ハナコは、一つの肉の前で手を合わせていた。いつものように、全ての食材に感謝を込めて「いただきます」と言葉にする。
この肉は、特別な肉だった。
『ナハトヴァール』の数ある部位の中でも、特別美味しそうな予感がする肉。ハナコは生まれつき、料理を食べる前からその食材が美味しいかどうか、食べられるかどうかを見極める、独特の感性を持っていた。
この肉は、美味であると直感したハナコが、直接『ナハトヴァール』から削り取って、海中に落とした部位だ。
『アルカンシェル』による攻撃で『ナハトヴァール』の完全消滅を確認した後、ハナコは海中に潜ってその肉を探した。
海に潜るのは久しぶりのことだった。
前の世界と違って、ハナコを餌と見なして襲ってくる魚獣類はいないし、〝人間界〟に美食をもたらしたグルメクラゲも漂ってはいない。
それでも、海は食材の宝庫だった。海を泳ぐ様々な生物を横目で見ながら、ハナコは海底に辿り着いた。
海底には、紫色に輝く巨大な結晶の塊が沈んでいた。
綺麗だけど不気味だなとハナコは思うも、それよりも今は肉だと思い直す。その肉は、巨大な結晶に突き刺さるように沈んでおり、ハナコは結晶から引きはがすようにして肉を回収した。
それから、肉を持って海上へと戻り……アースラに運んで、居合わせたすずかにステーキの調理を頼んだ。
そして今、ハナコはアースラの食堂で、一枚の皿と向かい合っていた。
合掌していた手を解き、皿の上の肉に集中する。
美味しそうに焼かれた厚切りステーキ。それを食べるために、ハナコはナイフとフォークを手に取った。
「本当にあの闇の書の闇を食べるのか……」
「かなりグロテスクだったろ、あれ。気持ち悪くないのか?」
剣士のシグナムとヴィータが、ハナコの後ろでそんなコメントをしてくる。
だが、ナイフでステーキに切れ目を入れながら、ハナコが反論する。
「グロテスクな見た目だから食べないなんて言っていたら、海洋生物の多くが食べられなくなるよ!」
そう言いながら、ハナコは切り分けたステーキ肉をおもむろに口へと運んだ。
ハナコの舌が始めに触れた感覚は、美味しさではなく特大の違和感。
どれだけ美味しい肉かと想像していたハナコだが、ここで驚愕をもって迎え入れることとなった。
「……お肉じゃなくてお肉みたいな植物だこれ!」
ハナコのセリフに、一同が「えっ」と驚きの声をもらした。
それを聞いて、Dr.ゼロが口元でニヤリと笑う。
そして、ハナコはフォークを動かし、さらにステーキを口へと運んでいく。
「でも、これはこれで美味しいなー。これが、魔力の味! プログラムの味!」
それは未知なる味だった。今まで味わったことのない美味。これが、魔法がもたらす新たな味か。ハナコはそう歓喜した。
新しい味。その中に、ハナコは馴染みの味を見つけた。それは、グルメ細胞によって美味しさが引き上げられた食材特有の味。ハナコが事前に予想していた通り、このステーキにはグルメ細胞が含まれている。
「うん、やっぱりグルメ細胞の味もする……なんで『闇の書』のお肉にグルメ細胞が?」
ハナコは、ステーキを飲み込みながら、疑問を口に出した。
それに答えるのは、Dr.ゼロだ。
「ハナコ君は守護騎士プログラムに、空色トータスの肉を渡していただろう? それを守護騎士達が日常的に食べていたとしたら……」
「あっ、なるほど。『闇の書』はヴィータさん達の肉体ごと
その後、こうして一つの部位にグルメ細胞が集まり、見事に美味なるステーキとなったわけである。
そんな偶然の出会いに感謝しつつ、ハナコはステーキを食べ進めていく。
やがて、五〇〇グラムはあったステーキは全て平らげられ、ハナコは手を合わせて「ごちそうさま」と食に感謝をした。
「さて、ハナコ君。『闇の書』のプログラムを食べたね?」
ゼロのそんな問いかけに、ハナコは口元を拭きつつ「美味しかったよ」と答える。
すると、ゼロがさらに問いかける。
「私の予想通り、それは植物の性質を宿していたね?」
「そうだね。『ナハトヴァール』はわたしのグルメ細胞に〝登録〟されたよ」
「そして、ハナコ君は〝登録〟以外にも一つの性質を持っているね? 食した植物が病気や遺伝子異常を起こしていた場合、その植物の正常な姿を導き出せる、そんな性質だ」
「そうだね。この前もチンクさんに言われてナスの遺伝子異常を見て……あっ!」
ハナコは何かに思い至り、口元に手を当てて叫び声を上げる。
そのハナコの様子に、食事をずっと見守っていた一同が、期待の目を向けた。
「わたしの中に『闇の書』の……『夜天の魔導書』の基幹プログラムのデータ、ある!」
「うむ。バグを起こした植物の性質を持つプログラムを食べたのなら、正常な状態のプログラムもハナコ君は知れるというわけだね。想定通りだ。では、データを提出してくれたまえ」
「了解、任せて!」
ハナコは時空管理局から与えられている携帯端末を手に取ると、早速、データを全速力で入力し始めた。
そんなゼロとハナコのやりとりを眺めていた一同は、落としていた肩を上げ、雰囲気を明るいものへと変えた。
ちょうど今夜はクリスマス・イブ。サンタクロースが、不幸な子供にハッピーエンドを届けにきた。話の行方を見守っていた誰かが、そんなことを思った。
ただし、サンタクロースは赤い服のお爺さんではなく、ヘルメットを被った白衣の青年だったが。
そして、ハナコのデータ入力を進めながら、一同で再び医務室に戻る。その途中、ハナコはふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「ハッピーエンドで万事解決なのはいいけどさ、悪のマッドサイエンティストを自称する博士の目的は何かな? 無償で働く殊勝な心がけがあるわけじゃないよね?」
すると、アースラの青白い廊下を歩きながら、ゼロが素直に答えた。
「『夜天の魔導書』は無から植物を生み出す力を持つ。『ナハトヴァール』の無限再生に使われていた力だね。十一年前の『闇の書』が無数の根を生やして暴走する映像を見て、ピンと来たんだ。これを解析すれば、食材の研究に役立つだろうとね。ハナコ君が生み出す野菜も上等だが、私は自らの手で美味なる野菜を作り出してみたい」
「うん、そういう分かりやすい理由があると、遠慮なく頼めるね」
「まあ、私もメリットがなければ、最高評議会の指示でも慈善活動なんてしないからね」
そのゼロの言い様に、ハナコはデータを入力しながら「ふふっ」と笑った。
やがて一同は、はやてが寝かされた医務室に到着する。そして、ゼロが早速、行動を開始する。
「魔導書の
「はい! お手伝いします!」
「ううっ、もう少し寝かせてーな……」
それから、『夜天の魔導書』の修復作業が始まった。
その作業のかたわら、ハナコは医務室で借りたデスクトップ端末でデータを入力し続ける。
「初期化、初期化、初期化。ふむ、こちらは守護騎士プログラムか。初期化したいところだが、恨まれそうだね」
「お前、あたしからはやての記憶を消したら、本気でぶっ飛ばすかんな!」
「ヴィータちゃん、落ち着いて……!」
作業は順調に進んでいく。もちろん、途中で思わぬ事態が発生することもある。
「おや? これは、生きた小動物が入っているとは、八神はやて君。動物を飼いたいかね?」
「ど、動物ですか……それも『夜天の魔導書』のプログラムっちゅうやつですか?」
「いや、『闇の書』が蒐集した小生物が丸ごと入っていたようだ。不要なら消去するが」
「消去はダメです! 飼いますから残してください」
「いや、残すと初期化作業の邪魔だから、取り出すよ。そら」
「わっ、可愛い……!」
「エルトリアという世界の在来種のようだね。それぞれの個体名は、ディアーチェ、シュテル、レヴィだそうだ」
作業の合間に、可愛い猫のような生物が三匹姿を見せた一幕もあった。
そして、深夜を過ぎ、未明に差しかかってきたころ。ゼロの作業は無事に終了した。
「さて、転生プログラムも初期化して次元世界を旅する機能に戻してあるよ。防衛プログラムの無限再生能力は、破損したデータを自動修復する機能に戻した」
「本当にありがとうございます! 感謝します!」
医務室のベッドに座りながら、はやてがゼロに心からの礼を言った。彼女の腕には、『闇の書』あらため、『夜天の魔導書』が抱かれている。
「うむ、感謝は受け取っておこう。ああ、君からの報酬は要らないよ。最高評議会から搾り取っておくさ。だが、八神はやて君。これからが大変だよ?」
「分かっています。『闇の書』の蒐集で、いろんな人に迷惑をかけて……時空管理局の処罰には従います」
「それだけではないさ。今回の修復作業で、愚者どもが後付けしたゴミプログラムはなくなり、本来の〝学術的に魔法を蒐集する、旅する魔導書〟が再誕したわけだ。聖王教会が飛びつくのではないかね?」
「聖王教会、ですか?」
「『夜天の魔導書』が生みだされた古代ベルカ関連の宗教団体さ。ミッドチルダという世界を主な拠点としている。そこに目を付けられたら、地球に住み続けることは難しくなるかもしれないね」
「はあ……でも、家族のみんなと一緒にいられるなら、住む場所にはこだわりません」
はやては、ベッドの隣に立つリインフォースの手をにぎって、はっきりとそう告げた。
こうして、犠牲者を出すことなく、物語はハッピーエンドで終わった。
ロストロギア『闇の書』は姿を変え、古代ベルカの秘宝『夜天の魔導書』へと戻り……管制プログラムのリインフォースと、守護騎士の四人は、はやての家族としてこれから末永く暮らしていくこととなるだろう。
今回ばかりはハナコも、悪のマッドサイエンティストを自称するこのヘルメット男を手放しで称賛することに決めた。
とは言っても、彼女は普段からゼロに問題を感じているわけでもないのだが……。
そう思ってハナコがゼロを見ていると、そのゼロが振り返って、ハナコに向けて話しかけてきた。
「ところでハナコ君。自己防衛プログラムの部位を拾いに海中に潜ったそうだが……海底に本のページか大きな結晶体は落ちていなかったかね?」
「大きな紫色の結晶があったよー。なんで知っているの?」
「それは『夜天の魔導書』由来の物品だよ。『ナハトヴァール』からこぼれ落ちたんだろうね。ふむ、私的に回収しておくか」
「ネコババするつもりだね?」
「くくく、私のおかげでハッピーエンドに辿り着けたんだ。今さら君達に謝礼を
まあ、これくらい欲を出してもらった方が付き合いやすいな。そう思うハナコであった。
◆◇◆◇◆
その後の話をしよう。
『夜天の魔導書』の修復が終わってから入院していた病院へと戻ったはやてだが、病院側には無断外泊がバレていて、はやてと守護騎士達は担当医から大目玉を食らった。
そして、麻痺症状が急におだやかになったと聞かされた担当医は、心底驚き……我がことのようにはやての快復を喜んでくれた。
アリサとすずか、ハナコはアースラからそれぞれの住む家へと戻った。家への連絡はアースラから昨夜の内にしてあり、叱られるということはなかった。しかし、家の者達にたいそう心配されて、居心地が悪くなった彼女達であった。
なのははアースラに残り、連続魔導師襲撃事件の事後処理を続けた。
とは言っても、報告書を提出する程度で、重要な手続きは執務官のクロノ任せである。
昼前には解放され、月村家で開かれることになったクリスマス会が始まるまで、仮眠を取ることにした。
ユーノは本局の無限書庫で『闇の書』を調査していたところから地球に駆けつけた形となったわけだが、そのまま年始あたりまで高町家に再びお世話になることになった。
年明け以降の予定に関しては、彼に時空管理局からスカウトが来ていた。『無限書庫』で司書の仕事をしないかとのことだ。ユーノは受ける方向だが、他の司書がいないと激務に追われそうだと、今から戦々恐々としていた。
各々が、それぞれの場所に帰ってからしばし。午後になり、月村邸でクリスマス会が始まった。
「今日は椀飯振舞だよー。秘蔵の食材出すよ!」
ハナコが張り切りマウクランから食材を持ちこむと、それを早速すずかが料理していく。
「うーん、このお野菜はどう使うべきか……」
すずかは、最近身についてきた食材に対する独特の感性で、初見の食材を美味しく調理していく。
そして、招かれたなのは、アリサ、ユーノの三人は、すずかの特製料理に舌鼓を打った。
「はあー、今日は特に美味しかったわね!」
満腹寸前になるまで料理を食べたアリサが、満足そうにそう言った。
「食材がいいんだよ」
「料理人の腕がいいんだよ」
すずかとハナコが互いにそう言い合い、それから顔を見合わせて笑った。
「ちなみに、『ナハトヴァール』の部位もまだ残っているけど……」
「それはいらない!」
ハナコが持ち出した話に、アリサはとっさに腕でバツ印を作り、拒否をした。
すると、場が爆笑に包まれ、ハナコは恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
最後に、なのはの実家の店『翠屋』特製ブッシュドノエル(身内限定マウクラン食材使用版)を食べ、楽しい一時は過ぎていった。
美味しい料理があり、親しい人がいて、笑顔がある。それだけそろっていれば、世界が変わっても幸せな日々は過ごせる。ハナコはそう思い、心が満腹になれるこんな日々がずっと続くことを心の中で美食の神々に願った。
A's編終了です。手元のPSPが壊れているため、次はBoA/GoD編ではなくReflection/Detonation編です。
ちなみに『ナハトヴァール』の肉が植物という設定は、オリジナル設定です。原作A'sの回想シーンで『闇の書』の暴走に巻き込まれたクロノの父親と次元航行艦が植物の根らしきものに侵食されていたことと、Reflection/Detonationの『砕け得ぬ闇』が『生命操作』で植物を自在に生やす能力を持ち、『光の樹』『結晶樹』を人から生やして肉体を生成する力を行使していたことから解釈しました。