巨大ロボットの上陸という、放置すれば惨事をまぬがれない事態。その裏で、はやてが襲われていた。やはり陽動だったのではと後悔しながら、彼女達は慌てて空を飛び、はやてが襲われたという場所へと向かっていった。姿消しの魔法を使うことすら忘れて。
そして、彼女達が辿り着いたのは、荒れ果てた自動車通りだった。
アスファルトがえぐれ、盛り上がり、穴が穿たれている。そんな中に、はやてが座りこんでいた。そばには、人間形態の姿のザフィーラと、騎士甲冑と呼ばれる戦闘服を血に染めたシャマルも居る。
「はやてちゃん!」
なのはが真っ先に駆け寄ると、はやては軽く挨拶するように片手を上げる。
「シャマルさん、その血は……」
心配そうになのはが言うと、シャマルは「治したから大丈夫」と答えた。
そして、なのはは地面に座り込んでいるはやての方に目を向ける。
「はやてちゃん、怪我は……」
「しこたま銃みたいので撃たれて、何発も殴られたけど、シャマルが治してくれたから無事や」
「怪我したの!?」
「まあ、そやな。意識失うほど殴られて、リインが怪我を一部肩代わりしてくれたんやけど、そのせいで融合騎が解除されてな。その隙に夜天の書を奪われてしもうた。接近されると、今のわたしじゃ経験不足で、ほんまにどうしようもないわ……」
そのはやての言葉に、シャマルがしょんぼりと肩を落とす。ザフィーラも沈んだ顔で、はやてに言う。
「申し訳ありません。盾の守護獣の私がいながら、主を守り切れぬなど……」
「ザフィーラは悪うない。敵はぎょうさんおったからな。結界を張る前にシャマルを潰されてしもうたし、街への被害を抑えるのが優先やった」
「敵は組織立っていたのかな?」
はやてのなぐさめの言葉を横から聞いていたハナコが、そんな質問を投げかける。
「いや、相手は一人やった。わたしよりいくらか年上の女の子で、他はなんや重機を改造したようなロボットの集団やったわ」
「海岸の大きなロボットも同じ勢力かな?」
続けて放たれたフェイトの疑問に、はやてが答える。
「そやな。デザインが似てたわ」
その言葉を受けて、なのはが悔やむように言う。
「やっぱり、あっちは陽動だったんだ……」
「いや、あれは陽動やないよ。わたし、昨日の夜のうちにリンディさんと本局へ避難していたんや。でも、海鳴に怪獣ロボット襲来と聞いて、とっさに飛び出してきてしもうたわ。つまり、あれはわたしを引っ張り出すための釣りや。見事に引っかかってしもうたな」
はやてが苦い顔をしながらそう告白した。
つまり、あの巨大ロボットは、はやてとなのは達を分断することが目的ではなく、安全な次元空間に居るはやてを地球に引っ張り出すための罠だったというのだ。
放置すれば巨大ロボットが上陸して海鳴市が壊滅。これは釣られるしかないなと、ハナコは納得する。スピードが命なので、時空管理局の武装局員達を引っ張り出してくることも難しかっただろう。
「今回はわたしがうかつやったな。ヴォルケンリッターも全員そろってない時やったし……」
「そういえば、ヴィータさんとシグナムさんは?」
この場にその二人がいないことをずっと不思議に思っていたハナコが尋ねる。
ヴィータとシグナムは『夜天の魔導書』の主であるはやてを守るために存在する騎士だ。襲撃を受けた翌日に、不在であるのは不自然だった。
「その二人は別の世界で泊まり込みの仕事や。それぞれの現場で難事件が起きているらしくてな」
「それはまた間の悪い……」
はやての答えに、ハナコは渋面になった。
はやての守護騎士、ヴォルケンリッター達は現在、時空管理局で働いている。これは、昨年末に連続魔導師襲撃事件を起こした罪を軽減させるための司法取引で、四人それぞれが別々の部隊に配属されている。
ちなみにはやては司法取引とは別口で時空管理局への入局を決めており、今回、本局へ避難できていたのもその伝手があったからだった。
「とりあえず、怪我も治って、怪獣ロボットはなのはちゃん達がなんとかしてくれた。なら、急いでリインフォースを助けにいかなあかん」
「といっても、場所は分かるのかな?」
デバイスなしで魔法を使って立ち上がろうとするはやてを横から支えてやりながら、なのはが問う。
すると、答えたのははやてではなくシャマルであった。
「私達は『夜天の魔導書』と繋がっていますから、場所は把握できています。魔導書は、今、この世界にありません」
「やっぱり管理世界の次元犯罪者が犯人……?」
シャマルの言葉に、フェイトがポツリとつぶやく。
だが、その答えはシャマルにも分からないのか、返事をせずに言葉を続ける。
「反応のある場所は、以前『闇の書』のページ集めをしに、ヴィータちゃんがよく訪れていた世界……無人世界マウクランです」
そのセリフを聞いた皆が、一斉にハナコの方へと顔を向けた。
注目を受けたハナコは、心の中で「あの自称悪のマッドサイエンティスト、とうとうやらかしたんじゃないだろうな」と考え、本日何度目かになる渋い顔をした。
◆◇◆◇◆
『とんだ濡れ衣だよ。それよりも、マウクラン農園がその次元犯罪者どもから襲撃を受けている。急いで救援に来たまえ』
時空管理局製の通信端末でDr.ゼロへ次元通信を繋げると、通信に出たゼロからそんな言葉が返ってきた。
これには一同も驚き、急いで助けに向かうことになった。
マウクランに行くためには、シャマルの転移魔法を使うよりも月村邸の転移施設を使う方が確実なうえに速い。
ゆえに、ハナコはすずかに状況報告のメールを送って本邸に寄らずに転移施設に入った。
転移施設を稼働させている間にすずかから返信がきて、転移の最中にハナコはそれを確認する。
「えーと、『ハナコちゃんとなのはちゃんとフェイトちゃん、三人ともテレビに映っていたよ!』だって」
「ええー!」
「あっ、はやてのところに向かうときに、姿を消し忘れたかも……」
迂闊すぎる魔法少女達であった。そもそもハナコには姿を隠して空を飛ぶすべなどないのだが。
それはともかくとして、マウクランへ到着である。ハナコはゼロに連絡を取るが、返事はない。代わりに、研究所の外から激しい戦闘音が聞こえてくる。
ハナコは慌てて転送施設を出て、研究所の廊下を走って玄関から飛び出る。
すると、そこには農園を荒らし回るように走るロボット軍団と、それを空の上から撃退しようとする無数の防衛ロボット集団が入り乱れて、戦闘を繰り広げている光景があった。
それを見たハナコは、思わず頭を抱えて叫ぶ。
「ギャーッ! わたしの農園が破壊されてるー!」
地面を走るロボットは地球の重機がベースになっているのか、タイヤや無限軌道で畑の上を走り回っている。それらは、明らかにDr.ゼロが作るロボットとはデザインが異なっていた。今回の犯人が作り出した兵器であろうことが、ハナコには理解できた。
「あっ、あそこにドクターが!」
なのはが、農場の一画に指を突きつける。
すると、そこには『永遠結晶』を背後にして、白衣をひるがえしながら拳を構えるDr.ゼロがいた。その彼とピンク色の髪をした中学生くらいの少女が向かい合い、今にも激突しそうな雰囲気をかもし出している。
それを見たはやてが、焦ったように口を開いた。
「あれが夜天の書を奪っていった子や! めっちゃ強いで!」
その言葉を聞いて、慌ててゼロのもとへと駆け寄るハナコ達。
だが、すでに戦闘は佳境に入っていたようで、互いに決め技を放つ。
「『アクセラレイター』!」
「それは何度も見たよ。『ドレスコード』」
少女が目にも止まらぬ速さで動き出したかと思うと、次の瞬間、ゼロが着ていた白衣がひるがえり、すそが伸びて周囲に広がっていった。そして、その白衣に衝突した少女が、巻き付いてくる白衣に動きを止められる。やがて少女は、伸びた白衣にぐるぐる巻きになって拘束された。
そこへゼロが近づいて、少女の頭に手を触れ、告げる。
「さあ、大人しくするんだ。『カロリー摂取』」
すると、少女の中にあった目に見えないエネルギーが、ゼロの手の平にものすごい勢いで吸い取られていく様子が、ハナコには感じられた。
どうやら、相手からカロリーを奪って行動不能にする技のようだと、ハナコはゼロの戦いを分析する。
「すごい! ドクターって、あんなに強かったんだね!」
戦闘を目撃したなのはが、驚くように言う。
そして、地面から浮きながら移動するはやてが、ポツリとつぶやく。
「わたしが一方的に負けた相手に……あのドクター、強いなぁ」
すると、話を聞いていたハナコがその二人に向けて言う。
「博士は、グルメ細胞に適合しているんだよ。日々美味しい料理を食べて、グルメ細胞も少しずつ育っているね」
そんなハナコの言葉に、なのはが驚き顔になる。
「ええっ、早くないかな? わたしだってグルメ細胞を身につけるまで、一年半かかったのに……」
ハナコが高町家にグルメ細胞配合のシリアルバーを提供してから、正確には一年と三ヶ月が経っている。
一方、ハナコがゼロと出会ってからまだ十一ヶ月といったところだ。その期間の差に、ショックを受けたのだろう。
「私のグルメ細胞は『摂食注入』ではなくて『直接注入』だよ」
少女からカロリーを吸い尽くし活動する気力を根こそぎ奪ったゼロが、白衣の拘束を解いてそう言った。
それにはなのはも別の意味で驚く。
「確か、『直接注入』って、化け物みたいな見た目になるって……」
「まあね。私のこれは、すでにヘルメットではなく外殻となっていてね。人間の素顔は失われてしまったよ」
ゼロは、その特徴的な流線型のヘルメットを指先で叩く。彼の言い分が正しいならば、これは昆虫が持つような外殻であるらしい。
「えーっ!」
「わたしも細胞の注入は全力で止めたんだけどね……」
ハナコが呆れたように言い、ため息を吐く。グルメ細胞の『直接注入』は最悪死に至ると再三警告したが、ゼロはグルメ細胞への適合という誘惑に負け、自らを実験台としてしまったのだ。今年の二月のことである。
「まあ、おかげでこうして侵入者を撃退できたわけだ」
地面に倒れた少女を見下ろしながら、ゼロが頭部で唯一露出している口元を歪ませて笑った。
そこで、事態を見守っていたはやてがハナコに向けて言う。
「それよりも、ハナコちゃん。夜天の書や。取り返さんと」
「ああ、そうだね。腰にマウントされているみたいだけど……」
ハナコは、倒れた少女のどこかSFじみたスーツの腰元に注目する。そこには、茶色の革張りで金十字の装飾が入った書物と、青い石板が取り付けられていた。書物の方が、『夜天の魔導書』なのだが……。
『残念だけど、もう少しだけ『闇の書』は借りておくわ』
突如、青い石板からそんな音声が鳴り響いた。
『アクセス。システム、ドライヴ。ウィルスコード、起動』
何かがまずい。そう感じた者はこの場に何人も居た。だが、誰かが行動に移る前に青い石板が音声を放つ。
『都合よくこんなに人が集まってくれて、助かったわ。体を作る材料に使わせてもらうわね』
その次の瞬間、倒れた少女のすぐそばにあった『永遠結晶』が怪しく光り……それに応じるようにして、ハナコ達の肉体の表面が波打つ。
そして、肉を突き破るようにして、彼女達の体から赤黒く光る樹が生えてきた。
光る樹は一瞬で伸び、互いに絡みつきながら地面に根を伸ばす。
伸び続ける根は、やがて一つの場所で合流する。倒れた少女の腰部分だ。
その腰に据え付けられた青い石板に辿り着いた赤黒い根は、きしむような音を立てて石板を飲みこむ。
そして、石板を飲みこんだ根は盛り上がり、結実するかのように膨らんでいく。
赤黒い光の実は、根を通じて皆から生命力を吸い取り始める。
少しずつ、少しずつ生命力を奪いながら、赤黒い実は人の形を形成していく。
やがて、おぞましい光の実は人間の姿へと変わり……光の樹に飲みこまれたままのハナコ達の前に、赤と黒のドレス姿をした一人の少女が生まれ落ちた。
「ふう、久しぶりの体ね」
オレンジ色の髪の毛をかきあげながら、少女が独りごちる。
謎の少女の生誕を前にして、なのはを始めとした魔導師達は沈黙したまま。
だが……ただ一人、ハナコだけが眼に力を宿していた。
『夜天の魔導書』を夜天の書と呼ぶ人が居るのは誤字ではなく、ただの略称です。