【完結】おいしいおにくがたべたい   作:Leni

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34.猫は心のオアシスだよ

 四月のとある土曜日。ハナコは珍しくマウクランへ行かずに、月村邸で休日を過ごしていた。

 なぜマウクランへ向かっていないか。それは、この月村家を出ていく者がおり、別れを惜しんでいるからだ。

 その者の名は、ミャーコ。月村邸で飼われている子猫である。

 

 そう、今日は月村邸の子猫が一匹、里親に出される日なのだ。

 

「どうか、この子をよろしくお願いします」

 

 すずかが、子猫の入った猫用キャリーバッグを里親となる一家へと引き渡す。

 それは、中年の夫婦と、小さな子供が一人の三人家族だった。

 

「はい、大切にします」

 

 一家の父親が、代表してキャリーを受け取る。そして、キャリーの中の子猫に、子供が目を輝かせた。

 

「猫さん……!」

 

 子供は乱暴にキャリーを叩くことはなく、大人しく猫を見つめている。よく両親から言い含められているのだろう。

 その様子に満足したすずかは、笑顔で一家を見送った。

 

 そんな引き渡しの風景を同じ部屋で黙って見ていたハナコは、涙目になりながらポツリと言う。

 

「ミャーコ、達者でね……」

 

「ハナコちゃんに懐いていたからね。寂しいかな?」

 

 すずかがニコニコと笑いながら、ハナコに問う。

 

「うん、寂しいね……」

 

「ハナコちゃんが猫好きでよかった」

 

 月村邸は猫の楽園である。大勢の猫が飼われていて、定期的に猫を里親に出している猫屋敷なのだ。

 ここで生まれた猫だけでなく、町で保護した保護猫もいて、日々一家で猫のケアを行なっている。

 ハナコも猫のために何かできることはないかと、美味しい食材を与えてみようとしたことがある。しかし、そのときはすずかにグルメ細胞に適合させるつもりかと、本気で怒られてしまった。

 

 ちなみに、月村邸でハナコが家庭菜園をしていた頃、庭に出した猫が畑に入り込み、野菜や果実をかじってしまう事件も何度かあった。どうやらグルメ細胞に適合することはなかったようだが、一歩間違っていれば猫から進化した新たな哺乳獣類が、地球に誕生してしまう危険性があった。ハナコ、迂闊(うかつ)である。

 

 そんな月村家で生活をしているうちに、ハナコもすっかり猫好きになっていた。

 ちなみに、犬好きのアリサとは特に争うことはない。猫も犬も可愛いね。その精神で十分なのである。

 

「はー、寂しいなぁ。他の子を見て寂しさを紛らわそう」

 

「うふふ、わたしも()でるね」

 

 猫を愛でるのか、猫を愛でるハナコを愛でるのか。どちらとも取れるセリフをすずかが言い、ハナコ達は土曜の午前中をのんびりと過ごした。

 そして、昼食の席で、すずかが唐突にこんなことを言い出す。

 

「そうだ、久しぶりにはやてちゃんの家に猫を見にいこうよ。今日、はやてちゃんは家にいるらしいから」

 

「はやてさんの猫……あの、別世界産の猫っぽい生物」

 

「うん。すごいよね。地球にはいない生物のはずなのに、とても猫っぽいの」

 

「久しぶりに会いに行くかー」

 

 そういうことになり、昼食を終えた後に二人はメイドのノエルに車で送ってもらい、八神家へとやってきた。

 この八神家には、この五ヶ月あまりで二人は何度も訪れた。一緒に料理したり、お茶をしたり、雑談したり、猫を愛でたりと、いろいろ楽しんできた。

 今日も、数週間ぶりに猫達とお楽しみタイムだ。

 

「いらっしゃーい」

 

 車椅子に乗ったはやてが、玄関で二人を迎えた。車椅子の後ろには『夜天の魔導書』の管制プログラムであるリインフォースが付き従っている。

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

 すずかとハナコがそう挨拶をすると、玄関の奥、廊下に二匹の猫が顔を出した。

 

「おっ、早速来たね、ディアーチェとレヴィ。シュテルはどうしたかなー?」

 

 ハナコが表情をほにゃっとさせて、猫達に話しかける。すると、遅れてもう一匹の猫が廊下に姿を出した。

 

「おー、シュテルこんちゃー」

 

 ハナコがそう挨拶をすると、猫の中の一匹、シュテルが「なー」と返事をした。

 

「うん、やっぱりこの子達、人間の言葉、理解しているよね」

 

「そやなぁ。最近はそう感じるわ」

 

 ハナコの感想に、はやてもうなずいてそう答えた。

 

「日本の言葉を覚えたってことかな? まあそういう頭の良い生物なのかもしれないね」

 

「せやな。異世界の猫やしそういうこともあるやろ」

 

 ハナコとはやてがそう言葉を交わすと、ハナコ達は玄関で靴を脱いで廊下へと上がった。

 それから、リインフォースがはやての車椅子をUターンさせ、居間へと向かうと、三匹の猫のうちレヴィが飛び出して、はやての脇を通った。

 そして、ハナコに向かって勢いよく飛びかかった。それをハナコは難なくキャッチ。正面からレヴィを抱え上げた。

 

「ふなー」

 

「おー、レヴィ、どうしたー」

 

「なー」

 

「今日はお土産ないぞー。わたしは餌付けのお姉ちゃんじゃないぞー」

 

「なー!」

 

 レヴィのねこパンチがハナコの顔に炸裂し、ハナコはとっさにレヴィを手放した。

 するとレヴィは華麗に体をひねって着地すると、再度ジャンプしてハナコが肩から提げているバッグにつかまった。

 

「ぬあー、よくぞ見抜いた。今日は特別に、『ランニングバッファローの無塩ジャーキー』を持ってきているんだよ」

 

「うなー!」

 

 ハナコの言葉を聞いたレヴィは、喜びでハナコのバッグにねこパンチを何度も食らわせた。

 そんな一幕があってから、一同は居間に移動し、雑談をしながら猫三匹とたわむれ始める。

 ハナコとすずか、はやての手にはハナコのジャーキーが握られており、猫達がそこへかじりついている。

 

 ハナコにはレヴィ、すずかにはシュテル、はやてにはディアーチェがついており、それぞれの猫の特徴が垣間見える食べっぷりだった。

 レヴィは、とにかく一心不乱でジャーキーにかじりついている。

 シュテルは、のんびりマイペースに少しずつすずかの手からジャーキーをいただいている。

 ディアーチェは、そんな二匹を見守りながら、はやてにジャーキーを与えさせている。

 

 ディアーチェが親分で、シュテルとレヴィは子分。三匹はそんな関係なのだが、ディアーチェが上の立場から二匹をアゴに使うということはない。ディアーチェは二匹のことを守ってやっているつもりで、シュテルとレヴィはそんなディアーチェを慕っている様子だった。

 

「しっかし、グルメ細胞で品種改良した肉とか、贅沢なやっちゃなー」

 

 はやてがそう言うと、ディアーチェが「うにゃっ!」と言って、はやてのジャーキーを持つ手をパンチした。

 

「あいたっ。もー、ディアーチェはまったく。分かっとるんか? グルメ細胞に適合したら、我が家を出ていって人の居ない世界で過ごさなきゃあかんのやで」

 

「なー」

 

 はやてのぼやきに、ディアーチェはそう鳴き声を返して、ジャーキーを再度食べ始めた。

 その様子にはやては苦笑し、グルメ細胞に適合して凶暴な生物に進化しませんようにと祈った。

 

「ま、贅沢を覚えさせちゃったはやてさんの負けだね」

 

 レヴィにジャーキーを全て食べられ、ペロペロと指先を舐められながら、ハナコが言う。

 はやてが猫達に贅沢を覚えさせた。これは事実である。

 

「仕方ないやん? 我が家の台所、台が低いんやから」

 

「まあ、届く範囲にグルメ細胞で美味しくなったお肉があったら、食いつくよね」

 

「そやな。うちで飼うと決めた以上、そうなる運命やったんや」

 

「今のところは適合していないけど、今後はどうかなー」

 

 そんな会話をはやてとハナコが交わしている間にも、レヴィはハナコの指を舐め続ける。

 ザラザラしているなー、と思いつつ、ハナコが「おかわりはないよ」と言うと、レヴィはハナコの体を駆け上がって顔に猫パンチを一発かまし、部屋の隅に逃げていった。

 

 それを見てはやてが笑い、ディアーチェが「うなー」と鳴く。

 ちなみに、シュテルはすずかの前でマイペースにジャーキーを少しずつ食べ続けていた。

 

 そんな、春の日の平和な一幕。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 翌日、日曜日。マウクランに向かったハナコは、昨日の猫パラダイスを思い出して顔をニヤニヤとさせながら、食堂へと向かった。この時間はDr.ゼロが食事中のはず、と思ってやってきたのだが、ハナコの予想通りゼロがナンバーズと一緒にテーブル席に着き食事を取っていた。

 

 ハナコはそんなゼロに片手を上げて挨拶し、業務連絡を交わし合う。

 そして、ふとハナコが昨日に八神家で話題になったある疑問を口にした。

 

「ディアーチェとレヴィ、シュテルの三匹だけどさ、あの猫達の出身地って、他にもああいう可愛い生物っているの?」

 

 ハナコは、かつてゼロが『闇の書』からディアーチェ達三匹を取り出したときに、惑星の名前を告げてきたことを思い出していた。

 その名前は、なんだったか。ハナコはおぼろげな記憶を掘り返そうとする。が、その前にゼロが答えた。

 

「惑星エルトリアかい? あそこはそんな動物の楽園ではないよ」

 

 あんな可愛くて賢い猫がいる世界が、わんにゃん動物ワールドではない。ハナコは少し残念な気持ちになった。

 そんなハナコに、ゼロは言葉を続ける。

 

「私が知っていることは、そう多くはないのだがね……エルトリアは時空管理局が未だ発見していない世界だよ」

 

 どうやらエルトリアは、魔法文明を持つ時空管理局の管轄下の管理世界ではないようだった。

 

「そして、すでに滅んだ世界でもある」

 

 ゼロのそんな追加の言葉に、ハナコは目をぱちくりとさせた。そして、ゼロに問う。

 

「人類が絶滅して、動物の楽園になっているとか、そういうのではないわけ?」

 

「人類は絶滅していないよ。ただし、人類が住むための惑星が滅んでいるんだ。人類は、惑星を脱出して宇宙でなんとか生きながらえている状態だ」

 

「はー、そりゃまた、ハードな世界で」

 

「もちろん、その世界の人々も滅びに身を任せているわけではない」

 

 食事を終え、ナプキンで口元を拭きながら、ゼロが言う。

 

「惑星再生委員会という組織を発足させて、惑星を滅ぼした元凶の『死蝕』という現象の謎を究明し、荒廃した大地をテラフォーミングしようとしている」

 

「おおー。人はそれくらいしぶとくなきゃね」

 

 ハナコは、惑星再生というワードに自分が産まれた境遇を重ねながら、しみじみと言った。

 

「ああ、いや。テラフォーミングしているではないね。正確には、しようとしていた、だ」

 

「ありゃ、頓挫(とんざ)しちゃったの」

 

「そうだね。委員会の成果が微妙で四十年ほど前に予算打ち切りになって、そこへ内部のいざこざがあって職員のほとんどが殺されたようだ」

 

「うへー。予算は仕方ないけど、内ゲバかぁ」

 

「君が先ほど話していた三匹の猫は、その委員会で飼われていた愛玩動物達だね」

 

「へー。そんな猫が『闇の書』に肉体ごと蒐集されるとか、いろいろ複雑な事情があったのかもしれないね」

 

 ハナコは、八神家で見た三匹の猫達の可愛い姿を思い返した。

 リンカーコアを持つ人ではなく、か弱い猫三匹が『闇の書』の中に閉じ込められるとは、いったいどのようなことが起きたのか。凄絶な物語でもあるのだろうか、とハナコは考えた。

 

「そのへんを話そうとすると、複雑な経緯を語る必要があるね」

 

「あー、気になるけど、そこはまた今度聞くよ。そろそろ研究始めないと、休日が終わっちゃうから」

 

「そうかい? まあ、いつでも聞いてくれたまえ」

 

 そう言ってゼロとハナコは別れ、それぞれの研究をしに食堂を出た。

 

 そして、ハナコは本日の研究を開始しながら、思う。可愛い猫もいいけれど、このマウクランで育つ動物達は、可愛さよりも美味しさを目指してほしいな、と。

 可愛すぎる見た目などに進化されたら、捕獲するのが心苦しくなる。ハナコ十歳。可愛い生き物を純粋に可愛いと愛でる感性は、まだ失われていなかった。

 


 

ランニングバッファロー(哺乳獣類)

捕獲レベル:2

オリジナル食材。マウクランで品種改良された水牛で、名前の通り長距離を長時間走ることが得意。走れば走るほど肉質が向上して全身が霜降り状態になっていく。その特性から、家畜とするならば広大な放牧地が求められ、走行で荒らされる地面の手入れも必要となってくる、なかなか手間のかかる水牛である。

 




無事に最終話まで書き終わったので、安心して最後までお付き合いください。完結は十一月中旬頃になる予定です。
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