月へは一瞬で辿り着いた。
そして、なのはは『聖王のゆりかご』のある場所が分かるのか、月面近くを飛んでいく。
ハナコとなのはの間に会話はない。そもそも月には空気がないので会話は不可能だ。念話も、ハナコにはリンカーコアがないため交わせない。
ゆえに、ハナコはされるがまま、なのはに引っ付いていた。
やがて、ハナコ達は紫と金のツートンカラーの戦艦を発見する。
巨大だ。
その戦艦に向けて、なのはは真っ直ぐに突っ込んだ。
と、次の瞬間、空中に矢印が投影された。
何事か、とハナコは思うが、なのははその矢印に従って移動する。
矢印は、艦の入口らしき場所を指し示している。その通りになのはが進むと、二人はすんなりと『聖王のゆりかご』の内部へと侵入に成功した。
艦の内部は、重力があり、空気があった。
なので、ハナコはなのはと自分を結んでいたツタを解き、床の上に降りる。
鈍い金色の艦内を見渡し、ハナコは周囲の気配を探る。人は、どうやらいるようだ。
「ゆりかごは、近づこうとすると激しい砲撃をしてきたって報告にはあったんだけど……」
なのはが『レイジングハート』を油断なく構えながら、困惑したように言う。
「素通りどころか案内表示までされていたね」
ハナコが追従するようにそう言うと、その二人の言葉に応える者がいた。
「それもそうだ。グルメ細胞に適合したお前達二人を相手にして、ゆりかごを落とされてはかなわん」
その声の主は、装甲服にヘルメット姿の女だ。
ハナコが察するに、ナンバーズの三番目、トーレがその正体だ。その隣には、ナンバーズのウーノやチンク、ディエチらしき姿もある。
「トーレさん」
ハナコがそう呼びかける。
しかし……。
「トーレ? 誰のことだ? 私はDr.ジェイル・スカリエッティの配下五人衆の一人、ライドインパルスだ」
「あ、そういう設定でいくんだね。そのジェイル・スカリエッティなにがしを説得に来たから、案内してくれる?」
「ああ、空間表示で誘導しよう。私達はここに残って高町なのはの足止めだ」
ライドインパルスを名乗った女性がそう言うと、なのはは『レイジングハート』を構えて臨戦態勢に入る。
そんな彼女に、ハナコは言う。
「あー、なのはさん。私は博士の説得に行くから、あんまり無体なことはしないようにね」
「無体って……ちょっと大人しくしてもらうだけだよ」
どういう手段で大人しくさせるのやら、と思いながら、ハナコは目の前に表示された矢印に従って、『聖王のゆりかご』の内部を進み始めた。
ゆりかごの内部は、独特のデザインの壁が広がっていた。
スタイリッシュだったアースラ内部とはまた違う、地球とは異なる文化様式をハナコは感じた。古代ベルカのデザインなのだろう。
そして、しばらく進むと、ハナコは玉座の間らしき場所に出た。
そこには、玉座に座るオッドアイの大人の女性と、その隣でヘルメットを外して立つクアットロの姿があった。
「あっ、ねーね! ねーね!」
オッドアイの女性が、はしゃぐように言った。
それを見て、ハナコは女性の正体を察する。
「ヴィヴィオ、こりゃまた大きく育ったねぇ」
「ヴィヴィ、おっきい?」
「うん、大人だね」
「えへー」
そんな会話を大人ヴィヴィオと交わすハナコ。
そして、ヴィヴィオの隣に立つクアットロに、ハナコが話しかける。
「クアットロさんが、ヴィヴィオを連れ出したの?」
クアットロは、暗い表情でそれに応じる。
「……『聖王のゆりかご』を動かすには、聖王の血筋が必要なの」
「動力扱いか。クアットロさんはそれでいいの?」
「元々、ヴィヴィちゃんは、そのために奪ってきた子よ」
「終わりの見えない旅路に付き合わせて、クアットロさんは本当にいいと思っているの?」
「……私は! 私は、ドクターが宇宙に向かう意思を止められなかったから……せめてヴィヴィちゃんに、〝グルメ界〟の食材を食べさせてあげたいって、ただそれだけで……」
「そっか。じゃあ、その博士のところへ向かいたいんだ。案内して」
「……ドクターは食堂にいるわ」
クアットロがその場で指を振ると、ハナコの前に矢印が再び表示された。
ハナコがそれに従って歩き出すと、ヴィヴィオは手を振ってハナコを見送った。クアットロの表情は、晴れないままだった。
そして、ハナコが広い食堂に辿り着くと、紫髪の青年、ジェイル・スカリエッティが一人でスパゲッティを食べているところに遭遇した。
ジェイル・スカリエッティは、無言でスパゲッティを食べ続け……ハナコは彼が食べ終わるのを待った。
そして、皿を空にしたジェイル・スカリエッティは、ナプキンで口元を拭くと、ハナコの方へと顔を向ける。
「来てしまったか、ハナコ君」
「優秀な宇宙魔女が居たからね」
「やれやれ、これだからグルメ細胞というものは侮れない」
そう言いながら、ジェイル・スカリエッティは立ち上がる。最早、ジェイル・スカリエッティの正体はDr.ゼロであることは明らかであった。
そんなスカリエッティに、ハナコは話を続ける。
「さあ、博士。対話をしよう。最近、私達は互いに言葉が足りなかったと思うんだ」
「そうかね? まあ、そうかもしれないね」
スカリエッティは肩をすくめて、おどけてみせた。
ここ二、三年ほど、Dr.ゼロはハナコのグルメ研究に協力的な姿勢をさほど見せていなかった。ハナコが察するに、この『聖王のゆりかご』を動かすためにゼロは忙しかったのだろう。
そのことから、二人は互いに対する理解が不足していた。
そう認識しながら、ハナコはスカリエッティに言う。
「セインさんから、博士の目的は聞いたよ。並行世界の地球と同じような、グルメ細胞が植え付けられた星を探しにいくそうだね」
「ああ、そうだとも。『星のフルコース』、魅力的ではないか。宇宙で一番の美食。食べてみたい!」
スカリエッティが叫ぶように答える。
無限の欲望を持つ彼にとって、ハナコが以前彼に語った『星のフルコース』は、彼の食欲を刺激してしまったのだろう。
「宇宙のどこにあるかも分からない星、本当に見つかると思っているの?」
ハナコが問うと、スカリエッティはその場で指先を動かす。
すると、空間投影画面が開いて、そこに一つの宝石が映し出された。
「なにも、羅針盤なしに星の海へ漕ぎ出そうというわけではない」
その宝石の正体は、ジュエルシード。表面に見えるシリアル番号は、〝
「ハナコ君が肌身離さず持っていたことで、グルメ細胞を記憶したジュエルシードだ。これを使って、宇宙にある濃厚なグルメ細胞の場所を探し出す」
「探し出した、じゃないんだね」
「まあ、そうだね。君の推測が正しいならば、この赤い宇宙には目的の星はないだろうからね」
「見つかると思ってる?」
「見つけてみせる!」
「そこまでして、『星のフルコース』が食べたい?」
「この世で一番の食材を食べたくないと言う者がいると思うのかい?」
そこまで会話したところで、ハナコはため息をついて、肩にかけていたグルメケースを外して食堂のテーブルの上に置いた。
「やっぱり、私と博士はお互い言葉が足りなかったみたいだね」
「そうかい? まあ、そうかもしれないね。もう少し、『星のフルコース』の詳細を聞いてみたいものだ」
「『フルコース』、ね……。オードブル、黄金ヨモギ」
「……?」
「スープ、星屑マグマ。魚料理、クイーンマグロ」
「急になんだね? それは……」
「ドリンク、ガラナワニ」
「……マウクランの食材のようだが、それが何か?」
ハナコが急に挙げだした食材名に、話の流れがつかめずスカリエッティが困惑する。
だが、ハナコは真っ直ぐな瞳で、スカリエッティを見た。
「わたしがすずかさんと一緒にマウクランを冒険して決めた、『人生のフルコース』だよ」
「『人生のフルコース』……? 初めて聞く言葉だが……」
「博士。実はね、『星のフルコース』は美味しいけれど、誰にとっても最高の食材というわけではないんだ。あくまでグルメ細胞の悪魔を実体化させる奇跡の食材というだけで……博士にとって最高の味とは限らないんだよ」
ハナコのその言葉に、スカリエッティは驚愕の表情を浮かべる。
『星のフルコース』は、グルメ細胞によって美食の楽園となった〝グルメ界〟を代表する最高の食材ではなかったのか。そういう表情だ。
そんなスカリエッティに、ハナコは言葉を続ける。
「人の好みは千差万別だよ。だからね、美食屋は、無数の食材を集め、食べ、そして決めるんだ。自分が最高に美味しいと思った食材は何かと。『人生のフルコース』という名を付けてね」
「自分が決める、最高の食材……」
「ちなみに私はセンター以外の全ての『星のフルコース』を食べたけど、私の『人生のフルコース』には『星のフルコース』は一品も入っていないよ」
「…………」
「ちなみに、自分に適合する『人生のフルコース』を食べずに、『星のフルコース』を全て食すと、その人は『グルメ細胞の悪魔』に支配されてしまうんだ」
「なんだって……?」
またもや初めて知る事実に、スカリエッティは思わず言葉を漏らす。
『星のフルコース』は最高の食材とは限らず、危険性もある。それなのに、スカリエッティは『星のフルコース』を求めて、ここまで大きな事件を起こしてしまった。まさに、ハナコとの対話が不足したゆえの勇み足だった。
「だから私も、『星のフルコース』のうち、『グルメ細胞の悪魔』の心臓が実体化するオードブルのセンターだけは、食べたことがないんだ」
『グルメ細胞の悪魔』はスカリエッティにも宿っている。それはとても利己的なグルメ科学の悪魔。そんなものに、スカリエッティは支配されるつもりなど毛頭なかった。
「博士。今のあなたに必要な物は『星のフルコース』なんかじゃない。『人生のフルコース』。あなたにとっての最高の味。それを求めるべきだよ。……博士。マウクランに帰ろう。辿り着くかも分からない未知の星を探すよりも、『人生のフルコース』をまずはマウクランで探そう」
「しかしだね……『星のフルコース』が無理でも、〝グルメ界〟ならば私の飽くなき食欲を満たしてくれるかもしれない」
「今の博士にとって、〝グルメ界〟という場所は、未知の味にあふれた美食の楽園に思えているかもしれないね」
そう言って、ハナコはスカリエッティに笑いかける。
それは、彼を
「実際そうなのだけれど、なにも、未知の味は〝グルメ界〟だけにあるわけじゃないよ」
「……どこだ!? 私の食欲を満たしてくれる場所は、どこにある!?」
「わたし達で作ればいいんだ。グルメ界に匹敵する、美食の楽園マウクランを」
ハナコのその言葉に、スカリエッティはキョトンとした顔になる。その彼に、ハナコは言う。
「一生この世界から出たくない。そう思うほどの美味を作り上げて、その中から『人生のフルコース』を見つけ出すんだ。それが……グルメ研究家のわたし達のやるべきことだよ」
ハナコはそれだけ言って、テーブルの上に置いたグルメケースのフタを開ける。
「博士、これを食べてみて」
「……先ほどから気になっていたんだ。その料理は?」
「セインさんがマウクランで冒険して見つけた食材を博士のために料理した、セインさんが思う『Dr.ゼロの人生の魚料理』だよ」
すると、スカリエッティは無言でケースを持ち上げ、食堂のキッチンへと向かう。
そして、皿に料理を載せて食堂へと戻ってきた。
スカリエッティは席に着き、ナイフで魚料理、魚の切り身のムニエルを切り分ける。
そして、フォークで一口サイズとなったムニエルを口へと運んでいく。
「この魚は……!」
スカリエッティの表情が、またしても驚愕に染まる。
よほど美味しかったのだろう。カトラリーを動かす速度が、急に速くなった。
そんな彼に、ハナコが横から説明を入れる。
「それはマウクランで獲れた魚。発見者のセインさんが付けた名称は、マウクランフィッシュ。マウクランの海全体を回遊する魚だよ。今のマウクランの海は、様々な環境ができあがっているの。マウクランフィッシュは、その無数の環境の海を回遊して、うま味をたっぷり溜め込んだ魚なんだ」
ハナコの説明の最中にも、スカリエッティの食事は進み、すぐさま皿は空になった。
「その魚を見つけたのはセインさんだけどね。その魚を作り出したのは、博士、あなただよ」
「私は……このような魚に……このような味に覚えはない」
「うん、博士は、作り出してそれっきりだったんだ。地殻にグルメ細胞を植え付けて、その後の変化には興味はなかったのかな? 私が『星のフルコース』のことを話したせいで、マウクランから心が離れていたんだろうね」
空になった皿の前で呆然とするスカリエッティの前で、ハナコは言う。
「でも、今マウクランは、美食の楽園になりつつあるよ。グルメ細胞によって飽食の惑星になってきているんだ」
「私は……間違っていたのか」
「間違ってはいないよ。ただ、見落としていただけ」
「そうか……」
スカリエッティはそう言って、カトラリーを皿の上に重ねた。
彼の目には既に『星のフルコース』を求める狂気は宿っておらず……代わりに、マウクランへと向ける無限の食欲が蘇っていた。
星の海へと漕ぎ出そうとした冒険者は、己の足元にこそ楽園があることに気づいた。船は港に泊められたまま沈黙を守り……こうして、『聖王のゆりかご』は宇宙に旅立つことなく役目を終えた。
マウクランフィッシュ(魚類)
捕獲レベル:30
オリジナル食材。マウクランの海を回遊する魚。プランクトンや小さな虫を食べて生きる小型の魚であり、特別これといった攻撃手段は持たない。だが、マウクランの海の中でも特にうま味にあふれた危険な海を回遊しているため、捕獲は困難を極める。うま味のあふれる海を転々としているためか、その身には様々なうま味が詰まっている。その味にナンバーズのセインはいたく感心し、自身の『人生のフルコース』の魚料理に定めると共に、Dr.ゼロの『人生のフルコース』へと推薦した。