海鳴臨海公園。海岸沿いに作られた公共施設だが、いつもならば朝の散歩で人がいくらか行き交う場所だ。
だが、今朝に限っては、人の姿はない。沿岸から上陸しようとしている巨大ロボットの進攻先が、この臨海公園だからだ。
ロボットの接近を知らずに散歩をしていた人は、駆けつけた警察官によって避難誘導され、公園は無人となった。
その海鳴臨海公園に、一人の少女が突然現れる。
ハナコだ。『ワープロード』で作った時空の歪みを通って、月村邸の玄関先から一息にワープしてきたのだ。
ハナコは周囲を見渡してから、岸の方を見る。
すると、巨大な五体のロボットが今にも上陸せんと、蜘蛛のような細長い多脚を細かく動かして海面を波立たせていた。
ロボットは、蜘蛛のような下半身に人の様な上半身を持つ独特なシルエットをしている。テレビでは最大で五十メートル以上と言われていたが、海面より下の細い脚を含めるとそれを超えた高さになりそうだった。
自衛隊らしき戦闘機が数機ロボットの上空を旋回しているが、ロボットに対する有効打は与えられていない模様だ。然もありなん。地球の戦闘機は、このような巨大なロボットとの戦いを想定した兵器ではないのだ。
「わたしが一番乗りかぁ」
なのはを始めとした魔法少女達がまだやってきていないことを確認したハナコは、気乗りしない表情で公園の土部分に一つの種を植え込んだ。
すると、一瞬で芽吹き、成長し、植物とは思えない独特な形を取り始める。
それは巨大な鳥。翼があり、クチバシを持つ植物の鳥だった。
「よし、ワタリギク、行くよ」
ハナコがそう言うと、鳥の形をした植物は自ら動いて地面から根を抜き、根を足のように動かしてハナコの背中にまとわりついた。
そして、鳥の植物、ワタリギクが激しく羽ばたくと、ハナコはその場で浮き上がり、空を飛び始めた。
真っ直ぐに巨大ロボットへと突撃していくハナコ。
当然、ロボット側もハナコの存在を感知する。
先頭を進むロボットに備え付けられた銃砲。それらが一斉に火を吹く。
ハナコに殺到する無数の銃弾。だが、ハナコはそれを避ける様子を見せない。
余裕の表情で、ハナコは左の手の平を前へと突き出す。
「『鍋ぶたシールド』!」
ハナコのその叫びと共に、食欲のエネルギーが具現化され、ハナコの前方に巨大な鍋ぶたが出現する。
その鍋ぶたが盾となり、銃弾は全て弾き返される。
ハナコはそのまま真っ直ぐ前に飛翔し、勢いを止めぬまま先頭を行くロボットに突進する。そして、激突の瞬間、ハナコは思いっきり拳を振りかぶった。
「『フライパンチ』!」
ハナコの渾身の突きが、巨大ロボットの装甲を破壊する。
さらにグルメ細胞のエネルギーが食欲によって形作られた巨大なフライパンが、ロボット上部の装甲を吹き飛ばした。
装甲を砕かれ上半身の胸部を破壊されたロボットは、横転しそうになる。だが、複数の脚でバランスをなんとか保ったロボットは、その場で静止した。
それを見て、空中で旋回しながら満足そうに息を吐くハナコ。
だが、しかし。
次の瞬間、ロボットの吹き飛んだ胸部に、砕けた機械のパーツがひとりでに浮いて集まっていき、パーツが組み合わさってもとの姿に戻り始めた。
「うげっ、機械のくせに再生機能付きかー」
ハナコは嫌そうな顔をしながら、次の一手を考える。
再生するなら、まずは足止めか。
方針を決め、ハナコはツタになる種をロボットに撃ち込んだ。
すると、五体のロボットから無数のツタが突然生えてきて、ロボットの全身を覆う。ロボットはツタに絡め取られ、見事に動きを止められた。
ハナコはこの結果に満足すると、次は再生できなくなるまで攻撃を続けようと考えた。
機械兵器に有効な植物はどれかハナコが頭を悩ませ始めた、その時だ。
不意に、周囲の空間がなにかに置き換わったような感覚をハナコは覚えた。
まるで、自分とロボット達だけが、今まで居た場所とそっくりな全く違う空間に移動させられたような、不思議な感覚。
ハナコは何が起きたのかと、周囲を見渡す。
すると、陸地の方から二人の少女が空を飛んでこちらに近づいてくるのが見えた。
なのはとフェイトだ。二人とも、バリアジャケットという戦闘服に着替えている。
二人はハナコの隣にやってくると、空中で静止した。そして、フェイトがマントをたなびかせながら、ハナコに向けて言う。
「アルフが結界の中に閉じ込めたよ。これで周囲を気にしないで戦える」
「おー、結界。そんなものがあるんだね」
以前の闇の書の闇『ナハトヴァール』と戦ったときもその結界の中で戦ったのだが、それには気づいていないハナコだった。
そして、フェイトの隣で浮くなのはも、ハナコに話しかける。
「ごめん、ハナコちゃん、遅れた」
「いいのいいの。上陸はまだされてないよ」
「でも、テレビのカメラにハナコちゃん映っちゃったかも」
なのはのその言葉に、ハナコは目を見開いて驚く。テレビカメラ。確かに、臨時ニュースでは海上を進むロボットの姿がバッチリカメラに映っていた。
「あー、月村家に迷惑かかるかなぁ」
ハナコが困ったように言うと、なのはも「どうだろうね……」としか答えられなかった。
ハナコはしばらく悩ましげにうなったのち、再びなのは達に向けて問う。
「ちなみに結界に閉じ込めたって、外からはどう見えているわけ?」
「急にロボットとハナコちゃんが消えたように見えているかな」
なのはのその答えに、ハナコは「うーん」とうなってから、ポツリと言う。
「それはそれで大騒ぎになりそうだねぇ……」
「あはは……まあ、今それを考えても仕方ないよ」
苦笑いと共になのはにそんなコメントを返され、ハナコは今やるべき事はと思ってロボットを見る。
ロボット達はツタに囚われており、今すぐ動き出しそうな様子はなかった。
まだ少し会話する余裕はありそうだと、ハナコはなのはに向けて口を開く。
「ところで、このロボット兵器、いったいなんなのか心当たりはある?」
「うーん、あるような、ないような……」
「ふんわりとしていてもいいから言ってみて」
「実は昨日の夜も、はやてちゃんが知らない人に襲撃を受けたって言ってたんだ。工事用の機械を改造したようなロボットに乗っていたんだって」
「うわ、それっぽいね」
「うん。それで、なんでも、『夜天の魔導書』を貸してほしいって言って襲いかかってきたらしいよ」
「貸してほしいって言い方の割には、問答無用だねぇ」
「うん、はやてちゃんも、時空管理局を間にはさんでなら話し合いに応じるって言ったらしいんだけど……聞く耳持たなかったって」
と、そこまで会話したところで、ロボットのうち一体がツタの一部を破り、銃砲を上空のハナコ達に向けた。
だが、それを正直に食らうほどの三人ではない。
「レイジングハート!」
『Protection』
なのはが率先して防御魔法を発動し、銃弾を防ぐ。
ロボットの銃砲はガトリング砲のような回転式の機関銃で、連続した銃弾が魔法陣で作られた盾に当たって弾き返されていく。
それを見て、隙なくデバイスを構えていたフェイトが叫ぶ。
「質量兵器!? そんな……」
「ん? 何か驚くようなことあった?」
ハナコがフェイトに問うと、フェイトはぼそりとした声で返してくる。
「管理世界では質量兵器……実弾兵器の使用は禁止されている」
「つまり……どういうこと?」
「今回の事件の首謀者は、管理世界で質量兵器を使う犯罪者か、管理世界とは一切の関係がない管理外世界の人間のどちらかということになる」
フェイトのその答えに、さらになのはが補足するように言う。
「昨日のはやてちゃんの一件と同じ人なら、『夜天の魔導書』を知っているってことになるから、管理世界から来た次元犯罪者かもしれないね」
なるほど、質量兵器か。そういえばDr.ゼロも獣害対策のロボットには銃弾ではなくビームを撃たせていたなと、ハナコはマウクラン農園に配備されたカカシロボットの姿を思い返した。
そんなことを考えている間に、巨大ロボット達が少しずつ絡みついたツタから抜けだしつつあった。
戦闘開始の予感に、なのはとフェイトはデバイスを構えて魔法の発動に備える。
そして、ハナコはワタリギクの翼を羽ばたかせながら、ポツリと言った。
「巨大ロボット相手はいまいち気乗りしないね。これが怪獣ならお肉が食べられるのに」
「あはは、ハナコちゃんらしいね」
思わずといった様子でなのはが突っ込みを入れる。
なお、ハナコは『星のフルコース』の一つであるアナザを食べた恩恵で、金属だろうが機械だろうがそのまま食べることができる。
だが、ハナコはアナザによって目覚めた舌を活用することは、あまり好きではなかった。
これはおそらく、自身に宿る『グルメ細胞の悪魔』が、無機物を食することを好まないからだろうと、ハナコは思っている。
彼女の『グルメ細胞の悪魔』の正体は、植物を支配する食獣植物アルラウネ。アルラウネは動物の肉が大好きで、未知の野菜や果物を食べた方が体質的に得をするハナコに「美味しいお肉を食べたい」という欲求を持たせる、そんな悪魔だった。
ゆえに、巨大ロボットを前にして、アルラウネのテンションは最低な状態にある。
後でお肉を食べてやらないとへそを曲げそうだなとハナコは思いながら、ツタを千切っている巨大ロボットの一体に突撃した。
そして、三人による戦いが、しばらく続いた。
巨大ロボットと少女達、どちらが強いかと言えば、圧倒的に少女達の方が強かった。
しかし、なかなか勝負はつかない。
ロボットが延々と再生し続けているからだ。どれだけ攻撃を与えても、破壊されたパーツが集まってもとの姿に戻ってしまう。
「こいつ、しぶとい」
ロボットに雷撃を落としたフェイトが、嫌そうな顔で言う。
ちなみにロボットは電気では動いていないようで、雷を受けても壊れることなく平然と行動を続けていた。
「どこかにコアがあるかも……」
なのはが、ロボットを観察しながらそんな言葉を放った。
すると、再生し続ける相手に嫌気が差していたハナコが、少しやる気を出して目を輝かせる。
「コアかぁ。でも、どこにあるか見当も付かないね。……ああ、そっか、再生が追いつかないレベルでバラバラにしちゃえば、一緒にコアも壊れるよね」
ハナコは左手で右腕を叩き、『グルメ細胞の悪魔』アルラウネの物へと変える。無数のツタが絡まってできたような、薄緑色の腕。ハナコはその腕のツタを一気に伸ばし、近くに居た巨大ロボットに向けて鞭のように振るった。
轟音が鳴り響き、巨大なロボットの胴体半ばまでツタがめり込む。
すると、ロボットの胴体に絡みついたツタが無数に分かれて縦横無尽に暴れ回り、ロボットの内部を蹂躙していく。
「うん、ただの鉄だね。魔法使いが使うシールドと違って、柔らかい」
無数のツタがロボットを少しずつ削り取っていく。無論、ロボットも無抵抗なわけではなくハナコを撃ち落とそうとするが、ハナコは空を旋回してロボットの反撃をかわしていく。
さらにハナコは左腕もアルラウネのツタに変え今度は太い綱のように腕の形を変えると、ロボットの外部装甲に思いっきり叩きつけた。
金属がひしゃげ、壊れ、剥がれ落ちていく。
やがて、ロボットはハナコによってバラバラに解体され……その場で山のような瓦礫に変わった。
「よし、一体目終了っと」
「ハナコちゃん、まだ!」
瓦礫の山から目を離そうとしたハナコに、なのはから警告が飛ぶ。
ハナコはとっさに瓦礫の山へと注意を向ける。すると、怪しく光る球体パーツが、周囲から瓦礫を集めて再び再生を始めようとしている様子をハナコは確かに見た。
「おっと、あれがコアだね!」
ハナコは、球体パーツが装甲に覆われる前に、背のワタリギクの翼をはためかせて急降下。球体パーツの前で両腕を大きく開き――
「『フライパンサンドイッチ』!」
両の拳で同時に球体を殴りつけるハナコ。すると、具現化した食欲のエネルギーが二つのフライパンとなり、ホットサンドメーカーのように球体パーツを挟み込んだ。
球体パーツは二つのフライパンに圧されてひしゃげていき、やがて完全に潰れて粉々に砕けた。
そして、球体パーツに集まろうとしていた瓦礫は急に動きを止め、落下していく。
「よっし、あれがコアだったみたいだね。残りもやっちゃおう」
ハナコがそう言ってなのは達を探して上空を見ると、どうやらすでに彼女達はコアの位置を特定したようで、巨大ロボットの胸部に向けて強烈な一撃を見舞っていた。
その後、数分もしないうちに、巨大ロボットは全て物言わぬ屍か瓦礫の山へと変わった。
ハナコ達は陸上に引き上げ、カメラに映らないような位置に着地し、アルフに敷かせていた結界を解除した。
これで、現実世界では急に消えたロボットが、スクラップになって再出現したように見えただろう。それが世間でどう扱われるか、ハナコはしばし悩んだ後、とりあえず考えないことにした。
「はやてちゃん達、結局来なかったね。まさか……陽動?」
と、地上でバリアジャケットを着たままのなのはが、難しい顔をしてつぶやいた。
すると、フェイトがそのなのはの言葉に答える。
「はやてはリンディさんと一緒に本局へ避難したって……」
「レイジングハート。念のためはやてちゃんに連絡お願い」
なのはは手に持つデバイスに指示を出し、しばらく無言でたたずむ。
すると、彼女は不意に悲痛な表情を浮かべた。
「そんな……」
「なのは、どうしたの!?」
フェイトに詰め寄られたなのはは、震える声で告げた。
「はやてちゃんがここへ来る途中に襲われて……『夜天の魔導書』とリインフォースさんを奪われたって」
マンサムと違って腕が短くリーチが足りない分、原作にないフライパンの具現化をしていく独自スタイル。