悪の芽は、自称悪のマッドサイエンティストの手によって摘み取られた。
残るは拘束した少女二人の処遇だが、Dr.ゼロがもう拘束を解いても問題ないと言ったので、ハナコはケルピー
だが、イリスはユーリによって生命エネルギーを搾り取られており、ピンク髪の少女はゼロにカロリーを奪い取られている。どちらも点滴が必要だった。
念のため、周囲に彼女達の武器となる機械類を置かないよう、野外で点滴の用意をしたハナコ達。
ハナコ特製の点滴はすぐに効力を発揮し、少女達の顔に活力が戻ってきた。
そして……。
「ごめんなさい……」
地面に寝かされた状態から上半身を起こしたイリスが、目に涙を浮かべながらポツリと言葉を口にする。
「ごめんなさい、ユーリ……」
弱々しい謝罪の言葉。すると、名を呼ばれたユーリがそばに寄ってしゃがみ込み、イリスをそっと抱きしめた。
「いいんですよ、イリス。こうして誤解も解けて再会できたんです。私はそれで十分ですよ」
「ゆーりぃ……」
泣きじゃくるイリスに、ユーリはしばし抱擁を続けた。
やがて、イリスが落ち着き、涙をふいて周囲を見回した。そして、「この中で代表者の方は?」と尋ねてきた。
すると、周囲の目が一点に集まる。ハナコだ。
「わたしっ!? いや、そりゃあこの世界の管理者だけど、今回の事件は正直、わたし部外者じゃない?」
「ハナコちゃんが部外者なら、ドクター以外は全員部外者やわ」
「それもそっか」
はやての突っ込みを受け、素直に代表者の立場を受け入れるハナコ。
それを確認したイリスは、顔をハナコの方へと向けて言う。
「では、月村ハナコさん。今回の件、謝罪させていただきます。それと、全ては私の復讐心から来たもので、この子、キリエは私に騙されていただけなんです。許してやってくれませんか?」
「えー、許す許さないの権利はわたしにはないというかー……」
ハナコが困ったように視線をさまよわせる。
マウクラン農園の被害はまだいい。だが、地球の被害に関しては、ハナコの一存でどうこう言える領域にはなかった。
どう答えるべきかとハナコが考えていると、イリスの横で点滴を受けていたピンク髪の少女、キリエが目を開ける。
そして、勢いよく上半身を起き上がらせると、唐突に言葉を放った。
「やっと力が戻ってきたわ! さあ、イリス。謝罪は後回しにして、大事な話をしましょう」
「えっ、ちょ、キリエ……?」
キリエの言い様に、困惑するイリス。だが、キリエはそれを無視して、イリスの隣に座りこむユーリの手を取った。
「ユーリさん、あなたがイリスの言っていた惑星再生の鍵ね! お願いがあるんだけど、エルトリアに来てもらえないかしら! あなた、イリスの知り合いよね!?」
そんな場違いとも言えるキリエの言葉に、一同はハナコの方へと向いた。代表者としてどうにかしろという視線だ。
それを受けて、ハナコはつぶやく。
「そういえば、この人だけなんの事情も話してないし、なんの事情も聞いていなかったね……」
『夜天の魔導書』をはやてから奪い、マウクラン農園に襲撃をかけた直接の犯人。そんな重要人物が、ついさっきまで完全に蚊帳の外となっていた。
すると、イリスがため息をついて、ハナコに向けて言った。
「この子への私とユーリの事情説明は、後で私からしておくわ。それで、皆さんにはこの子の事情から話さないとね」
「あれ、もしかして私のこと伝わっていないの? なんだかみんな訳知り顔でイリスの中の別人格みたいなのを倒してたし、てっきり私の事情も知っているのかと……」
困惑したように、キリエが周囲を見回す。
「残念ながら、みんな知らないんじゃないかしら」
「ええっ、私、もしかして空気読めてなかった?」
そんなイリスとキリエのやりとりで、完全に場の空気が弛緩してしまった。
それから、あらためてイリスからキリエという少女が抱える事情について語られた。
「惑星再生委員会のメンバーが虐殺された日、実は生き残りがいたの。私を含めて四人いて、そのうちの二人、グランツとエレノアは四十年前、まだ小さな子供だった……」
イリスは語る。
その二人はエルトリアの地上で結婚し、二人の子供をもうけた。その妹の方が、今回の海鳴市にロボット兵器を仕掛け、マウクラン農園を襲撃した主犯のキリエ・フローリアンだ。
主犯ではあるのだが……ユーリを復活させて復讐を遂げようとするイリスに騙された、一種の被害者でもあった。
キリエの目的は、『永遠結晶』が持つ力で惑星エルトリアを再生させること。
惑星再生委員会は解散・壊滅したが、グランツ・フローリアンとエレノア・フローリアンの二人の夫婦は、この四十年、自分達の力で惑星を再生させようと研究を続けていた。
だが、その研究に、最近陰りが見え始めた。グランツが、病に倒れたのだ。それは、惑星を蝕む『死蝕』の影響を受けた病気。研究で『死蝕』に触れすぎたことが原因の内臓疾患だった。
グランツの病により、研究は停滞。キリエの母のエレノアは看病と研究の引き継ぎに疲れを見せ始めており、彼女もいつ倒れてもおかしくない状態になっていた。
そして、四十年にわたる研究で順調だったはずの土壌改良も、どこに失敗があったのか、生い茂っていた植物が開花の直前で遺伝子異常を起こし始め、ついには枯れ果ててしまった。
だから、キリエはイリスが次元世界の調査中に見つけたという、『生命操作』の力を持つ『永遠結晶』に望みをたくした。
そのためにまず、『永遠結晶』を起動させるための魔法の本、『夜天の魔導書』を借りるために、地球へと次元移動した。エルトリアのデバイス『遺跡板』の人工知能だと正体を偽っていたイリスを連れて。
最初は穏便に『夜天の魔導書』を借りようと思っていたキリエだが、イリスの入れ知恵で武力を背景にした交渉を行なうことにした。
そして、昨日の夜に八神はやてと戦闘をしたが、痛み分けに終わる。その後、はやては地球から退避し行方をくらましたため、彼女をおびき寄せるために、地球にある資材から巨大兵器を東京湾に作りだし、彼女の住処がある海鳴市に差し向け……現在に至る。
「なるほど、つまりキリエさんは、惑星再生とパパさんの病気の治療が目的かな?」
話を聞き終わったハナコは、話をしていたイリスではなく、キリエにそう尋ねる。
「うん、そう。で、イリスは私を騙していたって言うけど……フィル・マクスウェルだっけ? あいつとの話を横から聞いていたけど、ユーリさんは惑星再生委員会のメンバーだったのよね?」
今度はキリエがユーリに尋ねる。
「はい、そうですが……」
「ということは、研究を進める知識があるってことよね? それに、あの赤い樹を生やしてイリスの体を作った能力! あれって、イリスが言っていた『生命操作』の力よね?」
「えっと、研究の知識はそこまでではないです。でも、『生命操作』の能力は確かに持っています」
「つまり……ユーリさんにはエルトリアの再生を可能とする能力が、確かにあるってことよね!?」
「少なくとも、四十年前は上手くいっていましたね」
「お、おおー……」
キリエは再びユーリの手を取って、感動に打ち震えた。
そして、キリエは手を離し、今度はイリスに向けて言う。
「イリスは私をそそのかしたけど、嘘は言っていなかったんだね」
「それは……そうね。その通りよ」
「じゃあ、予定通り、ユーリさんを連れ帰れば万事解決じゃない?」
「そうね。そう上手く行けばいいけど」
「……何か抜けがあった?」
「私達、捕まっちゃったじゃない」
「あっ……」
キリエは、周囲を囲む面々を見回した。
ユーリとイリスを連れて逃げ出すには、あまりにも多勢に無勢。顔を青くするキリエに、ハナコが話しかける。
「うん、まあ、農園襲撃の罰は、しばらく農園で働かせて弁済させる方向でいいと思うんだけど……海鳴市への襲撃は、時空管理局が出張る案件だね」
「うわー、私、どうなっちゃうの? 牢屋送り?」
キリエが身を震わせてハナコに尋ねる。
「うーん、時空管理局が発見していない世界からやってきて、管理外世界で罪を犯した犯罪者って、時空管理局が裁けるのかな?」
管理世界の組織である時空管理局にとっては管轄外の案件の気がするハナコだった。
この疑問には、時空管理局に所属予定のなのは、フェイト、はやて、そして時空管理局で働いているシャマルとザフィーラでも答えられない。
「一応、それ専用の法律があるわ。管理外世界が解決できない未知の次元犯罪に、時空管理局が介入して助けるための法なのだけど……」
唐突に、ハナコ達の上からそんな声がかかる。
ハナコが空を見上げると、そこには一人の魔導師が宙に浮いていた。はやてと一緒に本局へ退避していたはずのリンディだ。
その彼女が、地面に降り立ち、告げる。
「時空管理局次長、リンディ・ハラオウンです。話は途中からですが、モニターさせてもらいました。今回の地球での大型機動外殻使用は、イリス、キリエ・フローリアン。あなた達二人ということでいいですね?」
リンディに問われ、二人は素直にうなずく。
「そう。先ほどの話ですが。こういったケースの場合、時空管理局は、管理外世界同士での罪の清算を取り持つこともできます。事情は詳しく話してもらわないとはっきり言えないですが、今回は首謀者であるあなた達が、地球側に賠償をする形になるでしょう」
その言葉に、キリエは絶望した顔になって叫ぶ。
「ええー! うちの惑星、賠償できるような資源なんて残ってないわよ! そもそもの発端が、荒廃した惑星再生のためだったんだもの!」
「では、そうですね、肉体労働になります。あなた達は機械や無機物を変形・融合させる力を持つと、地球の監視カメラ映像から確認できています。ですので、それを使って海鳴市沿岸にある壊れた大型機動外殻の撤去と素材への加工、それと壊した道路の修理。それとは別に労役も必要でしょうね」
「労役かぁ……」
莫大な負債を抱えずに済んで安心したような、これから待つ重労働が不安なような、いろいろとないまぜになった表情で、キリエがつぶやく。
そんなキリエに、イリスが言う。
「私がそそのかしたんだから、地球での後処理は私がやるわ。キリエは、ユーリをエルトリアに連れて行ってあげて」
「えっ、そんな……」
「グランツ君の病気も、ユーリが魔法でなんとかしてくれるかもしれないし……」
「パパの病気が……」
キリエはユーリを見て、それからリンディの方をうかがうように見た。
リンディは、キリエの言いたいことを察して、先に答える。
「こちらとしては、再犯をしないことの確約が貰えて、被害世界への賠償がしっかりされれば、それ以上は、あなた達の事情に首を突っ込むことはしないわ」
「本当!? それじゃあユーリさん、一緒にエルトリアに行きましょ!」
キリエのその言葉を受け、ユーリは一瞬イリスを心配そうに見た後、キリエに向き直ってうなずいた。
そして、そんなやりとりを傍観者として見ていたハナコが、こそこそとDr.ゼロの隣に移動して、小声で話しかける。
「博士、いいの? 『永遠結晶』は博士が拾ってきた研究題材だよね? ユーリさん、いなくなっちゃうよ?」
「ん? そのことか。かまわないさ。『永遠結晶』と『砕け得ぬ闇』に、もう用はない」
「あ、そうなの?」
「ああ、だから、地球なりエルトリアなりに連れていかれても構わないよ。生命エネルギーを用いた植物の生成技術は解析済みだ」
「あー、解析済みね……」
本当にこの人天才だな、と思いながら、ハナコは肩をすくめる。
「それよりも、ハナコ君はいいのかい?」
「ん? 何が?」
ゼロに何かを問われ、ハナコは聞き返す。
「惑星再生。テラフォーミング。確か、ハナコ君の製造された理由だろう? 興味はないのかい?」
「あー、多分、わたしが死ぬ気で頑張れば惑星再生も達成できそうだけど……そうなると、エルトリア全体がグルメ細胞に侵食されるんだよね」
「その程度、惑星が滅びることと比べたら、どうでもよくないかい?」
「人がグルメ細胞に適合していないのに、惑星がグルメ細胞に侵食されたら、凶暴な生物が増えすぎてどのみち人が住めなくなるよ。私が地球でグルメ研究をせずにマウクランを借りたのも、それが理由」
「なるほど、地球は数百年、数千年のスパンで少しずつグルメ細胞の侵食が進むと言っていたね。だが、それより先に地球人類をグルメ細胞に適合させれば、問題は起きないというわけかい」
「そういうこと。わたしが居る時点で地球の侵食は止まらないけど、今ならまだ人類の強化が間に合う」
そこまで言って、ハナコはゼロとの会話を打ちきる。
そして……グルメ細胞の侵食といえば、一つだけ留意しなければならないことがハナコにはあった。
なのはやゼロ、ハナコといったグルメ細胞の適合者から生命エネルギーを吸収して実体を得た、イリスとユーリ。彼女達の体の中には、グルメ細胞が確かに根付いていた。つまり、このままエルトリアに帰すと、エルトリアもまた数百年、数千年のスパンでグルメ細胞が侵食していくことになる。
つまり、将来を考えて、エルトリアの人類にもグルメ細胞を含む食材を融通する必要が出てきた。
ゆえに、ハナコはキリエに話しかける。
「ところでキリエさん。パパさんが内臓疾患の病気らしいけど、わたし、内臓によく効く薬膳を作れるんだ。試してみない?」
優れた研究者だというキリエの父、グランツ。彼を足掛かりに、ハナコはマウクラン農園の食材を売り込む算段を立て始めた。
そして、ゆくゆくは。グルメ細胞の研究に興味を持ってもらえれば、惑星再生を成し遂げた後、グランツという新たな共同研究者を迎えられるかもしれない。ハナコはそんな皮算用をした。
マウクラン農園の美味しい食材。これらが次元世界を席巻する日も近いのかもしれない。
Reflection/Detonation編の本編はこれで終了ですが、もう少しだけ後日談が続きます。後日談、またの名を巨大ロボット襲来を終えて、揺れ動く地球の人々。
なお、管理外世界同士での次元犯罪に対する時空管理局のスタンスはオリジナル設定です。この作品よりもっとひどい被害が出る原作映画では、敵が次元法違反で逮捕されたり、時空管理局の裁判を受けたりしていました。ちなみに原作無印で出てきたプレシア・テスタロッサの逮捕理由は、次元法違反ではなく時空管理法違反。彼女はミッドチルダ人なので、時空管理法が管理世界出身者向けの法律なのでしょうかね。