食義の修行に費やした中学一年生の夏休みから丸一年が経ち、今年も夏休みがやってきた。
ハナコは中学二年生となり、相も変わらずグルメ研究に熱を入れていた。すずかもさすがに、姉の忍とその夫である恭也の新婚生活に慣れてきて、月村邸の料理番として日々腕を振るっている。
ハナコとすずかは特に部活動はしていないため、夏休みをどう過ごすかを話し合った。
グルメエイジ社が食材を提供している料理店巡りなどがいいのでは、などと遠出を計画した矢先のこと。不意に月村家が大騒ぎになった。
なんと、忍の妊娠が判明したのだ。父親はもちろん、恭也。妊娠三ヶ月とのことだった。
この吉事に月村家と高町家は大いに盛り上がった。
ちなみに、恭也は月村家に婿入りして月村恭也となり、月村邸に住んでいる。
大学は卒業済みで、現在の仕事は剣術の腕を活かして要人警護をしたり、国の特殊部隊を鍛えたり、難事件を腕力で解決する国家のエージェントをしたりと荒事が多い。だが、月村俊としては、ゆくゆくは月村家の事業を任せるつもりであるらしい。
月村家の事業は近年拡大し続けており、少ない親族では経営がとても間に合っていない状況にある。
恭也も婿入りを見越して大学で経営を学んでおり、少しずつ経験を積んで将来的には月村建設の重役に就く予定となっている。
妊娠が分かった忍だが、彼女の方は月村重工の仕事を学んでいる最中であった。
だが、体調を心配した月村俊により、忍は早々に仕事の量を減らされた。それ以降、彼女は月村邸で暇そうに機械いじりをすることが増えた。
「どんな子かな」
「男の子かな? 女の子かな?」
「私は弟が欲しいかな」
「あはは、すずかさん、弟じゃなくて甥でしょ」
「そうだけど、同じ家で住むなら弟みたいな感覚になると思う」
「あー、あの日曜夕方のアニメみたいな……」
忍の妹のすずかと、月村夫妻の養子であり忍の義妹であるハナコ。彼女達は、新しい家族の誕生を今から心待ちにしていた。
忍はこのまま月村家の次期当主として月村邸に住み続けるため、すずかとハナコは赤ん坊と共に暮らすことになる。
ゆえに二人は、育児の手助けをするため、赤ん坊の世話の仕方を一緒に調べてソワソワとしていた。
そんな様子を母である月村春菜は笑って見守った。そして、時には二人の子供を産んで育てた経験をすずかとハナコ、そして忍と恭也に語って聞かせた。
そんな騒ぎがあって、夏休みだというのに月村邸に残り続けるハナコとすずかの二人。夏休みも中盤になって、さすがにそろそろマウクランに顔を見せておかなければとハナコが言い出した。
マウクランは昨年、Dr.ゼロが地殻にグルメ細胞を植え付けた影響か、目まぐるしい環境の変化を起こしている。長く目を離すのはよくないと判断して、ハナコはすずかと一緒にマウクランへ向かった。
「やーやー、博士久しぶりーって、えええええ!? 赤ちゃんがいるぅー!?」
研究所に着き、食堂に寄ってDr.ゼロと挨拶をしておこうと考えたハナコは、そこで信じられないものを見た。
ナンバーズの四番目、クアットロが、赤ん坊を抱いていたのだ。
「博士、誰との子?」
ハナコは真顔になって、何やら哺乳瓶にミルクを用意しているゼロに尋ねた。
「別に誰との子供でもないよ」
「あー、てっきり、クアットロが産んだ博士の子供かと思った」
ゼロのあっさりした返答に、ハナコは赤ん坊を抱くクアットロを見ながら言った。
クアットロは、赤ん坊に眼鏡をいじられながら、ハナコに言い返す。
「あなたとは先月普通に会ったでしょう。別に妊娠していなかったわよねぇ?」
「そりゃそうだね。うーん、じゃあ、博士が新しく造った人造生命?」
ハナコが再び問うと、ゼロはその言葉を否定する。
「私の作品ではないよ。私の場合は、ある程度育った状態で人格をインストールしてロールアウトするからね。育てる手間なんてかけないよ」
「うーん、じゃあ、どういう子なのさ」
「そうだね。簡単に言うと、さらってきた」
「何やってんのー!?」
ゼロの思わぬ返答に、ハナコは全力で突っ込みを入れた。
まさかの誘拐発言に、ハナコだけでなくすずかも目を白黒とさせている。
「とうとうやらかしたか、この悪のマッドサイエンティスト!」
ハナコがまくし立てるようにそう言うと、ゼロは声を出して笑い始めた。
「あ、あれ? 冗談?」
ハナコがそう問い返すと、ゼロは「いいや」と否定した。そして、説明を始める。
「いや、相手は違法研究を行なっていたところでね。この子は実験動物だった。だから、別にさらっても構わないだろう?」
「う、うーん……それならありなのかな? いや、でも助けるにしてもしかるべき機関に保護を任せるとかさ……」
「その子は複雑な事情がある子でね。そうそう存在を公表できないのさ」
違法研究の実験動物。それならば、確かに表沙汰にできない経歴がある子供かもしれないと、ハナコは黙った。
そして、ゼロは説明を続ける。
曰く、彼の古巣が違法研究を行なっている研究所で、近く摘発されるという情報をつかんだため、自分が関わった痕跡を消しに行った。
そこで、完全な『聖王のクローン体』を見つけ、どうせ摘発されるならばとさらってきた。何かの役に立つだろうと考えて。
「聖王……?」
初めて聞くような、どこかで聞いたことがあるようなそんなワードに、ハナコは首をかしげる。
「聖王とは、古代ベルカ時代に存在した王の一族だ。現代では、聖王教会という宗教団体がその聖王をあがめているね」
「あー、はやてさん関連で聞いたことがあったのか」
「その聖王家の偉大なる王女『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』のクローン体が、この子さ」
「ふーん、偉人さんのクローンかぁ……わざわざクローンを造ったってことは、何かすごい子なんだろうね」
「まあ、いろいろ使い道がある子さ」
使い道、と聞いてハナコはピクリと眉を動かす。
「博士、くれぐれも人道的な扱いを頼むよ? まだこんなに小さな子供だよ」
「育児はクアットロに一任した。注文は彼女につけたまえ」
ハナコは、金髪の赤ん坊を腕に抱く眼鏡女子、クアットロをじっと見つめる。
すると、クアットロはため息を吐いて、言った。
「もう、子供の世話は大変で大変で……誰か代わってほしいですよぉ……」
心底疲れたといった様子の言葉だったため、ハナコは思わず隣にいたすずかと顔を見合わせた。
そして、ハナコはすずかとこそこそと相談を始め、残りの夏休みを育児に費やすことを決めた。
とりあえず方針を決めるべく、ハナコは再びゼロに問う。
「博士、この子の月齢は?」
「人間の赤子に換算して生後十ヶ月といったところだろうね」
「わ、結構育ってるんだ。じゃあミルクも必要だけど、離乳食の時期じゃないの?」
「そうなのかい?」
ゼロは哺乳瓶を手に持ちながら、何も分かっていない感じに答えた。
その様子にハナコはやれやれと思いながら、今度はすずかに話しかける。
「すずかさん。セインさんに離乳食のレシピを教えてあげて」
「うん。でも、食材はマウクランの物でいいのかな?」
「ここに連れてきたってことは、別にいいんじゃない? どうなの、博士」
「別にかまわないよ。このミルクだって、グルメ細胞が含まれている。適合すれば、史上初のグルメ細胞を持つ聖王の誕生だね」
聖王という存在を全く知らないハナコとすずかは、声色を高くして言うゼロの言葉を半ばスルー。そして、ナンバーズに赤ん坊の世話の仕方を教えるべく動き出す。
だが、それを始める前に、ハナコはゼロに最後の質問をした。
「で、この子の名前は?」
「開発コードネームはヴィヴィオ。まあ、それが名前でいいのではないかね」
「了解。ヴィヴィオ、これからよろしくね」
ハナコは、クアットロの腕の中の赤ん坊、ヴィヴィオに小さく手を振って挨拶をした。
すると、ヴィヴィオは赤と緑のオッドアイをパチパチと瞬きながら、「あうー」と可愛く声を返してきた。
こうして、ナンバーズ総員を巻き込んだ育児の日々が、マウクランの中央研究所に訪れるのであった。