オーバーロード 大森林の墓守   作:紺の狐

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02. 巨大トレント

飛行(フライ)

 モモンガが魔法を発動させると体が浮き上がる、そのまま周囲を少し飛ぶ。今までと変わらず魔法が発動している。

 

「よかった成功だ。今まで通りだ」

 より正確に言うならば、今まで以上に思い通りに体が動く。はじめてのはずなのに思い通りに飛べるのも異変の一部なのだろうか。

 モモンガは一番の不安であった魔法が使えないかもという問題が解決したことに安堵(あんど)する。

 

 飛行(フライ)を解き、地面に降りる。宙に漂っていた7匹の蛇が絡み合ったような杖を掴む。

 アイコンは表示されないが、ステータスの上昇を感じる。先ほど魔法を発動させた時と同じように、いままでアイコンを使って理解していた情報が頭の中に直接入ってくるような感覚だ。

 

 その感覚を受け入れつつ、扉の方へ歩き出す。次に確認するのは第十階層のレメゲトンの悪魔たちが指示に従うかどうかである。

 悪魔と名がつくが彼らは感情のないゴーレムである。ギルドメンバーの手に入れた共同財産の超希少金属をゴーレム創造者(クラフター)のるし★ふぁーが提案し、中心となって作られた最終防衛線の一つ。

 奴等が命令通り動くならば、全てのNPCと敵対することになっても、どうにかなる。

 

 左右を伺いながら扉を開きそっと廊下に出る、時計と逆の手にはめられた腕輪の常在効果の〈敵感知(センサー・エネミー)〉に反応がないが、不安な感情がモモンガにそうさせる。

 

 ゲームの中に閉じ込められたこと、仮想現実が現実になっているかもしれないこと、そしてギルドが攻撃を受けている事。

 何もかもが謎である。

 『最終日にイタズラ目的で攻めに来て異常事態に気づいていない他ギルトプレイヤー』というのが、モモンガの推理した攻撃の犯人像だが、根拠はない。

 

 今は不確かな推理より確認すべきことが沢山ある。アルベドから連絡が入るまであまり時間もない、それまでにできるだけ多くの実験を済まさなければ。

 

 

 玉座の間への扉が閉まった瞬間、アルベドは走り出す。静謐な空間で走ることへの躊躇いはない。あの御方の御勅命より優先されるものなどあるはずがない。ドレス姿の美女には似つかわしくない、短距離走者(スプリンター)のようなフォームで駆ける、駆ける、駆ける――

 

 絨毯の廊下を駆け――

 何も無い荒野を駆け――

 灼熱の世界を駆け――

 闘技場を駆け――

 吹雪の氷河を駆け――

 

 その速度のまま、重い扉を開け凍えた廊下を走る、目的の部屋の前までくると部屋の主と話すために必要不可欠なアイテムを受け取るために立ち止まる。

 モモンガ様の命令よりも、タブラ・マラグディナに定められた設定を優先させていることに不快感を感じなくもないが、そう定められた以上は仕方がない。

 手を壁の方へ差し出し、赤ん坊の人形を受け取る。そのまま扉を開け部屋の中に入る。アルベドが部屋に入ると扉が独りでに閉まり、数百の赤子の泣き声が部屋の中に響き渡る、部屋の中央には長い髪で顔の隠した喪服の女が揺り篭を揺らし続ける異様な光景があった。

 

 アルベドはそんなものは見えていないかのように、女の方へまっすぐ進んでいく。アルベドと女の距離があと数歩というところで女の動きが止まり、揺り篭からアルベドの持つものと同じものを取り出し震え始める。

 それを無視してアルベドは話し始める。

 

「先程ナザリックが何者かによって攻撃を受けたの――」

「ちがうちがうちがうちがう」

 振りかぶり、壁に投げつける。砕け散った人形はバラバラに床に散らばる。

 

「――今は攻撃は止んでるけど、地表部の大半は破壊されてしまったわ――」

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!」

 歯をがちがちとかみ合わせながら、頭を振り回す。

 

「――姉さんには敵の正体を探ってほしいの――」

「おまえたちおまえたちおまえたち、こどもをこどもをこどもをこどもを、さらったなさらったなさらったなさらったなぁあああ!」

 いつの間にか握られていた巨大な鋏をアルベドに向かって振り上げる。アルベドは見えていないかのように、赤ん坊の人形を差し出しながらしゃべり続ける。

 

「――敵の強さが分からないから、対策は怠らないようにとモモンガ様からの御命令よ」

「おおおおお!」

 感動に身を震わせながら人形を揺り篭に寝かせると、アルベドの方へ向き直る。

 

「――すぐ始めるわ!!」

 先程までの狂気は全て噓であったように、慣れた様子で複数の魔法とスキルを発動させて行く。彼女こそアルベドの姉であり、ナザリック地下大墳墓ただ一人の探知系魔法に特化したNPCであるニグレドである。

 

「…………見つけた……と思うわ」

 

「どうしたの歯切れが悪いわね、何が見えたのは」

 

「多分こいつが攻撃をしていたと思うのだけど、周りが……見てもらった方が早そうね」

 ニグレドが魔法を唱え、二人の前に水晶の画面が現れる。空からナザリックを映される、地表部は残骸と化していた。周辺も同様だ。そしてナザリックの側面に巨大な大穴。

 そしてナザリックから離れていくように木――おそらくはトレントの類だろう――が移動していく。しかしその大きさが尋常ではない、角度の関係で正確な大きさは分からないが、触手だけで200メートル四方のナザリックより大きい。

 奴がこの騒動の犯人であることは間違いないだろう。

 ただそれ以上に気になることがある。

 

「ナザリックの周辺が()になっている?」

 

 

 

 

「よし戻れ」

 レメゲトンの悪魔たちが指示通り動くことを確認できたモモンガは、最後に自分以外の命令を聞かないように指示しておく。次は召喚系の魔法かスキルを練習しようとしたその時、

 

『モモンガ様、ナザリックを攻撃したと思われる者を発見しました』

 

「そうか、何者だ?」

 ギルドに攻撃をされた事に腹は立つし、普段なら報復PKを行うが、今はそんなことは言っている場合ではないだろう。出来ることなら友好的に話をしたい。これ以上の攻撃をしないのならば先程の事は全て水に流しても構わない。

 

『大型の植物系モンスターと思われます。高さは100メートル程で多数の触手を持ち、触手の長さは300メートル程で、地表部にはそれを叩きつけられたような跡が残っております』

 予想外の言葉にモモンガは虚をつかれた。そのサイズは明らかにプレイヤーのそれではない。ユグドラシルにおいてその大きさを持つものは、レイドボスくらいだ。しかしナザリック周辺にそんなレイドボスはおろか、植物系モンスターもあまりいなかった。それに最終日は全てのモンスターがノンアクティブ化していたはずだ。

 

『それともう一つ気になることが――』

 

「なんだ?」

 

『ナザリックの周辺が森林になっております』

 

「……なに?」

 どういう事だ。

 本格的に訳が分からなくなってきた。NPCが感情を持った段階でだいぶ訳が分からなかったが――

 

「……自分の目で見たい、今その部屋にはお前とニグレドしか居ないな?」

 

『はい、私と姉の二人だけです』

 

「そうか、私もすぐにそちらに向かう。部屋で待て」

 そういって伝言を切り、自身の右手の薬指を見る。

 そこにいつも通りの指輪があることを確認して、力を発揮させる。

 

「成功だ」

 モモンガは氷河の上にたっていた、そして目の前にはメルヘンチックな洋館。

 

 目的の部屋の前まで来ると、壁から差し出された気味の悪い人形を受け取るか迷う。この部屋にいるニグレドと話す場合、一定の手順の後にこの人形を渡さないと指示を出すことが出来ないようにマクロが組まれていた。しかし中にニグレド以外の人がいて内側から扉を開けて入った場合はその必要がなかった。

 必要も無いのにびくびくと人形を持っている姿は、酷く滑稽で支配者らしくなく思われた。しかしこの変化の中で何があるか分からない。一応、アイテムボックスに入れておく。

 そしてノックをし、声をかける。

 

「私だ、扉を開けろ」

 すると直ぐに内側から扉が開かれ、やけに嬉しそうなアルベドに迎えられる。その奥にはニグレドと水晶の画面が見えた。

 

「御足労をおかけして申し訳ありません。どうぞ」

 そう言って部屋の中央の方へ進むと、ニグレドもこちらに礼をする。

 セバスやアルベドと同様に敵意を持っていないことにまず安心する。

 

「お久しぶりです、モモンガ様」

 

「あぁ、久しいな――早速だが詳しく教えてくれるか?」

 画面の前に立つとアルベドが静かに横に立つ。かなり近い気がするが、それを声に出すのは自意識過剰な気がした。

 

「畏まりました。まずナザリックを攻撃したと思われるのがこちらです」

 ニグレドが画面の右側――東側――を指差す。

 そこには移動をしているらしい植物系モンスターが映っていた。壊されたナザリックの外周と比較してもかなりの大きさなのがわかる。

 

「強さは分かったか?」

 

「対情報系魔法は使用されませんでした。レベルは80代前半、体力が測定外で、MPはごく僅か。ナザリックの地表部には触手に叩きつけられたような跡はありましたが、魔法を使用した形跡はありませんでした」

 ニグレドも魔法が正常に使えたこと、敵にレベルやHPなどの概念があることを一旦受け入れる。

「さらに体に新しい傷らしきものがあります」

 

「なに?」

 疑問に答えるようにニグレドがトレントの一部を拡大する。そこには、まるでピーラーで削られたように色の違う部分がある。その周辺には他の触手よりも短い、切断されたような触手もある。

 

(何者かがこいつと戦っていて、ナザリックはたまたま巻き込まれたのか?)

 

情報を咀嚼しつつ、次の質問をする。

 

「それでこいつは今何をしている?」

 

「現在、周囲の植物を捕食しながらゆっくりと進んでおり、ナザリック地下大墳墓から東に700メートルほどの距離にいます」

 映像ではのそのそとした動きに見えるが、何しろサイズが桁違いだ。時速に直せばそこそこだろう。

 

「……そうか、こちらに攻撃する意思はもう無い考えて問題なさそうか?」

 

「分かりません。ただナザリックの横にちょうど奴が入る程の大穴があいています。もしここが奴の巣だった場合、戻ってくる可能性もありえるかと――」 

 

「……周囲が森に変化したことについて何か分かることはあるか?」

 

「周囲2キロメートルに渡り森が広がっていることは確認済みですが、まだその端にはたどり着けておりません。ナザリック東側にトレントが明けたと思われる大穴があり、その周辺は枯れ木に覆われています」

 

「……トレントのスキルの可能性は……低いか――」

 情報が手に入るまでと決断を後回しにしてきたが、謎は増えていくばかり。

 

 モモンガはギルド長ではあったが、リーダーや指揮官などではなかった。議長であり調整役だった。自分がその役割を担ってきたからこそ、ギルドがまとまることができたと自負している。

 だが同時にギルド長の俺がリーダーになれなかったから、みんなは引退していったとも思っている――

 しかし今は指示を待つのはNPC、命令を出すべきは自分のみだ。

 ギルドの象徴を強く握りしめ口を開く。

 

「ナザリックを攻撃したのはこの巨大トレントと仮定する。今は監視のみにとどめ攻撃はしない。もう一度こちらに来た場合は、撃退または殲滅する」

 二人の視線がこちらに集中していることを感じる。

 

「ニグレドはこいつとその周囲の監視を続けろ。なにか変化があれば私とアルベドに連絡を――特にほかのプレイヤー、いや知的生命体を発見した際はすぐに連絡をしろ」

 

「かしこまりましました」

 ニグレドが頭を下げる。

 

 次にアルベドの方に向き指示を続ける。

「アルベドは全ての階層守護者――いや、第四、第八階層を除く階層守護者とセバスに連絡を、その際に何か異変が起こってないかも聞いておいてくれ。私は第八階層を確認したのち、一度自室に戻る」

 

「承知しました」

 

 両者の同意を確認し、もう一度指輪に意識を集中させる。

 

「……では、任せたぞ」

 そう言って第八階層に向け指輪の効果を発動させると、先程と同じように視界が一転する。

 目の前に広がる荒野を眺めながら、先ほどまでと変わらず腕輪の《敵感知(センサー・エネミー)》に反応はない事に安心しながら、モモンガはヴィクティムのいる方へ歩き始めた。

 

 

 十数分後、ビクティムに諸々の事を手短に伝え()()()に問題が無いことを確認し、モモンガは第八階層を後にする。

 

 次の目的地は第九階層・ロイヤルスイートの自室である。今から行うのは魔法やスキルに関する実験だ。

 指輪を発動させ転移すると、目の前にモモンガの自室の扉があった。

階層間での転移が制限されているナザリックでの転移を可能とするリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだが、転移できないように制限されている場所もそれなりにある。

 各員の自室もその一つだ、トラブル防止やプライバシーの観点から自分以外の自室に転移できないようにすることは、指輪を作る段階で決定したのだが、それぞれの指輪と部屋を紐づけしなければいけなくなり、まだギルドメンバーを増やす予定だった当時ではそれが面倒だったので、全員一律にすべての部屋に入れないようにデザインしたのだ。

 

「……」

 そんな何でもない昔のことを急に思い出してしまったのは、年単位ぶりに玉座の間や氷結牢獄には入ったからだろうか――精神が沈静化される。

 冷静になった頭で、魔法やスキル以外にもこの体の異変も、確認しなけばと思う。

 無理やりに理由付けをするならアンデッドの種族スキルの精神作用無効だろうか?しかしこれは精神系魔法に対する無効化であり、テンションの上がったプレイヤーを強制的に賢者タイムにするような嫌がらせ機能では決してなかったはずだ。

 

 部屋に入りそのままドレスルームに進む。

 (まと)になる何も身に着けていないマネキンを棚から取りだし、少し離れた位置に置く。

 発動させる魔法は〈火球(ファイヤーボール)〉、モモンガのあまり得意としない魔法だ。

 モモンガは火球を含む魔力系に特化した魔法詠唱者だが、そこからさらに死霊系統に特化した構成になっている。

 それゆえモモンガの火球の威力は純粋な戦闘特化型より数段劣る、しかし室内で実験を行っている今、そのほうが好都合だ。

 

 指をマネキンに向け飛行(フライ)を発動させた時を思い出しながら意識を指先に向ける。すると頭の中に効果範囲、消費するマジックポイントやリキャストタイムが直感的な情報となって頭に流れ込んでくる。

 

火球(ファイヤーボール)

 

 そのまま指先に力をいれ魔法を発動させると、指先で火というよりも炎の塊が出来上がりマネキンに一直線に進み、マネキンを焼く。白かったマネキンの表面は黒く焼き焦げ僅かに変形しており、その熱量の大きさを感じさせた。

 

「ふふふふ……」

 攻撃魔法が思った通りに発動したことで、魔法の力が自分の力として扱えることを確信し高揚感を覚え、口元が緩む。こんな感覚はユグドラシルでも味わったことない。

 続けて強化魔法、召喚魔法、アンデッド創造、そしてスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの効果を確かめる。多少の変化はあるが、どれも正常に動作することを確認していく。

 

 その時、自室の扉がノックされる。室内にはモモンガしかいないため、それに答えるべきはモモンガ自身である。

 

「誰だ?」

 

「守護者統括アルベドです」

 

「入れ」

 扉が開き、アルベドの美しい顔が顔を見せる。

 少し怪訝そうに誰もいない室内を見渡し、何かに納得してにんまりという笑顔に変わる。その顔はモモンガには捕食者を連想させた。

 

「お一人ですか」

 

「……そうだが」

 自分を使えと言わんばかりに、宙に浮いたスタッフがふわりと手に収まる。

 

「では、私が側仕えをさせていただきます」

 そう言うと一瞬でモモンガには捉えられない速度で空間を詰める。

 一流の戦士の動きだ。魔法同様に戦士としての能力も健在らしい。

 

「うふふふ、二人っきりですね♡」

 暴力とは真逆の聖女のような顔だが、手には黒い球体を浮かべた短杖(ワイド)が握られている。

 

(こ、怖い~!)

 敵感知に反応はない。ただ忠誠とは違った感情を向けられているのは、ヒシヒシと感じる。その原因を考え――

 

『モモンガを愛している』

 

――終了直前の安易な行動を後悔する。

 

(やってしまった……俺はタブラさんの造り上げたNPCを穢してしまったのか……)

 

「モモンガ様、お疲れの様子少しお休みになられますか?」

アルベドはちらちらと寝室の扉を見ながら言う。

 

「……え?は?……落ち着け。今は緊急事態だ」

予想外の言葉に戸惑いつつ、どうにか威厳を保つ。

 

「それで守護者たちに異常はなかったか?」

 守護者統括に相応しい表情に戻ったアルベドが答える。

 

「内部での異常はありません。シャルティア・ブラッドフォールンのみ地上層の下僕(シモベ)の死亡を把握しておりました」

 つまりNPC達は自身の変化を『異常なし』と認識しているということだ。このあたりに関して触れないでおく方が適当か。

 

「そうか。それで守護者達はどこに?」

 

「玉座の間に集めております」

 

 アインズの自室から玉座の間は歩いても大した距離ではないが、守護者達を待たせている以上、急いだほうがいいだろう。

「アルベド、近くに寄れ。玉座の間へ転移する」

 正確にはこの指輪で転移可能な扉の前までだが。

 

「はい!」

 アルベドがギュッと抱き着いてくる。そんなに近づく必要はないと言いたいが、慣れない柔らかさと罪悪感で口にできない。

 

 指輪の力を発動させ、視界が再び変化する。

 

(あれ、やべ、俺、守護者達に話すセリフ考えてなかった)

 そんな主の心を知らないアルベドによって、玉座の間の扉は開かれた。

 




次回、初外出予定。
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