爽やかくんとみゆりさん   作:いちばんだめなあるじ

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萌芽編

 

「――え?ミヤコ……?あぁ、あの子なら今日は来ないわよ。」

 

「……えっ?」

 

 文芸部(園芸部)に入部した翌日、放課後に温室を訪ねた僕に新たな試練が待ち受けていた。

 

「……てゆうか、その格好……もしかして、あの子から何も聞いてない?」

 

「……えーっと……?」

 

 温室の中にみゆりさんの姿が見当たらず、唯一面識のある園芸部の部長さんに声を掛けてみたのだが――

 

「昨日部長さんに入部届を出した後、みゆ……都先輩から今日は必ずここに来るように、って言われたんですけど……」

 

「………それだけ?」

 

「………それだけ、ですね。」

 

 どうやら今日も一筋縄ではいかないようだった。

 

 

 

 

 

「あ゛ぁ~~~………」

 

 十数年間の人生で、おそらく初めて出たであろう呻き声が、狭い浴室内に反響する。

 

「……っ……いててて……」

 

 滅多に使わない全身の筋肉を酷使したせいで、身体中のあちこちが悲鳴をあげる。

 

 ――今日と明日、貴方を園芸部のお手伝いで借りたいってお願いしてたの。新入生の男手が少なくてね。

 

 頼られたからにはと快諾したのが運のツキ、本格的な園芸部というものがどんなものか思い知らされる一日だった。

 

「……ふぁ………ふぅ……」

 

 気を抜けばすぐにでも意識を手放しそうになる。こんな疲労を感じたのは初めてかもしれない。

 

 ――見てわかるかもだけど、うちの部は結構頑張ってる方でね。花壇に菜園、温室と年中手入れが必要なんだ。だから、すぐにでも戦力になってもらえるように、仮入部期間から基礎を叩き込んでるってわけ。

 

 ぼんやりとした思考の中で、園芸部の部長さんの言葉がリフレインする。

 

「まさか土を作るのがあんなに大変だったとはなぁ……」

 

 男手が必要だと言われた時から力仕事を覚悟してはいたのだが、せいぜい荷運び程度だろうと思っていたのは、今となっては甘すぎる考えだと言わざるをえない。

 

 校舎裏の一角とは別の場所にも花壇があったりだとか、新入生に基礎を教えるためだけに敢えて手入れを放置していた場所があるだとか、園芸部の活動規模は想像を遥かに越えていた。

 

「…………明日も……頑張ろう。」

 

 巻き込まれた立場だというのに、疲労感を楽しんでいる僕がいて、数日前まで思い悩んでいたのが嘘のように、不思議と前向きになれた気がした。

 

 

 

 

 

「……えーっと、一応聞くけど……大丈夫かい?」

 

「……あはは……大丈夫です。何とか。」

 

 いくら気持ちが前向きになっても、体が心に追いつかないのは陰キャの定め。

 

 普段から身体を動かしていない僕は、当然のように全身筋肉痛に襲われている。

 

「君はあくまでもお手伝いだからさ。無理はしないでいいからね。」

 

「ありがとうございます……でも、大丈夫ですから。」

 

 数少ない男子部員の先輩に心配されつつ、どうにかこうにか土を起こしていく。

 

 しかし残念なことに、今の僕は錆びたロボットのごとく、ギギギギ――なんて音が聴こえてきそうなほどに、ぎこちない動きしかできない状態だった。

 

「おーおー、男の子だねー。頑張れ頑張れー。」

 

 少し離れた場所で他の新入部員の世話をしていた園芸部の部長さんから冷やかしの声が飛んでくる。

 

 文芸部に入部するはずが園芸部に入部届を出すことになり、文芸部に入部したはずがこうして園芸部の活動をしている。

 

「今日までって話でしたから、やれるだけのことはやりますよ。」

 

 端から見れば実は騙されているのではないかという状況なのに、それでもいいかと思えるほどには現状を楽しい方に受け入れている自分がいて――

 

「おっ、言うねぇ~。それじゃあ、あっちに肥料の追加、お願いねー!」

 

「えっ……えぇぇ!?」

 

 それもまた青春なのかな、なんて柄にも無いことを考えてしまうのも、彼女が僕に与えてくれた変化なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ――明日土曜日だけど、時間あるかな?

 

 休みの日に学校に来るなんて、以前の僕であれば考えられない所業だろう。

 

 ――お昼を食べてからだと~、十四時くらいでいいかな。温室に来てもらえる?

 

 昨日、園芸部のお手伝いを終えたばかりの満身創痍な僕に、園芸部の部長さんからお呼びがかかった。

 

 何の用事かは教えてもらえなかったが、特に作業をするわけではないとのことなので、二つ返事で了承して今に至る。

 

「土曜日だけど意外と人がいるなあ。」

 

 部活動が活発というだけあって、学校の敷地内のあちこちに生徒の姿が見える。

 

 校舎側へ向かう僕と逆方向――校門の方へ向かう生徒が多いのは時間帯のせいだろう。

 

 午前中から部活動に励み、午後からは仲間たちと親交を深める。今までの僕には見たことのない世界。

 

 出遅れてはいるものの、そんな世界に僕も足を踏み入れた気がした。

 

「おっ、来たね。うん、なかなかに良いタイミング。」

 

 校舎の脇を抜けて温室に向かおうとしたところで、花壇の様子を見ていたと思われる園芸部部長から声がかかる。

 

「……えっと、こんにちは。」

 

「こんにちは。わざわざ来てもらってごめんなさいね――でも、君にはぜひとも見てもらいたくてね。」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、僕に手招きする園芸部部長はとても楽しそうだ。

 

「……見てもらいたい、ですか?」

 

「まぁまぁ、焦らない焦らない。二日間頑張ってくれた君に、私からのご褒美だよ。」

 

 それ以上は教えないとばかりに園芸部部長は歩き出す。その向かう足先は――どうやら温室ではないようだ。

 

 

 

 

 

「ここから先は、少し静かに……行くよ?」

 

 行き着いた先は部室棟――入部届を提出した時に一度だけ来たことがある場所だ。

 

 土曜日の午後、ほとんどの部活動は既に活動を終えたのか、別の場所で活動してるのか、部室棟は静まりかえっている。

 

 キュッ、キュッと、真新しい上履きの擦れる音だけが廊下にこだまする。

 

「……よし。」

 

 二階へ上がる階段の踊り場。

 

 足を止めた園芸部部長は、しぃ~っと唇に指を当てながらこちらを振り返る。

 

「……ここから先は……君一人で……園芸部の部室は……わかるよね?」

 

 蚊の鳴くようなか細い声で指示する園芸部部長に、うんうんと首肯で応える。

 

「……その隣……こっちから行くと1つ奥に……小さな部屋があるの……目的地は……そこだよ。」

 

「……わかりました。」

 

 休日の学校、世界から切り離されたような静寂――非日常を感じさせる雰囲気に呑まれ、指示されるままに歩き出す。

 

「……こっそり行くのよ……ノックもいらないからね。」

 

 背中に聞こえた微かな声、最後の指示に手を上げて応え、一歩ずつ足音をたてないように。

 

 園芸部の部室の前を通り過ぎると、言われた通り小さな部屋があった。

 

 他の部室とは違い表札の無いその部屋からは、何も聞こえてこない。

 

 一体この部屋に何があるのだろう、実は園芸部部長のどっきりなのではないか――

 

 いざ部屋の前に着いてみると、好奇心と猜疑心が沸き上がり、どくんどくんと心臓を叩く。

 

 万が一にと階段の方を振り返ってみても、そこには誰の姿もない。

 

「……ふぅ………よし。」

 

 意を決してドアに手をかける。

 

 心臓の高鳴りは激しさを増し、背中から嫌な汗が滲み出す。

 

 横滑りのドアを音を立てないように、微かに震える指先で、細心の注意を払いながら――

 

 少しずつドアを滑らせ、どうにか音をたてずに隙間を作ることに成功する。

 

 隙間から中を覗き込もうと試してみるが、指一本程度の隙間からでは室内の様子を伺い知ることはできなかった。

 

「……仕方ない……覚悟を決めるか。」

 

 いまだ開かぬドアと向かい合いながら、ぽつりと――自分自身に言い聞かせるように――

 

 ドアの隙間に手を差し込み、ゆっくりと――しかし、しっかりとドアを開く。

 

 手の震えも、心臓の高鳴りも、いつの間にか姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 二脚のパイプ椅子――少し錆び付いたキャビネット――掃除用具入れ――

 

 カーテンのない窓から春の西日がうっすらと差し込む室内。

 

「………スゥ………スゥ………スゥ………スゥ………」

 

 準備室か物置か、そんな用途のために造られたであろう一室。

 

 しかし、特有の埃っぽさは感じられず、きちんと整理整頓清掃が行き届いている――ただ一つ、部屋の中央に位置する長机の上を除いて。

 

「………んっ………スゥ………スゥ………」

 

 長机の上に置かれた小さなダンボール箱……その中から溢れんばかりに顔を出した色とりどりの花飾り。周りにはたくさんの色紙、油性ペン、カッターにハサミなどが散らばっている。

 

「………スゥ………スゥ………んんぅ~………スゥ……」

 

 ダンボール箱の陰に隠れるように、小さな背中が目に映る。

 

 近付いてみると、明らかにサイズの合っていないジャージの上着に埋もれるように白銀色の髪が、時折もぞもぞと動いている。

 

 だぼだぼな袖口から見える指先にはカラフルなインクの跡が見え、その手元には手作りであろう『文芸部』の表札が置かれていた。

 

 そして、表札の下に重なるように置かれ、可愛らしい文字で書かれたメッセージカードには、僕を歓迎する一文と、狼や月、ご飯など様々なデコレーションが施されていた。

 

『 爽やかくん 文芸部へ ようこそ 』

 

 僕が文芸部に入部してからの二日間――みゆりさんの空白の時間――その全てが、この一室に敷き詰められていた。

 

 ――二日間頑張ってくれた君に、私からのご褒美だよ。

 

 ――確かに、ご褒美受けとりました。

 

 心の中で、園芸部部長に感謝を告げる。

 

 

 そして――

 

 

「……みゆりさん……ありがとう……ございます。」

 

 

「………スゥ………スゥ………んっ………スゥ………」

 

 

 

 きっと僕はこの時――

 

 

 

 ――人生で初めて恋に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―fin―

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