「そう言われると、ゲートボールのルールって知らないわね」
「老人同士での喧嘩もよくあるって言っていたよ」
と、八神家の子供、ヴィータについて話していると、そこから離れてなのはが何か考え込んでいた。
そこへ、アリサが話しかける。
「なのは、どうしたの?」
「あ、ううん、ごめんね。ちょっと関係ないこと考えてた」
「どーせまた、仕事のことを考えているんでしょ。なんだっけ、連続魔導師襲撃事件だっけ?」
答えたなのはに、再度問いかけるアリサ。
「うん。事件の背景は少し分かっていて、『闇の書』っていうロストロギアが原因なの」
なのはの口にした闇の書という言葉に、ハナコが反応する。
「『闇の書』って、最近聞いたことあるよ」
「えっ、ハナコちゃんが? どうして?」
不思議そうにするなのは。ハナコはなのはやクロノから連続魔導師襲撃事件の詳細は一切聞いていなかった。なのに、なぜ事件の原因となっているロストロギアの名前を知っているかというと……。
「うちの研究所の博士が、植物の育成に役立つからって、『無限書庫』っていう図書館に『闇の書』について調べに行っているんだ」
「えーっ、『無限書庫』って、今、ユーノくんがそこで『闇の書』について調べている真っ最中だよ!」
そんななのはの驚く言葉に、今度はハナコが驚く番だった。
「それはまた、偶然だねぇ。もしかしたら博士とユーノさん、『無限書庫』で一緒に調べ物をしているかもしれないね」
「うん、そうかも。そうなったら、『闇の書』のこと、ちゃんと分かるかも。リンカーコアの
「守護騎士って?」
新たなワードに、ハナコは再び疑問を口にした。
「襲撃事件の容疑者さん達。今度こそ、会ったら名前を教えてもらって、お話聞かせてもらわないと」
なのははそう言って、ふんすと息を吐いて気合いを入れた。
すると、アリサが「元気は戻ってきたようね」と言って、横断幕を使った写真メールを撮影しようと動き出す。
そして、その写真メールはシャマルが持つはやての携帯電話に無事届き、放課後のお見舞いを歓迎するメールが返信されてきた。
それを見たすずかは、お見舞い品として何を持っていこうかと、ハナコと相談し始めるのであった。
◆◇◆◇◆
放課後、四人は手早くお見舞い品を用意すると、アリサの家のリムジンで海鳴大学病院に向かった。
はやての病室に入ると、はやては一人でベッドに横になっており、すぐさま来訪に気づいて顔を喜色に染めた。
「はやてちゃん、これ。早く元気になりますようにって」
そう言いながら、すずかはお見舞いの花束をはやてに渡す。はやてはそれを「ありがとうなあ」と喜びながら受け取った。
「わたしは、物理的に元気になりそうなフルーツ盛り合わせを持ってきたよ」
ハナコは、バスケットに入ったフルーツの盛り合わせをベッドの横の台に置く。
そのラインナップを見て、はやては目を輝かせた。
「おお、メロンがあるやん! 高級品やー」
「それも研究所で作ったやつだよ。さわやかメロンっていうんだ」
「なんやおもろい商品名やな」
「商品名じゃなくて品種名だよ」
「マジでか」
見た目がさわやかなのか? とはやては網目模様の小ぶりなメロンを見つめる。
「わたしのオススメはメロンより、こっちの桃かな。ハッピーチっていう、食べると幸せな気持ちになれる桃だよ」
「それ、ヤバい成分とか入ってない?」
「そういう種類の幸せじゃないよー。もっとほんわかする感じだよ」
はやてはハートの形をした不思議な桃を見ながら、「ハナコちゃんのグルメ研究って、もしかして魔法とか使っているんやろうか」と心の中で思った。
そして、他のフルーツも一つ一つ紹介していき、全て話し終えると、次はなのはが近づいてお見舞い品を渡した。
紙箱に入ったケーキだ。
「これ、ハナコちゃんのフルーツには負けるけど、うちの家が喫茶店をやっているから、そこのケーキだよ」
「おお、噂の凄腕パティシエールのケーキか! ありがとうございますぅ!」
「凄腕って……」
はやての喜びように、少し気圧されるなのは。そこへさらにはやては追加で言った。
「凄腕やん? すずかちゃんが言うには、本場のフランスとイタリアで学んだ本格派だそうで」
「……うん、確かにそう言われると凄腕かも……」
なのはは母親である桃子以外の菓子職人が作ったお菓子は、ほとんど食べたことがない。そのため、そのすごさを完全には理解していなかった。
だが、確かに以前、ハナコとすずかが作ってみせたケーキより、同じ材料で作った母のケーキの方が美味しかったと、なのはは思い出した。思わぬところで母への尊敬を深めたなのはだった。
そうしてケーキの受け渡しが終わり、今度はアリサをチラリと見るはやて。
「いや、わたしからは渡す物はないわよ? 花束にフルーツにケーキと三つもあれば、これ以上は逆に迷惑でしょ」
「いやいや、催促はしていませんって。来てくださってありがとうございます」
それから、ベッドに座るはやてを囲んで、アリサとなのはが自己紹介を始めた。
ハナコはそれを横目に見ながら、ハッピーチを切り分けようと、汁がこぼれてもいい給湯室へ行くために病室を出る。
すると、廊下でなぜかトレンチコート姿でサングラスをしたシャマルが、女医と会話をしている姿を目撃した。
あの格好はいったいなんだろうか、と疑問に思いながら、ハナコは給湯室へと向かった。そして、給湯室で手からナイフ状の葉っぱを生み出して、葉っぱの皿の上に切り分けたハッピーチを並べていく。
それぞれに、これまた即座に生み出した爪楊枝を刺して、病室へと戻った。廊下で人とすれ違うたびに、皿からただよう美味しそうな香りで振り返られるのを無視しながら。
「それでな、ヴィータがどーんってな!」
病室ではすっかりはやてがアリサとなのはの二人と打ち解けており、はやてが笑顔で八神家の面白エピソードを話している最中だった。
「はいみんな、フルーツタイムだよー」
ハナコが横から会話に割って入るように言い、ベッドに食事用の台を出してもらってそこに葉っぱの皿を置いた。
そして、皆で爪楊枝を手に取り、各々がハッピーチを口に運ぶ。
すると、全員が一斉にほわっとした表情を浮かべた。
笑顔のまま無言でハッピーチを
いろいろ言葉を尽くしてその味を説明していったが、小学三年生の語彙力はつたなく、要約すると甘くて美味しい、の一言で言い表せる内容だった。
「風邪を引いたときは桃缶って聞いたからね。つまり、病気したときは桃がいいってことだね」
ハナコがそう言うと、アリサが「何か違わない?」と突っ込みを入れ、みんなで声をひそめてクスクスと笑った。どうやら病院なので大声で笑わない分別はあったようだ。
そして、その後もハッピーチの幸せ効果なのか、ほがらかな雰囲気のまま話は進み、やがてハナコ達は帰る時間となった。
「それじゃあ、また来るね」
すずかがそう言うと、はやては少し寂しそうな表情で「また来てな」と皆を送り出した。
それから帰宅したハナコは、すずかと一緒にお茶を飲みながら一休みした。
話題は主に、はやてのお見舞いへ次はいつ行くかである。
クリスマスに関連した何かをやりたいね、などと笑顔で言うすずかの言葉を聞いて、ハナコは「こちらの世界にもクリスマスってあるんだな」と思った。
そんなお見舞いの日から、時間は過ぎていく。
アリサが何やら、お見舞いにサプライズ要素をいれようなどと言いだし、すずかもそれに乗り二人で企画を練っている様子。この世界のクリスマスを詳しく知らないハナコは、食材関連で必要があったら呼んで、と丸投げ状態に。
なのはは連続魔導師襲撃事件の捜査で忙しく、企画にはノータッチ。
そして、ある日の放課後、アリサの家のリムジンで四人一緒に帰宅しながら、すずかとアリサが企画を詰めていくのを聞く。
すると、ふとハナコのカバンから、メールの着信音が鳴る。それは、携帯電話ではなく、時空管理局から与えられた携帯端末の着信だ。
ハナコは、盛り上がる二人の話を聞きながら、メールを確認する。
「それでね、明後日のクリスマス・イブが終業式だから、その放課後にサプライズプレゼントを――」
と、何かをすずかが言いかけたところで、ハナコが横から言う。
「ごめん、クリスマス・イブ、予定埋まっちゃった」
「ええー、先約はこっちでしょうが」
アリサが不満げに言ってくるが、ハナコは申し訳なさそうにしながら答える。
「グルメ研究関連で、今後の大事な話があるって、時空管理局の人に言われちゃった。グレアム提督って人から、進捗報告兼クリスマスディナーのお誘いだね」
ハナコは、日本語で書かれたメールの文章をアリサ達に見せながら、本当に残念そうにため息を吐いた。
さわやかメロン(果実)
捕獲レベル:2
トリコ原作にて、人々がトリコをはげますシーンで一コマだけ登場する食材。トリコが発見した数ある食材のうちの一つ。原作での描かれ方からどうやら網目模様のあるメロンのようで、はやてが高級品と言ったのもこの網目模様を見たからである。
食べるとさわやかな気分になれるらしく、気が滅入っている入院患者のお見舞いには最適なフルーツと言えるだろう。
ハッピーチ(果実)
捕獲レベル:人工生産可能
オリジナル食材。ハートの形をした桃で、食べると幸せな気持ちが心の奥底から湧いてくるという。その特性から、入院患者へのお見舞いだけでなく、心を病んだ人の治療にも使われる。食材としての質も良く、その極上の甘味だけでも十分幸せな気持ちになれると言われている。