ハナコが小学四年生となってから、またたく間に時が過ぎていき、やがて七月の夏休みに突入した。
ハナコは特に他所へ遊びに行くこともなく、マウクランへとやってきて研究の続きに取りかかる。物心つく頃からグルメ研究者をしていた彼女にとっては、このマウクランの中央研究所こそが、最高の遊び場だった。
夏休みでの集中的な研究の末、ハナコはかねて研究中の題材に光明が見え、作業に一区切りがついた。
現在の研究テーマは、『虹の実の栽培とそれを取り巻く生態系の構築』というものだ。
香りだけで生物を惹きつける虹の実という果実を栽培し、その果実を狙う生物を集める。そしてさらに、その集まった生物を狙う肉食獣を配置する。それによって一つの生態系を作り上げようという研究である。
この虹の実は、ハナコが昔いた世界の旧第八グルメ研究所で栽培されていた食材だ。
IGOは意図していなかったが、その虹の実の近くに肉食のトロルコングという生物の群れが巣を作ってしまったことがあった。トロルコングは虹の実を食べないが、虹の実を求めて集まってきた生物を捕食するためにわざわざ虹の実の近くに陣取っていたのだ。
ハナコは、その状況を意図的に作り上げようとしていた。他の生物を捕食し続ける肉食獣と、ストレスにさらされる虹の実狙いの生物両方に、グルメ細胞による進化をうながそうと考えて。
「ついでに虹の実もゲットできれば一石二鳥だね」
ハナコは虹の実の味を思い出し、ヨダレを飲みこみながら研究資料を整理した。
すでに虹の実の栽培場所も選定済みで、種を植えてある。後は、付近に配置した頭のいい肉食獣が群れで巣を作ってくれれば……。
ハナコはさらなるマウクランの発展を想像し、怪しい笑みを浮かべた。
「さーて、こっちは一区切り付いたし、久しぶりに博士の進捗を確認しないとね」
資料をまとめ終わったハナコは、携帯端末でDr.ゼロに連絡し、現在の研究を確認したい旨を知らせた。
返事はすぐさま返ってきて、ハナコはゼロの現在地である、農園の中心地へと向かった。
「うわー、何度見ても綺麗だねぇ」
農園の中心地には、場に不釣り合いな巨大な物体がそそり立っていた。
それは、紫色に光る結晶体。以前、ハナコが海鳴市の海底で見つけた結晶だ。ゼロ曰く、八神はやてが持つ古代ベルカの秘宝『夜天の魔導書』由来の品らしい。ゼロは見事、ネコババに成功してここマウクランの農園に運んできたようだった。
「はー、でも、あらためてみるとただの水晶じゃないね」
ハナコは、ところどころに機材が取り付けられた結晶体に近づいて、触れる。
見た目はただの綺麗な紫水晶としか思えない。
だが、ハナコの感覚では、結晶の内部に濃厚なカロリーが渦巻いていることが分かった。
「来たね。ハナコ君、これが今の私の研究対象だ」
ゼロが、白衣を風ではためかせながら、ハナコのもとへと歩いてくる。
「こんちゃっす。これについて何か分かった?」
「以前も言った通り、これは『闇の書』の追加機能の一部だね。つまりは古代ベルカのロストロギアだ。名称を高密度生命エネルギー結晶体『永遠結晶』という」
「なるほど、高密度生命エネルギー……どうりで、ものすごいカロリーを感じるかと思ったよ」
「カロリーか……食べる発想は無かった。もしかして食べられそうかい?」
ゼロの問いかけに、ハナコは「博士は無理」と答える。そして、ハナコはさらに続けて言う。
「私はそこらの石だろうが食べられるからね。博士は普通の人間だから、グルメ細胞で食材化していない石は食べられないよ」
「そうかい。それは残念だ……」
本当に残念そうに、ゼロは言った。
それから気を取り直すように、ゼロが説明を続ける。
「で、これはこのままではただの置物だが、『夜天の魔導書』を使ってアクセスすることでその力を引き出すことができるんだ」
「つまり、はやてさんを連れてくるの?」
『夜天の魔導書』は現在、八神はやてが所持している。『夜天の魔導書』はそれ自体が主を選ぶ魔導書なので、主の変更も利かない。よって、アクセスに『夜天の魔導書』が必要ならば、はやてをこの場に連れてくる必要があった。
「いや、『闇の書』の初期化をした時に、データはあらかた取得してあるからね。アクセス権限も複製してある」
「うわ、『夜天の魔導書』コピーしたの?」
ゼロの言い様に、ハナコはドン引きしたような声で問うた。
「してはいないよ。『夜天の魔導書』を丸ごと複製するには、古代ベルカ時代の稀少な資材が必要だからね。やるつもりはないさ。その代わり、アクセス権限だけを抜き出して、適当なストレージデバイスに入力してある」
「なるほどー。で、そのアクセスに成功して、ずっと研究を続けていた感じかな?」
「ああ。この『永遠結晶』は、魔力や生命エネルギーを使用して生物を発生させる『生命操作』のロストロギアなのだが……」
そう言いながら、ゼロがその場で『生命操作』の実演をしてみせた。
結晶の周囲に生えていた雑草が結晶化して砕け、その後、急に地面から新たな雑草が生えてきた。そして、またたく間に周囲が新しい草で生い茂った。
それを見て、ハナコは感心したように息を吐く。
「エネルギーを消費するだけで、種もないところから植物が生えてくるわけかぁ」
「うむ、これを使ってハナコ君に頼らないビオトープを作り出せればと思っていた。しかし……」
そこまで言って、ゼロはヘルメットに覆われた頭を横に振った。
「その様子じゃ、ダメだったか」
「ダメだね。『永遠結晶』はグルメ細胞を新しく生み出せない。グルメ細胞を含む植物でビオトープを構築できない。できるのは精々、グルメ細胞を周囲から集めて一つにまとめることくらいだ」
「グルメ細胞を集める……それはそれで面白そうだけどね」
ハナコは、植物の品種改良に使えそうだなと想像した。
「まあそうだね。君が食した『ナハトヴァールの肉』も、そうして生まれた物だ」
「あー、なるほど。ヴォルケンリッター達の体内に残っていたグルメ細胞をわたしが食べたあの部位にまとめたってことだね」
「うむ。これはこれで使えるが、グルメ細胞を使ったビオトープを新規で作り出す目的には合わないね」
ゼロは心底残念そうに言った
どうやら、ゼロの研究は想定通りの結果を出すとはいかなかったようだ。
だが、それもまた研究というもの。失敗を重ねてもデータは積み上がっていき、それが次の研究に役立つこともある。日進月歩とは限らないが、少しずつ、着実に前に進んでいくのだ。
その後、今度はゼロがハナコの研究結果を尋ねてくる。
ハナコが研究テーマ『虹の実の栽培とそれを取り巻く生態系の構築』について話すと、ゼロは興味深そうに質問を重ねてから、感心して言った。
「合理的だ。目的がその虹の実の栽培と考えると、肉食獣に実を守らせることで、獣害を防ぐ形になるわけだ」
「わたし的には虹の実の栽培よりも、生態系の構築が目的なんだけど」
「私的には最終的に何が自分の口に入るかが重要だよ。その肉食獣は美味しいのかい?」
「んー、あいつらは多分、筋張っていてあまり食用には向いていないよ。虹の実は一本の木に何個も実るから、一つだけ収穫して、他は生態系の維持のために残そう」
「一つだけかい?」
「虹の実は、めちゃくちゃ大きいんだよ。一個だけで博士とナンバーズが全員で食べても余裕であまるくらい」
「それはそれは。実るまで楽しみに待っているとしよう」
無人世界マウクランはゼロとハナコの手によって、着実に姿を変えていっている。
すっかり凶暴な獣がはびこる魔境と化しているが、二人にとっては遊び甲斐のある美食の楽園であった。
◆◇◆◇◆
夏休み真っ盛りな七月末。
朝食を終えたハナコは、月村邸のダイニングで月村一家と共に食後のお茶を飲んでのんびりとしていた。
マウクランで収穫した新種の茶、満足茶で胃を落ち着かせ、雑談に興じる。
そして、今日の予定を伝え合ったところで、ダイニングにメイドのファリンが小走りで駆け込んできた。
「た、大変ですー! 旦那様ー! 奥様―! テレビが! テレビがー!」
そのようなことを叫んで、リモコンをつかみダイニングのテレビをつける。
なんだかこんなこと前にもあったような、とハナコがデジャヴを感じていると、テレビに驚くべき映像が映し出されていた。
「海鳴市沿岸で緊急事態ですー!」
テレビに映し出された番組は臨時ニュース。ニュースの内容は……東京湾に現れた巨大ロボットが海を移動して海鳴市の沿岸部に近づいているというものだった。
ロボットは全部で五体おり、大きさは最大の物で五〇メートルを超えていると報道されていた。
「はー、こっちの地球の兵器って、あんなものがあるんだねぇ」
ハナコはニュースを見ながら、のんびりと満足茶を口にする。
すると、ファリンが振り返ってハナコに言う。
「明らかにオーバーテクノロジーですよ! 今の地球では、まともに歩く人型ロボットですら造るのが難しいんですからー」
「えっ、だってノエルさんとかファリンさんって……」
「今の地球では、ですよー」
そんな会話をしている間にも、巨大ロボット達は海鳴市に刻一刻と近づいていた。
このままでは、上陸を許してしまうことだろう。
「ハナコちゃん、そんなのんきなことを言っている場合じゃないよ!」
一緒にテレビを見ていた、すずかがハナコに向けて叫ぶ。
「うーん、このまま上陸したら、どうなるんだろうね」
ハナコがぼんやりとテレビを見ながら、すずかに向けて言う。
「どうなるって、街が破壊されちゃうんだよ!」
「あー、そういうの前にテレビで観た映画であったよね。ロボットじゃなくて怪獣だったけど」
「あんな大きな物が上陸したら、絶対にそうなるよ……」
「そりゃ大変だ。仕方ない、壊しに行ってくるよ」
「……ごめん、助けてって素直に言うべきだったね」
「いいのいいの。それに、なのはさん達も来てくれるだろうから、そんなに大変じゃないよ」
ハナコはそう言って、カップの中の満足茶を飲み干し、席を立った。
そして、心配そうな顔をする月村一家に見送られながら、ハナコは玄関から出て沿岸部へワープしていくのだった。
満足茶(植物)
捕獲レベル:人工生産可能
オリジナル食材。日本産のチャノキの苗にグルメ細胞を植え付けることで生まれた新種の茶葉。