現代社会における影分身の使い所のなさよ 作:ヒモになりたいナマケモノ
目を覚まして薄目で布団の外を見るが部屋は真っ暗。いつもであればカーテン越しに朝日が差し込んでいるのだが、今はまだ夜が明ける前らしい。携帯で時間を確認すると現在午前4時。寝るのが早かったので妥当、むしろ眠りすぎな気がする。だけど寝起きの気分はあまりよろしくない。昨日の俺、特に寝る直前の俺はお世辞にも落ち着いている状態とは言い難かったからな。
俺は昨日影分身を強制解除した。理由は俺の意見に反対したから。今思い返すととんでもない暴君だったと思う。今となっては、分身のみんなが本当に俺のことを想って意見してくれていたことは胸が痛いほど分かる。一方的に術を解除した瞬間に分身の思いがすべて伝わってきたから。だけどあの時の俺はその思いを受け止めることができなかった。俺は影分身という俺自身に否定された気になって、動揺して、怖くなって、嫌悪感を抱いて、すねて眠った。我ながらなんとも幼稚な行動を取ってしまった。前世から数えて云十歳以上とは思えない。
一晩経って少し落ち着いた俺なら分かる。昨日の影分身を強制解除したのはとんでもない悪手だった。彼らの言っていることは正しかったと思う。だけどそんな正しい彼らを消してしまった。今からもう一度影分身の術を発動しても現れるのは彼らではない。彼らを消して後悔している今の俺が10人出るだけだ。もう彼らと意見を交わすことは二度とできない。ならせめて昨日分身たちから言われた言葉に向き合おうと思う。
『本体はさ、多分顧問の先生から言われたことがよほどぶっ刺さったんだと思う。だけどそれだけで今までの方針から外れるのはどうかと思うよ?』
その通りだと思う。昨日顧問からアドバイスをもらったときは初めて第三者視点の自分の発想の中にはなかった意見を聞けてうれしかった。それに期待されていると勝手に思ったんだ。だから方針変更までしようとしてしまった。
『正直絵のためだけに投資のもうけを捨てるのはやりすぎかなって思う』
『多分絵に対して本気になったんだろうけど、それでもその思いはまだ趣味の範疇から抜け出してないんじゃない?絵に人生賭けられる?』
これも分身の言う通りだ。俺は父子家庭という点で前世からズレている。ズレが生じている以上投資がうまくいく確率は下がっているのに、これ以上前世とのズレを増やすなんて投資自体を捨てているに等しい。うまくいけば何億円も手に入るというのに、それほどの価値が自分の絵にあるなんてとても思えない。そしてここで自分の絵のほうが価値があると言えない以上俺の思いは趣味の範疇から抜けれていない。
『それに絵をネットにアップしたところで有用な意見が来ると本当に思ってるの?来てもせいぜい中身のない賞賛か根拠のない誹謗中傷。それがネットだって本体も分かってるだろ?』
『まぁ、ネットでの評価は現実に影響してこないし、ちやほやされたいだけならネットにアップするのが一番手っ取り早いかも』
……まったくもって耳が痛い。ネットに作品をアップしたところでまともな批評など来るはずがない。むしろそういった感想は「お前はいったい何様なんだ」という風に嫌われていたじゃないか。それなのにネットに作品をアップしようとしたのは俺の中に誰かに褒められたいという気持ちがあったからだろう。学校ではあまり目立たないように勉強もそこそこの振りをして、絵は本気で取り組んでみたもののあまりいい出来とはいかなかった。俺はもっとすごいはずなのにという気持ち、まさしく中二病にかかってしまったのだ。しかも誇ろうとした勉強と絵はどちらも俺が努力して身に着けたものではない。影分身たちが努力の結果身に着けたものだ。他人の褌で相撲を取るとはまさにこのことか……
一通り反省をしたところでなんだか腹が減ってしまった。父さんを起こさないようにこっそりとキッチンへ向かって冷蔵庫の中身を確認するとそこには手作りの焼きおにぎりとメモ用紙があった。
「無理するなとりあえず食べとけ、か。ちょっと不器用じゃない?」
メモの内容に苦笑しながら温めて食べた焼きおにぎりは前世からも変わらない、懐かしい味がして不思議と浸みこむような感覚がした。そしてお腹が満たされたせいかまたもや眠くなってしまったのでもうひと眠りするとしよう。ひとまず自分の中の考えを整理できたので、今度はもう少し気持ちよく眠れそうだ。