『夜天の魔導書』から切り離されたバグの塊、自動防衛プログラム『ナハトヴァール』。
とうとう姿を見せたそれを前に、皆が奮闘していた。
なのはが魔力砲撃を撃ち込み、ユーノが反撃を防ぎ、クロノが光の剣の雨を降らせる。
ヴィータが巨大なハンマーを叩きつけ、シャマルが行動を封じ、守護獣のザフィーラが魔力の杭を飛ばし、剣士のシグナムが剣を弓に換え炎の矢を撃ち込む。
そして、はやてが広域殲滅魔法で『ナハトヴァール』の障壁魔法を打ち抜く。
そんな中、唯一魔法を使わず植物による物理攻撃で『ナハトヴァール』に攻撃を重ねるハナコが、歓喜の叫びを響かせた。
「感じる……感じる! 目の前の『ナハトヴァール』が、追い詰められてどんどん美味しくなっていくのが分かるよ! これはもしや、ストレスを感じることで肉質が向上する特殊調理食材……!」
「ええいっ、言っていることはアホみてーなのに、活躍は人一倍とか、どうなっているんだこいつ!」
ヴィータに悪態をつかれながら、ハナコは植物の鞭で、『ナハトヴァール』の対物理障壁魔法を次々と破壊していく。
『ナハトヴァール』は、幾重もの障壁魔法によって守られている。
魔導師達が砲撃を撃ち込んで削り、守護騎士達が魔法をまとわせた武器で削っているわけだが、ハナコは自らの腕を『グルメ細胞の悪魔』に変化させ、そこから
一方、クロノは、ハナコにグルメ細胞の気配ありと言われて、『ナハトヴァール』がグルメ細胞で強化されていないかどうか警戒していた。だが、現段階では驚異的なパワーを『ナハトヴァール』が発揮する傾向は見られなかった。
しかし、それも当然であった。グルメ細胞はただ持つだけで強くなれるわけではない。美味しい物を食べ続けてこそ、グルメ細胞は強化される。だが、『ナハトヴァール』は、ここに生まれ落ちてからまだ一度も食事を取っていない。現状、『ナハトヴァール』が持つグルメ細胞の恩恵は、見た目が本来より禍々しくなることと、肉質が向上していることくらいしかなかった。
「しかし、ハナコってここまで食いしん坊なんだね」
幾重もの魔法の鎖で『ナハトヴァール』の触手を拘束しながら、ユーノが苦笑して言う。
すると、ハナコ本人から反論という名の言い訳が来た。
「わたしも、向こうの世界にいたころはここまでじゃなかったんだよ? 研究が忙しい時は平気でグルメ栄養食とか食べていたし。でも、今のわたしは美味しいお肉に飢えているんだ!」
そんな気の抜けたやりとりをしているうちにも、魔力障壁は破壊され、本体に攻撃が通るようになる。
それを好機と見たシャマルが、皆に向けて叫ぶ。
「今よ、コアを露出させて!」
その言葉を受けて、真っ先に動いたのはハナコだった。
「来たぁ!」
ハナコが茨を全力で振るうと、『ナハトヴァール』の手足らしき部位が一瞬でバラバラになった。
本体から落ちた肉塊が、海面に落ち、そのまま海の底へと沈んでいく。
「いよっし、後でサルベージだ!」
喜ぶハナコだが、『ナハトヴァール』が再生能力で新たに手足を生やそうとする。切断面がうごめき、肉が生えてくる。
そこで、空中で魔法陣を展開したはやてが叫ぶ。
「石化魔法、いくで! ハナコちゃん、ええな?」
「美味しそうな部位は、もう切り離したからおっけー!」
「よっし!
ハナコの攻撃でずいぶんと小さくなった『ナハトヴァール』に、はやてが放った白く輝く槍が突き刺さる。
攻撃を受けた『ナハトヴァール』は体の内から石化していき、周囲に放っていた鳴き声を止めて沈黙し、ゆっくりと海面に向けて落ちていく。
だが、すぐさま肉体の再生が始まり、新たな体を作り上げようとする。
そこへ追撃をかけたのがクロノだ。
グレアム提督から
「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ……凍てつけ!」
『Eternal Coffin』
『デュランダル』の音声と共に、海面ごと『ナハトヴァール』が凍り付いた。
さらに、それをチャンスと見たなのはとはやてが、最大の一撃を放つ。
「全力全開! 『スターライトブレイカー』!」
「響け終焉の笛! 『ラグナロク』!」
二人の少女の叫びと共に撃ち出された二本の魔力の帯が、氷結した『ナハトヴァール』に突き刺さる。
圧倒的な魔力の奔流に、『ナハトヴァール』は砕かれ、ねじ切られ、破壊された。
そして、粉々になった肉体から『ナハトヴァール』のコア、中枢プログラムが露出し……。
「捕まえ……たっ!」
シャマルの魔法が、その瞬間を見逃さずにコアを正確に捕らえた。
そこへ、魔法陣を展開して待機していたユーノが手をかざす。
「長距離転送! 目標、軌道上!」
魔法陣が緑色の光を放ち、コアが宇宙へ向けて撃ち出された。
「やったで!」
「あとは任せたよ、リンディさん!」
はやてが歓声を上げ、なのはが軌道上の次元航行艦アースラで待つリンディ提督に向けて言った。
アースラには『アルカンシェル』という魔導兵器が積まれており、それを用いてコアを完膚なきまで消し飛ばすのだ。
一同は空を見上げて、事態の行方を見守る。
そして、はるか上空で、紫色の光が瞬き……。
『効果空間内の物体、完全消滅。再生反応……ありません!』
アースラスタッフのエイミィの通信がハナコ達のもとへと届き……『ナハトヴァール』の討伐が終了したことを知らされた。
それにより、場の空気は一気に弛緩し、各々が一休みするため凍り付いた海面へと降りていく。
そんな中、はやてが『夜天の魔導書』と行なっていた融合が解け、空中で気を失う。はやてはこれが生まれて初めての魔法戦。心身共に負担が大きかったのだろう。
なのはは『夜天の魔導書』の管制プログラムに抱えられるはやてを心配そうに見守りながら、クロノの魔法でできた海上に浮かぶ氷の上に降り立った。
そして、ふと気づく。先ほどまでお肉お肉とうるさかった声が響いてこないのだ。なのはは、周囲を見渡して、ハナコがいないことを確認すると、首をかしげて言う。
「ねえ、ハナコちゃんは?」
それに答えたのは、『デュランダル』を待機状態のカードへと戻したクロノだ。
「彼女なら、海の中に潜ったよ。一番美味しそうだった部位を回収してくるらしい」
「え、ええー。今、十二月だよ!? しかも、氷まで浮いてるのに!」
なのはは、海に浮かぶ『ナハトヴァール』の残骸を見渡しながら、あれらではダメだったのかと、彼女の食欲に呆れたような感心するような複雑な気持ちを抱いた。
クリスマス・イブの決戦。はやてを救うために行なわれたその戦いは、お肉の印象で上書きされそうになっていた。
◆◇◆◇◆
闇の書の闇、『ナハトヴァール』。暴走を始めようとしていたそれは、魔導師と守護騎士一同の奮闘、そして、やる気を出したハナコの全力により、無限に再生する肉体を削り取られつつ静止軌道まで飛ばされた。
そして、軌道上で待機していたアースラの魔導兵器『アルカンシェル』で跡形もなく消滅させられた。
これにより、バグが物理的になくなった『闇の書』は『夜天の魔導書』として生まれ直した。
……かに思われたが、そうは簡単にいかなかった。
「やはり、破損は致命的な部分まで至っている……自動防衛プログラムが停止しても、歪められた基礎構造はそのままだ」
そう語るのは、リインフォースとはやてに命名された『夜天の魔導書』の管制プログラム。銀髪の女性の姿を取ったそのプログラムは、『闇の書』の脅威はまだ去っていないと、意識を失ったはやてが運び込まれたアースラにて告げた。
「私は、『闇の書』本体は……遠からず、自動防衛プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」
そう告げるリインフォースに、ならば今のうちに修復はできないのかと、シャマルが問うが……。
「管制プログラムである私の中から、『夜天の魔導書』本来の姿が消されてしまっている。修復は不可能だ」
その言葉に、一同は気を落として沈黙する。
唯一救いがあるとすれば、『闇の書』からのはやてへの侵食は一時的に止まっており、身体の麻痺が消えていることだろう。
そして、自動防衛プログラムが再生成される前に、『闇の書』から守護騎士プログラムを切り離して独立させ、『闇の書』の基幹プログラムを管制プログラムごと破壊すれば……『闇の書』は再生も、次の主を求めての再転生もすることなく、この世から完全に消えてなくなる。リインフォースは、そう語った。
「……それって、リインフォースさんが死んじゃうってことですよね?」
なのはが、険しい顔をしてリインフォースに問う。
リインフォースはこくりとうなずき、儚く笑って言った。
「いいんだ。我が
その言葉を聞き、皆が一様に悲痛な表情を浮かべた。
『ナハトヴァール』の肉を楽しみにしていたハナコも、事態を認識して気分が沈む。
アースラの医務室に寝かされるはやてを囲んで、皆が肩を落とした。
そんなよどんだ空気の医務室に、一人訪ねてくる者がいた。すずかだ。
なぜ彼女がアースラにいるのか。彼女はどうやらアリサと一緒に、『闇の書の主』となのは達の地上での戦いに巻き込まれたようだった。そこで、緊急措置としてアースラに保護されていたのだ。
「あの……ハナコちゃん、お肉が焼けたんだけど……」
すずかが暗い空気の中で、困惑したように言う。
「ああ、ありがとう、すずかさん。でも、あれだね……こんな暗い気持ちで食べても、すずかさんの料理に失礼かもしれないね……」
「ハナコちゃん……」
気を落とした様子のハナコに、すずかは釣られて気分を沈ませた。
だが、そのハナコの言葉を否定する声が、医務室の出入り口から発せられた。
「いいや、ハナコ君は食べるべきだ。ハッピーエンドをたぐり寄せたいのならばね」
その声の主に、皆が振り返る。
その主は……ヘルメットを被った白衣の男。
「ゼロ博士!? なんでアースラに……」
「私が連れて来た」
ハナコが驚愕の声を上げると、さらに追加で医務室に現れる者がいた。グレアム提督だ。
「これは……一体どういうことですか?」
ヘルメット姿の怪しい部外者の登場だけでなく、捜査妨害をしていた提督までも乱入してきた状況に、クロノが渋い顔をして問う。
すると、グレアムが真面目な顔をして言った。
「最高評議会から私に、『闇の書』を正常な形に戻すよう指示が届いた。彼は、その最高評議会から派遣された人員だ」
最高評議会って、時空管理局で一番偉い人だよね、とハナコは頭の中で思った。そして、Dr.ゼロはここ最近、『無限書庫』で『闇の書』について調べていた。『闇の書』を修復するための何かを『無限書庫』で見つけたのではなかろうかと、ハナコは希望を抱いた。
「ドクター、もしかして、『夜天の魔導書』の本来の形を見つけたんですか?」
そうゼロに問いかけたのは、ユーノだ。やはりユーノは『無限書庫』でゼロと顔を合わせていたようだと、ハナコは目を輝かせるユーノを横目で見た。
「残念ながら、集めた基幹プログラムのデータはいくらか歯抜けがある。だから、それを今から用意してもらうよ」
「それは……『夜天の魔導書』の管制プログラムにも、データは残っていないそうなんです……」
ゼロの言葉に、ユーノが気を落としてそう答える。しかし、ゼロは口元を釣り上げ、さらに言った。
「用意するのは、別の人さ。ハナコ君、キミだ」
「ハァ?」
急に話を振られ、ハナコは思わず変な声をもらしてしまった。
だが、そんなハナコにゼロは抑揚の利いた声で言葉を告げる。
「グルメ細胞が、全てを導いてくれるはずさ」
そうしてハナコは……食堂へと連れていかれ、すずかの作った『ナハトヴァールの厚切りステーキ』を食べることになった。