46.変わらない日常、変化する人々だよ
時は過ぎ、ハナコは私立聖祥大付属小学校を卒業した。とは言っても、私立聖祥大付属はエスカレーター式の学校なので、そのまま私立聖祥大付属中学校への繰り上がりだ。この中学校は男女別の学校で、ハナコの場合、女子校となる。
制服はベージュのブレザーにブラウンのミニスカート。真っ白で華やかだった小学校の制服から一転、おとなしめの大人っぽい制服であった。
そんな制服を着た初めての登校日。小学校時代と同じ顔ぶれでの入学式を終え、それぞれのクラスに分かれる。
そして、ホームルームをこなした後に、放課後へ突入した。
「ハナコちゃんとはまた違うクラスかぁ……」
アリサの家のリムジンに乗りこみながら、すずかが残念そうに言う。
バニングス家による送迎は、小学校時代から継続して行なわれていた。月村家とバニングス家は割と近所にあり、どちらも海鳴市の郊外にある。そのため、学校に通うには送り迎えしてもらうか、スクールバスを利用する必要があるのだ。
「ま、仕方ないよ。みんな一緒だった小学四年の時が特別だったんだよ」
ハナコもバニングス家の送迎に便乗してリムジンに乗り込み、すずかのぼやきに応じた。
ちなみにすずかが一年一組、ハナコが一年三組である。
「私はハナコと同じクラスだったわ。一年間よろしくね」
車の中からそんなことを言ったのは、アリサだ。
彼女は中学生に上がると同時に長かった後ろ髪をバッサリ切っており、周囲にたいそう驚かれていた。
本人曰く、深い意味はない単なるイメチェンとのことだったが。
ちなみに、リムジンに乗ったのはこの三人だけで、なのは、フェイト、はやての姿は無い。彼女達は、時空管理局の仕事があって別口で帰っていったからだ。
「よろしくね、アリサさん。そういえば、この前のお土産どうだった?」
「ああ、あの馬鹿でかいポップコーンね。あまりに美味しすぎてパパが椅子から転げ落ちていたわ」
「なにそのリアクション……」
「いや、でもそうなるのも分かるわよ。ハナコの食材には慣れたつもりだけど、あれはちょっと別格だったわ」
先日、ハナコはすずかと一緒にマウクランで、とある食材を調達しにいった。
それは、BBコーンと呼ばれる巨大なトウモロコシ。うっそうとした森の中を進んで捕獲したその食材をすずかが苦労して、ポップコーンに調理した。
BBコーンは一粒から大量のポップコーンが作れるため、あまりにあまったそれをハナコはお土産として知り合いに配ってまわったのだ。
「取りに行く大変さも、調理の大変さも別格だったよ……」
すずかがBBコーンにまつわる苦労を思い出したのか、げんなりとした顔をしてそう言った。
それを見たハナコが、面白そうな声音で言う。
「BBコーンの茎や根は食獣植物だからね。でも、あれを対処できるようになったあたり、すずかさんもだいぶグルメ細胞が馴染んできたよ」
「うーん、そうなのかなぁ」
「あんたら、すっかり冒険に染まっちゃったわね。仲間うちで一般人はもう私一人しかいないじゃないの」
アリサが、呆れたような表情でそうハナコとすずかに言う。
「でも、アリサさんも、最近グルメ細胞が結構身についてきている感じが……」
「あーあー、聞きたくない。私はインドア派なの! 動けるようになったとしても動かないわよ!」
ハナコの指摘をアリサは突っぱねた。
そんな三人の楽しそうな会話を運転席の鮫島が笑顔で聞いていた。
彼も、昔から比べるとだいぶ老いてきた。そろそろ引退も考えるべき年齢だ。だが、「せめてお嬢様が中学生を卒業するまでの三年間は、運転手を続けたい」と彼はアリサの父に話しており……ハナコ達の日常は、変わらず続いていた。
◆◇◆◇◆
中学校が始まってから初めての土曜日。ハナコはいつものようにグルメ研究をしにマウクランへとやってきていた。
食堂の神棚で美食の神々に祈り、次にDr.ゼロと進捗の確認をしようと携帯端末を取り出したところで、ゼロが食堂に訪ねてきた。
「あ、博士。研究の調子はどうかな?」
「どうかなではないよ、ハナコ君!」
と、ゼロの様子がいつもとは少し違うことにハナコは気付き、「おやっ?」となる。
「エリア6に食獣植物を放ったろう。あそこだけ生態系がめちゃくちゃだ。危険すぎて、ナンバーズも私も近づけない有り様だ。君は何がしたいんだい?」
「あー、あれね。ごめんごめん。食材のための致し方ない犠牲だと思ってよ。あの食獣植物、ゴブリンプラントが獣の栄養を取り込んで、美味しい食材に変わるんだよ」
「ほう……そこまでいうなら、よほどの味なのだろうね?」
「この前食べたでしょ。BBコーンだよ」
「あれか! あれは食獣植物が実らせる食材だったのか……」
そう、ハナコはBBコーンという食材一つのために、一つの区画を犠牲にして食獣植物を放っていた。
その食獣植物は森を形成するほど広がり、数多の動物の血肉をすすって、樹上に巨大なトウモロコシを実らせた。
食獣植物はハナコが生み出した存在のため、枯らそうと思えばいつでも枯らせる。だが、ハナコは今後も継続してBBコーンを収穫するために、あえて食獣植物であるゴブリンプラントを放置していた。
「ふーむ、確かにあの美味のためなら、エリア一つが潰れることも致し方ない犠牲か……」
「でしょー。美味しいよね、『BBコーンのポップコーン』」
「うむ。しかし、BBコーンはこれまでの食材とは隔絶した美味しさがあった。グルメ細胞がもたらす味には慣れたつもりだったが、あれはまさに別格といえる味だった」
「そりゃそうだよ。BBコーンは〝人間界〟の食材じゃなくて、〝グルメ界〟の食材だもの」
「なんだね? その〝グルメ界〟とかいう素敵な名前の場所は」
ゼロのそんな問いに、ハナコはキョトンとした表情を浮かべて言葉に詰まる。
「……〝グルメ界〟は、私が前に居た世界にある領域だけど、博士には〝グルメ界〟について説明していなかった?」
「というよりも、ハナコ君がやってきた並行世界の地球の話はほとんど聞いたことがなかったね」
「そういえば、そうかも。なんでだろう?」
グルメ研究をするうえで、以前の世界の話は欠かせないことのはずなのに、なぜかとハナコは疑問に思う。
そして、気づく。ゼロが全くハナコから以前の世界のことを聞きだそうとしないからだ。聞いてくるのは、グルメ細胞の仕組みだとか、ハナコが作りだした食材の詳細だとかの、学術的な話ばかりだ。
ハナコは不思議に思うが、ゼロはあっさりとその理由を話した。
「行けない世界の話を聞いても、ハナコ君が作り出せる野菜、果実、穀物以外は私では食べられないだろう? どれだけ美味しいか聞いても食べられないのでは意味がないのでね。あえて聞かなかった」
「ああー、そっかぁ。でも、せっかくだから博士も知っておいてよ。何が研究に役立つか分からないからね」
「ふむ。では、聞こうか」
そうしてハナコは保管されていた『BBコーンのポップコーン』を話の肴にして、IFの世界を語り始めた。
はるか昔。遠い宇宙にトロルと呼ばれる美食を楽しむ生命体がいた。そのトロルのうち、ブルーニトロという種族はグルメ貴族と呼ばれるほどに美食を極めた。
ブルーニトロは環境のいい惑星にグルメ細胞を投与し星を育て、益獣と呼ばれる生物を放って惑星の生き物たちにストレスを与え、生き物たちがより美味しくなるよう調理をほどこしていた。
だが、あるとき、その益獣の中に凶悪な存在が現れる。ネオと呼ばれる個体だ。
ネオの食欲は旺盛で、しかも生き物が絶望したときの味を好むような偏食家だった。
ネオは数多の星の生物を食らいつくし、果てにはブルーニトロにまでその食欲を向けた。
宇宙に点在する強大な生物にネオは殺害されたが、『グルメ細胞の悪魔』としてネオは何度でも蘇ってきた。
ブルーニトロ達は、歯止めが利かないネオの食欲をどうにかするため、金の缶詰と呼ばれる封印で、ネオを完全に閉じ込めようと考えていた。
「ふーむ、それが〝グルメ界〟となんの関わりがあるのかね?」
ハナコの語りを聞いて、ゼロがそんな不満を漏らす。ここまでは、美味しそうな話は一切していなかったからだ。
「まあまあ、ここまでは、ただの前提の話だから」
ハナコの話は続く。宇宙の話だ。
地球が存在する次元の宇宙は、五つの領域に分かれている。それぞれ赤、青、緑、白、黒の宇宙と呼ばれており、ブルーニトロの出身宇宙が『青の宇宙』。地球の宇宙が『赤の宇宙』である。
そんな『赤の宇宙』に、数十億年前、ネオが逃げ込んだ。
ブルーニトロはそれを追って『赤の宇宙』にやってくる。そして、『グルメ細胞の悪魔』であるネオを出現させるため、グルメ細胞に適合した生物を作り出すことにした。
最初に行なったのが、環境のいい惑星……地球にグルメ細胞を含んだ隕石を落とすことだった。
それから地球はグルメ細胞を含む地殻が形成され、星が肥大化。さらに、グルメ細胞を含んだ土壌によって、美味なる食材があふれた土地、〝グルメ界〟ができあがった。
一方、もともと存在していた地球の土地を中心とした領域は、美味しい食材に乏しく、その一方で凶暴な生物も少なかった。
そこに、弱々しい生き物、〝人間〟が住み着いて大繁殖し、〝人間界〟ができあがった。
「なるほど、〝グルメ界〟と〝人間界〟か……」
ようやく話に興味が出てきたゼロが、何かを考え込みながら言う。
そんなゼロに、ハナコはさらに美味なる情報をたたみかけた。
「グルメ界には『星のフルコース』という特別な食材が存在するんだ」
「ほう、それはまたすごい名前だね」
ハナコは八つある『星のフルコース』を説明する。
オードブル、センター。死者をも蘇らせるという究極の蘇生食材だ。
スープ、ペア。飲むことで性転換を可能とし、さらに新しい味覚が開けて『裏の
魚料理、アナザ。食べることでグルメ細胞が忘れていた記憶を思い出させてくれるという。さらに、新たな味覚が開花し、石や木材でも美味しく食べることができるようになる。
肉料理、ニュース。アナザを食することで初めて美味しく味わえる味のない肉。食べることでグルメ細胞の分裂速度が光速を超え、人工的に『裏の世界』を作り出すことができるようになる。
メイン、GOD。全ての食材の王であり、その味は終わりなき戦争を感動で止めることすら可能である。
サラダ、エア。空気が凝縮された不思議な木の実だ。食べることで呼吸に関する様々な能力が向上、開花し、自然治癒力も爆発的に高まる。
デザート、アース。世界一の甘味であり、莫大な糖質を持つ。食べることで膨大な量のエネルギーと栄養を摂取することができ、それにより人工的な『裏の世界』の発動時間が伸びる。
ドリンク、アトム。〝グルメ界〟のマグマが宇宙に飛び出し、あらゆる有毒物質を吸収して地球に落ちてきた飲み物。解毒して飲むことで、『
「飲めるマグマ!?」
ゼロがアトムの説明を聞いて驚愕する。アトムだけでなく、ゼロは他の『星のフルコース』についても興味津々な様子で聞いていた。
「すごいよねー。マグマが飲めるとか。〝グルメ界〟には他にも、コンソメマグマっていう飲めるマグマがあるんだよ。鍋山っていう、鍋の形をしたでっかい山があるそうなんだ」
「それは……なぜ……なぜ君は……」
「ん? 博士、どうしたの?」
何やら下を向いてプルプルと震えだしたゼロを見て、ハナコが心配そうに尋ねる。
すると、ゼロは突然ガバッと頭を起こして、ハナコに向けて叫んだ。
「なぜ君は、この星にグルメ細胞を植え付けていないんだ! 〝グルメ界〟は、ブルーニトロが地球にグルメ細胞を落としてできたものなんだろう!?」
「えっ、いや、だって、マウクランって時空管理局から借りている借り物の世界だし……」
「今さらこの世界を返してどうなる! ゴブリンプラントが森を作り、凶暴な肉食獣が
「そ、そうだね……」
「いいかい、ハナコ君。この世界は、もう、すでに私達の物だ!」
「あー、うん……」
「ふう、仕方ない。私がこの星に直接グルメ細胞を植え付けておくことにしよう。ふふふ、何が起こるか楽しみだ」
「いいのかなー……」
ハナコは、怪しいことをのたまうゼロを見ながら、ナイフとフォークで巨大な『BBコーンのポップコーン』を切り分けて食べた。
ゼロも気分が落ち着いたのか、カトラリーを手に取ってBBコーンを口にする。
「ふうむ、やはり美味い。〝グルメ界〟の食材、他にも食してみたいが……」
「私も作れるのは一部の植物だけだねー。まあ、地球から繋がる赤以外の四色の宇宙のどこかには、私がいた並行世界の地球と同じような、ブルーニトロにグルメ細胞を植え付けられた惑星があるとは思うけどね」
「ふむ? ……なるほど、君はこう考えているわけだ。君のやってきた世界から見た、こちらの世界。それは、〝ネオが『赤い宇宙』以外の別の宇宙に逃げたIFの世界〟であると」
「そういうことだね。今頃、遠い宇宙のどこかで、ブルーニトロ達がネオを封印しようと、躍起になっているんじゃないかなー」
ハナコは果てしない宇宙の海を渡って、ブルーニトロが作りだした美味なる惑星に辿り着くことを夢想したが……その星を探し出す手段が一切無いことに気づいて単なる妄想だと切り捨てた。
それよりも、ゼロが興味を示したグルメ細胞のマウクランへの植え付けの方が重要だと、思考をもとに戻す。彼女は大きく変化するであろうマウクランの未来を想像して、期待に胸を膨らませると同時に、時空管理局にどう報告したものかと頭を抱えることとなった。
BBコーン(穀物)
捕獲レベル:35(ただし〝グルメ界〟のものは測定不能)
トリコ原作に登場する超巨大トウモロコシ。トリコ原作では珍しく、トリコが小松を同行させずに捕獲しにいった食材である。一粒から膨大な量のポップコーンが作れるため、捕獲レベルの高さと調理の難しさに目をつぶれば、コストパフォーマンスはいい食材なのかもしれない。
本編で明かされない裏設定:この作品ではジェイル・スカリエッティが暗躍をしなかったため、なのはさんは小学五年生のときに大怪我を負っていません。さらに、Reflection/Detonation編が原作とは違う結末を迎えたため、片手を失う大怪我も負っていません。つまり本作品のなのはさんの体調は万全で、グルメ細胞にも適合して『エースを超えた存在』となっています。